平日夜の吉祥寺、大人なライヴ

12月15日(火)

吉祥寺star pine's cafe ハシケン
ハシケンは来年15周年を迎えるそうだ。そういえば、この日と同じstar pine's cafeで開催された10周年記念ライヴにもいったっけな。ハシケンを知ったのはNUUちゃんを通じてだった。10周年ライヴがもう4年前だから、もうけっこう経っているんだな。この日のライヴはプレ15周年記念ツアーと銘打っていたので、混雑を予想していたが、先日お店で買ったチケットも整理番号7番だったし、開場から開演まで1時間あるし、最近は外食も続いているので、一旦帰宅し、夕食を自炊して食べてから出かけ、開演25分ほど前に到着。すると、フロアはかなり余裕を持って椅子が配置されていて、座っている人もまばら。せっかくなので、最前列の空席をゲットして座る。この日は赤ワインをチビチビ飲みながら読書をして開演を待つ。今年はハシケンにとって、ある一人の人と一緒に仕事をするという年だった。はじめがSAKEROCKのトロンボーン奏者、浜野謙太。続いてはコーコーヤのヴァイオリニスト江藤有希。そして最後に奄美の歌姫、中村瑞希。中村瑞希さんとのライヴには行けなかったけど、どちらのライヴにも行って、ハシケンライヴは今年で3回目。で、この日のライヴはそのハシケンハマケンとハシケン×江藤有希の合同ライヴ的なもの。そこにもう一人パーカッショニストの朝倉真司さんが加わる。
開演時間5分遅れで始まります。さすが。はじめはハシケン×江藤有希から。もちろん朝倉さんも入りますが、なぜか3人とも衣装が赤い。客席も含め、もうちょっと賑やかな会を想像していたが、平日のstar pine's cafeに相応しく、しっとりとした雰囲気でステージは進行していきます。それにしても、「走る人」のヴァイオリンが個人的にはすごいよかった。途中休憩が入り、2部はハマケン登場。見事に青系のシャツで期待を裏切る。私の目の前です。いやあ、本当に彼のトロンボーンはよくなった。まあ、SAKEROCKのは聴いていないんだけど、ハシケンとやるのが味があって良い。MCではそんなハシケンとの馴れ初め(?)が話されたが、「ハシケンバンドに補欠で入って」みたいなことをいっていたけど、そういえばハシケンさんのサポートトロンボーンはあの村田陽一さんだった。確かに、実力で敵うはずはないが、多忙がゆえに出番はありうる。そして後半では江藤さんも出てきて4人で演奏。アンコールも2回あって(足元においてあるウクレレがアンコールまで1度も使われないんだから期待するよね)、最終的には2時間強のステージでした。本編が終わった時には「もう終わり?」という感じだったが、アンコールが長かったね。でも、これで満足。
ハシケンさんとも先日の鷹の台bossaで顔見知りになったので、名前も覚えてもらおうと久し振りにアンケートを書く。そして上階に上がると、ハシケンさんとお話しているのは橋本 歩さん。ハシケンさんのblogに下北沢で歩さんと会ったという日記があって、この日はくるんじゃないかな、と思っていたら本当に来ていた。そして近くにはvice versaの石塚明由子さん。「よく会いますねえ」とお互い。そんなこんなでいろんな人と挨拶、お話。帰り際にハマケンも上がってきて、歩さんとお話している。最後に歩さんに挨拶すると、ハマケンが反応する。そう、大抵、歩さんやhitmeさんなどと知り合いだということが分かるとただのお客ではなく、ミュージシャンだと勘違いするらしい。せっかくなので、先日西荻窪で見かけたと声を掛けてみる。そんな平日の夜でした。

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世界を見せた明治の写真帖

三木理史 2007. 『世界を見せた明治の写真帖』ナカニシヤ出版,189p.,1900円.

ナカニシヤ出版が出しているシリーズの10冊目。私が読むのは,村山朝子『『ニルス』に学ぶ地理教育』,関戸明子『近代ツーリズムと温泉』に続いて3冊目。第一印象はこれまで読んだ2冊と同様に,タイトルが適切でなく,ちょっと大袈裟だということ。著者の三木氏は1965年生まれの中堅地理学者。交通史という独自の路線を地道に突き進んでいる。これだけ継続的に研究を発表し続けている地理学者はそういない。しかし,研究テーマからして私はきちんと彼の文章を読んだことはない。しかし,そんな彼がこんなテーマを取り上げるのはかなり突飛な気がして,写真研究をしている身としては,読まずにはいられなくなった。そんな事情については「あとがき」に詳しい。当初,彼に依頼されたこの叢書のテーマは「世界鉄道としてのシベリア鉄道」であった。この叢書のタイトルが「地球発見」だから,これまでのような「日本の鉄道史」では駄目である。ということで,企画者が望んだのは日本以外の鉄道の話だったが,結果的には日本国内で世界に関する史料を扱うものだった。
確かに,本書が提示するものは貴重だ。まず,古地図に対して古写真の地理学研究の不足。石井 實のいう「地理写真」を歴史的な次元に拡張すること。そして,恐らく私のものも含めた地理学における近年の写真研究がその図像にのみ限定されていること。そうした,これまでの研究の批判の上に,彼の研究が位置づけられる。しかし,最後の点に関しては,そうした近年の研究を芸術写真の図像学的研究と単純化して批判しているのは,具体的な研究を挙げていないことからも明白。ローズの写真研究などは複雑な内容を持っているのに。なので,彼の研究の位置づけに関してはあまり評価はできないのだが,彼の集めた史料はとても豊富である。しかも,その史料収集から分かった事実も2つほどあり,それは本書の大きな成果である。その一つは,明治末期に世界一周旅行をした日本人観光客のなかから,世界写真帖を出版する人物が現れたのだが,その写真帖とはなんと,旅行中に各地で買い集めた絵葉書から作っていたと思われる,という事実は面白い発見である。また,著者が日本全国でその所在を確認している「府県写真帖」とは,やはりこれも作成の中心人物がいるのだが,皇族による日本各地への行幸の際に,彼らに謹呈するために作成されたものだという。この辺りに詳しい,フジタニ『天皇のページェント』にもこの事実は書かれていなかったと思うから,膨大に収集された写真帖とともに,大きな成果だと思う。
確かに,調べてきたことが緩やかに結びついて,それらをまるごと1冊の本で紹介したくなる気持ちも分からないでもない。しかし,明らかに本書には史実を詰め込みすぎだ。読者にはそれが消化できない。それどころか,恐らく著者にも消化できていないと思う。それを何とか消化しようと,私でも読んでいないような日本の写真史の文献を読み漁った努力は評価すべきである。個人的には,上に挙げた成果のどちらか一つに限定して論を展開した方がすっきりして,また議論も深められたと思う。せっかく36ページを費やして掲載している府県写真帖は,本文での扱いの少なさで,その史料価値を低めていると思う。まあ,ともかく本書は新しい方向性に導かれようとする著者の覚書だと思っていいのではないか。著者自身が膨大に集まってきた史料をひとまず整理しているもの。まあ,これが公的な場に発表されたことで,著者以外にもこの分野の研究が可能となるし,そういう価値はあると思う。

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ウとウ

12月13日(日)

新宿シネマート 『ウェーヴ
ドイツ映画。以前にも『es』という心理実験を取り上げた映画がドイツにあった。今回もなにやら高校の演習で擬似独裁的な状況を作り出すという設定。一応、実話が基になっているらしい。ということで、『es』ほどの緊張感はなく、前半もごく自然な高校生活の様子が、教員の側と、生徒の側とで描かれる。この高校では、民主主義の正しさを違った視点から学ぶために、独裁主義と無政府主義を勉強するコースがある。主人公の教師は父親が政治活動家だったこともあり、国家権力に対抗する無政府主義的な考えには精通していて、そちらのコースを担当したいと思っていたが、教員間の差別を受け(彼は短大卒の体育教師)、独裁主義のコースを任せられる。もちろん、ドイツではナチス第三帝国の苦い思い出があるから、生徒たちも独裁主義なんて現代ドイツにはありえないと全く関心がない。その関心を引こうと、この教師はこの教室だけで擬似的にゲームとして独裁状態を作り出す提案をする。今教室のこのメンバーだけで、その演習の時間だけという限定つき。親にも怒られず「自由」を笠に着て育った生徒たちは、徐々に規律に準じることに悦びを感じてくる。そして、それは同時に個人の自由が当たり前の彼らに、他人と団結することの新鮮さを味あわせる。なかには、表面的な友人関係ばかりで人との絆を感じられずにいた生徒が、この擬似独裁団体「ウェーヴ」に心酔していくことになる。かれらの団結力と行動力は徐々にその限定を越え、広がっていく。教師はその自らの指導力に悦びを感じるが、この教師の夫婦関係、同じコースを受講していたカップルの間に亀裂が入ってくる。その功罪がどういう形で結末を迎えるのか...
まあ、たまにはこういうガツンとくる映画も面白いですな。

祖師ヶ谷大蔵ムリウイ ウナドス
新宿から祖師ヶ谷大蔵に移動。久し振りのムリウイです。そして久し振りのハンバーガー。黒ビールとともにいただきます。先日Thumbs Upで食べたフライドキチンバーガーがあまり美味しくなかったので、こちらのは格別。料金も半額以下です。そして、単にアサヒの瓶ビールをグラスに注いでいるだけなのに、なぜかここの黒ビールは美味い。
ウナドスはヴァイオリンの江藤有希さんと、私の誕生日ライヴに黒川紗恵子と出演してもらったバンドネオン奏者の早川 純さん。そして、ギターの中西文彦さんによるユニット。見たところの年齢は30歳台、20歳台、40歳台と思われます。面白い組み合わせ。でも、基本的には南米音楽に刺激を受けた3人で、それぞれのオリジナル曲を持ち寄ります。バンドネオンというとアコーディオンの鍵盤をなくしたような楽器だが、アルゼンチンのものだとのこと。最近、世界中でけっこう流行っていて、アルゼンチンからバンドネオンの流出が激しく、それを規制する法律ができたとのこと。日本には何度かのアルゼンチンタンゴブームの折に輸入され、埋蔵量はアルゼンチンについで多いのではないか、と早川さん。アルゼンチンタンゴといえばピアソラだが、この日も早川さんと江藤さんで1曲。私はピアソラのことをなんと映画で知ったんですよね。今住んでいる調布にあるPARCOキネマのレイトショーはけっこう通な特集をやっていて、10年前くらいですかね、劇中音楽にピアソラを使っている作品を特集していて観に行ったのだ。確かに、そういう意識で聴くと、ピアソラの名前を知らなくてもこれまで観た映画のなかで使われている気がしたものだ。そして、2枚組みのCDも持っている。まあ、ヴァイオリンのmaikoさんもピアソラを弾くくらいだから、ヴァイオリンとタンゴも相性はいいんでしょうね。なので、そこにギターが入っても楽器に詳しくない私にはなんの違和感もありません。そして、3人それぞれのオリジナル曲も味わいがあって素敵。残念ながら、この日は家で私の帰りを待つ人がいるので、1stステージでおいとまする。早川さんも私のことを覚えていてくれた。今度は夫婦で聴きに行くことにしよう。

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ライヴ続き週末。映画も観ています。

12月11日(金)

雨の一日。講義後、休みの恋人に市ヶ谷まで来てもらって、大学近くのカレー屋でランチ。一緒に帰宅して、パンを焼くのを手伝う。小豆餡も手作りのあんぱん。夜は一緒にライヴに行く予定だが、私は一足先に渋谷に行って、この日で公開終了の映画を観る。

渋谷TOEI 『笑う警官
角川春樹監督映画。『ハゲタカ』に続いて、大森南朋主演。かつてはどちらかというと主役よりも脇役で、独特の雰囲気を醸し出す俳優で、移転する前のユーロスペースでディープな大森南朋特集などがあったくらいだ。私もそういう彼の存在感が好きだったが、NHKドラマの『ハゲタカ』出演から、社会が彼に求める役回りが定着しようとしている。一癖あるが、信念は貫き通す、的な新しい形のヒーローなのかもしれない。相手役は松雪泰子。最近頑張ってますね。結局、この「笑う警官」というタイトルに込められた意味はイマイチ分からんが、ともかく警察の腐りきった組織に関する作品である。この手のエンタテイメントはやはり面白いですね。でも、本作の宮迫博之は全くのミスキャストか。最近俳優業もそれなりにこなしている彼だが、やはり『蛇イチゴ』のようなのがはまり役だ。一方で、かなり頑張っているのが忍成修吾君。彼は『犬猫』の舞台挨拶で一度生で見たことがあるが、けっこうその美形にビックリした。しかし、この手の映画は実際の警察組織のあり方に対してどのくらいの意味があるのか、よく考えると疑問に思う。

渋谷で待ち合わせて軽く食事。代官山に移動し、開場予定の19時過ぎにお店に着くと、ちょうど開場したところ。

代官山eau cafe Shima & Shikou DUO
お店に入るなり、伊藤志宏さんがいる。実は12月6日に志宏さんと古賀夕紀子さんのデュオライヴがZ・imagineであったのだが、私は竹仲絵里ちゃんのライヴに行っていて行けなかったのだ。「この間こなかったよね。古賀ちゃんホント、すごかったのに」と突っ込まれてしまった。満席覚悟で、20時開演のところ、19時過ぎに到着したが、天気のせいもあるのか、予約制でないために意外に空席ちらほらの程よい感じ。私たちはピアノの隣の席に座る。ちなみに、ライヴの料金がかなり上がっていましたね。前は1500円でドリンク込みだったような記憶がありますが、ドリンク込み2500円になっていました。前はチャージが安い分、料理でも食べようという気になったが、これからはちょっと厳しいかも。でも、ライヴ用のフードメニューはちょっと変わって、安目のおつまみが増えた気がする。われわれの後ろのテーブルに座っていた男女は赤ワインをボトル1本空けても足りないらしく、さらにデキャンタを追加してた。料理も2人で4,5品頼んでいたな。そういう身分になってみたいもんだ。
さて、15分押しで始まったステージ。前半はスタンダード曲中心で、とてもいいステージだった。やはりこのお店で聴くshima & shikou DUOは格別だ。なんか初心に戻った感じ。といっても、勝手に私がかれらが遠い存在になりかけていると思っているだけで、かれらは相変わらずなのだ。今年出した3枚目のアルバムはヴィクターから出たが、実はそれにも紆余曲折あって、別にかれら自身がメジャーを目指して達成したわけではない、と聞いて、なんだか安心。セカンドステージはオリジナル中心でいつも通りでしたが、この日は島さんの高校の後輩という男一人客がいて、面白かった。アップテンポの曲になると、椅子の上で体をくねくね動かして、のっているのだ。さすがに、ステージ上の島さんも彼が他のお客さんから怪しい目で見られないように、「○○君、激しいねえ」と突っ込みを入れる。以前にもsaigenjiがゲストで来た時にはしゃぎすぎて椅子を壊してしまったお客がいたが、彼も同じ高校の後輩というから、かなりすごい高校だ。しかし、この日も志宏さんのピアノソロは激しく、長かった。
帰り際に島さんともお話。この日も島さんの奥さんが来ていたが、お腹が大きくなっていたのだ。そう、妊娠8ヶ月とのこと。ますます稼がなきゃいけないですな。

12月12日(土)

この日も夜にライヴの予定があり、そのライヴ会場が東の方にあるので、一時帰宅はせずに新宿で映画2本観て時間をつぶすことにした。武蔵野館で続いて2本。

新宿武蔵野館 『いのちの山河:日本の青空Ⅱ
岩手県の山間部、沢内村の実在した村長、深澤晟雄の半生を描いた作品。副題に「日本の青空Ⅱ」とあるように、本作は大澤 豊監督による同名作品の第二段ということだが、私は観ていない。物語が続編なのではなく、日本の平和と人々の健康をテーマにした作品だということらしい。前作では憲法9条の意義について、本作では憲法25条について。本作のエンドロールは非常に長いが、本作への協力団体が非常に多く、各都道府県の「憲法9条を守る会」のような団体がかなり協賛している。まあ、そういう政治的なことを抜きにしても、素直に感動できる作品です。主役で深澤を演じる長谷川初範は、私にとっては「ウルトラマン80」だ。初代ウルトラマンからウルトラマンセブンまでは、正直いってきちんと記憶になく、おそらく覚えているのは再放送によってだと思うが、同時代的に楽しんだのは、復活したウルトラマンシリーズとしての「ウルトラマン80」だった。長谷川さんはその後もドラマや映画などで見ることがあるが、やはりどうしてもウルトラマンを重ねてしまう。まあ、そんなことはどうでもよいが、深澤氏はいろんな興味を持って、奥さんを連れて満州に行ったり、九州の会社に勤めたりとしながら、実家の村に戻ってくる。その奥さん役はとよた真帆なのだが、ちょっと年齢差が気になりますな。特に地元での就職の当てもなかったのだが、かつて地元の若い衆を集めて行っていた「憲法を学ぶ会」の人間関係から、夜間高校の英語教師を依頼され、始める。それが生徒に人気が出て、小さい村ながら教育長に任命される。すると、彼は次々とその任務の枠を超えるような試みを村のなかですることによって村長から助役へと依頼を受け、着任する。豪雪で、貧しいこの村をなんとかよくしようと尽力するうちに政策の決定権を持つべく、村長に立候補し、当選する。傍目から見ると、かなりなんでも自分で決めてやってしまうようにみえる。そのカリスマ的政治はどうなのかと思ってしまうこともないではないが、この映画を見る限りではその方向性は正しく、納得させられる。こんな政治のあり方が現実にあったのならば、素晴らしいことである。

新宿武蔵野館 『母なる証明
続いても同じスクリーン。残念ながら同じ席は先に取られてしまったが、2作品続けて最前列で臨みます。オムニバス映画『TOKYO!』で蒼井 優ちゃんを起用した不思議な作品を撮ったポン・ジュノ監督による作品。公開当時はやたらと混んでいたのはウォンビンという若い男性俳優が人気だかららしい。ちょっと知恵遅れのこの男がとある少女殺害の容疑者として逮捕される。知恵遅れがゆえに、毎晩同じ布団で寝るなどの溺愛してきた母親がなんとか彼の無実を証明すべく事件を追う、という内容。予告編ではかなり深刻な雰囲気なのですが、韓国映画特有の小ネタ満載のある意味ギャグ映画です。そういっても、殺害された少女にまつわる問題が浮上してきて事件の真相に迫ってくる展開は緊張感があります。しかし、最後はまた半分ギャグのような展開で終わってしまう。まあ、そこがいいところか。

岩本町OnEdrop cafe
岩本町駅と小伝馬町駅の間にある、休日の夜なんてとても寂しい界隈に新しくできたカフェ。そこで初めてのライヴイヴェントを、BE THE VOICE企画で開催する。かれらの今年発売された新しいアルバム『groundscape』がとてもよく、発売以来ライヴを聴けていないので、かなり楽しみにしていた。開場から開演まで1時間あったが、混み合うこと必死なので、開場時間に合わせて到着。幸い一人の席は確保。なんと永山マキちゃんのサポートとして参加のヤマカミヒトミさんの目の前だ。新宿で天丼を食べてきたので、白ワインを呑んでいると、けっこう量が多くて眠気を誘う。結局20分くらいは寝て時間をつぶす。開演時には立ち見も多く、大盛況。
永山マキ:マキちゃんはこの日もギターのイシイタカユキ氏とのデュオ。それに後半ヤマカミヒトミ氏が加わる。BE THE VOICEの和田純子ちゃんと永山マキちゃん、そしてヤマカミヒトミさん(なぜ彼女だけ「さん」なのか?)はピアノの宮嶋みぎわさんを加えた4人でLynnというユニットをやっているが、この3人が集うのは昨年の葉山blue moon以来。その時hitmeさんはBE THE VOICEのサポートだったっけな。まあ、ともかくマキちゃんの曲にhitmeさんが参加するのもまた面白い。当然、ここにBE THE VOICEのメンバーも加わって数曲。
BE THE VOICE:この日はカホンのサポートが入り、3人のステージ。今年は南條レオ氏や、滝沢スミレちゃんも入ったバンド編成でライヴをしているらしい。のっけから、アルバム1曲目の「Ms. Beauty」で始まり、私のテンションも上がります。いやいや、本当に今回のアルバムいいんです。ノリノリなわけじゃないんだけど、私の内部リズムと共振するんですよね。当然、hitmeやマキちゃんなども加わって盛り上がります。お客さんたちもいい感じ。いやあ、いいステージでした。
帰り際になぜかマキちゃんに捕まってしまう。彼女は最近政治的な問題に興味があって、社会科学者としての私に意見を求めてくるのだ。実のところ、このblogにも「地政学」などの言葉を使っているが、私自身はreal politicsにはあまり関心がないし、基本的に無政府主義者である。まあ、それでもお勉強のレベルでは一般人よりはある種の論理を持っているので、それなりに討論。マキちゃんが他のお客さんの対応をしている間に純子さんにも挨拶。あちらから「結婚されたんですって。おめでとうございます。」と嬉しい言葉。外は夜も深まって風が強くなり、さらに寂しい岩本町界隈でした。

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雑学者の夢

多木浩二 2004. 『雑学者の夢』岩波書店,183p.,1800円.

多木浩二の作品はチェックしているはずだが,古書店で発見した本書が2004年の発行でちょっとショック。本書は岩波書店の「グーテンベルクの森」というシリーズもので,さまざまな分野の執筆者に,自らの読書歴を交えて書かれたエッセイである。といっても,他に私の興味をそそるような著者はいないので,このシリーズ自体知らなかったことは仕方がない。
多木浩二という人物は,彼の著書を10冊以上読んでいる私にとってもある意味捉えどころのない批評家である。しかし,そもそも私が「批評家」と呼ぶ人物は○○学者と呼べるような基礎をもっておらず,かといっていい加減な「評論家」ではなく,知識をひけらかす単なる博学者でもない。ある意味では,私自身が批評家でありたいと願う以上,この呼称で呼ぶ人物には尊敬の念を抱いている。
といっても,本書がそんな読書歴に関するエッセイとは知らず,一見したところでは初学者向けの雰囲気があって,あまり読もうとは思わなかった。第一部は「記号と構造」と題され,ロラン・バルトとソシュールが論じられるのだから,「多木浩二たるものが何を今更」という印象があったが,第一部の最後に,「初期ベンヤミンの言語論」と題された第四章があり,最近オースター『ガラスの街』関連で読んでいるベンヤミン「翻訳者の使命」が検討されているらしいので,800円という安価も手伝って,購入することになったのだ。そして,なんとなく購入した外出先で「序文」を読んでいると,これまでほとんど知ることのなかった,多木浩二の略歴が自身の筆によって書かれているではないか!ということで,やはり書物ってのはきちんと読んでみるまで中にどんな発見物があるのか分からないのだ。だから読書はやめられない。私の同業者のなかには,けっこう目次を読んで分かった気になる人や,書物を冒頭から読まず,自分の知りたいことだけを効率よく得ようとする人が意外に多くてビックリする。
しかし,多木浩二氏はそういう読書の愉しみを教えてくれる作品の著者でもあるから,彼自身の読書歴がそういうものであることを知って嬉しくなる。そう,多木浩二はそもそも始まりからして○○学者という経歴を有しないのだ。ほとんど独学に近い形で,興味の赴くままに,まさに「活字の海を航海する探検家」だといえる。ちなみに,多木は18世紀英国の探検家,ジェイムス・クックの研究に人生の一部を捧げている。
既に書いたように,本書はロラン・バルトから始まる。そして一つさかのぼってソシュール。その辺りから,かなり言語学にはまったようだ。そしてバンヴェニストにたどり着き,あまりにも言語学に傾倒するバランスを戻すために,ベンヤミンが登場する。多木浩二にとってこれまでの著作でもベンヤミンが非常に重要な思想家であることは分かったが,ベンヤミンの言語論から入っているとは少し意外。そして,ベンヤミンの幼少期の記憶と都市の関係を論じた「1900年頃のベルリンの幼年時代」から,『パサージュ論』へと,だんだん歴史記述の問題へと関心を移行していく。
晶文社のベンヤミン著作集はずいぶん集めてきましたが,5巻本の『パサージュ論』はまだ読んでいない。もちろん,この作品は誰かの概要で読まずに済ませるようなものではないが,やはり今私が関心を持っている事柄には必読書であることを思い知らされる。やはり,多木浩二氏の本からは必ず得るところがあるが,本書の魅力はやはり多木氏が飾らずに自分のことを書き記していることではないだろうか。概して,このレベルの著者は,私には非常難解だと思われるベンヤミンもフーコーも,全ての著書を読んでて当たり前,しかもその内容も理解していることが前提でその先を論じるような論調で書かれるが,多木氏はフーコーの著作に対しては未だに挑戦しているという。ベンヤミンの言語論についても,それ以前に言語学著作を多数読んだからこそ,少しずつ理解できるようになった,と素直に書いていること,これである。まさに「読書の愉しみ」を教えてくれる本。

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映画の論理

加藤幹郎 2005. 『映画の論理――新しい映画史のために』みすず書房,229p.,2800円.

本書は,著者がさまざまな要望に応じて発表した原稿をまとめたもの。それは百科事典的な書物だったり,公開講座だったり,共同研究の成果として学術雑誌に掲載されたもの,新聞に連載された小文をあわせたもの,だったりする。他人から求められたテーマに対して何ができるか,これも研究者の力量をはかる大きな指標になると思う。そういった意味では,やはり加藤幹郎は加藤幹郎だということを思い知らされる著作である。私が先日続けて紹介した,神田孝治氏の『レジャーの空間』と『観光の空間』に寄稿した多くの研究者は,自らの既存の研究を発展させないままその縮小版でお茶を濁したり,新たな展開をしたものでもその文章の短さに屈していたりと,芳しい成果は上っていない。まあ,自分はどうかといわれると,論文を書き始めて15年以上経つわけだが,純粋な依頼原稿は2つしかない。一つは1996年の月刊『地理』に掲載した甲斐バンドもの。もう一つは,2002年にINAX出版の季刊誌『10+1』に掲載した泉 麻人論。もう少しゆるい感じの依頼も含めれば,指導教官の科学研究費報告書に掲載するものとして書かれ,後に2000年の『季刊地理学』に掲載された論文,2001年に所属していた教室が不定期で発行している雑誌『理論地理学ノート』に掲載された論文もある。どれも,求められている水準以上のものは書けたという自負がある。しかし,一向に依頼原稿は増えない。
まあ,そんな話はどうでもよいですね。本書の第2章では珍しく,「映画史の今日的変容」と題し,『マトリックス』,『タイタニック』,そして『千と千尋の神隠し』などが批評の対象となる。そう,加藤氏は基本的に同時代的な映画批評ではなく,映画史研究者である。本書でも,第3章で取り上げられるニコラス・レイや第4章で取り上げられるジョーゼフ・コーネルなど,古い映画に詳しい人でもほとんど知らないような映画作家を取り上げる(といっても,ニコラス・レイはジェームス・ディーン主演『理由なき反抗』の監督でもある)。まあ,彼の議論は決して,これまで映画史で無視されてきたということだけを理由にするような全体主義的な動機ではなく,かれらの作品がいかにビッグネームの映画監督の斬新さを先取りしていたか,ということにある。それにしても,本当に加藤氏はどんな生活をしているのか,その研究にかける情熱には驚く他ない。よく,職業的な映画評論家は,朝から晩まで試写会にこもって,新作を観続けることを強いられ,純粋に映画を楽しむことを忘れてしまい,評論文もろくなものが書けない,という話を聞くが,加藤氏の日常もそれに近いのだろうか。でも,彼の文章は少なくとも研究対象として観ている作品も絶対に楽しんでいると思わせる。しかも,第2章を読んでも,歴史的な作品を網羅的に観ようとしている加藤氏が,けっして現代の作品を蔑ろにしていないことも分かる。確かに,私が歴史書を読む時に,一つ一つの事実が関連しあって,読めば読むほど楽しめるように,映画のさまざまな技法や監督や俳優,もちろん撮影者や製作者など,次から次へと関連しあって,その知識の体系が出来上がる過程だけでも楽しいのかもしれない。私もできるだけ同時代の映画を観るようにしているが,監督や俳優,音楽などの関わりを知ることがその鑑賞の楽しみの多くの部分を占めているともいえるし。
とにかく,本書には私のような読者がDVDなどで探しても観ることができないような作品が多く取り上げられ,まさに彼の映画研究の一部が純粋な歴史研究であることも確認できる。ともかく,映画とは単なる芸術作品ではなく,時にはプロパガンダにも利用される政治的なミディア(加藤氏は英語の発音をカタカナに表記する時にかなりこだわりを持っていて,メディアとは書かない)であるし,その成立にはもちろん資本主義的な経済システムなしには考えられない。なので,彼は映画というものを通して,人文・社会科学全般に関する知見を深めようとしている。まさに,やりたいことが山ほどあって仕方がないのだろう。ともかく,幸い同時代的に活躍している研究者なので,なんとか彼の書くペースに私の読むペースが追いついてゆけるだろう。そして,私も映画については趣味を実益にできるようになれば良いと思う。

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2日連続橋本 歩@吉祥寺

12月8日(火)

吉祥寺star pine's cafe A Tribute To THE BEATLES 2009
先日、瓜生明希葉さんのライヴでサポートヴァイオリンの岡村美央さんの演奏を久し振りに聴いて、思わず行くことにしてしまったライヴ。チェロの橋本 歩さんも以前から参加していた、毎年恒例のイヴェント。私は初参加です。12月8日のジョン・レノンの命日付近に行われていた「トリビュート・トゥ・ジョン・レノン」を10年やっていて、今年からビートルズに変わったらしい。歩さんもそうとうのジョン・レノン好き。このイヴェントは、主催者がベーシストの山田章典さんで、ギタリストの松田 肇さんと始めたらしい。松田さんの名前は歩さんのライヴスケジュールでたまに見かけます。札幌でUKロックのお店をやっているという川尻一明さんをヴォーカル&ギターで迎え、本園太郎さんという人とフロントを務める。もう一人女性ヴォーカルでSAMMYさんという人が加わり、バックはギター宍倉聖吾さん、ドラムス田中 徹さん、キーボード野崎洋一さんというメンバー。後で調べたら、宍倉さんが竹仲絵里ちゃんと同じレコード会社、野崎さんは松田聖子のバンドをやってたりして、意外に豪華ですが、私が普段行っている近辺で活躍している人は少ないようで、かなりのアウェイ度。
そもそも私はビートルズは特に好きではないんですよね。遠藤賢司が「ビートルズをぶっとばせ」って曲を歌っているけど、これはビートルズの「悲しみはぶっとばせ」のパロディだったんですね。ちなみに、三宅伸治は「ベートーベンをぶっとばせ」という曲を歌っているが、はじめ遠藤賢司はそのパクリかと思っていた。しかも、以前ここstar pine's cafeで遠藤賢司と三宅伸治が対バンしたことがあって、そこでも「ビートルズをぶっとばせ」を歌ってたんだよな。まあ、その歌詞どおり、まあビートルズの曲はもちろん素晴らしいけど、それを神聖化するのはどうかと思うし、私がわざわざCDを買ったりして聴くまでもないと思ったり。それだったら、もっと地道に頑張っているミュージシャンの売り上げに貢献したい。まあ、そんな感じですが、こういうお祭り騒ぎで白けているのもなんですし、前半から楽しみました。残念ながら前半はストリングス隊はお休みで、その代わりではないですが、私でも知っているようなシングルメドレーを中心の展開は素朴に楽しめますね。前半ですでにお腹いっぱいになってしまっていますが、後半に入ってもなかなかストリングス隊が出てこずにイラつく。
ようやくストリングス隊登場。ヴァイオリンの岡村美央さん、ヴィオラの梶谷裕子さん、そしてチェロの橋本 歩さん。山田さんはウッドベースことコントラバスに持ち替えて、ストリングスカルテットの出来上がりです。ストリングス隊登場とともにバンドメンバーが減り、ヴォーカル3人がそれぞれ1人1曲ずつ、ストリングス+αだけをバックに演奏するコーナーが一つの見もの。歩さんの姿はちょっと観づらかったですが、私の席からは岡村美央さんの姿はばっちり。ビートルズのメンバー、ポール・マッカートニーにかけて「PAUL」と胸に大きく書かれたベストを着ていてお茶目。もちろん、歩さんも赤字にきちんとデザインされたビートルズTシャツを着ています。なかでも、オリジナルでもストリングスが中心の「Eleanor Rigby」は格別でしたね。このくらいだとチェロの音もしっかりと目立っていい感じ。もちろん、後半はバンドメンバーも増えてきて、ストリングスの音がだんだんかき消されますが、楽しそうにノリノリで演奏する歩さんの姿を見るだけでも楽しい。アンコールも含め、終わったのは23時前。いやいや、長かった。歩さんにも挨拶したかったけど、出てくるまで待つのも厳しいのでそのまま帰宅。

12月9日(水)

この日のライヴはちょっと遅いし、外食が続くので、家で軽く食べてからと思い、パンを買って、ベーコンとキノコのミルクスープを作っていると、なんと恋人が帰宅。珍しく予定時刻よりも早く退社したとのこと。彼女の勤務先は基本的にシフト制だが、勤務予定時間にあらかじめ8時間以上の「残業」が含まれている。シフトは16日から翌月15日までなので、もう今月は残業時間の上限が迫ってきているのだ。まあ、夕食は一人分しか作っていないが、一人で家にいても寂しいということで一緒にライヴに行くことにした。一人分の夕食を2人で分け、足りない分は会場で食べるということにする。

吉祥寺strings AYURI
橋本 歩さんと仲の良い(同じ音楽大学出身です)ピアニスト太宰百合さんが、帰国後の歩さんを招いてのセッションがようやく成立。この日は歩と百合でAYURIと名づけたこのセッション、とりあえず1回目だそうです。この日はパーカッションの石川 智さんとベースの佐藤慎一さんを招いてのステージ。なにやら石川さんの小学校の同級生なるお客さんたちがいてビックリ。1人で予約していましたが、なんとか2人で入れてもらう。私たちが入った頃は空き空きでしたが、演奏開始予定時刻には満席。赤ワインを250mlのデカンタで頼み、ピザも注文。前日の派手めな演奏とは違って、控えめで大人な演奏のリズム隊。こうした4人くらいだとチェロの音も十分に響き渡ってなんとも心地よい。しかし、やはりピアノの先端のこの席はピアノの音が近すぎてちょっと。でも、今回は無理に用意してもらった席なので文句はいえません。この日は出演者全員のオリジナル曲を中心に演奏するということで、歩さんの曲をなんと3曲。それもairplantsの曲ではなく、ボストン滞在中に書いた曲や、最近自宅にコタツを導入したとのことで、そのコタツに包まりながら書いた曲など。すべて、人前で演奏するのは初めてとのこと。1曲は米国で焼き鳥が食べたくて妄想したというサンバの曲。もう一曲は「bird bird」というまた鳥の曲。この曲もよかったなあ。airplantsの曲って、ほとんど他の編成ではやらないので、歩さんの曲をきちんと聴けるのはなかなか貴重な機会。昨年の私の誕生日ライヴの時も結局、自身の曲はやらなかったし、控えめな歩さんだから、今回のことは太宰百合さんの力が大きいのでしょう。このセッションは引き続きやってほしいものです。
久し振りに対面する私の恋人と歩さん。久し振りにゆっくりお話したり、太宰さんにも結婚報告をしたり。この日はアンコールも含めて22:30にきっかり終わったのですが、2人ともちょっと呑みすぎたこともあるので、早めに帰宅。

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吉祥寺献血ルーム新装開店

12月5日(土)

講義の後、吉祥寺へ。新しくなった献血ルームで献血。確かに新しくなって広くなったんだけど、なにやら雑誌や本が少なくなっていて、広くなってもベッド数は変わらないようで、回転も悪い。そして、3人の男性スタッフもなんだかイマイチ。普通は検査をして待ち時間なんだけど、ひたすら待ってから検査。それだったらそういってくれれば外出できるのに。予想よりも時間がかかってしまい、献血ルームでドーナツとアイスクリームはしっかりいただきましたが、ランチ抜きで急いで新宿へ。武蔵野館で『母なる証明』を観ようかと思ったら時間を間違えたので、急いで前売り券を買ってシネマート新宿へ。

新宿シネマート 『銀色の雨
もう予告編も始まっている時間なのに、受付のお兄さんは随分のんびり。でも、座席数の多いスクリーンで、予告編も長かったのでそんなに急ぐ必要はなかったのかも。本作は浅田二郎が原作。賀来賢人という若い俳優演じる主人公は高校生。鳥取県の田舎町が舞台。いろんなもやもやを抱えつつ、住み込みの新聞配達をしながら陸上競技中距離層に励んでいる。そんなある日、むしゃくしゃして新聞配達の先輩を殴ってしまい、家出をする。訳もなく東京に行くつもりだったが夜も遅く、米子で足止めを食らう。そんな時に現れたのが前田亜季。そして、中村獅童。中村演じるのは引退間近のボクサー。米子出身だったが、不良高校生だった彼は17歳で中退し、上京する。当てもなく喧嘩の日々のなか、やはり鳥取県出身のボクサーに拾われ、ジムに入る。日本チャンピオンにまでなったが、その後は下り坂。実家の近所の人が母親の身を案じ、連絡をしてくる。それで、18年ぶりに帰省してきたところだった。そんな3人が奇妙な共同生活をしながら、お互いのわだかまりに向かい合っていくという展開。主人公と中村演じるボクサーが最後の方で大きな係わり合いがあることが発覚する。さすがに、原作がよくできているので、飽きさせません。しかし、この賀来賢人という若い俳優はまだまだだし、中村の演技もちょっと臭いな。そんななかで、輝きを放つのが前田亜季。私は彼女の演技をおそらく『最終兵器彼女』でしか観たことがないので、かなり驚いた。スナックで働いているという設定だから、男性に対して開放的だということはあるが、主人公とじゃれあうシーン(恋人というよりも姉弟という関係)や、喧嘩で傷ついた中村を手当するなかで、傷を舐めるシーン。なかなか保守的な女優ではああいう演技はできません。姉妹揃って(お姉さんは最近結婚した前田 愛)度胸の据わった演技はとても観ていて気持ちよい。他にもそこそこいい俳優が出演していて、なかなかいい作品です。

12月6日(日)

やりたいことがけっこうたまっていて、この日はライヴが横浜だし、17時開場と早いので、映画はやめにして、自宅でいろいろ。ジョギングしたり、年賀状を描いたり、バナナのパウンドケーキを焼いたり。

横浜Thumbs Up 竹仲絵里
このお店で竹仲絵里が単独ライヴをやるってので、楽しみにしていたが、先行予約ではずれ、一般発売はなんと4分で完売(土曜日の10時は講義中なり)、なんとかお店の電話予約で最後の1枚をゲットした。その整理番号はB-6だったので、もしかしてと思ったが、ファンクラブ先行→プレイガイド→お店予約、の順で、開場時間に集まったなかでは最後の10人のうちの一人だった。しかも、同じ電話予約で現れたのは、いつも一十三十一ライヴで最前列を確保する背の高い男性。私はThumbs Upにはよく来ているので、事前にチケットを引き換えたが、彼はそれすら知らず、しかも我が物顔で電話予約者の先頭に立つ。この人はライヴ中も楽しそうな顔をしないし、私のなかで印象良くないな。そもそもなぜ竹仲絵里なのか。代官山LOOPで一十三十一とジルデコが対バンし、その後ジルデコと竹仲絵里の共同イヴェントがあったからか。まあ、ともかく近くの席にならないように注意し、意外にも楽屋に近い、ステージの見下ろせる席を確保。英語論文を読んだり、巨大なフライドチキンバーガーと格闘したりしているうちに、開演時間までの1時間は難なくすぎた。
ステージ上のセットで残念ながら岡村美央さんの出番はないようで、ピアノの小林健樹さんとパーカッションの宮川 剛さんだということが分かる。開場予定時刻を5分と遅れずにスタート。途中休憩を挟んだかどうかは忘れたけど、ダブルアンコールまで含めて2時間半。素晴らしいステージでした。あまり書くことはありません。ただ、この日は話が長かった。ツアー中にマイケル・ジャクソンのドキュメンタリーフィルム『This is it』を観たという話と、「Heal the world」のカヴァー。なぜか、2012年の世界滅亡の話になったり、宮崎 駿好きの話も長く、『天空の城ラピュタ』の曲をカヴァー。健樹さんと宮川さんの仲良しぶりに「2人は付き合ってます?」といったり。宮川さんもかなり工夫を凝らして楽しみまくってます。そして、絵里ちゃんの楽しそうな顔。やはり彼女は単独ライヴの時が一番リラックスしていますね。まあ、イヴェントなどでの張り詰めた緊張感も好きですけど。

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夫婦でライヴ、映画

12月3日(木)

翌日もお休みの恋人と一緒にライヴ。CDで聴いていた鈴木亜紀さんをライヴでも聴いてみたいといっていたし、一緒に観た映画『パーク・アンド・ラブホテル』に中ムラサトコさんがでていたし。私も矢野絢子さんは一度聴いてみたいと思っていた。久し振りの晴れたら空に豆まいてだ。

代官山晴れたら空に豆まいて 鍵盤女
開場から開演まで1時間。こういう時、2人だと嬉しい。でも、張り切ってここで夕食を食べるつもりだったけど、以前よりメニューが減っていた。お腹にたまるようなのは、ハッシュドビーフご飯(いわゆるハヤシライスか)のみ。豆のつまみとともに、2人でそろってホットワイン。まもなくTOPSさんも来たので、一緒のテーブルを囲む。
鈴木亜紀:トップバッターは亜紀さん。いつも通りの印象。亜紀さんのホームともいえる外苑前Z・imagineよりも広い空間ではちょっと歌が弱く聴こえる。ぼちぼち新曲がほしいところか。あるいは最近唄っていない昔の歌を歌うようにするとか。でも、CD録音の曲をピアノのみで弾き語るのも難しいのもあるんだろうな。
中ムラサトコ:久し振りのサトコさんのパフォーマンスにはすっかり楽しませてもらった。恋人はひどく気に入った様子でCDまで買い求めた。ついでにサインまで。この日は彼女が自分の子どもたちも連れてきていた。まあ、初めて聴いた時の衝撃はよく分かります。それにしても、この人の変わらない笑顔はすごいと思う。これこそ女性のパワーだな。
矢野絢子:対照的に、あまり笑顔を見せない、基本的にネガティヴさをパワーにしているシンガーソングライター。こういう、ピアノに向かって精神統一をしてから唄い始めるシンガーに久し振りに出会う。小さな体に秘められたパワーはさすがに人を惹きつけるものを感じる。でも、今私が求めている音楽とは違うかな。
意外に1人1人のステージが短いのには理由があって、転換の時間もなかった。一気に3人が演奏して休憩。休憩中にわれわれの席の近くに亜紀さんが座ったので少しお話。結婚したことを報告し、けっこう近所に住んでいるということをネタにお話。
休憩を終えて、3人のステージ。アンコールとは違ってたっぷり。1人2曲を2周り。アンコールも含めて8曲くらいやったでしょうか。しかも、われわれとの話が影響したのか、亜紀さんはいきなりウェディングソングを弾きだしたり。グランドピアノと電子ピアノとオルガン。3人が入れ替わり立ち代りで演奏。矢野絢子さんは出身が高知ということで、よさこいの時に使う「鳴子」のようなものでリズムを取る。でも、よく見ると、小さなしゃもじのようだ。
さすがに、パワーある3人の演奏は聴く方もそれなりに疲れます。

12月4日(金)

この日も恋人はお休み。私もライヴの予定がないので、近所で上映時間が長い映画を観ることにする。一度帰宅して家で昼食を食べ、調布までお散歩。

調布PACROキネマ 『沈まぬ太陽
山崎豊子原作の大作を映画化したもの。昨年公開された『クライマーズ・ハイ』も1985年の日本航空の墜落事故を扱ったものだったが、本作もその前後の日本航空をモデルにしたもの。しかし、便名まで同じなのに、「国民航空」という仮名を使って、フィクションであることを強調している。本作では、墜落事故は後半の一つのエピソードに過ぎない。物語の始まりはそれから20年以上さかのぼる。1968年に大学紛争で噴出する左翼的なエネルギーはそれ以前からマルクス主義的な思想の影響力は強かったようだ。渡辺 謙演じる「恩地」は国民航空の労働組合の委員長。三浦友和演じる「行天」(この不自然な苗字はどうなのだろうか?)とともに一時代を築く。もちろん、組合で活躍した人物は上層部に良く思われるはずがない。行天はあっという間に立場を換えて、上層部に取り入り、出世街道をつきすすむ。一方で、恩地は海外勤務を言い渡される。2年のパキスタン勤務で組合時代のことは水に流そう、的な説得だったが、その後もイランやケニアに飛ばされる。そして起こった1985年の墜落事故。この作品では、その原因が利益追求の上層部による経営方針、すなわち現場の低賃金と苛酷な労働環境としている。顧客の安全が二の次にされたと。もちろん、表立っては社長の辞任などで、会社再建を図る。総理大臣直々に取締役会長に石坂浩二演じる国見という人物が指名され、国見はそれなりに新しい試みに乗り出す。その時に恩地が呼び出されるのだ。もちろん、社長が辞任しても残った上層部(しかも、新たな社長は官僚出身の天下り)は新たなブレインとして行天を使い、役人とも癒着しながら、会長と恩地をつぶしにかかる。まあ、そんな展開。それでも恩地は信念を曲げず、会社に残り続ける。上映時間3時間以上の大作で、途中10分間の休憩を挟む。チョイ役でも主役級の俳優を配し、とにかくお金がかかっています。でも、飛行機の映像は全てCGによるもので、安っぽい印象が否めない。それにしても、20年前に白血病を患った50歳とは思えない力のある演技と若さ。映画で彼の演技をきちんと観るのは初めてかもしれませんが、意外にもジュード・ロウっぽい語り口が印象的でした。まあ、ともかく見ごたえのある作品。先日『代行のススメ』で観た、故山田辰夫氏のいやらしい演技も、鈴木京香の娘役ってのもどうかなと思いながらもやはりスクリーンに釘付けになってしまう戸田恵梨香もいいな。

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シェイクスピア最後の夢

フランセス・イエイツ著,藤田 実訳 1980. 『シェイクスピア最後の夢』晶文社,256p.,2370円.

前回,イエイツの本を読んだのは,2008年8月で,『薔薇十字の覚醒』だった。イエイツの本でまだ入手していない本はあるが,手元にあって読んでないのはそれが最後だった。その後,新たに入手したのが本書。まだ読んでいないところでは,『16世紀フランスのアカデミー』は新刊でも比較的入手しやすいように思うが,『星の処女神とガリアのヘラクレス』と『エリザベス女王』の2冊は以前新刊で見かけていたのに,最近は古書でもすっかり見かけなくなってしまった。と,今Wikipediaで調べたら,彼女の著書は『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス学の伝統』以外は翻訳されているらしいし,この本も来年工作舎から翻訳出版予定とのこと。
ともかく,この『シェイクスピア最後の夢』はこれまで一度も現物を見たことがなかったのだ。なので,本書を古書店で見つけたときには本当に嬉しかった。しかも,かなり安価で驚いたものだ。こういう発見があるから古書店通いはやめられない。さて,本書のあとがきを読むと,イエイツの出発点には,シェイクスピアの『恋の骨折り損』研究があるらしい。しかし,英国人である彼女はシェイクスピアから距離をとりながら,ルネサンス研究を続けてきた,という。1899年生まれのイエイツだが,本書の出版は1975年。70歳台後半でこんな本が書けるってことが驚き。
さて,本書はイエイツが1974年に行なった4回の連続講義の原稿がもとになっている。そして,最終章として1章を加えたもの。原題は「シェイクスピアの最期の劇」といって,1600年代後半からの『ペクリーズ』,『冬物語』,『シンベリン』,『テンペスト』,そして『ヘンリー八世』の5作品のことを意味する。そして,本書はまさにこの5作品をこの時代に生まれたひとまとまりのものとして捉えようとするもので,副題に「一つの新しいアプローチ」とある。私も東京経済大学の「人文地理学」の講義で『テンペスト』をとりあげて,本橋哲也氏の論文を利用して,この作品が植民地支配という政治的状況と,近代科学とヘルメス的魔術との狭間という哲学的状況とで話をしているが,まさにこうしたシェイクスピア理解を提示したのが本書だったのだ。といっても,本橋氏はイエイツについて言及せず,グリーンブラットやピーター・ヒュームを引いている。まあ,ともかくイエイツはルネサンス期における魔術的哲学をイタリア,フランス,ドイツと研究してきて,ルネサンス後進国であったイギリスに戻ってきて,その大きな影響をシェイクスピア作品に読み取った。
序章はこれまで私も読んできた彼女自身の作品の総括がなされていて,簡潔だがとても面白い。そして,全てが関連してこの本への道筋を導いていることが分かる。しかし,1章はなかなかシェイクスピア作品の話にならず,当時の英国の王朝の歴史が辿られる。それはひとことでいえば「エリザベス朝復興運動」ということになるようだ。エリザベス一世とはもちろんケイト・ブランシェットがはまり役だった映画『エリザベス』であり,また『ブーリン家の姉妹』でナタリー・ポートマン演じるアン・ブーリンの娘でもある。エリザベスの死後,王座を継承したのはジェームズ一世であり,その娘がまたエリザベス。このエリザベスの1613年の婚礼とシェイクスピアとが大きく関係しているというのだ。1章はよって,その後の作品分析の前知識である。
2章は『シンベリン』の,3章が『ヘンリー八世』,4章が『テンペスト』の分析。やはり正直なところは,ちゃんと読んだことのある『テンペスト』の章は面白かったけど,他の章は私の知識不足で十分に楽しめなかった。やはりシェイクスピア作品くらいは読んでおくべきだ。しかも,一度読んだくらいじゃなかなかその研究の理解度は深まらない。

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