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2009年7月

ケーキのない誕生日

7月26日(日)

この日は私の39歳の誕生日。夜にはこちらでも散々宣伝した、私企画のライヴイヴェントがあります。恋人は日曜日なので休みは取れなかったものの、ライヴの時間には間に合うようなシフトに換えてもらいました。しかし、そのしわ寄せは朝に。この週は昼過ぎから深夜までというシフトだったが、この日に夕方上がりになったため、出勤は8時。朝食も取らずに行ってしまいました。しかもこの日は暑い!まあ、雨が降ってしまうよりはましですが、あまり暑いのも困ります。遅めに起きて、一人の朝食を作り、食べ、洗濯をして軽く掃除。夕方まで家にいるのも辛いので(基本的になるべくエアコンは使わない)、午後から外出。ライヴ会場に行く前に映画を1本観ます。
しかし、先日も書いたように、ここ最近は観たい作品が少なく、最近公開されたばかりの外国映画が2本。まずは『湖のほとりで』というスペイン映画を上映しているテアトルシネマ銀座へ。映画館は上階だが、1階においてあるスケジュール版に「受付終了」。まあ、ここはしょうがないとして、今度はシャンテ・シネに移動。その前に観ようと思っている『セントアンナの奇跡』の前売り券を購入。でも絵入りではなくぴあ印刷のやつ。しかし、シャンテでも「受付終了」。誕生日になんてことだ!
この日も暑い中歩いて汗だくで、もう発狂しそうになりながら最後の望みを、持っていた『アマルフィ』にかける。この近辺の上映間はスカラ座。「うースカラ座ってどこだ!」と探しながら結局チケット屋で確認したら、シャンテのすぐそばだった。あそこは「みゆき座」だと思っていたら、その隣のスクリーンだったのね。意外にも初めてです。もちろん、こちらも受付窓口は混雑しています。しかし、「前方5列での案内になります」と大抵最前列に座る私にとっては混雑でもなんでもない。最後に救いの神が私の誕生日を密かに祝ってくれたのでしょうか。誕生日に相応しい作品かどうかは分かりませんが、とにかく夕方まで街を彷徨う羽目にはならずにすむ。ちょっと時間があったので、近くのスターバックスで軽いランチ。こんな時でもホットコーヒーの私。さすがに飲み切れないので、そのまま映画館へ。

日比谷スカラ座 『アマルフィ 女神の報酬
フジテレビ開局50周年記念ということで、全編イタリアロケで制作された作品。一応、テレビシリーズものと可ではないが、テレビドラマで視聴率に貢献している俳優を中心にキャスティング。まあ、散々宣伝しているでしょうから説明は不要だと思いますが、外交官役の織田裕二が主演。相手役はイタリア旅行で娘を誘拐されるという役で天海祐希。一応福山雅治もメインキャストに挙げられていますが、本当にチョイ役。客引きです。もう一人のメインキャストに名前を載せてもらったのが、なんと戸田恵梨香。特に織田裕二ファンでも、天海祐希ファンでも、イタリア好きでもフジテレビ好きでもない私のお目当ては当然戸田恵梨香。でも、どちらかというと次のメインは佐藤浩市であり、戸田恵梨香よりは佐野史郎の方が長い時間スクリーンに映っていたのかもしれない。いちいち書きませんが、他のキャストもなかなか面白いといえば面白い。
さて、『踊る大捜査線』で元気一杯の織田裕二ですが、本作ではむしろ、、『踊る大捜査線』での柳葉的ポジション。部下として研修生の戸田恵梨香をこき使い、いつでも冷静、ほとんど一回も笑わない役。一方、天海祐希は娘を誘拐されてわめいているばかりの役。この辺の見所はあまりありません。そして、やはり観光チックな映画であることは否めませんが、脚本はそれなりに面白い。しかし、一つだけネタバレしてしまえば、「アマルフィ」という地名はストーリー上でほとんど重要な意味をなさない。ところで佐野史郎さんはノラオンナさんの企画ライヴへの出演をキャンセルしてイタリアロケに参加したとのこと。なんか、最近若返っていますね。なかなか良い存在感です。
そしてなんといっても、私にとっての本作の見所は戸田恵梨香に尽きる。いやあ、スクリーンに映っていたのは多分20分くらいだったと思うけど、もう満足です。基本的に彼女は日本の外務大臣の訪伊をとりしきるチームの一員として動員されているものの、織田演じる外交官がやってきて、しかも彼が誘拐事件に巻き込まれ、やむなくそちらのサポートもしなくてはならなくなる。でも、もちろん織田が主演なので、この事件とは関りを持たない大使館職員、大塚寧々や伊藤敦史よりも出番が多くて嬉しい。要するに、戸田恵梨香演じる女性の立場は、役どころでは大使館職員のなかでも下っ端。そして、実際の出演者のなかで、もちろん最近の人気上昇中からいえばそれこそメインキャストに名前を加えてもらっているが、キャリア的には下っ端。その、作品のなかでも、作品制作の現場のなかでも同じような立場で、しかも最近の人気におごることなく、まさにまだ着任したばかりでイタリア語もろくにしゃべれないという立場上、先輩を立てる控えめさを持ちながら、冒頭のシーンでは全体会議のなかで皆にジェラートの試食をさせるという大胆さは、もちろん彼女自身の演技にも現れています。上にも書いたように、本作でははっきりいって天海祐希は十分に活かされていない。天海と織田、そして戸田が3人スクリーンに映り込むシーンではどうしても戸田恵梨香に視線はいってしまう、そんな存在感があったと思う。私の一番お気に入りのシーン。織田に無理な調べごとを命じられ、そのことを報告している最中。織田は必要な情報だけ聞くと、その場から立ち去ろうとしている。戸田は「せっかく調べてきたのに、最後まで聴いてください」という訴えかける目で、織田の行方を追う。この時の表情と、私の聞き間違いかもしれないが、ちょっとした舌打ち。まあ、この監督は厳しい演出だったということを、舞台挨拶で出演者誰もが口にしていたというので、これも演出だとは思うけど、なかなかない演技だと思う。
戸田恵梨香、まだ主演映画は2本だけで、1本目の『Presentうに煎餅』はレイトショーのみだったので観た人は少ないだろうし、2本目の『恋極星』は人気の割にはお客さんが入っていなかったように思う(上映期間が短かった)。ドラマは観ていないのでなんともいえないが、彼女は主演として映えるタイプだろうか、それは正直まだ分からない。でも、私が彼女を好きになった『天国は待ってくれる』といった、ちょっとした配役で素晴らしい存在感をみせる彼女はやはり貴重な女優になりそうだ。

さて、日比谷から千代田線に乗り、この日は千駄木まで。谷中ボッサには16時の集合だが、30分くらいは散策できます。と思いきや、千駄木駅近くの古書店に立ち寄るとあっという間に時間がなくなる。良い古書店を見つけたよ。先日、このあたりを舞台にした映画『私は猫ストーカー』を観たので、路地を抜けながら北上する。いい感じのお店が集中する小道をみつけました。すると、カメラを首からぶらさげた集団がいましたねえ。谷根千散策隊。

谷中ボッサ 東京生音生活 vol.3
2年前に始まった「自分で自分の誕生日を祝おう」という企画のライヴイヴェント。今回で3回目です。今回はcasaを招くというのははじめから決めていたが、その後のことは紆余曲折あって、こちらの谷中ボッサにお願いすることになりました。お願いしようと決めてから5回くらい通ったでしょうか。はじめはオーナー夫婦の奥さんの方と知り合いになったのですが、通ううちに旦那さんの方ともいい感じに仲良くなって当日。16時は少しすぎてしまったのですが、ミュージシャンはまだ来ていない。普段はエアコン控えめなお店ですが、この日はかなりお客さんが集まるということで、冷えています。助かります。お客さんが入っていない状態では整然と32ほど並べられた椅子は広く見えます。
1ヶ月前から告知をはじめ、mixiを中心に情報をアップしていた時点で予約がけっこう入った。残念ながら私の個人的な友達にはことごとく断られましたが、半数の15人まではすぐに集まり安心していた。しかし、半月前にcasaと黒川さんの所属するコーコーヤが同時にライヴがあり、そこで自主作成したチラシを配った。ここでまた予約者が増えるだろうと思っていたら、ほとんど反応なし。結局1週間前になっても10の空席があるままで気持ちが焦ります。しかし、3日前からお店の方や、出演者の方から、あるいは直接メールで予約が入り、結局予約者のみで予定人数よりも多くなってしまった。
この日、バンドネオンの早川さんは昼間もライヴがあるということで遅れて到着。ということで、casaがお先にリハーサル。美宏君のギターはマイクで音を拾うことにし、夕紀子さんのヴォーカルを生音にするか、マイクにするか悩みどころ。私の記憶では夕紀子さんが生歌を披露したのは森のテラスの時のみ。その時は私の恋人が写真を撮っているが、両手を伸ばしてとても気持ちよさそうだ。確かに、このお店は狭く、天井が高い。生歌でいくには絶好の環境だ。しかし、素人耳に私には歌声は問題ないのだが、ギターがちょっと大きいような気がした。一応、マイクもセットしたが夕紀子さんが持参したのはワイヤレス。お店のどこからか持ってきたマイクはどうやら音がこもるとか何とか。とりあえず、マイクは準備だけしておいて、生歌でいきましょうということに。
casaリハーサル中に黒川さんと神田さんが到着。神田智子さんとははじめましての挨拶。2人はお店の奥の控え室へ。早川さんは思ったよりも遅れずに、予定の17時の15分前には到着。長身で細身です。ホームページのトップ写真は気取った感じですが、まだ若く、実物は笑顔の可愛い青年。こちらもはじめましての挨拶。結局、casaが17時までリハーサルをし、その後神田+黒川+早川トリオ。こちらははじめからヴォーカルの神田さんがマイクをセット。私も生で初めて聴くバンドネオンですが、想像以上に音が大きい。アコーディオンよりも音がきついですね。そして、クラリネットもそれに負けじと大きいです。はじめは控えめにヴォリューム調整をしていた神田さんですが、黒川さんが「もっと思い切ってあげちゃいましょう」といって、ほぼ最大限に。それでようやく音のバランスは取れる。しかし、この狭い空間で聴いていると、なんとも騒がしく聴こえるのは否めない。casaとのバランスが...などと不安要素がありながらも、お客さんが入った状態でどう聴こえるか、私にはちょっと想像がつかないので、この辺はミュージシャンとお店の人の感覚に任せるしかない。
ということで、ちょっと外に出ると早くもTOPSさんの姿。それから5分ほどすると恋人とその友人。ドアの前で話をしていると、他のお客さんも集まってきてしまいました。さすがにこのお店のお客さんは集合が良い!予定時刻よりも5分ほど遅れて開場・受付。当然受付は私がやるのだが、中は座席でいっぱいなので、受付は外。風の強いなか、予約者一覧表に、お金、チケット。暑いし、なかなか大変です。結局、当日のキャンセルは1名のみで、しかもcasaのお客さんが当日2名増え、予定よりも1名オーバーで、結局私か恋人のどちらかは立っているという大盛況になりました。このblogでのみ交流のあったbrittさんも初めて顔を拝見したり、私のちょっとした知り合いもちょこちょこ来ていただいて、本当にありがたい。3人の人からは誕生日プレゼントもいただいたりして。若干、私たちの共通の友人の到着が遅れたりして、約15分ほど遅れて開演です。
神田智子+黒川紗恵子早川 純:まずはこちらの3人組。そもそも、当初考えていた会場が予想よりも料金が高く断念し、谷中ボッサに決まってから、出演者もそこに相応しい人として再考した。谷中ボッサは基本的にブラジルつながりで音楽ライヴも開催しているようなお店で、基本はカフェなので、非常に限られた出演者しかこれまでやっていない。私の知り合いでは戸田和雅子、small color、dois mapas、そしてコーコーヤ。戸田さんは昨年、dois mapasは一昨年に私のイヴェントに出演してくれたので、まずはsmall colorのオオニシユウスケさんに声を掛けたが早くもその日の予定が決まっていて断念。ということで、コーコーヤ自体の出演はちょっと難しいだろうということで、メンバーの黒川さんか江藤さん。先に知り合いになったのが黒川さんだということで声を掛けてみることにした。私はcasaが歌ものなので、インストゥルメンタルを想像して声を掛けたのだが、思いの他すぐに挙がった名前が神田智子さん。彼女はそれほど頻繁に人前で歌うような人ではないようだが、anonymassのヴォーカルとして知っていたし、コーコーヤのアルバムにも参加している。anonymassのライヴを観たのはその存在をよく知らない頃だったので、もう一度きちんと彼女の歌を聴きたいと思ってお願いした。さすがに歌とクラリネットでは難しいということで、メロディの取れる楽器をということで、なかなかもう一人のメンバーが決まらず、決まったのがバンドネオン。なんと、この3人全員が東京藝術大学出身者というトリオになりました。ちなみに、谷中ボッサのオーナー夫婦は早稲田大学出身者のようだが、このお店は東京藝術大学にとても近い。
前振りが長いな。先ほど、リハーサルの時に全体的な音量が気になるといったが、本番になると全く問題なし。お客さんがいることが関係しているのかどうだかよく分からないけど、やっぱりすごいな。感覚的に3人が調節しているのかもしれません。もちろん、音量だけではなく、本番の演奏は良い具合の緊張感があり、それでいて結成したばかりのユニットであるので、お互いの音を聴きながら展開していく、その手探り感がまたたまらないんですよね。少し悪い言い方でいうと、神田さんの声はあまり特徴がないが、だからこそこの2つの楽器とともに、歌声も楽器の一つとして、セッションしている感じでしょうか。日本語の曲、ブラジルの曲、英語の曲とさまざまでしたが、とにかく面白いステージでした。黒川さん曰く、「この組み合わせは日本初だ!」というくらい珍しいらしく、だからこそアレンジや音のすり合わせが大変だったとのこと。聴き手専門の私にはほとんど違和感がない感じで仕上がっていたように思います。さすが、藝大出身のプロのミュージシャンですね。
casa:15分ほどのインターバルをいただいてのcasaのステージ。時間的には若干おしています。結局本番もマイクなし。私が懸念していたギターの音量も全く問題ありません。かといって、歌声も聴こえづらくなってしまうなんてことはない。この日の私からの注文は、「砂の歌」と「花の名前」。その他は「基本的に暗めな選曲でお願いします」。まあ、casaには暗い曲ってのはあまりないのですが、テンポのよい曲よりゆったりとした曲というニュアンスだったのですが、やはり全体的にはいつもどおりな感じだったように思います。「プロペラ」から始まり、アンコールの「すみわたる」、ラストの「空の合図」、もちろん「綱渡りの少女」もやりました。ちょうど今回のリハーサルの時に仕上がった新曲もやってくれましたが、意外に最近の曲は少なかったのかな。もうちょっと具体的にリクエスト曲を増やせばよかったかな。まあ、といっても生声による演奏は非常に貴重で、素晴らしいステージでした。そして、本編が終了して、すでに予定された音出しのリミット時刻になっていたが、お店の人のご配慮でアンコールもすることができました。
それにしても、この日のお客さんがまた良かった。さすがに狭い客席で体を揺らしたりする人は少なかったけど、1曲ごとの拍手が強くて長い。夕紀子さんのMCの声が負けていました。まあ、そのMCが彼女の可愛いところでもあるけど、もうちょっとしっかりしゃべった方がよいかな。
なんだかんだで終演後はバタバタしていて、いろんな人に挨拶したりお礼をいったりおしゃべりしたりしているうちにお店を出る予定の21時をすぎていました。黒川さんチームの方で予定していた日暮里駅前の焼肉屋さんでの打ち上げに皆で参加。豚肉の焼肉でしたが、目の前で焼かれるとそれだけでお腹一杯になりますね。なんだか疲れも手伝って、すぐに満腹、ほろ酔い。お店が23時までということで、そのまま岐路に着きました。

改めて、ご協力していただいた皆さま、ご来場していただいた皆さま、ありがとうございました。
バースデイケーキはなかったけど、素晴らしい誕生日になりました。

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危うく映画難民,汗だく

7月24日(金)

大学は先週で終わったが、この日は夕方に大学近くの飯田橋駅ビルでナオリュウさんのライヴがあるということで、採点を早めに終わらせ、提出しにいくことにした。その前に新宿で映画。

新宿K's cinema 『ぼくの伯父さん
今、K'scinemaではジャック・タチの特集をやっている。ここ最近は夏休みに入るというのに面白い新作映画が少ないので観てみることにした。古い映画に弱い私はジャック・タチなど全く知らなかったけど、大橋エリちゃんがたまに一緒にやっている伊佐治 直さんというピアニストがジャック・タチの映画音楽をCD化しているというお話を聞いたことがあり、覚えていた。と思ったけど、ネットで調べても詳細が出てこないなあ。
まあ、ともかくジャック・タチの代表作といわれる『ぼくの伯父さん』(1958年)を観ることにした。まあ、くだらなくて退屈する作品だったが、なんとアカデミー賞外国語映画賞を受賞したらしい。伯父さんとはジャック・タチ氏本人が演じるさえない中年男。職もなければ甥っ子と一緒になって子どものような遊びをするばかり。ちなみに、彼は一言もしゃべらない。この伯父さんことユロ氏の妹の旦那が成長株の会社の社長で、その最新のデザインと機能を兼ね備えた自宅とその工場を中心に話は展開するが、まあ、基本的にスローテンポでギャグのつぼもいまいちつかめない。うーん。大学に正接を提出し、時間が余ったのでちょっと図書館。やっぱり暑い日は図書館ですね。

飯田橋ラムラ ナオリュウ
飯田橋の駅ビルラムラでは定期的にフリーライヴをしているが、来るのは初めて。ナオリュウさんは金曜日のアコースティック枠ということで、1階の踊り場のステージ。ステージ前に椅子とテーブルが出され、後方の階段に座っている人もいます。既にお客さんがかなり集まっていて、リハーサル中。この日はnoa noaの上野 洋さんがフルートと鍵盤ハーモニカで参加。ナオリュウさんはさらにルーパー(その場で録音をしてループさせる機械)を用いての演奏。久し振りのナオリュウさんの歌声だったが,リハーサルの時のその声量に驚く。本番の時は音のバランスも考えて抑えているようで,リハーサルの時の遠慮のない歌声は素晴らしかった。もちろん,音のバランスと曲の進行に配慮をした本番も良かったけどね。意外にも国内外のカヴァー曲もやったりして。私は次の予定が迫っていたので,ゆっくりお話しする余裕はなかったが,自主制作の4曲入り300円のCD-Rを購入して新宿に移動。ちなみに,このCD-Rは新曲というよりはライヴでお馴染みの曲だけどこれまでのアルバムには収録されていない曲たち。
新宿駅についたのは集合時間数分過ぎだったが,2人は私より遅れていたし,金曜日に南口改札という無謀な待ち合わせ場所だったので,そんなに急がなくてもよかった。先月から始めている地理学者4人で,英文の論文を読むという勉強会。今回で4回目です。始めは,その辺のカフェで1時間以上も飲みもの1杯でこういう集いをするのはどうかとも思ったけど,実際には1時間以上いるお客さんって別に珍しくないという発見があった。この日も1時間半以上喫茶店で過ごし,21時前後に呑み会に移行。

7月25日(土)

翌日は東京経済大学に成績を提出しに行く。恋人と13時に新宿で待ち合わせていたが,よく考えたら移動時間に全く余裕がなかった。国分寺駅から大学まで急ぎ足で往復し,新宿駅からも大急ぎで西口コクーンタワー1階のblue square cafeに5分遅れで到着したが,まもなくして恋人も登場。どちらも遅れた。そこではランチついでに,八恵子さんという人の「チビッコかみさま」の展示をやっていて,それも目的。最近はわざわざ美術館に足を運ばなくても身近なところで優れた作品に出会うことが多い。
職場に向かう恋人と別れ,私は映画『アマルフィ』を観るためにピカデリーへ。既に満席。続いて,バルト9へ。20人ほど並んでいるのに残席2。本当にこの映画館はいつも骨折り損をさせられる。でもあきらめきれない私はチケット屋に行って,渋谷の映画を調べる。絶対観ると決めていた『不灯港』に決め,渋谷ユーロスペースに急ぐ。この日はどれだけ歩いただろうか。しかも,すべて時間に追われて。そして,同時に暑さにやられてグッタリ&汗だくで最前列に。

渋谷ユーロスペース 『不灯港
予告編で一発で気に入った映画。知っている出演者といえば,ダイヤモンド✡ユカイと麿 赤兒。そしてエンドクレジットでの私の記憶に間違いがなければ竹本孝之も出ていたようだが,どの役かはわからず。ともかく,基本的には有名でない俳優を中心とした作品だが,やはりPFFスカラーシップ作品だった。PFFとは「ぴあフィルムフェスティバル」で,そこでグランプリを受賞した作家が資金を与えられて制作する作品。よって,長編初作品で公開も予定されているということ。今回の『不灯港』が第18回目らしいが,なんと第12回作品『BORDER LINE』からの作品は皆劇場で観ているよ。この監督,季 相日は『フラガール』で,13回の『バーバー吉野』の荻上直子監督は『かもめ食堂』や『めがね』で,14回『運命じゃない人』の内田けんじ監督は『アフタースクール』で,と次々と長編公開作品を世に出し,評価を高めている。ちなみに,熊坂 出監督の『パークアンドラブホテル』は第17回作品。で,この『不灯港』は内藤隆嗣監督。名前はしっかり覚えておこう。
なんといっても,本作は主役の万造のキャラが魅力。万造を演じる小手伸也と宮本裕子は舞台を中心に活躍する俳優だとのこと。万造は父親の残した漁船で,見よう見真似で漁に出る毎日。一軒家で一人暮らし。地元を挙げて嫁不足対策の合コンを開催するが,そのシーンも面白い。しかし,もちろん万造はそんなところで嫁をゲットできるわけはない。予告編でも冒頭で流れる自己紹介ビデオ。ここに第一の驚きがある。なので,ネタバレはやめておくが,わけありの女性美津子と知り合いになり,一時期は楽しい擬似家族生活が続く。まあ,そのままハッピーエンドでは面白くないが,本作はストーリーそのものよりも,多少わざとらしい脚本がたままらず面白い。恐らく苦手な人もいるだろう,癖のある脚本だが,個人的にはツボです。しかも,万造の単調な語り口がなんともいいんですね。今思いつきましたが,演出が少しアキ・カウリスマキに似ているのかもしれない。そんなある種のわざとらしさが苦手な人にはお奨めしませんが,是非みて欲しい作品なので,私からの説明はここまで。

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そして,39歳になりました。

7月20日(月,祝)

この日も昼から谷中。今度はcasaの2人を招いてのランチ。私のイヴェント出演者の黒川さんはコーコーヤとして谷中ボッサにも出演しているし,東京藝術大学出身の彼女は今もほど近くに住んでいて,たまにお茶しにくるらしい。まあ,ともかくcasaの2人を事前にお店の人に紹介したかったし,やはりお店を見ておいた方が演奏のイメージがつくと思う。私が待ち合わせ時間の12時過ぎに着いてしまったが,まだ2人は来ていなかった。ソファがテーブルを挟んだ席に「Reserved」というプレートが置いてあり,わたしたちのために席を取ってくれていたようです。美宏が5分も経たずに到着。夕紀子さんは30分ほど遅れるとのことで,2人で先にランチ。美宏君はカレーで,私がムケッカ。食べている途中で夕紀子さん登場。彼女はデザートに惹かれて,タルトを注文。夕紀子さんはお店の雰囲気が気に入ったようで何より。2人はその後にリハーサルということで,14時前まで他愛ないお話,そしてお店の人とちょっとした打ち合わせ。私はその後,日比谷に移動。

日比谷シャンテ・シネ 『サンシャイン・クリーニング
特に観る映画は決めていなかったけど,この作品がちょうどよい時間にやっていたので,観ることに。『リトル・ミス・サンシャイン』のスタッフによる新しい作品は,30歳前後の姉妹の物語。姉は高校時代はチアリーダーでマドンナ的存在。アメフト部のスター選手と交際していたが,今ではハウスクリーニング業のシングルマザー。しかも,その元アメフト選手現警察官の男とは未だに不倫関係を続ける仲。一方,妹は未だに父親と一緒に暮らし,アルバイトも長続きせずに職を転々とする。そんな姉がその警察官のコネで始めた,殺人や自殺の現場の清掃業務。その名も「サンシャイン・クリーニング」と名づけ,妹と2人でやりがいのある仕事を見つける。
前半は仕事が軌道に乗り,2人ともいい感じで上向きに,と思えるが。まあ,実人生がそう甘くないというのと,この手の映画がそううまく話が進んでも面白くないのと,もちろん2人には試練が待っています。でも,本作が持っている『リトル・ミス・サンシャイン』同様の面白さは,お父さんと子どもの存在。前作では主人公が少女で,本作では幼い息子はあくまで脇役。でも,いつでもひらめきで次から次へと新しい商売に手を出す父親と,一癖あって小学校では問題ばかり起こしている息子。この2人の存在が魅力的なんですね。結末もなかなか素敵です。それにしても,私は観なかったけど不評の『魔法にかけられて』主演のエイミー・アダムスですが,このくらいのダメダメ役の方がよく似合ってます。妹役のエミリー・ブラントもなかなか好演。『ジェイン・オースティンの読書会』や『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』に出演していたってのはピンときませんが,実はまだ26歳ってことで,今後に期待できます。そうそう,今ネットで調べたら,『ジェイン・オースティンの読書会』の時はショートヘアだったんですね。『サンシャイン・クリーニング』ではなんとなく長身なイメージですが,『ジェイン・オースティンの読書会』では小悪魔的な感じで魅力的でした。

7月22日(水)

今の恋人と付き合い始める前,お互いに新劇場版の第1作目を観ていたということもあり,2作目が出たら一緒に観ようといっていた。先日渋谷のTSUTAYAで別のチケットを購入した時,この前売り券が完売リストに入っていたこともあり,水曜日のサービスデイに観ることにした。そもそも2人で揃って映画を観られるのは,平日の夜しかない。ちなみに,2人の初デートもこの映画館,シネセゾンで『人のセックスを笑うな』だったので,その後に行ったお店,「Thanks Nature」というカフェで映画の前にご飯。ここのサラダ丼がなかなか美味しい。

渋谷シネセゾン 『エヴァンゲリヲン新劇場版・破
ということで,エヴァンゲリオン。私は漫画もテレビ版も前の劇場版も知らない。ただ,吉祥寺の献血ルームで,原作漫画を2,3巻だけ読んだことがあり,新劇場版ということで,今度はきちんと観ていこうと思ったのだ。第1作はなんだか『機動戦士ガンダム』の設定によく似ていて思ったよりも理解しやすいと思ったが,第2作目はそうは甘くなかった。なにやら聖書から取られたと思われる(そもそもエヴァンゲリオンも福音の意ということだが)カタカナ言葉がいっぱい出てくるし,日本以外の国から,エヴァ○号機ってのが次々出てくる。まあ,その辺の次に続くことについては後々分かるだろうということで先延ばしにすればそれなりに理解できるし,なによりもその戦闘シーンやちょっとした人物描写は初めての人にも楽しめる要素がいっぱいある。つまり,かつてのガンダムファンのようなメカヲタクだけでなく,萌え系のアニメヲタクをもひきつける要素がいっぱいあるんだろう。若年層を中心とする満席の劇場が,上映後,歓声とため息で包まれるって経験はなかなかないぞ。私も年甲斐もなく興奮しました。さすがです。まあ、冷静に考えれば突っ込みどころはいっぱいあるんだけど,まあ,この発想力と構想力,そしてそれをこうして映像化する技術力は本当にすごいと思う。
もちろん,最後には次回作の予告編もありましたよ。でも,公開時期は明らかにされていませんでした。

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リゾーム

ドゥルーズ, G.・ガタリ, F.著,豊崎光一訳 1977. 『リゾーム』朝日出版社,113p.,600円.

本当は本書は雑誌『エピステーメー』の臨時増刊号として出版されたものだが,まあ雑誌らしいのは装丁だけで,他の記事は全くないので,単行本として扱ってもよいだろう。しかし,著者たちはそもそもこの文章を単行本での出版を望んでいなかったらしい。そして,この1977年という時点では,ドゥルーズの単著はいくつか翻訳されていたものの,『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』などで有名になっているこの共著作品として翻訳されたのは初めてだという。ちなみに,私もこの共著作品を読んだのは初めて。
ケイシー『場所の運命』でも『千のプラトー』が取り上げられ,従来の場所の概念を覆す新しい思想の一つとして捉えられている。そこでは,もっぱら定住と結びつきやすい場所概念に対して,ノマド=遊牧民という定住ではない場所との関わり方という発想のようだ(あまりにも単純化しすぎだが)。でも,ノマドではなく,リゾーム。私はこの言葉を勝手にアメーバ的なものと勘違いしていたが,リゾームは日本語に翻訳するならば,「地下茎」や「根茎」を意味するらしい。これはあくまでも隠喩なのか。ノマドというのを遊牧民と理解するならば,その運動体は家族という社会集団ではあるが,個別な社会集団である。あるいは家族より大きな社会集団であることもあるだろう。しかし,ともかくその集団は独立して空間内を移動する。一方アメーバは連続的に空間に拡散していく。しかし,その連続性は流動的にその形態を変え,分断もする。それに対して,地下茎,根茎というと,あくまでも線上に連続的に伸びるものだ。
さて,著者たちはそんな隠喩を用いて何を論じようとするのか?「樹木はすでに世界の比喩像である,あるいは根は世界として樹木の比喩増である。・・・根それ自体もそこでは直根〔回転する根〕であり,側面的や循環的な,より多数の分岐があって,それは二分法的なものではない。」(p.20)「地下の茎たるリゾームは根や側根から絶対的に区別される。球根や塊茎はリゾームである。」(p.24)「多数多様体はリゾーム状であり,樹木上の擬似-多数多様体を告発する。」(p.26)「すべてリゾームは分節線の数々を含んでいて,それらの線にのっとって地層化され,属領化され,組織され,意味され,帰属され,等々しているものだ,だけどもまた非属領化の線も含んでいてそれらを通して絶えず脱出してもいるのである。」(p.30)
本書も,デリダの『哲学の余白』だったか,『散種』だったかと同様に,いくつかのテクストが同時並行的に進行する。フォントの違いによってそれらは区別され,ページの真ん中だったり,下寄りだったり,上寄りだったりしながら,どこから読んだかよいか読者を困らせながら,「ページの最初から最後まで読まなければならない」という読書の因襲・規則・強制に問いをかけようというものであろうか。他にも「器官なき身体」や「精神分裂-分析」など,後の著作にも続いていく面白そうな概念と発想のてんこ盛りです。
しかし,まあ基本的には抽象的な議論が続き,はっきりと何かの含意が記憶に残っていくわけではない。かといって,かれらが具象と抽象,現実と隠喩などの区別を超越しているのは確かだ。本書を読みながらなにか具体的な事例を想像したりしても面白くないんだろうな。でも,場所研究の新しい方向性のためにはかれらの著作には取り組まなければならないだろう。

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明日で39歳になります。

さて,明日は誕生日。
なかなかいい感じの天気予報ですが,しつこくトップに載せてきたライヴイヴェントがあります。

当日行こうかな,と思っていた方,残念ですが予約完売しました。
ご了承ください。

7月18日(土)

東京経済大学が夏休みに入ったので(学生はまだ試験期間ですが)、久し振りにのんびり家で過ごす。恋人の出勤時間に合わせてジョギングに出かけ、洗濯、掃除、皿洗い、トイレ掃除、アイロンがけなど別に家事がたまっているわけでもないが、一通りこなした後、昼寝をしたり。午後は食パン作り。結局、下北沢のトリウッドなどでも都合の良い時間で映画はやっていなかったので、この日の用事はライヴのみ。20時開演だったので、19時前の電車に乗るが、この日は調布市花火大会だったので、電車が乱れ、5分以上遅れる。下北沢のbio ojiyan cafeで定食を食べてleteへ。

下北沢lete ノラオンナ
本人がホームページの日記でも書いているので、隠さなくてもいいと思うが、ノラオンナさんは先日子宮癌の手術をした。早期発見だったらしいし、手術もうまくいって、術後大量出血があったりしたようだが、先日の検査で問題なかったようです。でもまだ40歳台前半なので、進行の速さは否めない。しかし、彼女はその事実を受け止め前向きです。そんな、復帰第一弾のライヴ。MitaTakeの見田君を招いて、無理をせずゆったりとしたライヴ。意外にお客さんは少なかったけど、ノラさんはこのくらいがちょうどよいと上機嫌。2部構成の前半は見田君と一緒で、トークも彼に語りかける感じで、病気のことにはまった触れなかったけど、トークを聴いているのも楽しい時間。まあ、本人もいっていたけど、演奏には全く支障なし。1部でしゃべりすぎたということで、2部はしゃべらず、一人で黙々と歌います。2部はかなり短い時間で終了。久し振りに終演後も居残って、その雰囲気を味わいます。これもライヴの楽しみでしたね。最近はちょっと忘れていました。ノラさんの恋人とも少しゆっくりお話したりして。手作りパンの差し入れにはちょっと驚いてくれたようで、後日の日記にも載せてくれました。

7月19日(日)

この連休はライヴなし。午前中は何をしていたのか、あまり記憶にないが、少し早めに外出し、いち早く今年の誕生日プレゼントとして恋人からもらったデジタルカメラを持参して、恵比寿などで街のスナップショットを撮影。このカメラは500万画素でピントもない。それなのに、なぜか白黒モードとセピア色モードがある。性能・機能としては、日本のメーカーの10年前モデルという感じだが、AGFAというドイツのフィルムメーカーの製品。かなり以前にフィルムカメラを作ったことがあったそうだが、そのデザインをデジタルカメラとして復刻したということのようです。かなりトイカメラっぽい雰囲気が楽しめます。

恵比寿ガーデンシネマ 『扉をたたく人
恵比寿と吉祥寺でしかやっていないアメリカ映画。法政大学の地理学の講義では英文の教科書を使っているが、時折映画の話をして、分かりやすい事例を示している。そもそも、外国旅行をしたことのない私は、グローバル化の実態を肌で感じることは難しい。よって、どうしても映画をそういう目で観ることが多いのだが、昨年度からその講義のレポートで、学生に私が選んだ映画を観てもらって、グローバル化と場所の問題を考察するという内容にしている。本作もそんなのに適した内容だ。
妻に先立たれ、生きがいを失った中年大学教師の男性が主人公。惰性で続けている講義と研究。ある日、出産間近の同僚の代わりにニューヨークまで学会出張に出かける。実はかつてはニューヨークに住んでいて、購入したアパートメントがそのままあったので、鍵を開けて中に入ると、数年ぶりのはずなのに生活の痕跡がある。恐る恐る明かりの灯るバスルームを覗くと、なんと黒人女性が入浴中だった。奥の部屋からはアラブ系の男性も現れる。どうやら彼らは、勝手に合鍵を作った知人に騙されて、勝手にその部屋を借りていたのだ。とりあえず、事情は分かったので、2人は行く当てもなくそのアパートを立ち去るが、主人公は見るに見かねて、彼らを当分の間滞在させる。そこから奇妙な3人の生活が始まるのだが、主人公の変わり映えのしない平坦な生活にも変化が訪れるようになる。著名なピアニストだった妻の思い出に浸るようにピアノのレッスンを続けていた主人公は、それよりもこのシリア出身の男性が奏でるジャンベの調べに心踊らされ、ジャンベの教えを請うようになる。
そんなある日、ちょっとしたことで、この男性は逮捕されてしまうのだが、なかなか釈放されず、主人公は彼のためにニューヨークの地に留まり、釈放のために尽力を尽くす。彼自身は第三世界の発展を見据えた経済研究をしていたが、実際に政治的な不安のある国から合衆国へとやってきた青年に出会い、それまでの自分の研究の役立たなさを思い知ったのであろうか。とにかく、「自由の国」と信じていた自分の国の非人道さに憤りを感じながら、彼の恋人と母親とに関っていくというお話。ちなみに、恋人はセネガルからやはり不法で滞在していて、母親もまた長期にわたって不法滞在をしているという設定。ちなみに、母親役は『シリアの花嫁』でも母親役を演じていた女性。そして、このセネガル女性を演じる女優さんはその驚いたりおびえたりする表情が真に迫っていて素敵だった。これまた,はやり講義に使えそうな作品でした。

渋谷イメージ・フォーラム 『美代子阿佐ヶ谷気分
続いて観たのは,1970年代初頭に雑誌『ガロ』で活躍した漫画家,安部愼一の作品の実写版。と書くのは精確ではない。確かに,安部作品には「美代子阿佐ヶ谷気分」というタイトルの作品があり,その実写化もこの映画に含まれているが,それだけではなく,安部自身の半生を描く映画。そもそも,彼の漫画作品に登場する美代子は彼の恋人であり,また後に妻となる女性であり,漫画作品自体が自伝的なものであり,その一方で漫画作品のために実際の人間関係を演出するということもやっていたらしい。といっても,彼はその後に精神を病み,宗教にも傾倒する。そして,この映画の脚本は彼の自伝に基づくのだが,つまり現実に起きたことと漫画に描かれたことと,それを踏まえて彼がのちに自伝に書いたこと,それらが一致しているのかいないのか,あるいは想像上なのか精確な記憶なのか,まあそんなことはどうでもよいということだ。
まあ,そんな感じに書くと,表象としてのこの作品が興味深い感じはするが,映画としてはあまり面白くない。水橋研二にははまりやくだし,当時を生きた人間として佐野史郎が『ガロ』の編集者として出演しているのは面白いが,それ以上の作品ではない。

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東京生音生活vol.3

いよいよ,今月は私の誕生日です。今年もやります,誕生日ライヴイヴェント。
今年も準備万端,残りの不安要素は,集客だけです。皆さん,よろしくお願いします。
宣伝用に、この日記をトップに持ってきています。日々の日記は随時この下に更新されますので、そちらもお読みください。

東京生音生活 vol.3

主催者:geopolitical critique
年間200本以上のライヴに通う男が,自分の誕生日をお気に入りの空間で好きなミュージシャンに囲まれて過ごそうという非常に個人的な目的で,2年前から始められたイヴェント。しかしそれは,コンサートやライヴを,現実逃避や非日常と捉えるのではなく,まさに日々の暮らしを豊かにしてくれる日常として組み込んでもらいたい,そんな想いを込めたイヴェントです。

日時:2009年7月26日(日)
場所:谷中ボッサ(tel. 03-3823-5952 営業時間 11:30~20:00火曜定休)
時間:17:30開場,18:00開演
料金:3000円(予約者は1ドリンク含む)
狭いお店なので,早めに予約をおすすめします。当日店内は禁煙とさせていただきます。早めの時間の開演で,駅からもそれなりに距離がありますので,明るいうちに谷中散策をお楽しみくださるといいと思います。このお店は素材にもこだわったブラジル料理が絶品ですので,是非早めに来店して,開演前にお腹も満たしてください。
ご予約は、お店に電話、あるいは主催者までeメールで申し込みください。メールタイトルを「7/26予約」とし、予約者のご本名と人数とをお知らせください。追って確認メールを返信いたします。30名様限定となります。

出演者:

casa(vo.古賀夕紀子,gt.古賀美宏)
姉と弟によるユニット。ブラジル音楽をベースとしながらもオリジナル作品で独自の世界観を紡ぎ出します。染み渡る穏やかな歌声ながら,その奥に秘めた力強さを併せ持つ姉と,口数少なく寡黙ながら大胆で挑戦的な音色を聴かせる弟。姉弟だからこそそこに生まれる調和を体感あれ。幻の『ハナウタリズム』(オヤスミレコード)から,『すみわたる』『歌十色』(どちらもMIDI Creative)まで,3枚のアルバムを発売。

神田智子(ヴォーカル)+黒川紗恵子(クラリネット)+早川 純(バンドネオン)
3人とも東京藝術大学出身。anonymassのヴォーカルとして軽やかな歌声を持つ神田智子に,コーコーヤなどでワールドワイドな音楽に確かな演奏技術で挑戦するクラリネットの黒川紗恵子、そして若きバンドネオン奏者早川 純が加わり、この日限りのユニットが登場します。予測不能なアンサンブルを乞うご期待。

Blog_2

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誰だったら私を雇ってくれるのか

奈良女子大学から郵便が届いた。地理学教員募集に応募していたのだ。まあ,速達や書留でない時点で中身は分かったようなものだが,今回も不採用通知だった。もう最近は応募することも2年に1度くらいになってしまっているが,なんとなく今回は面接くらいさせてくれるだろうと全く根拠のない期待を抱いていたが,やはり書類で撃沈。わが家には13年前からの不採用通知が30通以上たまっている。悔しくて破り捨てたものもあるから,精確な数字には意味がない。毎度のことではあるが,不採用と分かっていてもその落胆振りは,身体が誤魔化せない。本当に手足に脱力感があるのだ。
もう私も来年で40歳になる。大学への就職に執着しているわけではないのだが,今の職場も今年度から契約形態が変わり,アルバイトに格下げになってしまったし,こんなところで20年目を迎えるのだろうか(すでに14年)。お先真っ暗ってわけではなく,ある意味では恵まれた環境で生活しているのだが,何かを吹っ切って,新規一転やってみたい...

7月16日(木)

1週間経たずにまた一十三十一のインストアライヴ。本当はこの日はやめておこうかとも思ったのだが,この日お休みだった恋人と,彼女の誕生日プレゼント選びを兼ねて新宿へ。この日の彼女は専門学校時代の友人と遊んでいたということで,インストアライヴの前にルミネの地下で一緒に夕食。しかも,その友人は以前テレビで木村カエラと一緒に出演していた一十三十一を観たことがあるということで,インストライヴもご一緒する。

タワーレコード新宿店 一十三十一
この日はほぼ時間どおり。もちろんサポートメンバーも一緒だが,選曲が1曲だけ「渚にて」を披露。やはり1曲歌詞が飛びました。それより,この日はステージ向かって左側のスピーカーが本番になって不良。雑音紛れの演奏でした。まあ,せっかくなので今回のシングルCDも購入し,サインをいただく。

ライヴの後に恋人の友人とは別れ,われわれは京王百貨店へ。今年の誕生日プレゼントとは枕。「枕工房」という百貨店に入っているお店で,実際に寝てためして,形や高さ,硬さなどで適した枕を選んでもらったのだ。20:30閉店だと思い込んでいたが,われわれが入店した20:00にそのフロアは閉店だった。しかし,事前に購入する枕は決めていたので,購入して帰宅。足枕も一緒に買って,かなり重い。

7月17日(金)

法政大学も前期最後の講義。今年度の法政大学の学生はいい感じだなあと思っていたけど,後半になるにつれ,なにやらそれも束の間かという雰囲気になってしまった。最後の時間なのに,前の方で熱心に聴いてくれていた2人の学生はレポートも未提出だったし...

新宿シネマート 『私は猫ストーカー
とりあえず,前売り券を買ったものの,まだ観られていなかった作品を優先して新宿へ。11:40の回に間に合いました。混み合ってはいたけど,2列目に座って最前列はいない。なぜか若い人に限らず,女性に中心のこの映画。さぞかし面白いのかと思いきや,そうでもなかった。単なる猫好きが集まったのか?
でも,主演は私の好きな星野真理。舞台は猫が多いということで有名な谷根千こと,谷中,根津,千駄木エリア。主人公はそこの古書店で働いている。そのお店は猫が看板娘(?)で徳井 優が主人。奥さん役にはこの手の映画に最近引っ張りだこの坂井真紀。同じく店員には江口のりこ。好きな俳優ばかりです。ちなみに,もう一人の主要な登場人物はこの古書店の常連さんで,実は主人公にほのかな思いを寄せている男性を演じる,宮﨑 将。じつは宮﨑あおいちゃんのお兄さんです。この作品を観ようと思ったときには彼の出演を知っていたのに,最後の最後まで彼だということに気づかなかった。そのくらいパッとしない役だった。でも,存在感の薄いちょっと危ない感じの人物だったので,ある意味ではその演技はなかなかのものだ。本作に登場する猫は基本的に猫そのもの(なぜか1シーンだけ作り物の猫が登場する)なので,撮影も猫中心に進んで行く感じのゆる~い映画。ちなみに,映画に登場する猫はみなさん肉付きがとても良いです。

さっと昼食を食べ,献血ルームへ。けっこう空いていてすぐに採血できました。しかも,病院からの要請ということで,いつもは4サイクルで1時間弱かかるのに,2サイクルで30分ちょっと。あっという間に終わりました。そして,この献血ルームはケチいことに,採血が終わるとメダルをくれて,それを入れるとお菓子かアイスかがもらえるというもの。以前は「採血終了後の人に限り,1人1つでお願いします」というルールだったが,自主性には任せられなくなったということですね。

一度帰宅して,夕食を自分で作って食べ,再び今度は渋谷に出かける。『ウルトラミラクルラブストーリー』の監督,横浜聡子氏の前作がレイトショーのみ公開で,この日が最終日。混み合うだろうと早めに行って,受付。空いた時間をセガフレードザネッティで軽く一杯。

渋谷ユーロスペース 『ジャーマン+雨
この映画ではほとんど名のしれた俳優を使っていないが,実は『ウルトラミラクルラヴストーリー』にも麻生久美子の幼稚園の同僚で出演している野嵜好美が主役。なんと,ゴリラ顔の林 よし子という女が主人公という大胆な作品。その幼馴染役として出演している藤岡涼音という女優はかなり美形。今後出てくるかもしれない。この作品を言葉で説明するのはかなり無理がある。主人公は林よし子という。両親の離婚によって、生まれ育った町を離れるが、かっこいいドイツ人男性がいるという噂を聞きつけて、彼が働く職場の庭師に弟子入りする。よし子は歌手を目指す。オリジナルの曲は、誰かにトラウマを吐き出させることによって生まれ、縦笛で旋律を決める。そのドイツ人のトラウマを聞いた上でできた曲が「ジャーマン+雨」という曲。一方で、よし子は近所の子どもを集め、縦笛教室を開く。この子どもたちがすごいのだ。細かくは覚えていないが、子どもの想像力だけでなく、凶暴性や残忍性など、ある種の恐ろしさをうまく表現しています。そして、よし子自身がその子どもの性質を持ったまま大人になろうとしている。もちろん、よし子にもトラウマがあるし、全く持って嫌われるだけの存在ではない。まあ、ともかく簡単には言い表せない、人間主体の複雑性と人間関係の複雑性とを映像で見事に表現していると思う。最近は30歳台の女性監督が何人も活躍していますが、彼女たちともまた次元の違う魅力を持った監督の登場です。西川美和氏とは正反対だが、2人ともオリジナル脚本にこだわって欲しい。

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最近いろんな人に会う

7月12日(日)

タワーレコード新宿店 HARCO
最近HARCOのライヴには全く行っていない。erimba with HARCOと,HARQUAのライヴは何度か行ったけど,彼自身の演奏を聴くのは昨年9月ぶり。数年前はCMソングでかなり人気が出て,渋谷O-Eastでワンマンライヴをしたくらいだが,最近は人気も落ち着き,ここタワーレコード新宿店でも時間的にも空間的にも余裕を持って観ることができた。最近彼はタワーレコード限定でピアノ弾き語りアルバムを発表した。まあ,基本的にインストアライヴの時は弾き語りだからあまり変わらないが,まあより穏やかになっているのは確かだ。先日も,本屋で雑誌を立ち読みしていたら,庭いじりの雑誌の表紙に夫婦で写っていたりしたし。以前はピアノの鍵盤の上に膝で乗りあがったりしたものだが,人間変わるものだ。まあ,そのレコ発ツアーの吉祥寺star pine's cafeはチケットを購入したので,久し振りにゆっくり聴くこととしよう。

HMV渋谷店 一十三十一
この日は友人と待ち合わせがあったが,その前に急遽もう一本インストアライヴに行くことにした。夏も野外フェスを含めライヴの多い一十三十一だが,私好みのイヴェントも少なく,行く予定はない。翌週はタワーレコードでインストアがあるが,せっかく時間が余っているので行くことにした。スタートの15時に到着すると,ようやくお客を入れている。ここのシステムは前から指摘しているようにおかしい。CDを購入している人は30人もいないのに,かれらの優先入場を5人ずつ刻みでゆっくり入れ,それ以外のお客もそれほど多くないのにもったいぶって間を空け,「押さないように前の人から順序良く」とバカなことをのたまわっている。本当にどうにかならないか。さて,この日もサポートはいつものメンバー。なにやら,機材の調整に戸惑っていたらしく遅れている。ただでさえ,待ち合わせ時間が近づいているのに,10分遅れでスタート。幸い,最後の曲まで聴いても間に合ったが,インストアくらい時間どおりやってね。そして,最近はお約束のように,1曲は歌詞を飛ばします,一十三十一嬢でした。

矢野まきファンということで4年前に知り合った女性とご一緒する。彼女はわが家の引越しパーティにも来てくれたが,こうして2人でゆっくりお会いするのは久しぶりということで(実はチケットは別々に購入したので,席は離れている),ライヴ前に待ち合わせて赤坂サカスでお茶をする。かなり聞き役に徹します。今回も指定席ということで,席にはつかず,ドリンクを飲みながら立ち話。

赤坂BLITZ 矢野まき
さて,先日のインストアで新譜のなかなら3曲聴いたわけだが,しっかりバンド編成でゆっくり聴くのは久し振り。インストアもすごく良かったので,期待が高まります。今回のプロデューサー,松岡モトキさんを除いて,けっこう若いバンドメンバーで私の知っている人はいなかったので,名前を調べて書いたりはしないけど,ギター2本に,ドラムス,ベース,キーボードという定番編成。
私はかなり後方でしたが,中央に近く,左前の人の座高が若干高かったけどあまり邪魔にもならず,右の隣の隣が空いていたので,横にも少し余裕があってラッキー。1曲目から「ユートピア」でガツンと飛ばします。私は1曲目からでも立ちたい気分でしたが,さすがにまきちゃんファンはそうもいかず。客席でもだえながらの鑑賞。私は矢野まきのリズムがとても好きなのです。この日はやらなかったけど,「アッシュバーン」などCDで聴いてしまうと部屋のなかで暴れないわけにはいかない。けっこうな音量だったので,どうせ周りには聞こえないだろうと歌っていたが,隣の女性が迷惑そうな仕種をしていたので,歌うのは封印。松岡さんとの2人のコーナーや,ピアノのみで歌うコーナーもあったけど,基本的にはバンド音に合う選曲だった。もう,本当に今回は彼女の曲だったら何でもいい!って感じのガッツリ矢野まきワールドなライヴで大満足。いやあ,ともかく前作は彼女自身は全く作詞作曲をしないというコンセプトのアルバムだったので,今回は待ちに待ったの彼女自身の曲ということで,そして30歳を越えてより一皮向けた感じの(そもそもインストアライヴをほとんどやらないし,サイン会なんて数年前では考えられない)彼女が紡ぐ曲はさすがの迫力だったのだ。ということで,アンコールも含めて2時間半のステージ。

終演後も一緒に食事をして,新宿に22時過ぎに着いたら,仕事終わりに一緒の電車に乗って帰ろうと待っててくれた恋人を待たせてしまって怒らせてしまった。ごめんなさい。

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懐かしい再会

7月11日(土)

この日は意外な再開があった。もう4年前のことだが,よく遊んでいる女性がいた。彼女とはいろいろあり,そのまま会うこともなく,その4年ほどの間に2回ほど連絡のやり取りがあったが,彼女は大阪で大学院生活をしていてもうすっかりその存在も忘れつつある今になって急に連絡があった。来年度の就職を前に関東に住んでいるとのこと。メールをもらったのが前日のことだったが,4年前もちょくちょく受けてくれていた東京経済大学の授業。この日吉祥寺に用事のあるという彼女はひょっこり姿を現した。
私も吉祥寺に用事があったので,昼間を2人で吉祥寺で過ごす。ベトナム料理屋でランチをし,2人がそれぞれ用事のある時間にはまだまだ余裕があるので映画を一緒に観ることにした。吉祥寺では都合の良い時間で選べるほど選択肢がなく,『真夏のオリオン』か『ノウイング』か,あるいはどこかで2,3時間をつぶすか。ランチの時間に彼女とはそれなりに話は弾んだが,さすがに久し振りに会ってそんなに話題が続く自信もなかったので映画を選択。

吉祥寺東亜興行チェーン 『ノウイング
ニコラス・ケイジ主演。なにやら最近あまり評判の良くない彼と,「地球消滅」的な最近やはりあまり出来の良くないテーマを選んだのは,さすがに『地球が静止する日』でしらけさせた二の舞はないだろうとかすかな期待を込めたのだが,やはり無駄だった。なぜこうしたつまらない終末論的映画に巨額な資金を費やすのだろうか。映画産業を含めた米国のメディア産業が軍事産業を深く関係を持っているということはマテラルト『多国籍企業としての文化』が指摘したことではあるが,この巨額な資金を現在起こっているさまざなま問題を解決するために有効に使えないのか,ともう唖然とするばかり。公開2日目にしてこのお客の入りからしても,もうすでに東京のお客さんがこの手の映画を見放していることは分かる。もういっそ,日本での公開を見送るなどの選択はできなかったか。まあ,映画だから本編を観ないとなんともいえないので,この辺の判断は配給会社に委ねるしかないのだが。
ということで,思い切りネタバレです。前半は確かにいい感じで進んでいきます。でも,ニコラス・ケイジめがけて飛行機が墜落してくるとか,地下鉄が突っ込んでくるとか,それでいて彼は怪我もなく生還するところから,もう結末が見えてくる。いや,その前にその兆候はあった。ニコラス演じる子どもが小学校のイヴェントで50年前のタイムカプセルを空け,50年前の学堂のメッセージを受け取るシーン。学校の敷地の林の向こうの人影。まあ,結局これが宇宙人なんだな。この子どもは補聴器をつけていて,人間世界ではある種の障害者だが,宇宙からの声を聞くことができるというのだ。結局,宇宙物理学者のニコラスを含め地球は消滅し,誰も生き残れない。その一方で,この子どもたちが宇宙人から「選ばれし者」として,UFOに乗って連れて行かれ,別の星でアダムとイヴよろしく新しい世界を作っていくという結末。
もう,こういう御伽噺は30年前の『未知との遭遇』を越える脚本が出ない限り作るべきではないと思う。映像の方はどうにでもなるんだから,しかもその映像も技術ばかりが先行して,その具体像を具現化する想像力の欠如が目立ってしょうがない。まあ,ともかく声を大にしていいたい,こういう映画は映画ファンを冒涜しているので,もう二度と造らないで欲しい!

さて,気分を取り直して2人で最近私のお気に入りの古書店「百年」に行って,イルカフェでお茶。私はstringsによってリハーサル中の黒川紗恵子さんに7月26日のイヴェントのチラシを渡す。彼女は携帯電話が故障したというのでヨドバシカメラに寄るところで別れ,私はついでにstar pine's cafeで8月6日のチケットを購入。そのまま青山に移動。

青山プラッサオンゼ casa
この日のプラッサオンゼは空いていた。casaのお客さんは時折集中することもあるくらいで潜在的なファンは多いはずだが,なかなか安定した集客を得るには至らない。でも,この日のお客には常連さんの顔は揃っていた。そして,casa自身もこの日は守屋さんのコントラバスを加えただけのシンプルな編成。売り上げという点を除けば,理想的なライヴだったのかもしれない。そんなことで,私も久し振りにソファ席でゆったりとかれらの音楽に身を委ね,至福の時を過ごした。この日披露された新曲を含め,セカンドアルバム以降の曲のなかには「青」にまつわる曲が3曲もあるので,終演後にそのことを指摘すると,本人たちは特に意識していなかった様子。美宏君は「確かに」と納得。そう,casaは前2作では「遠くへ」というフレーズが非常に多かったが(キャロル・キング「So far away」のカヴァーも含めて),そのこともあまり意識していなかったとのこと。本当に欲のない2人だ。でも,本当に音楽だけに集中して打ち込める数年の時間がかれらにあったなら,その手のコンセプトアルバムの優れた作品を作ってくれるかもしれない。

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大学の前期授業もおしまい

7月10日(金)

有楽町スバル座 『群青 愛が沈んだ海の色
沖縄を舞台に映画を撮り続けている、中川陽介監督の最新作。いつもひっそり上映されている彼の作品ですが、今回は上映館はさほど多くないものの、主演が長澤まさみということで話題にはなっている。でも、そのせいか、あまり良い話題性ではない。最近、出演ドラマも視聴率がイマイチという長澤まさみ。芸能ニュースでは、自身が持つ性的な魅力を出し切れていないのが最近の不振の原因などとめちゃくちゃ書いているが、そもそも中川氏の作品は沖縄にこだわりながらも、一般的な沖縄的なものを売りにするようなものではなく、しかも淡々としていて一般受けする作品ではないと思う。
だから客が入らなくてもいいというわけではないけど。結構私の周りでは佐々木蔵之介ファンが多いんだけどな。そして,この作品はあくまでも佐々木蔵之介であって,長澤まさみは幼少期の配役はもちろん違うし,けっしてスクリーンに映っている時間は長くない。実は私は彼女の出演映画をあまり観ていないが,やはり最近に関しては演技的にどうかとは思う。『ロボコン』を見逃してしまったのは今でも後悔しているが,私が彼女の存在をきちんと知ったのは『深呼吸の必要』だったと思う。ジャージ姿で脇役の彼女はなかなか良かった。それから,『タッチ』,『ラフ』とお飾り的なヒロイン役が続くが,『そのときは彼によろしく』は結構良かったと思う。しかし,あのしゃべり方で演技派はないよな。といっても,彼女の存在は嫌いではないんですよ。もうちょっと,周りにも本人にもふっきりが必要だと思う。そうした意味では,本作の台詞の少ない難しい役どころはけっして悪い配役ではなかったと思うが,やはりイマイチだったか。
でも,彼女を一出演者として脇において考えるならば,この作品は決してクオリティの低いものだとは思わない。相変わらずショーロクラブの沢田穣治さんに音楽を託し,主題歌は畠山美由紀。しかし,それだからこその難点もあった。主題歌の「星が咲いたよ」。沢田さんの曲に美由紀さんが詩をつけた,あまりにシンプルだけど心に染みる名曲。これがエンドロールでしっとりと流れればそれほど効果的なことはないのだが,なんとこの曲を中心においてしまったのだ。長澤まさみの母親は彼女が幼いころに亡くなってしまうのだが,ピアニストの彼女が娘のために残した曲がこの曲。たびあるごとにその旋律が登場し,流れる。こういう演出,嫌いなんですよね。ただ,この演出で唯一「おー」と思ったのが,本編中で大人になった長澤まさみがその曲を思い出すとき,畠山美由紀さんの鼻歌が流れることと,幼少時代の音楽の時間(?)にピアノを弾く音楽教師として一瞬畠山美由紀さん自身がスクリーンに登場するのだ!まあ,それだけでも得した感じ。
でも,この作品が「長澤まさみ不振」ってニュースだけで話題になるのはもったいない。是非,多くの人に観てもらいたかったが,もう公開終了か...

渋谷ユーロスペース 『スティル・アライブ
渋谷に移動して観たのが,クシシュトフ・キェシロフスキ監督に関するドキュメンタリーフィルム。といっても,テレビ番組の特集のような感じです。私はこの監督の名前も知らずに,当時渋谷の文化村ル・シネマで次々に公開された『トリコロール』3部作を観た。それから少しして,彼が亡くなったことを知り,けっこう偉大な監督であったことを知ると同時に,名前だけ知っていた『ふたりのベロニカ』も彼の作品だと知る。それから年月は過ぎたが,ようやく2006年に,その『ふたりのベロニカ』をスクリーンで観ることができた。その作品は今簡単にストーリーを思い出すことができるほど分かりやすい作品ではないが,主演女優イレーネ・ジャコブ(トリコロール『赤の愛』でも主演している)の美しさも含めて,最近では「一番好きな映画は?」と聞かれた時にこの作品を挙げるようにもしているくらいだ(この作品を観る前は『マップ・オブ・ザ・ワールド』と答えていたが,知っている人がほとんどいない)。ともかく,いかにも人間臭いこの監督のことが次々と知らされ,とても魅力的な人物に仕立て上げられるドキュメンタリーだった。そして,『トリコロール』についてはもう15年前の作品であり,私もまだ若かったから,その良さがあまり理解できなかったのかもしれない。もう一度観返してみたくなった。

渋谷から目黒で東急目黒線に乗り換えて洗足へ。以前この辺を歩いていた時に見つけた「Cafe Shion」で伊藤志宏さんと古賀夕紀子さんのライヴがあるというので,それを知ったのは2日前だったが行くことにした。casaに出演してもらう自主企画ライヴのチラシを配るのにもちょうど良かったし。前にそのお店を見つけたときの記憶を頼りに駅近くを歩くがなかなか見つからず。何度も同じところを往復して,やっと見つけたと思ったら,お店の外で夕紀子さんが電話で話をしていた。

洗足Cafe Shion 古賀夕紀子伊藤志宏
以前は外苑前のZ・imagineで伊藤志宏さんのソロライヴに,ゲストヴォーカルとして夕紀子さんが出演していた関係だったが,3回目の今回から,2人のユニットとして「声楽的手法と器楽的手法の巡間」という長ったらしい名前で活動することにしたらしい。いかにも志宏さんらしい。カウンターに座って,ガッパオとこのお店で特別に扱っているような,日本で生産しているドイツ風ビールを生でいただく。この日はなんとなく私の精神状態が良くなかったので,ライヴについては断片的に。志宏さんのピアノは素晴らしいんだけど,はやり延々と続く雰囲気はせっかちな私には向かないかも。そして夕紀子さんとの組み合わせ。ピアノの高いキーと夕紀子さんの歌声がシンクロしてしまって,それが良さかもしれないけど,個人的にはギターとの組み合わせの方が良いかな。私の右隣に座った人。shima & shikou DUOのスタッフの人だと思うんだけど,私の真後ろ(ステージを向くと後ろになる)で煙草をふかすのは勘弁して欲しい。目の前で何度も苦しくてもだえているのに,何も伝わっていないようだ。まあ,私の機嫌が悪くなった一番の原因がこれ。チラシだけ夕紀子さんに預けてとっとと帰ってくる。

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旧修辞学

ロラン・バルト著,沢崎浩平訳 1979. 『旧修辞学 便覧』みすず書房,199p.,2940円.

旧修辞学ってことは,新しい修辞学があるかどうかって話なんだけど,私もまだ未読なグループμの『一般修辞学』が思い浮かぶが,実はこれは1977年の出版。バルトの本書は1970年出版だから,グループμの試みはバルトによる影響が大きいのかもしれない。
などとよく知らない情報を書くのはよくないですね。ともかく本書はかつては主要な学問分野の一つだった「修辞学rhethoric」について,その歴史を概観したもの。基本的には知らないことばかりで,いつものバルト作品の楽しみとは少し違った,「耐えの読み」が続くが,やはりクライマックスは待っていた。「B・1・18 場所,topos,locus」と題された節以降の議論だ。ギリシャ語起源の場=toposと話題=topicが同じ語源を持つことは現代英語圏の地理学者も論じているが,アリストテレスの『自然学』における場所=トポス論と『トピカ』との関連を論じたものはいないように思う。ともかく,ここ以降20ページくらいがメチャクチャ面白く,なぜ本書をもっと早く読まなかったかを公開する次第。でも,アリストテレス全集2巻『トピカ 詭弁論駁論』を読む楽しみができた。こういう議論がさらっとできるバルトの博識と引き出しの多さには驚かされる。未だにバルトを賞賛するような研究者はあまりいないだろうが,そう簡単に彼の仕事を越えたとか,忘れ去るなんてことはできないように思う。
そして,フランス語のできない私にとっては,既に亡くなってしまった(もう20年経ちます)沢崎浩平氏のような訳者の仕事にも多大なる恩恵を被っています。

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映画館でマクドナルドのポテトは食べないでください

7月8日(水)

この日は今年から関東に移り住んだうさぎさんを誘って仕事帰りに映画を観る。うさぎさんとは実はけっこう付き合いが長い。といっても、実際に会うのは今回で3回目。彼女は北海道に住むBONNIE PINKファンで、ネット上での付き合いがあった。といっても、彼女は長く自身のblogを続けていて、もっぱら私を含む数人の在京BONNIEファンがそれを読んではコメントを入れるという付き合い。数年前に北海道でできた恋人が名古屋に転勤になり、彼女のその後にそれを追いかけて名古屋で2人暮らしをはじめた。北海道にいるときはたまに上京しても会う機会はなかなかなかったが、名古屋にいる時期に、2回ほど彼女の上京に合わせて呑み会に参加させてもらったのだ。しかし、彼女は恋人と同時期に名古屋で職を失い、2人で意を決して関東にやってくることになった。こちらで仕事終わりに遊びに行くのは初めてという彼女と、私の恋人で映画を観ることにした。なかな良い映画の趣味をしているうさぎさんですが、住む所も関係して、もっぱら映画はDVDでの鑑賞。せっかくなので素敵な東京の単館映画館を紹介してあげようという次第。映画のセレクトはうさぎさん自身です。

渋谷文化村ル・シネマ 『それでも恋するバルセロナ
ウディ・アレン最新作。今回も『マッチポイント』に続いて、スカーレット・ヨハンソン出演。スカーレット演じる米国人のクリスティーナは親友のヴィッキーとバルセロナ旅行に出かける。ヴィッキー演じるのは、『フロスト×ニクソン』のヒロイン役レベッカ・ホール。2人はバルセロナで怪しげな画家に声を掛けられ、スペイン国内旅行に自家用飛行機で出かける。この男性画家を演じるのが、『ノーカントリー』主演のハビエル・バルデム。やはりあの風貌、怪しすぎます。そもそも2人を誘う時に、「一緒にセックスしようよ」ってのりだからしょうがない。一応、英語ペラペラのスペイン人な設定。そしてクリスティーナが居座ってしまう彼の自宅に現れるのが、ペネロペ・クルス演じる元妻。はじめはお互いに「なにこの女!」って感じだったが、なんだかんだで仲良くなって、3人でベッドも共にする三角関係へ。まあ、こう書くとハチャメチャな展開ですが、そもそもリアリティ感よりも独自の世界観を表現するウディ・アレン作品だから大丈夫。なんでもありです。そもそも、冒頭の展開は違和感ありあり。まさに彼の作品が全盛期のハリウッド映画をリスペクトしているように、かなりわざとらしいナレーションが一人一人の行動を説明します。そして、本作にはウディ自身は出演していないのですが、時にはレベッカに、ある時にはスカーレットにウディ・アレンが乗り移ったような、まくしたてるしゃべり方をする。それだけでも笑わせてくれます。でも、そうした演出は一辺倒ではなく、本作はさまざまな映画の要素が織り込まれている。ウディ作品の集大成なのか、あるいは未だにいろんなことを試しながら映画製作しているのか、ともかく人によって評価や好みが分かれる作品だと思います。個人的にはレベッカ・ホールが冒頭では2人の女優に押されて『フロスト×ニクソン』よりも地味に感じるのですが、役柄的にもお堅い婚約女から変化していくように、徐々に魅力的に見えてきます。まあ、アカデミー助演女優賞を獲得したペネロペはいわずもがなな一方、スカーレットはイマイチその魅力を出し切れていなかったように思う。やはり金髪はそれほど似合わないのではないか。まあ、ともかくいろんな面で楽しめる作品ではあります。

スペインを舞台にした映画ということで、うさぎさんを連れてスペイン料理屋へ。何度か来ているこのお店ですが、奥のテーブル席に案内されたのは初めて。いつもけっこうな値段してしまうお店ですが、お酒の呑みを控えめにしたことと、1000円割引クーポン券を持参したおかげでそれなりに安く上がりました。

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雨のない七夕,梅雨明け

7月5日(日)

日曜日なのに早起きして出かける。日本人の監督が台湾の日本統治時代に育った老人たちにインタビューをするというドキュメンタリー映画をやっているので、観に行くことにする。すると、なんと到着した時には既に満席。地下の劇場のほかに、1階に特設会場を作っての上映会があるということで、そちらに入れてもらう。料金は同じです。

ポレポレ東中野 『台湾人生
私の恋人が台湾人ということで、私が台湾について語るのはとても難しい。この映画についてはそれなりに話題になっていて、後日読売新聞の記事を読んだ。この監督は別にドキュメンタリー作家を目指していた人ではなく、また長い間台湾に関っていた人でもない。たまたま訪れた台湾で現地の老人と日本語でコミュニケーションをとったのをきっかけに、何度か訪れるようになり、かれらの日本に対する想いを形に残そうとしたとのこと。上映前にはその酒井充子監督と、作品中でもインタビューを受けている一人の台湾人男性とが舞台挨拶を行った。監督の言葉はなく、おしゃべり好きのその男性が、日本政府には恨みもあるが、今の台湾はかつての日本による統治時代がなければ成り立たなかった、などと強く主張する。
さて、映画だが、基本的には日本統治時代に日本語を学んだ男女5人の人たちに対して、日本語で話を聴くという内容。基本的に太平洋戦争前の、大日本帝国によるアジア諸国への侵攻は、現在日本の負の記憶として捉えられている。今日でもアジア諸国の反日感情や、政治における靖国参拝とかいろいろありますが、台湾が比較的親日であるということはよくいわれる。本作もそんなことを裏付ける発言が多い。しかし、あくまでもこの作品は5人の台湾人の記憶とそれを背負った現在の生き方についての語りであるということを忘れずに観ることが重要だ。出演する人たちは高齢だが、比較的健康で、本当に生活に困っている様子もない。子宝に恵まれ、あるいは地域の人たちとうまくやって、多くの人たちに囲まれて生活している。なかには孫娘が日本語を勉強していて、彼女と日本語で会話をすることが楽しくてしょうがないという人もいる。まあ、ともかく、日本に対する思い入れの深い、台湾に住む人々のことをもっと知りたいという素朴な動機から映画を撮った一人の日本人女性による作品だということで、観ることが重要だ。

恋人は職場へ、この日は特に用事のない私はもう一本だけ映画を観て帰ることに。本当はシネマート新宿で『私は猫ストーカー』を観たかったのだが、立ち見ということで、こちらも満席を覚悟しなくてはいけないバルト9へ。

新宿バルト9 『剱岳 点の記
残席のマークが△になっていたが、なんとか最前列の中央席をゲット。結局最前列まで満席になりました。この映画は地理学者にはなかなか興味深い素材です。時期は精確には忘れてしまいましたが、日本が軍国国家への道を突き進もうという時期、現在の国土地理院は国土交通省の一機関ですが、当時の陸地測量部は陸軍のなかにあった時代。国土を知ることと戦争とは大きな関係がありました。地理が歴史と同様に、早い時点から小学校の科目に加えられていたのは、子どもたちを愛国心を持った国民へと育てていくのに必要であったから。地理学はいつの時代も戦争、あるいは国家政治と関係が深いのです。もう一つ面白いのは、当時の日本で唯一人間の登頂を拒んできたという劔岳。もちろん陸地測量部は、日本地図の空白地帯を埋めるための測量部隊を登頂させることが目的なのだが、この頃日本にもレジャーとしての登山が輸入される。そして設立された日本山岳会のメンバーがやはり前人未到の地への登頂を目論んでいたのだ。陸軍の威厳にかけて、という勝負が映画的な盛り上がりを演出する。
ところで、この日本におけるレジャーとしての登山、すなわちアルピニズムの普及に貢献したのは地理学者である志賀重昂の『日本風景論』という著作。この著作に関する地理学者の研究もあるが、この本はオリジナルというより外国の著書の翻訳編集という類のもの。もちろん、陸地測量部の登山隊長を演じる浅野忠信が本書を読むシーンもある。そして、日本山岳会の劔岳登山チームの長は仲村トオル演じる小島烏水も地理学者にはよく知られた人物だ。私は人文地理学者だが、大学・大学院時代の知人には山の研究をしている人もいたし、氷河の研究者もいた。だから、実際に俳優たちが登りながら撮影したという剱岳の風景はなかなか面白く見ることができた。まあ、俳優たちの苦労とその達成感はいわずもがな。特に私が心惹かれたのは宮﨑あおいの存在だ。ちょっと浅野忠信の妻役ってのは無理があるんじゃないの?と思ったけど、当時の夫婦関係ということもあって、いわゆる現代的な恋愛関係の振る舞いってのはない分、不自然さは軽減されている。もちろん、基本的に浅野は山岳地域に行っていて、妻であるあおいちゃんとのシーンよりも案内役の香川照之とのシーンが圧倒的に多い。しかし、そのちょこっとのシーンがたまらないのだ。愛らしい妻のしぐさと表情。これまでスクリーン上のあおいちゃんに性的な魅力を感じたことはなかったが、この時は抱きしめたくなりましたね。大人の女性になりました。でも、せっかくだから香川照之の妻を演じていた鈴木砂羽さんとの手紙のやり取りについてもうちょっと取り上げてもよかったかも。ラストは史実にどれだけ基づくか分かりませんが、映画的にはいい結末でしたね。


7月7日(火)

池袋明日館講堂
七夕のこの日、梅雨ながらなかなかいい天気で、素敵な場所でコンサートです。以前にこの場所で定期的に演奏していた潮音ちゃんが初対面の小谷美紗子さんをお招きしての2人のコンサート。
小谷美紗子:小谷さんのライヴは以前Salyuと2組で出た恵比寿リキッドルーム以来、2回目。あの時はスタンディングでギュウギュウだったので、小さな小谷さんの姿はほとんど拝見できず。その時はガッツリトリオでの演奏でした。今回は全く一人ピアノ弾き語り。一人しっとりという以上にMCでも少し変です。後で分かったことでしたが、彼女はこの七夕の日に、こういう場所で演奏できるという幸せを深くかみ締めながらの演奏だったということです。昼間、自宅で歌いながらも涙が溢れるという感情のまま本番に臨み、涙をこらえながらのMCだったのでしょうか。小さな体で力強くピアノを弾き、迫力のある歌声を聴かせてくれました。本人もとても気持ちよかったようです。
湯川潮音:そんなステージを目の当たりにしたせいでしょうか。潮音ちゃんもギター1本で弾き語りだったのですが、初っ端からテンションが高いです。こんな状態の彼女を観るのはなかなかありません。選曲は特筆するほどのものではありませんが、とにかく迫力がすごかった。2組で出演時間が限られているというのもありますが、なかなか貴重なコンサートだったと思います。
終演はちょうど21時過ぎで、私はこれ以上音を出せないのは知っていましたが、お客さんは1人も立たず、拍手が鳴り続けます。当然、アンコールはできないので、少し経ってから2人がステージ上に出てきて挨拶。よい演奏を聴いてアンコールを執拗に求める気持ちも分かりますが、見事に終わったものについては、そこに余計なものを追加させずに潔く終わりにするという心意気も覚えて欲しい。

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シェイクスピアと大英帝国の幕開け

フランク・カーモード著,吉澤康子訳 2008. 『シェイクスピアと大英帝国の幕開け』ランダムハウス講談社,257p.,2200円.

カーモードは今年で90歳を迎える著名な文芸批評家ということで,翻訳も数冊あるが,残念ながらきちんと読んだことはない。しかし,ミッチェル編『物語について』(平凡社)に「秘密と物語のシークエンス」という文章を寄せていて,ちょっと変わったその名前を覚えていた。基本的にシェイクスピア研究には興味があるし,発売されたばかりの本書を古書店で見かけたので買うことにした。
原著のタイトルは『The age of Shakespare』というくらいだから,16世紀末から17世紀初頭にかけてシェイクスピアが活躍した英国の時代背景を見据えた上での作品論ということだが,「大英帝国の幕開け」というタイトルはいささかやりすぎではないだろうか。確かに,シェイクスピア作品には国王の名前をタイトルに冠した政治劇が少なくない。そのことについてかなり紙幅を割いて論じられてはいるが,やはりシェイクスピア作品の批評が中心だ。
先日もグリーンブラットによるシェイクスピア伝記をここでも紹介したが,その翻訳にも本書の監訳者,河合祥一郎氏が関わっていたりする。
まあ,90歳間近で描かれた本書ということなので,そんなに刺激を期待してしまってはいけない。あくまでも教科書的にさらっとシェイクスピア作品をその時代背景とともに評価したものだ。まあ,ともかくこの手の作品各論ではなく,作家総論を読むには多くの作品を読んでいることが必要とされるということを実感させられる。

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今週は少しゆったりと

先週はいろいろ遊びすぎたので、日記が追いつきません。すみません。

7月3日(金)

講義後、また谷中ボッサに出かける。今回は恋人も一緒に、7月26日のイヴェントのチラシを持参します。この日の私はカレーランチ。やはりこのお店のカレーは、カレー専門店と比べても遜色ない美味しさです。そして、谷中にきたら寄ることにしているSCAIザ・バスハウスという銭湯を利用したギャラリーに行く。そこに展示されていた安部典子さんという米国在住のアーティストの作品に心惹かれる。地形モデルのような作品は地理学者の興味を引きますね。恋人と新宿までご一緒して、私は映画。

新宿テアトルタイムズスクエア 『マン・オン・ワイヤー
本作はフランス人綱渡り師フィリップ・プティのドキュメンタリー映画。私がポール・オースター関係の本をいろいろ読んでいるのは以前からこのblogにも書いているが、オースターの評論集に載っていた一つの文章でフィリップ・プティが紹介されていた。確か、プティ自身による自伝をオースターが英語に翻訳し、それにつけられた訳者の序文だと思う。ちなみに、この自伝は日本語にも翻訳されていて、その訳者はオースターの翻訳も手がけている人だ。さて、プティとは何者かということだが、このドキュメンタリーでは一つの偉業に焦点が当てられている。その偉業とは、2001年9月11日にテロの標的にあって崩れ去ってしまった世界貿易センターのツインビルの2つの屋上を結ぶようにかけたワイヤーの上をプティは綱渡りで渡ったのだ。プティはそれまでも、パリのノートルダム寺院やオーストラリアのゴールデンゲートブリッジなどで同様のパフォーマンスを行ってきた。彼の場合面白いのは、そのパフォーマンスはまったくもって自己満足の世界で、密かに計画を練り、ゲリラ的に人知れずワイヤーを貼り、そして白昼堂々と実行するのだ。もちろん、こういう行為はどこの国でも世間を騒がせたということや、交通渋滞を引き起こしたなどの罪で犯罪となり、現行犯逮捕される。まあ、それほど重い罪ではないので、短い期間や保釈金で釈放されるのだとは思うが、基本的には彼自身に一銭の得にもならない。また、彼自身はサーカスなどで技を磨いたわけでもなく、単独の曲芸師だ。そんなところが、オースターの興味も惹いたのだと思う。
このドキュメンタリーは基本的に彼の自伝に基づいているようだが、上述したように、世界貿易センタービルの話に焦点を当てているし、また実際にこのパフォーマンスに関った人物たちのインタビュー映像と、当時の記録映像、そして再現フィルムから成っている。やはりこの人物は圧倒的に興味深い芸術家であるが、この作品の映画としての作りはもうちょっと工夫されても良かったような気もする。ちなみに、本作で知る限りではプティはかなり金持ちだったようで、それぞれのパフォーマンスに相当な期間と金額を費やしている。それにしても、世界貿易センタービルの綱渡りは8往復しながら、45分も綱の上にいたのだと。全くもって驚きだ。

ということで、この日は早めに帰って家で過ごす。バターロールを焼きました。

7月4日(土)

夏風邪を引き、喉の調子が悪いなか、2日連続で講義をしたので、かなり体力ダウン。とりあえず、講義を終えて一度帰宅。出勤前の恋人と昼食を一緒にして、軽く仮眠をとる。

渋谷ライズX 『選挙
現在『精神』という新しい作品が公開中のドキュメンタリー映画監督想田和弘の前作がアンコール上映していたので観に行く。ちょうど東京都議会議員選挙間近ということでタイムリーだ。もちろんこの作品のことは知っていたが、どうしてもドキュメンタリーは後回しにしてしまう傾向があり、見逃してしまった。予告編を観ていた時は勘違いしていて、どこの政党にもつかず、お金のない素朴なやり方で選挙に臨む若者を追ったものかと思ったが、そうではなかった。実際にドキュメンタリーの対象になった候補者、山内和彦氏は川崎市議会議員補欠選挙で3人の候補者のなかで当選を果たした。山内氏は東大出身の個人経営者だったが、密かに政界への進出を目論んでいたが、たまたま行われる川崎市議会補欠選挙で、自由民主党が擁立する候補者を募集していて、それに応募して候補者になったという次第。しかし、選挙のはじめの資金はほとんど持ち出しで、事務所を借り、チラシやポスター、のぼりを作り、奥さんは有給休暇をとってサポートする。一応自民党側としても川崎市に拠点を置く国会議員や県議会議員、そしてもちろん地元の自民党員や講演会の人々が手助けをする。後半になると、川崎市長選挙とも重なって、同じ自民党の候補者とともに、大規模なキャンペーンが行われ、当時の小泉総理大臣も含む多くの人が登場する。
日本でこうした活動は「選挙」というが、英文でつけられたタイトルはcampaign。要は、投票のことではなくまさにキャンペインを追ったものだ。政治の経験はなく、川崎市民でもない、ましてや漠然と政治家になるという目標以外にはほとんど何も持たない山内氏が、地元で何十年も福祉の実績があり、明確な政策を打ち出している他の候補者とどう戦うのか、そこが想田監督の目の付け所であり、その予想が見事に当たったように思える。私に印象的だったのは、一人の女性市民が、キャンペイン中の山内氏に、「あなたは他の土地からやってきて、明確なヴィジョンも何もない。悪いけど話にならない」みたいなことを訴えるシーンがある。まさに映画を観ていた私の思いと一緒。結局、それが選挙のやり方だ、と自民党流のシステムに乗っているだけの山内氏。とりあえず、声がかれても連呼する自分の名前、そして「小泉政府とともに、地元でも改革を!」の一点張りだ。山内氏本人は体育会の新人のように、自分のやっていることが良いことか悪いことかの判断を停止したまま、毎日の苦しいスケジュールをこなすだけ。それでも、東大出身と自民党推薦ということで、当選してしまうのだから、全くもってこの政治制度は腐敗しているとしかいいようがない。しかも、そのことをこうしたドキュメンタリーフィルムでさらけ出しても何も変わらないのだ。

この日は淡路町のレストランで行われる山田タマルちゃんのライヴに行く予定だったが、予定変更。まだ予約を入れていない数日前に、1年以上ぶりにはやしいとさんがライヴをするということで聴きに行くことにした。

池ノ上ruina
山田庵巳:大貫妙子カヴァーアルバム『音のブーケ』に参加している山田庵巳(あんみ)さんが出演するというのも、ruinaを選んだ理由の一つ。CDの1曲だけを聴いても不思議な雰囲気を醸し出している。小池アミイゴ氏が書いたイラストによると、どうやら男性のようだが、ちょこっと聴いただけでは高音で女性のような歌声。登場した山田氏は予想通り長髪で、ジーンズはブーツカット。8弦ギターでの弾き語りです。でも、実は前髪がそこまで伸びたのは初めてらしい。本人がいっていたようにすごい汗かきで見るからに暑そう。楽曲の怪しさはやはり予想通りで、即興で作っているような歌詞で、本人が「弾き語りではなく弾き物語りです。」といっていたように、延々と物語が続いてしまうような勢いで、お客も結局曲の間に一度も拍手ができなかった。ちなみに、この日のruinaは非常に盛況だった。でも誰の客が多かったかイマイチ分からなかったが、はやしいとさんのお客が多かったのは確か。
はやしいと:ということで、こちらはピアノ弾き語り。久し振りのいとさんですが、相変わらずのパワーです。そして曲はしっとりと。リズムのある曲では、持参したカスタネットをお客さんに配って参加してもらったり。やっぱり彼女のライヴ、面白いです。9月の彼女自身の誕生日にはmona recordsでランチライヴをするとのこと。
道下保大:本人は自分の年齢のことをそんなに若くないといっていましたが、ある意味ではこの空間に似つかわしくないタイプの男性ギター弾き語り。ギターロック主流派の歌い方って感じでしょうか。この日は若い女性客も多く、彼を目当てに来たかと思いきや、意外にはやしいとさんを聴いて帰ってしまう。私も少しそのつもりでいたが、せっかくなので聴いていく。
あまりつながりの分からない3人でしたが、単なるお店のブッキングではなく、この3人で企画したとのこと。名前の頭をとって、「山林道」ということで、この出演順。最後には3人登場して「やさしさに包まれたなら」を歌っておしまい。
終演後、いとさんと少しお話して、うだうだしていると誰かが私の肩をたたく。なんと、仕事帰りの恋人が立ち寄ってくれました。彼女はビールを一杯注文してくつろぐが、なんとruinaはバーチャージをとるようになったとのこと。

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ロマン主義の反逆

ケネス・クラーク著,高階秀爾訳 1988. 『ロマン主義の反逆――ダヴィッドからロダンまで13人の芸術家』小学館,428p.,7000円.

美術史,美術批評の成果はなかなか自身の研究に反映するのが難しいが,好きで時折読んでいる。ケネス・クラークは1903~1983という時代の人で,本書は1973年に出版されたもの。例えば,クラークの『風景画論』などはバージャーの『イメージ』で根本的に批判されているが,かといってクラークの数十年前の膨大な業績が無意味になっているわけではない。むしろ,時代的にも,構造主義批評やポスト構造主義批評,ないしはマルクス主義批評などの難解なものとは違い,素朴ではあるが,刺激のある批評だと思う。ちなみに,本書で取り上げられる13人の芸術家とは以下の通り。
ジャック=ルイ・ダヴィッド
ジャンバティスタ・ピラネージ
フセリ
フランシスコ・ゴヤ
ジャン=オーギュスト・ドミニク・アングル
ウィリアム・ブレイク
ジェリコー
ウジェーヌ・ドラクロワ
ターナー
コンスタブル
ジャン=フランソワ・ミレー
ドガ
ロダン
18世紀後半から19世紀にかけて活躍した13人の芸術家たち。残念ながらこのなかの4人は知らなかったが,むしろ知らない画家の章の方が面白かったりする。「ピラネージとフセリ」の章,ゴヤにブレイクの章でのテーマは狂気である。19世紀の銅版画家の作品を取り上げた気谷 誠『風景画の病跡学』(平凡社)を思い出す。
アングルとターナーについては2章を割いて論じられる。もちろんこうした著名な画家に関する章も十分に面白い。そう,有名な画家といってもその作品を1,2枚知っているだけで,それが前期の作品なのか後記の作品なのか,その画家は生前に認められたのか,死ぬまで描き続けたか,途中で引退したかなど,ほとんど知らないものばかりだ。ちなみに,アングルという写実主義の最たる画家については,社会的な知名度は分からないが小学生高学年の頃から知っていた。一度私の担任にもなったことのある大人の男性の魅力を振りまく宮崎先生というのがいて,生徒の前でけっこういやらしい話をしていたのだが,その一つがアングルによる裸婦像「泉」という作品については何度か話をしてくれたのだ。その細かいところは覚えていないが,アングルという画家の名前だけはしっかりと記憶に刻まれている。
さて,本書はテレビで放映された絵画教室のようなものらしいが,まさにこの辺は英国の教養の深さを思い知らされる。日本のテレビに登場する研究者とはどうしても大衆に迎合するようになってしまう。でも,そういう教科書的な内容に「ロマン主義の反逆」と大胆なタイトルをつけ,本書では古典主義とロマン主義とが登場する。前者については分かりやすいが,やはりロマン主義ってのが絵画の分野ではイマイチ理解しがたい。まあ,タイトルにこだわらずとも十分に楽しめるけどね。

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横浜遠い

6月30日(火)

渋谷クラブ・クワトロ emi meyer
emi meyerちゃんの初めてのワンマンライヴはバンド編成。かなり若い感じのベーシストとドラマーによるトリオ演奏。そういえば、生ピアノでの演奏を聴くのも初めてかも。ゲストは高田 漣さんですが、この日はペダルスティールはなし。エレキとワイゼンボーンでの参加で出たり入ったり。2部構成で、2部の冒頭で一人で一曲やりましたが、基本的にはサポートという位置づけ。まだ8曲入りアルバム『curious creature』(今年発売された日本盤は1曲ボーナストラック)だけの彼女がワンマンなんてって思ったけど、けっこういけるもんですね。アンコールもあって、14,5曲というところでしょうか。ぱっと見では落ち着いて見える彼女ですが、何度かライヴに足を運んでいると、やはり21歳だなあと思う側面も。けっこうお客さんも入っていて、いい感じのライヴでした。9月には下北沢440でのライヴでまた来日してくれます。

7月2日(木)

関内KAMOME アルカイック
仙道さおりさんが産休明け初めてのアルカイック。退社後直接行くと時間的に余裕があったが、伊勢佐木長者町にある古書店で時間をつぶそうと、行ってみると木曜日が定休日。どこかでゆっくり夕食でも食べようと思ったが、よさそうなお店は見つからず、結局19時過ぎにKAMOMEに着き、そこでハヤシライスを食べることになった。店内は暗くて読書には向いていないので、ちょっとウトウト。ちなみに、久し振りのアルカイックだというのにお客さんの入りはあまりよくなく、予約の早かった私は仙道さんの目の前でした。アルカイックとはパーカッショニスト仙道さおりさんと、ピアニスト林 正樹さんのユニット。とにかくすごいんです。仙道さんも気合が入っているようで、コンガにボンゴ、ジャンベ、スネアドラム、もちろんカホンにパンデイロ、その他いろいろとフルセットです。やはりさおりさんも出産してやわらかくなったというか、終始リラックスしたステージ。ほとんど即興のような林さんとのやり取りが魅力のステージでした。CDで知っている曲でも、途中でメロディとか違うし、そもそも1曲が10分ほど続きます。そして、彼女の息子、八(エイト)君の話になるともう顔が緩んじゃって。先日の一十三十一の時もそうだったけど、やっぱりどんな女性でも母親になるんだなあと実感。なんだかんだで、2ステージにアンコールも含めて23時前まで。引っ越してなぜか横浜方面が遠くなったんだよな。一旦渋谷まで出て帰宅。

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夏風邪ひき気味

6月28(日)

タワーレコード新宿店 矢野まき
さすがにこの日はのんびりと、昼から外出して、タワーレコード新宿店へ。ちょっと早めの13時に着いたが、まだ機材のセッティング。様子をうかがいながら店内をウロウロ。35分前くらいにお客さんが前方に集まっているのに気づいて急いで入る。4列目くらいでしたが、最終的には3列目に移動。周囲の人たちの関係から、けっこういい感じでまきチャンが見える位置をゲット。リハーサルからしっかり見ました。この日は今回のアルバム『本音とは愛よ』(まさに彼女らしいタイトルだ)のプロデューサー松岡モトキさんともう一人のギタリストがサポート。久し振りの彼女の生歌をこんな間近で聴くとやっぱり迫力あります。この日はサイン会もあったせいか、僅か3曲、アルバムから歌ってくれました。今度の日曜日にはワンマンライヴがあるので、ますます楽しみ。さて、この日のイベント参加券には「サイン色紙を本人から渡し、握手をします」とあったので、その場でのサインではないと判断し、ジャケットを持ってこなかったが、なんと急遽変更でサイン会になった。「お持ちのもの一点に何でもサインします」とのことだったが、この日は荷物が少ない。しょうがないので、眼鏡ケースにサインをいただく。まきちゃんは「なんですか、これ?」って感じでしたね。幸い最初の方に並べましたが、サイン会はどのくらい続いたのだろうか...

新宿武蔵野館 『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン
木村拓哉が出演していることで話題になった、フランスの監督トラン・アン・ユンによる作品。『甘いパパイヤの香り』の監督である。日本の木村に加え、韓国のイ・ビョンホン、米国のジョシュ・ハートネットを配し、フィリピンから香港を舞台にした作品。はっきりいって,木村拓哉やイ・ビョンホンを目当てに来たお客さんにはあしからずの内容。たまには丁寧に物語を書いてみようか。ジョシュ・ハートネットは元刑事。とある連続殺人犯の事件を機に刑事を辞める。その殺人犯とはアトム・エゴヤン作品によく出ているイライアス・コティーズ。まさに変態ぶりを発揮しています。次々と殺した遺体をつなぎ合わせてオブジェを制作するという自称芸術家。ジョシュ演じる刑事は参与観察のように犯人に近づき,まさに犯人と精神的に同一化することによって,犯人に接近する。結局,その殺人犯は彼に喜んで殺されることで事件は解決するが,彼に残された傷は大きい。私立探偵となり,彼は木村拓哉演じる男性を父親の命によって探しに行く。フィリピンで殺されたはずの木村は香港で生きていた。なんと拳銃の傷くらいは自然治癒力で完治してしまったのだ。そして,彼は香港で住民の傷を自らの身体に転移させ,治療するという活動をしている。そんな時に,交通事故で彼の元にやってきたのがトラン・ヌー・イェン・ケー演じる若き女性。実はこの女性はイ・ビョンホン演じるヤクザ男の愛人なのだ。イ・ビョンホンは人の命など屁とも思わない極悪人だが,この愛人だけには弱い。散々探し,木村と一緒にいるところまでは突き止めるが,見つからず,木村のところで覚醒剤の中毒症状を完治させてイのもとに現れる。一方,ジョシュの方も今度は木村自身になりきろうとしながら彼を探す。そんな3人が出会ってはすれ違っていく物語。あまりちゃんとした説明にはなっていないな。まあ,ともかく突拍子もない設定が多い物語ではあるが,個人的には結構好きな作品。まあ,木村君はひたすら痛みに耐えるシーンばかりで演技がどうのといえるものではないが。
ちなみに,私の左隣のカップルは女性が男性を無理に連れてきたようで,男は終始退屈しているようす。木村が出てくれば「あれキムタク?」,イが出てくれば「あれビョンホン?」などとテレビで観ているように,スナック菓子をほおばりながらうるさい。エンドロールが始まれば,「あれ?終わり?じゃあ,俺外で煙草吸ってるから」と一人出て行こうとする。

恵比寿カチャトラ
ここにくるのは数年前。やっぱりここでよくライヴをしているマウントシュガーのライヴだった。終わる頃におおはた雄一さん、ノラオンナさん、高橋ピエールさんなど次々とミュージシャンが遊びに来て、すごいことになっていたのは記憶に鮮明だ。その時はノラオンナさんとピエールさんの演奏は聴いたものの,残念ながらおおはたさんのライヴが始まったのは日付が変わる頃だったということで,その前に帰宅したのでした。さて,この日も願ってもない,私が好きな3組の組み合わせ。しかも,店内にはカセットコンロスのドラマー福家さんと,ヤマカミヒトミさんの姿まであります。当然飛び入りですよねえ。と,ちなみにヒトミさんは髪の毛がストレートになっていてびっくり。一方で永山マキさんは10年ぶりというパーマをかけての登場。
マウントシュガー:なんと,驚くことに1曲目は亜里沙ちゃんがギターを持って,一人弾き語り。これが結構いい!というよりも,亜理沙ちゃんのヴォーカルが圧倒的な力を手に入れている。それもそのはずというか,マウントシュガーのライヴはほぼ2年ぶり。森君が参加し,2人で1曲。そして,どんどん増えていきます。キーボード,ベース,そしてやはり福家さんがパーカッションで乱入。そんな具合。いやあ,いいですマウントシュガー。今年も九州への旅,カフェウィークをしてきたらしく,その成果として4曲入りCDを作成。もちろん自主制作です。レコード会社との契約はどうなったのでしょう...
高鈴:一方,こちらはいつもどおり2人での演奏。今年出た新しいCD『ヒビノウタ』が発売されてからは初めてのライヴ。「今日は高鈴を知らない人も多いようですが,皆さんの心を鷲づかみにして帰ります」と気合の入った言葉でいつもどおりの演奏。CDの曲をライヴで聴けて満足。高稲さんが結婚したせいか,楽曲や演奏に丸みが帯びてきましたね。演奏後,持参したCDに2人でサインしてもらう。さすがにこの日はそういうシチュエーションになるとは予想していなかったようで,2人ともとても喜んでくれました。
永山マキ:この日はギターのイシイタカユキさんとドラムスの栗原 努さんとのトリオ。マキさんの歌声もなんだかんだで昨年末以来。まあ,想像しただけでもこの3人なら素晴らしくないはずがないという感じで,いうことなし。そしてもちろんここではヤマカミヒトミ氏がフルートで参加。カチャトラのマスターも参加したりして,超盛り上がり。2回しか来ていませんが,この店らしい雰囲気でしたね。
そんな感じで,時間的にもすっかり遅くなってしまったので,高鈴のお2人にだけ挨拶して帰宅。

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1週間遅れですみません

6月27日(土)

講義の後、渋谷へ。この日も夜に池袋でライヴだったが、池袋では観たい映画があまりないので、渋谷で2本。その前に献血です。土曜日に献血というのは時間的に余裕を持たないといけないものですが、新しくできたこの渋谷のど真ん中の献血ルームはなぜか空いている。献血後、ドーナツとアイスクリームを食べて昼飯に代える。

渋谷シネフロント 『愛を読むひと
ケイト・ウィンスレットがアカデミー賞主演女優賞を獲得した作品。まあ、彼女は若い時からノミネートされていたので、ようやくという感じだが、正直いうとこれまでの作品と比べて本作の演技が飛びぬけてよかったとは思えない。彼女がヌードを披露したのも今回が初めてではないし、むしろいつもどおりの演技だ。なので、よくあることですが、今までの作品を含めて総合的な評価での受賞という感じでしょうか。前半は予告編で想像できるどおりの展開だったが、後半思いもかけない展開になる。ここがアカデミー賞に絡んでくるのに相応しいところといえようか。ケイトの相手の若かりし頃を演じたデヴィッド・クロスがとてもよい。顔の作りが、亡くなったヒース・レジャーに似ていると思うのは私だけだろうか。でも、大人になってレイフ・ファインズってのはどうなのか?まあ、彼女が姿を消してから、人が変わってしまったという展開だとすれば分かりやすいとはいえるけど。レイフ・ファインズの役どころもけっこう固定してきてしまっている気がする。
さて、今回はネタバレをやめて後半の展開については説明していませんが、そのあたりでなぜこの作品が英語圏の俳優をつかいながらも舞台がドイツなのかってことが分かってくる。でも戦後20年が経過してのこの問題を扱うってのがなかなか新鮮で面白い。

次の映画とライヴの間には時間的な余裕がないので、ここでブランチ。といってもラーメンだったが。

渋谷シアターTSUTAYA 『幼獣マメシバ
佐藤二朗主演のほんわかムービー。なにやら地方局のテレビドラマでもやっていたものらしく、けっこうな人気。シアターTSUTAYAでも客席の多い地下のスクリーンでしたが、かなりお客さんも入っています。佐藤二朗が主演とくれば観ないわけにはいきません。しかも、共演が子犬とくれば、『イヌゴエ』や『ネコナデ』的雰囲気ですね。ストーリーを語るのはもったいないのでやめておきましょう。ともかく、35歳の引き篭もり役の佐藤二朗ははまり役すぎます。役名もそのまま「二郎」。藤田弓子演じる彼の母親は行方不明になり、さまざまな方法で彼に自分を探すように仕向ける。その一つが、「一郎」と名づけられた豆柴犬(一応正確にはそういう犬種はいないそうです)。この子犬を頼りに母親を探すロードムービー。そこに登場するのが安達祐実。子役から出てきて「可愛い」が先行していた彼女ですが、やはり美人ですね。本作の役どころはなかなかいいです。人世話を焼くとてもいい人で登場しながら、久し振りに実家に帰ると、家族の間では嫌われ者であることが発覚する。登場する一人ひとりに事情があって、そんななかで二郎が一郎への愛情を深めつつ成長していく(?)物語。
先日のblogタイトルでちょっと先取りしましたが、『ウルトラミラクルラブストーリー』、『路上のソリスト』、そして『幼獣マメシバ』は主人公が同じ精神的性向を抱えている。つまり「頭のなかで鳴り響く声」である。『ウルトラミラクル』の場合には「声」という明確な形をとらないが、後二者はそれが明確に表現されている。簡単にいってしまえば被害妄想的なもので、時折発作のように、見知らぬ他人も含めた周りにいる全ての人が自分を非難しているような幻想を抱いてしまう。こういう人たちのことを自閉症と呼ぶのか分からないし、そもそも「そういう人」とか特定の病名とかで一括りにしていいものかわからない。またそれらを俳優がフィクションのなかで演じることをどう倫理的に捉えたらよいのかも分からない。今、私が通勤に使っている電車でも途中の駅にそうした人が通う学校か職場があるようで、毎日奇声を発しながら降りていく男性がいたりして、不謹慎な言い方だが、かれらを見ているのは興味深い。よく、かれら(また一括りにしているが)は映画のなかでもとても記憶力がいいといったりするが、ちゃんと一人で電車の乗れるし、日常生活で困ることはどういうことなのだろうか。
私はまだ観ていないが、日本のドキュメンタリー映画で『精神』ってのが上映中だ。その映画に、河瀬直美氏は「精神病患者と健常者の区別が分からない」というコメントを寄せている。まさにそういう感じなのかもしれない。上に挙げた3本の映画は、ひょっとするとそういう人たちへの侮蔑的表現だという非難があるかもしれないし、そうしたフィクションを観て、そういう人たちについて分かったつもりになるのも危険だったりする。しかし、じゃあ、一見健常者と見える人については全く理解できているのかというところが問われる映画なのではないだろうか。ちょっと話がそれましたが、素敵な作品です。

池袋鈴ん小屋 辻 香織
2007年は6回もライヴに行った辻 香織ちゃんだが,調べてみたら2008年はFABでのワンマンに一度行ったきり。今年もこれが初めてです。すっかり髪の毛が伸びた彼女ですが,帰ってblogを見たら,久し振りに前髪を短くしたとのこと。さて,私は開演時間5分前ほどに到着したので,後方の入り口に近いところに座って開演を待つ。その後もけっこうお客さんが来て,このお店にこんなに入るんだなあって思う。でも,FABで後方がすかすかになるよりも,このお店くらいがちょうどいいように思う。それにしても,辻 香織ファンにはけっこう女性一人客が多い。しかも意外とキレイどころだ。といっても,気軽に声を掛けづらい雰囲気もあったりして。そして,団体男性客もけっこう多いのだが。
さて,この日はけっこう急遽決まったというバンドメンバーでのガッツリライヴ。キーボードの桜田さんについては特にいってなかったけど,ドラムスの宮川 剛さんとベースの小山晃一さんは6月に入ってから出演を依頼したとのこと。7月の中止になった水戸ワンマンライヴとなんか関係があるのでしょうか。ちなみに,ベースの小山さんは知っています。流線形でベースを弾いている人で,その頃見た印象とは違っていたし,彼が辻 香織のバンドってのもはじめは確信が持てなかった。でもやっぱりそうだったんですね。なかなか強力バンドです。この日はプロデューサーの小宮山氏がいなかったが、香織ちゃんのギターもしかっりしてきているし、文句なしのバンド演奏。さすがに私の知らない曲も多かったけど、いい感じです。残念なことに朝からスケジュール満載な一日だったために、ここで黒ビールを飲んで、かなりウトウト状態でした。それもあって、あっという間の2時間でしたね開演時間が遅かったのでこの日も急いで帰宅。果たして香織ちゃんは髪型も変わった私を覚えているだろうか。

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自然主義の可能性

ロイ・バスカー著,式部 信訳 2006. 『自然主義の可能性――現代社会科学批判』晃洋書房,187p.,2700円.

著者は「批判的実在論critial realism」を標榜する英国の哲学者。日本ではほとんど知られていないが,英語圏の地理学では有名な人物。というのも,『method in social science』という全く地理学者の著書とは分からない著作で有名な地理学者アンドリュー・セイヤーが哲学的拠り所としたのがこのバスカーなのだ。日本でもほとんど知られていない哲学者に全面的に依拠するなんて,セイヤーがおかしいのか,あるいはそれを誰も紹介しない日本の状態がおかしいのか,と前々からセイヤーをまともに読んだことないながらも疑問に思っていた。といいつつも,日本の地理学者でセイヤーの議論をまともに論じている人もほとんどいないのだが。まあ,そんな前置きはともかく,ということで本書の翻訳が出ていたということを出版後3年経って知ったことに驚いたのだ。
バスカーの議論は1975年に出版された『科学の実在理論』と,1979年に出版された本書によって確立されたようだ。ちなみに,『科学の実在理論』も同じ訳者によって大村書店から出版予定となっているが,3年経っても出ていないようだ。ちなみに,セイヤーの著書が出たのは1984年。そして,前々から思っていた疑問がもう一つあり,昔読んだ竹田青嗣の『現象学入門』では実在論とはサルトル哲学の謂いであり,existentialismのことだと思っていたが,ちょっとネットで検索したらこちらは実在哲学で,実在論はやはりrealismであるらしい。realismはもっと素朴に現実主義ってのもあるし,名称だけでは何も示さないに等しい。一応目次を示してみるか。
第1章 超越論敵実在論と自然主義の問題
第2章 社会
第3章 人間
第4章 哲学批判
第1章では,本書でいうところの「自然主義」がなんであるかが示される。それは冒頭の1文で明らかだ。「社会を自然と同じように科学することは果たしてどこまで可能か」(p.1)というのがそれである。つまり,自然主義とは科学哲学における用語であり,自然科学といった場合の科学と,人文・社会科学といった場合の科学とが同じか否かという立場の問題であり,社会も自然と同様の方法で科学することができるというのが自然主義である。もうちょっと具体的ないいかたでは,自然と社会を同等に科学できるのは実証主義であり,そうではないという立場から社会科学のみに必要だとされるのが,解釈学だという。本書はタイトル通り自然主義の立場には立つが,もちろん素朴な実証主義ではない。「どこまで可能か」というところが味噌で,なんの迷いもなく社会は自然と同等に科学できると言い張るのではなく,また自然と社会は根本的に違うと頭から決め付けるのでもない,ある意味ではとても真っ当な立場のように思える。
そして第2章。これはなんとなく懐かしい社会学的な議論だ。私が社会学的思考方法を学んだ,ピーター・バーガーの議論も登場するし,もちろん古典のデュルケム,ウェーバー,マルクスの議論と立場が整理されて,そして最近の流れ。まあ,ギデンズの『社会学の新しい方法基準』で学んだようなことが本章で復習できる。まあ,結論的には社会構築主義というか,ポストモダン的最近の議論に近いように思う。でも,そうした最近の立場はもっぱら解釈学よりかと思いきや,著者は自然主義を標榜するし,マルクスの引用を肯定的にし,また彼自身マルクス主義系雑誌に論文を書いていながらも唯物論には否定的だ。そもそも基本がなっていない私にとっては,○○主義や△△派,□□論という対比で議論されても分かったような分からないような,そんなストレスが溜まります。しかも,分からないなりに感じた著者の矛盾だが,彼自身は他の著者を論じる際に,首尾一貫性というものを重視しているのだからこれまたよく分からない。
第3章の議論をちょっと先取りしてしまったが,私の理解度はだんだん落ちてくる。議論はより自然哲学に踏み込むようになり,いかに自然主義の立場を正当化するかというところに議論は収斂していく。第3章の各節の副題を並べると議論の流れが分かりやすいかもしれない。
第2節 自然主義に対する反対意見
第3節 自然主義の擁護
第4節 還元主義批判
第5節 超カテゴリー的因果性
著者の議論の仕方は,とても正統派だ。私はこういう積み重ね的な議論の仕方が苦手。AだからB,BだからC。よってこのことは論証された。みたいな調子で,えっいつ論証されたの?という具合。ちゃんと理解しようとするには何度も読み返さないといけないが,そこまでつきあうほど私自身がこの問題に関わりあうつもりはないというのが正直なところ。ということで,本書への無理解は進んでいくばかりだが,本書の批判の仕方と自分の論の押し付けがましい正当化ってのは,いかにも1980年代前半らしいというところなのだろうか。
最終章はギデンズの前掲書でもとりあげられていたウィンチという社会学者の解釈学的立場がことごとく批判されていく。なので,やっぱりついていけない。結局,彼が前書で打ち立てた,本書の基礎ともなる「超越的実在論」が何かが分からないとどうにもならないというところだろうか?なぜ大村書店がその本を出版しなかったかは分からないが,本書だけではやっぱりバスカーの名前が日本で定着することにはならないのかもしれない。

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頭のなかで鳴り響く声

6月26日(金)

日比谷シャンテ・シネ 『レスラー
ミッキー・ロークが地でいっているってことで話題の作品ですが,実は監督は『レクイエム・フォー・ドリームズ』のダーレン・アロフスキー。その前が私は観なかったけど『π』だから,かなりぶっ飛んだ作品を撮る監督。今回は随分素朴な映画です。まあ,予告編どおりの映画。1980年代に人気のあったプロレスラーが主人公。プロレス自体の人気が下火なのは米国も同じようで,でもそれ以外に何もできない主人公は,家賃の支払いもままならぬトレイラー暮らしで,スーパーのバイトをしながら週末にはファイティングをしている。この作品で面白いのは,試合前の打ち合わせだ。20年ぶりに対戦するという相手は既に引退をしていて「事前打ち合わせ」というもの自体をしらないが,最近の若いプロレスラーは事前に綿密な打ち合わせをし,盛り上げ方を計算して展開を決めていく,というところが面白い。
この主人公ランディの唯一の慰めはストリップバーの女性。マリサ・トメイは先日も『その土曜日,7時58分』でその脱ぎっぷりに関して書いたが,本作ではストリッパー役だから当然脱ぎます。でも,プライヴェートでのそういうシーンはなし。こちらもストリッパーとしては年増でなかなか上手くいかない。でもプライドは捨てられずに,なかなかランディに心を許さない。さて、本作にもう一人出演している女優はエヴァ・レイチェル・ウッドで、ランディの娘。当然、全盛期の父親はプロレス三昧だったから、放っておかれた娘は父親に対して恨みを抱きながら生きている。それにしても、レイチェルは美しい。まあ、ナタリー・ポートマンとかスカーレット・ヨハンソンとか、演技と存在を含めずに評価するのは難しい女優を除けば、現代米国女優で一番美しいと思う。いい感じのチョイ役です。
この作品で面白いのは、ランディが1980年代のハードロックをこよなく愛していること。確かにこの2つはまさに1980年代の米国の象徴的な文化で、その類似性は大きい。暴力を前面に出したマスキュリニティバリバリの表現でありながら、ロングヘアだったり、レスラーは腋毛を剃ったり、ロッカーはロマンティックなラヴソングを歌ったり。フェミニンな特徴を併せ持った極度なマスキュリニティ。さて、物語の最後は非常に悲しい。ネタバレになりますが、久し振りに娘に会いに行ったランディ。はじめは嫌がる娘でしたが、父親の謝罪にほだされ、許す気になろうとしたところ、結局は待ち合わせのレストランに現れずに父娘の縁を切る。一方、マリサ演じる女性の方は最後の最後でランディについていこうと決心するが時既に遅し。心臓を病み、引退してまっとうな人生を歩もうと決意した矢先だったが、結局リングに戻ってしまい、明白には描かれていないが、そこで死ぬことを覚悟する。かといって、プロレスファンが皆自分の見方だというのではない。かつての栄光を覚めた目で見るファンたちの姿も描かれる。しかし、少なくとも自分の存在を認識してくれる人たちの前での死を、彼は選んだのだろうか。『グラン・トリノ』のラストシーンを思い出しました。

日比谷シャンテ・シネ 『路上のソリスト
引き続きシャンテ・シネにて。こちらも米国らしい作品。ジュリアード音楽院に入学しながらも、精神的な障害のゆえに今は路上生活をしている黒人男性。かつてはチェロを弾いていたが、いまでは弦が2本しかないヴァイオリンを路上で弾いている。そんな彼に出会った新聞記者。ロバート・ダウニーJr.が演じます。連載コラムを担当するこの記者は、この黒人に出会い、彼のことを記事にすることを決意し、彼に付きまとう。この連続コラムは人気になり、ある読者からは弾かなくなったチェロを彼に与えてくれと送られてくる。彼との付き合いは上手くいったりいかなかったり。しかし、主人公はこのコラムの人気によって賞を受賞したりする。しかし、果たしてこの黒人は救われたのだろうか。楽器を与えられ、部屋を与えられ、演奏会にまでこじつけたが、結局演奏はできなかった。これらの出来事はこの記者の自己満足だったのだろうか。この黒人は常に頭のなかに鳴り響く声に悩まされている。突然それが鳴り出すと、目の前のことに集中できないのだ。最近この種の人物を描く映画が続いている。先日紹介した『ウルトラミラクルラブストーリー』もそうだし、後で紹介する『幼獣マメシバ』も然り。また、本作の設定は『再会の街』ともよく似ているな。それにしても、この黒人を演じるジェイミー・フォックスは、ジュリアード時代の20歳そこそこも演じ、現時点での50歳前後も演じているが、本人は41歳だとのこと。でも、やっぱりチェロを弾く姿ってのは難しいんだな。特にオーケストラのなかに入ってしまうと素人でもないというのが明白。下手な人がいじると楽器を傷めてしまうということで、腕が縮こまってしまうのだろうか?まあ、そこそこの作品。ちなみに、実話に基づく物語です。

東京駅Break サンタラ
映画後、急いで東京駅に向かう。駅中のフリースペースBreakでサンタラのライヴがあるのだ。サンタラは昨年チェロ奏者の橋本 歩さんからいただいたCDのなかに入っていて、その思い切りのよいヴォーカルが気に入ったのだ。開演直前だったが、用意された椅子にはいくつか空きがあったので、真正面に座る。ヴォーカルの田村キョウコさんはかなり露出の多いワンピースで目のやりどころに困る。顔のパーツの大きい派手な顔立ちの彼女だが、アクセサリーの類をほとんどつけていない。もちろんこの日はサンタラの2人のみのステージ(ギターにヴォーカル)だったが、CDの印象とほぼ変わらないパワフルなステージを見せてくれました。自主レーベルを立ち上げての6枚目のアルバムが発売になったばかりだということだが、所持金が少なく購入せず。

さて、この日は恒例となりつつある勉強会。東京駅の丸の内南口で待ち合わせをしているとサンタラの2人。一人だったら声をかけていたけど、今回から勉強会にもう一人加入して、3人で移動するところだったので断念。南口で待ち合わせをしたが、適切なカフェがなく、OAZOまで移動。後から杉山君が合流します。この日もなんだかんだで1時間半かかり、21時頃に私の恋人も合流して呑み会。

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