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汝の症候を楽しめ

スラヴォイ・ジジェク著,鈴木 晶訳 2001. 『汝の症候を楽しめ――ハリウッド vs ラカン』筑摩書房,327p.,3200円.

ジジェクの本はそれなりに読んでいる。原著の発表順に並べると,
1988年:『ヒッチコックによるラカン』(トレヴィル,1994年)
1989年:『イデオロギーの崇高な対象』(河出書房新社,2000年)
1991年:『斜めから見る』(青土社,1995年)
1991年:『為すところを知らざればなり』(みすず書房,1996年)
1992年:『汝の症候を楽しめ』(筑摩書房,2001年)

1994年:『快楽の転移』(青土社,1996年)
1996年:『仮想化しきれない残余』(青土社,1997年)

なぜ,空行を入れたかというと,ジジェクの本で私が面白いと思うのは,本書が発表されたところまでだと思っているからだ。私がジジェクを知ったのは確か,大澤真幸氏による紹介だったと思う。それが1995年くらいで,翻訳の出ていた『ヒッチコックによるラカン』を読んだものの,当時ヒッチコック作品をあまり観ていなかったためにちょっとピンとこなかったが,『斜めから見る』がかなり衝撃的だった。まさに私が求めている研究の理想的な姿がそこにはあった。誰にも親しい文化的作品を使って,そこに哲学的含意を読み取り,自らの生の問題とすること。
その衝撃に期待を膨らませて次々と翻訳が出版された『快楽の転移』と『仮想化しきれない残余』を読んでみて「?」。当時はヘーゲルやシェリングといわれてもピンとこなかったし,そこから引き出される哲学的含意ってのも,身をもって理解するには程遠いものであった。しかし,『イデオロギーの崇高な対象』,『為すところを知らざればなり』,および『汝の症候を楽しめ』は時間が経過しても,多くの人が言及するものだったので,この3冊は読むと決めていた。
『ヒッチコックによるラカン』と『斜めから見る』は具体的な作品の分析が魅力だが,『イデオロギー』と『為すところ』はそうではない。非常に抽象的な議論が続くが,これがまた面白い。この2冊は私自身の研究でも利用させていただきました。

さて,当の『汝の症候を楽しめ』ですが,これは副題からも分かるように,またハリウッド映画を中心に文化的作品を取り上げながら論を進めるものです。こう時系列に彼の作品をみてみると,1988年から1992年まで,彼の場合には理論と実証という区別はかなり強引ではありますが,理論へんと実証編とを交互に発表していますね。そして,私が面白いと思う初期ジジェクの最後の作品。やっぱり中ほどに若干中期の作品に共通する雰囲気を持っている。というのも,本書の本当の副題は「ハリウッドとその外部におけるジャック・ラカン」というもので,映画とは無縁な箇所も結構多いのだ。しかし,前半と最後の方は結構楽しめます。ちなみに,本書でもけっこうデリダ批判が多く見られました。そもそも,彼は「脱構築」が嫌いなようです。でも,私くらいの理解力によるとデリダとジジェクの固有名論や言語行為論はあまり分かりません。1997年の私自身の英語論文でも,2人の議論を併記して論じているくらいですから。ちなみに,第1章はラカンの「『盗まれた手紙』についてのセミネール」についての解説でもあるので,最近の一連の私の関心のなかでも参考になりました。

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