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農山漁村の〈空間分類〉

今里悟之 2006. 『農山漁村の〈空間分類〉――景観の秩序を読む』京都大学学術出版会,315p.,4000円.

今里君は同い年の仲の良い地理学者。彼は富山大学卒業後,京都大学の大学院に進んで,本書はその博士論文を書き直したもの。謹呈してくれたのですが,ようやく読むことができました。
今里君は私が知るなかでもまさに研究者という感じの人物。もちろん,どんな人でもさまざまな苦労と努力があると思いますが,私の知り合いのなかには,それをほとんど他人には感じさせずに学問の世界のなかで出世していく人も何人かいる。そして,一方では努力が一向に認められずにどうにもならない人もいる。今里君は努力を一つ一つものにしている感じがする。
ちなみに,私自身はその努力をも放棄してしまっている。

さて,そんな彼の性質は本書にも如実に現れているように思う。というよりも私が勝手に彼の書く文章を読んで彼の性質をそう理解しているだけかもしれない。
私はどちらかというと,先人に耳を貸すこともなく自らのオリジナリティを主張したがるが,今里氏はきちんと先人の業績や忠告に耳を貸し,しかしそれに完全に服従するのではなく,さらにその先を目指す野心をも持ち合わせている。

本書はこれまで彼が学術誌に発表してきた展望論文と経験的研究が基礎になっている。もちろん,その多くを私は論文発表時に読んでいるが,驚くほどにそれは書き換えられている。
展望論文を「理論編」,経験的研究を「実証編」と題して,本書のなかで再構成されているのだ。そもそも,彼の大学院時代の研究遍歴は博士論文として終結するべく,あらかじめ計画されていたものなのだろうか。まあ,そんなことはないと思うが,見事な再構成だ。この辺りにも彼の真面目さが現れているのか。私は一度終わらせたものはなるべく変更したくない。

本書の実証編は地理学者らしく(彼は民俗学者でもある),現地調査から成り立っており,その対象地域も多岐に及んでいる。長野県下諏訪の農村,京都府伊根町の漁村,滋賀県朽木村の山村,佐賀県馬渡島の漁村,中国四川省の農村。
私の知り合いの研究者のなかには10年以上同じ地域で研究している人も少なくないが,毎回フィールドを変えられるのも彼の特徴だ。本書を読むと,まさに論証すべきテーマに都合の良い地域を次々選んでいるような冷酷な印象さえ受ける。

と,基本的に彼の研究の集大成である本書に敬服しながらも,もちろん不満がないわけではない。彼の研究に対する情熱には私は到底かなわないが,ある意味では彼は研究は研究と割り切っているふしがあるように思える。といっても,割り切った上での私生活があるわけではなく,私生活が研究に侵食されているのだが,私は逆に生活が基礎にあってその延長線上に研究がある。
また,理論と実証という区別も私は採用しない。上にも書いたように彼の現地調査のやりかたにも疑問がないわけでもない。といっても,あくまでもこれは立場の違いであって,彼の方も私に対する不満があることだろう。

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コメント

偶々ここに辿り着きました。丁寧な批評ありがとう。
なるほどこういう読まれ方もあるのかと,面白く読みました。

大幅な書き換えは,元の論文たちが時間が経つにつれどんどん気に入らなくなったから。論文や本なんてみんな再構成,あるいは予断と後付けの無限ループの結果なのでは。むしろ,原作とのギャップの大きさを楽しんで下さい。

フィールドを次々変えるのは,生きてる内に色んな場所をたくさん見たいから。浮気性なのでしょうね。とはいえ,たった1つの集落を相手に10本も20本も論文を書き続けるような,一途な愛を貫いた人など,ほとんどいないのでは。いや,よく考えたら,きみの方こそ相当な浮気性では?

で,研究を研究とは割り切れてないです。割り切れたらどんなに楽か。生活の基礎の上に研究がある。真っ当な人間ならまさにそうあるべきでしょう。でもね…。

ちなみに,富山ではなく金沢。

投稿: 本人です。 | 2008年3月28日 (金) 23時18分

>本人さん
あら,見つかりましたね。
書名で検索してこのblogに辿り着く人けっこういるんですよ。
金沢大学でしたか。実は間違って覚えていた。

まあ,私の知っている一つのフィールドから抜けられない人は,大抵論文を量産できない人です。踏ん切りがつかないんでしょうね。
私はそもそもフィールドを持っていないので,浮気も何も,本気は自分の頭のなかだけって感じです。

ところで,まだ独身だよね。われわれの年代で結婚していないのはわれわれくらいなのでは?

投稿: ナルセ | 2008年3月29日 (土) 12時24分

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