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フロイト著作集6

フロイト, S.著,井村恒郎・小此木啓吾他訳 1970. 『フロイト著作集6 自我論・不安本能論』人文書院,460p.

私が人文書院の『フロイト著作集』を読み出したのは何年前だろうか。この著作集がどのように編集されているのかも分からず(未だにわかりませんが),とりあえず1巻から読んだほうがいいだろうと,読み始めた。といっても,急いでいるわけでもなく,古書店でせいぜい2000円くらいで売っていたら買って,気が向いたら読み始めて,次の巻を古書店で買う,といった感じで,もう10年くらい経っているのではないでしょうか。
しかし,3巻まで読んで,今回は飛ばして6巻。正直いって,読むには読んでいるけど理解度はイマイチってところ。第1巻が『精神分析入門(正・続)』だから読みやすいかというと必ずしもそうではない。第2巻が有名な『夢判断』だが,もちろん難しい。でも,記述が濃くて頭を使うという感じではなく,なんか散漫で集中できないんだよね。第3巻が『文化・芸術論』。けっこう有名な「トーテムとタブー」とか,最近注目されている「無気味なもの」とか収録されていますが,ちゃんと印象に残っているのはあまりないんだよな。
ということで,あまり関係ありませんが,1巻から読むという方針はやめにして,なんとなく読むべきだと思うものを買って読むことにした。小此木氏の解説によれば,「本巻は,S・フロイトの精神分析の基礎理論に関する諸論文を,発表年代順に編集したものであり,その意味でおそらく,本著作集の中で,もっとも専門的な諸論文からなる一巻であろう。」という。そのせいだとは思わないが,今回はそれなりに面白く読むことができた。ともかく,フロイト理論として知られる用語がいっぱい出てくるのだ。それらはもちろん,『精神分析入門』にも出てきたとは思うのだが。リビドー,エス,超自我,抑圧,エディプス・コンプレックス,無意識などなど。といっても,それによって理解がすすむわけではない。なにやら余計こんがらがってくるのだ。そもそも,フロイトの執筆人生とはどんなんだったんだろう。私がわずか著作集の4冊読んだだけでは,フロイト学説の進展過程などは全く分からない。特に本巻はどの論文を読んでも,他の論文を参照しているのだ。語彙の定義とか症例への参照など,時間の軸がごっちゃになって円環を描いているような。まあ,だからこそフロイト研究に一生を費やすような人が何人もいるわけだ。
ちなみに,本書ではじめて知ったのは,フロイト流の同性愛の理由付けだ。もちろん,それはエディプス・コンプレックスの理論の延長線上にあり,父親殺しとか去勢の恐怖とかそんな論理だ(該当箇所を探せないんです)。まあ,要するに同性愛も異性愛も,先天的なものではないという主張は重要だと思う。それから,もう一つ気になったのは,サディズムとマゾヒズムについて。私はサドもマゾッホもろくに読んだことない人がSだのMだのいって喜んでいる人の気が知れないと思っている。しかし,まさにフロイトはそのノリでサディズムだのマゾヒズムだの書いているのだ。ひょっとしたら,単純化されたSM論の起源はフロイトなのか?

それにしても,私が意を決してこの著作集を読み始めたのに,岩波書店が改めて「フロイト全集」を手がけたってのはどういうこと?しかも,こんな時代に。ちなみに,岩波版はさすがに全集というだけあって,年代順に書かれた作品を全て収録するようですね。そして,人文書院のは関連する文章を1巻ごとにまとめているようですが,どんな基準で巻の順番が決められ,収録されている文章とされていないものとの違いはなんなのか。

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