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逃亡くそたわけ

絲山秋子 2007. 『逃亡くそたわけ』講談社,182p.,400円.

本書は「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞を受賞している作者の作品だが,今回この作品が『逃亡くそたわけ~21才の夏』として映画化されるにあたり文庫化されたもの。初版は2005年とのこと。「イッツ・オンリー・トーク」は廣木隆一監督,寺島しのぶ×大森南朋で『やわらかい生活』として映画化された作品のはず。
前の日記にも書いたように,映画版『逃亡くそたわけ』を舞台挨拶の回で観,原作を読んで,もう一回観ようということで,ほとんど読むことのない現代日本小説を読むことになった。生きている日本の作家は島田雅彦くらいしか読まない。やっぱり駄目だ。台詞が次々と続き,ページを余白で無駄にするような小説はとても読めないのだ。日本映画も最近はそのほとんどが原作小説があるが,ストーリー的には大抵満足できる。でも,小説として読む読書体験としては別だ。映画はストーリー以外にも楽しむべき要素はいっぱいあるし。
本書は基本的に一人称の視点。すなわち,主人公の花ちゃんの語りからなっている。事実を説明する語りは標準語。しかし,「」で括られた台詞は博多弁。一応,語り手が第三者的視点に立つことはないようだが,こういういかにも的な文体はどうにも好きになれない。

それは映画にも反映されているが,この作品には私にも身近な思想家たちが登場する。マルクス,ウィトゲンシュタイン,そしてヘーゲル。身近なといっても,どの著者も1冊ずつしか本を読んだことないが(あ,マルクスは2冊か)。マルクスに関しては,花ちゃんが幻聴で悩まされていますが,その時の決まり文句が『資本論』の一節だという。ウィトゲンシュタインとヘーゲルに関しては,大学で西洋思想をかじったなごやんが,引用という形ではなく,非常に一般論として言及している。そもそも作者はこうしたものに精通しているのだろうか。『資本論』のその一節が有名であるかどうか,私には分からないし,ヘーゲルが主張したとされる考え方についても私は知らない。そもそも私はそういう入門書の類が嫌いなので,「だれだれは○○といった」という類の一般論は知らないことが多い。
作者は精通した上でこのような使い方をしているのか。あくまでも,なごやんの知ったかぶりとして言及しているだけなのか,あるいはそれらの言葉に何らかの意味を持たせたくて,入門書の類で学んだことを安易に利用しているのか。まあ,私は勝手に後者だと推測しているが,渡部直己なる人物による解説では,特にマルクスの一節にこだわってテクスト分析がなされていて,この種の作品解説にしては格別に面白い。むしろ,作品より面白いといっていいかもしれない。

まあ,ともかく邦画で,映画を観てから原作を読むという経験は初めてのような気がしますが,それなりに面白かったかな。やっぱり登場人物を俳優にあてはめて読んでしまうことはどうしようもないね。

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