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プラトン全集5

プラトン著,鈴木照雄・藤沢令夫訳 1974. 『プラトン全集5 饗宴・パイドロス』岩波書店,314p.,3200円.

本書に収められているのは「饗宴――恋について」と「パイドロス――美について」です。
以前『ヘドウィグ・アンドアングリーインチ』という同性愛の映画があった。劇中のアニメーションと,主題歌の「the origin of love」の歌詞がこの「饗宴」をモチーフにしているというので,非常に読みたかったのだ。「饗宴」は岩波文庫でも出ているけど,ゆくゆくのことを考えるとやはり全集が欲しくなって,古書店で見つけるまで待っていたのだ。また,これは手元にあるフィチーノの『恋の形而上学』のネタ本でもあるし。
さて,ところで『ヘドウィグ』に登場する物語は以下のようなものである。そもそも人間は手と足を4本ずつ持ち,頭を2つ持っていた。そんな人間は3種類いて,男と女,そして両性具有の男女である。その後,ゼウスがこの人間を全て2つに切ったのだという。その切り口を縫い合わせたのが臍になった。2分された人間たちはそれぞれの片割れを捜し求めるというのが恋の始まりだというのだ。
と,このアリストパネスによる説明によれば,3種類の人間がそれぞれ均等に存在したとすると,異性愛は,もともと両性具有であった場合にしか成立せず,1/3。人類の2/3は同性愛者だということになる。これは美しい物語であると同時に『ヘドウィグ』のなかではとても都合が良い。でも,「饗宴」を読み進めると(実はその前に訳者の解説がついているのだが),このギリシャの時代に,「恋」といえば男性が若い男性に対して抱く感情のことであるのが普通であったらしい。

「饗宴」というタイトルは,話の内容には全く関係ない。単に,設定が10人以上の人物が集まる呑み会の場で議論される,ということからきているにすぎない。プラトンの著作にプラトンは登場しない。プラトンの哲学の師匠であり,自ら著作を残さなかったソクラテスが登場することが多く,また複数の人物が議論を交わして結論へと導かれる「対話篇」という形式で知られる。
私が読んだことのある「ティマイオス」と「クリティアス」ではさほど登場人物が多くなく,どちらかというとそのなかの一人が語る部分がほとんどだったが,「饗宴」はあまりに登場人物が多いので,なかなか本題に入らないし,また多くの人が自分の主張(あるいは他人に聞いた話)をするのが珍しく,シェイクスピア作品を読んでいるような面白さがある。
でも,その議論には主題があって,それは副題にあるように「恋について」であり,エロースという神をたたえることにある。エロスという言葉は皆さんご存知のように,性愛に関わるものとして理解していますね。2年前には『愛の神,エロス』という映画もありました。まあ,ともかく,ここでの話し合いの趣旨は「これまで人々はエロースという素晴らしい神についての賛辞を怠ってきた。皆で讃えようではないか」というものです。そんなものでもちゃんと哲学になるんですからすごいです。

さて,「パイドロス」はその名の通り,パイドロスという人物が,なんとソクラテスと対峙する対話篇。でも,パイドロスは自らの持論を展開するわけではなく,知り合いのリュシアスから聞いてきた話をソクラテスに知らせ,ソクラテスが長々とした持論を展開する。そのテーマは副題にもあるように「美」であるが,その副題自体はいくつかの説があるようで,「恋について」とか「魂について」とか。
まあ,ともかくテーマ的には「饗宴」と通じるものがあります。わたしたちの恋愛観なんてどうせ近代以降に作られたものですが,ここでは平気で同性愛的傾向が表明されます。それから,そのテーマに沿ってどのように話をするかという弁術論にも話が及び,こちらはずいぶん哲学的に難しくなってきます。弁術論とか修辞学とか,当時においては非常に重要な学問分野であったわけですから。

ちなみに,「プラトニック・ラヴ」とはもちろんプラトン的哲学に基づく恋愛観のことだが,面白い一節を引用して終わりにしよう。
「恋する者の多くは,恋人の性格を識ったり,またその他一般に恋人の身の上の事柄に通じたりするより前に,まずその肉体を欲しがるものだ」(p.145)。

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