« 夏の終わりに鰻を食べる | トップページ | 楽器のアコーディオンとは綴りが違います »

マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか

フランシス・ウッド著,栗野真紀子訳 1997. 『マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか』草思社,222p.,1800円.

化粧品のPOLAは「ポーラ文化研究所」という部門を持っていて,どうやら年に2冊,2002年9月の88号まで,『is』という雑誌を発行していた。これがけっこう面白く,私は古書店で数冊買い集めている。そのなかの1冊,1998年の80号は「空想旅行」という特集を組み,そのなかで四方田犬彦が「マルコ・ポーロを讃えて」という文章を書いている。その冒頭に取り上げられたのが本書である。
私はこれからの後期の講義で,グローバル化に絡ませて,歴代の旅行記,空想旅行記,ユートピア物語などを取り上げるつもり。もちろん,ヨーロッパの人々が世界に大きく目を向け始めたきっかけとしてまずコロンブスの『航海誌』を挙げるが,その前に忘れてはならないのが,マルコ・ポーロの『東方見聞録』だ。なぜか,わたしたちはマルコ・ポーロのことを知っている。ヴェネツィアの商人として東方を訪れ,中国にまで達し,当時中国を支配していたモンゴルの王,フビライ・ハーンに使えて17年も滞在し,帰国したのち,牢獄に閉じ込められ,そこで囚人仲間に話し聞かせて記録されたという,東方の旅行記。
しかし,本書の著者も冒頭に語っているように,実際に『東方見聞録』を読んでいる現代人は少ない。私もつい先日読んだばかりで,このblogでも紹介している。そこにも書いたように,『東方見聞録』は旅行記というにはあまりに記述が平板でまったくもってつまらない。なのに,なぜこの書の存在(内容ではなく)は現代まで語り継がれているのだろうか。そんな素朴な疑問から発し,本書のタイトル通り,マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか,という批判的な観点から,歴史を紐解くというもの。といっても,本書が初めて,われわれがマルコ・ポーロについて素直に信じていること,それは「マルコ・ポーロの神話」といってもいいかもしれないが,それに疑義を申し立てたものではない。真面目な歴史研究のなかでは,この『東方見聞録』と当時の歴史について論じている中国やモンゴルの研究との矛盾や,『東方見聞録』自体のテクスト内の矛盾などは既に指摘されている。そうしたものを1冊に纏め上げて,それを一般の読者に提供しようとする目的を有するものである。
著者は中国を専門とする歴史家であるが,研究者というよりも大英図書館の主事ということで,やはり本書も読み物的性格が大きく,その読みやすさは私にはいまひとつ物足りなかったりする。結論として,著者はマルコ・ポーロは実在する人物であり,確かに東方への旅をしたようであるが,「黒海とコンスタンティノープル以東へは行っておらず」,『東方見聞録』とは,彼が見聞きしたもののほかに,当時のアラビア語などの本を流用し,牢獄で聴き書きしたルスティケロの創作なども混じり,さらにはその発見されない初稿から時を経るにつれて,写本の段階でさまざまに解釈され,書き加えられ作り上げられたものであるという。しかし,これは「実は『東方見聞録』とはこうだった!」というような暴露本とは違う。それでもなお,『東方見聞録』は歴史上,非常に大きな意義を持っているし,またこうした形成過程はむしろ,歴史的状況としては非難されるべきものではなく(当然,著作権なんてものはない,印刷技術が発明される以前のヨーロッパの話だ),自然なものだったのかもしれない。
ちなみに,『東方見聞録』における不自然な欠如というのは,中国文化として記述すべきものとしての,茶,纏足,中国語,万里の長城,印刷術などなど。それにそもそも,日本語に翻訳された『東方見聞録』をアジアに住む私が読んでもまったくそれが中国について書かれているものだとは思えないのだ。地名はほとんど他の言語に翻訳されれたものだし,本文の大半は個人の視点から書かれた旅行記ではなく(旅でであった他文化との衝撃的出会いや感動などはかけらもない),無味乾燥な地誌的記述だといえる。
そんな本書は,発行前から話題になり,多くの反響を呼んだらしい。世界中には素朴にマルコ・ポーロが中国に長い間滞在し(しかも,17歳から34歳までですよ!),「黄金の国ジパング」をヨーロッパに知らしめた人物であると英雄視している人が多いらしい。日本ではどうなのだろうか。

|

« 夏の終わりに鰻を食べる | トップページ | 楽器のアコーディオンとは綴りが違います »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/218863/42418559

この記事へのトラックバック一覧です: マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか:

« 夏の終わりに鰻を食べる | トップページ | 楽器のアコーディオンとは綴りが違います »