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ユートピアだより

ウィリアム・モリス著,松村達雄訳 1968. 『ユートピアだより』岩波書店,392p.,903円.

今、ちょうど「アーツ&クラフト展」開催中で、モリスの作品も展示されていると思うが、19世紀末の英国で活躍した彼は芸術家であると同時に社会主義革命家でもあった。詩や散文といった文学作品も残しているモリス。芸術と科学を分け隔てなく考えた18世紀ドイツのゲーテのように、モリスによる本作は、政治と芸術が、生活者の視点から論じられる。
ちなみに、原題は「news from nowhere」で、トマス・モアの16世紀初頭の作品『ユートピア』とは直接的関係はない。ユートピアとは「どこにもない幸せな場所」といった意味のモアによる造語だが、その後の理想郷を描いたフィクションは「ユートピア文学」と呼ばれ、モリスの本作もその系譜に入れられる。しかし、モアの作品の中ではユートパス王が建国した法律・制度の整った都市国家「ユートピア」は固有名詞でもある一方で、モリスの作品には「ユートピア」の語は全く登場しない。あくまでも、翻訳者が一般名詞としてタイトルにのみ用いたにすぎない。
私は本作を随分前に読んだが、今回、2008年度の東京経済大学「人文地理学」の講義でユートピア旅行記の歴史を取り上げ、最終レポートの課題として、講義では追いつかなかった19世紀末の重要な作品として、『ユートピアだより』を受講者に読んでもらったのだ。そこで久し振りに読み直したという次第。
本作はいわば主人公の夢だ。夢というのは夜中の睡眠中に見るそれであると同時に、そうあってほしいと願うものでもある。ある冬の夜に床に就いた主人公は、目が覚めると初夏の陽気で、見覚えのある土地がどこか違って見える。どうやら、そこは21世紀初頭のロンドンだった、という設定。そこには貨幣もなければ政府もない。人々は活き活きとしていて、ストレスレスな生活で見た目も数十歳若く見える。作者を投影した主人公は19世紀末の現実世界で社会主義運動をしていたが、その自分が理想としていた形が実現している世界に入り込んだ彼は、どうやって百数十年の間に革命が達成されたのかを知るべく、その世界の老人と会話をする。単なる夢物語ではなく、この現実的とは思われない世界がいかに出来上がったかを詳細に記述するあたりはなかなか難しいが、とても丁寧に論理的に書かれている。貨幣や政府、教育もない社会というから、これは決して社会主義国ではない。秩序だった無政府状態という理想の社会だ。

この作品を読んでもらった学生の反応はかなり画一的だ。数人は素直にこの理想社会から何かを学ぼうとするが、多くの学生は、それを夢物語と拒絶している。例えば、犯罪者に刑罰を与える法律なるものがこの社会にはないが、それではまさに無秩序になってしまうという。モリスが法律なしにも秩序が保たれると考える根拠は人間の諍いのほとんど全ては貨幣を含む所有欲にあるというところから、物的所有を撤廃することでそれは解消されるというもの。それに対して、学生たちの根拠には「欲望」という人間の本性がそうはさせないというものだ。人間の悪が避けられないものであるかどうかは、それがあると絶対的に信じる人の心にあるのではないだろうか。そう思って、レポートを読みながらとても寂しい気分になった。まだ20歳そこそこの若者たちがこれほど保守的であると(といっても、受講者の多くが経済学部か経営学部なので、いわば本作はかれらの目標を否定しているようなものだからだが)、未来に希望が抱けないような気もする。前期のレポートでも国家は必要か否かという問いかけをしたが、多くの学生は国がないと秩序が保たれないと言い張った。もっと自由な発想でさまざまな意見を出して欲しかったのに、それがかれらには一番難しいらしい。例えば、身近なところから、携帯電話やテレビのない生活が成り立つかどうかというところから考えてみて欲しい。数十年前の人間はそんなものなしに生きていたのだ。貨幣、国家、犯罪。これらはすべてもちろん古代から存在する。しかし、私たちのその存在に関して持っている知識はすべて近代以降のものだ。つまり、近代資本主義に基づく貨幣価値、近代国民国家、犯罪を取り締まる近代法制度。それらが成立する以前の時代にはそれとは違った、人々の対処の仕方があったはずだ。つまり、近代的な貨幣、国家、犯罪がない社会を想像することは、歴史をさかのぼれば難しいことではない。もちろん、近代という時代が全ての次元においてその前の時代よりも良い制度を生み出して、人間が進化していると考えるのであれば、もちろん歴史をさかのぼることは無意味だが。ともかく、かれらは日常生活において当たり前だと思っている存在がなくなることについて、それを根本的に想像することができないらしい。途方に暮れるように、「なくなると困る」の一点張りだ。

しかし、私にも本作品に対する疑問が一つある。すでに大英帝国による植民地支配が拡大し、その植民地を用いた広域貿易によって資本を蓄積してきた時代にあって、モリスがグローバル化についてどう考えていたかは気になるところだ。物語のなかで、実際には100年以上前の過去のロンドンからやってきた主人公は、「異国から来た人」ということになっている。この社会主義革命によって、グローバル化の波も絶たれたのだろうか。その「異国」がどこかも聞こうとしないし、英国で100年前になされていたような生活様式を保持している国があるのかないのか、その辺りについても詳細さを欠いている。もちろん、21世紀の英国は生活様式が中世的なものに逆戻りしているように、自給自足で、他国に物資を依存するような空間的分業は不要になったのだろうか。それとも、他の国とは経済的にも政治的にも一線を画した英国は鎖国状態に入ったのだろうか。それとも、じわじわと速度を増していたグローバル化の段階を意識的にこの作品に反映することはできなかったのだろうか。

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