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私は12年我慢していることがある。

法政大学からも応募していた専任教員の不採用通知が届いた。4年間かかった大学院博士課程を修了してから10年。大学教員の公募には博士課程2年の時くらいから応募している。今回の不採用通知は何通目だろうか。30通近くはあると思う。私の経験上、不採用通知は普通郵便だ。でも今回は簡易書留か配達通知で届けられ、不在通知が届き、再配達でお願いした。否が応にも期待が高まる。しかし、以前にもそういう不在用通知はあったので油断は禁物。最近の個人情報保護とか何とかで、履歴書を送り返すのに、普通郵便は不適切なのだろうか。まあ、結局採用された経験がないわけだから、採用の場合にどのような手段で連絡が来るのか分からない。本当は郵便なんかでは来ないのではないか。そう、結局今回も不採用通知だった。
法政大学は今年で7年目になるが、非常勤講師をしている。きちんと地理学教室の人々に挨拶しに行ったことはないが、これからどんな想いで講義を続ければいいのか。私は1989年に東京都立大学理学部地理学教室に入学し、学部は4年、修士課程は2年、博士課程は上に書いたように1年余分にかかったが、10年間東京都立大学(現首都大学東京)にお世話になった。
http://geopoliticalcritique.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_cfd3.html
↑こちらにも業績一覧を示しているが、修士課程1年の時の1993年に卒業論文をもとにした初めての論文が掲載され、それからも大学院在学中は着実に論文を増やし、1997年には英文を含め4本の論文が掲載された。唯一の地理商業誌『地理』にも掲載させてもらったし、1999年には商業誌である『現代思想』に翻訳もさせてもらったし、2002年には『10+1』にもオリジナル論文を掲載させてもらった。近年、同世代の研究者が次々と著書を発表しているのに対し、まだ私は1冊も本を書いていないのは難点だし、ここ数年の論文の少なさは言い訳のしようもないが、それなりの業績だといえる。
論文の数だけでなく、内容はどうだろうか。実のところ、論文の本数は多いものの、雑誌における種別としての最上位である「論説」は意外にも少ない。ページ数も少なめだったりする。まあ、そのことは置いておいて、内容的には自信がある。内田順文や山田晴通という先駆者の意思を受け継ぎつつ、日本の地理学においては新たな方向性を示したといえる。理論的な抽象論に偏ったり、実証研究だけをしていたりすることなく、バランスよく文章は書いているつもり。
そんな私が大学に採用されない状態が10年以上も続くのはなぜか。確かにその理由はいくつも挙げることができる。大学の常勤職は研究の前に教育だ。地理学科で要求される教育は、難しい理論は二の次で、現地調査の方法であり、GIS(地理情報システム)のようなコンピュータを使った技術だ。その2本柱を私は欠いている。しかし、それはあくまでも得手不得手の問題ももちろんあるが、内省的で批判的な私の研究スタンスそのものだ。現在、勤めている会社ではエクセルのマクロでプログラムも組むし、CADも使っている。研究スタンスと教育で要求されるものとの問題は別だ。教育で必要とされれば自分なりに技術を身につける用意はできている。さて、もう一つの理由。私はこれまで採用されるのに有利だといわれることを何一つしてこなかった。それは要するにゴマすりだ。学会にはマメに参加し、懇親会に出席してお偉い先生に名刺を配る。そうでなくとも、多くの研究者と懇親を深め、共同研究に参加する。こういうことをしてこなかったのは、私の個人的性質もあるが、私が所属していた大学の先生方のありかたも影響していると思う。学閥やコネで就職するのではなく、実力でつかめというような雰囲気があった。私自身も、批判的に社会を見ることのできる研究者からなる大学という社会は人の顔色をうかがうような人間関係とは無縁だと信じていたのだ。しかし、それは間違っている。最近、大学内でもセクハラだのアカハラだのが頻出し、一般企業と変わらない人間関係やイデオロギーが大学という組織を動かしている。そんな組織のために、私の正規雇用をとっておいてあるというのもバカらしいかもしれないが、私はともかくそろそろ邪念のない状態で研究に没頭したいのだ。まあ、現状でもできないことはないのだが、やはり週4日で通う会社勤務は大きな邪念に他ならない。
さて、最後にもう一つ書いておかなくてはならないこと。私の研究スタイルは意外に思う人もいるかもしれないが、外に向けられている。その現われが、書評などの執筆活動だ。書評だけでなく、積極的に論争をふっかける。ともすると、論文を大量生産する研究者のなかには、非常に内にこもった世界を作り出す人もいるが、私は常に他人に語りかけ、問いかけようとしている。研究テーマを次々と換え、研究対象もその辺にころがっているものだ。先ほどの、学会に行かないといったような行動からすると、この主張は矛盾していると思うかもしれないが、あくまでも私の研究はどこか1点に収束していくものではなく、どんどん発散していくものなのだ。まあ、その辺が人間としても研究スタイルとしても受け入れられないのかもしれない。

まあ、こんなことを嘆いたからって何も変わらないし、私が訴えたいと考えている人たちがこんなblogを読むはずもない。でも、とにかく私はこの怒りというかわだかまりを発散させたいのだ。本当はこの10年以上溜め込んだものを採用されたことの喜びとして爆発させたいのだが、その日は本当に来るのだろうか。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

現状に対するナルセさんの考えが切に伝わってくる日記でした。考えてみればこういう話って会って話すときにきちんとしたことがない分、はっとするものがありました。

僕もナルセさんの研究というか物事に対する視点というものは外に向けられていると思います。もしかしたらそれは地理学という領域に捕らわれないものであるからこそ、地理学の主流みたいなものとは距離が出てしまうのかもしれませんが、極端に言えば学問というのは個人の意識の領域を拡大させることにあるかもしれないわけで、だからこそ地理学とは無縁な僕でもナルセさんの視点や考え方を面白いと感じるのだと思います。

常勤として研究にあてる時間が増えればそういうナルセさんの視点や考え方をもっと煮詰めた形で接することができるのではと感じているのは僕だけではないと思います。だからこそ不採用の通知は残念ですが、そういう日がくることを切に願ってもいます。

投稿: サカウエ | 2009年10月22日 (木) 21時04分

>サカウエ君
長いコメントありがとう。
多分,これを読んでいる研究者仲間は,こういうことをblogに書くような態度がよくないと思っていると思うんですが,まあ,そういう愚痴を書くことも我慢してきたことの一つです。
まあ,研究者ではないサカウエ君のような人でも,こうして肯定的なコメントを入れてくれるだけで嬉しいのです。ありがとう。

まあ,前にもいったかもしれませんが,一応研究者というのは職業としてではなく,自分の生きている証として続けていきたいと思っていることなので,しつこく続けていきたいとは思います。
幸い,非常勤講師の方はいまのところ2つの大学で続けさせてもらっているので,その僅かながらの学生たちとのふれあいを大切にしなくてはなりませんね。

投稿: ナルセ | 2009年10月24日 (土) 16時00分

はじめまして。悶々と深夜ネットを見ながら、偶然こちらのブログに辿り着きました。実は、私も地理学専攻で、一応某国立大学で博士号を取得して5年が経っています。研究では観光地のイメージ分析等も取り入れたこともあり、ナルセ様や内田先生の論文も参考にさせていただいたことがあります。特に代官山の研究は興味深く読ませていただいた覚えがあります。因みに学会等でお姿をお見かけした事もあると思います。私の中ではけっこう著名な若手地理学者という認識がありましたので・・・。色々と勝手なことをだらだらと書いてしまい、失礼は承知ではありますが、あまりにも私が今まさに苦しんでいる境遇がこの文章に表現されているので、ついついコメントしてしまった次第です。深夜、しかも悶々としている状態故に、とてもナルセ様にお読みいただく代物ではありませんが、何を隠そう、私もつい先日の通知でジャスト50連敗達成です。しかも、私は非常勤すら全滅です。その間面接も2度ほど経験しましたが、全くダメでした。本当にどうしたものか・・・と、抜け出せないトンネルの中で、地元の学習塾に勤めながらモンスターペアレンツの悪夢に日々うなされている次第です。著書5編、論文21編、雑誌「地理」の特集にも何度か執筆させていただいております。しかし、これまでの足跡は、いったい何だったんだろう・・・と・・・私も我慢し続けてきました。しかし、まさかナルセ様もこのような現状の中にいらっしゃることを知り、正直驚きました。私なんて、研究内容から見れば、とてもナルセ様の足元にも及びません。最近色々ありまして、地理学に対する志も消えつつある中で、かなり色々考えさせられます。
色々とすいませんでした。これまでの私の研究成果等、とてもナルセ様のものとは次元が違いすぎて、お恥ずかしい限りですので、一切正体は明かしませんが、ナルセ様の研究成果・内容に対し、非常に敬意を表し、陰ながらリスペクトしております。私自身は今後どうすべきか、どう生きていくべきか、ちょっとわかりませんが、ナルセ様は日本の地理学界で絶対に必要な方であると思っておりますし、既に新しい分野において一翼を担っていると思います。本当に偶然拝見したこのブログに共感し、何か勇気付けられたことに対し謝意を表すると共に、僭越ではありますが、ナルセ様の地理学界でのご活躍を心よりお祈り申し上げたいと思います。
本当にダラダラとすいませんでした。あまり気にされないで下さい。

投稿: | 2010年2月18日 (木) 03時16分

匿名希望さま

書き込みありがとう。
私の鬱憤を晴らすべく文章が誰かの励みになったならば、これ以上の喜びはありません。といっても、傷の舐めあいでは意味がありませんので、お互い認められるために更なる努力をすることとしましょう。
それにしても、私より5つほど年下で、論文数も私より多く、そして不採用通知も私より多いということで、研究・および研究職に向ける想いは相当のものですね。
私は幸い大学院を修了して数年で非常勤が転がり込んできてラッキーでしたが、常勤での就職を半ば諦めて、ほとんど応募しなかった時期もありますし、研究という営為自体放棄してしまった時期もあります。

でも、やはり就職するかどうかは別として、純粋に研究にまつわる行為は好きなので、地理学という枠とは関係なく続けていくことになると思います。
これからもよろしくお願いします。

投稿: ナルセ | 2010年2月18日 (木) 12時34分

ありがとうございます。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。
昨日、成瀬様のブログを遡って拝見していたら、いつの間にか夢中になってしまい、結局朝を迎えてしまいました。これまで、研究者として雲の上の存在であり、何か近寄りがたいイメージがあったのですが、よい意味で180度イメージが変わり、非常に関心を抱くようになりました。
実は、思いのほか私自身との共通点を発見し、勝手に心強く感じていた次第であります。
まず、私も国際結婚をしていること(私の妻は台湾ですが)、埼玉県北出身である事(私は今も在住ですが・・因みに鷲宮では、少しの期間塾講師を勤めていました。今でも百観音温泉はお気に入りでよく行きます)、地理学以外にも幅広く活動をされていること、等など・・・。
私は今まで地理一筋にベクトルを引っ張ってきて、とにかく拘り続けてきた中で、いろんな世界を旅し、多くの人々に触れ、様々な世界について真剣に考え夢中になりながら得たものは本当に多く、いつまでもこの世界にいたい、逆に離れたくない、ある意味道から外れる事の恐怖心に近いものが芽生えていたような気がします。あとは、せっかく苦労してとった地理学の博士号を少しでも活かしたいということでしょうか・・・。
しかしながら、私の現職は何かというと、実は「書道家」なのです。収入としては塾講師(埼玉)と書道講師(銀座)の半々なんですが、自分自身のプライオリティ(プライド?)としては書道家としての活動をメインとしています。昨年は銀座で個展もやったり、今は墓石や温泉の看板を書いたり・・・ちょこちょこちまちまと筆をとっております。
今年37歳を迎え、もういっそのこと地理への拘りを捨て、書家として生きていく決意をしようか否かということを悶々と日々考えている中での成瀬様のブログとの出会い、また改めて考え直す機会を与えられたような気がします。
何だろう、実は昨年両親を失い妙に焦っていたのか、それともちょっと精神的に参っていたのか、何か未だ実益のない地理に拘り続けている自分に対して責めている自分がいて、本当に眠れぬ日々が続いていたので、何かわだかまりを払拭していただいたような気がして、今朝は久々に熟睡できました。名実共に、まさに「夜明け」な感じでした。
結局、この悶々としている事自体が無意味で(でもこの悶々のおかげで成瀬様のブログと出会うことが出来たのは本当に良かったです)、とにかく日々ポジティブに前進していこう、という極めて簡潔な結論と決意に至る事が出来ました。書でも地理でもいい、とにかく何事も精一杯頑張っていく所存です。
思いのまま書いてしまい、乱文にて大変失礼ではありますが、とにかく謝意をお伝えしたくて。僭越ではありますが、お互い地理学界でも頑張っていきましょう!

投稿: | 2010年2月19日 (金) 02時45分

匿名希望さま

再度の書き込み,ありがとうございます。
私もあなたの存在に興味を引かれていたところだったので,一度きりにならないでよかったです。

しかも,私の妻も台湾ですよ。彼女にもあなたのコメントを読んでもらったところ,是非交流を持ちたいとのことでした。関東在住ということですし,どうでしょうか?
このblogの左下に「メール送信」ってのがありますので,ご一報いただければ嬉しいです。

ちなみに,一時期講師をしていたという鷲宮の塾はひょっとして「真学義塾」ではないですよね。私はそこで学生時代,1年間ほど講師をしていましたよ。

投稿: ナルセ | 2010年2月19日 (金) 09時09分

成瀬様

お返事頂き誠にありがとうございます。
大変嬉しく存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
台湾だったのですね!ブログ上では伺えなかったので分からなかったのですが、驚きです。因みに、現在春節で帰国しております。
また、何よりも驚いたのが、「真学義塾」です。O塾長には大変お世話になりました。私は実質、菖蒲と南栗橋で教えていました。ただ、ちょうど母親の容態が悪化し、本当にわずかな期間で辞めざるを得ませんでしたが。
本当に世の中どのように人が繋がるかわかりませんね。偶然とは時には素晴らしいものです。どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: | 2010年2月19日 (金) 13時15分

法政大の公募ですが、2008年にはその山田晴通氏ではなく伊藤達也氏が採用になったようです。単にOB優位だからですか?

投稿: | 2012年8月29日 (水) 00時01分

「名刺を配ったり共同研究したり。
それで就職できると本気で思うなら、してみればいいのに。
立派な業績がある方みたいなのに、ここで恨み・つらみを書いているのを人事が見たら、残念に思うんじゃないでしょうか。」
2012/09/03 0:03
IPアドレス 59.140.214.54
による書き込みです。

投稿: | 2012年9月 3日 (月) 06時06分

子供だなと

投稿: | 2016年1月13日 (水) 20時04分

言葉の使い方や伝え方が稚拙な人間が大人なら,私は子どもでけっこうです。

投稿: ナルセ | 2016年1月16日 (土) 06時43分

初めまして。松本と申します。
色々検索していて、このブログにたどりつきました。
この記事の”本音”非常に考えさせられるものがありました。
感銘いたしました。
こういう”本音”を書いている人が少ないため、非常に参考になりました。
ありがとうございます。

ちなみに、現在は大学教員の職についているのでしょうか?
ついているのでしたら、それはパーマネントですか?
答えられる範囲で教えていただけると幸いです。

投稿: 松本 | 2016年10月28日 (金) 17時21分

松本さま

かなり前の記事に書き込みしていただいて,ありがとうございます。
何がどう参考になったかは分かりませんが,誰かの役に立ったなら幸いです。

最近の記事も読んでもらえれば分かりますが,常勤職には就いていません。上で書いた法政大学の非常勤もそれから間もなく辞めさせられました(こういうことを書くとまたどこからともなくお叱りの言葉が届けられたります)。
幸い,大学を変えながら非常勤講師は続けていますが,これも勤続5年にならないように,いつ辞めさせられるかという感じです。

まあ,非常勤さえ続けられればいいというのが現在の心境で,誰もがいいにくいことを発言していくつもりです。
大学という組織やアカデミズムという世界がこれほどまでに保守的で秘密主義的なものだとは思っていませんでした。

私が直接知る研究者は良い人ばかりなのに,なにがどうなってこうなるのか,社会学的な興味がありますね。

投稿: ナルセ | 2016年10月29日 (土) 06時39分

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