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久し振り、絵画に唸る

9月3日(木)

この日は恋人がお休みなので、新宿で待ち合わせ、食事をしてから、やや遅い時間に始まるインストアライヴを聴きに一緒にタワーレコードまで。

タワーレコード新宿店 拝郷メイコ
かなり久し振りな拝郷メイコ。到着するとリハーサル中。今回は5枚目のアルバム『hello tree』発売記念ということだが、正式な発売日は9月4日。まあ、CD店には発売日の前日には並ぶのが普通ではありますが、堂々と前日に購入者にサイン会をするってのは珍しいかもしれない。ちなみにこのタイトルを直訳すれば「こんにちは、木」ということになるが、メイコちゃんの仲の良いシンガー伊藤サチコちゃんのアルバムに『さようなら、木』があるので、ちょっとその関係が気になりますね。この日もキーボードの桜田さんとギターの内田さんがサポート。自分的には一人弾き語りで聴きたかった。かなり賑やかな4曲のみのステージでした。かなり久し振りだったので、今回の新しいアルバムの曲はほとんど聴いたことなし。でも、メイコちゃんのソングライティングのセンスは相変わらずいい感じですね。アルバムを購入して、サインをもらう。まあ、当然私のことは覚えていませんが、名前をいったら「ごめんなさい。いつもありがとう」といっていたので、なんとなく「なるせどの」と数度サインを書いた記憶はあるのかもしれない。

9月4日(金)

そして、この日は久し振りに2人揃って仕事がお休みということで、午前中からデートで外出。まずは、以前から2人で観たかった映画を。さすがに平日の午前中の回は、満席になる心配はありませんね。

テアトル新宿 『南極料理人
堺 雅人主演作。主人公は海上保安庁の調理担当。基本的な職場は船の中。たまに選ばれて南極越冬隊のメンバーに選ばれるらしい。主人公の同僚が長年の希望が叶い、選ばれたが、直前に交通事故に逢い、主人公が1年の南極勤務になる。原作者の名前と主人公の名前が同じ西村なので、どうやら原作はノンフィクションらしい。そのことを知っていたら期待も違っただろうが、けっこう期待していた私たち2人。でも、結局は予告編以上のものはありませんでしたね。実話ということで、1997年という設定。この年を、昭和基地よりも内陸に入り込んだ場所で調査を行う8名の男たちの1年の物語。実は私の大学の先輩にも、南極越冬隊に参加した人がいた。ひょっとしたら高良健吾演じる研究者にきわめて近いのかもしれない、と思いながら観る。他にも面白い配役だが、いちいち説明はしません。とにかく、1年間、外部とはなかなか接触できない環境で暮らすので、研究者だけでなく、医者や通信担当および車両担当のエンジニア、そして調理担当のメンバーも含めて生活が営まれる。本当に何も見えない雪原が映し出されるが、実際の撮影は北海道で行われたようだ。大空町と書いてあったから、女満別空港のある町か。確かに雪原は広がるし、相当寒いとは思うが、さすがに設定上の-70℃はないんだろうな。何箇所か、しゃべるシーンに、CGで白い息が重ねられているが、あれには幻滅だ。料理のお話ということで、冷凍ものと乾燥ものの食材での調理ということだが、刺身あり、蟹あり、伊勢海老あり、ロースとビーフあり、ときわめて豪勢だ。まあ、そのあたりは冷凍ものでどうにかなるにしても、疑問だったのが、ビールやワイン。これはさすがにどうなんだろうか。それから、堺 雅人のカツラ。まあ、しょうがないにしても、残念な箇所がいくつかあった。それなりには楽しめるが、あまり人にお勧めはできない作品。

新宿でランチをして、大江戸線で六本木に。

国立新美術館 「光 松本陽子/野口里佳」展
京王線の車内にはかなりこの展覧会のポスターが貼ってあって、私も恋人も観たいと思っていた。私は国立新美術館は初めて。写真家、野口里佳の作品は私も立ち見程度で観ていたし、恋人は「in between」というシリーズのなかの彼女の写真集を持っていた。確か、チェコで撮影されたものだったと思う。そう、私はあまり意識していなかったが、彼女は旅する写真家のようだ。展示室は大きく2つに分かれていて、中は迷路のようになっている。しかし、どちらも自由に行き来できるのではなく、野口氏の部屋と、松本氏の部屋となっていて、ぐるっと回るような仕組みになっている。恋人の後についてまずは野口氏の部屋に。彼女の写真は基本的にぼんやりしている。フレームに写り込むものはそう多くない。構図は非常にシンプルだ。私のような素人が気にしてしまうような、ピンボケや手ブレは関係ない。まあ、その辺の画像の特徴はある意味で、彼女と同世代(1970年代生まれ)の特徴ともいえるが、彼女らしいのは撮影場所と被写体。砂漠、逆光、海上の埋立地など、画像そのもので衝撃を与えるようなものではないが、実際に撮影場所として選ぶというその選択とそこまで辿り着く苦労とを考え合わせるとなかなか面白い写真家だといえる。いくつかの部屋は暗い。はじめに入った時はスライドで後ろから光を当てているのかと思ったが、写真はプリント。まさにその写真のフレーム部分にだけ照明を当てているという展示方法。今回の2人展は、松本氏が絵画であり、表現手段が違いながらも「光」というものにこだわっている。ここまででかなり体力を消耗してしまったが、私にとっては、松本氏の部屋が衝撃的だった。
作品を全て観終わって、入り口に再度戻ってきた時に知ったのだが、なんとこの画家は先日会ったばかりの私の母親と同い年。当然戦争も経験し、普通だったらもう年金生活に入って、趣味で油絵などを習っているような1936生まれだ。それなのに、今回展示された作品は古くても1990年代前半のもので、今年制作されたものも少なくない。彼女がこの画法に辿り着いたのは1990年代に入ってからのようだが、その中心となるのがピンクを基調とする抽象画。それらは今回の展示では入口=出口付近に展示されている。よって、松本氏の部屋から先に観る人は先に、私たちのように野口氏の部屋から先に観た人にとっては最後に現れる作品群。その他、緑を基調とする作品群と、黒の作品群、そして白地の多いデッサンとで今回の展示は構成されている。制作された年代順に色が変わるのではなく、どの色も継続的に描かれている。抽象画といってもさまざまだが、彼女の作品はキャンバスにアクリル絵の具で色が重なっているだけのもの。さまざまな筆の太さで、ある色が背景となり上に別の色が重ねられ、さまざまなタッチで。一時期、私は年賀状に色鉛筆で色を塗り重ねるだけの小さな抽象画を描いていたことがある。その前は写実的に家にある些細なもの(野菜や文房具など)を描いていたのだが、題材選びが面倒となって、具象から抽象へと移行したのだ。そんな私の小さな試みが、もちろんもっと壮大なスケールで、(彼女の写実的な作品を知らないが)確かな技術と色彩感覚、試行錯誤の画材選びの経験によって結実した作品。興味のない人にとってはピンクを基調とした複数の作品群をどれも同じと感じてしまうだろうが、私は一枚一枚近くに寄ってはその筆遣いを確かめ、そのまま遠く離れて、私の近眼によって細部がぼやけて色が混じりあっていくその全体性を楽しみ、そしてその位置で眼鏡をかけてまた細部を呼び起こす。そんな感じで一枚の絵の前を歩き回り、そして並んだ複数枚の作品の両方が見える位置に下がって比較したり、部屋中を眺め回したり。時間のかかる鑑賞でした。その実物の作品群を前に、カタログを買わないことも多いのですが、油絵と違って、アクリルは写真で撮影してもそれほど作品の印象は変わらないということと、そのカタログには彼女の作品について書かれた評論文などのリストも掲載されていたために、購入して帰る。

ミッドタウンに移動すると、なんと後ろの広場でドイツビール祭りを開催中。禁酒中の私たちですが、その誘惑に負けて500ccで1500円のドイツビールとザワークラウトをいただいて帰る。

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