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二人であることの病い

ジャック・ラカン著,宮本忠雄・関 忠盛訳 1984. 『二人であることの病い――パラノイアと言語』朝日出版社,232p.,2100円.

ラカンの業績は1932年の学位論文『人格との関係からみたパラノイア性精神病』から始まると一般的にいわれているようですが,本書に収められたのはほとんどその前後に書かれた文章である。

症例エメ(1932年)
《吹き込まれた》手記――スキゾグラフィー(1931年)
パラノイア性犯罪の動機――パパン姉妹の犯罪(1933年)
様式の問題――およびパラノイア性体験形式についての精神医学的考想(1933年)
家族的複合の病理(1938年)

訳者まえがきにあるように,ここに収められたどれも短めの文章は症例の説明部も少なくなく,どちらかというとその分析や解釈に物足りなさを感じるくらい。逆にいうと,抽象的な議論が少なくて読みやすい。
「症例エメ」では突然女優にナイフで切りつけたという女性の事例である。「《吹き込まれた》手記」では精神病院に入院して1年の34歳女性の手記の分析。「パパン姉妹の犯罪」では,とある裕福な家庭で女中奉公をしていたパパン姉妹が特に対して理由もなくその家の奥さんを残忍な方法で殺害してしまったという事件。本書のタイトルはここからきているようだ。このパラノイア性犯罪はこの姉妹が2人そろっていたからこそもたらされたとのこと。残り2編の文章は一般論になっている。
ちなみに,最後の文章のタイトル「複合」はコンプレックスのこと。フロイトの有名なエディプス・コンプレックスも同じ。マザコンのコンもコンプレックスのことです。シネコンのコンも同じ。コンプレックスとは複雑という意味もありますが,この語自体複雑な複数の意味を持っています。

うーん,やっぱり書かれていることは難しくなくても,これをどう消化したらよいのか,ということになるとやっぱり難しいな。この辺で勘弁させていただきます。

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