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悪の華

ボオドレール, C.著,鈴木信太郎訳 1961. 『悪の華』岩波書店,480p.,500円.

実は私は詩を読むのが苦手。まあ,そもそも想像力や創造力が欠けている私ですから,少ない言葉から自由に想像して楽しむってことができないんですね。しかし,本書はベンヤミンのフラヌール論を考えるのに重要なので,読むことにしました。ベンヤミンのフラヌール論は,著作集の6巻『ボードレール』で展開されるわけですが,そこに収録された「翻訳者の使命」という文章は,ベンヤミンが『悪の華』の第2章「パリ風景」をフランス語からドイツ語に翻訳したときの序文として書いたもの。そんなことで,とりあえず第2章を読んでみた。
ちなみに,『悪の華』は堀口大學訳でよく知られるが,私は岩波文庫版。そして,私は今回初めて詩を読んで面白いと思ったわけだが,詩の歴史についても何も知らないし,他の詩篇を読んでいるわけでもないので,ボードレールの特徴など何も分からない。でも,何も分からないなりになんだか書いてみよう。
ボードレールの詩については,本書に収められたポール・ヴァレリーの「ボードレールの位置」という文章や「年譜」,訳者の「後記」を読むだけでもいろいろ分かる。現代の詩をはじめとするさまざまな表現に対するボードレールの影響の大きさ,同時代的な批判の多さと社会的反響。発禁になったりしたこと。
そもそも,この「悪の華」というタイトルが象徴的だ。私が想像するに,詩というのは基本的には言葉の美しさによって世界の美しさを賞賛するようなもの。それに対して,ボードレールは汚いもの,醜いものに眼をやり,美の価値観を反転する。例えば,件の「パリ風景」には,ベンヤミンをして「19世紀の首都」といわしめた,大都市パリがその過密さゆえに生じるさまざまなほころびを描き出している。乞食,老爺,老婆,盲人,賭博といったタイトル。売春婦,酒,死,憂鬱,などなど。
その詩線は決して世界を美化しようとする理想的なものではなく,現実を見据えるものである。そんな,社会に向けられた批判的な視線がゆえに,私はこの詩篇を面白いと感じたのであろう。

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