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エコ、エコ騒ぐのもいい加減にしろよ!

6月3日(火)

日暮里bar porto 古賀夕紀子
仕事を終え、一度帰宅し、夕食を一人で作って食べてから日暮里に向かう。ひっそりとしたバーにふらっと立ち寄って素晴らしい歌声を聴く、そんな贅沢の味を知ってしまっている私ですが、この日は甘かった。予約もなしに開演予定時刻10分前にお店につくと、すでに随分客席が埋まっているし、空いている席にもコースターが置いてあり、予約席のようだ。私は演奏者が休憩と荷物置き場に使っている、ステージに背を向ける席に案内される。しかも、背中には壁。一番端っこの席で、体を反転させてようやく夕紀子さんの姿が見れる。ギターの前原さんの姿は見えない。無理に見ても譜面台でギターの手元は見えません。でもいいんです。夕紀子さんのライヴにこれだけお客さんが来てくれるってことで私も嬉しいんですから。一番驚き、そして喜んでいるのが夕紀子さん本人。ニコニコしながら私のところにやってきて、「すみません、こんな席で。見えますか?」と聞いてくれる。
さて、演奏ですが、この日もブラジルの曲を中心に、でも前回よりもcasaの曲も多めにチョイス。このcasaの曲がなかなか面白かった。casaとしてのライヴを前原さんはあまり聴いたことがないと思うが、必然的に美宏君の演奏を頭の中で流してしまうなかで、それとは明らかに違う弾きかたで返してくれる前原さん。その違いを存分に楽しめることができるステージ。まあ、音楽のことはさっぱり分かりませんが、小学生の頃に習ったいわゆる音符というのをこういう人たちは使わないんですよね。コード譜というものだと思いますが、一音一音を指定されずにどうやって演奏するのか、未だに理解していない私ですが、要は基本的なルールだけ決まっていて、後は演奏者の裁量に任されているというところでしょうか。いろいろ面白かったけど、覚えているのは「綱渡りの少女」のアレンジが良かったなあ。他にもソロではよく歌っている金延幸子さんや浜田真理子さんの曲なども。お客さんのなかには夕紀子さんが大学時代にやっていたバンドのメンバーなども来ていて、会うのは10年近くぶりということで、盛り上がっていました。私が2人の記念写真を撮ったりして。私も、この日は恋人が同僚と1泊旅行に出ているということで、終演後にウイスキーを頼んでまったりしてみたり。

6月5日(金)

講義後、有楽町に移動。最近、なぜかこの界隈で長い時間を費やすことが多い。

銀座テアトルシネマ 『夏時間の庭
まずは映画。恋人が先週の水曜日のお休みの日に観ようと思ったら満席で断念したという。その日はレディースデイだったからということだったが、この日もほとんど満席。私は1時間前に受付したので、大丈夫だったが、こういう作品は高齢の方にうけるのだろうか。まあ、平日も関係ないということだろう。
さて、本作はオリヴィエ・アサイヤス監督作品。パリ郊外にある、とある画家が住んでいた家で、その姪が夫を亡くした後に子ども3人を育てた。長男をシャルル・ベルリングが,長女をジュリエット・ビノシュが演じ、その母親の誕生日にそれぞれの配偶者と子どもたちが集まってのパーティから始まる。その画家が収集したさまざまな美術品や工芸品など、美術館が欲しがるような宝物の詰まった自然豊かな家。母親は自らの死期を悟ったように、長男にこの家の処分を相談する。一番この家に思い入れのある長男は、この家を宝物とともに守りたいと思っていたが、他の兄弟2人は海外住まい。今でも年に2回しか帰国できないし、今後はそれがもっと難しくなるという。
この画家の回顧展が世界各地で開催され、そのために渡米したり、パリでも開催した疲れもたたってか、母親は急死してしまう。実際に残されたのは美術品と家だけではなく、巨額な相続税。結局、家は売り、美術品は美術館に寄贈することになる。そんなことをめぐっての家族の物語。親しいようでいてそうでもない。実家に対する愛着よりも今の自分の生活が優先。一見、美しい美術品と田舎の地所。そんな映画的な美しい風景が牧歌的な雰囲気を醸し出していますが、なかなかいいリアリティがそこには描かれています。
ナイキのシューズ生産に関わる次男はアジアを生活拠点にしているが、ニューヨークで気ままに暮らしている長女はそのグローバル資本主義のありたかを非難する。一方で、長男は経済学者でもあるが、口は挟まない。長男夫婦はとても仲が良く、人前でもいちゃいちゃしているが、実はその子どもたちは無垢には育っておらず、窃盗と薬物保持で補導されたり。最後のシーンなどは売却前のその家で友達を呼んで大騒ぎのパーティ。長男夫婦は寄贈した家具類が美術館でどんな様子で展示されているのかを見に行くと、学芸員の説明にもまったく無関心にその前を通り過ぎていく団体客。
まあ、そんな内容です。私的にはとても面白かったのですが、客席の多くの年配の方たちはどんな心境だったのでしょうか。

東京メトロ銀座駅構内 leyona
この日は銀座駅構内でleyonaのフリー・ライヴ。私は結局この手のイヴェントには初参加になりますが、ちょっと前からこういう企画が始まって、今回で26回目とか。今回は世界環境デーということもあって、エコを前面に出しているようです。といっても、日本コカコーラが新しく発売したミネラルウォーター「いろはす」の宣伝。なんでも、最軽量のペットボトルで、雑巾を絞るようにすると、くしゃくしゃになってしまうというもの。もう、こういうエコにはうんざりだ。そんな水、はじめから飲まなきゃその方がいいのではないのか。次から次へと新製品を作り出しては販売促進して。それのなにが地球に優しいだ!
この日は17時からと18:30からの2ステージ。とにかく、16時過ぎに様子をうかがいに行くと、すでに列ができています。結局15分ほど立って待ち、30分は席に座って待ちます。その間、ずーっとこの水のCMが流れ、阿部 寛がひたすらペットボトルを絞っています。この音がうるさくてしかたがありません。さて、この日のleyonaは久し振りにパーカッショニストのラティール・シーとの2人。以前はこれに山本貴志氏を加えての編成が定番でしたが、もう一人でも十分なleyonaのギター技術。leyonaは今年で10周年。私も8~9年は聴き続け、ライヴに通い続けているので、ギターを弾き始めた頃から知っていますが、対したものです。それにしても、やっぱりラティールのコンガとジャンベはすごい。アフリカ人だからと簡単に済ませたいところですが、そうではない。彼だからすごいのだ。しかも、それはごく自然なところがまたすごいのです。1ステージ7曲くらいでしたが、汗だくになってのleyonaも良かったな。そして、この日は多少期待していたけど、嬉しかったのはCDの販売とサイン会があったこと。私はまだ最近出た彼女のカヴァーアルバム『music is magic』を購入していなかったので、これを期に購入。3000円は高いと思いますが、そしてサインをもらおうとビニールをはがすと、思わず帯がはらり。このCDには歌詞カードもついていないので、これがないと、単なるCD-Rという感じですが、なんと私が落としたと思われるものを前に並んでいる人が拾ってしまったのだ。その人も同じようにビニールをはがしていたので、「それは私のです!」ともいえず、もう一つ落ちていないかと探すものも見つからず。結局そのままサインをもらいました。leyonaと直接会話を交わすのは初めてだったけど、上手くかみ合わなかったな。いろんな会場で最前列になって食い入るように見続けた8年間だったけど、やはり顔を覚えているはずもないか...

2ステージ目のアンコールの前に(あるとは思わなかった)、会場の後方に行くと、ここで待ち合わせていた杉山君と二村君の姿が。この後は勉強会です。この日は私の選んだ論文をめぐって、90分ほどカフェで議論。その後はガード下の呑み屋で一杯。結局、終電で帰ることになりました。

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