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ピエール・リヴィエールの犯罪

ミシェル・フーコー編,岸田 秀・久米 博訳 1975. 『ピエール・リヴィエールの犯罪――狂気と理性』河出書房新社,291p.,1800円.

本書は以前の日記でも紹介したように,フランスのドキュメンタリー映画『かつて,ノルマンディーで』に登場する30年前の映画『私ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した』のもとになった作品。編集といっても,フーコー自身の文章は7ページの「まえがき」と,「物語られる殺人」という10ページにすぎない。そもそも,本書は当時の訴訟記録,新聞記事,被告自身による手記,法医学的鑑定書などが半分を占める。そして,後半がフーコーの文章を含めた現代のさまざまな立場の人による評論文,そんな構成になっている。
さて,この犯罪。1835年に当時20歳だったピエール・リヴィエールが,妊娠中の母親,18歳の妹,そして8歳の弟を殺害したというもの。本人は事件後,1ヶ月ほど近くを放浪生活して,ようやく逮捕される。裁判における地域住民の証言によると,ピエールは以前からその素行により住民たちには狂人と見做されていたことが分かります。今回の犯罪に関してもそのことが原因だろうと。ちょうどこの時代に法医学が確立しつつあり,精神科医によって,犯罪者の精神状態が診察され,その結果によっては犯罪の責任を問えない,というあれですね。しかし,ピエールは鑑別所で自らの生い立ちと,殺人に至る経緯,そして殺害後の行動についての詳細な手記を作成します。そもそも読み書きすら十分に学んでいないただの農夫がです。ここがこの事件の特殊性です。
今日,子どもが親を殺すことは現代的な病だなんていわれるけど,19世紀ではこの種の犯罪は珍しいものではなかったようです。よって,この犯罪が現在でも関心を引く点は,犯罪者自身によるこの手記の存在である。しかし,本人によればこの手記はそもそもは殺人実行前に書かれる予定であったし,実行後はそんなことは忘れてしまったかのように放浪し,予審が始まった拘留中に書き出す。しかし,この手記もその後の裁判で,雑誌で,新聞で正当には扱われなかったようである。もちろん,本人は死刑を望んでいたわけだが,この理性に満ちた手記はむしろ,被告を極刑にするの有利な資料だったのに,そうはならない。原告や陪審員たちは結局,どんな刑を望んだのだろうか。結局,裁判では死刑が決定するのだが,その後陪審員たちの働きかけによって,国王への嘆願で恩赦が下り,終身刑に減刑になる。しかし,最終的にピエールは独房で首を吊って自殺してしまうのだ。
まあ,ともかく現代的な感覚では意味不明なことが多いこの犯罪ではありますが,資料の提示から時代的な背景の分析など,非常に丁寧に編集された本で,とても読みやすくて面白かったです。
ちなみに,この本を読み終えようという時に『接吻』という映画を観ました。

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