« 10月のライヴ予定 | トップページ | カリフラワーズ解散 »

大博物学者ビュフォン

ジャック・ロジェ著,ベカエール直美訳 1992. 『大博物学者ビュフォン――18世紀フランスの変貌する自然観と科学・文化誌』工作舎,568p.,6500円.

ついに読み終わりました。500ページ強で,上下二段組の大著。もう,内容が多岐にわたるのでどこを書けばよいのやら。皆さんはビュフォンという人物を知っていますか?私自身もどこでこの人物を初めて知ったのか覚えていません。
リンネはご存知ですかね。私は一応学部は理学部だったので,恐らく1年生の時に受講した「系統分類学」でリンネの名前は学んだはずですが,リンネはスウェーデンの植物学者。いわゆる「学名」というものを開発した人です。例えば,日本語で猫といえば,英語ではcat。名前が統一しないでは普遍的な生物学が成立するはずはありません。そこで,リンネは当時,学者の間の共通言語として通用していたラテン語を用いて,二名法によって動植物を種ごとに名づけることを提案したのです。その創始者ですから,大学でも学ぶわけですね。
しかし,大学教授でアカデミーの世界に生きていたリンネに対し,ビュフォンはパリにあった王立植物園の園長を長年勤め,大学には職は得ませんでした。しかも,リンネをことごとく批判した人ですから,正当な学問の歴史のなかではそれほど大きな位置を占めていません。恐らく,系統分類学の講義でビュフォンの名は出てこなかったと思います。
しかし,最先端の生物学を学ぶ人には重要でないとしても,歴史に関心のある人であればビュフォンという人物は非常に魅力的であります。彼は人生をかけて『一般と個別の博物誌』という生物の百科事典を執筆するわけですが,それが図版を中心に日本語訳された時に監訳者の荒俣 宏氏は18世紀から19世紀にかけてもっとも重要な博物学書として,地理学者であるアレクサンダー・フォン・フンボルトの晩年の著作『コスモス』とともに,このビュフォンの書を挙げているのだ(ちなみに『コスモス』は翻訳されていません)。『ビュフォンの博物誌』として翻訳したのもベカエール直美さんであり,出版社は工作舎である。
さて,本書は原著が1989年に出版されたビュフォンに関する伝記である。私は基本的に伝記は好きではない。先に名を挙げたフンボルトも白水社から伝記が翻訳されているが,これがひどい。大抵,伝記というものは主人公の人生を劇的に脚色し,面白おかしくするのが常套手段。特に,主人公が学者の場合,その伝記作家はその学説にまで精通していることを期待するのが難しいからだ。かといって,偉大なる学問的人物を,その発表された学説だけたどるというのも味気ない。本書はビュフォンの学説を,原典を詳細に解読すると同時に,それがどのような社会背景から生み出されたのかを,ビュフォンの伝記的記録を通して,丁寧に検討しているのです。
まあ,ここまでの厚い伝記を読むのには勇気がいりましたが,『ビュフォンの博物誌』と同じ訳者が手がけているということで信用をして読み始めたわけですが,予想以上に楽しめました。

さて,中身については細かく書きませんが,博物学についてはちょっと解説をしなくてはならないかもしれません。この当時はまだ生物学という学問分野はありません。植物学や動物学という個々のものはあるのですが。物理学は自然学というものからニュートンの存在によって,ようやくその姿を確たるものにし,錬金術から化学が登場しようという時代。社会科学ではまだ心理学や社会学,人類学などはありません。現在では人文科学の一分野である,哲学というのがより包括的な概念でした。特にルソーが活躍し,啓蒙思想という名のもとにディドロとダランベールが『百科事典』を編纂していたフランスでは,こうした知識人のことをフィロゾーフと読んでいたわけです。ビュフォンは自然科学者ではありましたが,フィロゾーフでもあったのです。
ところで,博物学とは英語でnatural history。直訳すれば「自然史」だ。私が大学に入学した時には教壇に立っていた今は亡き東京都立大学名誉教授貝塚爽平さんの著作にも『東京の自然史』ってあるくらいだから,現代の感覚では別の研究として成立する。しかし,18世紀には自然は神が創造したもので,そこに変化していくような歴史は存在しないと考えられていたから,自然史は成立しない。しかし,natureもhistoryも現代とは若干意味が違うため,natural historyは成立するのだ。そんな当時の意味合いを「博物誌」という日本語はうまく翻訳している。博物とは万物のこと。博物誌は一応生物学の前身ってことになっているけど,「博物」に含まれるものは生物に限定されなかった。また,現代でもフランス語では歴史も物語りも同じくhistoireだが,この語は単に記載することを意味していた。つまり,博物学とは何でもかんでも集めて記載して,整理して,分類する基礎を築くことだった。ビュフォンはそんな博物誌最後の人物といってもいいかもしれません。ダーウィンの前に進化論的な学説を発表したフランスのラマルク,そして英国のダーウィンにつながるような思想を持っていたがために,当時有力だったリンネの学説に批判の矛先を向けたのです。しかし,最終的にビュフォンは進化論者にも生物学者にもなりえなかった。
ビュフォンはナカナカスゴイ人物だったということも,この伝記には書かれている。まあ,植物園の園長って職がかなり地位の高いものであったわけだが,彼は地元の地主でもあり,後に伯爵にもなった。そして,彼の著作はその文体の美しさでも知られる。「文は人なり」という諺は,ビュフォンの「文体論」からきているものらしい。アカデミーでは批判されることの多いビュフォンだったが,一般の読者にはかなり人気があったとのこと。
まあ,ともかく執筆協力者が何人かいたし,図版の多く生物図鑑のようなものですが,127巻にも及ぶ『一般と個別の博物誌』を手がけたってのは恐ろしい人物です。もちろん,これは生物に限らず,鉱物学や天文学,現在でいうところの地球物理学,医学なども含んでいるものです。

|

« 10月のライヴ予定 | トップページ | カリフラワーズ解散 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/218863/16611988

この記事へのトラックバック一覧です: 大博物学者ビュフォン:

« 10月のライヴ予定 | トップページ | カリフラワーズ解散 »