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美学入門

アンリ・ルフェーヴル著,多田道太郎訳 1971. 『美学入門』理論社,213p.,560円.

ルフェーヴルは既に亡くなったフランスの哲学者・社会学者。1970年代の『空間の生産』という著作が(ルフェーヴルにしては珍しく大著)1990年代に英語に翻訳されてから,彼の空間論や都市論ばかりが地理学者や社会学で注目されているが,その他の多くの著作が日本では1970年代までに翻訳されている。
新しい時代のマルクス主義者として注目されていたのだ。ちなみに,英語圏ではマルクス主義というもの自体があまり活発ではなかったようだ。
さて,19世紀を生きたカール・マルクスといえば『資本論』によって独自の経済学理論を打ち立てた人物。しかし,マルクス経済学はケインズ流の近代経済学とは異なり,近代経済学が経済現象を社会の他の側面と切り離して数学的理論を純化させていったのに対し,社会の複雑な側面,特に政治との関連性を理論に含めることにその特徴があり,「政治経済学」ともいう。
その理論は土台-上部構造という図式で知られる。土台とは人間社会の経済的な側面であり,上部構造というのが政治や文化,イデオロギーなどが含まれる。上部構造というのは土台があって初めて成立するという,すなわち経済が他の側面を大きく規定するという考え方だ。
そんな感じで一般的にマルクスは芸術を含む文化というものを軽視し,経済に付随する二次的なものと見做したと思われている。それを覆そうというのが本書の狙いでもある。

ところで,「美学」という言葉に馴染みがない人もいるかもしれない。美学というのはエステティックの訳だが,「審美」と訳される場合もある。この言葉は日本ではもちろんエステの方が一般的だが,美しさそのものを指す言葉ではなく,美しさを判断する人間の問題である。よって,美学とは美しさを判断するもの,すなわち芸術論一般を意味します。

著者はまず,マルクスの残した記述から芸術に関する断片を集めてきて,それらが単なる断片ではなく,しっかりとしたマルクス理論に基づくものであることを示し,そこから発展させて著者独自の議論へと導かれる。
多くの美学理論は,上述した近代経済学のように,芸術の分野を社会全般から切り離した上で成立する。ごく単純化すればそうした芸術理論とは,芸術作品は個人の才能と努力によって生み出される唯一無二の美しさを有したものであり,その作品を観る者,聴く者,読む者は邪念をのぞいた純粋な心でその美しさを感じ取る,というもの。
しかし,それは全て幻想だ。私たちが美しさを感じる感覚も生来のままの純粋なものではありえず,社会化する過程で作り上げられるものだ。もちろん,作り手の方も何もないところから表現すべきことが神から降りてくるわけではなく,社会で生活するなかから表現すべきことを学ぶのだ。それでこそ,作品に経済的・政治的側面が表現させるからこそ,社会のなかで生活する鑑賞者に対して美しさを獲得するのだ。

もちろん,芸術という上部構造が全て土台=下部構造である経済的な側面から説明されるわけではない。しかし,それが切り離すことのできないものであること,そして芸術作品にも欲望,抑圧,搾取,差別,そんな暗い側面が十分に含まれていることを認識するためにマルクス主義美学が貢献していることは大きい。

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