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場所の運命

エドワード・ケーシー著,江川隆男・堂囿俊彦・大﨑晴美・宮川弘美・井原健一郎訳 2008. 『場所の運命――哲学における隠された歴史』新曜社,619p.,7245円.

原著が出版されたのは1996年だが,紀伊国屋書店でもその年に店頭に並んでいたと思う。場所の研究をしていた私は「fate of place」と名づけられた本書を無視するわけにもいかずとりあえず,ハードカバーのものを8550円で購入した。購入して満足しているわけにもいかず,結局1998年度に提出した英文の博士論文では本書は引用していないが,博士論文の作成と並行して読んでいたと思う。本にメモしたものによると,1997年6月8日に読み始め,1998年の4月8日に読み終えている。なんと,10ヶ月だ。原著も488ページに及ぶ大著であり,それだけ重いし,当時は辞書なしに英文は読めなかったので,自宅にいる時間だけ遅々として読んでいた。そしてもちろんそんな長い時間をかけて読んだものをしっかり覚えているはずもないが,読みながら下線を引いた箇所だけを見直すことによって,かろうじて『地理学評論』に書評を掲載したのが1999年の3月。とりあえず,本書を日本の地理学に紹介するには私しかいないと義務的に載せたが,中身はお粗末なものだった。
それから10年ほど経って,本書の日本語訳が書店に並んだ時にはかなり驚いた。それと同時に,それを不満足ながら書評として残した自分を誇りに思った。といいながらも,本書は場所について考え続けている私には教科書や索引にもなるべき包括的な本であり,いつもその存在は頭にあった。書評を書いた後に,プラトンの『ティマイオス』やアリストテレスの『自然学』を読み,デリダやクリステヴァ,イリガライのコーラ論やトポス論などを読み進めてきた。そんななかで本書を原文で一通り読み直すのは酷な作業だが,日本語になっていればこれ以上ありがたいことはない。ということで,再び本書に描かれた場所概念の西洋史を時代とともにたどってきたわけだが,これまた長い旅だった。もちろん,日本語訳は2段組で本文450ページ,注だけでも163ページあるのだ。いつから読み始めたかは明確に記憶・記録していないが,どうやら引越しの後であることは確かなようだ。それでも,恐らく3ヶ月弱はかかったのではないだろうか。でも,それだけの価値のある本である。
目次と前半部については書評で書いたので,そちらを参照してもらいたい。本書を改めて読んで,やはり基本的な哲学書を読む必要性を痛感する。なんといっても,まずはカント。まあ,カントの『純粋理性批判』における空間は本書を読まずともよく知られたところだが,意外なところがジョン・ロック『人間知性論』。20世紀に入っても,メルロ=ポンティの身体論を空間論として読むのは必要だとしても,ホワイトヘッドの『過程と実在』や『科学と近代世界』は必読なようだ。本書で意外に面白いのがハイデガーに対して大幅に割かれた部分。他の著書の作品はけっこう淡々と解説,解釈されるのだが,ハイデガーに関してはけっこう感情的に,そして批判的な書き方が面白い。著者の哲学研究の出発点がハイデガーにあるのだろうか。より最近なところでは,先ほどもデリダ,クリステヴァ,イリガライと名前を挙げたが,やはりドゥルーズ・ガタリの『千のプラトー』などは避けられないらしい。本書以上に分厚いあの作品に手を出すのは怖いから,とりあえず買ってある『リゾーム』でも読んでみるか。そして,本書におけるイリガライへの強調もなかなか興味深い。
著者は本書の前に『Getting back into place』(1993)を書き,本書以降にも,『Representing place』(2002),『Earth-mapping』(2005),『The world at a glance』(2007)と,私が論文を書くペースよりもはやく著書を発表しているという。もうすっかり,ひと段落してしまった地理学における場所研究と景観研究はすっかり一人の哲学者に包括的に総括されそうだが,そして同時に私という一人の日本の地理学者がケーシーの後付的研究をしなければならないと思う。
結局,今回の紹介文もまったくその中身については説明しなかった。でも,本書はやっぱり苦労して読むべきであって,読まない人に表面的な理解を提供するものではないと思う。本書のストーリーは比較的分かりやすいものであるが,それを読者の誰かが要約しても,本書の魅力を伝えることにはならない。本書を書き上げた著者の努力と,また12年経って翻訳した訳者たちの苦労を,せいぜいこの600ページを読むという苦労なしに経験するというのは意味のない行為だと思う。ただし,訳語についても素朴な疑問を2つ。1つ目はmodernをなぜか「近世」と訳すセンス。そして,regionを「地域」ではなく,見慣れない「方域」と訳しているのは,哲学の慣習であろうか。

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