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マルコ・ポーロと世界の発見

ジョン・ラーナー著,野﨑嘉信・立崎秀和訳 2008. 『マルコ・ポーロと世界の発見』法政大学出版局,325+67p,4700円.

先日,『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』という本を紹介した。これは基本的にマルコ・ポーロの名を伴った『東方見聞録』がいかに矛盾に満ちているか,という点から,まさにマルコ・ポーロの存在自体を疑ってかかるものだった。読みながら,私も素直に説得されたのだった。
しかし,ジョン・マンデヴィル『東方旅行記』のような,読んでいていかにもインチキ臭いフィクションならまだしも,『東方見聞録』の大半は読んでも面白くない平板な地理的記述である。それが精確かどうかはよく分からないけど,少なくとも,そこに書かれていることが出鱈目だとしても,そのことで著者が得したりすることはまったくないのだ。
そんな観点から,改めて『東方見聞録』について,その前後の歴史的事実も含めて,そして何よりも『東方見聞録』を一種の地理書として読もうとするのが本書だ。『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』の著者ウッドは中国の歴史を専門とする英国人だが,本書の著者ラーナーはイタリアを中心とした中世史を専門とする英国人。ウッドは基本的に中国人の立場に立って,17年も暮らしていたはずの中国についてマルコはほとんど知らないのはおかしい,という立場で,外国人として中国を訪れたマルコ,という前提に立つ。しかし,ラーナーの方は,マルコが中国に滞在したのは本人が17歳からの17年間であり,しかもヨーロッパに戻ったのはもっと後のことだった,という事実を重視している。つまり,マルコ・ポーロは自己の確立したヨーロッパ人として中国を訪問したのではなく,まさにこの東方への旅の途中に自己を確立したといっても良い。だから,成人したヨーロッパ人ならば驚きそうな異文化との接触はマルコには当てはまらない。むしろ,帰国当時はろくに生まれた土地の言葉すらしゃべれなかったというのだ。まあ,そんな感じで,本書の著者は基本的にマルコ・ポーロの東方旅行は事実に即していると考えている。もちろん,印刷技術の発明される前の時代のことなので,おかしなことは一杯あるのは当たり前。この辺りの事情についても,ウッド以上に,残されたさまざまな時代の写本を検討することで,それでも推測にすぎないが,いくつもの可能性を提示している。
また,ウッドの本は基本的に多くの人は盲目的にマルコの中国滞在を信じている,という前提に立っているが,ラーナーの研究は『東方見聞録』をめぐってヨーロッパの人たちがそれをどう評価し,扱ってきたのかの歴史を丁寧に辿っているのだ。早い時代から「ほらふきポーロ」という呼称は定着し,『東方見聞録』の記述内容の真偽は議論されていたという。この書の記述を真面目に取っていたのは地理学者くらいだというラーナーの主張には笑ってしまう。しかも,多くの地図製作者はマルコが残した記述を無視しているのだ。そして,マルコの証言を聞き書きしたというルスティケッロという人物についても,彼の他の著書の文体との比較など,研究には抜け目ない。
つまり,結論としては,マルコ・ポーロという人物が本当に中国に行ったのかどうかと目くじら立てて疑ってかかる必要は全くなく,そもそも『東方見聞録』とはマルコ・ポーロ個人が全責任を負って書いたものでもなんでもなく,長い歴史の産物であり,それと同時にやはり歴史のなかで多くの人に影響を与えたものでもある。

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