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2009年9月

40年でふにゃふにゃ

9月20日(日)

渋谷シネマ・アンジェリカ 『病院で死ぬということ』(1993年)
9月19日は映画監督市川 準さんの命日。一周忌です。ということで,シネマ・アンジェリカでは1週間,市川 準特集を組み,6本の作品を一挙上映。私は『トニー滝谷』以降しか知らないので,これを機に,その前の作品をスクリーンで観ておこうと思い,前売り回数券を4回分購入していた。しかし,前日はそのことをすっかり忘れて,くだらない映画を観てしまったのだ。まあ,連休があるから4本は余裕で観られると思っていたが,22日からは実家に帰る予定にしたので,余裕がなくなりました。ともかく,この日はまず1本を鑑賞。
この『病院で死ぬということ』という作品はその存在を知らなかった。基本的にドキュメンタリータッチ。といっても,実際の患者にインタビューなどをするようなものではなく,定点観測というか,病室の様子がひたすら映し出されるという手法。なので,明確に病名などは登場しないこともあるが,基本的にがん患者という設定のようだ。そして,その患者もその家族も俳優が演じているもの。よく知った俳優はあまり使われていないが,どの患者も岸部一徳演じる医者が担当している。要は,同じ病院のいくつかの病室を観察するという設定。1人の年配女性患者の息子役を松重 豊が演じている。まあ,そんな映画なので病室ばかりのシーンなんだが,時折街中の短い映像が次から次へと流されます。私が観た『トニー滝谷』以降にはこの手法はとられませんが、この時期の作品には決まってこうした手法が登場します。そういえば、遺作である『buy a suite』も全編そんな感じでした。市川 準さんのスタートはCM。一般的に15秒という短いCMの作品世界は綿密に作りこまれた濃密なものであるといえる。時間的にも画面空間的にも。それだからこそ、映画という表現媒体において、彼は余白のある時間と空間を映画作品のなかに盛り込んだのかもしれない。解釈は多様でも記号に満たされたCMに対し、解釈の必要すら鑑賞者に要求しない部分を含む映画。奇を衒い、観る者を引き寄せるCMに対し、なにも事件らしいことは起こらない、私たちがよく知った風景が流れる。しかし、病院で死を迎える癌患者について知っているようでいてあまり知らないのも実情かもしれない。『ちゃんと伝える』の時にも書いたが、私自身父親を癌で病院で亡くしている。私はその場に立ち会えず、母と兄からその状況を聞いただけだ。私は何度か見舞いに行っただけで滞在時間も数時間。四六時中、その病院の様子を知るのは母親だけだった。もちろん、死を迎えるまでの長い時間を全て1本の映画で表現するのは不可能だし、実際にそれをドキュメンタリー化するのは、『精神』の想田監督ならやりかねないが、観る者にかなりきつい印象を残すに違いない。まあ、そんな常識的な考えからも、この作品の手法と目的は察することができる。本作の延長線上に『あおげば尊し』(2005年)があるのかもしれない。

渋谷クラブ・クワトロ
遠藤賢司は今年でデビュー40周年。SHIBUYA AXで銀杏BOYSなどをゲストにイヴェントをやったのは35周年の時だったか。そして、私が聴きだしてから、あるいはライヴに通うようになってからは何年経つのだろう。まあ、ともかく還暦をすぎても元気だ。開場から開演までまたまた1時間あって、スタンディングはきつかったけど、背に壁がある位置を陣取り、ちょっと座って眠らせてもらった。開演15分ほど前になると、座ってもいられないほどのお客の入りになって、立つ。
遠藤賢司:初っ端にはエンケンが一人で登場。AXの時よりも若い客の反応が多い。まあ、今回は若いといってもZAZEN BOYSくらいだから、それだけを目当てに来た若者も少ないのだろう。そして、AXの時から、銀杏BOYSや曽我部恵一などとの共演を重ね、若い層にもエンケン人気が高まっているように感じた。
ZAZEN BOYS:数年前に所沢の航空公園でのイヴェントで、ヴォーカルの向井秀徳がソロで出演したことがあった。しかし、長丁場のイヴェントだったこともあって、食事をするために彼の出演時間に公園内をブラブラして、遠くから「やっぱり爆音が聞こえるよ」という形で彼の演奏を聴くのは避けていたが、今回は避けられない。しかし、そんな聴かず嫌いの第一印象は1曲目で払拭された。ただの爆音ではなく、素晴らしくキレが良いのだ。向井氏はギターとキーボード。時にはハンドマイク。バンドにはベースとギター、ドラムスというシンプルな編成だが、この長髪巨漢ドラマーがすごい。と思ったら、なんと松下 敦さんだった。私が観たのは何度かしかなく、その記憶のなかでは坊主頭だったので、全く気づかなかった。でも、そのプレイを聴けばまさしく彼だ。もちろん、ベースもギターも頑張っているけど、このリズムは彼以外にはなかなか難しいように思う。そして、それを統括し、自らの歌声でそれを先導するのが向井氏。その自信たっぷりの表情や、人気の理由が十分に分かります。ちょっと得しましたね。
頭脳警察:頭脳警察は私が遠藤賢司を聴き始めたのと同じ時期にCDで聴いていた。ヴォーカルのPANTA氏は頭脳警察以外にもソロで活動しているのは知っていたが、エンケンのようにライヴに行くことはなかった。確かに、頭脳警察も素晴らしいのだが、私の感覚に身近なものと感じられないというところだろうか。しかし、今回は生で聴けることをとても楽しみにしていた。エンケンバンドでもドラムスを担当しているトシはパーカッションで、もう一人ギターの人と3人編成。かなりアコースティックヴァージョンのようです。確かに、これが60歳の人たちの演奏とは思えない迫力ですが、基本的な演奏と歌唱の技術はやはりエンケンとは違うようです。
さて、最後にはトシさんと湯川トーベンさんも登場して遠藤賢司バンド。初っ端から、「湯川潮音の父親でーす」とトーベンさんを紹介。MC中でも潮音ちゃんが現在ロンドンでレコーディング中だとか、そんなことを誇らしげに語るエンケンがかわいらしい。もうすでにここまでで随分時間が経過し、私の腰も限界に近かったですが、さすがにいつもの単独リサイタルほどの曲数はなかった。今回は単なる40周年記念ではなく、新しいアルバム『君にふにゃふにゃ』の発売記念でもあったが、そしてこの時点でまだ購入していなかったが、今回はとてもいいです。タイトル曲のタイトルとか、ジャケットを絵本作家の荒井良二さんが描いているとか、ファンシィな要素いっぱいです。もちろん、細野晴臣氏や鈴木 茂氏も参加しています。まあ、ともかくまだまだ頑張ってくれることを確認して帰路につきます。

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ようやく日常日記更新

すっかり日記も溜まってしまってしまいました。簡単に省略形の日記を書くのは難しいですが,なるべく否定的なことは少なめにいきたいと思います。

9月16日(水)

大宮ムムタージ erikuo
なぜか,ムムタージから2通目の誕生日サービスハガキが届いていたので,急遽恋人と一緒に行くことにした。禁酒中なので,お水でカレーとその他諸々。カレーとナンが1セット無料。食べ終わった後に,2人でチャイを注文したが,それでも2000円ちょい。あらまお得です。
さて,この日はマリンバ奏者大橋エリさんとギタリスト後藤郁夫さん夫婦ユニットerikuoによる演奏。一番ステージに近いところのお客さん3人組がおしゃべりしていて,2階の人もうるさくて落ち着いて聴けなかったな。エリさんは珍しくおしとやかな衣装で緊張した感じのMC。でも,娘さんは時折1階フロアに下りてきてウロチョロ。改めて郁夫さんのギタープレイに感嘆。3ステージありますが,2ステージでお暇しました。
あ,そういえばムムタージのフリーライヴも終了するらしいです。ライヴという形ではなく,BGM演奏になるらしい。ポイント結構溜まったんだけど,今後は行くのかなあ...

9月18日(金)

新宿ピカデリー 『ココ・アヴァン・シャネル
なぜか,シャーリー・マクレーンが演じた英語版と,本作,オドレイ・トトゥ主演のフランス語版とがほぼ同じ時期に日本で公開された。前者は観ていないし,シャネルの生涯にもあまり興味はないが,オドレイ・トトゥ主演ということで観ることにした。『プライスレス』の時にも,露出の多いドレスなどを着ていたが,彼女は面白い体型だ。胸は結構大きいみたいなのに,谷間には骨の形が分かるほど痩せている。まあ,そんなことはどうでもいいのですが,やはり彼女は深刻な役どころはあまり似合いませんね。まあ,頑張ってはいますが,やはり実在する人物の自伝的作品は難しい。まあ,本作はマリー・ジランがココの姉役で出演していたところがお得だったかな。

町田カレーのモコモコ 音あそび
以前から行ってみたかったカレーのモコモコ。月に一度のペースでジャズを中心とするライヴを開催するただのカレー屋。町田に行くのも久し振りだったが,やはり活気のある街だ。市役所の向かいにあるお店。店内は既に万席状態です。私はカウンター席に座る。30人のお客を相手に,夫婦でやっている店員は3人でてんてこ舞いだ。私はオーソドックなビーフカレーを注文。確かに美味しいです。白米のように見えて,タイ米なんですね。
久し振りの音あそび。初っ端の「グランド・オダリスク」はギターがかなり爆音でビックリ。ただのカレー屋なのにいいのだろうか,と心配になったが,まあ本人たちの気合が大きかっただけでしょうか。ともかく,久し振りの音あそびは格別。特にこの日はギターの長澤さんが目立ちましたが,やっぱり3人がそれぞれ素晴らしいプレイヤーだということを実感。まあ,世界的に有名なミュージシャンの,チケット代が万単位するようなコンサートを聴いたことはないのですが,本当にこういうライヴを聴くとこういうのを一流っていうんだろうなと一人ごちる。そして,そんな演奏を間近で30人だけで聴けることの喜びを密かに味わう。ちなみに,このお店はチャイ用に使っているカップが,私が実家から持ってきたものと同じだったり,厨房で使っているガスレンジがわが家で使っているものとかなり似ていたりと,ちょっと親近感。
ライヴが終わると隣に座った男性から声を掛けられた。もちろん,私も彼のことは知っていた。多分認識するようになったのはmaikoさんのライヴで,吉祥寺stringsが多かったと思うのだが,先日の谷中ボッサでの戸田和雅子さんのライヴにも来ていてビックリしたのだ。まあ,それだけ同じ空間にいたことがある人ですから,私の顔も覚えていたんでしょうね。名前などは交換しなかったけど,ひとしきりおしゃべりをして,「またstringsなどで会いましょう」と私が先にお店を後にする。

9月19日(土)

東京経済大学の後期初日。思ったよりも後期から受ける学生が多くてビックリ。

渋谷ヒューマントラストシネマ 『キラー・ヴァージンロード
岸谷五朗監督,上野樹里主演,木村佳乃助演ということで,予告編からしてあまり期待できる感じではなかったけど,とりあえず,観てみることにした。でも,正直なところは同じ映画館でやっている『ホッタラケの島』を観るつもりで前売り券を買って行ったんだけど,上映時間の変更を確認するのを忘れて無駄足。そのままもう一度チケット屋に引き返して,この作品のチケットを購入して往復。そういえば,その道すがら,タワーレコード渋谷店の隣に新しくできたルミネ男館(?)の店頭に泉谷しげるがギターを持って男子高校生たちに囲まれていた。そういえば,この日の遠藤賢司40周年記念コンサートに泉谷しげるはゲストで出るはずだ。
さて,映画ですが,やはり予告編通りの内容。『のだめカンタービレ』ですっかり天然キャラが身についてしまった上野樹里ちゃんですが,本作でもそんな感じ。一方,『全然,大丈夫』でキャラ変更の木村佳乃も本作でもその路線。まあ,ドタバタ喜劇?悲劇?で得るところなし。とても残念な作品でした。

渋谷duo music exchange Atomic Monster Festival
広沢タダシ君が自分の誕生日前後に,「夏フェスが終わったころにフェスティヴァル」と銘打って始めたイヴェント。今回で3回目のようです。私が先日のTHUMBS UPで購入したチケット,整理番号B3はやはり先行のAの後だった。まあ,それなりの席は確保して開演を待つ。ほぼ定刻どおり登場したのはアサダマオ。私も7th floorで一度聴いただけだが,広沢タダシ君も7th floorで彼女のパフォーマンスを目撃してしまったらしい。そして,今回のオープニングアクトとして登場。やっぱり数曲で場を沸かせるにはちょうど良いですね。その後,タニザワトモフミ登場。最近は眼鏡をしないようだ。なぜか1人で広沢タダシの曲「blue」を弾き語りし,その後タダシ君と一緒に自分の曲を2曲。いやいや,やはりいいですな,この若者。CD買ってみようか。続いてがなんと木根尚登。小室哲哉ネタで会場を沸かせます。やはりこの年代で,はじめはグループでやっていて,最近一人でやっているような人の音楽センスはちょっと私にはあいませんな。やはり歌はイマイチです。
でも,ここまではけっこう楽しめました。ここで帰ればよかったんだよな。東京60WATTSはもともと好きではないので,会場がオールスタンディング化しても,座って聴いていました。途中でタダシ君が登場し,タダシ君の曲を演奏するときに立ったものの,数曲で次のゲスト。GAKU-MCという奇妙なスタイルのラッパー。私の嫌いな顔です。パフォーマンスも押し付けがましくて嫌い。でも,結構売れている人みたいですね。他のゲストよりも曲が多く,耐え難い。結局,アンコールまで残ってしまったんだけど,タダシ君の曲はあまり聴けずじまいのイヴェントでした。30日の高田馬場を楽しみにしましょう。

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フォト・リテラシー

今橋映子 2008. 『フォト・リテラシー――報道写真と読む倫理』中央公論新社,256p.,780円.

書店の写真コーナーに行くと最近目に付く著者の名前。『〈パリ写真〉の世紀』や『ブラッサイ――パリの越境者』という分厚い著書の著者だ。本格的な写真研究からはちょっと遠ざかっているので,あまり厚い本は読む気がしなかったが,そんな著者が中公新書を出したので買ってみた。タイトルはイマイチだったが,目次を見たら,彼女の専門のパリ写真の話もあるみたいだし,私が研究した『The family of man』の話もあるという。
なぜ,私にとってタイトルがイマイチかというと,それは明らかに「メディア・リテラシー」からきているからだ。リテラシーとは「読み書き能力」のことで,有名なリチャード・ホガートの著書も『読み書き能力の効用』だったが,なんだか最近のカタカナ表記はどうにも上から目線,教育的な側面が強調されて気に入らない。でも,著者はこの言葉に批評的・批判的な意味合いも込めているというのでよしとしよう。この種の本としては,本書でも言及される,1963年に岩波書店から出版された,名取洋之助『写真の読み方』がある。名取は日本の写真史のなかでも重要な役割を果たした写真家であると同時に編集者であり,批評家というよりは実践家であり,一方で今橋氏は大学の研究者である。しかし,私から見れば,本書の一部分は『写真の読み方』の焼き直しである。また,これも本書で引用されているが,小林美香『写真を〈読む〉視点』(2005,青弓社)もある。小林氏の著書がどちらかというとアート写真に重心を置いているのに対し,今橋氏は報道写真に重心を置いている。が,その両者の境界は曖昧である,というのが2人の著者の共通認識であるかもしれない。
まあ,本書が私のような読者に対して根本的に認識に変更を迫るような刺激はなかったものの,私が知らない事実をいくつも提示してくれたことはありがたい。そう,本書は写真一般論ではあるのだが,その論証のために用いられる事例が限定されていて,それが故にその考察が詳細である,というのが新書でありながら本書が持つ魅力であろうか。それに加え,最終章で「倫理」というものを強調し,晩年のスーザン・ソンタグについて論じたり,同時代的に今日活躍する写真家であるセバスチャン・サルガドを登場させて,メッセージ性の強い写真が世界を変えるか否かという,なかなか研究者という立場では論じにくいテーマを含んでいるのが面白いと思う。

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映画とは何か

加藤幹郎 2001. 『映画とは何か』みすず書房,262p.,3200円.

ベタなタイトルである。しかし,1998年の『映画のメロドラマ的想像力』から,毎年のように著書を発表している著者だから,正直なところタイトルに困ったのかもしれない。本書は,みすず書房の出版案内を兼ねた月刊誌『みすず』に掲載されたものを集めたものである。1994年の第1回から,最後の第6回は1998年。『みすず』に掲載されたものを私はいくつか読んでいたので,本書を購入するのは後回しにしていたのだが,最近加藤氏の著書を中古で買うことが難しくなっていて,たまたま本書を2000円で見つけたために購入した。
加藤氏の著書は今まで,
『映画ジャンル論』(1996年,平凡社)からはじまり,
『鏡の迷宮』(1993年,みすず書房)
『ヒッチコック『裏窓』ミステリの映画学』(2005年,みすず書房)
『映画館と観客の文化史』(2006年,中公新書)
と読み進めてきた。まだまだ執筆の勢いに追いついていない。ここ数年は出版のペースが落ちたものの,1996年から,ウェブの映画批評サイトも管理しているのだから,その執筆量には驚くしかない。そして,量だけでなく,個人的には彼の文章は今私が一番刺激を与えられる内容を持っている。
http://www.cmn.hs.h.kyoto-u.ac.jp/NO1/NO1HOME.HTM
基本的に彼の研究は映画史であり,いくら映画好きといっても古典作品をあまり観ていない私にとっては彼が取り上げる映画は観たことがないものが多い。しかし,彼の文章はそれでも十分読ませてくれる魅力を持っているのだ。批評というのはその書き方が意外に難しい。割り切って,その批評対象になっている作品を読んで(観て)いるものだということを前提にするのが一番楽。もう一つの割り切りは懇切丁寧に作品を紹介すること。でも,後者はその冗長な説明が時に読者を興ざめさせる。特に映画は,分析対象が物語りだけではないので,文章で説明してもたかがしれてるし,もし観ている作品であっても,分析されているシーンをきちんと映像として記憶しているとは限らない。まあ,ともかくその辺は批評家にとって難しい問題ではあるのだが,加藤氏はその辺りのバランス感覚が素晴らしい。また,分析方法に関しても,単なるテクスト内分析でも,テクスト間分析でもない。かといって,テクスト分析を軽んじるような政治・社会分析一辺倒でもない。表現の内容と,作品の成立する社会状況の両方に目を配り,さらにその両者をうまく結びつけるために,映画の技術史に細心の注意を払うのだ。といっても,単純な映画の撮影技術や編集技術だけではない。映画における編集手法の歴史を最重要視しているところに彼の特徴がある。
本書では第1章で,ヒッチコックの『サイコ』が取り上げられる。この映画は私も観ているし,問題のシーンが絵コンテで再現されていて,非常に分かりやすい。第2章では,『メトロポリス』(1926年)で有名なドイツの監督,フリッツ・ラングの渡米以降の作品が詳細に分析される。戦前にドイツで名を成したラング監督は自らにユダヤ人の血が入っていることを理由に合衆国に亡命する。亡命後の作品はほとんど注目されてない,という前提が本章にはある。私は『メトロポリス』すら観ていないが,その論理的説明には妙に納得させられる。第3章は『みすず』の段階で読んでいた。ホロコーストを描いた映画『ショアー』が取り上げられる。ホロコーストを生き延びた人たちへのインタビュー映像をつなげただけの9時間半に及ぶドキュメンタリー映画だが,それは同時に『シンドラーのリスト』のような,ホロコーストをスペクタクル映画へと仕立て上げたスピルバーグ批判でもあるという。しかし,映画技術史を踏まえた著者の分析によれば,この2つの作品は似たり寄ったりなところもあり,ホロコーストの表象可能性という問題の根本については解決されていないという。続く第4章は結構面白い。映画と列車の関係についての考察だ。もちろん,初期のフィルムが単なる列車の到着場面を撮影しただけのものだったということから始まり,この両者には直接的な関係がある。しかし,本章ではその両者の関係をもっと広く捉え,場合によってはゆるやかなつながりや,強引な関係付けなどで論が展開していくところが面白い。つまり,厳密な直接的関係だけを積み重ねていっても批評というのは面白くはならない。大いなる想像力を働かせた大胆な論というものも期待したいところ。加藤氏の研究が魅力的なのはその辺も豊かだからだ。さて,この第4章から第2部「映画史を書く」に入っているが,最後の2章は私には少々難しい。第5章はD.W.グリフィスという合衆国の監督による,1908年から1913年までに撮影された400本以上もの短編というのが対象となる(実際にはうち20本)。そののちの1915年の『国民の創生』という長編でグリフィスは有名になったそうだが,すっかり忘れ去られた膨大な短編西部劇のなかで,その表現手法を急速に進化させた,というのが映画史上での発見。最後の第6章で取り上げられるのは,1910年代から1950年代にかけて存在していたという,黒人劇場専用映画である。黒人差別が普通だった時代の合衆国では,黒人のための専用映画館があり,そこでのみ上映される映画が撮影されていたという。その事実だけでも十分知的な刺激を得られる内容。
まあ,そんな感じです。思わず,古書店になかなか出回らない加藤氏の本を2冊もAmazonで発見して注文してしまった。またまた読むのが楽しみである。

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休日が多いと給料が減ります...

9月13日(日)

前日は疲れてしまったので、昼過ぎまでゆっくり過ごす。久し振りにジョギングしたり、本の執筆を遅々として進めたり。午後から出かけて、渋谷で映画。

渋谷イメージ・フォーラム 『花と兵隊
松林要樹という若い日本人監督によるドキュメンタリーフィルム。太平洋戦争で東南アジアに送られた日本兵。スクリーンに映し出された数字では、うち半数以上が現地で亡くなっている。終戦を迎え、多くの兵士は帰国したが、帰国せずにタイの奥地の村で現地の生活に馴染み、そして死んで逝く人たちがいる。そんな元日本兵6人を訪れ、取材した作品。是非観てもらいたいので詳しくは書きたくないが、まあだからといって実際に観ることができる人は少ないと思う。なので、拙い私の知識からしかかけない内容だが書いておきたいと思う。冒頭のシーンはその一人、坂井さんの葬儀の様子から始まる。2007年5月に90歳で亡くなる。葬儀の後、その奥さんがひ孫と自宅でくつろいでいるシーンで、とつぜん場面は同じアングルで2年前にさかのぼる。奥さんは同じハンモックでくつろぎ、その手前のリクライニングチェアに坂井さんの姿がある。そう、この監督は5年前くらいからこの現地に入り、人づてに一人一人の元日本兵に会い、インタビューを重ねていくのだ。坂井さんはなんとブラジル生まれ。両親はブラジル移民一世だ。事業に失敗して帰国したと思ったら父親とともに徴兵される。本人は生き残ったが、家族は日本で亡くなる。敗戦し、坂井さんは同じ部隊の中野さんと隊を離れる。逃げ延びた山中で、現地の少数民族たちに命を救われる。現在その少数民族たちはさまざまな理由で土地を追われ、難民生活を余儀なくされているが、手にした技術で財を成した坂井さんは自宅にかれらを無償で住まわせている。中野さんは衛生兵だということで、この土地で医者として尽力した。2人は現地の姉妹をそれぞれ嫁にとり、今日まで近所で暮らしていた。ちなみに、2人は日本語では会話しない。中野さんが離隊した理由は明らかにされないが、非常に重要な意味合いが込められている。彼らは愛国心教育に従って兵士となったわけだが、高まる同国日本人への不信感と言葉も通じない初対面の現地の人々の無償の愛。そりゃ、どっちを選ぶかっていう話ですよ。もちろん、戦後生まれた私たちの選択は明白ですが、当時の人々はまさに生死をかけた苦渋の選択だったはず。そして、中野さんの知り合いでもあった花岡さん。なんと、戦後多国籍企業としてタイに進出したトヨタ自動車の現地採用従業者となる。その後、独立して自身の自動車工場を立ち上げ、85歳現在にしていまだ現地の人々を使って現役で働いている。それ以上に自らの技術を活かして成功したのは伊波さん。当時タイには全く存在していなかった電動水汲みポンプを考案し、特許をとることもなく、献身的にタイの水環境改善に尽力する。国家事業の多くにも携わったという。古山さんもバンコク市内に住みながら、商人としてタイと日本とを結ぶ仕事に携わる。どなたの証言だったか忘れたが、一つ知らなかった事実があった。日本人はアジアの多くの場所でインフラ整備に関るが、タイとビルマを結ぶ泰緬鉄道を建設したのも日本軍だった。しかし、その建設作業には日本軍が捕らえた連合軍の捕虜が6万人以上含まれていたという。しかも、そのうち1万人以上が作業中に亡くなった。当然これは許されることではない。敗戦国となった日本。その捕虜を管理していた日本軍兵士たちは戦犯となり、シンガポールに送られて裁判にかけられるというのだ。そんなことから、離隊して、現地に留まった人たちも多いということだ。中盤は、現地でも日本で培った技術を活かして、うまく生き延びてきた様子が描かれているが、徐々に戦争の傷跡がひしひしと伝わってくるようになる。そして、最後に登場する藤田さん。監督が初めて藤田さんのお宅を訪れるシーンは印象的だ。数年前に伴侶を亡くし、自身も戦争で痛めた片足のせいで歩けない。そんな彼は監督に対して明らかに不機嫌だ。しかし、彼をめぐる話が続くにつれ、彼ほど戦争の責任を現地で果たそうとした人もいないように思えてくる。彼は,首のない日本兵の死体を集め,埋葬し,そこに碑を建てた。しかも,その活動はその後も続き,日本兵と思われる白骨死体を掘り起こしてはその碑の下に埋葬するという活動を続けていたという。そして,同時に監督に対し,戦時中,上官の命令に従って中国人の女子どもを殺し,また士気を高めるために,亡くなった仲間の人肉を食らったということまで証言する。その時の形相は言葉以上に何かを伝える。そんな藤田さんも今年のはじめに亡くなったという。こういう作品こそ,映画という表現形態をうまく利用していると思う。

映画の後は代官山へ。友だちの友だちという繋がりで,以前から奇妙なメールのやり取りをしていたSさんと初めて会うことになった。おすすめのライヴにご一緒させてくださいというので,中目黒好きのSさんに合わせて楽屋のライヴを選んでみた。ライヴだと開演前や休憩時間くらいしか話す時間がないので,その前に1時間くらい散歩でもしましょうということで,代官山から中目黒まで散策。途中,西郷山公園によると犬のお散歩に来ていた秋吉久美子さんを発見。そこから崖を降りて目黒川沿いへ。渋谷から移ったdroleでケーキとお茶。渋谷では333discsのクリスマスイヴェントで,tico moonとachordionを聴きに行ったことがあるが,その後お茶でもしようと訪ねてみると,すでになくなっていてショックだった。それ以降もachordionは代官山店でライヴをしていたようだが,中目黒にもお店があるとは知らなかった。オレンジとチョコのムースは美味しかったが,紅茶がポットでなかったのはちょっと残念。

中目黒楽屋
楽屋に到着すると,つい最近予約人数を2名に変更したというのに,わたしたちに用意されていたのは最前列中央だった。この日はマリンバ&ヴィブラフォーンということで,ステージが拡張されていて,目の前まで迫っています。この日も私は禁酒が続きますが,おつまみ的メニューを頼んで,開演を待ちます。
宮嶋みぎわトリオ:ピアノの宮嶋みぎわさんにマリンバの大橋エリさん,そしてヴィブラフォーンの香取さんという編成。香取さんはみぎわさんの作曲の先生だし,もちろんエリちゃんにとっても同じ楽器の演奏者ということで以前から知っていたとのこと。大先輩を迎えた2人の演奏に力が入らないわけはありません。特にエリちゃんはerimba時代の古い曲「アフリカ」を持ち出して,ハッスル。みぎわさんもここ数年は何度もニューヨークに行ってはさまざまな経験を積んでいて,演奏にも深みと迫力が加わったような気がします。
vice versa:ヴォーカルの明由子さんは一度しかちゃんと話したことがないんだけど,彼女がお客さんとして来ているライヴに私も居合わせることも多く,顔を覚えたみたい。開演前に声を掛けてくれました。この日はワタナベエスさんと石川 智さんを招いてのバンド編成。当然ピアノが空いているので,数曲はみぎわさんも参加。バンド編成できちんと聴くのは初めてvice versaを聴いたとき以来だろうか。その時は確か,orbit blenderのイヴェントだったような気がして,まだバンドとしてのvice versaだったような記憶がある。久し振りに観た時に,2人になっていて,前に聴いたことがあるという記憶が間違っているのかと思ったくらいだ。Sさんはドラムス音があまり好きでないということで,私は石川さんなら大丈夫とはいっていたものの,さすがに最前列となるとけっこうな音量で少し申し訳ない気になったが,私は太宰百合トリオ以外で石川さんのドラムスを聴くのは久し振りだったので,かなり楽しんだ。2組で休憩挟んで3時間に及ぶパフォーマンスでしたが,満足なライヴでした。初対面の人と行くライヴがいいものだと,その後の会話に困ります。まあ,時間も遅くなったので,駅から別々の方向へ。

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一日忙し、土砂降りふられ

9月12日(土)

この日もけっこう忙しい。昼間に家を出る。銀座で乗り換えて小伝馬町まで。お隣の人形町は亡くなった私の父が通勤していた場所。土曜日はひっそりしたオフィス街です。

小伝馬町cafe紅 casa
そんななかにある、古い日本家屋的な内装のカフェで、和田英子さんという方の絵画展『「瀬音の森」~地に棲むもの~』 が開催されている。その会期中の土曜日を利用してライヴイヴェントが企画され、casaが出演するというので聴きに行った。ちょうど、和田さんと、共同企画の岡城さんが、私企画のcasa出演イヴェント@谷中ボッサに来てくれていて、その話は7月に聞いていたのだ。この日はお昼時ということで、ランチプレートとドリンクがついている。お客さんの半数以上は、絵画展が目的だったり、お店の常連だったりで、いつものcasaライヴとはちょっと客層が違い、女性が中心。男性がいたとしても女性の連れのようです。ということもあってか、casaファンの男1人客が同じちゃぶ台に集められて窮屈。まあ、こういう席の配置って女性の視点からで分からないことはないんですが、ちょっとどうかなあって思います。まあ、お互いおそらく見知った3人なので、会話でも交わせばいいんだろうけど、なかなかきっかけがね。
思っていたよりもライヴの時間はしっかりとられていて、2ステージ。普通の和室と廊下と、玄関に客席があるような感じで、ステージはその真ん中。夕紀子さんも「360°ステージは初めてだ」と笑わせていましたが、久し振りに素足で板間で歌います。しかも、前回の谷中ボッサの経験を活かして、マイクありとマイクなしを曲によって使い分けての演奏。谷中ボッサとは違って天井が低いけど、生声でも音響はとても良い。マイクなしの時の夕紀子さんはあちこち歩き回って、自由でいいですね。美宏君のギターもこの日は絶好調だったような気がする。選曲も多彩で本当にいいステージだった。casaを初めて聴くお客さんにも受けていましたね。

銀座に移動。シネパトスで『白日夢』を観ようかとも思ったが、ちょっと時間に余裕がなく断念。シネカノン有楽町2丁目で受付をしてから1時間くらい余裕があったので、イトシア地下のクリスピークリームドーナツへ。テイクアウトとイートインは列が別になっていて、あまり待たなくていいと聞いたので、ドーナツはどうせ安いし、ということで食べてみた。といっても、渋谷店がオープンした当時は何回か行ったんですけどね。並んでいる間に出来たてのも一ついただき、合計2つ。甘甘です。ちなみに、店員さんが並んでいる時に、「こちらではお持ち帰りができません」と念を押していっていたのに、私の前のお客は堂々と3箱くらい持ち帰りしていた。列とレジを一貫して統制しているわけではないらしく、それを知っている確信犯たちは少なくない様子。そして、他にも図々しい人はいる。どうやって抜けてきたのかは分からないが、一旦列に並んで無料のドーナツをもらってから、抜けてきたおばさん。それを向かいの店の紅茶の試飲で食べている。しかもおばさん仲間に分け与えているよ。

シネカノン有楽町2丁目 『女の子ものがたり
さて、選んだのはこちらの作品。漫画家西原理恵子の自伝的原作を映像化したもの。主人公を世代ごとに3人の女優が演じます。デビューしてそこそこ人気があったものの、30歳になり、最近は出版社の要求に応じて惰性で描いているようなダメ漫画家を演じるのは深津絵里。冒頭に彼女の出演シーンがあり、一気に少女時代に話が移る。母親が再婚して愛媛県の田舎町に引っ越してからの物語。母親役は奥貫 薫。なんで彼女はいつも不幸な役どころなんだろうか。そして、再婚した新しい父親役が板尾創路。うーん、いかにもっていうキャスティングだな。そして、主人公「なつみ」ちゃんの少女時代を演じるのは実写版「ちびまる子ちゃん」の森迫永依ちゃん。うーん、可愛い。引っ越した日、片付けの邪魔だからと家を追い出され、近所をぶらついていると、2人で遊んでいる少女に出会う。これが、上京する前までなつみの親友となる「きみこ」と「みさ」。彼女たちは成長し、違う高校に通うものの、いつもつるんでいる。高校生になったなつみを演じるのは『遠くの空に消えた』の大後寿々花。『遠くの空に消えた』では、ちょっと変わった少女だなって思ったけど、一気に成長して普通の可愛い女性になってしまったような気がするけど、演技はさすがだった。きみこ訳の波瑠の方がまあいわゆる迫真の演技だけど、やはり演技の質からいうと寿々花ちゃんの方が一枚上手だ。綺麗な子ではあるけどね。それにしても、不幸な物語。私が育った埼玉県の鷲宮町も新興住宅地がいくつもあるもののそれなりの田舎町だったので、よく分かることもいくつかあった。こういう町の共同体は、もちろん貧しい家庭をつまはじきにするのは当たり前だが、勉強がよくできるような、上昇志向の子どもにも妬みからくるいじめがあるのだ。ある意味で、バカであることが人々を結びつける共同意識になる。まあ、ともかくなつみは高校卒業とともに上京する際に、不幸な親友2人とようやく本音をぶつけ合って大喧嘩となり、上京してしまう。それ以来は帰郷しない。そして、数年前に他界してしまったきみこの実家を訪れるというのが深津絵里が演じる場面でのクライマックス。きみこの母親役が風吹ジュンってところがいいですね。

映画が終わって、三権茶屋に移動。そしたら、なんと土砂降り。でも、予定通り東京餃子桜へ。さすがに何人か並んでいたが、10分程度で入れた。焼き餃子1皿と、もやし、小ライスで600円なり。食べ終わっても雨の降るなか、世田谷ものつくり学校へ。

三軒茶屋世田谷ものつくり学校 flex life
ちょうど学校の入り口に大きな水溜りがあり、暗くて見えず、最後の最後でずぶ濡れに。しかも、行くのが遅かったので、椅子は既に埋まっていた。はじまって数曲は立ち見にしたけど、疲れそうだったので地べたに座る。まあ、それはそれで疲れます。客席には扇谷一穂さんの姿も。いやいや、久し振りのflex life。20:30からのまさにスローなライヴなのに、2ステージ。なんだかちょっと嫌な予感がしたが、1stセットは30分ほどで終了。しかし、やはり2ndセットは1時間弱やって、終わったら22:30。かなり久し振りだということもあって、青木里枝さんの声量に改めて驚き、大倉健さんのギターの自在さに改めて感心。もちろん、新しい曲も増えてなかなか楽しめたライヴではあったけど、やはりライヴ定番曲はちょっともう飽きたかなあ。もっと素敵な曲はいっぱいあるのに。と、11月はじめには440でワンマンライヴをするといっていたけど、ちょっと悩みます。
帰りには雨はやんだけど、やはり三軒茶屋駅までの道のりは遠く、また世田谷線から京王線への乗り継ぎも悪く、疲労して帰宅。

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橋本 歩さん帰国

9月11日(金)

この日は健康診断。大学院を修了してから、健康診断というものを受けたことがない。昨年は多摩市の無料の健康診断を受けたが、本当に形式的なものにすぎなかった。今回は非常勤先の法政大学が、組合員以外の非常勤講師にも無料で健康診断を受けさせてくれた。法政大学近くの健康診断の会場は、クリニックもあるが、健康診断をいろんなところから受け入れてやっているような施設。なので、いろんな人たちが流れ作業のように受けています。今回は検尿に始まり、レントゲン、身長・体重、視力、聴力、そして問診というコース。意外にも視力が裸眼で左右とも0.5。眼鏡をかけても両目0.7という結果に。左右の視力は違っていると思っていたし、眼鏡をかけるともう少し視力がいいと思っていた。でも、裸眼視力が思っていたより悪くなっていなくて良かった。
予定通り14:30には終わったので、あまり時間がないなか、渋谷で映画。とりあえず、映画の内容が分からないまま、大鶴義丹が監督した映画だということで劇場まで。なぜ内容が分からないかというと、私がいつも映画の時間をチェックしているMovieWalkerに作品の詳細がなかったからだが、そんなこともあって、時間もなかったので、チケット屋に寄って前売り券を買わずに直接映画館へ。すると、なんと原作が『リアル鬼ごっこ』の山田悠介氏で、しかも角川ホラー文庫から出ているということで、しばし悩む。でも、他の作品を探している余裕はなかったので、騙されたつもりで観ることにした。撮影監督が桐島ローランドってのも、まあそれほどひどくはないだろうという判断になった。

渋谷シアターTSUTAYA 『ブレーキ
主役は初めて観る岡田亮輔という若い俳優。ストーリーは分かりやすい。主人公は自動車の整備工だが、そこに綺麗な女性を助手席に乗せた古い高級車に乗ったヤクザな男がやってくる。何度かこの女性が車を預けに来る度に、仲良くなってデートするようになる。男に暴力を振るわれるこの女性は、いつしかこの若い整備工に気持ちを委ね、ついには体も預けてしまう。すると、ある日目覚めると、女性は監禁され、主人公はアクセルが自動操作された車につながれている。主人公は勝手に暴走する車をうまく操らなくてはならないというゲームに巻き込まれるのだ。車内からは女性の姿がモニターされていて、主人公がブレーキを使うと女性の腕に刺さっている注射針から毒薬が注入されるという仕組み。まあ、ホラーという感じではないですが、極度の緊張感を生み出す設定というのは『リアル鬼ごっこ』などと共通している。まあ、ただ結末にはちょっとした仕掛けがあるってところが、大鶴義丹がわざわざ監督したというところでしょうか。ちなみに、この女性を演じるのはグラビアアイドルの谷 桃子。名前しか知りませんでしたが、確かに綺麗な体ではありますが、ベッドシーンで終始体にシーツを巻きつけているというのはどうなのか。そして、その相手のヤクザ男を演じるのはなんと湯江健幸。なんと、この映画、出演者は4人です。そして、暴走する道路に見立てられているのは空港の滑走路。といっても、民間航空機が就航しているような空港でありません(エンドクレジットで確認はしたものの、聞いたことのない空港だった)。まあ、完全に落胆するような映画ではなかったけど、1800円払ったのはもったいなかったかな。この岡田亮輔という役者の派手な演技もくどいです。

さて、この日は再び祐天寺のmargoへ。実は、今年の8月まで約一年間ボストンで音楽修行をしていたチェロ奏者の橋本 歩さんが帰国したというので、お会いすることになっていた。というのも、彼女のお土産話を披露するようなイヴェントをお手伝いすることになって、会場として予定しているmargoで打ち合わせ。夜の開店時間18時過ぎに私がお店に入ると、予約席が用意されていました。歩さんもほどなく到着。髪の毛が短くなったこと以外はあまり変わっていない。むしろ、けっこう規則正しい、余裕のある生活をしていたせいか、肌艶がよくなって若返った印象です。自身のパソコンを持ち込んで、写真や動画を見ながらまずは私がお話を聞きます。もちろん、margoのオーガニックな料理とワインをいただく。祐天寺は目黒区ということで、この日は「秋刀魚」。アメリカから分けてもらったという100年物の天然酵母のパンとチーズ。そして、魚ということで白ワインをボトルで注文。まあ、この日だけは禁酒を解きましたが、とても飲みやすく、相手が歩さんだということで、程よくボトルは空になりました。途中からはmargoのこじままきじさんも帰ってきて、いろいろ相談。20時過ぎには私の恋人も合流して、写真を映し出す際の技術的なお話など。なにやら思っていたよりもいろんなものを盛り込んだ面白い会になりそうです。詳細が決まったらまたこちらでもお知らせします。ということで、限定15名ほどですが、10月4日の日曜日、夕刻は空けておいてくださいね。

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ライヴが増えてきてしまっています。

9月8日(火)

下北沢440 emi meyer
随分前に購入したemi meyerちゃんのライヴ。彼女にはここ440くらいがちょうどよく思う。開場から開演までまた1時間あったし,開場が18時だったので先に夕食も食べられなかったが,とりあえず読書をして過ごす。私は整理番号15番だったが,最前列をゲット。やはり熱心なファンが何人かいて,最前列を占めます。前回の高田 漣さんに続いて,渋~いゲストは続木 力さん。でも,私は彼のことを知っている。以前,stringsの太宰百合さんのライヴにゲストで登場したのだ。しかも,その後判明したのは,MitaTakeの佐野岳彦君のお師匠さんだということ。しかし,この日のライヴはそれだけではなく,ウッドベースとドラムセットもステージ上にはある。まずは正面を向いてKORGの電子ピアノで弾き語り。この日は丈の長いワンピースで助かる。あまり短いスカートを履かれると最前列では眼のやりどころに困るのだ。emiちゃんのライヴは,私が今年94本目のライヴにして5回目で,なんと同じアーティストでは一番回数が多い。それでも,6月のクワトロから2ヶ月以上経っているので,新鮮さがちょうどよくていい。この日ちょっと気づいたのは,とてもピュアな印象の強いemiちゃんだが,演奏の合間に,髪の毛を掴むように頭をかくような仕種をすること。別にイライラしているわけでもないんだろうけど,癖なんでしょうか。そして,弾き語りのなかで続木さんが登場。誰かの伝手って訳ではなく,とある外国ミュージシャンを囲むパーティかなにかで,その人とセッションする続木さんを観て,声を掛けたとのこと。そりゃ,彼女に声を掛ければ一緒にやりますがな。弾き語りにハーモニカってのはいいですねえ。続木さんのハーモニカは本当に一音一音がはっきりしています。
そして、休憩を挟んで第2部。今度はまず、ウッドベースとのデュオ。名前は忘れてしまいましたが、こちらもなかなか面白い音を奏でるベーシスト。最後に登場したドラマーはなんと坂田 学さん。彼の演奏はそれこそ1年前のairplants以来ではないか。本当にこの人のドラムはしびれます。emiちゃんがアップライトピアノに移ってからの3人でのトリオ演奏では、やはりemiちゃんの若さが目立ってしまうような一面もありました。本当に恵まれていますね。恵まれついでに、新しいアルバムの制作もちゃくちゃくと進んでいるとのこと。大学を卒業して、本格的に日本を拠点に活動するような感じで嬉しいような寂しいような。基本的にはやはり彼女の楽曲は一人弾き語りが似合い、贅沢をいえば、何かしら一人ゲストで参加するってのが理想的かもしれない。とにかく、その成長ぶりと彼女に関っていくミュージシャンの推移を見守りたいシンガーだ。この日も当然のように客席にはshing02の姿があった。そして、お店の外に出ると、おおはた雄一さんの姿が。さっとすれ違ったけど、お互いに振り返る。「emiちゃん観に来たの?いいよねえ、うんうん。」みたいな感じで軽く挨拶。あ、ちなみに、この日はライヴ前に俳優の柄本 佑君の姿を見かけた。父親の柄本 明さんも同じようなところでみかけたことがあるので、この辺に住んでいるんだろうな。隣にいた女性はどこか見たような気もするけど、佑君と似ていたので、お姉さんかもしれない。やはり実物はかっこいいな。

9月9日(水)

青山プラッサオンゼ コーコーヤ
この日はお休みの恋人と、久し振りに一緒にライヴに出かける。ここ1ヶ月くらいで、ハシケンさんとデュオでやった江藤有希さん、二階堂さんと一緒にやった黒川紗恵子さん、そして、ショーロクラブの笹子重治さん、とコーコーヤのメンバーを別々に聴いていたので、かなり楽しみ。久し振りの東京でのコーコーヤライヴの割にはお客さんの入りが普通だったけど、本人たちの気合はたっぷりな感じでした。この日はなんか面白い選曲だったような気もする。コーコーヤのアルバム『antique』からも、アニメのサントラからもあまり多くはなく、特に前半は紗恵子さんの曲が少なかった。
この日は江藤さんの真横というポジションだったせいで、音の聞こえ方が前半特に違って聞こえた。ちょうどスピーカーの下になって、はじめの方はほぼ生音という感じでこれはこれで新鮮だった。でも、時間が経つと不思議と反響効果のせいか、生音的な感覚はなくなりますね。さて、この日はちょっと困ったお客さんがいた。はじめっからテンション高めな大柄の男性3人組だった。よく分からないが、なにやら三線を習っているような人たちで、一人は笹子さんのことをしっていて、コーコーヤもショーロクラブも聴いたことがあるようで、でもプラッサオンゼは初めて。ブラジルのお酒も料理も全く初心者。でも、ピンガをボトルで頼んで、3人でぐびぐび飲んでいる。料理も次から次へと頼んで、音楽もかなり楽しんでいる。それだけ書けば、お店側にとっても理想的なお客だ。一方で私たちは禁酒中ということで、ソフトドリンク1杯しか頼まないし、料理が割高だということで、事前に外で済ませてきてしまうし、お店側にとってはいいお客ではない。しかし、かれらはその楽しみを酔った勢いに任せて表現しすぎた。後で聞いたところでは、店主のクラウジアさんも注意してくれたらしいし、実は後半に紗恵子さんの曲を集めたコーナーがあったのだが、その1曲目「のんだくれ」という曲で、明らかに彼らを揶揄したようなMCをしたのだが、全く効果はなかった。非常に残念な状況が続いたのだが、私の恋人は彼らのことが許せず、いてもたってもいられなくなって、ついに退出。セカンドステージの半ばで帰ることになってしまいました。まあ、こういうことはありますよね。しょうがない。

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父親の死についての映画2本

あ,先日の下痢ですが,正露丸を飲んで,1日半で治りました。しかし,その反動で今度は便秘気味。それも徐々に治りつつあります。

9月5日(土)

渋谷シネマ・アンジェリカ 『ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式
シネマート六本木でのみ上映されていたこの作品。前日に六本木に行ったので、観たかったのだが、恋人に却下され『南極料理人』になった。すると、渋谷でも公開中ということで、前売り券はなかったが当日券1800円で鑑賞。私の経験上、葬式ものの映画ってけっこう面白いのだ。しかし、結論的にはそれほどでもなかった。主演は『フロスト×ニクソン』にも出演していたマシュー・マクファディン。それ以外には目立った配役はなし。ちょっとドタバタ過ぎたかな。まあ,過剰なドタバタを続けて,最後の主人公の弔辞を目立たせるという演出ですね。まあ,それはある程度成功していたと思う。

映画が終わって祐天寺に移動。以前にdois mapasのサポートでベースを弾いていたこじままきじさんがやっているmargoというカフェがあるので行ってみた。というのも,こちらでちょっとした催し物を企画しているからだ。まだ正式に決定していないので,お知らせはできませんが,その下見でもある。ランチメニューは一番軽いのが終わっていて,カレーかドリア。ドリアはちょっと時間がかかりそうだったので,カレーを食べる。この日は昼からたらふく食べるつもりではなかったが,1100円でサラダもついていて,ルーには野菜がたっぷり溶け込み,具にはレンズ豆とひよこ豆のベジタブルカレー。200円プラスでたっぷりのコーヒーもいただき,満足。この日はまきじさんはいなかったけど,奥さんと少しお話して,都立大学に移動。

私が都立大学に通っていたのは平成元年に入学してから2年間。ちょうど20年前ですね。知っているところをウロウロしながら,その都立大跡地に建てられた目黒区の施設のなかにあるホールへ。そこで,結成20周年というショーロクラブのコンサートとはなにやら面白い。

都立大学ハーシモン小ホール小ホール ショーロクラブ
小ホールに入ると,いきなり黒川紗恵子さんが「いらっしゃいませ」とお出迎え。この日もスタッフとして駆り出されているようです。ショーロクラブ単独でのコンサートはいつしかの恵比寿ガーデンプレイスでのフリーライヴ以来でしょう。そして、客席にはプラッサオンゼのおかみさんの姿があったり、なんと私の隣の隣はNUUちゃんでした。20周年記念ということで、ゲストも豪華。まあ、私の今回のお目当てはフルートのヤマカミヒトミさんでもあったのですが、パーカッションの岡部洋一さんや、アコーディオンの佐藤芳明さんは、いろんな場所で活躍しているミュージシャンでもあるので演奏を聴くのはすごく楽しみ。それに加え、チェロの柏木広樹さんという人ですが、なんと映画『おくりびと』で劇中本木雅弘さんが演奏しているチェロ、その音は彼が演奏しているとのこと。本人たちも珍しいことだといっていましたが、最近発売になった新しいアルバム『torilogia』のなかからほとんどを演奏するコンサート。といっても、ショーロクラブのライヴはあまり聴いたことのない、アルバムも歌もの企画の1枚しか持っていない私にとっては、全てが新曲のようなものですが、ともかくほとんどがオリジナルということです。その新しいアルバムの曲のなかには、ショーロクラブのメンバー、コントラバス奏者の沢田譲治さんがいつも音楽を手がけている映画監督、中川陽介さんの今年公開された映画『群青』のために作られたものの、ボツになり、ショーロクラブの楽曲としたものも含まれていたりしました。3人だけの演奏あり、ゲストも入れ替わり立ち代りで、人数もまちまち、そんな演奏が続きますが、やはりホールの音はいいですね。お客さんも静かだし、私の席もちょっと前よりのど真ん中ということで、弦楽器の音に身を委ねる、そんな素敵な午後でした。
最近、家でCDをかける回数が減ってきていますが、これだったらちょうどよい、ということで、サイン会もあったので、新しいCDを購入。笹子さんには「今度のコーコーヤ行きますよ」と声をかけ、沢田さんには「『群青』観ました」と一言ずつ声をかけて退散。ヤマカミヒトミさんなど、ゲストミュージシャンはついに出てきませんでした。hitmeさんは黒の衣装でしたが、ストレートにした髪とちょうど合って、素敵でしたね。

9月6日(日)

シネカノン有楽町1丁目 『ちゃんと伝える
園 子温最新作。最近は制作のペースが早いような気がする。前作『愛のむきだし』は3時間に及ぶ超大作だったにもかかわらず、今回も父親の死と向かい合う息子という思いテーマ。主人公を演じるのはなんとEXILEのAKIRA。前作に続いてミュージシャンの起用。ミュージシャンとしての彼のスタイルは長髪で口ひげなんですね。本作では髭をさっぱり、髪の毛もスッキリです。まあ、彼の演技は一生懸命やっているというところですが、周りの役者のおかげでそれをとても好意的に受け止めることができます。特に見ものが、主人公と長い間恋愛関係にあり、結婚を考えている恋人役の伊藤 歩。彼女の存在が本当に愛らしく、元々好きな女優さんではありますが、本作での彼女は素晴らしい。そして、父親役の奥田映二はおいておいて、その奥さん役の高橋惠子が本当に素晴らしいのだ。まずなんといっても、加齢してもなおのその美しさであり、そして、死に逝く夫を想うその愛らしさ。そう、本作は男中心の物語ではあるのだが、どちらも死に逝く男たちを送り出す女性の強さと愛に満ちた作品だと思う。全くもって、お涙頂戴な展開なのだが、涙を流すシーンは少ない。その台詞一つ一つもある意味では有体なのだが、とても素晴らしい言葉の数々。これまでも奇異な発想とストーリー展開をその魅力としていた園監督だが、本作はありがちな設定とストーリーを土台に、女優群に対する演出と台詞で、また違った魅力をみせてくれています。
ちなみに、個人的なことも書きましょうか。私は20歳の時に父親を亡くしている。私の家族4人は男2人兄弟ですが、私の顔は母親似、体型は父親似、兄の顔は誰に似たのか分かりませんが、体型は母親似。父親は2番目には娘を望んでいたらしく、私への愛情は兄への愛情とは少し違っていたようですね。なので、関係性としては兄と父が仲が良く、私は母と仲が良かった。なので、母親とは高校生の頃に一緒にお菓子作りをしたりした記憶があるが、父親とのコミュニケーションは十分でなかったように思う。高卒の父にとって、私が現役で公立大学に合格したのは(ちなみに、兄は6大学ではあるが私立で一浪)最大の親孝行だと思うが、それでも入学してまもなく、大学の移転に伴い私は独り暮らしをはじめることになる。詳しくは覚えていないが、その前後に父親は胃癌になり、手術や入退院を繰り返す。結局、本人には告知しなかったが、見舞いに行った最期の何回かがようやく、父親と面と向かって大人同士で話ができる貴重な機会だった。しかも、一度は病院に祖父もきていて、3人で話したこともあった。私はこんな風に話せるようになってよかったと思いながらも、それは当分続く時間だと思っていた。そんな矢先に病状が急変して他界。当時固定電話すら持っていなかった私は、それを知ったのは翌日の朝。私が父親と対面したのは、兄が病院から連れて帰ってきた自宅でだった。
映画の最後の最後では、園監督が本作を父親に捧ぐと書いてあった。ある程度自分の思いが込められた作品なんですね。そして、同じような経験をしている息子たちは数多くいるということです。とにかく、いい映画でした。

谷中ボッサ 戸田和雅子
死に関する映画の後に、新しい命を宿したシンガーソングライターの産休前のライヴを聴きに行く。昨年の誕生日ライヴに戸田和雅子さんに出演してもらった。同じく出演してもらった橋本 歩さんはその後すぐに渡米し,1年間の留学を終えて帰ってきたばかりだ。1年前には男の影もなかったように思われた戸田さんが妊娠8ヶ月。この歳になると周りの人は口癖のように「一年は早い」というが,この2人のことを考えると随分長いように思う。ちなみに,戸田さんはハセガワミヤコちゃんとQuinocoというユニット名で昨年CDを出したのに,なんとハセガワミヤコちゃんも妊娠4ヶ月という。まあ,こちらは数年前にサポートミュージシャンであった入倉リョウ氏と結婚していたので,順調な結婚生活ということになるが,戸田さんの方はその父親が誰で,結婚しているのかどうかも公には発表されていない。まあ,ともかく本人のライヴ中の話しでは,妊娠4,5ヶ月目の頃がかなりつわりがひどかったらしく,大変だったということだ。ということで,毎年6月に行なわれていたハセガワミヤコちゃんとのイヴェントも中止。ほとんどライヴをやらずにきて,この日が産休前の最後のライヴということで,予約が始まるやいなや満席になった。私もmixi情報がなければ危うく行き損ねるところだった。
登場した戸田さんは妊婦らしく髪の毛を短くして,私よりも短くなっていた。以前から彼女はそれほど体型がくっきり出る洋服は着ないが,さらにたっぷりとした衣装で,「最近急に張り出してきた」というお腹もそれほど分からない。ただ,物腰が重たそうなのはよく分かる。既に体重が7kg増だといい,街でもいろんな人に気を遣われるようになったとのこと。
さて,まずは一人弾き語り。さすがに,あまり人前で演奏していなかったためか,ギターも歌声もイマイチだったが,徐々に調子を取り戻す。中盤からは助っ人にMitaTakeの見田 諭君をサポートギターで迎え,時にはハンドマイクで歌う。新しいCD作成に向けて多少は動き出していたようなのに,作業はまたストップしてしまったとのこと。でも,『water strings』以降の歌たちも素敵だ。まあ,彼女の場合は,勝手ながら結婚や出産があまり楽曲に影響しないように思うので,長い目で新譜を待つことにしましょう。休憩を挟んでも1時間半ほどの演奏で終了。まあ,ちょっと物足りない感はありますが,妊婦にあまり無理をさせてはいけませんね。
終演後,本人はお店の外に出て,お客さんたちにお祝いされている。私は今年の夏はこの谷中ボッサに足繁く通いながら飲んでいなかった,ブラジルのアイスデザート「リモナーダ」をいただく。基本的にはレモネードですが,ブラジルの特有な青く苦味のあるレモンを凍らしたものをシャーベット状にしたもの。もう19時を過ぎてすっかり涼しくなったけど,今年のうちに食べておいてよかったと思える美味しいデザートでした。お店の人や見田君とおしゃべりしながら,なんだかんだで最後の客になってしまう。戸田さんとはあまり話はできなかったけど(そもそも彼女と腰を据えてしっかりお話したことはあまりない),皆さんに別れを告げ,新宿に移動。

新宿に移動して恋人に電話をすると,ちょうど残業を終えたところ。一緒に新宿で夕食を食べて帰路へ。

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久し振り、絵画に唸る

9月3日(木)

この日は恋人がお休みなので、新宿で待ち合わせ、食事をしてから、やや遅い時間に始まるインストアライヴを聴きに一緒にタワーレコードまで。

タワーレコード新宿店 拝郷メイコ
かなり久し振りな拝郷メイコ。到着するとリハーサル中。今回は5枚目のアルバム『hello tree』発売記念ということだが、正式な発売日は9月4日。まあ、CD店には発売日の前日には並ぶのが普通ではありますが、堂々と前日に購入者にサイン会をするってのは珍しいかもしれない。ちなみにこのタイトルを直訳すれば「こんにちは、木」ということになるが、メイコちゃんの仲の良いシンガー伊藤サチコちゃんのアルバムに『さようなら、木』があるので、ちょっとその関係が気になりますね。この日もキーボードの桜田さんとギターの内田さんがサポート。自分的には一人弾き語りで聴きたかった。かなり賑やかな4曲のみのステージでした。かなり久し振りだったので、今回の新しいアルバムの曲はほとんど聴いたことなし。でも、メイコちゃんのソングライティングのセンスは相変わらずいい感じですね。アルバムを購入して、サインをもらう。まあ、当然私のことは覚えていませんが、名前をいったら「ごめんなさい。いつもありがとう」といっていたので、なんとなく「なるせどの」と数度サインを書いた記憶はあるのかもしれない。

9月4日(金)

そして、この日は久し振りに2人揃って仕事がお休みということで、午前中からデートで外出。まずは、以前から2人で観たかった映画を。さすがに平日の午前中の回は、満席になる心配はありませんね。

テアトル新宿 『南極料理人
堺 雅人主演作。主人公は海上保安庁の調理担当。基本的な職場は船の中。たまに選ばれて南極越冬隊のメンバーに選ばれるらしい。主人公の同僚が長年の希望が叶い、選ばれたが、直前に交通事故に逢い、主人公が1年の南極勤務になる。原作者の名前と主人公の名前が同じ西村なので、どうやら原作はノンフィクションらしい。そのことを知っていたら期待も違っただろうが、けっこう期待していた私たち2人。でも、結局は予告編以上のものはありませんでしたね。実話ということで、1997年という設定。この年を、昭和基地よりも内陸に入り込んだ場所で調査を行う8名の男たちの1年の物語。実は私の大学の先輩にも、南極越冬隊に参加した人がいた。ひょっとしたら高良健吾演じる研究者にきわめて近いのかもしれない、と思いながら観る。他にも面白い配役だが、いちいち説明はしません。とにかく、1年間、外部とはなかなか接触できない環境で暮らすので、研究者だけでなく、医者や通信担当および車両担当のエンジニア、そして調理担当のメンバーも含めて生活が営まれる。本当に何も見えない雪原が映し出されるが、実際の撮影は北海道で行われたようだ。大空町と書いてあったから、女満別空港のある町か。確かに雪原は広がるし、相当寒いとは思うが、さすがに設定上の-70℃はないんだろうな。何箇所か、しゃべるシーンに、CGで白い息が重ねられているが、あれには幻滅だ。料理のお話ということで、冷凍ものと乾燥ものの食材での調理ということだが、刺身あり、蟹あり、伊勢海老あり、ロースとビーフあり、ときわめて豪勢だ。まあ、そのあたりは冷凍ものでどうにかなるにしても、疑問だったのが、ビールやワイン。これはさすがにどうなんだろうか。それから、堺 雅人のカツラ。まあ、しょうがないにしても、残念な箇所がいくつかあった。それなりには楽しめるが、あまり人にお勧めはできない作品。

新宿でランチをして、大江戸線で六本木に。

国立新美術館 「光 松本陽子/野口里佳」展
京王線の車内にはかなりこの展覧会のポスターが貼ってあって、私も恋人も観たいと思っていた。私は国立新美術館は初めて。写真家、野口里佳の作品は私も立ち見程度で観ていたし、恋人は「in between」というシリーズのなかの彼女の写真集を持っていた。確か、チェコで撮影されたものだったと思う。そう、私はあまり意識していなかったが、彼女は旅する写真家のようだ。展示室は大きく2つに分かれていて、中は迷路のようになっている。しかし、どちらも自由に行き来できるのではなく、野口氏の部屋と、松本氏の部屋となっていて、ぐるっと回るような仕組みになっている。恋人の後についてまずは野口氏の部屋に。彼女の写真は基本的にぼんやりしている。フレームに写り込むものはそう多くない。構図は非常にシンプルだ。私のような素人が気にしてしまうような、ピンボケや手ブレは関係ない。まあ、その辺の画像の特徴はある意味で、彼女と同世代(1970年代生まれ)の特徴ともいえるが、彼女らしいのは撮影場所と被写体。砂漠、逆光、海上の埋立地など、画像そのもので衝撃を与えるようなものではないが、実際に撮影場所として選ぶというその選択とそこまで辿り着く苦労とを考え合わせるとなかなか面白い写真家だといえる。いくつかの部屋は暗い。はじめに入った時はスライドで後ろから光を当てているのかと思ったが、写真はプリント。まさにその写真のフレーム部分にだけ照明を当てているという展示方法。今回の2人展は、松本氏が絵画であり、表現手段が違いながらも「光」というものにこだわっている。ここまででかなり体力を消耗してしまったが、私にとっては、松本氏の部屋が衝撃的だった。
作品を全て観終わって、入り口に再度戻ってきた時に知ったのだが、なんとこの画家は先日会ったばかりの私の母親と同い年。当然戦争も経験し、普通だったらもう年金生活に入って、趣味で油絵などを習っているような1936生まれだ。それなのに、今回展示された作品は古くても1990年代前半のもので、今年制作されたものも少なくない。彼女がこの画法に辿り着いたのは1990年代に入ってからのようだが、その中心となるのがピンクを基調とする抽象画。それらは今回の展示では入口=出口付近に展示されている。よって、松本氏の部屋から先に観る人は先に、私たちのように野口氏の部屋から先に観た人にとっては最後に現れる作品群。その他、緑を基調とする作品群と、黒の作品群、そして白地の多いデッサンとで今回の展示は構成されている。制作された年代順に色が変わるのではなく、どの色も継続的に描かれている。抽象画といってもさまざまだが、彼女の作品はキャンバスにアクリル絵の具で色が重なっているだけのもの。さまざまな筆の太さで、ある色が背景となり上に別の色が重ねられ、さまざまなタッチで。一時期、私は年賀状に色鉛筆で色を塗り重ねるだけの小さな抽象画を描いていたことがある。その前は写実的に家にある些細なもの(野菜や文房具など)を描いていたのだが、題材選びが面倒となって、具象から抽象へと移行したのだ。そんな私の小さな試みが、もちろんもっと壮大なスケールで、(彼女の写実的な作品を知らないが)確かな技術と色彩感覚、試行錯誤の画材選びの経験によって結実した作品。興味のない人にとってはピンクを基調とした複数の作品群をどれも同じと感じてしまうだろうが、私は一枚一枚近くに寄ってはその筆遣いを確かめ、そのまま遠く離れて、私の近眼によって細部がぼやけて色が混じりあっていくその全体性を楽しみ、そしてその位置で眼鏡をかけてまた細部を呼び起こす。そんな感じで一枚の絵の前を歩き回り、そして並んだ複数枚の作品の両方が見える位置に下がって比較したり、部屋中を眺め回したり。時間のかかる鑑賞でした。その実物の作品群を前に、カタログを買わないことも多いのですが、油絵と違って、アクリルは写真で撮影してもそれほど作品の印象は変わらないということと、そのカタログには彼女の作品について書かれた評論文などのリストも掲載されていたために、購入して帰る。

ミッドタウンに移動すると、なんと後ろの広場でドイツビール祭りを開催中。禁酒中の私たちですが、その誘惑に負けて500ccで1500円のドイツビールとザワークラウトをいただいて帰る。

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下痢中です。

原因は分かりません。

8月30日(日)

この日はようやく、念願の献血。その前にやはり映画を1本。

渋谷イメージ・フォーラム 『クリーン
前売り特典のミニタオルが欲しくて、早々と前売り券を購入していた作品。今年は『夏時間の庭』も公開されたオリヴィエ・アサイヤス監督作品。『イルマ・ヴェップ』に主演し、アサイヤス監督と結婚してしまった香港の女優、マギー・チャンが本作でも主演(でも結婚生活は3年しか続かなかったらしい)。彼女の出演作といえば、『花様年華』が印象的だが、本作では随分印象が違う。本作ではロンドンを拠点に音楽業界で活躍したという設定なので、短めのチリチリ頭で、しきりとタバコを吸う。
それにしても、押尾 学と酒井法子が逮捕されたこの時期にぴったりな作品だ。主人公は一昔前にテレビの音楽番組で活躍していて、やはり一昔前に人気があったミュージシャンと結婚し、息子も生まれるが、その後の生活はうまくいかない。彼女のプロデュースで再起を目指すがうまくいかず、音楽仲間が持ってきたインディーズレーベルからのCD制作の話にイラつく。そんなこんなで、2人はヤク漬けになっていき、子どもは旦那の両親の元、カナダで暮らす毎日。とある日、あるモーテルでけんかをした後、旦那を置いてドライヴに出かけ、そのまま車でクスリをやり、朝を迎える。モーテルに帰ってみると、やはりクスリをやっていた旦那は死んでいる。もちろん、本人もその場で荷物のなかからクスリが発見され、逮捕。服役後、息子に会うことを目標に再起を目指すが、なかなかうまくはいかない。そんなストーリー。最終的には悲観的な結末ではないが、まさにクスリなどと関係が深く、別の業種ではつぶしの利かない芸能界の怖さをあぶりだすような作品。音楽業界に近い立場で作品制作をしているアサイヤス監督らしいリアリティ溢れる作品ですね。誰かがワイドショーで、一連の報道と関連付けてこの作品を紹介すれば、もっとヒットするのになあと思うし、多くの人に観てもらいたい作品です。マギー・チャン、作品中でも、中国語、英語、フランス語を操り、本当に頑張っています。カンヌの主演女優賞を受賞していますね。

映画が終わって献血。さすがに日曜日の16時過ぎとなればけっこう空いています。久し振りのSHIBU 2だったけど、やはりこの時間だとミスタードーナツは品切れ。今回はDVDを借りて観ました。成分献血は長くても50分程度なので、映画1本まるまるは観切れないのだけど、『プラダを着た悪魔』をチョイス。最近、アン・ハサウェイ主演映画を何本か観ているので、彼女の出世作は押さえておきたい。まあ、有体の成功物語ですが、やはり面白いですね。メリル・ストリープの存在感もさすが。と、ちょうどいいところで採血終了。また続きをここに観に来なくちゃ。

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都市社会のアウトサイダー

デービッド・シブレイ著,細井洋子監訳 1986. 『都市社会のアウトサイダー』新泉社,271p.,2900円.

最近でも,地理学者もよく寄稿する雑誌に文章を書いているシブレイ。社会学者と思っていましたが,訳者あとがきによると,出身は地理学なんですね。本書でも,テーマ的には『アウトサイダーズ』の著者,ハワード・ベッカーなどが引用されていてもおかしくないのだが,むしろハーヴェイやグレゴリー,バッティマー,ノックスなどの地理学者の文献を引いている。もちろん,だからといって地理学どっぷりというわけではなく,ギデンズやハーバーマス,ブルデュー,パーソンズ,セネット,人類学者のダグラスなどなど,幅広い。でも,例えば2003年に『人文地理』に掲載された原口 剛にはシブレイの1995年の著書『geographies of exclusion』が引用されているのに,本書がないってのはあまり知られていないのだろうか(かくいう私も最近まで知らずにいたので,偉そうにはいえませんが)。
そんな感じで幅広い文献に支えられた前半は総論編。正直いってあまり面白くないですね。最近の彼の文章は断片的にしか読んでいませんが,一般論は近年の方が洗練されているのかもしれません。本書の醍醐味はやはり経験的な事例に基づく後半。本書では「トラベリング・ピープル」と名づけられた,都市に住む移動する人々が「アウトサイダー」の一つの例として取り上げられます。本書には実はもう一つ事例があり,それがアラスカのイヌイットだが,ちょっと本書の文脈には強引なような気もする。本書によれば,著者は研究事例として捉える以前から英国の「トラベラー・ピープル」との付き合いがあったという。そういうの,いいですね。前回紹介した濱田君の研究もそうでしたが,私のライヴ通いもそのうちうまいこと研究になればと思う。
さて,この「トラベリング・ピープル」とはいわゆるジプシーを含む人々のことだが,それだけではないところが現代的というべきか。以前,地理学者仲間で翻訳をしていた『cool places』という論集のなかに「ニュー・エイジ・トラベラー」に関する研究があったが,本書のなかにもそういう人たちが入っているのだろうか。もうちょっと最近になれば,「ノマド」というような言い方で,場所に根付かない人のアイデンティティの問題というのも一つのテーマだ。でも,本書の場合,そういういわば反社会的というか,社会通念から外れる人々に対する社会における差別的な問題ばかり扱われがちなのに対し,そういう人々の経済的基盤に着目しているところが面白い。以前,同じ研究会に参加していた下村恭広君が,東京における廃棄物収集者(いわゆるきちんと働かない浮浪者たちが鉄くずなどを集めて換金する)の研究をしていたが,英国におけるトラベリング・ピープルの基幹産業もそういうものらしい。廃棄物というのは重量があり,移動が面倒であるが,ある場所で不要なものであっても他の場所では有用である場合がある。つまり,かれらはその移動性によって,その不要な物資を移動することによって余剰価値を生み出すという非常に面白い活動主体だといえる。そして,もちろんそれは非常に都市との密接な関係を有している。そして,それは近年の社会地理学研究でも重要なテーマであり続けているが,かれらの存在を疎ましく思う地域住民と,それを何とかしようとする行政,あるいは都市計画。そんなことが幅広く事例を集め,論じられている。
一方のイヌイットの事例についても,基本的にかれらの居住地は都市とはいえないのだが,いわば急速な都市化と近代化の波が,一昔前にはそれとは関係の薄かったかれらの生活にも否応なしに影響を及ぼすということが論じられる。そうした事例から,前半部では十分にその含意が引き出されていないように思うが,それは時代的な制約といえるかもしれない。ともかく,荒削りながらなかなかの名著だ。中途半端な翻訳もまたいい。彼の新しい文章も読みたくなった。

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養命酒で乾杯!

8月29日(土)

この日は友人のさくさんちでホームパーティ。この日は恋人の出勤時間をちょっと早めてもらって、パーティの前にテアトル新宿で『南極料理人』を観ようと思ったが、30分前にして既に立ち見。ということで、予定変更で武蔵野館へ。

新宿武蔵野館 『ノーボーイズノークライ
『ジョゼと虎と魚たち』、『メゾン・ド・ヒミコ』の脚本家、渡辺あやの作品だということだが、韓国の監督と1人の主演も韓国人俳優ということで、予告編も含めてそれほど観たいと思わなかったが、時間的にもちょうどよかったので観ることにした。結論的にいうと、観てよかった。原題は「The boat」ということで、一隻のボートで昼寝をしている韓国人青年が主人公。演じるのはハ・ジョンウという俳優。舞台はプサン。母親に捨てられた主人公はその後養ってくれた伯父さんの遣いで、偽ブランド品などを韓国から日本へと密輸入している。字幕で「山口」って書いてあったと思うんだけど、クレジットでは撮影場所は新潟だった。私の勘違いか?それはともかく、日本海に面した日本の地方都市が舞台。伯父さんは日本でヤクザ家業をしている。その一味に、もう一人の主演、妻夫木 聡がいる。韓国語もよく分からず、ジョンウ演じる男との連絡役をしている。と、ストーリーを説明しはじめて嫌になる。そう、ストーリーは分かりやすいが、要約するには難しい。さすが渡辺あや脚本。他にも、柄本 佑や貫地谷しほりなどが出演しているが、この作品で驚いたのが徳永えり。初出演映画『放卿物語』から、『フラガール』、『ブラブラバンバン』などを観ているが、『放卿物語』の印象が残って、その後はぱっとしなかった。本作では、柄本 佑の妻役でありながら、ヤンキー崩れのヤリマンという役どころ。さすがにハードなシーンはないが、3人の子守に追われながらの自宅でのシーンはなかなかはまっている。一皮剥けた感じ。まあ、渡辺あやは監督ではないから演出はしないけど、彼女が関る作品はそうした俳優の新しい側面を引き出すことが多いのかもしれない。妻夫木君は相変わらずだが、まあ彼の場合はそれでもいいでしょう。基本的にダークな内容の本作だが、ハ・ジョンウの役どころと、のほほんとした彼の性格が、この作品にユーモアを与えている。最後の方の重要なシーンで、妻夫木と2人でpuffyの「アジアの純真」を歌うシーンがある。こういう作品中で登場人物が歌うという演出は基本的に嫌いなのだが、このシーンはなかなか素敵だ。さすがにフルコーラスやらなくてもという気はしないでもないが、それでもなんとか耐えられる。まあ、ともかくいい作品です。

映画が終わって、まだ時間があったので献血ルームに行ったが、混雑していて1時間待ちだというので断念。混雑している時は下で呼び込みなどしないほうがいいと思うし、まあそれが全血の呼び込みだとしても、プラカードに「成分献血は○分待ち」など書いてくれるとありがたい。パーティといいながらも私は禁酒中なので、養命酒を買っていく。700mlで1470円なり。本当はトマトジュースと割りたかったが、さくさんちの最寄駅前の100円ローソンでグレープフルーツジュースを買っていく。この日は手巻き寿司パーティ。私は酢飯担当。さすがにパラパラさせるのは無理だが(結局、酢は半量ほどしか使わなかった)、味的にはまずまず。全部で8人くらい集まったと思うが、具材はすっかりあまる。この日は以前Quinkaのサポートで参加していたミュージシャン、林 英和さんも来ていた。まあ、Quinkaは以前打ち上げなどにも参加していた時期もあったので、林さんとは面識があったのだけど、さくさんとも別ルートで知り合いになったそう。まあ、そんな感じでさまざまなつながりの人たちが月に一回集まる場。でも、基本的にハンドルネームのような名前で皆が呼び合っているので、顔を覚えても名前は覚えず。連絡は基本的に携帯電話なので、私は誰とも連絡先を交換できず。まあ、そんな感じ。

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夏の終わりに。けっして名残惜しくはありませんが

8月26日(水)

府中TOHOシネマズ 『サマーウォーズ
アニメ版『時をかける少女』の監督,細田 守の最新作。随分前に予告編だけ観て,普通に観たいなあと思っていたら,この夏休みの一番のヒット作のような感じで評判が良く,前売り券も品切れ。まあ,水曜日のレディースデイ(これもボチボチ廃止にならないか。いくつかの映画館では「レディース」ってのをなくしている)だったので,2人で2800円なり。あまりに好評だということで,後日会ったアニメファンの知り合いは,「あんなの薄っぺらだ」と不満そうにいっていましたが,私的には大満足。本当に今年の夏休みはいい映画が少なかったので,1800円を払っても惜しくないほど楽しめました。まあ,その知人は余計不備が目に付いたのでしょう。まあ,細かい点をつっつきだしたらきりがありませんが,ともかく良いテンポで次々とストーリーが展開していくなかで,現実に引き戻されるような不備はなかったように思う。
コンピュータ・ネットワークの世界で云々かんぬんってのは,われわれ大人から見ると子どもには難しそうに感じるが,当の子どもたち(夏休み中ということで,親子連れも多かった)には実は難しくないのかもしれない。その点を除けば,子どもたちにも十分楽しめ,同時に親たちの世代でも楽しめる内容ってのが,やはりこの作品のすごさだと思う。宮崎 駿氏の作品を私は最近観なくなってしまったが,観ないでケチつけるのもなんだが,最近は世界中のファンの期待に応えなければいけないという何かがあるような気がして,自由さを感じない。その点,まあ『時をかける少女』がそこそこヒットし好評だった細田監督作品はまだまだ自由さが潔くて面白い。前作に続いて俳優を起用した声優陣も悪くない。木村拓哉や加瀬 亮なんかを使うより(宮崎作品と押井 守作品),前作の仲 里依紗に続いて今回は神木隆之介君です。やっぱり若いと声だけではなかなか誰だか分からないってのもいいのかもしれない。桜庭ななみって子は知らなかったけど,やはり声優ではなく,俳優とのこと。こちらもなかなか。あと,男の子役だったが,谷村美月も出演していて,こちらは流石という感じ。大人では,やはりこの作品中で重要な位置を占める90歳のばあさんの役を富司純子が演じる。こちらはすぐに彼女の声だと分かり,声優初挑戦ながらさすがの存在感がありましたが,ちょっといくらなんでも90歳であれはどうかとも思う。
基本的に私は(ここでは実写が念頭におかれているが)完璧な演出のもとで管理された映画よりも,フィクションでありながらも現実の風景が写り込んでいるような,余白のある作品が好きだが,逆の意味でアニメってのはすごいな,と感心させられた作品でもある。実写である以上,例えば本作のように(近)未来を描くのに,多少の無理はつきもので,その映像不可能性ってのが面白かったりする(だから実写に見せかけたCGってのは味気ない)。それに対して,アニメ映像ってのはすべてがその映画のために特定の人物が作り上げたものであり,また想像力さえあれば多くのことが可能になる世界。やはりアニメってのは実写映画とは別次元での愉しみを与えてくれるもんなんだろうな。

8月28日(金)

この日はまた暑さと厳しい日差しが戻った1日でしたが、うまく時間配分のできない日だった。恋人の出勤時間に合わせて、新宿へ。2人から私の母親への誕生日プレゼントにしようと思っているデジタルカメラを物色。やはり色々ありすぎて、これぞというのが決められない。ランチを一緒に食べて別れる。
この日は久し振りにライヴのハシゴだが、それなりに時間が空いているので、その途中で映画か献血と思っていたが、新宿の都庁にある献血ルームは14時まで昼休み中。仕方がないので、荻窪に移動。荻窪には古書店がいくつかあるらしいが、ぶらぶらしても1軒しか見つからず、そこでは2冊セットものを購入したが、時間は余る。しかも若干開場が遅れ、暑さで疲れる。しかも、店内は省エネのようで、設定温度は29度。

荻窪6次元 文通ライブ
さて、今回のライヴは私の誕生日イヴェントに出演してもらった黒川さんが関っているということで、その打ち上げの際に話が出ていて、詳細はTOPSさんが調べてくれて教えてくれたイヴェント。この日は夜に別のライヴを予約していたので、諦めていたが、よく見てみると昼間の部もあるということで、急いで予約。なんとか入ることができました。会場はなかなか渋い感じの喫茶店。ネットで調べると、以前にあった名物喫茶店がなくなって、けっこう最近できたとのこと。「6次元」という名前は、多目的用途で使う空間という意味のようです。カフェであり、バーであり、店内はギャラリーにもなり、古書も販売している。そして、今回のように音楽ライヴがあったり、トークライヴなどもあったりするのでしょうか。
さて、今回のイヴェントはライヴ出演者の3人、ギターとヴォーカルの二階堂和美さん、クラリネットの黒川紗恵子さん、サックスとフルートの岡田真由美さんの他に、mama! milkのアコーディオン奏者、生駒祐子さんの4人での企画。楽譜を郵送で4人に回し、曲を作るという企画の発表会です。今年の5月くらいから回してできた曲はなんと11曲。そのうち9曲をこの日演奏します。広島に住む二階堂さん、京都に住む生駒さん、そして関東に住む黒川さんと岡田さん(実は岡田さんは不明?)。メールではなく、郵送で。二階堂さんの他は基本的に歌なしの音楽活動をしているので、歌詞のある曲は少ない。しかし、二階堂さんの歌声は言葉を発するだけではありませんから、得意のうめき声で音を重ねます。アコーディオン奏者がいないので、岡田さんがアコーディオンを弾いたり、鍵盤ハーモニカを多用したり、黒川さんのバスクラリネットには驚きましたが、とにかく、いろんな楽器を用いて、あそび心満載の演奏会でした。しかし、正直なところは自分でも曲を作るような人にこそ、この企画の楽しみが味わえるということかもしれません。しかし、やはり天真爛漫な二階堂さんの姿をこんなに間近で見られる機会はなかなかないので、それはそれで貴重な演奏会だったといえましょう。ちなみに、二階堂さんは基本的には楽譜が読めないとのこと。しかし、お坊さんでもある二階堂さんが、楽譜と写経の違いなどの話もしていて面白かった。岡田さんはdouble famousの一員でもあり、私は一度だけステージ上の彼女の姿を見ているはずだが、まさか彼女が進行役でよくしゃべるとは思わなかった。
客席にはdouble famousのライヴにゲストヴォーカルとして二階堂さんとともに出演していたego-wrappin'の中納良恵さんやコーコーヤと仲の良いvice versaの石塚あゆこさんなども来ていましたね。お店もナカナカ素敵な喫茶店で、お店のお姉さんもきれいな人2人。古い本は私の趣味のものは少なかったけど、また来たいなと思わせるお店。終演後、二階堂さんは良恵さんとおしゃべりするために客席のど真ん中に陣取っていたので、ちょっとしたサイン会になる。私も便乗して買うのを躊躇していたCDを1枚買って、サインをいただく。4,5年前に彼女を見たライヴの話などしたりして。間近で見る彼女はそばかすがあったりして素敵だ。

今度は吉祥寺で映画か献血と思って移動したが、献血は成分献血受付終了、映画もいい時間でいい作品がなく断念。古書店をいくつか回り、やはりリトルスパイスでカレーを食べて、stringsへ。

吉祥寺strings Asa festoon
夏の終わりにAsaさんを聴ける幸せ。この日はいつものピアノ太宰百合さんに加え,ヴァイオリンのmaikoさん,そしてパーカッションの萱谷亮一さんという豪華な編成。シチリア島に行っていたというAsaさんと,相変わらず海通いをしていたという太宰さんはかなり黒い。その一方で相変わらず演奏三昧だったと思われる白いmaikoさん。Asaさんの曲といえば夏と海と花。彼女の歌声には本当に穏やかな気持ちをいただきます。そして,それを支える太宰さんのピアノと,それに素敵な色を添えてくれるmaikoさんのヴァイオリン。やっぱりこれだよなー。いうことなし。

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