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2009年5月

2009年6月のライヴ予定

6月3日(水)
日暮里bar porto 古賀夕紀子
6月5日(金)
地下鉄銀座駅 leyona(フリー)
6月6日(土)
代々木公園 竹仲絵里(フリー)
淡路町ルシェーヌ 山田タマル(予約済み)
6月7日(日)
代官山LOOP ジルデコイアソシエーション/fonogenico/Dolis(チケット購入済み)
6月9日(火)
池袋鈴ん小屋 コーコーヤ(予約済み)
6月14日(日)
代官山LOOP 一十三十一/Rie fu(チケット購入済み)
6月19日(金)
渋谷AX leyona(チケット購入済み)
6月22日(月)
吉祥寺strings yuki
6月25日(木)
吉祥寺strings Asa festoon
6月27日(土)
池袋鈴ん小屋 辻 香織(予約済み)
6月28日(日)
タワーレコード新宿店 矢野まき(フリー)
恵比寿カチャトラ 永山マキ
6月30日(火)
渋谷クラブ・クワトロ emi meyer(チケット購入済み)

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勉強会始めました

5月22日(金)

この日は映画を2本観た後の予定を書き忘れました。有楽町から神田に移動。そこで地理学者の杉山和明君と二村太郎君と待ち合わせます。駅近くのサンマルクカフェの2階に陣取り、勉強会の開始。以前からこの面子ではなにか東京にいる地理学者を集めて研究会をしたいといっていたが、結局3人でひっそりと第1回目を開催しました。
この日は杉山君が選んだProgress in Human Geography誌に掲載された論文にそれぞれ目を通し、杉山君が簡単なレジュメを用意して、紹介というよりも3人で意見交換、議論をしながら対等な立場で理解を深めるというスタイル。1時間の予定が1時間半を越えて終了。場所を居酒屋に移して今度はざっくばらんな呑み会。私は翌日も朝から講義なので23時前に失礼しましたが、彼らはその後もハシゴして、結局杉山君は朝帰りだったとのこと。

5月23日(土)

講義を終えて新宿へ。新宿駅地下のドイツビール&コーヒーのお店「ベルグ」でランチ。このお店はルミネの店舗配置計画のなかで撤退を求められているが、お客さんなどの強い要望で現在でも営業を続けている。駅地下だけどタバコは吸えるし、昼間からビールは飲んでいるしで、なかなか味のある空間で、もちろんビールやコーヒー、パンも美味しいので私もよく利用するが、席は満席のことが多く、さらに立ち飲みの人までいる盛況ぶり。

新宿無印良品 コーコーヤ
そして、映画館ピカデリーの新しいビルの1階から地下にかけて入った無印良品へ。なんと、この日はこの地下の一角でコーコーヤのライヴがあるというので、応募して行ってきた。この企画はOTTAVAというTBSのインターネットラジオ局によるもの。ライヴ会場になったスペースは、無印良品の家具で揃えられたリビングルームになっている。OTTAVAはクラシック専門チャンネルとのことだが、パーソナリティの1人であるゲレン大嶋の番組でよくコーコーヤをかけているそうだ。そこで、この企画の1回目のゲストとしてコーコーヤが呼ばれた。
12時と14:30の2回、入れ替え制ということで、私は12時の回に参加。会場に入る前にいきなり黒川紗恵子さんと会う。地下ではあるが、いつもは薄暗いプラッサオンゼやstringsで会うときとは違ってちょっと新鮮。受付で(なんと受付番号は1番!)ペットボトルに陶器の廃材を入れた即席シェイカーを持たされて入場。前方の1人用ソファに座ります。綿やウレタンではなく、細かい粒状のものが入っているやつで、座っている間にズボズボとお尻が沈んでいきます。これがなんとも心地よい。早速、朝の講義で受け取ったばかりのレポートを採点しながら待ちます。冒頭にゲレン大嶋さんが登場し、趣旨説明。そして、コーコーヤの3人が登場です。
さすがに、先日のプラッサオンゼのセットリストを縮小したような演奏でしたが、ほとんど違うお客さんのなかで、雰囲気も違いましたね。ガラス張りで閉ざされた空間は、お客さんが入るとまた音響が違うのか、けっこうハウったりして、落ち着きませんでしたが、後半はようやくいい感じに。音響の面では14:30の方がよかったかもしれませんね。でも、紗恵子さんの話では、MCは12時の回の方が緊張感があったとのこと。1時間弱のステージでした。
13時前に終わり、予定していた映画は14:30からだったけど、バルト9は何度も9階まで上って「満席」ってことがよくある。しかも、観る予定の作品は公開初日ってことで、危機感を募らせていったが、意外に余裕だった。1時間以上時間があるので、新宿西口のカフェをチェック。前日に行った勉強会ですが、次回は私の担当で、場所を新宿にするということで、3人が1時間以上居座れるようなお店を物色。でも、結局バルト9のビルの地下に入っているカフェヴェローチェで時間をつぶしながらレポートの採点。そういえば、新しくなった丸井にも行きましたが、なんと男性ものは何もなし。屋上に庭園ができているということでいってみたが、これも非常にしょぼい。私にはほとんど魅力のない建物でした。

新宿バルト9 『消されたヘッドライン
ラッセル・クロウとベン・アフレックが共演する政治サスペンスもの。大学の同級生の2人、ラッセル演じるのは新聞記者。ベンが演じるのは国会議員で、武器を米軍と取引している企業の審問委員長。この審問委員会のメンバーで,ベン演じる男の愛人でもあった女性が殺されることから,この映画の物語ははじまります。一方で,ラッセル演じる新聞記者が追うのはちょっとした窃盗をして持ち主に買い取らせるという悪事を繰り返していた黒人少年の殺害。まあ,この2つの事件が徐々に結びついて国家がらみの問題を暴いていくというストーリー。ラッセルに見出される新人女性記者を演じるレイチェル・マクアダムスが魅力的。『君に読む物語』の時よりもどんどん素敵な女性になっています。そして,編集長役のヘレン・ミレンはさすがに貫禄があります。最後の最後まではなかなか良い感じで緻密に物語が紡がれていったのに,最後のどんでん返しが非常に残念だった。まあ,一件落着と思ったラストからの展開ってのは観る者にとっては,ライヴのアンコールのような嬉しさがあるけど,あの結末はこれまで丁寧に築き上げてきたものが台無しになるような気がする。少なくとも私にはもう一度因果関係を結びつけることはできなかった。あれは果たして筋の通った結末だったのだろうか。

下北沢440
さて,久し振りに440でのライヴ。以前まであった電話予約というのがなくなり,プレイガイドでのチケット購入に代わってしまった。まあ,この日のようなイヴェントではプレイガイドでわざわざ買うような人は少なかったようで,整理番号は2番。でも最終的にはお客さんはいい感じの入りでしたが,みなさん当日だったのだろうか,それともアーティスト予約だったのだろうか。ともかくこの日はスチョリさんという,関西を拠点に活動するピアノ弾き語りのシンガーソングライターのイヴェント。以前,安宅さんとううじんさんが,ここ440で合同のレコ発ライヴを行なったが,その関西ツアーでスチョリさんがお客さんで来て,この日の企画を立てたそうだ。
はじめのステージは安宅浩司さんとううじんさんを一緒にしたもので,もう一人アンドウケンジロウさんが加わる。安宅さんはペダルスティールとエレキギター,ううじんさんはアコースティックギター,アンドウさんはテナーサックスもステージ上においてあったけど,結局一度も使わずクラリネットだけ。1人,2人,3人のさまざまな編成で,主導権を誰も取らないゆる~い感じで出たり入ったり,さすがの3人。会場もいい感じで盛り上がっています。
スチョリ:ちょっとした休憩をおいて一人で登場したスチョリ。結構ジャズをベースにしながらも面白い感じの楽曲を,低めのしっかりした声量で歌い上げます。途中では安宅さんとアンドウさんも加わってテンポの良い曲もありました。なかなかいい感じのシンガーソングライターです。もちろん,最後の方にはううじんさんも加わって,アンコールは3人1曲ずつのたっぷりアンコール。やっぱり,仲良し同士のイヴェントってほっこりしていい感じです。

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場所の運命

エドワード・ケーシー著,江川隆男・堂囿俊彦・大﨑晴美・宮川弘美・井原健一郎訳 2008. 『場所の運命――哲学における隠された歴史』新曜社,619p.,7245円.

原著が出版されたのは1996年だが,紀伊国屋書店でもその年に店頭に並んでいたと思う。場所の研究をしていた私は「fate of place」と名づけられた本書を無視するわけにもいかずとりあえず,ハードカバーのものを8550円で購入した。購入して満足しているわけにもいかず,結局1998年度に提出した英文の博士論文では本書は引用していないが,博士論文の作成と並行して読んでいたと思う。本にメモしたものによると,1997年6月8日に読み始め,1998年の4月8日に読み終えている。なんと,10ヶ月だ。原著も488ページに及ぶ大著であり,それだけ重いし,当時は辞書なしに英文は読めなかったので,自宅にいる時間だけ遅々として読んでいた。そしてもちろんそんな長い時間をかけて読んだものをしっかり覚えているはずもないが,読みながら下線を引いた箇所だけを見直すことによって,かろうじて『地理学評論』に書評を掲載したのが1999年の3月。とりあえず,本書を日本の地理学に紹介するには私しかいないと義務的に載せたが,中身はお粗末なものだった。
それから10年ほど経って,本書の日本語訳が書店に並んだ時にはかなり驚いた。それと同時に,それを不満足ながら書評として残した自分を誇りに思った。といいながらも,本書は場所について考え続けている私には教科書や索引にもなるべき包括的な本であり,いつもその存在は頭にあった。書評を書いた後に,プラトンの『ティマイオス』やアリストテレスの『自然学』を読み,デリダやクリステヴァ,イリガライのコーラ論やトポス論などを読み進めてきた。そんななかで本書を原文で一通り読み直すのは酷な作業だが,日本語になっていればこれ以上ありがたいことはない。ということで,再び本書に描かれた場所概念の西洋史を時代とともにたどってきたわけだが,これまた長い旅だった。もちろん,日本語訳は2段組で本文450ページ,注だけでも163ページあるのだ。いつから読み始めたかは明確に記憶・記録していないが,どうやら引越しの後であることは確かなようだ。それでも,恐らく3ヶ月弱はかかったのではないだろうか。でも,それだけの価値のある本である。
目次と前半部については書評で書いたので,そちらを参照してもらいたい。本書を改めて読んで,やはり基本的な哲学書を読む必要性を痛感する。なんといっても,まずはカント。まあ,カントの『純粋理性批判』における空間は本書を読まずともよく知られたところだが,意外なところがジョン・ロック『人間知性論』。20世紀に入っても,メルロ=ポンティの身体論を空間論として読むのは必要だとしても,ホワイトヘッドの『過程と実在』や『科学と近代世界』は必読なようだ。本書で意外に面白いのがハイデガーに対して大幅に割かれた部分。他の著書の作品はけっこう淡々と解説,解釈されるのだが,ハイデガーに関してはけっこう感情的に,そして批判的な書き方が面白い。著者の哲学研究の出発点がハイデガーにあるのだろうか。より最近なところでは,先ほどもデリダ,クリステヴァ,イリガライと名前を挙げたが,やはりドゥルーズ・ガタリの『千のプラトー』などは避けられないらしい。本書以上に分厚いあの作品に手を出すのは怖いから,とりあえず買ってある『リゾーム』でも読んでみるか。そして,本書におけるイリガライへの強調もなかなか興味深い。
著者は本書の前に『Getting back into place』(1993)を書き,本書以降にも,『Representing place』(2002),『Earth-mapping』(2005),『The world at a glance』(2007)と,私が論文を書くペースよりもはやく著書を発表しているという。もうすっかり,ひと段落してしまった地理学における場所研究と景観研究はすっかり一人の哲学者に包括的に総括されそうだが,そして同時に私という一人の日本の地理学者がケーシーの後付的研究をしなければならないと思う。
結局,今回の紹介文もまったくその中身については説明しなかった。でも,本書はやっぱり苦労して読むべきであって,読まない人に表面的な理解を提供するものではないと思う。本書のストーリーは比較的分かりやすいものであるが,それを読者の誰かが要約しても,本書の魅力を伝えることにはならない。本書を書き上げた著者の努力と,また12年経って翻訳した訳者たちの苦労を,せいぜいこの600ページを読むという苦労なしに経験するというのは意味のない行為だと思う。ただし,訳語についても素朴な疑問を2つ。1つ目はmodernをなぜか「近世」と訳すセンス。そして,regionを「地域」ではなく,見慣れない「方域」と訳しているのは,哲学の慣習であろうか。

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暗い映画たち

5月22日(金)

講義後、大学の近くにある名画座映画館に行った。1年前くらいに上映された作品が1500円で2本観られるということで、客席は最前列も含めてかなり埋まっています。ちなみに、年会員になると、1万いくらで観放題。

飯田橋ギンレイホール 『その土曜日,7時58分
この日観たのは、昨年見逃してしまったもので、フィリップ・シーモア・ホフマンとイーサン・ホークが兄弟を演じる作品。フィリップ演じる兄はお金はそこそこあるが、夫婦仲がうまくいかず、ときおり麻薬に頼る生活。ブラジルに移り住んでなんとか心機一転を図ろうとしている。イーサン演じる弟は離婚した元妻に子どもの養育費と家賃をせがまれて金に困っている。兄が宝石店強盗を思いつき、弟がそれを実行する。なんと、そのお店は両親が営む小さな店。かつて2人ともバイトをしていて勝手知ったお店。土曜日の午前中はバイトのおばさんに店番をお願いしているということで、土曜日の開店時に襲うことにする。しかし、弟の行きつけのバーの店員に実行犯をお願いしたこと。たまたまその日はバイトのおばさんが午前中用事があって、ここ数年は店に立つこともなかった母親が午前中お店にいたこと。いろんな偶然が重なって、強盗は失敗し、なんと母親が銃で撃たれ、意識不明になる。だが、母親は店に隠し持っていた銃で犯人を射殺する。
まあ、そんな感じで泥沼の2人。ジョシュ・ハートネットが2枚目俳優だというのなら、イーサン・ホークも2枚目だと思うが、こういう落ちぶれた駄目人間をやらせるとけっこううまいんだよね。父親役アルバート・フィニーの演技が素晴らしい。また、兄の妻役マリサ・トメイは1964年生まれの44歳ということだが、素晴らしい裸体を披露している。まあ、演技を見るにはいい作品だが、こういう出口のないストーリーのアメリカ映画はやっぱりあまり好きではない。

銀座シネスイッチ 『ベルサイユの子
こちらも暗い映画だな。主演のギョーム・ドパルデューはこの作品の後、37歳で急逝してしまった。しかも、私は知らなかったがバイク事故の後遺症で、右足を切断していたらしい。確かに、本作でも右足を引きずっていたが、浮浪者の役なのでまったく違和感はない。さて、この映画は冒頭で幼い男の子を連れた若い女性が登場する。無職の彼女は街を徘徊し、毎晩の寝る場所を求めて彷徨う。とある夜に、福祉団体の人に一夜の宿を世話してもらう。仕事を世話する施設などがあるその地区はベルサイユ宮殿の近く。しかし、やはりパリの戻ろうと敷地内を通って駅へ向かう途中、子どもが森に迷い込んでしまう。そして、たどり着いたのがギョーム演じる男の住む小屋。母親は何を思ったのか、この男と一晩肌を重ねた後、子どもを置いたままその場を立ち去ってしまう。そこから奇妙な2人暮らしが始まる。ここベルサイユの森では、かつての代々木公園(今はどうなのでしょう?)のように、浮浪者たちの生活の場がある。いろんな事情を抱えた人たちが集まり、助け合って仲良く暮らしている。この子ども、エンゾはすっかりその生活が気に入ってしまうが、男の家が燃えてしまったり、新しい家を作ったと思ったら体を壊してしまったり。やはり安定した生活には程遠い。まあ、そんな感じのドキュメンタリータッチの作品。個人個人の事情を詳細に説明したり、余計な台詞や音楽もほとんどない。しかし、どこか美的な雰囲気を醸し出すのはフランス映画のなせる業だろうか。

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平日ライヴ,映画

5月20日(水)

横浜motion blue 松下美千代トリオ
ついに今年CDを発売したピアニスト松下美千代さん率いるトリオがmotion blue初登場です。しかも、チャージフリーということで、その日たまたまお休みだった恋人と待ち合わせて横浜まで。引っ越してなぜか横浜が遠く感じるようになりました。結局、到着したのは1曲目が始まる直前。私たちが入店する時にはステージ上で挨拶も終わって拍手が鳴っている時。ゆっとり聴ける感じにほどよくお客さんも集まっています。この前のShima & Shikou DUOの時もそうでしたが、18:30の開演時間はキッカリ守っています。
stringsなどではちょっとマイクいらないんじゃないの?と思うほどのドラマー斉藤 良氏の演奏ですが、これだけ広いといいですね(といいながら最前列。私はドラムスの目の前)。それほどトリオ演奏を頻繁に聴いているわけではないんだけど、最近はけっこう聴き慣れちゃった感があります。以前ほど刺激がありません。やはり演奏者とあまり仲良くなるのもどうかということか。まあ、ともかく美千代さんが嬉しそうに、そして楽しそうに演奏する姿を観られたので満足。しかし、2ndステージが20時からだと思っていたら、20:30で待ち時間は長いし、終わりの時間が遅くなるしでちょっと困りました。

5月21日(木)

府中TOHOシネマズ 『天使と悪魔
3年前の『ダ・ヴィンチ・コード』の続編。同じ原作、監督、主演ということのようですが、実は原作はこちらの方が先ということです。しかも、主人公が同一人物ということでの本当の意味での続編なので、前後関係は映画では入れ替えられているとのこと。トム・ハンクス演じる主人公はアメリカの大学に所属する象徴学者。まあ、この書き方はあまり正しくはないが、正直なところ彼のような研究がどこに所属すべきかは知らない。基本的には歴史学者ということになるが、ルネッサンスが対象ということで、科学史の分野に入るのか、あるいは逆に神学に入るのか、そこが微妙なところです。まあ、おそらく後者なんでしょうね。
舞台はバチカン。まあ、ここはキリスト教徒のための都市国家のようなものです。一番偉い教皇が亡くなり、その次に偉い4人の司祭のなかから1人を選出するという時に事件がおきる。ある者が4人を誘拐する。それと同時にイタリアで進められていた国際的な物理学的実験で作られた「反物質」も盗まれる(この反物質とは単純に爆発物として扱われる)。最も古いキリスト教の形式が残されているものと、最も先端的な科学技術とが同時に同一人物によって危機にさらされるという設定。その犯罪のやり方にはある形式があり、それを解くためにトム・ハンクス演じる教授が呼び出されるわけだ。しかも、ここでは『ダ・ヴィンチ・コード』での事件解決のおかげでこの教授が有名になっているということ。まあ、簡単にいうと、ヒントは科学と宗教(あるいは魔術)とが分離し、後者が前者より支配的だった時代から、前者が後者を押しのけて人々の考え方を支配していく時代への転換点、それがルネッサンスというわけだ。つまり、この事件を起こした人物は新しい科学技術の力をもって、古い宗教的な組織を破壊しようというもの。しかも、それは単なる現代的問題ではなく、かつて16世紀から17世紀にかけての時代に、地動説を訴えたガリレオ・ガリレイが投獄されたように、新しい科学的発見の多くが古い宗教的考えによって抑圧されたという歴史がある。よって、新しい科学者は抑圧され、場合によっては抹殺された。そこで、この映画の設定ではその時期に科学者たちが地下組織を作って密かに復讐の時期を狙っていたということだ。
まさに、この映画のタイトルが表しているように、この歴史解釈は二元論に支配されている。科学と宗教、それらの支配権が入れ替わる時代に両者の衝突が起こったのだと。しかし、これは明らかに歴史の単純化だ。もちろん、そうすることで敵と味方を明確にし、勝敗というものを派手に演出することができる。だからといって、こうした作品がある程度教育的な効果を持って、鑑賞者たちの歴史認識を規定するということを忘れてはいけない。どこまでが事実に基づき,どこまでがフィクションなのか。
実は私はこの辺のことに結構詳しい。まあ,趣味で歴史書を読み始めたのだが,地理学前史のような形で,講義でもたまに話をしている。有名なところではエルンスト・カッシーラーなどに詳しいが,より魅力的なのはフランシス・イエイツの研究。

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汝の症候を楽しめ

スラヴォイ・ジジェク著,鈴木 晶訳 2001. 『汝の症候を楽しめ――ハリウッド vs ラカン』筑摩書房,327p.,3200円.

ジジェクの本はそれなりに読んでいる。原著の発表順に並べると,
1988年:『ヒッチコックによるラカン』(トレヴィル,1994年)
1989年:『イデオロギーの崇高な対象』(河出書房新社,2000年)
1991年:『斜めから見る』(青土社,1995年)
1991年:『為すところを知らざればなり』(みすず書房,1996年)
1992年:『汝の症候を楽しめ』(筑摩書房,2001年)

1994年:『快楽の転移』(青土社,1996年)
1996年:『仮想化しきれない残余』(青土社,1997年)

なぜ,空行を入れたかというと,ジジェクの本で私が面白いと思うのは,本書が発表されたところまでだと思っているからだ。私がジジェクを知ったのは確か,大澤真幸氏による紹介だったと思う。それが1995年くらいで,翻訳の出ていた『ヒッチコックによるラカン』を読んだものの,当時ヒッチコック作品をあまり観ていなかったためにちょっとピンとこなかったが,『斜めから見る』がかなり衝撃的だった。まさに私が求めている研究の理想的な姿がそこにはあった。誰にも親しい文化的作品を使って,そこに哲学的含意を読み取り,自らの生の問題とすること。
その衝撃に期待を膨らませて次々と翻訳が出版された『快楽の転移』と『仮想化しきれない残余』を読んでみて「?」。当時はヘーゲルやシェリングといわれてもピンとこなかったし,そこから引き出される哲学的含意ってのも,身をもって理解するには程遠いものであった。しかし,『イデオロギーの崇高な対象』,『為すところを知らざればなり』,および『汝の症候を楽しめ』は時間が経過しても,多くの人が言及するものだったので,この3冊は読むと決めていた。
『ヒッチコックによるラカン』と『斜めから見る』は具体的な作品の分析が魅力だが,『イデオロギー』と『為すところ』はそうではない。非常に抽象的な議論が続くが,これがまた面白い。この2冊は私自身の研究でも利用させていただきました。

さて,当の『汝の症候を楽しめ』ですが,これは副題からも分かるように,またハリウッド映画を中心に文化的作品を取り上げながら論を進めるものです。こう時系列に彼の作品をみてみると,1988年から1992年まで,彼の場合には理論と実証という区別はかなり強引ではありますが,理論へんと実証編とを交互に発表していますね。そして,私が面白いと思う初期ジジェクの最後の作品。やっぱり中ほどに若干中期の作品に共通する雰囲気を持っている。というのも,本書の本当の副題は「ハリウッドとその外部におけるジャック・ラカン」というもので,映画とは無縁な箇所も結構多いのだ。しかし,前半と最後の方は結構楽しめます。ちなみに,本書でもけっこうデリダ批判が多く見られました。そもそも,彼は「脱構築」が嫌いなようです。でも,私くらいの理解力によるとデリダとジジェクの固有名論や言語行為論はあまり分かりません。1997年の私自身の英語論文でも,2人の議論を併記して論じているくらいですから。ちなみに,第1章はラカンの「『盗まれた手紙』についてのセミネール」についての解説でもあるので,最近の一連の私の関心のなかでも参考になりました。

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長い日曜日

5月17日(日)

恋人が遅番ということで、朝から映画を観ることにした。一緒に住むようになって、夜と朝はいつも一緒だが、休日が合わないので、一緒に外出して遊ぶ機会がなかなかとれないということで。

新宿ピカデリー 『60歳のラブレター
作品の選択には場所と時間が重要だ。ということで、公開2日目のこちら。さすがに初回は満席にならなかったが、新しくなったピカデリーとバルト9は何度となく満席に泣かされているので、助かった。それにしても、映画が映画なだけに、年配のお客さんが多いこと。しかも、なんとなく夫婦の姿も多いような。そう、この作品は60歳を迎えようとしている、2組の夫婦と1組の独身男女の物語。まずは中村雅俊。建設会社で専務まで上り詰めたものの、60歳を前に自主退職。尾頭付きの鯛を買って待つ妻、原田美枝子の元へと帰ると思いきや、原 沙知絵演じる浮気相手の下に。星野真理演じる娘も大きくなったおなかを抱え、子どもの父親ではない恋人(内田朝陽)を連れてきて待っていたものの、帰宅したのは待ちくたびれた頃。娘が怒ると、両親は離婚するという。中村は退職後、その愛人が経営する会社の共同経営者となり、若い社員たちの小さな会社に飛び込む。しかし、それが間違いのもとで、何をやってもうまくいかない。30年間専業主婦をやってきた妻は初めての仕事として、ある翻訳作家のお手伝いさんとして働き出す。その翻訳作家を演じるのは戸田恵子。自由気ままな職業で裕福だが、婚期を逃していまだ独身。戸田は一見地味に見える原田を社交の場に連れ出す。そこで、石黒 賢演じるベストセラー作家に原田が見初められて。一方、戸田は医療関係の作品の翻訳で、井上 順演じる医者に協力をお願いしている。井上は最愛の妻を数年前に亡くしているが、不器用ながらも戸田にほのかな思いを寄せる。さて、話は遡って、中村が退職する日に、原田が鯛を買った魚屋を経営するのが、イッセー尾形とジャズシンガーの綾戸智恵演じる夫婦。お互い貶し合いながらも互いなしでは生きていけない人生。イッセーが糖尿病ということで通っている病院で星野は出産する。その病院は井上が勤務する病院で、イッセーはその患者。まあ、そんな感じで、登場人物が全員緩やかにつながっていくという、いかにもテレビドラマ的なエコロジカルな社会関係。ちなみに、チョイ役で登場する俳優もなかなか豪華。
監督は深川栄洋というが、なんと『真木栗ノ穴』は彼の作品だったらしい。今回はいかにも商業ベースに乗る作品だが、なかなかセンスはいいのかもしれない。まあ、それほどの作品ではないと思うけど、とりあえず俳優はさすがとしかいいようがない。誰もが目立った演技をするわけではないけど、オムニバス風映画にはもってこいの演技と演出。各場面で泣き所も用意してあり、私も恋人もかなりの涙を流しました。まあ、素直に観るといいことがある作品です。

ピカデリーの入っているビルの地下にある無印良品のカフェで食事。有楽町店とは違って、こちらはパンはないが、朝食をパンにしてきたので、2人でデリランチ。味と量はまあまあというところでしょうか。ランチセットには含まれていませんが、ポットの紅茶の量が多い。食後、ちょっと買い物をして、恋人は職場へ。この日は20時から青山でライヴだったので、空き時間をつぶすためにこの日もさらに映画2本。

新宿K's cinema 『食客
まずは韓国映画。ホームページを探そうと思って検索したら、どうやらこれはテレビドラマらしい。とある高級料理店で、新しい料理長を決定する審査がなされた。課題はふぐ刺し。どちらも申し分ない出来だったが、直後審査員たちは泡を吹いて病院に運び込まれる。後から試食させた男のふぐに毒が残っていたという判断で、彼は当然波紋になる。そして、現代。彼は田舎に引っ込み、祖父と2人暮らしで、近所への食材販売をして生計を立てている。ある日その家を訪れたのはテレビのディレクター。宮廷料理の韓国一を決定するという料理番組を企画していて、彼にも出演を促したのだ。彼は頑なに出演を拒むが、その最大のライバルが、かつて料理長の座を争った宿敵であることが分かり、闘志を燃やす。実は、当時のふぐの毒は、どうしても料理長の座をつかみたかったその男が仕組んだ罠だったのだ。そんな、日本の漫画でよくありがちな料理バトルもの。その相手の卑怯さが際立っていて、エンタテイメントとしてとても面白い。そして、お互いのアシスタントのばかさ加減が喜劇的要素を加え、またこのテレビ局のアシスタントの女性が主人公と徐々に近いづいていくというロマンスも兼ね備えている。映画の作りは古風ですが、1980年代はじめのとても面白かった頃の日本のテレビドラマ的要素が満載で楽しめます。

続いて、新宿バルト9で『グラン・トリノ』を観ようと思い、前売りチケットを探す。チケット屋では「ピカデリーでは使えるんですけど」と数軒でいわれ、しょうがなく当日1800円覚悟で、映画館に向かう。まだ上映1時間前だというのに「×」の印。もう、ここの映画館嫌い。とにかく、ライヴまではまだ4時間あるので、渋谷に移動して別の作品を探すことにした。すると、渋谷でも『グラン・トリノ』をやっていて、こちらは前売り券が使えるという。1300円なり。余った時間と差額の500円でコーヒーブレイク。

渋谷TOEI 『グラン・トリノ
クリント・イーストウッド監督最新作。先日は役所広司氏の監督業について、イーストウッドの名前を挙げたが、私は彼の監督作品をきちんと観たことがない。アカデミー賞に絡んでくるのが気に入らないのだ。ちなみに、私は北野 武の監督作品も好きではない。一応、『キッズ・リターン』と『Hana-bi』は観たんだけど、なんかね、芸術家気取りなのが気に入らないんだよね。本人は芸人として下品なことばっかりやってきたのに、なぜ素直にコメディではないのか。イーストウッドも、彼の代表作といえば『ダーティ・ハリー』で、彼は正義のためなら手段を選ばないという非常に差別主義的で横暴な警官を演じていた。まさにその矛盾さとリアリティのなさが面白かったのに、監督となると社会派だったり、シリアスだったり、どうにも嘘っぽくて受け入れられません。そして、そういう類の作品を選びたがる米国アカデミー賞も好きではない。なぜコメディは作品賞を受賞できないのか。
で、なぜこの作品は観ることにしたかというと、まさに彼が演じる役どころがダーティ・ハリーと被るからだ。主人公のじいさんは妻に先立たれ、息子2人にも愛想付かされる頑固親父。朝鮮戦争で活躍したことを愛国心的誇りに、そして同時に戦争とはいえ人を殺めたことの罪悪感を拭えないでいる男。彼の住む地区はすっかりアジア系の人々が住み着くようになっている。彼にとっては「イエロー」たちよこの地から出て行け、というところだが、かれらからすれば、「もうあなた方の土地ではないんだから、出て行きなさい」ということになる。しかし、忌み嫌っていた隣に住むモン族の家族と徐々に親密になっていく。自分の息子よりもその家族の10台の男の子にいろいろと世話をするようになる。しかし、彼を悪の道に引きずり込もうとする彼の従兄弟たちへの制裁をしたつもりが、彼とその姉を傷つけることになってしまう。その報復のために、主人公が取った最後の行動とは。
このラストが良いですね。見終わった後で前売りチケットとかポスターとか見ると、「男は迷っていた、人生の締めくくり方を。」などと書いてあるけど、これってネタバレじゃないの?まあ、ともかくなかなか観応えのあるいい映画です。そして、モン族のお姉さん役の女優さんがとてもキュート。

けっこう終わった時間が早かったので、青山までは歩いていくことにした。夕食を食べられるところを探しながら、青山ブックセンター本店に寄ったりして(随分レイアウトが変わっていた)。結局、プラッサオンゼのごく近くの「青山麺飯坊」というお店で肉と白菜の塩ラーメン。基本的にラーメンはさほど好きではない私。大抵は美味しいと思っても、ラーメンと1度食べると、もう3ヶ月くらいは食べたくなくなります。でも、ここのはまだ2,3回目ですが、1週間くらい経てばまた食べられる感じ。優しい味がします。しかし、ただでさえ温かい陽気のこの日にラーメンはちょっと体温を上げましたね。

青山プラッサオンゼ コーコーヤ
東京でのコーコーヤライヴが久し振りということで予測したとおりの混雑ぶり。そして、予想通りカウンター席に案内されます。TOPSさんはフロア中央の椅子席(テーブルなし)。コーコーヤの時は込み合うだけでなく、お客さんがよく食うので、お店がてんてこ舞いになるのが分かっていたので、お店で食べるのを避けたというわけです。案の定、そのせいで開演もも20分以上遅れました。開演前にヤマカミヒトミさんもお客さんとして登場。この日は昼間にコーコーヤのリーダー、笹子重治さんと一緒に仕事をしていて誘われたとのこと。
久し振りのコーコーヤなので、改めて説明を。リーダーのギタリスト笹子さんは日本のブラジル音楽界の重鎮。といっても、それほどお歳はいってないと思うんですけどね。ブラジル音楽のショーロというジャンルをベースに、ヴァイオリンの江藤有希さんと、クラリネットの黒川紗恵子さんの3人ユニット。昨年は初めてのアルバムも発表し、それぞれが作ったオリジナル曲も魅力。ユニット名は若い女性2人が爺さんをいたわるということで、「好好爺」と名づけられた(好=女子)。
最近はフジテレビ系列深夜のアニメ『リストランテ・パラディーゾ』のサウンドトラックも担当していて、そのCDも近日発売になるということで、そちらからの曲も披露。私は初めて聴く曲ばかりだったので、かなり新鮮。それにしても、そのためにボツになったのも含めて、数ヶ月で数十曲の曲を作ったというのだから驚き。やっぱりこの3人は素敵だ。東京藝術大学出身の女子2人ですので、演奏の正確さはもちろんのことですが、ブラジル音楽ということで神経質にそこにこだわるのではなく、あくまでもゆったりと、リズムに身を任せて楽しむように演奏するというのが基本です。そのバランス感覚が飲み食いしながら聴くお客さんにちょうどよいのです。そんな感じで、程よくよい気分になって帰路へ。

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1週間で映画6本

5月13日(水)

新橋ヤクルトホール 『ガマの油
恋人が久し振りに試写会を当てたので,2人で仕事帰りに観に行った。試写会とは口コミによる宣伝効果を狙った広告だから,アンケートはつきものなのだが,そこでは本作がファンタジー映画であることを強調している。まあ,観終わってもこれが果たしてファンタジー映画かどうかは私には分からないが,まあ,予告編からしても分かりやすい映画でないことは確かだ。
既に,それなりに話題になっているので,説明は不要だと思うが,役所広司の初監督作品である。役者をやっていると監督もやりたくなるという心情は分からないでもないが,不用意にやるもんではないというのも一つの意見だ。しかし,『無花果の顔』を監督した桃井かおりや,本作の役所広司くらい,役者としての貢献度が高ければ大歓迎だ。といっても,大して期待はしていないが。果たして1500円払って観たかどうかは微妙。
もちろん,主演は監督本人。まあ,これで味をしめてクリント・イーストウッドみたいにならなければいいけど。役所広司と瑛太は親子役。母親が小林聡美ってのはどうなのだろうか。瑛太の幼馴染が少年院から出てくるというところから物語は始まる。この幼馴染の男性を演じる澤屋敷純一という男,実は格闘技家ということだ。後半はこの男と役所広司のロードムービーと化す。そして,ちょこちょこと益岡 徹演じるガマの油売りのシーンがあったりして。まあ,支離滅裂とまではいわないが,かなり無駄なシーンが多くて,退屈するかもしれません。そんななかでも本作の救いは瑛太の恋人役。二階堂ふみという沖縄顔の14歳の少女。まあ,これが瑛太の恋人役ってのも無理があるが,この子がとにかく愛らしい。だんごっ鼻は,表情によっては宮﨑あおいちゃんを思い起こさせるし(まさに『パコダテ人』のテンションだ),その祖母役が八千草 薫ってのも素晴らしい。この2人の登場シーンで全てを許す気になる作品。といっても,それほどひどいわけではありませんよ。

5月15日(金)

この日は講義の後,有楽町で献血。

シネカノン有楽町2丁目 『ミルク
まあ,私自身も観たいとは思っていたが,恋人が先に1人で観ていて,お勧めしていたので,観忘れないように気をつけていた。この作品で,ショーン・ペンはアカデミー賞主演男優賞を受賞したが,監督はガス・ヴァン・サント。私的には日本の黒沢 清のように,有名だが一般的な映画賞とは無縁な監督と思っていた。私のなかで意味不明だった『ジェリー』や『エレファント』,結局観なかったが『パラノイド・パーク』などの印象が強い。暗くて痛くて救いがない。でも,『グッドウィル・ハンティング』(私は未見)や『小説家を見つけたら』も彼だったんですね。これは良い作品だった。
ということで,1970年代の合衆国で,ゲイにして初めて公職についたハーヴィ・ミルクを描いた実話に基づく作品。恐らく日本ではほとんど知られていない人物について知らせてくれるというだけで存在価値のある作品。もちろん,ミルクを演じるのがショーン・ペン。基本的に彼の演技は好きではないが,映画を観ているだけでも彼以上にヴァイタリティ溢れた人物を演じているだけに,いつもの押し付けがましさがなくとても良い。アカデミー賞を受賞するかどうかまでは私には分からないが。まあ,『スラムドッグ』を観ていても,米国アカデミー賞の基準なんてそんなもんだとは思うが。実際の歴史的な映像も時折交えながらで,それなりには良い作品だとは思うが,私が知りたかったのは,なぜ,ただのカメラ屋がどんどん有名になっていったのか,その過程であったが,そこはあまり詳細に描かれることはなかった。

5月16日(土)

講義を終えて東中野へ。そのまま中央線快速に乗ってしまうと東中野は止まらないので,三鷹で別のホームに乗り換えた。ウトウトしていたら,それが東西線に乗り入れる電車だと知らずに,中野を過ぎてしまった。着いたのは落合だった。引き返して中野からまた乗り換えることも考えたが,意外に映画までの時間がなかったので,一駅くらいだったら中央線からそんなに離れてないだろうと判断して,降りて歩くことにした。幸い,10分程度で東中野に到着。

ポレポレ東中野 『沈黙を破る
土井敏邦という日本人ドキュメンタリー映像作家の作品。長年パレスチナ問題に関わり,パレスチナ関連作品も本作で4作目になるとのこと。この「沈黙を破る」というのはこの作品のためにつけられた名前ではなく,実際にイスラエルで起こった運動の名前。イスラエル軍は多くの若い兵士を使っているが,未成年で入隊し,30歳を前に除隊する兵士が多いらしい。その除隊した数人の元兵士が,パレスチナ占領地区で行なってきたことを写真展示とともに語りだした,というのが「沈黙を破る」という運動だ。その運動の実際の担い手は元兵士たちだが,その資金面などを支える人物は,パレスチナ人の自爆テロで幼い娘を失った男性。本当はパレスチナ人たちへの怒りがこみ上げるが,なぜかれらがそこまで追い詰められているのかということを理解するための糸口として,イスラエル軍の兵士の語りを集め,そこから理解への道を探ろうとする。監督の土井氏はこの運動を追うだけではない。もちろん,そのパレスチナ4部作でおそらくずーっと追いかけてきたのだろうが,占領キャンプ内に住む幾人かのパレスチナ人への取材を続けている。実際にその占領地区への侵攻が始まる前後にもカメラを回していて,爆撃などで一気に破壊されてしまった一角を,破壊前,破壊直後,復興後と3時点で定点観測をする。
正直,なぜ日本人がパレスチナの問題に首を突っ込むのか,という疑問がなきにしもあらずだったが,なかなか報道だけを頼りにしていては,この問題の本質は日本にまで伝わってこない。今日も世界各地で起こっている紛争の本質的なものがパレスチナ問題に象徴的に顕れているともいえるし,やはり知るべき問題だと痛切に感じさせる作品。

さて,帰りもなんとなくもう少し歩いてみたくなる。落合から東中野までは山手通りを下ってきたのだが,さらに下ると中野坂上までいける。そこまでいって丸の内線に乗ろうとも思ったが,そこまで行くと,東京都庁が見えてきたので,さらに歩いて結局新宿まで。コクーンタワーの地下に入っているブックファーストで本を物色し,さらに1階に入っているカフェで一服。

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腰痛回復してきました

5月10日(日)

この日は昼間にタワーレコードにインストアライヴを聴きにいく以外は予定なし。腰が痛いので恋人にはおとなしくしてなさいといわれたが、結局午前中から出かけることに。腰の痛さはただ寝ていれば良いものではなく、長時間寝るのもけっこう辛かったりする。ただ立っているのが一番辛く、寝るのと歩くのと、座るのとバランスよく組み合わせるのが重要。特に、自宅のリビングの椅子よりも映画館の椅子の方が良いと判断して、映画3本強行スケジュール。

渋谷ヒューマントラストシネマ文化村通り 『太陽のかけら
まずはメキシコ出身で、最近はアメリカ映画やフランス映画、当然スペイン映画などでも活躍しているガエル・ガルシア・ベルナルの初監督作品。なんと彼は大学進学前の高校生の役。裕福な家に生まれ育った彼が両親の不在中に友達を呼んでホームパーティをするというそれだけの設定。予告編を見なかったが、この設定が分かった時点で期待薄。まあ、よくありがちな若気の至りを懺悔したいのか何なのか。まあ、特筆することなし。

カフェで軽くランチをしてタワーレコードに移動。1階のステージでのインストアライヴをちゃんと聴くのは初めて。リハーサル中です。他にお客さんもいないので、リハーサルをまじまじ見ているのも失礼かと思い、上階に移動。今度emi meyerちゃんが来日公演のオープニングアクトを努めるというヤエル・ナイムのCDを買いに行く。私は知らなかったけど、MacBookのCMで使用された曲を恋人が知っていたり、その後日産のCUBEでもCMで使われていたりとということで、昨年に続いての来日らしい。渋谷クワトロ2デイズとのこと。10分前に降りてみたが、まだお客も集まっていない。立っているのも辛いので、ライヴのスペースに設置された椅子に座って、視聴しながら時間をつぶす。隣の椅子にはShing02がいたりして。

タワーレコード渋谷店 emi meyer
さて、ようやく始まった。スペースの中に入ってきたお客さんは40人くらいでしょうか。一番前の一番左で聴いていました。さすがに、先日のVacantライヴの短縮版のような形であまり新鮮味はない。多分、カヴァー曲などを含めればレパートリーも多いとは思うけど、プロモーションだから仕方がない。6月のクワトロワンマンはどんな感じになるんだろう。ゲストはいるけど高田 漣だし。この日は白いワンピース。丈が短すぎます。その下にショートパンツをはいているんだったら良いけど、見えちゃいそうで困りますね。

30分立っているのも辛かったので、サイン会の様子を観察するのはやめて、次の映画館へ。ちょっと歩いただけで汗だくになる陽気。上映時間まで1時間弱あったので、近くのヴェローチェというコーヒー屋さんで一服。こういう時、この安くて空いているお店は助かります。

渋谷シアターN 『THIS IS ENGLAND
まあ、もともと同じ英語圏ということで、最近はハリウッド資本による作品は英国製なのか米国製なのかはっきりしないことが多いし、双方で活躍する俳優も多い。でも、相変わらず英国臭い映画ってのは年に何本か日本でも公開される。本作はまさにタイトルからしてそうだ。1980年代全般のお話。小学生が主人公だが、戦死した父親が買ってくれたベルボトムのパンツを学校に履いていってバカにされるところから始まる。それをかばってくれた不良少年たちとつるんでいく。もともとヒッピー上がりの母親なので、モッズスタイルになっていく息子にも理解を示すが、坊主頭になった時には少年たちに抗議しに行く。冒頭にはこの時代の出来事がニュース映像の継ぎ接ぎによってフラッシュバックされる。そう、英国にとって1980年代はサッチャーの時代。「THIS IS ENGLAND」とはこの時代に噴出してくるネオ・ナショナリズムの一つの形だ。
この不良グループのリーダーの旧友が出所してくる。この男が妙に説教臭くなって、ついにはこのグループを2つに分けてしまう。主人公の少年は父親の件もあってこの男についていく。彼が少年たちを連れて行ったのは、ある愛国主義者のグループ。しかも、かれらの愛着の対象はブリテン島および北アイルランドも含むUnited Kingdomではなく、あくまでもEnglandだ。本国で失業にあえぐ民が多くいるのに、外国人労働者がやってきて、賃金の安さから企業はかれらを雇っている。そんな状況に不満を抱き、外国人差別につながっていくかれらの行動。特に、この町に多く住んでいるパキスタン人たちにひどい仕打ちを仕掛ける。まあ、それがだんだんエスカレートして、みたいな物語。映画を観て世界を知った気になるのはいけませんが、実際に行って目にするものよりも、こうしたものの方がコンパクトに物事のありさまを知ることになるというのもあるかもしれない。

渋谷シネマ・アンジェリカ 『海の上の君は,いつも笑顔。
この日最後に日本映画。谷村美月ちゃん主演作です。彼女が主演でこれほどプロモーションをしていないのも珍しい。と思ったりもしましたが、この喜多一郎監督による『ライフ・オン・ザ・ロングボード』はやはり日本映画に欠かせない存在である、大杉 蓮主演であったのに、ひっそりと上映されてたっけ。この作品は観ることができなかったけど、そういえば大杉 蓮主演の『ネコナデ』も渋谷の映画館による単館上映でひっそりやってたっけ?ともかく、主演となるとシリアスな役どころが多い、谷村美月ちゃんをじっくり観られるのは貴重な作品だ。
舞台は茅ヶ崎。なんと美月ちゃん演じる主人公の名前は成瀬 汀(みぎわ)。『ライフ・オン・ザ・ロングボード』に続いてサーフィンものです。彼女の兄は将来を期待されたサーファーだったが数年前に交通事故で亡くなってしまう。妹である主人公は高校のバスケ部キャプテンで、サーフィンのことも、サーファーとしての兄のこともあまり知らずにいたのだが、気になる同級生がサーフィンをしているということで、好奇心で兄が遺したショートボードを持って海へ出てしまう。波に飲まれ、幸いなことに本人は助かったが、ボードは流されて紛失してしまう。兄を大事に思っていた人にはその軽率な自分の過失を話すことはできず、部活もサボって日々サーフボードを探す毎日。でも、そのおかげで兄のことを少しずつすることとなり、最終的には全てを打ち明けて多くの人に協力してもらってボードを見つけることができる。そして彼女は兄の意を受け継いでサーフィンをやることになる、というストーリー。なかなか成長しない主人公の姿はもどかしいが、外見的な彼女の魅力は十分に味わえる。でも、演技的にはそれほど難しくはないようだ。各登場人物のキャラクターがいい感じで活かされている作品。当然のように大杉 蓮も登場するし、津田寛治や、『コドモのコドモ』、『ブタがいた教室』出演の甘利はるなちゃんは重要な役どころ。湘南の観光案内的な要素はしょうがないですが、こういうコンパクトな作品、けっこう好きです。心がほっこりします。

5月12日(火)

吉祥寺strings 太宰百合トリオジョイナス
久し振りのstrings。オーナーの井上さんがワイルドになってました。いつものカウンター席に案内されると目の前に宮嶋みぎわさん。早速、『海の上の君は、いつも笑顔。』の話をすると、「あらー、成瀬さんと私が結婚したような名前だね」と予想通りのリアクション。私はよくチェックしていませんでしたが、この日はvice versaの石塚明由子さんがゲスト、ということでみぎわさんと一緒に座っていました。毎度になりますが、トリオジョイナスはピアニスト太宰百合さんのリーダーピアノトリオで、ベースが土井孝幸さん、ドラムス&パーカッションが石川 智さんという素晴らしいメンバー。明由子さんと太宰さんとはけっこう以前から知り合いだったらしい。私にしてはけっこう久し振りのジョイナスだと思いますが、この日は新曲が多かった。やっぱり彼女の紡ぐ曲は素晴らしい。もう、特に言葉はないですね。毎回のように、やっぱり来て良かったと思うステージです。この日は石川さん作曲の曲も2曲ほどあったり、石川さんがバンドリンを演奏したり、太宰さんが作曲した曲に明由子さんが歌詞をつけたりで、いつもとは少し違った雰囲気で、それもまたよし。
帰りは最近気に入っている西武多摩川線経由を選択したら、やたらと乗継が悪く失敗。23時台は3本しかないんですね。

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国家・権力・社会主義

ニコス・プーランツァス著,田中正人・柳内 隆訳 1984. 『国家・権力・社会主義』ユニテ,312p.,4120円.

なんと,あとがきには,第二版に寄せてということで,著者名はプーランザスの表記の方が良いと記しているので,ここではプーランザスと書くが,この人の名前をちゃんと知ったのは私が博士課程に入学する前後のことだったと思う。現在金沢大学勤務,当時大分大学にいた中島弘二さんを集中講義で招いた時のことだ。当時は私の同級の田子由紀君はもういなかったが(修士課程で中退),一番上は鶴田英一氏,中谷友樹氏,星野氏,そして下は宮澤 仁氏と豪華な面々で中島さんを迎えた覚えがある。そして,世話人だった島津俊之氏から声を掛けられて,まだ東大博士課程入学前の香川雄一君も受けに来ていた。
当時,文化地理学から政治地理学へと転向しつつあった中島氏。前半はウィトゲンシュタインの話から,だんだんアルチュセールやルフェーヴル,プーランザス,ジェソップなどの話に展開していったような,とても刺激的な講義だった。しかも,おそらくプーランザスの話のときだったと思う。全般的に受講者とのやりとりも活発な講義だったわけだが,鶴田氏の発言を覚えている。本書でも国家により独占資本化の話が出てくるのだが,日本のマルクス主義経済学に精通していた鶴田氏は,そんな話は日本の研究者が「国独資(国家独立資本論)」として既に前からしている,なんてことを主張していたのを思い出した。
さて,前置きはこの辺にして,本書は私が初めてきちんと読む国家論であり,政治理論の書であるといってもいいと思う。といっても,一応政治地理学は私の関心の一つだし,文化を研究するなかでも「政治学」というのはその中心的テーマでもある。私の読む本の多くは広義の政治学を取り込んでいるため,本書の内容が何から何まで目新しいというわけでもない。また,本書の立場も狭義の政治学に閉じこもったものではなく,非常に広範な関心を有しているともいえる。そもそも,著者はマルクス主義に基礎を置きながらも,その欠点を多く認識し,それを乗り越えようとしている。俗流マルクス主義は経済主義とか反映論とかいわれるように,土台構造としての経済が基礎にあり,政治やイデオロギーというものはその反映としての上部構造として捉えている。しかし,本書で著者はそれを真っ向から批判し,国家という政治形態と経済の関係を深いものとして提示する,その議論にはイデオロギー装置といったようなアルチュセールからの影響が明白だが,1章のタイトルが「国家の制度的物質性」とあるように,観念的なものを強調しがちなアルチュセールとは一線を画す。そして,議論自体は極めて抽象的だが,国家を担う事柄を一つ一つ解きほぐして説明する。微視的権力という議論で,国家というものの存在を弱めがちなフーコーの権力論を取り上げ,著者はあくまでも国家という存在の相対的自立性を主張する。法律に関する議論は私が考えていることをズバリいってくれてたりもするし,国民に関する議論も既にある。ただし,本訳書では「民族」の語が充てられている。
結局,プーランザスの国家理解は2章のタイトル「政治闘争――力関係の凝縮としての国家」に簡潔に言い表される。そして,国家の最大の役割は経済階級の再生産にあるといい,それこそが国家による経済的次元への介入であり,また国家の重要な役割だという。ここまでの話は私にもそれなりに理解しやすかったが,特に面白かったのは「国家のスタッフ」という節で,具体的に国家を担う役人たちに関する話だった。結局かれら自体がブルジョア階級の一員であり,政治家は政治家として再生産される。選挙権は多くの有権者が行使するものの,被選挙権を行使しようと考える人はごく限られた人物だ。まあ,そんな分かりやすいことは書いていないけど,勝手に自分の分かりやすいように理解することはできた。そして,よく読むけどあまり理解していなかったボナパルティズムについても少し分かったような気がする。結局は,日本も含め多くの資本主義国が取っている国民主権というあり方,あるいは多種の民主主義というあり方は理想とは程遠く,ほとんどの場合が,国家のあり方はごく少数の人間達に委ねられているという当たり前のことかもしれない。
後半になると,現行の社会主義国家のあり方も踏まえながら,資本主義国家がいかに理想主義的でなく,現実主義的な理想的な民主的国家となりえるかということの考察に進み,段々私の理解の範疇を越えていく。しかしそれは,決して本書の内容が難解だということではなく,いかに私がものを知らないかということだ。ちなみに,現行の資本主義国家の多くが採用している代議制民主主義についても丁寧に批判がなされているので,この辺はもう一度改めて,知識を身につけてから読んでみたいところである。

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京王線から小田急線まで歩く

5月9日(土)

この日は東京経済大学で講義。こちらは朝9時に始まるのに、10:30に終わる時と受講者が2倍くらい違うという怠けぶり。しかも、今頃「はじめてきたんですけど」という学生がいたりして困る。翌日もお休みなので、この日は大事をとって自宅で休養。夜になって投げ銭式のライヴに出かけます。時間的にも恋人と合流できるということで。
祖師ヶ谷大蔵は自宅の最寄り駅から行きにくい。でも、京王線の千歳烏山駅から歩いていけないことはないということで、少し早めに家を出て、ウォーキング実行。しかし、なんと、千歳烏山駅から南下する道路は2本に分かれていた。片方の道路には千歳船橋行きのバスが、もう片方の道路には成城学園行きのバスが走っていた。小田急線をほとんど使わない私は千歳船橋とムリウイのある祖師ヶ谷大蔵と成城学園の関係に自信がなかった。とりあえず、道路の走っている方向から成城学園方面に歩き出してみたが、どんどん西の方に行ってしまい、回復できず。結局成城学園駅まで歩いてしまった。そこですでに開演時間数分前。しょうがないので、電車で祖師ヶ谷大蔵まで戻り、歩いてムリウイに。17:10でしたが幸いライヴはまだ始まっていなかった。

祖師ヶ谷大蔵ムリウイ yuki日野良一
しかし、なんと会場はほぼ満席。一番前の奥の席に座らせてもらったが、店内にはまだ恋人の姿はなし。さて、この日はyukiさんのライヴを初めて聴く。彼女は昨年まで宮崎幸子(これでゆきこと読む)として活動してきたが、最近名前を変更。彼女はcasaの古賀美宏君ともデュオでライヴをやっていて、mixiのcasaコミュニティで宣伝してほしいと、管理人の私にメッセージをくれたのがきっかけで知り合った。その後、同じムリウイでのcasaライヴで初対面したが、なかなかライヴに行く機会がなかった。彼女は他にも宮嶋みぎわさんのサポートでもライヴをしていたり、今回ご一緒する日野良一さんとはなんと大学時代にユニットを組んで活動していたとのこと。
さて、一方日野良一さんはbobtailで一度hitme & miggyとの対バンで聴いたことがあり、その時に挨拶をされた。その後、何度か他のライヴでお客さんとしてきている彼に会ったが、顔を覚えてくれていたのだ。その後も島 裕介さんとヤマカミヒトミさんのバンドのギタリストとして演奏を聴いたことはあっても、きちんと彼の歌を聴く機会もなかなかなかったので、この日は投げ銭だし、願ってもない機会。恋人も早番だったので、久し振りのムリウイでした。恋人は1stステージの途中で到着。私のいたテーブルに無理矢理席を作ってもらって、ステージの前を横切って座ると、yukiさんが「久し振りです、いらっしゃい」と声をかける。そう、以前のムリウイでは彼女も一緒にいたので、一緒に挨拶したのだ。
yukiさんはcasaの古賀夕紀子さんも参加しているカヴァーアルバム『colors』でも数曲参加していて、CDでは歌声を聴いたことがあったが、正直言って声はきれいで歌もうまいがイマイチインパクトにかけるというのが正直なところ。一度生で聴いてみなくては、という感じで聴きに来たのだが、1曲目のブラジル曲がとてもよかった。夕紀子さん同様、早口が得意なようで、リズムの切れが良い。結局、オリジナル曲は少なく、英語詩の曲が多かったけど、私的には彼女の声はポルトガル語の方があっていると思った。おそらく、ポルトガル語には自信がないのだろうが、個人的には英語の発音をもっと勉強するか、ポルトガル語を勉強するか、どちらかの方が好みに近づくと思う。まあ、ともかく日野さんのギターも素晴らしく、なかなか楽しめるライヴだった。一つ残念だったのが、日野さんコーナーが2曲しかなかったこと。彼の曲ももう少しゆっくり聴きたいな。
お客さんが満席だった割にはディープなファンが少なかったのか、意外にお2人とお話しすることができました。6月にあるyukiさんのstringsでのライヴはmiggyさんのサポートだし、ライヴチャージが1500円ということで、お得です。

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連休終了

5月6日(水,祝)

ようやくゴールデンウィーク最終日ですが,まだお天気はすぐれません。とりあえず,ライヴの前に映画を1本。

シネカノン有楽町1丁目 『アンティーク~西洋骨董洋菓子店
原作は漫画で,日本でもテレビドラマ化されたもの。オーナーが椎名桔平,パティシエが藤木直人,ウェイターが滝沢秀明,そんなキャストだったと思う。テレビなし生活を続けている私ですが,このドラマはどこかで何度か観た記憶がある。藤木君がゲイとか,滝沢君が元ボクサーだったとか,ということは覚えていないけど,韓国版のこちらの映画はそんな設定です。知っている人も多いのでネタバレにはならないと思うけど,甘いもの嫌いなオーナーが洋菓子店を開くことになったのには理由がある。幼い頃幼児誘拐にあったオーナーはその事件の記憶がないが,甘いもの好きの犯人に無理矢理毎日ケーキを食べさせられたという記憶だけが残っている。その誘拐の記憶が心的外傷として残っているオーナーは韓国中に話題になるようなケーキ屋を作って犯人を呼び寄せようと考える。こちらの韓国映画版では,幼児誘拐事件が今でも継続的に行なわれていることをテレビニュースが伝える。ちなみに,この映画の主演のチュ・ジフンは覚醒剤使用か何かで逮捕されたらしい。
さて,映画だが,全体的に慌しく賑やかな感じ。特に,回想部分や幻想部分ではミュージカルばりの派手な演出もあったりして。日本のドラマ版はもっと落ち着いていたような気もするが,お店が軌道に乗るまでの経過とか,人気店にするための工夫とか,そういう細部に関してはこちらの映画はほとんど気にかけていない。まあ,時間がたっぷりあるドラマに比べて2時間ではそちらに割く時間はないのかもしれないが。でも,一つ面白かったのはパティシエがフランス留学中に公私共にお世話になったというシェフというのが『我が至上の愛 アストレとセラドン』の主演男優。こちらでもその美形を活かして女装をしていたが,『アンティーク』でもゲイ役が板についている。結局,ドラマ版の結末は覚えていないが,この映画版の結末はけっこう良いと思う。

なにやらゴールデンウィーク中は不忍通りでイヴェントをやっていたようだが、天気も悪いので、直接日暮里駅から谷中ボッサへ。

谷中ボッサ dois mapas
谷中ボッサ5周年ということで、このお店に馴染み深いdois mapasが登場。本来ならば長引いている新譜の発売頃に合わせて設定したとのことだが、残念ながらまだものはできていなかった。この日は完全生音。ラテンパーカッショニストの千田利貞さんを招いてのステージ。5周年ということでドリンクつきライヴチャージ2500円もありがたいし、追加のオーダーもフード、ドリンクともに500円均一。私は早速フェイジョアーダを注文。500円だからちょっと量は少ないだろうと思ったら、たっぷりありました。さすがにプラッサオンゼのもの(1800円)と比べると、具がシンプルですが、その分豆の味が強調されて美味しい。開演時間には予約者がほぼ全員揃っていたものの、ちょっと注文を捌くのに手間取ったのか、ちょっと遅れてスタート。この日は休憩なしの1ステージ。この千田さんという人が、BRASILと書かれたジャージを着ていて、なんと脱いでもTシャツにBRASIL。どんだけブラジルが好きなんだよ、と思っていたら、案の定新美さんが「皆さんお分かりのように、千田さんはブラジルが大好きで」と紹介して、中盤には彼のブラジル音楽リズム講座などもあった。この日は曲順も丁寧に決められていて、4,5曲を続けて演奏するという形で、無駄のないステージは久し振りに聞き応えのあるものでした。正直いって最近の曲は「?」なものもありますが、いい意味に捉えると、これらがどんな具合に一枚のアルバムに録音されるのかというのは予測不可能でもある。そんなことで、音の方も最終段階に入り、ジャケットのデザインについて試行錯誤している段階とのこと。7月くらいに発売できればといっています。
20時半頃にライヴが終わったので、ここで少し時間をつぶして新宿で仕事終わりの恋人と一緒に帰ろうと思い、ココナッツプリンを注文。これが絶品。でも、dois mapasの2人はお客さんと話し込んでいるので、とりあえず帰ろうとしたところで挨拶をしたら少し話し込んでしまう。でも、新宿には21:30に到着してそこそこのタイミング。2人で仲良く帰りました。

5月8日(金)

ゴールデンウィーク明けは1日会社で働いて、この日は大学講義。今年の法政大学、なかなかいい感じの学生たちです。ゴールデンウィーク中にさんざん遊んだので、この日は映画1本にして大人しく帰る予定にする。というか、前日辺りからかなり腰が痛くなってしまう。連休中は一度ジョギングをした程度で、腰を痛める決定的な何かがあったわけでもないのだが、リビングの椅子に座ってPCをやっていた時間が比較的長かったのが悪かったのだろうか。寝ても辛いほどではないが、この日の朝の電車はかなり辛かった。講義を終えて、有楽町で途中下車して、前売り券を購入し、無印良品のカフェでランチ。

恵比寿ガーデンシネマ 『いとしい人
選んだ作品は女優ヘレン・ハントの初監督作品。冒頭はユダヤ教式の結婚式で、ヘレン・ハント演じる主人公とマシュー・ブロデリックが誓いを交わすシーン。しかし、閉鎖的で保守的なアメリカのユダヤ教徒のイメージが強調され、39歳にしてなかなか子どもを授からないことの苦悩が描かれる。夫はその重圧に耐えられずに家を出て行く。その頃に彼女が働く幼稚園の園児の父親として登場するのがコリン・ファース。まあ、展開的にはラヴ・コメディ。のはずだが、さすがその辺は才女ヘレン・ハント。単なるコメディではありません。というか、だんだん深刻な内容になってきます。でも、これまた深刻一辺倒ではなく、愛に溢れながらもそれを理想化しない描き方はなかなか見事。期待していたよりもかなり良い作品でした。

久し振りの恵比寿ガーデンシネマもすごく座り心地がよく、腰痛の私には助かりました。

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黄金週間終盤は雨

5月4日(月,祝)

前日は埼玉の母のところに泊まってきた。母は朝から友人と健康麻雀(賭けなし,酒なし,煙草なし)をしに出かけるというので,同じ電車で東京に帰ってきた。いろいろもらってきた荷物もあったので,一度帰宅する。

吉祥寺バウスシアター 『レイン・フォール 雨の牙
ライヴが吉祥寺だったので,吉祥寺で観られる映画を選択。監督はアメリカ人だが,舞台は東京,主演は日系アメリカ人を演じる椎名桔平。相手役は長谷川京子で,柄本 明なども出演している。アメリカから,椎名演じるジョン・レインを追ってきたCIAの指揮官がゲイリー・オールドマンである以外は,日本映画といってもいいくらい。私もゲイリー観たさに選んだようなものだったが,結局彼は終始怒っているばかりで,彼らしい演技をこの作品に見出すことはできなかった。というか,さすがに彼も年を取ってきて,『レオン』などで見せた,狂気溢れる役どころは難しいのかもしれない。そして,やはり長谷川京子はテレビ向け女優だということも確認。でも,話の展開はそこそこ楽しめた。
久し振りにリトルスパイスでカレーを食べる。この日はブラックカレーだったが,やはりここのカレーは美味い。

吉祥寺manda-la 2 バラッドラリー11
ビューティフルハミングバードがゲスト出演し,確か地震か何かがあって中央線のダイヤ乱れがあり,お客さんの入りが悪かった第6回以降,毎回参加しているノラオンナさんのイヴェント「バラッドラリー」。前回は出演者10人以上という無茶な企画でノラオンナさんの歌を数曲しか聴けなかったので,それを楽しみにやってきた。
だるま食堂:ということで,あまりゲストのことを調べずにやってきたら,なんと歌を唄うには唄うけど,ジャンル的にはお笑いの部類に入る女性3人組でした。言葉で説明するよりも映像を観てもらったほうが早いので,リンクからホームページをご覧いただくことをお勧めしますが,かなりきつい笑いですが,大人ほど素直に楽しめる感じです。でも,さすがに衣装チェンjして2ステージあるとは...
ノラオンナ:だるま食堂が出てくる前に弾き語り&マヒトさんで数曲。後半にはピアノ&アコーディオンの藤原マヒトさんに加え,ドラムスが柿澤君,ベースがこの日はウッドベースのわたなべさんといういつもの面々。この日はマヒトさんが冴え渡っていたような気がする。まあ,とにかくピアノトリオとしても十分魅力的な3人で,ノラオンナさんもすっかり安心して,久し振りに力強い歌声を聴いた。最後にはコーラスでだるま食堂の3人も登場し,ステージ向かって一番左の一番前に座っている私の目の前でしたが,素晴らしいステージでした。
今回もほぼ時間どおり始まり,はじめに「2時間ほどのステージを」といっていたのに,結局3時間に渡るイヴェントでした。22時を過ぎてしまったので,またまたノラオンナさんに挨拶もできずに帰宅。

5月5日(火,祝)

ゴールデンウィークの後半は本格的な雨。何をしていたのかはよく思い出せませんが,ともかくこの日は映画1本のみ。

テアトル新宿 『ニセ札
木村祐一長編初監督作品。まあ,話題になっている作品なので,詳しく説明する必要はありませんね。戦後まもない頃,新千円札が出た頃に,とある田舎の村で行なわれたニセ札製造の実話をもとにしているというお話。もちろん,木村本人も出演しているが,見所は倍賞美津子。主犯格の男を演じた段田安則や,三浦誠己もそこそこ良い味を出していたとは思うけど,私には全体的にいまひとつという感じ。初監督らしいはっちゃけた感じが欲しかったかな。

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ゴールデンウィーク中盤

5月2日(土)

ゴールデンウィーク中ですが大学の講義はあります。それを終えて新宿へ。

新宿武蔵野館 『映画は映画だ
3月に一度公開された韓国映画ですが,映画館を代えてまだやってました。当然,前売り券は売ってないから,当日1800円しかないのだけど,しかも以前からこの映画は知っていたんだけど,ちょっと泥臭い韓国映画は苦手なので避けていたが,予告編をしっかり見ると面白そうだったので観ることにした。そもそも,ゴールデンウィークだというのになんでこんなに魅力的な映画が少ないのか。
この映画はかつてスティーヴン・ソダーバーグ監督が『フル・フロンタル』で試みたように,映画のなかで映画について描く,メタ映画のような作品。主人公は2人。一人はヤクザの1人。親分が刑務所にいるので,ショバを仕切るのは彼。しかし,時間を作っては映画館に通う,かつては俳優を目指していたという男。ある日,ヤクザや芸能人が来るような個室のある料理店でそのヤクザはお気に入りのアクション俳優と出会う。その頃,この俳優は監督がアクションシーンのリアリティにこだわる作品を撮影中。共演相手に暴力をふるって病院送りにしてしまい,代役を務める俳優が見つからずに困っていた。そんな時に,そのヤクザのことを思い出して,出演を申し込み,撮影は始まるが...
まあ,こんな展開で,なかなか朱には染まらないヤクザと,わがままな俳優がアクションシーンは本気で,という条件ですったもんだあり,共演女優がヤクザに惚れてしまったり,と見所たっぷり。それほど深刻な雰囲気はなく,楽しめます。

時間がけっこうあったので,新宿から原宿まで歩く。新しくできたギャラリーのオープニングイヴェントにおおはた雄一さんが参加するというので行くことにした。というか,おおはたさんも今年初めてで楽しみなんだけど,一緒にemi meyerちゃんも出るしね。

原宿vacant
1階は入場フリーのギャラリーになっています。写真集『POOL』の平野太呂の作品もあったりして。『POOL』は現在ではリトルモアから発行されているが,私は渋谷のBAGGAGEHANDLERS UNIONというバッグ店で購入している。その後,彼は多部未華子ちゃんの写真集も撮影するなどでビックリ。開場予定時間を過ぎても一向に受付ができる気配がないので(何人かそれらしいお客さんが来て尋ねては出て行く),私は歩いて喉も渇いていたので,坂本龍馬ビールを呑むことにする。そしたら,ライヴにもドリンクつきだった。
F.I.B JOURNAL:初っ端に登場した3人組はギター&ヴォーカルとベースとドラムスという男たち。一人だけ見たことがあるベーシストは大山百合香ちゃんなどでサポートしている人だ。基本的に歌ものというよりは,英語詩によるヴォーカルは補足的な感じ。まあ,この手の音楽も嫌いではないけど,本人達が盛り上がって1時間近く演奏するのはどうだろうか。
emi meyer:開演前にもその辺を歩いていたのだが,本番ではキレイな衣装に着替えてきてドッキリ。ただでさえけっこう背が高いのにヒールの高い靴で,この日もキーボード一台で一人弾き語りです。こちらは40分弱という短いステージでしたが,存在感十分。見るたびに好きになります。アルバム『curious creature』も装いを新たに日本語曲をボーナストラックに追加して発売し,それが好評のようです。当分は日本での活動もあるみたい。
おおはた雄一:さて,こちらもギター一本弾き語り。途中音あわせで2曲ぐらいサービス演奏したものの,「10分後だそうです。大人の事情で」といって一度引っ込み,出てきたのは15分後。まあ,それはともかく,こうして非常に身近な場所での演奏はけっこう久し振りです。お客さんは40人くらいだったでしょうか。本人もリラックスしていたのか,あるいは逆に緊張していたのか分かりませんが,妙なテンションで面白かった。
演奏後におおはたさんとお話したり,emiちゃんにサインをもらったりできるかなと思っていたが,そういう雰囲気でもなく,帰宅。

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『ニルス』に学ぶ地理教育

村山朝子 2005. 『『ニルス』に学ぶ地理教育――環境社会スウェーデンの原点』ナカニシヤ出版,166p.,1700円.

先日紹介した,関戸明子『近代ツーリズムと温泉』と同じ,「叢書地球発見」の1冊。著者は現在茨城大学の助教授をされているが,地理教育の専門家で,1995年に『人文地理』に論文を書きながらも中学校で地理教育の実践を行なってきた人物。ちなみに,その1995年の論文はスウェーデンの地理教育に関するもので,かつてからスウェーデンに関心を持ち,実際にスウェーデンを訪れ,また当然だがスウェーデン語も読む。
ニルスとは私もちゃんと知っているわけではないが,日本でもNHKで放映されていたアニメ『ニルスのふしぎな旅』を通して知られる,小さくされてしまったニルス少年がガチョウの背に乗って,スウェーデン中を旅するというお話。本書は,その『ニルス・ホルゲンソンのふしぎなスウェーデン旅行』は1906年に小学校高学年の地理の教材として書かれたものであるという。しかも,作者のセルマ・ラーゲルレーヴという女性作家はノーベル文学賞も受賞しており,スウェーデンの紙幣にも肖像画が描かれるという国民的作家。しかも,学校の教師をしていたという。そして,この『ニルス』は55章からなる2巻本であり,日本でも多くのヴァージョンがある翻訳の多くは抄訳だという。しかも,その多くは地理の教材としてではなく,冒険物語だけを強調した児童文学になっているとのこと。もちろん,それは日本に限られたことではなく,スウェーデンの具体的な地理的記述の部分は大幅に省かれるのは当然のことである。
著者はそんな有名な作品の真の姿を,地理学者として明らかにしたいということと同時に,その地理的記述を解釈するのを目的としている。さらには,20世紀初頭のスウェーデンにおける,新たな試みとしてのこの作品の製作という地理教育的実践から,21世紀の日本における地理教育のあり方を探ろうというのも,重要な目的である。『近代ツーリズムと温泉』の時にも書いたが,B6サイズのペーパーバックである本書は持ち運びにも便利で,ページ数も限られとても読みやすい。それでいて,内容はとても充実していて構成もしっかりしている。大抵,日本の地理学者がこうした作品を扱うとテーマが限定されるのと,その分析の稚拙さに大した研究にはならないが,本書はその地理学的関心を中心に据えながらも,それに限定されることなく,考察が及んでいて,本当に素晴らしい本だと思う。そして,本書は2007年度に人文地理学会の一般図書部門で賞を受けている。
もちろん,自称メディア研究者であり,批判的立場に立つ私からは不満点もなくはないが,ともかくこうした研究が書籍として出版され,それが一定の評価を得ているという事実は手放しで喜ぶべきことだ。しかも,著者はさらにニルス研究を進めているという。次はどんな形でそれを発表するのか,恐らく難しいところだと思うが,大いに期待したい。

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メーデーにフォークダンスを踊りたい

4月30日(木)

ゴールデンウィークに入って、合間の平日も休んでしまう人が多い会社ですが、私はカレンダーどおりの出勤。でも、夜にはお楽しみがありました。この日は恋人もお休みだったのですが、調布駅で待ち合わせて一緒に東京タワーまで。あまり帰りが遅くなるのもなんなので、新宿駅でおにぎりの軽い夕食。

東京タワーclub 333 木下ときわ
東京タワーの大展望台で毎週水曜日と木曜日に行われているコンサートに、dois mapasの木下ときわさんが登場するというので聴きに行った。しかも、音あそびの長澤紀仁さんと仙道さおりさんを加えた3人のユニットというから行かないわけにはいきません。というのも、仙道さおりさんは昨年末にお子さんを出産し、先日ステージに復帰したばかり。私としても1年ぶりに演奏を聴きます。ときわさんと長澤さんは以前に一緒にやっていたようですが、私が聴くのは初めて。そして、ときわさんと仙道さんは初対面とのこと。2ステージあり、井上陽水「海へ来なさい」以外はブラジルの曲でした。dois mapasのオリジナルはなし。この日はときわさんの歌声よりも、どうしても仙道さんに目が行ってしまう。この日はときわさんにしては珍しく、サンバが多い選曲でしたが、それでも仙道さん本来のカホン捌きの本領を発揮するほどではなかったが、それでも素晴らしい演奏。外見も子どもを産んだとは思えないくらい変わらない。TOPSさんも来ていて、いろいろお話したり。他にもけっこうときわさんや仙道さん目当てで来た人が多かったようです。ちょこっとときわさんとお話して帰路に。

5月1日(金)

この日は法政大学の講義があると思っていたのに、思わぬ休講。朝から2人で渋谷の献血ルームに行きます。新しくできた献血ルーム。思ってたより混んでなくて、待合室などもとてもきれい。スタッフも他の献血ルームとは違って、若い人が多い。でも、やっぱり外見よりも経験だから、献血フリークたちは古い献血ルームに行くのだろうか。SHIBU2という渋谷の古い献血ルームはミスタードーナツのドーナツとブルーシールアイスクリームがあるが、こちらはそれがない。ちょっと日持ちがするドーナツとハーゲンダッツのアイスだけ。飲み物もちょっと種類が少ないみたい。私は約3ヶ月ぶりの血小板献血だったためか、ちょっときつかった。恋人も全血だったけど、300mlで中断してしまったみたい。
まあ、久し振りに2人揃ってお休みということで、渋谷でデート。この日は映画の日、ということでもちろん映画も。

渋谷シネパレス 『鴨川ホルモー
公開直前になっても大した予告編をやらず、そもそも「ホルモー」とは何かも分からない。でも、まあそこが味噌の映画のようです。大して期待もせずに1000円ならいいか、ということで選択。主演は山田孝之。彼は2浪して京都大学に入学した学生。同級生には濱田 岳。2人揃っているところに荒川良々がやってきて,ごく「普通の」サークルに入らないかと勧誘される。新入生歓迎コンパの場に芦名 星がいたものだから,なんとなく入会する。そこには同じ新入生で石田卓也などがいたりして。なんと,そのサークルが「ホルモー」たる競技をするサークルだったのだ。その中身は観た人にだけわかるということにして,京都にある東西南北4大学による伝統ある闘いとのこと。東の京都大学,西の立命館大学,北の京都産業大学,南の龍谷大学。どれも実在する大学ってところが面白い。私も4月の頭にちょうど京都に行き,京都大学のキャンパス内には入らなかったが,その手前にある京大会館で研究会をやり,鴨川や高瀬川も歩いたので,見知った光景があったりして,そんなところも楽しめる。ちなみに,濱田君と栗山千明のヘアスタイルが見ものです。全体的には役者の演技よりもCGが頑張っちゃってたりするのでイマイチだが,まあそれなりには楽しめる作品。龍谷大学の会長役で佐藤めぐみちゃんが出ているのも嬉しい。

映画が終わり,渋谷のマークシティ上のホテルにあるカフェでケーキセット。恋人の初任給で奢ってくれた。7階くらいにあって,周りはビルが多いが,それなりに眺めは良い。30分ほど待たされたが,ケーキも紅茶も美味しく,なかなか贅沢なアフタヌーンティだった。

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ゴールデンウィーク前半

4月27日(月)

この日は恋人がお休みということで,私の退社後に府中で待ち合わせて映画を観た。最近よく使うようになった府中のTOHOシネマズ。

府中TOHOシネマズ 『スラムドッグ$ミリオネア
『トレインスポッティング』のダニー・ボイル監督の最新作。『トレインスポッティング』以降,日本ではあまりパッとしないが,同じくユアン・マクレガー主演の『普通じゃない』,ディカプリオの『ザ・ビーチ』,キリアン・マーフィ主演の『28日後...』と『サンシャイン2057』,それに『ミリオンズ』と,日本で公開された作品はほとんど観ている。まあ,確かにどれもそれほど万人受けするものではないが,個人的にはこの監督の作品は気に入っている。
ところが,本作ではアカデミー賞を監督賞をはじめ,かなり受賞した。予告編でかなり期待させる内容だが,どうなのか。ストーリーは分かりやすい。舞台はインドで,貧民窟で育った少年が,一攫千金のクイズ番組で最後の問題まで勝ち上がる。周囲からはどうやってインチキをしたのかと追求されるが,その厳しい生活のなかでさまざまなことを学んだという。その一方で,運命的な女性との出会いというラヴストーリーもある。見所は,そのクイズの問いに関係する彼の人生におけるエピソードだが,期待していたよりはその辺の描写が見事だとはいえない。個人的にはクイズの問題は世界中に及び,青年ジャマールはインドにいながらにして,グローバル化の影響下でそれらについて知ることになる,という展開を勝手に想像していたが,ドル札とタージ・マハルでの観光客以外にはそういう要素は少なかった。それでも,現代インドが抱える問題はそれなりに盛り込まれていたのだろうか。しかし,あくまでも監督や主演俳優は英国で活躍する人物。確かに,英国はインドとの関係が深いが,あくまでも他者表象であるともいえるが,あくまでも本作はそれらをエンタテイメントとして利用しているに過ぎないので,まあ,ここに描かれるインドはフィクショナルなそれとして理解すべきか。なんてことをいっても,多くの素直な鑑賞者は,これがインドの現状だと思ってしまうだろうからちょっとどうなのだろうかとも思う。そもそも日本での公開には旅行会社のHISがスポンサーになっていて,実際に映画の撮影で使われた貧民窟を訪ねるツアーなども組んでいると聞くから,ちょっと恐ろしくもある。まあ,個人的にはボイル監督らしい作品だと思うが,これが万人に受けてしまうというのは考えものかもしれない。といっても,映画なんてそんなもんだけどね。

4月29日(水,祝)

この日はすごく天気が良かった。暑すぎず,寒すぎず。そんななか,私は一人で鎌倉に向かった。今住んでいるところからは一度新宿に出て,新宿湘南ラインに乗るのが一番便利。目的地の覚園寺は鎌倉でも北東方向に当たる。距離的には北鎌倉の駅が近いようだが,地図で見るとその間には山があって結局鶴岡八幡宮を経由しないといけないようだが,同じ散歩がてらならば北鎌倉から歩いてみようと思い,下車して歩く。途中で神奈川県立近代美術館の鎌倉別館を発見した。そして,鶴岡八幡宮の境内で持参したサンドイッチとコーヒーでランチ。鎌倉はけっこう案内板が充実しているという勝手な思い込みで,地図も印刷せずに出てきたけど,「覚園寺」の文字はどこにもない。まあ,しょうがないので私の頭のなかの地図を頼りに歩いて行くと,途中のカフェの店頭に雑誌のイラストマップが貼ってあって,自分の歩いている方向で正しいことを確認。それでも,八幡宮からかなり歩いて,本当に端っこまで歩いて到着する。

鎌倉覚園寺 朝日美穂
この日はこの覚園寺で加藤力之輔さんという画家の個展が開催されるレセプションの日。最近の朝日美穂さんのネット配信シングルのジャケットをこの画家が描いているということで,今度は彼の個展の初日に朝日さんが演奏することになったということ。なので,朝日さん目当てに来た客はどうやら10人くらいで,その他は加藤さんの知り合いや覚園寺近所の人など,品の良い年配の方々が多く集まっています。ライヴの告知には「アフタヌーンティー付き」とあったが,とんでもない。赤と白のワインにサラミやクラッカーというおつまみ,そしてもちろん紅茶もあり,お茶菓子も豊富。結局,私も赤と白のワインを一杯ずつに紅茶も一杯。
ライヴの前にはこのお寺の副住職さんが境内を案内してくれる。普段は本堂のある場所に行くには有料だが,まあ2500円のなかにそんな料金も含まれているということで。まさにこのお寺は起源は鎌倉時代になり,その後いろいろあって,本堂が再建されたのはその後だが,本堂のなかの仏像などは13世紀くらいのものらしい。他にもお墓にしていた洞窟や,鎌倉市内の古い民家を移設したとか,とにかく面白いお寺だ。もちろん,今回個展の会場として用いられている建物も内装も素晴らしく,スペインで活動している加藤さんの色彩豊かな作品もまったく違和感なく飾られている。朝日さんのジャケットを描くということで,勝手に若い人を想像していたが,1944年生まれだということ。展示されたいた作品も多彩で,思いの他いいものを鑑賞することができた。
そして,この建物の2階がライヴ会場。グランドピアノがあり,エマーソン北村さんの電子オルガン,そして高橋健太郎さんのエレキシタールという,これまた面白い組み合わせでの演奏。朝日美穂さんは千葉の田舎町で育って、大学進学を期に憧れだった東京生活を始めた。長年下北沢近辺に住んでいたと前にいっていたが、都会生活にもいい加減飽きて、最近横浜の緑豊かな場所に引っ越したとのこと。この日はそんなお話をしていました。良原リエさんの影響でしょうか。新旧織り交ぜた選曲で、すがすがしいライヴでした。でも、お客さんはその心地よさにウトウトしている人も多かったようです。

ライヴが終わって、さらに鎌倉散策といきたいところですが、一人ってのも味気ないし、まっすぐに帰宅してももう暗くなってしまう時間なので、素直に鎌倉駅まで最短コースで歩き(バスもあるにはありましたが)、まっすぐ帰宅しました。

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10日前の日記

4月26日(日)

昨年急死してしまった映画監督市川 準氏が残したプライヴェートフィルムが公開されている。朝と夜にしか上映していないので、日曜日なのに朝から渋谷に行く。

渋谷ユーロスペース 『buy a suitスーツを買う』
プライヴェートフィルムというが、きちんとした脚本がある。大阪に住むある女性が初めて上京する。5年間音信不通だった兄を探すために、以前親しかった男性を訪ねるところから映画は始まる。頼りは突然送られてきたハガキ一枚。それをその兄の友人に見せ、秋葉原から上野に行き、そこからバスに乗って浅草まで。ハガキに書かれた住所は「吾妻橋脇」。なんのことやら分からずにとりあえず、橋の袂で佇む妹。映像には多くのダンボールハウスが写されます。その一つから出てきた男が兄だった。兄の友人の話によると、兄は昔から頭がよく、この友人とは大学の数学科の先輩後輩だったとのこと。小さい頃から勉強で困ったことはなく、何でも考えれば答えは出ると思っていた。それが社会に出て、さまざまな理不尽なことに出会い、ついていけなくなったらしい。その行き着く果てがダンボール生活だ。彼が行方不明になる前までは、恋人と一緒に暮らしていた。で、その恋人は今、浅草でスナック経営をしているという。
この1枚のハガキはある思惑があったようだ。妹を上京させ、一緒に彼女に会いに行くというストーリー。思惑はうまくいき、ちょうど彼女の誕生日に会うことができる。しかし、やり直したいという申し出も断られ、驚きの結末へ。プライヴェートというのは、前編小型デジタルカメラによる撮影だということ。もちろん、音もそのまま録音され、雑音が大きい。ただ、やはりそんなフィルムでも脚本や演出は市川氏的なものだといえる。
以前、私は『トニー滝谷』のことを、素晴らしいが箱庭のような潔癖さがあり、それがある意味でリアリティさを減じていると書いた。しかし、その後彼の作品は似たような潔癖さは保ちながらも、死と真摯に向き合う『あおげばとおとし』から、女子中学生の捻じ曲がった人間関係を描く『あしたのわたしの作り方』と、私の批判など軽く乗り越えていく素晴らしい作品を世に出してきたが、最期にたどり着いたのは、社会から自ら堕落していく偏屈な若者の姿。この作品がきちんとした撮影で撮られなかったというのも、この作品の持ち味を高めているようにも思う。

この日は最終的に代官山でのライヴがあった。一度帰宅するか、ずーっと渋谷で過ごすか。結局、ライヴがスタンディングだったので、じゃあ徹底的に座ってやろうということで、さらに2本の映画を観ることにした。次の映画は12時からだったので、またまた人間関係でランチ。最近は休日でも6時くらいに起きているので、ランチが混みだす12時前に食べてもお腹の方はまったく問題なし。空いている店内で悠々とランチしています。

渋谷シネマライズ 『ウェディング・ベルを鳴らせ!
『アンダーグラウンド』のエミール・クストリッツァ監督の最新作。彼の作品はとても面白いのだが,観るのにとても体力がいる。底抜けに陽気な音楽と老人俳優でも驚くべきオーバーアクション。意味不明な細部やハチャメチャなストーリー展開。でも,笑いだけでなく,そのなかに政治的な風刺と人間性の本質を突くというメッセージ性。でも,もちろんそれは押し付けがましくない。でも,映像そのものは極めて押し付けがましいのだ。まあ,ともかく遠藤賢司のコンサートのように,そのエネルギーを避けてはならず,受け止めなくてはならない。ともかく,観る者の強さが問われる作品だ。しかし,その中心にあるのは「愛」。本作は主人公が9歳の少年。そのせいか,随分観やすい内容になっている。田舎で祖父と2人で住む少年。祖父は自分の命がこの先長くないことを悟り(といっても,極めて生命力に溢れたじじいなのだが),少年にいくつかのことを託す。都会に行ってそれらを手にしてから戻って来いというのだ。飼っている牛を連れて,それを売ったお金でお土産と,イコンを買う。そして,自分のお嫁さんを連れて来いという。ということで,中盤は都会でのすったもんだ。この少年がラッセル・クロウにそっくりなのが笑える。そして,少年が一目惚れしてお嫁さんに選ばれる少女ヤスナを演じるマリヤ・ペトロニイェヴィッチという子がめちゃくちゃきれいなのだ。この辺りはさすがクストリッツァ監督。まあ,ともかく思ったよりもストーリーもハチャメチャではなく,良いお話です。当然,『アンダーグラウンド』以降,クストリッツァ監督作品に欠かせないミキ・マノイロヴィッチも出演しているし,素晴らしい作品です。

渋谷文化村ル・シネマ 『レイチェルの結婚
続いて観たのは,『パッセンジャーズ』に続いて,アナ・ハサウェイ主演作品。この作品ではアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ,その体当たりな演技が評価されたようです。『パッセンジャーズ』の時に書いたが,美形な外見のゆえに,清潔な役どころが多い彼女が今回演じるのは,薬漬けで施設から退所したばかりの女性。タイトルのレイチェルとはアン演じるキムの姉。姉の結婚式に9ヶ月ぶりに帰宅した彼女を迎える家族との数日間の物語。結婚相手が黒人のミュージシャンということで,自宅で手作りのウェディングパーティはさまざまな人が集まる。もちろん,こういう場にはアジア系とゲイが欠かせません。それをどう評価すべきかは私には分かりませんが,最近のアメリカ映画はそういうことになっています。ちなみに,レイチェルたちの両親は離婚しているが,この時にはお互い別のパートナーを伴っていながら再開する。この美しい母親を演じるのはなんとデブラ・ウィンガー。1980年代前半に活躍した彼女を直接私は知らないが,1995年を期にスクリーンから去ってしまった彼女の消息を辿るドキュメンタリー『デブラ・ウィンガーを探して』でなぜかその存在はよく知っている。そして,監督は『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ。
かなりドキュメンタリータッチの作品です。ハンディカメラを使った長まわしの多い撮影。まあ,アナ・ハサウェイはこれまでにない汚れ役ということですが,ある意味では薬の後遺症か躁と鬱を繰り返す役どころはふっきれればやりやすいのかもしれない。でも,他にもさほど有名な俳優は出演していないなかで,いいたいことをいい続けていつまでたっても歩み寄らない家族を描くこの作品はなかなか面白い。そこに溶け込んでいるアンの演技も評価できると思う。

代官山LOOP 一十三十一
渋谷から歩いて代官山まで。代官山ということで,UNITだと勝手に勘違いしていて,新しく代官山にもできたLOOPの位置は確認してこなかった。でも,渋谷から旧山手通りを南下してきたのが功を奏して,あっけなく発見。後から合流することになっている恋人の留守番電話に位置の説明を吹き込む。私の整理番号は70番台だったけど,2列目を確保。思ったよりも大きくはないですね。UNITと比べるとかなり小さいですが,青山のLOOPと比べると大きい。基本的にスタンディングなのに,ドリンクはグラスを使います。開場から開演まで1時間。見覚えのあるファンたちは早い時間から集まっていますが,なかなか満員にはならない。そのおかげで開演20分前くらいに到着した恋人も人の隙間をぬって,私のところまでやってきた。この日のバンドメンバーはチェックしてなかったけど,いつもどおりの4人でした。ベースは南條レオ,ドラムスは田中慶一,キーボードは滝沢スミレ,そしてサックスの後関好宏。久し振りの一十三十一ちゃん。一時期多忙だった時のよりも1年間充電して,といっても出産と育児をやっているわけですが,肌のはりや肉付きもちょうど良い感じ(太ったわけではない)。復帰第一弾でいきなり2デイズなんて大丈夫かと思ったが,前半はなかなか良い感じで声も出ていました。バンドメンバーは同じでしたが,アレンジもけっこう変えていてさすがです。ステージ向かって右寄りの私の位置からはスミレ嬢の姿はあまり見られませんでしたが,なかなかのステージだったのではないでしょうか。さすがに,後半は体力不足感がありましたが,歌詞忘れも含めてご愛嬌ということで。6月には同じLOOPでRir fuとの2組ライヴがあるとのこと。楽しみです。

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