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イデオロギーとしての英会話

ダグラス・ラミス著,斎藤靖子ほか訳 1976. 『イデオロギーとしての英会話』晶文社,266p.,1500円.

そのタイトルに引かれて買ったのはもう10年以上前。一度少し読み始めたものの,やめた形跡がある。本書は『展望』や『中央公論』,『現代の眼』,『思想の科学』,『朝日ジャーナル』といった日本の雑誌に掲載された文章を集めたもの。本書の出版当時,著者は津田塾大学教授ということになっている,日本に住むことの多いアメリカ人。
英会話の先生というのは,日本に来た英語を話す白人が手っ取り早くお金を稼げる就職先だという。言語教育の経験はおろか,日本語すら知らなくても,経営者も生徒も手厚く待遇してくれるというばかげた商売。その内容はといえば,実際にありえない架空のシチュエーションでの予定されたやりとり。まあ,簡単にいってしまえばそんなことを暴露する文章。けっして難しい議論ではありません。英会話教室の内情はこの30年間で大きく変化したとは思いますが,いまだに「英語くらいは話せるようになりたいわ」と多くの日本人がいうのは,このイデオロギーがまだまだ支配的である証拠。英語が話せると10億人と話せる,みたいなキャッチフレーズありますが,じゃあ,その前に日本語を話す1億人と話してみろよ!って感じです。
なぜ英語が世界中で話されるようになったのかという歴史を意識せずに,言葉だけを無批判に受け入れるってのはどうか。無神経すぎないか。と私は素朴に思う。

さて,といっても,このタイトルの文章は20ページ足らずの短いもの。他にもボブ・ディラン論や沖縄について,京都について,アメリカ映画について,など1970年代っぽい話題が満載で意外と面白いです。特に面白いのがヒッピー論とベトナム戦争論。知っているようで知らない,私が生まれた頃の時代のこと。ヒッピーという人たちが社会のなかでどんな方法でどんなアンチテーゼを掲げていたのか。それが流行と化すときにはどんな風に形骸化したのか。ベトナム戦争についてもあまりにも知らないことを知る。
戦争を問い直す,この時期にこそ読みたい本だ。

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