体調不良で久しぶりに3日間ゆっくり過ごしました

タイトルと内容は関係ありません。

2019年116日(水)

立川キノシネマ 『真実』
立川の高島屋にいつの間にやらできていた映画館。10月にオープンしましたが,ちょうどオープンしたての頃,同じ階にある室内遊び場に娘を連れてきたので知った。この日,いつも観る立川シネマシティに観たい作品がなかったので,こちらの映画館をウェブで改めて確認すると,なんと配給会社(制作会社?)のキノ・フィルムズがやっている映画館だとのこと。しかも,水曜日はサービスデイ1,200円。観ようか観まいか迷っていた是枝作品を観ることにした。まず,タイトル。ストレートすぎて観たいなという気分にさせない。フランスでの撮影ですが,カトリーヌ・ドヌーヴ主演ということだけでおなかいっぱいだが,それにジュリエット・ビノシュ,さらにイーサン・ホークまでついてくる。日本人の監督がどう演出するのだろうか。興味よりも懐疑心の方が先にくる。河瀨直美監督の『ヴィジョン』を思い出してしまう。こちらもジュリエット・ビノシュを起用したが,私的にはイマイチだった。
だが,結果的にはとても良い作品だった。かつての栄光を持続したい大女優という設定はちょっと古臭く感じるが,その古臭い設定をドヌーヴは見事に演じ,その陰の素材としての娘を演じるビノシュは私がフランス映画で観てきた普通の人間を自然体で演じている。そのアメリカ人配偶者としてホークは,これまたステレオタイプ的な役どころだが,その娘を演じる子役とともに,いい味を出している。ドヌーヴの共演者である若き女優を演じるマノン・クラヴェルという女優がまた魅力的で,その劇中作品にはなんとリュディヴィール・サニエ(『焼け石に水』以来のフランソワ・オゾン作品のミューズ)まで出ている。こちらは残念ながら加齢に伴いその魅力を半減させているが,役どころとしてはぴったり。「真実」というタイトルについても一定の方向性が示されている脚本であり,またフランスの映画制作の現場を感じさせてくれる。その真実とは映画に象徴される人間社会の役割論的なあいまいな存在として設定されている。
https://gaga.ne.jp/shinjitsu/

 

2019年1123日(土)

この日は子どもを妻に見てもらって,久しぶりに多摩シネマフォーラムに行った。この映画祭は今回で29回目ということだが,始まったばかりの時に行ったことがある。その時は不便な場所にある多摩市役所に隣接する市民ホールのような場所を会場にしていた。その時観たのは,一般公開のないような作品群だった記憶がある。その後も多摩センターにあるパルテノン多摩小ホールで上映される,一般公開後の作品を何度か観ているが,それはこの映画祭のものだったかどうかは記憶が定かでない。今回は永山駅近くにあるベルブホールという会場に初めて行った。図書館も併設された公民館でなかなかいい施設だ。これまで多摩地域に30年住んでいるが,訪れなかったことを公開するくらい。

永山ベルブホール 多摩シネマフォーラム「地方で映画を創造する」
今回私が選んだのは,トークゲストに柳 英里紗さんが登場するセッション。26分の短編から67分の中編までが4本。午前中から昼過ぎまでの長丁場だ。
YEAH』(2018年,45分,鈴木洋平監督,柳英里紗主演)
水戸市の若宮団地というところで撮影された意味不明な作品。トークショーを聴いていなければ「なにこれ?」で終わってしまう作品だった。監督等の話を聴いてみると,茨城県出身で今でも水戸市在住の監督が幼い頃から電車で水戸に出る際に沿線に気になっていた団地だとのこと。その後,仲良くなった変な友達の出身がことごとくその団地だったりして,ともかくおかしな雰囲気を醸し出す団地だとのこと。柳英里紗さんの話でも,ほとんど人気のない団地だが,出会う人がことごとく奇妙な人なのだという。英里紗さんは,『ローリング』の撮影地が水戸であったことから,水戸を好きになり,頻繁に訪れていたという。そんななかで,鈴木監督と出会い,本作にいたったとのこと。
VERY FANCY』(2018年,30分,柳英里紗監督)
このセッションは「地方」と銘打っておきながら,本作の舞台は代官山に表参道,世田谷区をロケ地に選んで「めちゃくちゃ東京らしい風景を選んだ」と監督はいう。監督自身が本人役で主演し,監督して映画を作るというそのまんまの設定。しかし,レズビアンで5人の女性たちをたぶらかすという設定はフィクション(?)。とはいえ,同性愛とかがテーマではなく,ともかくコンセプトとして監督が好きなもの,美しい思うものをこれでもかと集めてフィルムに収めたという作品。こちらも,トークショーの内容で,より見方が多元的になる。このトークショーには鈴木氏と柳氏の他に,後半2本のプロデューサーである杉原永純氏が参加した。この人がまたおしゃべり好きで,それでいて本質的な発言が多かった。3本目は俳優の染谷将太が監督をしているが,俳優が監督をするときの視点について語ったり,東京を舞台にしていたって列記とした地方映画だと思うなどと発言する。彼が着目するには,この柳映画はいくつか斬新な試みがあり,その一つが,映画のなかの自分に対して,他の女優さんがアフレコでセリフを入れているという点だったりする。ともかく,柳氏の映画愛の詰まった作品である。
『ブランク』(2017年,26分,染谷将太監督)
プロデューサーの杉原氏はこの時期山口氏のYCAMというアートセンターに勤めていて,そこはもちろん映画に特化した施設ではないが,年に1本映画を制作するという計画で撮られたもの。本作はそのYCAMの施設を利用して撮影されたもので,なんと脚本は染谷氏の妻である菊地凛子が担当している。そして主演はなんと山本剛史。といわれてもピンとこないだろうが,山下敦弘監督の初期作品の常連俳優である。と偉そうに書きましたが,私が彼の作品を観始めたのは『』(年)からです。ただ,当時から彼の作品が好きな友人がいて,山下監督,山本剛史主演の『その男狂棒に突き』という2003年の作品を観たことがあった。その作品はなんと主演の役どころが汁男優というハチャメチャな映画。この山本剛史という俳優はその印象が強すぎて,本作でその顔を見た瞬間に思い出して笑ってしまった。ストーリーはうだつの上がらない中年警備員が夜のアートセンターでの警備の一夜を描いたもの。「ブランク」というタイトルはフランス語の白を意味するblancのことか。主人公は白い全身タイツの男に付きまとわれるが,その存在を知覚するわけではない。そして,それは他者でもなく最終的にはそれに同一化してしまう。という哲学的な内容。
『ワイルドツアー』(2018年,67分,三宅 唱監督)
実際にこのYCAMというアートセンターで青少年向けに行われているプログラムを追ったドキュメンタリー風の作品。はじめから完全なドキュメンタリーではないなと思いながらも,フィクションとも言い切れない雰囲気のなか作品は進んでいく。途中で,色恋沙汰が表に出てきて明らかなフィクションだと気づくという設定。この作品がどのあたりを狙っているのか,プロデューサーの口から聞きたかった。トークショーでは唯一話題にならなかった作品。
https://www.tamaeiga.org/

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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編22)

Ren, X. (2017): “Aspirational Urbanism from Beijing to Rio de Janeiro: Olympic Cities in the Global South and Contradictions,” Journal of Urban Affairs 39 (7): 894-908.
要旨の冒頭から,「メガ・イベントに関する批判地理学的学究のほとんどは,略奪による蓄積の概念を採用している」という。「略奪による蓄積」とはハーヴェイの『ニュー・インペリアリズム』での有名な概念だが,この概念によって開発による立ち退きやジェントリフィケーションという負のレガシーを論じるのが定番であり,その状態を乗り越えようという試みであり,タイトルにある「熱望的アーバニズム」というキーワードを用いている。事例としては2008年北京大会と2016年リオデジャネイロ大会であり,以前に紹介したShin氏の論文と同様にグローバル・サウスの大会(中国は北半球だが)と位置付ける。熱望的アーバニズムはグローバルな熱望(グローバル・シティの一員になること)とローカルな現実(経済的不安定,不法居住の増殖など)のギャップを強調し,分析的視野を広げるものだと定義される。この観点においては,各都市の歴史的背景が重要で,オリンピック招致前後の都市マスタープランの変化とメガ・イベントの位置付けを辿っています。中国とブラジルの比較を通じ,国家の介入の度合いなども比較の対象になります。メイン・スタジアムの建設や開会式などさまざまな違いがあります。リオの場合は,ファベーラという都市における負の側面がありますが,近年においては外国人観光客の訪問地となったり,ファベーラの商品化も進んでいるといいます。北京の場合も城中村というインフォーマルな居住区があり,オリンピック関連開発に伴う立ち退きなどありましたが,それを覆い隠して一党支配の国家が強く介入してきれいな都市をグローバル社会に示す中国と,論文中では「脈動する民主主義」と表現され,負の側面もまるごとその都市の個性として表現するブラジルとで,メガ・イベントをめぐる,都市・国家のありかたの違いが出てくるわけです。

 

Sanchez, F. and Broudehoux, A-M. (2013): “Mega-events and Urban Regeneration in Rio de Janeiro: Planning in a State of Emergency,” International Journal of Urban Sustainable Development 5 (2): 132-153.
この論文はブラジルのフルミネンセ連邦大学の「グローバル化と首都」研究室,リオデジャネイロ連邦大学の「国家,労働,領域,自然」研究室という共同研究の成果の一部とのこと。リオについてはかなり論文を読んできましたが,1992年の環境サミットから,2007年のパンアメリカン大会,2010年世界都市フォーラム,2013年世界ユースデイ,2014FIFAワールドカップ,そして2016年オリンピック大会と数多くのイベントを開催している。そんな中で,再民主化といえる政治的変容や,都市政策のネオリベラル化などを経てきている。なお,この論文ではボイコフは引用されていませんが,クラインの「参事便乗型資本主義」やアガンベンの「例外主義」というボイコフと同じ参照を通じて,メガ・イベントに乗じた都市政策・開発のあり方を論じています。なお,2007年パンアメリカン大会における費用は過去最大で,かつ民間の投資額は20%にすぎなかったという。また,ワールドカップ開催時は,スタジアム周辺ではスポンサー企業以外の飲食物は排除された。読み終えてから少し時間が経過してしまい,長い論文なので,さーっと眺め返してみても,他の論文と違う論点があまり思い出せません。著者の一人Broudehouxはよく見る名前ではありますが,ちょっと残念。読んでいる時はもう少し得るものがあったような気もします。

 

Becerril, H. (2017): “Eviction and Housing Policy Evolution in Rio de Janeiro: An ANT Perspective,” Journal of Urban Affairs 39 (7): 939-952.
続いてリオデジャネイロの論文。こちらはロンドン大学で博士論文を取得したメキシコ大学の研究者によるもので,博士論文をもとにした論文。タイトルにあるように,アクターネットワーク理論(ANT)を援用してリオにおける立ち退きと住宅政策を論じたもの。こちらは,アクターネットワーク理論はともかくとして,住宅政策を政権の変化とともに丁寧にたどっているところに特徴がある。アクターネットワーク理論については,私がまだラトゥールを読んでいないこともあり,よく分からないこともありますが,公共政策文書(うまく訳せませんが,public policy InstrumentsPPIと略されています)の政治社会学にも依拠すると書かれています。セザール・マイア市長時代(1993-1996)にリオデジャネイロ市当局は住宅政策を作成し始めた。その時は新たな住宅建設よりもファベーラの都市化(インフラ整備=近代化ということか)を重視していた。住宅とは単なる住居ではなく,日照やインフラ,交通,教育,健康,余暇を含む都市構造の統合である,と1994年の市の文書に記載されている。ファベーラ対策重視の政策をFavela-Bairroと呼んでいた。このプログラムには建築家協会やファベーラの住民組織,建設会社などが関わり,銀行からの融資も受けていたようです。マイアの同胞であるコンデ市長時代(1997-2000)にもこの方針は継続した。2000年の市長選挙で,再びマイアが当選するが,この時代(2001-2004)に「新しい」住宅局長のアマラルによって,ファベーラの改良よりも住宅建設が重視されるようになった。それが州知事との対立をもたらす。この時期にファベーラにおける暴力や麻薬取引などが問題になり,立ち退きが論争の的になる。マイアの第三政権時代(2005-2008)には住宅局の予算が削減される。連邦政府のルーラ政権時代(2003-2010)の成長加速プログラム(PAC)は以前も紹介したことがありましたが,これが2007年で,リオデジャネイロのパエス市長時代(2009-2012)には,選挙時の公約に都市無秩序に抗する「秩序の衝撃」なるものがあったようで,やはりスラムの改良よりも住宅建設や立ち退きが優先される。2009年には2016年オリンピック大会のレガシー計画として住宅政策が重視された。さまざまな取り組みがなされたようですが,バス・ラピッド・トランジットやケーブルカーなどの建設に伴う立ち退きや移転などもありました。

 

Hiller, H. H. and Wanner, R. A. (2015): “The Psycho-social Impact of the Olympics as Urban Festival: A Leisure Perspective,” Leisure Studies 34 (6): 672-688.
英語圏のオリンピック研究のレビュー論文を『経済地理学年報』に投稿したものはすでに脱稿してしまいました。ヒラーの論文は以前から紹介していますが,この論文は共著者とともに,継続的に行われているもので,2010年バンクーバー大会に関する住民意識調査を論じた2011年の論文はしっかり読みましたが,この論文ともう一本はきちんと読まずに言及してしまった。ようやくきちんと読みました。今回は2010年バンクーバー大会と2012年ロンドン大会の比較ということになっています。バンクーバーでは自らしっかりと設計された調査をしているのに対し,ロンドンでは民間によるいくつかの調査がなされているようで,この論文ではそれらを利用しています。結果的には,開催が近づくにつれて住民の関心が高まり,ネガティブなものからポジティブなものン変化していくという有体のものですね。なので,この論文は調査結果の報告よりも後半の考察に力が入れられている。それは,ヒラーが1990年に書いた1988年カルガリー大会に関する論文で主張されていた,オリンピック大会が開催都市にもたらす正の側面を強調するものである。オリンピック大会は開催都市でのレジャーの時間と空間を拡大し,またその概念をも拡大する。また,ここではいわゆる日本ではパブリックビューイングと呼んでいる「live sites」にも言及している。私のレビュー調査ではオリンピック研究にパブリックビューイングを扱ったものがないと結論したが,どうやら英語圏ではありそうだ。この論文ではオリンピックの都市にもたらす正の側面をフェスティバルという概念でまとめている。この概念もお祭り騒ぎ的な意味では否定的にとられがちだが,賑わいや活性化という点では,やはり重要なんでしょうね。

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在野研究ビギナーズ

荒木優太(2019):『在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活』明石書店,286p.1,800円.

 

『アルコールと酔っぱらいの地理学』でお世話になった明石書店さんの本は最近何かと目に入るようになり,気になっていた本書。私は「地理学関連科目を担当する大学非常勤講師の雇用実態と意識」(2017年,E-Journal GEO 12: 280-293)なる論文も書いていて,最近は独立研究者を名乗るようにしたので,読みたいと思った次第。翻訳の際にお世話になった編集者にお願いして購入した。

序 あさっての方へ
第一部 働きながら論文を書く
 第一章 職業としない学問(政治学・酒井大輔)
 第二章 趣味の研究(法学・工藤郁子)
 第三章 40歳から「週末学者」になる(批評理論・伊藤未明)
 インタビュー1 図書館の不真面目な使い方・小林昌樹に聞く
 第四章 エメラルド色のハエを追って(生物学・熊澤辰徳)
 第五章 点をつなごうとする話(活字研究・内田 明)
第二部 学問的なものの周辺
 第六章 新たな方法序説へ向けて(専門なし・山本貴光+吉川浩満)
 第七章 好きなものに取り憑かれて(民俗学・朝里 樹)
 第八章 市井の人物の聞き取り調査(文学研究・内田真木)
 第九章 センセーは,独りでガクモンする(宗教学・星野健一)
 第一〇章 貧しい出版私史(文学研究・荒木優太)
 インタビュー2 学校化批判の過去と現在・山本哲士に聞く
第三部 新しいコミュニティと大学の再利用
 第一一章 〈思想の管理〉の部分課題としての研究支援(専門なし・酒井泰斗)
 第一二章 彷徨うコレクティヴ(共生論・逆巻しとね)
 第一三章 地域おこしと人文学研究(哲学・石井雅巳)
 インタビュー3 ゼロから始める翻訳術・大久保ゆうに聞く
 第一四章 アカデミアと地続きにあるビジネス(哲学・朱 喜哲)

編者も第10章を執筆しているが,とにかく変わっている。私以上にコミュニケーション能力がないようで,誰とも話さずに済む清掃労働で収入を得,両親のもとで生活をしている。1987年生まれということなので,私もまだ結婚していない歳だが,恋愛などもほとんど必要としないとのこと。とはいえ,ネットでの発信をきっかけにこうして紙の出版物を依頼されて出しているので,私より恵まれている(?優れている?)といえるかもしれない点はある。私も最近はもっぱら研究に関する書き込みを続けているブログをもう15年近くやっているが,出版社などからお声がかかったことはない。ただ,自虐的にそんなクソ人生でも「よく自分の書いたものを読み直す。読み直してつくづく「いいものを書いたな」と思う。」(p.180)というのは私と同じだ。その位の幸せを感じても罰は当たらないだろう,という。ともかく,そんな編者から生まれた,他13人から成る在野研究者の声を集めた重要な論集である。
在野研究とは,第6章や第11章でもかなり詳しく論じられているが,概していえば,大学などの研究機関に所属せず,自力で研究生活を続けている人のこと。ただ,14人いれば,本当に人それぞれである。私のように大学の非常勤講師という形で大学とわずかながらつながっている人はこのなかにはほとんどいない。私のように,大学常勤職への就職を諦めきれないような人物はあえて含めていないのかもしれない。そんな多様な在野研究者の姿を一人一人紹介したくなる本だが,それは別の機会にとっておこう。おおまかに共通する問題は,研究に費やす時間とお金の問題だ。とはいえ,それに関しては大学の常勤教員であっても同じらしいということは各人も認識しているが。
本書が重要なのは,在野研究者の実態が分かるからだけではない。そもそも,研究者が自分の研究生活について語る機会などないのだ。書きたいことを書いている私のブログすら,本書で書かれているようなことまでは記録していない。時折それに類似したことを知り合いの研究者について書いたりすると,お叱りを受けたりする。研究者としては大学を通じて公的に名の通った人間(大学教員)はプライベートをネットなどで公表してはいけないらしい。ともかく,本書には文献の探し方,インタビューの仕方,研究時間の作り方,研究仲間の作り方,学会の学術会議がどういうものか,学術誌の投稿の問題,学術出版の状況,など,詳しいものもあればそうでないものもあるが,在野に限らない研究者社会の実態をある程度明らかにしてくれる。とはいえ,在野だからこそ,大学に勤めるアカデミアには当たり前であることに苦労する,という意味でそういう些細なことが特筆に値するのだ。また,在野だからこそ研究に注がれた愛を十分に感じることができる文章でもある。第2章の執筆者である工藤郁子さんは,学術研究をオタク的感覚で捉えている。オタクというのはあまり表現的にふさわしくないかもしれないが,論文を読む行為を音楽を聴いたり,マンガを読んだりするのと同じように,そして,特定の作品(論文)について同人と熱く語り,その著者=研究者に会うことはアーティストと会うような感覚。この感覚,私にも分かります。
このブログを借りて,そして本書の読書日記という体裁を借りて,私自身が本書の執筆者に選ばれたとしたら何を書くかを書こうと考えていたが,今はその時間を割けないのでやめておく。研究者は単著を書くとなにかと家族への謝辞を記すことが多い。しかし,私は家族からの協力は得られていない。家事と育児の本の隙間で執筆活動をするしかないのだ。幸い,通勤時間は長いので読書時間だけは確保されている。しかし,そこでインプットしたものをこうしてblogでアウトプットすることを私自身の研究活動の責務としているため,読むペースでしか書けない。また,今は講義期間中真っただ中で,そちらの準備に取られる時間もある。ということで,この辺にしておきます。
あ,最後に一つだけ。本書の書名はちょっとどうかなと思いました。本書を手に取ってもらうためには「ビギナーズ」っていい響きですが,決して本書は初心者向けではない,と私は思う。

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「不法」なる空間にいきる

本岡拓哉(2019):『「不法」なる空間にいきる――占拠と立ち退きをめぐる戦後都市史』大月書店,238p.3,200円.

 

著者の本岡拓哉氏は1979年生まれ,関西大学で地理学を専攻し,大学院は大阪市立大学へと進学し,博士を取得している。こういう経路を取る人は関東に住み,大学に所属していないような私にもその存在は知られることになるが,なかなか接点はなかった。とある研究会で顔を合わせる機会もあったが,直接接する機会は,彼の学会発表で私が質問して以降のものだった。私自身も名前は知っているものの,彼の論文を読んだことはなく,その学会発表で初めてその研究に触れたが,その頃はすでに河川敷居住者を対象とした研究に移行していた。質問後,丁寧なメールをいただき,それ以降はなぜか私はそんなに頻繁に学会に顔を出す人間ではないが,学会に行けば顔を合わせるようになった。彼の奥さんも地理学者だが,彼女とは以前から面識があったことも,お互いに親しみを感じさせるきっかけだったかもしれない。ともかく,そういう次第で,出版早々に送っていただいた本書をようやく読むことができた。以下に本書の構成を示す(カッコ内は初出の出版年)

第1章 「不法」なる空間のすがた(2015年)
第2章 「不法」なる空間の消滅過程(2007年)
第3章 「バタヤ街」を問いなおす(2019年)
第4章 河川敷居住への行政対応(2018年)
第5章 立ち退きをめぐる空間の政治(2006年)
第6章 河川敷に住まう人々の連帯(2015年)
第7章 集団移住に向けた戦略と戦術(2016年)

私自身も本書のような研究を読むのにちょうどよい時期なのかもしれない。オリンピック関係の文献をよむなかで,evictionという言葉が「立ち退き」を意味し,オリンピックのようなメガ・イベントではかつてから立ち退きが行われ,最近でこそ強制立ち退きというのが行われにくくなってきたが(とはいえ,最近でも日本は新国立競技場建設に関連する立ち退きを行っている),それがオリンピック研究の一環としてかなり取り組まれているのだ。
一方で,本書で著者が取り組むのは副題にあるように,歴史的に行われた立ち退きである。容易に想像はつくが,冒頭でこの種の研究の少なさが指摘され,また本書で明らかにしたいことも明記されているのだが,それを解明するための史料の少なさに苦しめられている様子がよく分かる本である。第1章はそんななかでも,1957年に東京で行われたまとまった調査である『東京都地区環境調査』を丁寧に整理している。まずは入手可能な貴重なデータに関しては十分に活用するという態度は重要ですね。きれいな地図も作成されています。また,個々の不法占拠地区の土地利用の変化については,過去の住宅地図から地図上で確認する作業もしています。ただ,この作業はあまり実りが多くなかったように思える。図版として掲載されたものが明確に立ち退きを表現していないからだ。一方で,いくつか掲載されている空中写真は見事に立ち退きの実態を示している。私も2008年北京オリンピックに関するShin氏の研究を確かめるために,GoogleEarthなどで過去の空中写真を辿ってみたが,それは驚きだった。第2章は著者の出身地である神戸に舞台が移る。神戸市は著者の出身地というだけでなく,戦後バラックが街の規模が最大であり,またその対策でもその実績が高く評価されていたという。この章では,各行政資料に加え,市議会議事録や新聞記事なども活用されている。本書では後半に広島市の事例があるが,比較的広い河川敷をもつ広島市の太田川に比べ,神戸市の都市河川の不法占拠は,新聞記事の文章を読むだけで,衝撃的だ。自然堤防を挟んで緩やかな高低差を想像する一般的な河川(うちの近所の多摩川など)と比べ,人口堤防を挟んで,住宅地のはるか下を流れる都市河川。そんな縁に住宅を建て,糞尿などを宙に浮いた住宅部分から河川側に落とす,そんな図を勝手に想像してしまった。ともかく,神戸市では,周辺住民の匂いと不衛生状態の訴えの解消として,バラック撤去の政策が急務になったことがうかがえる。第3章では,再び『東京都地区環境調査』に立ち戻り,舞台は東京へ。一般的に用いられる「バタヤ」という概念を考察する。不法占拠の人々がどんな生業で生計を立てていたのか,バタヤの言葉はもの拾いと結びつく。宮内洋平氏の南アフリカ研究でもそうした下層の人々の生活は一般的だが,当時の日本でも一定の割合の労働者がいたということは知っている。私と同年代の社会学者である,下村恭広氏もそんな研究をしていた。この章では新聞記事の分析もあり,また別の資料を用いて,特定のバタヤ部落の消滅過程も辿っている。
第4章からは河川敷居住に焦点を合わせていき,まず全国的な傾向をつかみ,先行研究のある代表的な河川(熊本県の白川,静岡県の安部川,横浜市の鶴見川)などの状況が確認される。そして,第5章で再び神戸に戻る。特にここでは,どの不法占拠地区でも一定数存在していた朝鮮人部落について詳細な考察がなされる。この辺りからは元住民へのインタビューなども含まれている。章のタイトルには「空間の政治」とあるが,この詳細な事例研究を踏まえた何かしらの考察が欲しかった。第6章,第7章は広島市の事例に移る。広島市全体が太田川の扇状地だが,海に流れ出す河川流を人工的に処理すべき戦前から国の直轄事業として放水路の事業が始まる。しかし,周知のごとく広島は爆心地であり,事業の中断と,不法居住者の増大が生じた。本書の終盤ではその経緯と最終的にかれらが立ち退かされる過程を詳細に描いている。正直,これまでの読書はもどかしい気持ちにさせられてきた。史料に基づく誠実な分析であることが本書の特徴でもあるが,確実に書けないことは書けないという態度でもあるので,本書のタイトル「空間のいきる」という不法住宅に住む人のなまの生活がありありと描かれるわけではないのだ。もちろん,そういう人たちが積極的に記録を残すわけではなく,また行政側も撤去のために調査をする必要はあっても,それを積極的に保管するわけでもない。だから,復元するのは難しいことは分かる。第7章では,行政側の不良住宅地区の移転という政策に対して,そこに住む住民のために交渉を行った活動家たちの姿が丁寧に描かれている。残念ながら,住民の姿は最後まで断片的な写真でしか見ることはできないが,この読書は,戦後日本の都市を必死に生き抜いた人たちの姿に少なくとも地理空間というスケールで思いを馳せることができる経験だったと思う。
本書は「序論」の最後にドリーン・マッシーの『空間のために』における空間論を踏まえての考察とされているが,ここはちょっと気になる。マッシーはこの著作以前に「場所は静的で固定的なものではない」という場所論を展開していたが,『空間のために』はさらにそれを超えていく著作だと私は理解しているからだ。確かに,本書は場所論ではなく,空間論を軸にしていて,そういう意味では『空間のために』を踏まえるの正しいと思うが,もう少し丁寧な考察が必要だと思うし,序論で述べるだけでなく,結論でどのように「踏まえた」のかを最後に記してほしい。また,ド・セルトーの「戦略と戦術」を本書の後半で利用しているが,これに関しても文献にあるように,森 正人氏の議論の受け売り感が否めない。今更この形骸化した議論を繰り返すのではなく,原著に立ち戻った深い議論を展開して欲しかった。とはいえ,本書を読んで,学術書であろうとも著者の人柄がこんなにも溢れるものであるのだと強く感じた。

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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編21)

Alberts, H. C. (2009): "Berlin's Failed Bid to Host the 2000 Summer Olympic Games: Urban Development and the Improvement of Sports Facilities," International Journal of Urban and Regional Research 33 (2): 502-516.
著者は米国の大学に所属する地理学者で、前にも紹介したが冬季オリンピックの大会後の施設利用に関する論文がある。名前からしてドイツ人かドイツ系であり、この論文ではドイツのベルリンが2000年夏季大会に立候補したことを事例としている。周知のとおり、2020年大会はシドニーで開催され、環境に配慮した大会として、成功事例ととらえられることが多い。開催都市が決定するのが7年までの1993年であるから、招致活動は1990年代に入ってすぐに行われる。私はこの大会にベルリンが立候補していたことすらきちんと考えたことがなかったが、ベルリンの壁が崩壊したのが198911月だから、その後ドイツ統一の動乱期に招致活動が行われていた。つまり,このオリンピック大会は,ベルリンの壁崩壊に象徴される冷戦の終焉,ドイツの統一を平和裏に祝うための大会と位置付けられた。しかし一方では,東西格差があったドイツで,あるいはベルリンで,円滑に統一を進めるための都市開発計画は規模が大きく時間もかかるため,オリンピック開催のような原動力が必要だった。実際の開催計画に当たっては,競技施設を東西ベルリンのどちらに配置するのかも議論された。最終的にはブランデンブルク門を中心とした半径10km以内に収めるというものだったが,2020年東京大会も一応選手村から8km以内といっているので,決してコンパクトとはいえない。また,この論文に書かれているわけではないが,東ドイツ時代はソ連についでステート・アマ方式(国家が金を出してエリート選手を育成する)でオリンピックでは多くのメダルを獲得していたことが影響しているのか,オリンピックはもちろん国際基準の競技施設が必要とされるが,一般人のスポーツ促進よりもエリート選手が優先された競技施設計画であった。結果的にこの招致活動は失敗する。理由としては統一ドイツの宣伝というには,時間が経ちすぎたというのも一つの原因と考えられる。しかし,ベルリンはこの招致活動で作成された開催計画に沿って,競技施設の整備をある程度進めている。表で示されたリストには5つの新設計画があり,そのうち3つは実現している。その他も近代化や拡張,転換などで既存施設の改修計画も8つ挙げられているが,そのうち1つが実現し,転換は実現されなかった。実際にそうしたことで,ベルリンは2006年サッカー・ワールドカップをはじめとして,2009年アスレティックス世界チャンピオンシップ,自転車や水泳などの国際大会を開催している。ただ,単一競技の国際大会とオリンピックが違うところは複数施設を同時に使うことであり,施設間を観客が移動する必要があり,公共交通の整備が必要となる。そういう意味でも,ベルリンの2000年までの開発は点的開発であり,それらを結ぶ有機的な開発にはならなかった。

 

Evans, G. (2014): Designing Legacy and the Legacy of Design: London 2012 and the Regeneration Games,” Environmental Design 18 (4): 353-366.
2012年ロンドン大会はIOCがレガシー概念を打ち出して招致された大会でしたが,開催決定後もロンドンはレガシー計画をかなり綿密にやったようです。この論文の著者は実際の開催計画にも専門家として参加したようです。しかし,かなり批判的な論調もあったりして,この論文自体のオリンピック大会に対する立場がよく分かりません。そして,2020年東京大会については,あまり開発業者が問題になりませんが,この論文では設計業者などが前半でかなり詳細に論じられています。オリンピック公園の計画図やゾーニング図,3Dパースなども掲載されています。計画図については,概念的なものから,GISを用いた正確で詳細なものになり,最終的には大スケールでマッキントッシュによるデザイン的なものが作成され実現にいたる。レガシー計画では2030年を見越していて,オリンピック公園は住宅や学校,健康施設や職場も含んだ複合的なものが計画されている。クリストファー・アレグザンダーの「生成的都市デザイン」も登場する。後半では持続可能性など環境への配慮についても議論されていますが,ちょっと今の私には難しいようです。

 

Grant, A. (201): “Mega-Events and Nationalism: The 2008 Olympic Torch Relay,” Geographical Review 104 (2): 192-208.
地理学の大学院生による論文。マイケル・カリーの名が謝辞の一番に挙がっていますが,内容的にはジョン・アグニューの指導のようで,地政学ということばが頻出します。2008年の聖火リレーについては,日本でも論じる人が複数いて(なかには中国人留学生のものもあります),中国の対チベット政策に反対して,世界各地を回る聖火リレーに対して抗議運動が行われた。そうした顛末を中国の歴史的な「国民的屈辱」という文脈で解釈しようとする。著者はこの期間中国に滞在したようで,中国の新聞の記事分析もしっかりとしています。2008年北京大会の聖火リレーに関する日本の研究は特に日本での出発点だった長野の善光寺の対応に議論が集中したり,断片的なものですが,この論文では,中国国内のルートやマスコットである「福娃(フーアー)」(論文中では「熊」と表記されているが,パンダを含む5種類の動物がモチーフらしい)にも言及し,多様性の中の国民の統一性のようなメッセージがある。また,チベット側のヒマラヤをも中国に属していることを主張しているようにリレーのコースに組み込む。一方で,台湾は海外ルートの一部として,ベトナムと香港の間に位置づけようとしたが,それはやめたらしい。また,これは私は理解が及ばなかったが,中国側の報道として「風刺的なユーモア」があったと論じている。まあ,ともかく2008年北京大会におけるナショナリズムの表象は,当時の地政学的な中国の位置のなかで解釈する必要があるというのがこの論文の趣旨かと思う。そしてアグニューなども既に中国の研究を手掛けているということが分かった。

 

Bason, T. and Grix, J. (2018): “Planning for Fail? Leveraging the Olympic Bid,” Marketing Intelligence & Planning 36 (1): 138-151.
この論文はオリンピック招致が開発都市のてこになる(leverage)かどうかということを,夏季大会が2016年と2020年,2024年,冬季大会が2018年と2022年に立候補した16都市を検討している。基本的には招致ファイルの内容分析であり,質的分析のソフトウェアNVivoを使用しているというが,そんなのあるんですね。てことしたい内容としては,スポーツへの参加,都市開発,グローバル知名度,ネットワーク化の4つが挙げられている。この辺のことは特定の大会に関する個別の研究でも論じられている内容ですが,この論文の特徴としては,それを16都市について横断的に論じていることと,招致に失敗した事例についても検討していて,しかもそうした研究がすでにけっこうあることを教えてくれることです。

 

Müller, M. (2011): “State Dirigism in Megaprojects: Governing the 2014 Winter Olympic in Sochi,” Environment and Planning A 43: 2091-2108.
dirigismとは統制経済政策とのこと。ミュラーの論文はかなり読みましたが,この論文はそのなかでも最初期のもの。掲載雑誌もそうですが,なんとなく地理学者らしい論文。ミュラーはメガ・イベント研究者ですが,この論文ではメガプロジェクトという言葉の方が多用されています。また,リスケーリングの議論も少し含まれていますね。2011年の論文ですから,対象である2014年ソチ大会の開催前の分析です。もちろん,どの大会も開催都市が主でありながらもある程度の国家の介入があります。しかし,ソチ大会の場合はロシア国家の介入が非常に大きい。これは知りませんでしたが,ソチという都市はリゾートとしてかなり前から開発されていて,観光地として開発されたわけですが,住民規模でも1980年代で30万人で,宿泊可能人数も8万人だそうです。オリンピックへの立候補は1998年大会から行っていましたが,交通インフラの不十分さでIOCに却下されていた。ともかく,2014年大会の開催を勝ち取ったわけですが,その開催計画の主導権はソチという都市ではなく,ロシア国家政府であった。2010年バンクーバー大会との興味深い比較表が載せられているが,バンクーバーの場合,必要な13施設のうち,新設は5つでしたが,ソチでは14施設すべてが新設だった。また,冬季大会としては初めて亜熱帯気候での開催であり,競技実施に関わる雪や氷の確保にも予算がかかる。ボイコフのソチ論文では,「祝賀資本主義」の特徴としての官民連携(PPP)が強調されていたが,ミュラーの解釈は少し違う。民間も開発に参加しているが,それは政府系銀行からの融資によるものだったり,特別な税制措置を受けたものだったり,官と民の境界は曖昧なものになっていると指摘する。そもそも官民連携という言葉を用いず,国家-企業関係と表現する。まさにそれが,論文表題にもある統制経済政策ということですね。そちでは,都市で開催されるイベントへの関与として,国家が一番大きく,グローバル企業がそれに次ぎ,開催都市政府は一番下,という意味でリスケーリングである。

 

Tomlinson, A. (1996): “Olympic Spectacle: Opening Ceremonies and Some Paradoxes of Globalization,” Media, Culture & Society 18: 583-602.
アラン・トムリンソンは『ファイブリングサーカス』(1984年)の編者であり,マカルーンと並んで以前から日本でも知られるオリンピック研究者。私が読む限り,英語文献で開会式を取り上げたものはあまりなかったが,この論文で多数言及されているように,1990年代まではそこそこあったようです。この論文では,1984年ロサンゼルス大会,1988年ソウル大会,1992年バルセロナ大会,1990年アルベールビル大会,1994年リレハンメル大会を事例に,オリンピックの開会式について包括的に論じた論文です。スポーツが消費社会のなかでますますグローバル化するなか,象徴的な意味合いを持つ開会式での表現は,地域,国家,超国家というさまざまなレベルが表現される。しかし,この論文には但し書きがあって,あくまでも著者の英国での文脈による,テレビ放映を鑑賞した分析であり,解釈である。1984年ロサンゼルス大会は当時の評論家の言葉を使えば「スピルバーグ的演出」であり,そのものがアメリカ的だが,特段米国のナショナリズムを表現するものではなく,また今日的なグローバルなものでもない。要はこの時代のグローバル化=アメリカナイゼーションといったところか。当時から自民族中心主義という批判はあった。1988年ソウル大会も,そういう意味ではまだナショナリスティックな表現は少なかったようだ。24回目の大会を強調するような演出で,欧米よりの表現であったようす。1992年バルセロナ大会については少し様子が変わってきて,古代の地中海文明におけるギリシアとバルセロナとの関係を演出し,カタロニア地方の都市であることを強調する。南アフリカのネルソン・マンデラが登場したり,旧ソ連の国々が独立国家として参加したり,湾岸戦争後のイラクとクウェートから参加したりと,希望にあふれた新しい世界が演出された。アルベールビルとリレハンメルについては,フランスとノルウェーという人権等に関する先進国であり,そうした普遍的な世界性が強調された。

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長男は9歳になりました。

2019年1019日(土)

府中TOHOシネマズ 『映画トゥインクルプリキュア星のうたに想いをこめて』
そろそろ5歳になる娘は,特にプリキュアにはまっているわけではない。アニメとしては,アイカツやプリチャンは観ているが,4歳上の兄と一緒に男の子向けのアニメもよく見ている。映画もよく見ます。そんなことで,アイカツもプリチャンも最近は映画がないので,プリキュアを観に行くことにしました。たまたま,この日は妻が仕事で,息子は児童館に行くというので,公開初日に2人で映画館に。ところが,客席は思ったほど埋まっていません。プリキュア人気はどうなんでしょうね。グッズはともかく,歯ブラシから何から圧倒的にプリキュアものが多いですが。
プリキュアについては,子どもを連れて行く医者の待合室によく置いてあって,ストーリー展開は大体分かっていました。絵本で見るよりはさすがに映画は作りこまれていて,十分に楽しめました。娘も満足のようです。
http://www.toei-anim.co.jp/tv/precure/news/2019062401.php

 

2019年10月20日(日)

吉祥寺アップリンク 『タレンタイム~優しい歌~』
翌日は一人で行動。また吉祥寺のアップリンクに行きました。なんとマレーシア映画です。ヤスミン・アフマド(1958-2009)という女性監督の遺作とのこと。高校が舞台で,高齢で行われる芸能コンテストをめぐる顛末を描く。多民族国家であり,他宗教でもある。さまざまな事情を抱えた高校生たちが,自らのルーツを意識しつつ,楽器を演奏し,歌を歌い,舞踊を踊る。登場人物の一人は耳が聞こえず,一人は母子家庭でその母親を病気で亡くそうとしている。まっすぐに生きる若者たちの姿をみずみずしくスクリーンに残している素晴らしい作品。
http://moviola.jp/talentime/

 

2019年1027日(日)

新宿武蔵野館 『ある船頭の話』
なんと,オダギリジョー監督作品。撮影にクリストファー・ドイル,衣装にワダエミを迎え,浅野忠信や蒼井 優,草笛光子や細野晴臣を贅沢にもちょい役で登場させ,主要なメンバーは柄本 明,村上虹郎,永瀬正敏という面々。そこに川島鈴遥(りりか)という17歳の若手をオーディションで選んだという。謎めいた少女を演じ,その魅力をみせつけている。もっと淡々と,キム・ギドクの『春夏秋冬そして春』のような作品を想像したが,思いのほかストーリー展開があり,長い映画ではあるが,飽きさせない。結局,柄本 明演じる船頭が善人なのか,悪人なのか,その素性や経緯は語られず,謎を残したまま,エンドロールの間続くエンディングを迎える。撮影は新潟県の阿賀野川で行われたとのこと。時代を感じさせない見事な風景の中で,作品世界が造り上げられました。
http://aru-sendou.jp/

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ふたつのオリンピック

ホワイティング, R.著,玉木正之訳(2018):『ふたつのオリンピック――東京1964/2020』角川書店,590p.2,400円.

 

基本的に,学術書以外のオリンピック本にはあまり手を付けないつもりでいたが,本書は何となく,装丁も含め読んでおきたいと思った次第。ちなみに,私は本書をノンフィクション的小説だと思っていたが違かった。著者は実は日本で有名なジャーナリストであり,『菊とバット』など野球に関する著書をはじめ,たくさんの著書が翻訳されている人物であった。

第一章 オリンピック前の東京で
第二章 米軍時代
第三章 1964年東京オリンピック
第四章 駒込
第五章 日本の野球
第六章 住吉会
第七章 ニューヨークから東京へ
第八章 東京のメディア
第九章 バブル時代の東京
第十章 東京ワンダーランド
第十一章 MLBジャパン時代
第十二章 豊洲と2020年東京オリンピック
エピローグ

ということで,冒頭は1964年東京オリンピックが開催される前の東京の風景の描写で始まる。本書は1964年東京オリンピック前に来日し,多くの人生を日本で過ごし,2020年東京オリンピックを迎えることになった著者の自伝的な作品である。米国カリフォルニア州のユーレカという田舎町の出身だという著者は,家族から離れたい一心で,米空軍に入隊し,19621月に東京に来たという。京王線東府中駅が最寄りの府中空軍基地(今は航空自衛隊基地)の配属になり,太平洋軍電子諜報センターが著者の勤務先だった。
本書をオリンピックという観点から読んでも,1964年大会について,もちろん準備期間の街の様子についての市民目線も知れるし,また大会当時の日本人および外国人の反応の一部も知ることができる。しかし,どうしてもこのページ数でオリンピックに関連する記述は限られており,またヤクザやマスコミに深く関わることになる著者の半生に驚くことが本書の読書の大半を占める。まずは,米軍の兵士として働く傍ら,日本での英会話教師として働いた張本人の声を知ることができる。日本で英会話が流行した時代,英語が話せれば教養がなくても就職できるという,当時は外国人といえば欧米中心だったので,外国人にとっての安易な就職先だったという話は聞いたことがあったが,当事者の語りを読むと説得的だ。著者は外国人として一方ではちやほやされ,もう一方では排斥されるという立場を長期間経験しており,それがジャーナリストを志すきっかけとなり,また彼の作品の主要なテーマでもあった。
4章のタイトル「駒込」は著者が米軍を除隊し,はじめて暮らした町。著者は英会話の教師として生計を立てながら上智大学に学生として通っていた。日本の英会話教室での雇用の話も面白いが,行き当たりばったりでさまざまな人の個人的な英会話教師をしてきた話はとても面白い。1960年代の後半は,エンサイクロペディア・ブリタニカ・ジャパンでサラリーマンとして働いた。この頃は東中野に住んでいたという。この頃のことが書いてあるのは「住吉会」と題された第六章。そう,この頃にヤクザと関係があった。一人のヤクザに気に入られて,いろんな経験をしたようだ。この経験に基づく,著者の日本政治論が面白い。ヤクザは基本的に右派で,自民党が好きだという。自民党は自民党でさまざまな場面でヤクザを利用し,公共事業のための用地取得に伴う立ち退きとか,場合によっては肉体労働者としてヤクザを動員するとか,そんな結びつきがあるという。ヤクザと付き合いがあり,会社の付き合いでは毎日のような酒浸り,そんな自堕落的な日々は急転する。アメリカ人の友人から著者の日本野球談議を本にしろと急き立てられ,まんまとその話に乗ってしまう。日本でしこたま稼いだ貯金で1冊の本を書くにはかなりの労力の入れ方だが,なんとか『菊とバット』という彼の処女作が19776月に出版される(原著は英語)。もちろんそれは,ルース・ベネディクトの『菊と刀』からタイトルを借りている。ここからの記述は打って変わってジャーナリストである。ヤクザとの接点はその後も続くが,あくまでも取材対象としての付き合いのようだ。ジャーナリストになってからは,出版社や球団などとのいざこざが中心に語られる。彼の書く文章がなにかと問題を起こすのだという。
著者は日本人と結婚もするが,奥さんは国連の難民高等弁務官事務所の勤務ということで,世界中をあちこち移住する。著者は東京やニューヨークを拠点に調査・執筆活動を行い,執筆に集中するときは世界一周の航空券を購入し,妻の元を訪れるのだという。どういうチケットかは分からないが,かなり自由がきいて,格安だという。そんなこんなで,著者は日本でバブル経済期も経験し,その崩壊についても詳述している。当然,日本に在住しながらもアメリカ人との交流もあるから,単純に「バブル崩壊」といっても,その状況は人によって違うという。著者は日本野球についての本から,プロレス関係,日本のヤクザ地下世界の本まで書くが,野茂英雄の登場以降,また野球に戻り,当初から日米の野球の違いについて書いていたわけだが,日本の球界自体が変容する時代もどっぷり目撃し,イチロー本も書いている。東日本大震災についても,日本全体の捉え方,東京での捉え方,そして外国人の捉え方をかなり細かく描いている。ようやく最後に2020年東京オリンピックの話になるが,石原慎太郎の話が細かくなされているものの,今年で77歳になる著者だから,かなり回想的にこのオリンピック準備を眺めているようにも思える。

 

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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編20)

Ponsford, I. F. (2011): “Actualizing Environmental Sustainability at Vancouver 2010 Venues,” International Journal of Event and Festival Management 2 (2): 184-196.
こちらも地理学者による論文で,2010年バンクーバー大会を扱っています。環境的な持続可能性がタイトルに挙がっていますが,環境地理学的な視点を有する貴重な論文かもしれません。前半は組織の話で人文地理学的ですが,後半は冬季大会の施設建設だけでなく,競技開催や施設の維持管理という点でも環境への負荷があるという議論をしています。前に紹介したChappelet2008)でも冬季大会の環境への負荷は,開催が山岳リゾートから都市へと移行するのに伴って,氷が自然状態で作られない温度とか,雪が必要量降らないとかの問題が指摘されていましたが,氷や雪を維持するために塩を使ったりしますが,それが環境への負荷になります。バンクーバー大会では組織委員会内に,環境管理チーム(EMT)を設置し,環境への影響を監視します。単に施設が建設されるとか,大会後に利用がなくなるというこれまでの観点ではなく,施設のライフサイクルを考慮した上での環境への配慮,そして大会実行時に排出される廃棄物も含めて,広い観点から考察されています。

 

Liao, H. and Pitts, A. (2006): “A Brief Historical Review of Olympic Urbanization,” The International Journal of the History of Sport 23 (7): 1232-1252.
以前にもPitts and Liao2013)という同じ著者たちの論文を紹介しましたが,この2006年の論文は引用されることが多く,論文投稿に間に合わせて読んでおいてよかったと思う内容でした。とはいえ,タイトル通りオリンピック大会の歴史を概観するものです。まあ,Essex and Chalkleyの論文とどこが違うかと問われると困りますが,都市がオリンピックによって,「オリンピック都市」化するという議論は面白いですね。そして,都市内における競技施設の分布の類型をしており,Kasens-Noor2016)や白井(2017)と同じような試みで,地理学的です。1964年東京大会は「都市内多角配置」という分類で,1980年モスクワ大会と1992年バルセロナ大会と同じ区分です。

 

Dickson, T. J., Benson, A. M. and Blackman, D. A. (2011): “Developing a Framework for Evaluating Olympic and Paralympic Legacies,” Journal of Sport & Tourism 16 (4): 285-302.
この論文は,Preuss2007)が提示した「レガシー・キューブ」の考え方を発展させ,その概念的なものをより具体的に,測定可能なものを提示しようとした試みです。まず,オリンピックのレガシー研究を1986年から辿っています。確かに,IOC自体がレガシーを主張するのは1990年代ですが,オリンピック研究論文ではけっこう古くから使われている概念です。27もの論文を検討しています。2008年には『スポーツ史国際雑誌』で特集が組まれ,6本の論文が寄稿され,そのうちの1本はPreussGrattonと書いた共著論文です。レガシー研究の多くは夏季オリンピック大会を対象としており,冬季大会が少なく,パラリンピック大会については1つしかないといいます。しかし,レガシーで批判的に論じられるのは冬季大会が大きく,また広い意味での社会にレガシーを残す可能性を有するのはバリアフリー,ユニバーサルデザイン,インクルーシブなどの意味でパラリンピックによるものだといえます。それはさておき,この論文では,エクセルでも作成機能がある「レーダー・チャート」でレガシーを数値化する試みです。それを「レガシー・レーダー・フレイムワーク」と呼び,図化されたものを「レガシー・レーダー・ダイアグラム」と呼んでいます。6つの評価項目に対してリッカート尺度を用いて05までの評価点を付けます。ただ,このダイアグラムは個々の施設ごとに作成されるものではなく,インフラストラクチュアや都市再生,社会資本といったレガシーの種類ごとに作成されるものとして例が示されています。つまり,数値で計測する手法とは言え,非常に複雑で,レガシーの複雑さを表現したものにすぎません。

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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編19)

Brown, L. A. and Cresciani, M. (201): "Adaptable Design in Olympic Construction," International Journal of Building Pathology and Adaptation 35 (4): 397-416.
オリンピック競技施設の大会後の利用を論じたものはそこそこあるが、この論文は建築物のスケールで、持続可能性や適応性(adaptability)の観点から論じている。最後の方で、あくまでもヨーロッパで開催された大会に限定すると書いているが、事例としては2012年ロンドン大会の水泳競技施設(ロンドン・アクアティクス・センター)と室内自転車競技施設(リー・バレー・ヴェロドローム)、および1960年ローマ大会のパラツェット・デロ・スポルトとパラッツォ・デロ・スポルト(名前が似ていて区別がつかない)の合計4施設。2012年ロンドン大会では、新設する施設であっても、オリンピックに必要な座席は仮設にし、大会終了後は取り外して収容人数を減らすということをやっていた。この水泳競技施設も、最大は17,500人を収容したが、仮設撤去後は2,500人となっている。各競技について、いつからオリンピックの種目になったのかという詳しい説明があり、自転車に関しても、いつからどのような理由で室内施設となったのかが説明される。その一方で、大会後どのように適応性を高める工夫がなされたのかについては分かりやすくは説明されていない。この自転車施設に関しては、建築構造的に、室内空間が48のコラムに分割できるということで市民の要求にあった形での利用がされるようだ。しかし、その改修には総額1億ポンドかかるとかかれていたりする。1960年ローマ大会は57年前の大会だが、掲載された施設内部の写真を見る限り、美しい建築物である。オリンピック村の近くに建設されたパラツェット・デロ・スポルトは、選手たちのトレーニング・ジムとして利用された。採光に関して難点もあった建築のようだが、現代建築の遺産と位置付けられる。パラッツォ・デロ・スポルトは現在はポップやロックの音楽コンサートとしても利用されるような多目的施設となっている。こちらも夏場の室内気温が問題であり、ガラス張りのファサードに赤外線防止シートが貼られた。ヨーロッパでは2014年に「ヨーロッパ・アリーナ協会」なる組織が作られ、おそらく全ヨーロッパ・ツアーを行うようなアーティストのために各国で会場を提供するようなものだと思うが、この施設もそこに属しているとのこと。最後に、さらなる研究として、ヨーロッパで開催されたオリンピック大会のデータを収集するような計画が書かれています。

 

Chappelet, J-L. (2008): "Olympic Environmental Concerns as a Legacy of the Winter Games," The International Journal of History of Sport 25 (4): 1884-1902.
著者はスイスの行政学の研究者で、フランス語のオリンピック本も何冊か出している。この論文は環境の観点から、オリンピック冬季大会の歴史を概観したもの。第1回の冬季大会は1924年のフランス、シャモニーで開催された。はじめの40年間は1932年の米国レイクプラシッドでの開催はあるが、スイスやドイツ、いずれもヨーロッパ・アルプスで行われている。持続可能性という点では、現代の見本になるようなもので、今日では迷惑施設になりつつある、ボブスレーやルージュなどの競技は氷を固めただけのコースで行われていた。米国レイププラシッドで開催された1932年大会は初めて環境問題が生じた大会だとされている。国立公園内を開発するための法律を整備し、地元の活動団体が建設反対運動を行った。1936年の夏季大会は悪名高きベルリン大会だが、同年に同国で開催された1936年ガルミッシュ=パルテンキルヒェン大会も巨大な施設をつくったという。1928年のサンモリッツは、1948年大会も開催しており、既存の施設を利用している。ただ、その後は徐々に山岳リゾート地から、都市での開催が出てくる。それは冬季大会もが規模を拡大してきたことによるものであり、IOCも規模の大きな都市を選ぶようになってくる。この時期の最後の大会である、1968年グルノーブル大会では、施設上の問題がいくつか生じてくる。ボブスレー会場が日照の問題で、競技が夜間に行われたり、ジャンプ会場が強風にさらされ、トレーニングが中止になったり。その他いくつかの施設では標高が低いために、氷や雪が確保できなかったりした。
1970
年代から1980年代は政治生態学的な問題が生じる。1970年代には日本も公害問題が深刻化したが、ローマ・クラブによる1972年の『成長の限界』が出された。ちょうどその都市の1972年札幌大会は、招致活動の主要人物がボブスレー選手であり、Hokkaidou Comprehensive Development Instituteなる組織の長だった人物だという。札幌はさまざまなインフラ整備で利益を得ていたといい、選手村から35km圏内に施設を収めたコンパクトな大会だった。この頃からボブスレー施設は人工物となり,「白い巨象」となりつつあります。1980年レイクプラシッド大会では,ジャーナリストによる環境に関する明晰な分析なども発表され,オリンピックと環境の関係について,関心が高まります。1984年サラエボ大会は冬季大会の社会主義国初の開催になりますが,政治的問題も加わってきます。1990年代になると,IOC自体が持続可能性などを主張するようになり,大会開催都市に環境への配慮を求めるようになる。そういった意味でも1994年のリレハンメル大会はグリーンな大会をめざした最初のものになります。1998年長野大会の記述もあります。子どもの参加(動員?),平和,友好のプロモーションが前面に押し出された。ボランティアの制服などでリサイクル材が用いられた。2000年以降の大会では,より環境の主張が強くなる。2006年トリノ大会では委員会がISO14001を取得するなど,環境基準が進展しますが,2014年ソチ大会では後退したといいます。

 

Chen, Y. Qu, L. and Spaans, M. (2013) :"Framing the Long-Term Impact of Mega-Event Strategies on the Development of Olympic Host Cities," Planning, Practice & Research 28 (3): 340-359.
オランダの建築分野の研究者によるもの。けっこうオーソドックスなオリンピックの都市へのインパクト研究。そして、批判的な視点というよりは成功事例を選んでいるところが、社会学や地理学の研究者とは異なるのかもしれない。ということで、1992年バルセロナ大会と2000年シドニー大会が対象。標題に長期的インパクトとあるように、メガイベントによる社会へのインパクトをいくつかの軸で捉えています。一時的-永続的、直接-関節、短期-長期、単一の結果-多元的な結果。バルセロナは開催が決まった当時、経済的な危機に陥っていたという。危機からの回復のために、オリンピック開催を活用し、都市イメージも改善するという目標を立てている。結果的に、1992年バルセロナ大会は、後に「バルセロナ・モデル」といわれるように、成功事例として捉えられ、もう27年が経過していますが、国際的な観光都市として、近年の京都のように、観光客であふれていることが問題視されているくらいである。バルセロナではよく知られるように、市内に競技施設を4箇所に分散させた。オリンピック村の建設は荒廃した湾岸の工業地帯を活用したものだった。公共と民間の提携により開発は行われ、1980年代後半には東京の湾岸でもよくやられましたが、ポストモダンのこじゃれた建築物がウォーターフロント再開発の象徴になっています。もちろん負のインパクトについても記されていて、特にそれは住宅であり、貧しい人向けの住宅が不足したということ。また、この時代にはまだ環境への配慮という点では足りないところが多く、またそうした少数の反対意見を吸い上げるようなことはなかった。

 

Smith, C. J. and Himmelfard, K. M. G. (2007): “Restructuring Beijing’s Social Space: Observations on the Olympic Games in 2008,” Eurasian Geography and Economics 48 (5): 543-554.
この論文は2008年北京大会を取り上げていますが,どうやらこの雑誌での特集のようです。同じ号に掲載されたFeng, Jian, Yixing, Logan and Wu4人による「北京の社会空間の再構築」というタイトルの論文に対する「アメリカ人地理学者によるコメント」といっています。この4人は表記から見るに中国人かそれに近い人々です。読んでいないのにいい加減なことはかけませんが,日本語で読んだオリンピック論文でも,中国人が北京大会について書いたものは,やはり中国以外のメディアがこぞって北京大会を批判するのに対し,それを擁護するようなものが多い印象がありました。なかには,近代ヨーロッパを基礎とする近代オリンピック思想に対し,そろそろそれとは違ったし思想を加えて転回させる必要があるというもっともな主張もあった。おそらく,Feng, Jian, Yixing, Logan and Wuによる論文は北京大会の成功と北京という都市にもたらした恩恵を強調していたと思われ,Smith and Himmelfardによるこの論文は北京大会の負の側面を強調しようとするものだと思われる。とはいえ,住民の移転や立ち退きに関してはCOHREによる調査に依拠していたり,この2人は本格的にオリンピック研究をしているわけでもなさそうです。ともかく,大気汚染をはじめとする環境問題,公共交通を含めたインフラストラクチュア,そして移転と立ち退きという3点から,北京大会がもたらした負の側面を論じています。

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日本映画3本

2019年922日(日)

府中TOHOシネマズ 『アイネクライネナハトムジーク』
妻が子どもを連れて出かけてくれるというので,事前に前売り券を買っていた,公開したての作品を観た。もちろん私の目当ては多部未華子さんですが,相手役が『君に届け』と同じ三浦春馬君というのも嬉しいキャスティング。原作が伊坂幸太郎というのもいいですね。しかし,この原作が曲者だった。予告編ではこの2人がメインという感じなのだが,それぞれの登場人物の心情を描くという意味で,多部未華子の登場シーンはあまり多くはなかったのだ。そこだけが残念だった。
一方の三浦春馬は出ずっぱりで,改めていい俳優だな,年齢を追うごとにそれ相応の演じ方ができるようになっているように感じた。相変わらず美しい貫地谷しほりさんとか,高校生役の若き俳優たちも輝いています。うがった見方をすれば,個々人の悩みには触れながらも人生の輝かしい部分だけ描いているような気もしますが,フィクションだからそれでいいような気もします。
https://gaga.ne.jp/EinekleineNachtmusik/

 

2019年929日(日)

立川シネマシティ 『おいしい家族』
2
週連続で1人で映画を観ることができました。いくつか魅力的な作品はありましたが,板尾創路はあまり好きでないものの,若手の女性監督(ふくだももこ)のオリジナル脚本ということに惹かれてこの作品を選択。浜野健太も俳優としては結構好き。ところで,主演の松本穂香という女優は,予告編でも別の主演作品をやっていたり,最近人気のようだ。しかし,残念ながら私にはその魅力は分からなかった。確かに,最近では少し珍しいはっきりとした顔立ちで,化粧は映え,すっぴんでもいける,という外見の魅力は分かります。演技も下手というわけではないし。個人的な好みですかね。それはともかく,この作品では非常に控えめな演技で,先立たれた妻の洋服を着るという設定の板尾創路は,親戚のおばさんの言葉「似合っているから別にいいんじゃない」というセリフがそのままで,とてもいい。そして,対照的な浜野健太のくどい演技が,この離島の風景,社会とコントラストをなし,素晴らしい作品。そういえば,撮影には新島を使っているようだが,調布飛行場から飛行機路線もありながら,映画では船で移動しており,設定的には『天気の子』とダブっている。東京の離島を取り上げる映画ってそう多くはないと思う。そこがこの映画の肝でもある。女装をする高校の校長先生。それに反発するが実はあこがれていたことが最後に分かる,男子高校生。狭い閉鎖的な社会でありながら,さまざまな異端的人間を偏見なく受け入れていく地元民と,そういう寛容さを学んだはずの東京で暮らす主人公とのコントラストを描いている。
https://oishii-movie.jp/

 

2019年102日(水)

大学が始まりましたが,後期は午前中の東京経済大学だけ。数年前までは国分寺から戸塚まで移動して2コマをこなしていたが,その分の給料が減り,家計が厳しいので,午後は会社に出勤しようかとも考えていたが,妻が正社員に転職するというので,自分のために使おうと思う。とりあえず,伸び切った髪を切るために調布に行くので,ついでに調布で映画を観ることにした。なお,通っている美容院は西調布に引っ越した時から行っているので,もう10年近くになる。その頃は,鏡の下部に埋め込まれたモニターにDVDから上映される映画を観ながらの散髪でしたが,最近はJASRACの取り立てが厳しいらしく,上映はやめてしまった。世知辛い世の中です。

調布シアタス 『宮本君から君へ』
時間的な制約で,選んだ作品はこちら。予告編は観たが,あまり積極的に観たい感じではない。池松壮亮も何となく好きになれない俳優。ただ,蒼井 優ちゃんが体を張って頑張っている作品なので,観てあげることにしましょう。タイトルからなんとなくは感じていましたが,観始めて改めて『モーニング』に連載されたマンガが連載ということを実感しました。痛くてとても観ていられない雰囲気。それを見事に実写で表現しています。まあ,それだけでいいでしょう。ちょこっとだけど,久しぶりに松山ケンイチの姿を観られたのは嬉しかった。
https://miyamotomovie.jp/

 

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