不覚

5月18日(金)

この日は妻が映画2本だて。私は息子を連れて近くの図書館に出かける。当初は雨の予報だったが,明け方に降ったきりやんでしまったので,歩いて図書館まで。しかし,図書館近くで雲行きが怪しくなり,ポツポツ降り出す。予定では図書館での用事は早く済ませ,府中駅近くの児童施設で食事をする予定だったが,図書館にいる間に雷雨が激しくなる。私の用事はすぐに済んだが,傘も何も持たずに出かけてしまったので,図書館で雨宿り。ちょっと思い立って,息子の観賞用のDVDを探しにいった。もう,息子はベビーカーに乗るのは嫌だというので,歩かせていったが,私の行きたい方向に行ってくれないので,しばし放置してDVDコーナーを観ていると,なんと息子の大泣き声。どこにいるかも分からず,鳴き声の方に向かうと,なんと4階と3階とを結ぶ階段の3段下くらいに倒れていた。どうやら,一人で下りようとして,頭から落ちてしまったらしい。初めて見る額の大きなたんこぶ。私がとりあえず抱きかかえてどうしたらよいものかとあたふたしていると,図書館のスタッフが寄ってきて,「とりあえず冷やしましょう」といろいろ探してきてくれる。でも,息子はたんこぶに触れられるのが痛いらしく,ひたすら泣き続ける。ひとまず,スタッフに最寄りの小児科を聞くと,すぐ近くにあるというので,連れて行く。医者はたんこぶをさわり,「多分それほど大きな衝撃ではないので,大丈夫でしょう。自宅で様子を見て,食べ物を吐くとか,フラフラするとかであればまた連絡してください」とのこと。
医者についた頃には泣き止んでいたので,ひとまず安心して昼食を食べに移動。周りの親子に気を取られて食事は思ったようにすすみませんでしたが,本人は怪我のことはすっかり忘れている様子。その後も1時間以上子どもの遊び場で遊ばせたけど問題なし。むしろ,帰り際にはもっと遊びたいと泣き出す始末。でも,ベビーカーに乗せて移動した途端寝てしまった。
その後も変わった様子はなく,ひとまず安心。しかし,いつも通り軽く転んだりぶつけたりして,それがたんこぶだと相当痛いらしく,大泣き。一度はたんこぶが再び腫れて大泣きしたが,今は徐々に回復中なり。やはり,まだ1歳半では何するか分からないので,要注意ですな。

5月19日(土)

この日は妻の希望で,多摩動物公園に行く。一応,息子にとっては人生の大イヴェントですが,あまり詳細に書かないことにしましょう。正直いって,1歳半で動物園はまだ早いようです。特に何を見て驚くでもないし,ともかく広い場所に来て,思うように行ったり来たりするだけ。まあ,近所の公園でも同じでしたね。

5月20日(日)

この日は私の単独行動。朝10時から髪を切りにいき,新宿に移動して,昼食。

タワーレコード新宿店 竹仲絵里
4月に発売されたミニアルバム『Sang』の発売記念インストアライヴ。彼女のライヴも久し振りです。オリジナルアルバムが2年振りだといっていたので,まさにそんな感じですね。今回はノルウェーで録音したということで,私の好みの仕上がりになっていますが,収録された曲は全て2011年に書かれたものだという。そして,震災の3日後に書かれた「おなじ星空の下で」が一つのきっかけとなり,また「歌がきこえる」というのは本人的にかなり自信作のよう。確かに,私が好きな「gerbera」と似た雰囲気がありますね。前作『Garden』は,先行シングル曲が何曲も入った,吉本に移籍してからの販売戦略がありありの感じであまり好きになれませんでしたが,本作のような作品を作らせてもらったというだけで一安心です。やはり強い芯のある女性ですから,このままの路線で活動していってくれることでしょう。

新宿ピカデリー 『ポテチ
その後は映画。こちらもちょっと震災がらみで,仙台在住の作家,伊坂幸太郎原作を,伊坂原作作品をこれまでいくつも映画化している中村義洋監督が,そしてその映画によく出演している濱田 岳を主演に向かえ,仙台で撮影を行ったという作品。前売り券が1000円で,上映時間が60分強と短い作品。
濱田君の相手役が木村文乃という女優さんで,私は初めて観ましたが,なかなか魅力的な女性。その存在感がこの作品のなかでは重要でしたね。石田えりさんとのやりとりも面白かった。私もかつては野球少年だったし,そういう意味でも楽しめる作品。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

新しい翻訳論文

大阪市立大学の水内俊雄さんが編集している雑誌『空間・社会・地理思想』に,私が翻訳した論文を掲載してもらいました。

ヴォグト, E. A.著,成瀬 厚訳 2012. 文明と文化――フランスおよびドイツ市民権の歴史におけるキーワード.空間・社会・地理思想 15: 93-108.Vogt, E. A. 1996. Civilisation and Kultur: keywords in the history of French and Germany citizenship. Ecumene 3: 1263-145.

この雑誌はウェブ公開されていて,こちらでPDF閲覧可能なので,抜き刷りはもらわなかったのですが,雑誌そのものを私宛に3冊送ってくれたので,2冊余っています。ご希望の方がいましたら,先着2名で郵送します。メールで連絡ください。

これまで,私の翻訳の仕事は少なく,『現代思想』の特集「変容する空間」(1999年12月号,27巻13号)にトール(オートゥーホール)の『批判地政学』から第2章を訳出したのが一つ。もう一つは,2001年に地人書房から出版された『風景の図像学』の序章と第13章を訳したもの。
最近,会社のネット利用が大幅に制限され,昼休みの過ごし方を考え,翻訳作業ならばコツコツと進められるのではないかと昨年から始めました。1日40分ほど,週4日でもけっこうできるもんですね。他にも急ぎの作業ができたり,講義の準備をすることもありますが,数ヶ月で1本の論文ならば翻訳できるようです。これなら単行本でもいけるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

4日連続西武多摩川線

5月10日(木)
吉祥寺star pine's cafe ari
2月に予定されていたariさんの10周年記念ライヴ。残念ながら、本人の体調不良で延期になったが、この日無事開催された。その時の予約はそのまま使えますよ、とお店からのメールにあったが、予約者のリストに私の名前はなし。しかし、ariさんが私の名前を書いてくれていて、予約料金で入場。開演時間10分前に行ったが、そこそこ席は空いている。すると、席を立つサカウエ君とすれ違う。隣に座らせてもらう。10分ほど遅れての開演だったが、その直前にはTOPSさんの姿も。出産後、ライヴに行く回数が最盛期の20分の1ほどに減った私、最近はariさん以外のライヴには全く行っていないというサカウエ君、そして職場が変わって平日のライヴに行きにくくなったというTOPSさん、かつては月1ほどで顔をあわせていたこの3人が一同に会するのは本当に久しぶりだ。
このお店はけっこうメジャーなアーティストもライヴを行い、オールスタンディングにすれば300人以上を収容するが、この日はariさんのみの公演ということで、客席フロアにグランドピアノを置き、ステージには電子ピアノ、そしてサポートのサックスとウッドベースという贅沢な空間の使い方。私たちはグランドピアノを取り囲むような席に座ります。このお店は2年以上ぶりだと思うが、受付のお姉さんも含め、メニューなどあまり変わりがなく、ほっとします。この日のステージは2部制。そして、それぞれに弾き語りコーナーがあるという構成。昔懐かしい曲から、私がariさんのライヴに来ていなかった期間に作られた曲、そして弾き語りで多かったのが、昨年よくやっていたというカヴァー曲。私的にはこのカヴァー曲がけっこうよかった。本人もステージ上で思わず言っていたように「熱唱して」いました。やはり自分で作曲する曲と、他人の曲ではキーがけっこう違うんでしょうね。普段は出さないような声がなかなか迫力があったりした。
ariさんのライヴを初めて聴いたのは,2003年11月のこと。下北沢の440だった。その頃私はBONNIE PINKやleyonaなど,メジャーレコード会社からCDを出しているアーティストのライヴくらいしか行ったことがなかった。たまたま,440はアナム&マキのライヴで来たことがあったが。たまたま,SHIBUYA AXでの佐野元春のイヴェント(なんと,佐野元春は高校生の頃によく聴いていたが,ライヴに行ったのは初めてだった)に行った時,それは元春が最近気になっている若手ミュージシャンをゲストに呼んで,という企画もので,ハナレグミなどと一緒にsaigenjiが出演していたのだ。そのインパクトが強く,彼のライヴに行ってみたいと思って調べたら,近々orbit blenderというイヴェンダーの企画に出ることになっていたが,結局saigenjiが出演する方ではなく,440で開催されたイヴェントに行ったのだ。その頃はそういうイヴェントがどういうものか分からなかったので,友人を誘って4人で予約していったのだ。出演者はariさんとone tone。どちらも,その後頻繁に足を運ぶことになったミュージシャン。しかも,このorbit blenderのイヴェントにもけっこう通うようになって,ハンバートハンバートやおおはた雄一,扇谷一穂さんやハセガワミヤコなどなど,その後ライヴに通うことになるミュージシャンの多くを知ることになった。まだそのころariさんはホームページを開設しておらず,その後のライヴ予定は全く分からなかった。しかし,次回のorbit blenderイヴェントになんとariさんがお客で来ていたのだ。私はその頃は相当緊張して声をかけた。そしたら,今度新しくホームページができますので,といって名刺のようなものを渡された気がする。そして,おそるおそる私のバーデビューとなった,池ノ上bobtailが次に行ったariさんのライヴだった。まあ,そんな感じでその後数年にわたる私のライヴ生活が始まっていくきっかけがariさんだったのだ。
そんなことをしみじみ思い出しながら,また,2年以上ぶりだというのに,そんな感じもしない懐かしい感じのする夜でした。吉祥寺からの帰りは武蔵境から西武多摩川線で白糸台から自宅までは少し距離がありますが,歩いて帰りました。

5月11日(金)
翌日はお休み。この日は妻が渋谷に用事があるというので,散髪や映画などの用事をまとめてすましてもらうことにして,私は息子と2人。日曜日に野川公園でバーベキューの集まりがある。以前は調布からバスで野川公園に行ったことがあったが,西武多摩川線の多磨駅からも近いということで,当日迷わないように行ってみることにした。まずは武蔵境まで行って昼食を食べる。しかし,ちょっと事前に探したカフェがみつからず,ひとまず駅前の公園で彼のご飯を食べさせる。この公園の前には新しくできたという図書館があり,なかなか素敵。この公園でも鳩を追いかけて息子は散々歩いたが,私の昼食を済ませてから野川公園に移動する。
やはり平日の公園は広くていい。多磨駅から歩いていくとちょうどバーベキュー場の東門から入る。帰りはバスで調布に出ようと思って公園を横断。彼もよく歩きました。
Photo

5月12日(土)
翌日も講義後に吉祥寺に向かう。先日のライヴの前には古書店巡りをできなかったので,古書店へ。いくつかリヒターの画集があったが,やはり思ったように高価なのでとりあえず保留。

吉祥寺オデオン 『幸せの教室
吉祥寺で映画を観るのは久し振り。前日に公開した作品だったが,やはり入りはイマイチ。一応米国を代表する俳優2人,トム・ハンクスとジュリア・ロバーツの共演なのですが...そのことは知っていたし,予告編も観たのですが,冒頭で驚く。「トム・ハンクス フィルム」とある。そう,なんとトム・ハンクス監督作品でした。彼がこれまでどのくらいの作品を監督していたかは知りませんが,この点は日本ではあまり話題にしていないような気がします。ともかく,男性の視点としては純粋に楽しめる作品。中年男性が第二の人生を楽しむという内容だし,直接恋愛対象となりそうな異性と,大分年下で魅力ある異性が登場するし,映画好きのツボを刺激するような細かいポイントが配分されていて飽きません。まあ,主演の2人が最終的にくっつく展開には無理があるし,家に帰って冷静に考えてしまうとたいした映画ではありませんが,まあ,その場だけでも楽しむというのが映画の娯楽性ですから十分でしょう。
ということで,この日も前々日と同じルートで帰宅します。ただし,西武多摩川線の多磨駅から歩いて自宅までどのくらいかかるか測るために歩いて帰ってみました。

5月13日(日)
ということで,翌日は結局多摩川線は使わずに,行きも帰りも野川公園まで歩いて往復しました。この日記のタイトルは間違いでしたね(でも修正せず)。この日はわたしたちがお世話になった助産師さんのところで出産した家族たちが集まる会でバーベキュー。ということで,子どもたちが大勢集合しているのに,うちの息子は仲間に入るどころか,公園内を方々に歩いていきます。私はそれを追いかけてばかりで,結局他の家族たちとも交流はあまりなし。まあ,その代わりに妻がしてくれたのでよしとしましょう。それでもお腹いっぱいになって疲れた一日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

父息子監督

4月30日(月,祝)
銀座テアトルシネマ 『ルート・アイリッシュ
ケン・ローチ監督最新作。今はなき六本木のシネ・ヴィヴァンでケン・ローチ特集をやっていた時に観た『ケス』は驚くべき作品だった。さらに驚きは、『ケス』は1969年の作品なのに、この監督はいまだ現役で作品を撮り続けているということ。日本で公開された作品を全て観たわけではないが、1998年の『マイ・ネーム・イズ・ジョー』、2002年の『SWEET SIXTEEN』、2004年の『やさしくキスをして』、2005年の『明日へのチケット』(3人の監督による短編集)、2006年の『麦の穂を揺らす風』、2007年の『この自由な世界で』などを観てきた。全てではないが、彼の作品は政治色が強く、しかも彼の住む英国、ないしアイルランドの問題を鋭く描く。今回もタイトルからしてアイルランド問題かと思いきやそうではなかった。
「ルート・アイリッシュ」というのはイラクのバグダッド空港から市街地を結ぶ道路のことをこう呼んでいるという。世界で最も危険な地帯とされる。この作品のなかでは主人公の親友がここで亡くなる。私たちはイラク戦争において、戦場に乗り込む兵士は米兵か国連兵だけだと思っていたが、実はヨーロッパで斡旋企業が募った民間兵が多くいたということを知らされる。舞台は2007年ということになっているが、日本同様経済的に厳しい英国では、こうした戦争までもが企業活動や個人の金稼ぎに利用されているのだという。主人公もその一人。稼ぎがいいので、親友も巻き込むのだが、不幸にも彼はイラクで亡くなってしまう。その死を不審に思った主人公が真相究明していくという物語。どこまでが事実に基づくのかは分からないが、やはり考えさせられることの多い作品。

5月2日(水)
神保町岩波ホール 『オレンジと太陽
次に観た映画はなんと、ケン・ローチ監督の息子さんジム・ローチが監督したという作品。やはりこちらも政治色の強い作品です。そして、こちらは史実に基づく物語。主演がエミリー・ワトソンというのも魅力的です。1980年代半ばが舞台。エミリー演じる主人公は社会福祉士。ある日,オーストラリアから来た女性が彼女を訪ねる。自分が何者か分からず,幼い頃のかすかな記憶を頼りにやっとの思いで探し当てた書類によると,自分は英国出身だという。すると,彼女の周りにそういう人物が次々と現れる。幼い頃に子どもたちばかり大勢で船に乗って英国からオーストラリアに移住した子どもたち。親は死んだと聞かされて孤児院に入れられ,その後にオーストラリアに送られ,そこでは教会や孤児院で虐げられながら育ったという。二児の母である主人公は職場に休職を願い出,夫に協力してもらって調査を開始する。一方では,職場の理解により休職期間を長くしてもらったり,基金を設立してもらったり,実際に親子の対面を実現したりと順調な一方で,その調査をよく思わない人々からさまざまな弾圧を受ける。また,主人公は個人的にもそうした孤児たちの話を聞くたびに精神的なダメージを受けてしまう。それでも,その調査は現在まで続けられているという物語。いやいや,さすがというのか,初長編監督作品とはとても思えない出来。さすがに,父親ほど,真に迫るような迫力のある場面は少なかったが,まあ父親と全く同じ路線にする必要はありません。今後も注目していきたい監督ですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トークショー+映画2本だて

4月28日(土)

この日は講義の後,国分寺から立川に移動。家族と待ち合わせて食事。以前,多摩モノレール沿いに住んでいたときは,立川が一番近くの大きな繁華街だったのでたまに遊びにきていた。ちょうどその頃オープンしたGRANDUOの上階のカフェ・ド・クリエでランチをし,上から下までお店を見て回る。改札階にあるSHIPSはまだあるけど,私の知っている頃から入れ替わった店の方が多い。
息子が退屈そうなので,ルミネに移動。こちらの上階には彼がけっこう楽しめる遊び場があるので,行ってみたが,ちょうどそこでベビーカーの上で寝てしまう。ちょっと早かったけど,2人でゆっくりとお茶をし,電気量販店でオーブンレンジの品定め。妻が一人暮らしの時に中古(?)で購入したオーブンレンジは小さかったが,けっこうこれでパンも焼いたりした。しかし,最近はなにやら火力が弱まっているようで,失敗することも多くなってきたので,今年中に買い替える予定。それにしても,最近は皆スチーム式でけっこう大きい。わが家に置く場所を作ることから始めないといけないようだ。
そこで息子は起きたが,家族とはそこでお別れ。私は久し振りに映画2本立てだ。映画『私の叔父さん』の主演女優,寺島 咲ちゃんのトークショー付き,ついでに前の主演作『ハードライフ』も同時上映するというおいしいイベント。数日前の深夜0時からインターネットでチケット受付だった。でも,私はいつも22時前には床に入ってしまうので,起きてから席が残っていたらでいいやと思っていたが,幸いというか,深夜2時くらいに一度起きてしまったので,パソコンを立ち上げて予約。なんと,2列目の中央付近が取れました。それもそのはずというか,劇場に着いてみると,77席の狭いスクリーンなのに,空席が目立ちました。しかも,最前列を占めているのは女性の団体客。なにやらおかしいと思っていたら,『ハードライフ』で共演した若い男性俳優,片岡信和さんも登壇することが決まっていたようで,そのファンの方たちが多く集まっていたようです。もし,それがなかったらどうなっていたことやら。まずは,『私の叔父さん』が始まります。

立川シネマシティ 『私の叔父さん
私にとっての寺島 咲主演作といえば,『受験のシンデレラ』だが,そこでも相手役は年上男性の豊原功補だった。そこで2人は恋愛関係にならなかったが,今回のお相手は高橋克典。そして,微妙な恋愛関係というか,愛情関係を描きます。まあ,ありがちな物語といえばそれまでだが,個人的には細部がよくできていて,いい原作だと思うし,脚本などの映画化に当たってもいい感じでできている作品だと思う。鶴見辰吾の役どころもシーンによっては年齢的に無理があるところもあるが,なかなか。まあ,それをいったら20年前後の時間の差がある物語なのに,高橋克典はほとんど変わらない。私は府中市民になってまだ一度も行っていないが,劇中で多摩川競艇のシーンがあったり。ウェディングドレス姿を含め寺島 咲ちゃんの魅力もけっこう満載だし,いい映画でした。

ちょっと休憩を挟んでトークショー。登壇者は寺島 咲とこの日上映される2作品のプロデューサー,そして片岡信和。一応,映画館の支配人が司会で挨拶に立ったが,その後はラジオのパーソナリティも務めるという片岡氏にバトンタッチ。客席に彼のファンも多いということで,結果的には彼がしゃべる場面が多く,よかったのかもしれません。
肝心の咲ちゃんはちょっと見違える感じで登場。というのも,彼女といえばまっすぐの黒髪がトレードマーク。本人の言葉によれば,360度同じ長さ。それが,前髪ができて,パーマはかけてないかもしれないが,ちょっとゆるく波打って,色も少し明るくなっています。なにやら小学生以来にヘアスタイルを変えたとか。『私の叔父さん』ではほぼノーメイクで,1シーンだけ大人ぶって厚化粧をするシーンがあるが,化粧が似合わないような演出。私が知っている映画出演でもほとんどノーメイクだったと思うが,当然トークショーのような場だとばっちりメイクをしています。やはり女優さん的輝かしい存在感でした。はじめは緊張していたようですが,片岡氏が相手ということですぐに和んだようです。なんでも,2人は同じ事務所で,調べると片岡氏は今年27歳。咲ちゃんは今年22歳という年齢差だが,芸能歴は咲ちゃんの方が先輩という間柄。プロデューサーからはキャスティング秘話などがあったりして,質疑応答はなかったけど,30分のゆったりとしたトークショーでした。

立川シネマシティ 『ハードライフ』
続いて,実在する人物が自らの過去を描いた原作を映画化した作品の上映。その原作者は元レディース。劇中では咲ちゃんがシンナーを吸うシーンや,ドラッグをやって朦朧としているシーンもあり,暴力のアクションシーンにものぞんでいます。まあ,数十年前にはよくあった感じの物語で,これがごく最近であるということと,主人公が男性ではなく女性であるという新鮮さ以外は特になし。しかも,脚本がちょっとイマイチな気がしますね。役者としては,こういう作品を経験するというのはいいことだと思うが,観る方としては。といっても,観て損をしたというほどひどい作品ではないが,せっかく実体験を描いた原作だから,若くして苦い人生の教訓を得たという部分をもうちょっと掘り下げるか,レディースという存在を否定的ではなく描くか,という工夫が欲しかった気もする。
寺島 咲
片岡信和

| | コメント (4) | トラックバック (0)

3日連続渋谷

4月21日(土)

講義の後,『ドライブ』を観るつもりで急いで渋谷に移動。映画館に到着すると,調べていた時間に『ドライブ』はやっていない。今から別の映画を求めて渋谷の街を右往左往するのも疲れるので,当該時間に上映予定だったこちらの作品に急遽変更。

渋谷ヒューマントラストシネマ 『マリリン7日間の恋
主演のミシェル・ウィリアムズは好きだが,マリリン・モンローの実話を基にした作品というのが,この作品を観たいと思わなかった理由。私はマリリン・モンローの出演作を1度も観たことはない。でも,1996年の『ノーマ・ジーンとマリリン』は観た。ノーマ・ジーンとはマリリンの本名だが,この映画はノーマをアシュレイ・ジャドが,マリリンになってからをミラ・ソルヴィーノが演じたもの。どちらも最近は映画で観ることはあまりないが,当時はどちらも人気女優で私も好んで観ていた。しかし,この映画はイマイチで,やはりスキャンダラスな側面が強調されがちなマリリンものはあまり観る気にならない。
ということで,あまり期待せずに観たのだが,それなりに楽しめた作品だった。本作はやはり実話に基づき,マリリンがケネス・ブラナー演じる英国の名優と共演するということで,英国で過ごす1週間を描いたもの。一応主演はエディ・レッドメインということになる。名家の息子として生まれた意外はこれといって取り柄のない男だが,映画好きというだけでロンドンに職を求めて単身出て行く。そこでたまたま巻き込まれたのがこの作品の製作。結局第三助監督ということで,つまり雑用係としてこの作品に関わることになるのだが,彼のさまざまな利害関係に染まっていないところが気に入られたのか,マリリンと接近することになる,という感じの物語。それにしても,自ら主演・監督をするというこの英国俳優はケネス・ブラナーそのものだ。そして,本作ではミシェル・ウィリアムズにマリリンを投影することなく,彼女自身が演じるフィクショナルな人物としてある程度見ることができたというところも良かったのかもしれない。これが,しっかりとマリリン本人の演技を記憶にとどめている人はちょっと難しいかもしれない。そして,『美しすぎる母』でも年上女性と情事(?)を演じたエディ・レッドメインがはまり役というかなんというか。脇役にもよく見かける英国俳優が配されたりして,観て良かったと思える作品でした。

4月22日(日)

翌日も幸いなことに映画に行くことを許されたので,前日に観そこなった作品を観ることにした。

渋谷ヒューマントラストシネマ 『ドライブ
こちらは『ラースと,その彼女』のライアン・ゴズリング主演作品。別にどうしても観るべき作品だとは思えなかったが,相手役が『私を離さないで』のキャリー・マリガンだから観ることにした。物語自体は非常に古典的なもので,最終的に出演者のほとんどが亡くなってしまうという暴力もの。主人公が殺されるのかされないのか,主人公が愛した女性が先に犠牲になるのかどうなのか,というところで鑑賞者をハラハラドキドキさせるという,常套手段。でも,意外にもこういうベタなドラマは最近少ないので新鮮だったりする。そして,やはりキャリー・マリガンの魅力にやられてしまう。
同じ時期に出演していて,フルヌードも披露したという『シェイム』を観のがしてしまったのは非常に残念。なにやら,キャリーちゃんは最近結婚したらしい。そういえば彼女は『17歳の肖像』で女子高生役を演じた彼女だったんですよね。あの頃から魅力的だった。まあ,こういう作品もたまにはいいでしょう。

4月23日(月)

なんと,翌日も渋谷に来ることになっていた。そう,HARCOが15周年記念でカジヒデキさんとgoing under groundの河野丈洋さんの3人でコラボレーション曲を作り,今回はそのメンバーで春フェスなるものを開催した。会社から渋谷に直行し,駅ビルで食事をした後に行ったので,会場に着いたのは開場20分後だったが,かなり席は空いていた。しかし最終的には立ち見もかなり出る盛況ぶり。

渋谷duo music exchange
カジヒデキ
彼のステージはmona recordsが開催したお寺でのライヴイヴェント以来。この日はドラマーとサックス奏者の3人のステージ。数曲ピアノでHARCOが入ります。彼の曲は積極的にCDなどで聴こうとは思わないが,ステージはやはりさすが納得という感じ。基本的にアップテンポな曲が多く,ドラマーも座らずに立って叩くタイプの人で,かなり強めに叩いていたし,カジさんもアコースティックギターだったがなぜか違和感を感じない。最後には『デトロイトメタルシティ』の劇中歌として松山ケンイチが歌っていた「甘い恋人」も披露。
going under ground
やはりというか,フロア内に多かったのがこちらのファン。私は河野氏のソロは聴いたことがあるが,バンドとしては初めてのようだ。無口だが歌わせると甘い歌声の河野氏はドラマーで,長髪の長身,無口なベーシストはいかにもな感じ。それと対照的に背は低いけど妙にチャラい感じのギタリスト。そして,黒縁眼鏡のちょっと小太りな感じのヴォーカルには似つかわない感じのフロントというのが面白いバランス。正直好きにはなれない感じのバンドではある。とても歌いやすい感じのメロディラインにポピュラー音楽に使い古された感じの言葉の羅列。でも,どこにでもあるような楽曲ではなくやはり独自のサウンドを持っていて,それは初めて聞くのに安定して聞こえるのが,安定したファンを獲得している所以か。
HARCO
最後がHARCOかと思いきや,その3人コラボユニットがまずは登場。彼らが今回作ったというオリジナル曲やかつてカジさんとコラボした曲,そしてHARCO自身のアルバムにも収録されたgoing under groundの曲のカヴァーなど,HARCO自身のオリジナル曲は少ない。しかも,恐らく時間的に押していたものを自身の曲数の少なさで埋め合わしたような短めのステージ。HARCOを久し振りに聴くにはちょっと物足りないライヴでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

風景学

中川 理 2008. 『風景学——風景と景観をめぐる歴史と現在』共立出版,205p.,3300円.

本書は「造形ライブラリー」というシリーズものの6巻。カバーに印刷されている,既刊の5巻までを示してみよう。
古山正雄『造形数理』
エルウィン・ビライ『素材の美学』
加藤直樹・大崎 純・谷 明勲『建築システム論』
岸 和郎『建築を旅する』
栗田 治『都市モデル読本』
ちょっと私が書名だけで内容が理解できるようなものではないが,建築を含む都市工学的な分野が中心だということだけは分かる。この著者の中川 理という名前だけは知っていたが,読んだことはなかった。それが敗因。本書はたまたまAmazonでみつけて,「なか見検索!」(目次など,一部がPDFで閲覧できる)があったので,目次を確認できたのだ。それによると,私が把握している風景・景観関係の議論をかなり網羅していることが分かった。Amzonのマーケットプレイス(中古品)にはあまり安価なものは出なく,買いためらっていたが,風景研究をやるのに無視はできない存在だとは思っていた。当初よりも若干安くなった中古品が出たところで購入。もっとコンパクトな版かと思いきや,けっこう大判の変形でビックリ。とりあえず,目次を示しておこう。

1章 風景以前の「風景」
2章 風景の発見
3章 規範としての風景
4章 歴史が作る風景
5章 近代主義が作る眺め
6章 都市の風景化
7章 風景から景観へ
8章 集落と生活景
9章 郊外風景の没場所性
10章 仮構される風景
11章 生態的風景
12章 自分が風景になる

それぞれの章は4節か5節から成り立っていて,1節の長さは2〜4ページ。大判をうまく活用し(建築系の書籍にはよくあるが)下の余白に効果的に図版を掲載している。あとがきを読むと,本書の土台は半期の講義資料だという。最後にきて納得。前半はけっこう楽しめた。私がここ数年勉強している内容をおさらいするような形。しかし,後半になると段々その1節の短さが物足りない感じになってくる。
確かに,地理学者もアプルトンからベルク,トゥアンやレルフも登場するが,著者の基本は建築学であり,景観工学である。確かに,美学系の人が建築系の話を詳しくするのは難しく,一方で建築系の人はよく勉強をしていて,本書のように美学の話も一通りこなしているのは便利ではある。景観というのはその土地に住む人の見方ではなく,外部の人の価値観だという指摘は,ちょっと忘れていて新鮮だったことは確か。
しかし,やはり著者の得意分野は後半になって集中してくる建築や都市計画の分野であるが逆に私にとってはあまり楽しめない内容になってくる。そして,決定的に本書を読んできてちょっとだけ後悔したのは,著者はなんと『偽装するニッポン――公共施設のディズニーランダイゼーション』の著者だったということ。確かに,レルフの没場所性の議論の際に,レルフが没場所的な景観を批判した後に,何も解決策を提示していないことを「建設的ではない」といったりしていた。やはりあくまでもかれは住む人にとってよりよい建築物なり,町づくりをするということが責務にあるということだろうか。
まあ,それほど読むのに時間はかからなかったし,一応論文を書く際には本書に言及する必要はあると思うが,個人的な趣味からいうとあまり評価したくない本。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新年度開始

以前こちらでお知らせした私の新しい論文がアップロードされました。無料でダウンロードできますので,よろしければどうぞ。
こちらです。


法政大学の非常勤での講義は昨年度でもって打ち切りになった。会社の方はこれまで週4日で契約していたが,年度末は会社も忙しいので,できるかぎり金曜日も出勤していたが,最近は私の作業は一段落してしまい,講義はなくなったものの,金曜日もお休みすることになることが多くなりそうだ。

4月6日(金)

この日は妻の以前の職場の知人と新宿御苑でお花見をすることになった。私は一足先に新宿に出かけて映画を1本。

新宿テアトル 『海燕ホテル・ブルー
実は若松孝二監督の作品はあまり観る気にならず,これまで観てこなかったが,本作は珍しく史実に基づくものではなく,純粋なフィクションということで観てみることにした。『実録・連合赤軍 あさま山荘事件』でも重要な役どころで出演していたという地曳 豪が主演。ARATAこと井浦 新も同じく共演していたらしい。やはり若松監督作品で三島由紀夫を演じるARATAはその影響を受けて漢字表記の本名で俳優をしていくことになったらしい。たしかに,この名前と甘いマスクを含め,これまで通りのチャラい感じではやっていけませんな。年齢的にもいい判断かもしれない。
さて,本作だが,やはりこの監督の作品は私の感性には合わないということが確認された。

その後,友人がわが家に遊びにきて,近所の有名なしだれ桜のあるお寺にお花見に行ったり,花見の機会の多い一週間でした。とりあえず,観た映画だけを報告。

4月13日(金)

府中TOHOシネマズ 『僕達急行A列車で行こう
急死してしまった森田芳光監督の最後の作品となったこの作品。昨年湯布院映画祭でいち早く公開された。このblogにもよくコメントをくれる岡山のTOMさんはこの映画祭の常連なので,当然本作をいち早く鑑賞し,監督も交えたトークセッションにも参加していて,その様子はネットのニュースにも流れていた。それによると,いわゆる一般受けしそうな恋愛映画には仕上がっていないが,それだからこそ映画ファンにはたまらない出来になっているという。期待を込めて臨みます。
主演は松山ケンイチと瑛太で,一応,貫地谷しほりや村川絵梨,松平千里といったヒロインも登場するが,基本的に恋愛はイマイチ発展せずに,主人公2人の鉄道マニアぶりが遺憾なく披露されるという物語。いやあ,何がいいと説明しづらいのだが,久し振りに胸きゅんきゅんいわせ,笑いながらの鑑賞になった作品。肩肘張らずに,周りを遠慮せずに笑える映画(でも,大笑いではない),こういうの最近なかったなとしみじみ。森田監督の作品は絶対に観るというほどのファンでもないが,やはり適宜その時々の社会の状況で,必要とされる雰囲気を読み取って作品にしている,そんな印象を受ける。
もちろん,「オタク」的なものは社会に浸透してすっかり日本が国外に発信する文化の代表みたいになっているが,本作は鉄道オタクと,オタクのなかでも古い部類のものを扱い,しかもそれが一枚岩的に捉えられずに,多様性をもっていることが示される。そして,そうした人々が特殊な人種なのではなくどこにでもいる普通の人であり,オタクになるにはそれぞれの事情と育ってきた環境,さまざまな人とのつながり,あるいは社会のなかでの自己主張,そうしたものから成立していることを知ることができる。恋愛的な事柄についてはリアリティに欠けるところがあるような気もするが,一応主人公たちを男性に設定したところにおいて,男性鑑賞者を念頭においた恋愛物語になっているような気もする。だから,成熟しない恋愛の展開は私のような鑑賞者にはむしろ胸きゅんしちゃうのだ。ちなみに,村川絵梨のことは2004年の『ロード88』の主演で知っていたが,それ以降はぱっとせずちょっと気になっていた。でも,本作ではなかなか魅力的な女性として登場してひとまず安心。松平千里というのは古風な感じのちょっとセクシーな雰囲気を持つ,なかなか本作でも魅力的な女優だが,まだ若いらしい。今後にも期待したい。
そして,本作にはまだまだ映画によく出演している松坂慶子に加え,なかなか近年映画では観ることのできない星野知子や伊東ゆかりなども登場するのはちょっと嬉しい。テーマは鉄道マニアということですが,映画マニアにとって大事なものがいくつもつまった作品をしっかりと森田監督は残していったんだと思える作品でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

風景の経験

ジェイ・アプルトン著,菅野弘久訳 2005. 『風景の経験――景観の美について』法政大学出版局,381p.,5200円.

著者は地理学者であり,本書は1975年に出版されたもの。翻訳されたのは1996年の改訂版だが,基本的に中身には手を入れず,第11章を書き足しただけ。景観研究を本格的に始めた私は本書を読まなくてはならないが,定価が高く,Amazonの中古でもなかなか安くならないので,地元の図書館で借り,返却期限までになんとか読み終えた次第。まずは目次から。

第1章 論点
第2章 探求
第3章 行動と環境
第4章 象徴性の枠組み
第5章 バランス
第6章 関わり
第7章 諸芸術の風景
第8章 流行,趣味,イディオム
第9章 場所の美の潜在力
第10章 実績評価
第11章 あとがき

1970年代といえば,英語圏の人文地理学では人文主義地理学というのが流行っていた。でも,本書ではトゥアンが多少引用されているが,その流行には染まっていない。むしろ,もう少し前の環境知覚研究の延長線上にあるようだ。読みたくはないけど,読まずに批判することもできないということで,読み始めたわけだが,これが意外にあなどれない本だった。さすがに,地理学者でもない訳者がこの21世紀になって日本語を出版しようと思い立つだけのことはある。
環境知覚研究はどちらかというと,例えば災害時の避難行動につながるような,社会工学的な意味合いを持つ,客観的に評価しにくいものを客観化する試みだったように思うが,本書における著者の試みは,私たちが風景を観て美しいと思うその判断の基準を探求しようというもの。そこでは,動物行動学やジョン・デューイの経験哲学が拠り所になっていて,それらは第3章で議論される。その結果,引き出されるのが「生息地理論」と「眺望-隠れ場理論」。つまり,人間の外向きの欲望と内向きの欲望を空間的に捉え,視覚的なものとして捉えられる風景が,眺望と隠れ場だという。人間が一生物として周囲の環境のなかで生きる以上(生息地),これらの風景を肯定的に捉えるのは本能的なものがあるという。しかし,著者はそれを全て生来的なものとはせず,むしろ風景の評価は後天的なものとしている。
そのことをエドモント・バークの美と崇高の議論や,ピクチャレスクについても論じ,さまざまな時代の数多くの絵画作品や詩作品,あるいは景観計画の実践などを検討することで,自らの理論の正しさを論証している。その説明はなかなか説得的なのだが,そうした検討材料が特定の時代以降のヨーロッパに限定されていることに疑問はないのだろうか。
20年後に書かれた第11章は本書出版後のことについて書かれているが,著者自身は基本的にその主張を覆すつもりはないらしい。1980年代以降の英国の地理学者で,風景研究の中心的人物コスグローヴとダニエルズ,そして『風景と記憶』のサイモン・シャーマまで引き合いに出しながらも,かれらの研究には著者が主張している観点が抜け落ちていると述べる。なぜ,かれらがそういう主張をしないのか,受け入れないのかということは考えないようだ。まあ,基本的には研究者たるもの,多少謙虚であるにしても,自分が正しいと思ったことを表現しているのだから,まあそれはしかたがない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パリ神話と都市景観

荒又美陽 2011. 『パリ神話と都市景観――マレ保全地区における浄化と排除の論理』明石書店,246p.,3800円.

著者は地理学者で,私の地理学者の知人のなかではここ最近一番頻繁に会う一人。ということで,本書は著者に直接いただいたもの。著者にとっても単著としては一冊目となる。本人によると,やはり本を1冊仕上げるということは1本の論文とは違って,さまざまな苦労があるとのことで,自身としてはその出来にまだ満足できていないという。本書の内容は彼女が2009年に提出した博士論文を元にしているという。まずは目次を示しておこう。

序 パリ神話と都市景観
I 歴史主義と衛生主義の相克
II 「保全地区」マレの成立
III 神話に基づいた景観の形成

副題にもII章にもあるように,本書は「マレ」という地区にまつわる話に限定している。パリに疎い私のようなものにはちょっとピンとこないが,本書をいただいた直後にフランス映画『サラの鍵』を観ていたので,かなりイメージがしやすかった。この映画についてはこちらでも書いたが,現代と第二次世界大戦期のシーンとがあり,戦時期はマレ地区がユダヤ人の集住地区として描かれ,フランス当局がドイツ・ナチス政権に協力する形で,この地区からユダヤ人を集め収容所送りにするという物語。そうしてユダヤ人が抜けた後に住むことになった主人公の義父がその歴史に葛藤する。
本書の最後でもこの作品は登場する。日本では昨年末の公開だったが,本国フランスでは著者が本書執筆中に公開されていたということだ。まあ,この映画が描いているのはマレ地区のごく一部にすぎないが,パリを一枚岩的に描くのではなく,都心に近いこの一角が特定の性格を持っているという知識は本書をより読みやすくしてくれた。
そして,本書はタイトルにパリとしか示していないが,基本的にはこのマレ地区に焦点を絞っている点において,なかなか貴重な社会学的・地理学的研究になっていると思う。著者から読む前にあまりよい出来ではないと聞いていたこともあるが,逆に私には非常に優れた研究書だと思った。確かに,序文は初めての単書だということで,どこかぎこちなさがある。著者の母校である一橋大学社会学部には地理学を専攻する教員は以前からいるが,地理学科はない。著者は地理学者の指導を受けているが,同時に教育環境的には社会学者だともいえる。実際,明石書店はあまり地理学書を出版する出版社ではない。本書は自らを特定の分野を主張しているわけではない。ということもあって,序文はちょっと中途半端な気がする。全般的に地理学を主張するわけではなく,かといって社会学に徹しているわけではない。むしろ,いかにも社会学的な文献はあまり登場しないように思われる。実は私の論文も1つ登場するのだが,それは私の文学研究であり,なぜかここで文学作品を取り扱う口実として用いられている。しかし,私の読書経験によればフランスの歴史学書では文学作品を資料として用いたり,表象分析として用いるのはごく当たり前のことでことさら断るまでもない。残念ながら,フランスの社会学研究というのはあまり読んだことがないので,そちらはどうだか分からないが。
また,タイトルに用いている「神話」についても,フランス流にするならばロラン・バルトやジャン・ボードリヤール,あるいはレヴィ=ストロースなどの名前が私の頭には思い浮かぶが,これらは一切登場しない。また,タイトルに用いられているもう一つの用語である景観についても,地理学の議論が紹介されてはいるが,これまた中途半端な気がする。英語圏の議論については私も現在少しまとめているところなので,その困難さは理解しているが,逆に開き直ってフランス語圏地理学に限定したら良かったのかもしれない。なお,英語では景観をlandscapeというが,フランス語ではpaysageという。その語源的な差異については興味があるところでもある。
さて,序文をさらりとやりすごせば,一気に面白くなる。文学作品を資料として用いることの説明は言い訳がましくても,実際の文学作品の用い方はかなり手慣れている。そして,「マレ地区」という言葉が指示するところの地理的範囲と意味内容とが時代によって変化するさまが,単なる表象としてではなく,実際の都市計画という実践とともに語られます。私はこの種の研究はあまり読み込んではいないけど,場合によってはそうした表象や思想の抽象的な部分が強調され,実際の地理空間における差異がみえにくかったり,逆に地図化できるような側面ばかりに終始していたり,とその具体と抽象のバランスで不満を抱くことがあるけど,本書はそのバランスがなかなかいい。著者が作成したと思われる地図はちょっと印刷の質も悪く,デザイン的にも工夫してほしかったが,まあその辺りは我慢しましょう。また,冒頭には古い絵はがきを掲載し,同じ構図で現在撮影した写真を併置している。しかし,これも本書を読む前に視覚的イメージを与えるだけでなく,読んだ後に本書の説明で理解したマレ地区に具体性を与えるために,本文の最後にもこれらの絵はがきの考察が欲しかった。
私は正直,海外調査をやるくらいの時間と費用,そして現地の言葉を学ぶ余裕があったら手近にあるものでできる研究を構想してしまう質である。しかし,本書を読んで,本文にも書いてあるが,現地でしか手に入らない資料を用いた研究というのはこうして出来上がるんだな,と妙に納得させられた。そして,なぜ日本人がわざわざパリに調査に,とも思うのだが,あまりに身近だと意外と調査がなされていなかったり,わざわざ調べるまでもないと思ったりするのかもしれず,こうして他者の目から素朴な疑問に端を発した研究というのも貴重なのかなと思ったりした読書でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«定本 想像の共同体