【読書日記】コールリー『生物学の歩み』
コールリー, M.著、日高敏隆・金谷春夫訳(1957)『生物学の歩み』白水社,147p.,650円.
大分前に読み終わった文庫クセジュの一冊。原著の出版年は分からないが、ともかく日本語訳も1957年なので、科学史の進展においても限界があると思うが、私の認識の甘さを痛感させられた本ではあった。とはいえ、読後大分経っているので、詳細には語れないことをまずご了承ください。
私は地理学の歴史を趣味として、大学院時代に学ぶようになった。本格的な地理学史は英語だけでなく、むしろ英語よりもドイツ語、フランス語が必要になるので、とても私にその資格はない。なので、日本語訳のみで勉強していた身だが、非常勤先の講義では、それを題材としてやってきている。化学や物理学についてはあまり踏み込んで学んでいないが、天文学や生物学はそれなりに勉強したつもりでいた。生物学に関してはリンネ関連の本を読んだし、ビュフォンに関してはそこそこ厚い本を、ダーウィンに関しても社会ダーウィニズム関連ではあるが、科学史というより思想史の文脈で学んできたつもりだった。しかし、当然それだけではなかったことを、この薄い一冊でも思い知らされた。
著者まえがき
第一章 ギリシャ科学と生物学
第二章 ルネッサンスと古代科学の復活
第三章 十七世紀および十八世紀における近代生物学の誕生
第四章 十九世紀から現代への生物学の飛躍
1 形態学
2 生理学
3 遺伝の科学、遺伝学
4 進化
結語
まず、この本では生物学の源流の一つとして医学をとらえている。古代ギリシアでは、ヒッポクラテスやガレノスを挙げている。これはなかなか興味深い。もちろん、現代的感覚では、医学はまさにヒトという一つの生物種に関する生物学だから何の違和感もないのだが、キリスト教的世界観の根強いヨーロッパでは、人類とその他の動物とは別次元であり、だからこそ医学と生物学は別々に発展し、そのつながりが見出され、主張された進化論をもってこの二つが合流するという私は浅はかな理解を持っていた。しかし、本書において進化論は最後に出てくるのであって、生物学の歴史はそれまでに長い変容の経過がある。
第二章のルネッサンス期にはアラビア医学の影響についても記しているし、医学・生物学にとって重要な解剖という技術も教会との闘いがあった。そして、血液循環。ハーヴィーの発見は1628年だが、それも先人による一世紀の前史があったという。そして、医学と並行して、植物学と動物学の進展。
第三章の冒頭ではデカルトが登場する。私は日本語訳だがデカルトの多くの著書を読み、彼が「近代哲学の父」と言われるゆえんについて考えたが、ここでも、デカルトを医学と植物学、動物学を統一するひとつの契機となったと位置付けている。ルネッサンス期の解剖学に続いて、17世紀は顕微鏡の発見によって観察の領域で大きな進展があった。精子の発見と生殖の理解の進展につながる。
第四章冒頭には「いわば十八世紀は生物学にとって、のちに十九世紀が次第に足並みを早めてたどっていった大道の路傍を耕したのだといえよう。」(p.57)とあり、「「生物学(biogogie)」という言葉が、十九世も初頭の1802年、フランスではラマルク、ドイツではトレヴィラヌスによって同時につくりだされた。」(p.57)という。この言葉によって植物学と動物学が同列に扱われるようになり、方法論として形態学と生理学が登場する。そう、形態学はのちに社会学にも(またある意味では地形学にも)使われるようになるもので、ゲーテによる言葉でもある。この辺りは地理学者フンボルトとの関連で、ゲーテの植物形態学については私も学んでいた。ここで、海洋動物学の進展もあったという。そう、リンネとの関係では、やはりヨーロッパ列強による大航海と植民地支配によって、地球上に広がる生物多様性の発見が生物学(当時は博物学か)の発展に寄与したことは間違いない。それから何といっても、この辺りはフランスのビュフォンだが、化石の発掘=古生物学の発展はのちの進化概念へと結びついていく。
そして、本書で改めて認識させられたのが、「十九世紀は「細胞」という概念を得、それによってついに動物・植物にわたる全生物の構成単位にまで到達した。これは「生命」を理解するうえでまず最初の収穫であった。」(p.73)とあるように、細胞の発見はあまりに重要だ。それは化学でいうところの原子の発見に近いといえよう。もちろんそれには、天文学の発展にとって天体望遠鏡の技術が重要であるように、顕微鏡の技術の発展が欠かせない。その後の話は高校の生物学でも学ぶような内容なので割愛しよう。生物体を構成する基礎的な組織とそこでやり取りされる物質にまで考察が及んでいく生理学の進展があれば、おのずから遺伝学や進化論まで導かれていく。ただ、本書刊行以降の話に少し触れておけば、生物学はゆるぎない唯一の学説のたどり着いたわけではなさそうだということだ。進化論も完ぺきではなく、現代でも真面目に疑っている研究者もいたりする。まあ、科学なんてものは観察可能な諸事実を合理的に説明することのできる一つの解釈に過ぎないともいえよう。


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