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個の礼讃

ツヴェスタン・トドロフ著,岡田温司・大塚直子訳 2002. 『個の礼讃――ルネサンス期フランドルの肖像画』白水社,310p.,2900円.

まずは,内容とは関係ないことから。本書は『日常礼讃――フェルメール時代のオランダ風俗画』の姉妹編。原著では,この2冊の発行年に7年の間があるが,トドロフが本格的に美術批評を行った本ということで,翻訳は同じ時期に同じ出版社から似た装丁で出版された。私は両方とも古書店で購入したのだが,どちらもあまりついていない。『日常礼讃』の方は,新刊図書を1割以上の値引きで売っている神保町の書店で購入したのだが,なんと驚くべきことに,活字が欠落しているのが数箇所あったのだ。ひょっとして不良品が中古本に流れてしまったのではないかと思いながらも,出版社に連絡して交換。
そして,本書。こちらは吉祥寺の古書店で購入。800円という値段が気になりながらも,パラパラとめくって問題なさそうなので購入。そして,今回いざ詠もうと思ったら冒頭の47ページ,びっしりと緑のボールペンで書き込み。これはかなりショックです。やっぱりひととおり全部のページをチェックしなくてはいけませんね。

そんな冒頭の「古代の肖像画における栄華と衰退」という文章は,本書のテーマであるルネサンス期の肖像画の背景となる,ルネサンス以前の小増加の歴史を教科書的に辿っている。哲学的にその含意を述べるのではなく,下線を引きやすいキーワードが頻出する。まさに人物の顔が描かれ,その形態が変化していく肖像画前史となっています。トドロフらしからぬ,私には退屈な記述ですが,前の持ち主にとってはこここそが必要な情報であり,その後の複雑なルネサンス作品の考察はどうでも良かったのでしょう。前半だけやたらと下線が引いてある割には新品同様なのです。だから気づかなかったんですね。

さて,本編に入ると,なかなか本題に入りません。ルネサンス期の小増加を理解するために必要な歴史的背景の考察が続くのです。中世の間の政治的な問題と宗教的な問題。もちろん,古代から中世にかけて,絵画に描かれた人物というのは神話上の人物,ないしは政治的に偉い人に決まっています。
その際たるものはキリストであり,その母であるマリア。
そして,発達する印刷技術。印刷物を飾る彩色挿絵。社会における書物の役割。ルネサンス絵画といえば,わたしたちはイタリアを思い浮かべますが,本書の対象である肖像画,そして『日常礼讃』の対象である風俗画,あるいは静物画はフランドルやネーデルランドで登場します。地中海に面して太陽の光が豊かな温暖地域であるイタリアと,暗くて寒い北部地域。地図や風景画が,そして印刷技術も発展していくのはドイツからベルギーにかけての地域。そんなヨーロッパ内部での地理的な違いと,ルネサンス展開の時期的な違い。
いろんな要素から,本書では本編「15世紀フランドル絵画」と題された章が,3人の画家とともに,時期に分けて説明されます。「断絶」と題された節に登場するのはロベール・カンパン。このころから,中世的な人物像とは大きく変化していきます。そもそも人物画とは,描く人,描かれる人,観る人の微妙な人間関係でどう描くかが決まってくるものであり,現在のように写実的に描くことが意味を持ち始めるのはこの時期なんです。カンパンは知られた画家ではありませんが,歴史上なお残すような人物ではない肖像画を残したり,キリストやマリアを,現実に生きる人間と同様の像として描いたり,そしてなによりもその写実性。
そんな変化は「成就」期のヤン・ファン・エイクに受け継がれます。この頃になると,肖像画と同時に写実的なものに発展していく風景画や室内画もが肖像画に反映されます。まさに,その人物が自然にその場にいるように,人物の余白に室内があり,窓の外には自然の風景が拡がります。
そして「後裔」期に取り上げられるロヒール・ファン・デル・ウェイデン。描かれるのはその辺にいるたわいもない人物。あるいは無名の人物。しかし,今度はそうなると,個としての個人がそのまま描かれるというよりは,個人の外見から理解するこのとのできる,あるいは外見に滲み出る性質を昇華して,より普遍的な,あるいは抽象的ななにかが,絵画の主題として描かれるということです。肖像画が画家自身の芸術的作品として誕生するわけです。

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