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恋の形而上学

マルシーリオ・フィチーノ著,左近司祥子訳 1985. 『恋の形而上学――フィレンツェの人マルシーリオ・フィチーノによるプラトーン『饗宴』注釈』国文社,336p.,3500円.

フィチーノは1433年,イタリアはフィレンツェの生まれ。本書は1469年にラテン語に書かれたとされています。本書の前にギリシャ語のプラトンの著作を翻訳した人物で,ネオ・プラトニズムの代表的人物。ルネサンスは私が中学校くらいで習った時には「文芸復興」と教わったが,最近はこういう日本語表記はしないそうだ。そんな中学校の世界史ではレオナルド・ダ・ヴィンチくらいしか習わず,「文芸」っていうくらいで,ルネサンスは芸術運動だと思わされている。しかし,もちろん科学や哲学が一新して近代期へと突入する時代。
もちろん,「復興」という日本語は間違いではなく,古代ギリシア時代のさまざまなものが再評価され,それが新しい思想へと展開していく。フィチーノによるプラトンの見直しとその後のネオ・プラトニズム,そしてオカルト宗教などへの関心は重要な通過点である。中世において凝り固まったアリストテレス哲学と厳格なキリスト教への信仰,それらを解きほぐす役割を持っていると思う。
さて,副題にもあるように,本書は以前このblogでも紹介した,プラトン『饗宴』への注釈である。そこにも書いたが,この対話篇は愛の神エロースについての議論であり,映画『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』の元ネタにもなっている。なので,それを踏まえたこのフィチーノによる議論は,原著のタイトルとは全く関係ない邦訳タイトル「恋の形而上学」なのである。序文を書いた斎藤忍随氏の言葉通り,この訳文は「スラスラとして実に読みやすく,流麗と言っても言いすぎではないほどの出来映である」。もちろん,私はラテン語など全く持って分かりませんから,例えまずい翻訳であろうが,文句をいう権利などないのだが,どう考えたって500年以上前に別の言語で書かれたものを現代の日本語に翻訳したものがそう簡単に読みやすくなるはずがない。
といっても,プラトンの時代からすれば,フィチーノの時代もやっぱり500年以上経っているのだから面白い。本書ははやり「注釈」というだけあって,『饗宴』を当時において分かりやすく解説したものだといえるのだろう。といっても,扱っている対象は「恋」といっても,今日的な意味で,しかも日本語で「恋」と表現したものとamorが一致するはずもない。いくらスラスラ読めるからといって,その内容を分かりやすく私が解説できるわけでもない。逆にすらすら読めるからこそ,内容が頭に残らなかったのかもしれない。
まあ,ともかくやはりそれなりに15世紀っぽくはあり,物質の話や天体の話などを交えて面白かったのは確かです。

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はじめまして大絶画と申します。
復刊ドットコムにフィチーノ著『恋の形而上学』をリクエストしました。ブログをご覧のみなさんの投票次第で復刊される可能性があります。
投票ページへはURLからアクセス可能です。投票にご協力をお願いします。
なおこのコメントが不適切と判断されたら削除していただいてかまいません。

投稿: 大絶画 | 2011年11月 2日 (水) 12時04分

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