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民芸運動と地域文化

濱田琢司 2006. 『民芸運動と地域文化――民陶産地の文化地理学』思文閣出版,290p.,4900円.

著者は1972年生まれの地理学者。関西学院大学出身で,なぜか昔から知り合いです。恐らく,関西学院大学の八木康幸さんが世話人をしていた時代に,人文地理学会の地理思想部会に呼ばれて発表をした時に出会っているのだと思う。でも,私はいろんな院生を紹介されてもすぐ忘れる性質なので,ちゃんと彼のことを覚えたのはいつんことだったのだろうか。本書は彼が2003年に同大学に提出した博士論文がもとになっていて,博士論文自体も彼がそれまでにいろんな場所に発表した論文がもとになっている。私は著者自身から,本書が出版された当時にいただいたのだが,もともとの論文も発表されるごとに送ってくれて読んでいたので,なかなか本として読む機会を逸していた。本書の3章は2002年に『地理科学』に掲載された論文だが,私が査読者として先に読むことになった。その論文には私の1996年の論文も引用されていて,その頃から仲良くなったのかとも思ったが,彼は『人文地理』にも1998年に書いていて,それが本書の5章になっているから,その頃かもしれない。なかなか彼とじっくり話をしたことはないのだが,手紙のやり取りをしたり,学会で私が発表すれば聴きに来てくれたりで,顔を合わせたことも少なくはない。
そういえば,このblogでは,彼が監修した『あたらしい教科書11 民芸』を紹介したこともありましたが,民芸とはプロダクトデザイナーとして有名な柳 宗理氏の父親,柳 宗悦が1930年代初頭に創始したといってよい運動のこと。古ぼけた田舎の職人技による焼き物であり,土産物としてイメージしがちな民芸品という呼び方は,せいぜい80年の歴史しか持たない。しかも,それは柳のような都会人による田舎へのノスタルジックなまなざし,またはこの運動に関わっているバーナード・リーチという外国人による日本へのエキゾティックなまなざしに支えられた美学である,というのが近年の民俗学的な議論であるといえよう。一方,こうした田舎の家族経営的な焼き物産業というのはひっそりと地理学の研究対象でもあった。さまざまな「地場産業」の一つとしてそれなりに蓄積がある。濱田君の博士論文はそんな2つを結び付けようという試みであるといえるかもしれない。なので,地理学系の出版社でもないのに,あえて副題には博士論文のタイトルをいかして,「文化地理学」の語を含めた。もちろん,本文中でも地理学への言及は多く,私の1996年の論文は本書でも引用された。さて,『あたらしい教科書』の時にも紹介したが,この柳率いる民芸運動の主要人物に濱田庄司なる人物がいる。柳がこの運動の思想的・理論的指導者だとすれば,濱田は実際にその理念・美学に沿って焼き物を焼く実践者であり,人間国宝でもあった。本書の著者,濱田琢司君は,なんとこの濱田庄司の孫なのだ。でも,本書のあとがきに書いてあるように,大学進学時まで彼は民芸に何の関心も抱いていなかったらしい。しかし,地理学というある意味なんでもありの学問に所属していて,大学院に進んだ辺りから民族学で研究されていた民芸に興味を持つようになったらしい。そう,上に名前を挙げた彼の指導教官でもあったであろう,八木康幸氏は民俗学的な研究をしていて,今では地理学者というよりも民俗学者といったほうがいいくらいの研究者であることも彼が民芸に関心を持つようになったひとつの理由だろう。
さて,すっかり前置きが長くなっているが,本書は地理学に籍を置きながら,民俗学的な研究対象を持ち,人類学的な文献を多く利用したものであるといえる。本人にも以前伝えたことがあるが,日本の地理学者でこういうバランス感覚をもった人はそう多くはない。私から見て,とても興味深い研究をしている地理学者はけっこう多いが,安心してその文章を読める人はそう多くはない。そういう人として一番に挙げるべき地理学者は福田珠己さんだが,彼女も関西学院大学の出身で,指導も八木さんだったりする。あ,なんかまた前置きになっていますね。ともかく,私のような読者にとってとても読みやすい本です。まあ,私は大学院に入っていろんな分野の研究に触れるまで柳 宗悦の名前も知らなかったくらいの常識なしだから,彼の研究を通して知ることはとても多い。そして,私もいろんな分野の本を読むが,人類学はあまり読まないので,その意味でも学ぶところは多い。
今日ではすっかり観光産業の売り上げを支える土産物と化している民芸品だが,「民芸品」という言葉自体が非常に一般化しているため,本来の意味での「民芸」に関わらず,参照とするべき事例には事欠かない。つまり,観光人類学や観光社会学の分野では,日本の民芸品としての焼き物を研究するのに適した視点を提供してくれる。それは地理学が生産の場として見ている「地場」でもなければ,民族学が見ている個人としての思想家や焼き物作家とも違う。まさに,分野を越えた人文・社会科学的な議論に適した研究対象だと思う。それはグローバル化を踏まえた空間性への関心だ。もちろん,彼は地理学者としての自負があるので,そのスケールはかなり小さなところでも勝負しようと思っているが,もちろん,ナショナルなスケールとしての民芸運動全体も忘れてはいない。本書では,日本全国のナショナルな民芸ブームの話から,リージョナルな九州地方の産地の概観,そしてそのなかでも大分県の小鹿田と小石原というローカルな産地の詳細な検討と前半は展開する。そして,後半は彼の祖父である濱田庄司氏が,自らの作品生産の場として選び,住み着いた栃木県益子についての議論を通じ,最後にはまた運動そのものの考察に戻る。
なんだか,肯定的な解説になってしまったが,もちろん本書にも批判すべき点は少なくない。でも,こういう場でそれを書くのもあまり生産的ではないし,やめておきましょう(というか,ちょっと既に疲れてしまった)。細かい批判点は著者宛に直接メールすることにでもしましょう。といいながら,なかなかそういう時間が取れないんだよな。

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