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2009年10月

リウスのパレスチナ問題入門

エドワルド・デル・リウス著,山崎カヲル訳 2001. 『新版 リウスのパレスチナ問題入門』第三書館、115p.,1000円.

リウスはメキシコの漫画家。本書は第三書館から出版されたが、私は晶文社による「リウスの現代思想入門」を3冊持っている。『フェミニズム』と『資本主義とは何だろうか?』、そして『チェ・ゲバラ』。ラテンアメリカは長い間アメリカ合衆国に虐げられてきて、反米的思想家が多いのかもしれない。アリエル・ドルフマンという思想家の著書『ドナルドダッグを読む』(マトゥラールとの共著)と『子どものメディアを読む』も晶文社が翻訳を出していて、『ドナルドダッグを読む』は山崎カヲル氏の翻訳だ。その思想的立場にはマルクス主義が大きく関っているが、リウスの『資本主義とは何だろうか?』も山崎氏の翻訳。山崎カヲル氏は私が非常勤講師で通っている東京経済大学の教授だが、まだ一度もお会いしたことがない。私自身は私の論文を読んで面白いと思ってくれた学生には気軽に連絡を取ってきてほしいと願っているが、自分が尊敬する研究者にはおいそれと連絡を取ることができない。その人の著作を読み込んでいれば質問とかもできるものだが、そういう人に限って著作が多く、とても全部は読みきれないのだ。
まあ、そんな個人的なことは置いておいて、最近サイードの『パレスチナ問題』をようやく購入したので、その事前勉強として読むことにした。もちろん、リウスは漫画家だから、漫画である。日本でもよく、学校で学ぶような歴史や社会問題を漫画で分かりやすくという試みはある。それらをきちんと読んだことはないが、大抵はきちんと登場人物が出てきて、物語的な内容に脚色されたものだと思う。しかし、本書は違う。イラストと写真と文章の貼りあわせから構成されたコラージュだ。だから、イラストや写真は参考程度で、結局は文章を読むことになるのだが、その文章も手書き。でも、決して文字数にして多くないその文章による説明が端的にテーマに関る事項をまとめていて、分かりやすい。
パレスチナ問題。私は1970年生まれだが、正直いって大学院に入学するまで「パレスチナ」という言葉すらろくに知らなかった。本書の出版社である第三書館が「おわりに パレスチナ問題は私たちの問題になった」という2ページの文章を寄せているが、それを読んで私の無知は恥ずかしいものではなくなったような気もする。つまり私が幼い頃から続いていたイラン・イラク戦争やクウェート、湾岸の石油に関る問題などは、全て「アラブ世界」の問題として一括りにされ、どこか遠くの世界の出来事とされてきたのだ。第二次世界大戦下のナチスによるユダヤ人迫害のことは詳しく学んだくせに、そこから生じる現代まで起こっている問題についてはろくに教わった記憶はない。サイードを読むようになって少しずつ関心を示し、最近ではいくつかのドキュメンタリー映画で現実味を持って理解するようになってきた。もちろん、テレビのニュースでは昔からアラファトPLO議長は出ていたし、最近ではパレスチナ人による自爆テロなどのニュースが伝えられる。しかし、根本のそのパレスチナ問題とは何かを教えてくれる場には出会わなかった。果たして大人たちにとっては周知のことだったのだろうか。
本書から学ぶことは非常に多かった。私は浅はかな理解では、歴史的に長く迫害されていたユダヤ人が、第二次世界大戦で決定的にその存在を危機にさらされ、戦後彼らのための国家を樹立するためにアメリカ合衆国が協力してイスラエルという国家を作ったということ。当然そこに以前から住んでいたパレスチナ人たちが今度は迫害されるようになる。しかも、そのやり方は非常に暴力的で、いまだに暴力のやり取りが続いている。その程度の理解だ。しかし、そもそものユダヤ人のための国家作りという発想は古代の神話に基づいているということ、その実現にはアメリカ合衆国の前に英国が主導していたということ。その背後には潤沢な資金源としてのユダヤ人資産家がいて、それは欧米の国家のあり方に大きく圧力をかけていること。もちろん、その政治力と資金源は現在の暴力の応酬にも直接的に関っていること。まあ、本書に書かれていること全てを鵜呑みにするのはどうかとも思うが、ともかくサイードの『パレスチナ問題』を読む前に、本書を読んだのは非常によかったと思う。
いやいや、改めて世界は広く、問題は山積みだと思い知らされる。

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11月のライヴ予定

年末が近づくとなんだか落ち着いて予定が入れられないが,入れたくなる予定が増えてくるので困ります。

11月2日(月)
吉祥寺strings 宮嶋みぎわ+江藤有希+黒川紗恵子+橋本 歩(予約済み)
11月6日(金)
下北沢440 flex life(予約中)
11月8日(日)
名古屋大学 人文地理学会大会
11月14日(土)
根津りんごや achordion/扇谷一穂(予約済み)
渋谷duo music exchange 流線形(チケット購入済み)
11月15日(日)
獨協大学 観光シンポジウム
渋谷cabotte casa/佐奈枝
11月20日(金)
下北沢cco 岩﨑 愛(予約済み)
11月21日(土)
池袋鈴ん小屋 伊藤サチコ/はやしいと/大野恭子(予約済み)
11月22日(日)
新宿pit inn phonolite/こめ
11月28日(土)
恵比寿LIQUIDROOM port of notes(チケット購入済み)

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鎌倉散策(写真はまだフィルムの中)

10月23日(金)

この日は講義後、仕事が休みの恋人と新宿で待ち合わせて鎌倉へ。チャハットというお店にミトメさんに会いに行きました。彼女は一十三十一つながりの以前からの友だちで、東京藝術大学の大学院まで出ているアーティストでもある。彼女が金属細工のアクセサリーを作っているのを思い出して、わたしたちの結婚指輪を作ってもらうことにし、この日はその打ち合わせ。彼女の仕事が終わってからということで、ちょっと挨拶だけして、2人で鎌倉散策。ミトメさんお勧めの渋い喫茶店でランチをし、そのまま神奈川県立近代美術館鎌倉館まで。この美術館は鶴岡八幡宮境内にあり、非常に古い建物を使っています。ミトメさんは同じ美術館の葉山館で働いているので、招待券をもらったりして。
ここでは麻生三郎(1913-2000)という人の作品とそのコレクションの展示をしていたが、そのコレクションのなかのベン・シャーン(1898-1969)の作品がとても刺激的だった。続いて、鎌倉館別館へ。歩いて5分くらいの別館は素敵な建築物でしたが、展示はイマイチ。鶴岡八幡宮境内の休憩所で甘酒を飲み、駅前に戻るが、待ち合わせまでの時間はまだまだある。鎌倉になぜか多い漬物屋で試食したり買ったり、歩き回るのも疲れてgoateeで一杯引っ掛けたり。最後に待ち合わせのソンベカフェで夕食&打ち合わせ。お店は20時までというので、早めに帰れました。指輪ができるのは12月になりそうですが、楽しみです。

10月25日(日)

雨模様の朝。朝から仕事の恋人を見送り、2度寝。なんと起きたのが11時過ぎでした。ジョギングに行ったり、掃除をしたり、昼ごはんを食べたり、のんびりすごして夕方から出かける。恵比寿でライヴだったので、ついでに恵比寿で映画。

恵比寿ガーデンシネマ 『eatrip
野村友里という、料理研究家が手がけたドキュメンタリー映画。ミュージシャンのUAや俳優の浅野忠信なども登場するが、基本的には食にこだわりを持つ人々を訪ね歩くというもの。当時妊娠中のUAは田舎町で米を作り、近所の農家の人たちと野菜や鶏卵との物々交換をして暮らしている。築地魚河岸で仲卸しをしているおじさんの話や、池上本門寺の90歳になる住職の話。2人の子どもとともに沖縄に移り住み自給自足の生活を営む女性。などなどが登場する。先日公開されたフランスのドキュメンタリー映画のようなイデオロギー性がないのは物足りない。結局、この映画では、料理というものを審美化していると思う。もちろん、食べ物というのは私たち生命体にとって基礎的なものであり欠かせない。それはもちろん人間の文化においても基本的な要素だ。でも、それを理性ではなく感覚で楽しめだの、いろいろ考えるのではなくシンプルに素材の良さをなどとことさらに主張されると種類の違うイデオロギーを感じてしまう。
最後は野原のなかにぽつんと建てられたテントのなかでの晩餐会。おそらく料理は監督自ら作っていると思うが、これがなんとも魅力的な品々。UAと浅野忠信、そして浅野忠信の母親と思われる女性。内田哉也子とその娘、青柳拓次とその奥さんと子ども。などなど。ちなみに、本作の音楽は青柳拓次さんが担当しています。映画を観ながら音楽を聴いていて、「このドラムは坂田 学さんっぽいなあ」って何の根拠もなく思っていた。でも、最終的にエンドクレジットにはミュージシャンの名前はなかった。このシーンで、なんと最近CHARAと離婚したばかりの浅野忠信が、最後の晩餐はなにがいい?という質問に対して、「かみさんの料理が食いたいなあ」などと答えていたのには笑った。

さんざん美味しいものを見せられて空腹のまま、あまり時間に余裕がなかったので、とりあえずライヴ会場に。一応、今回のライヴ会場はカフェということですが、食事ができるとは限らないので、受付で聞いてみるとやはりおつまみ程度しかないということで、開場から開演までの30分を利用して食事を取ることにした。あまり時間がなく手近で探したが結局、一人で食べられるような適切なお店を見つけられず、一口餃子のお店で我慢。一応定食があったので、お腹は満たされました。

恵比寿七菜nana 高鈴
ライヴ会場に戻ると、すでに店内はごった返していて思ったよりも店内は狭い。しかもライヴをするにはかなりいびつな店内空間で、ステージ付近の20名ほどはよいが、後の人はカウンターに立つか、ステージが見えないのを覚悟で入り口付近のテーブルに座るか。トイレの前にちょっとした空間があるが、そこは完全にステージは見えないし音も聞こえない。そんなところにTOPSさんが新聞を読んで座っていた。私は赤ワインを注文してトイレの入り口付近に立つ。ここからはかろうじて人の隙間からステージが見えそうだ。それにしても、高鈴のライヴでスタンディングとは。前回の高鈴単独ライヴ@mona recordsに参加したTOPSさん曰く、ライヴ本編はせいぜい1時間強ですよ、という情報で少し安心。
しかし、開演予定の19:30を過ぎても一向に始まらず、結局20時過ぎ。ここまでですでに40分ほど立っている。しかも、「お店がこんな状態なので2部制にします。途中で前の人と入れ替わってください」といっていたが、休憩時間に後ろに下がったのは僅か2人。しかも、その女性は非常に背が低く、その代わりに入った男性の頭で高稲さんの姿はほとんど見えなくなってしまった。まあ、そんな不満がいくつかあったものの、ライヴはかなり良かった。今年はじめに新しいアルバム『ヒビノウタ』を出したばかりなのに、SONYとは縁を切り、自主レーベルから12月に新譜を出すという2人。11月にはビューティフルハミングバードとの西日本ツアーがありますが、「年内、東京のライヴは今日が最後です」といっていたので、東京公演はなし。新曲もナカナカいい感じで、新譜が期待できます。アンコールではなんと、後ろの人にも聴いてもらいたいということで、PAなしで入り口付近で1曲歌う。私はずうずうしくも目の前の席に座ったが、もっと図々しい人もいる。本編でずーっと一番前の席に座っていた若い男女がまたまた一番前に移動してきて床に座っていたのだ。もうちょっと譲り合いの気持ちを持とうよ。入り口付近に皆が集まった状態で終わってしまって、本人たちはお店の外へ。お客さんたちはどのタイミングで出たらいいのかよく分からない様子だったので、私が一番にお店の外へ。そしたら、高鈴の2人が見送ってくれました。前回カチャトラのライヴでお話をさせてもらったので、私の顔は覚えてくれていたようです。軽く挨拶をして帰路へ。

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ライヴ予定を変更して初日舞台挨拶

10月21日(水)

渋谷duo music exchange tokyo song book 2009秋
ライヴ会場のホームページでの告知に気づいてすぐにそこでの先行受付に申し込んだものの、なんの連絡もなかったので、そのまま忘れていた。どうやら、先に郵便振込みをしなくてはいけなかったようだ。気づいた頃にチケットをぴあで直接買ったが整理番号は300番台後半。しかも、同じ日にtrico!のライヴもあったのだが、それを忘れてチケットを買ってしまった。まあ、ともかく行くことにしたのだが、整理番号が悪いので、事前に夕食を食べてから、19時過ぎに会場に到着。立ち見を覚悟していたが、まだ空席はあったので、中央右側後方の席を確保。今回のゲストは中納良恵さん。彼女がヴォーカルを務めるエゴ・ラッピンというバンドは聴いたことがないが、畠山美由紀さん関係で、ゲストヴォーカルで出てきたのを2度ほど見たことがある。その声量は文句なしだが、その異様なテンションの高さにちょっと自分好みではないかなと思っていた。しかし、先日小さな喫茶店での二階堂和美さん出演ライヴにお客さんで遊びにきていて、別に話をしたわけでもないのだが、なんとなく親しみを感じ、今回はちょっと彼女の歌を聴くのを楽しみにしていた。
さて、久し振りなので、説明が必要ですが、この「tokyo song book」というイヴェントは、おおはた雄一さんがここduoで季節ごとに行っているイヴェントで、毎回1人、ないし2人のゲストを迎えている。歌を歌う人だったり、楽器を演奏する人だったり。完全にステージを任せる場合とセッションが中心になる場合と、その組み合わせも自由だ。今回は初っ端から良恵さんが登場し、2曲を演奏。良恵さんはよく二階堂さんがやるような、言葉ではない歌声をおおはたさんのギターに合わせるという曲で幕を開ける。それから、おおはたさんが下がって、グランドピアノで良恵さんは弾き語り。相変わらずテンションは高いが、このイヴェントでさすがに踊って歌うわけにもいかないし、楽器も演奏しなくてはならない。そういう彼女もソロアルバムを出していたんですね。時折「では、エゴ・ラッピンの曲を」といっていたので、それ以外はソロの曲だったようです。いやいや、彼女が楽器を演奏するとは知らなかったので、けっこうな腕前のピアノにビックリ。そして、やはりその声量と高音とはかなり稀有なヴォーカリストですね。なぜか英語詩が中心だと勘違いしていましたが、日本語詩の曲はどれもなかなか素敵で、久し振りにずっしりと感動しました。そして、おおはたさんの「さかな」もカヴァーする。この曲をピアノで聴くのも当然初めてですが、かなり大胆なアレンジで良かったです。もちろん、その後のおおはたさんの演奏も素晴らしく、最後には2人でセッション。グランドピアノだけでなく、エレキギター、鍵盤ハーモニカやスネアドラムまで。なんでも大丈夫なんですね。あそこまで音楽を楽しむ人を見ると本当に楽しいです。いやはや、天才ですね。ソロアルバムがあれば買って帰ろうと思いましたが、なぜか物販にはTシャツしか置いてませんでした。今度改めて中古CD屋さんで探そう(中古かよ!)

10月24日(土)

この日は橋本 歩さんも参加するリクオさんのライヴがあったけど、急遽予定変更で、講義後急いで渋谷のユーロスペースへ。この日レイトショーで初日を迎える『TOCHKA』という映画に藤田陽子さんが出演していて、初日の舞台挨拶に登場するというのだ。藤田陽子さんは数年前に野田秀樹さんと結婚し、今年6月に第一子を出産。映画は2年前に撮影されたようですが、昨年押井 守氏の短編に出演したものの、監督と共演の菊池凛子さんが壇上に上ったトークショーには妊娠中で欠席した。なので、生の藤田陽子さんに会うために、急遽予定を変更した次第。しかも、普通、初日舞台挨拶となれば、事前にチケットを販売するが、今回は通常通り当日朝からの受付ということで、急いで向かったのだ。その甲斐あって整理番号は2番。せっかくこの時間にこの映画館に来たので、その時間からちょうど始まる映画を観る。

渋谷ユーロスペース 『のんちゃんのり弁
『いつか読書する日』が素晴らしかった緒方 明監督の最新作。小西真奈美を主演に迎えます。原作は漫画のようですが、岡田義徳演じるダメ夫に嫌気がさして、幼稚園生の娘とともに人生やり直す31歳の女性を演じます。黒目が大きく、目に表情が出にくい小西真奈美さんですが、『UDON』あたりから演技に度胸がついてきたような気がします。本作も彼女が出ずっぱりの大役。母親が倍賞美津子、彼女が弟子入りを申し込む料理屋の店主に『いつか読書する日』主演の岸部一徳。実は中学時代に好きあっていたという同級生役に村上 淳という豪華なキャストに囲まれて奮闘していましたね。見ていて、とても気持ちのよい演技でした。岡田君はダメ男役が板についてきたし、でももてない30男役が村上 淳ってのはどうかって気もしましたが、そんな男たち3人にキスをされるという役どころの真奈美さん。子役もとても可愛くて、全体的にとても上手くまとまっている作品でした。

最近外食が続いているので、一度帰宅して夕食。ちょっと昼寝でもと思っていたが、勉強会の準備などいろいろやっていたらバタバタのまま夕食を食べて再び渋谷まで。

渋谷ユーロスペース 『TOCHKA
映画館は、もう一つのスクリーンでもレイトショーの初日舞台挨拶があるというので、かなりごった返していました。その作品『代行のススメ』は先日なくなった山田辰夫さんの遺作ということでそちらも話題のようです。でも、結局『TOCHKA』の方は満席にはならず、私は最前列中央をゲットしました。舞台挨拶には監督の松村浩行さん、主演の藤田陽子さんと菅田 俊さんが登場。陽子さんはさすがに出産後間もない体型の変化がありましたが、相変わらず素敵ですが、彼女も30歳前ということもあるし、ちょっと顔つきも変わりましたかね。私のことを覚えていたかは分かりませんが、客席を一通り見回して、私と目が合うとちょっと苦笑いっぽく微笑みました。ちょっと嬉しい。さて、この映画のタイトル「トーチカ」は戦争のための施設。この映画に登場するのは北海道の東の果て、根室の海岸沿いにあるもので、太平洋戦争当時、アメリカ軍の上陸に備えて建てられたもので、現在も取り壊されずに残っているらしい。コンクリート製のちょっとした小屋で、銃撃を受けても大丈夫なように、人が入って小窓から監視し、場合によっては銃撃できるという施設。普段は誰も近づかないようなその場所に、特別な理由を持って訪れた男女2人だけが登場人物で、ひたすら2人の会話が続くというだけの作品。思ったよりも舞台挨拶は長い時間があてられた。実物を初めて見る菅田さんはやはり大きく、トークも期待通りの面白い人でした。そして、藤田陽子さん。相変わらず知的で、決められた台詞だけをいうのではなく、その場の雰囲気で反応・対応する機転の持ち主。監督はけっこう若く、それでいて控えめな感じでした。出演者の2人が「けっして分かりやすい作品ではない」と繰り返すこの映画はどんなんでしょうか。ところで、私の右隣の男性はシャッター音を鳴らしながら携帯電話で舞台上の出演者と監督を撮影していた。撮影禁止とは特段いわれたりはしていないが、常識だと思う。ひょっとして自分がこの場を台無しにしてしまうという危機感がこの男にはないのだろうか。
上に書いたように、舞台は根室の海岸沿い。雪はまだ降っていない季節ですが、明らかに冷たそうな海からの風が強く、音楽の全くない作品ですが、終始波と風の音が背景にあります。藤田陽子演じる「女」はトーチカを次から次へとめぐり、中に入ってのぞき穴から見える風景をじーっと眺め、ポケットから取り出したスライド写真を取り出し、見比べる。その繰り返し。あるトーチカから同じように外を覗き、ここぞとばかりに二眼レフカメラを取り出し撮影しようと構える。すると、その景色のなかに人影が見え、どんどん大きくなります。その人物が菅田 俊演じる「男」。心持ち片足を引きずっているようなぎこちない歩みで、大きな旅行かばんを持っています。そのトーチカに向かってくるかと思いきや、その手前でうずくまります。他にまったく人気のない場所なので、女はトーチから出ると、男が話しかけてくる。「こんなところで何をしているんですか?」、女は答える。「トーチカを撮っているんです。大学で戦争遺跡の研究をしてまして」。こんな場所で男と女が出会う。非常に不自然なシチュエーションだと思うけど、対話が進むにつれて、2人は大きな理由があってここを訪れたことが分かる。この2人の関係の近さと遠さが面白い脚本。男について知ろうとして女が質問すると、半ば怒ったように「なんでですか!」と男が答える。しかし、最終的には男の方から非常にプライベートな話を見ず知らずの女に告白する。思ったよりも分かりやすいストーリーだと思う。まあ、最後の最後、クライマックスともいえるのが、トーチカのなかで菅田氏が暗闇のなかでひたすら座り、タバコを吸い、お酒を呑むシーンが面白い。おそらく10分以上は続くと思うが、まったく発話はない。レイトショーでただでさえ眠い時間に、いつ終わるとも分からないこのシーンに耐えるのはかなり大変だ。実はこのシーンの前の陽子さんの台詞と行動から、ある結末を予測できるのだが、このシーンによってその結末が間違っていたと思わせる。でも、最終的にはその予測は正しかった。そう、きちんとオチのある作品です。本作における陽子さんは『犬猫』の時より若干伸びているくらいのショートヘア。正直いって、撮影技術などにもそれほど力を入れていない感じで、陽子さんの美しさを楽しむような作品ではないが、まあそういう作品こそ彼女に相応しいといえるかもしれない。まあ、映画そのものの出来が素晴らしいとはいえないが、観るべき作品。
終映後、久し振りに『ぴあ』の初日インタビュースタッフに捕まる。一度10年以上前に答えてからは断っていたが、この作品なので答えようと思った。簡単な感想を、ということだったが、その女のスタッフがいろいろ聞いてきたので、けっこうしゃべってしまった。彼女の調査票には私のしゃべった言葉の断片が書き記されただけだったが、あれで話の内容を復元できるのだろうか。

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資本論を読む

アルチュセール, L.・バリバール, E.著,権 寧・神戸仁彦訳 1974. 『資本論を読む』合同出版,433p.

アルチュセールはいわずと知れたフランスの哲学者だが,有名な「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」という濃密な論文に衝撃を受け,何度か読み返したものの,『マルクスのために』でつまずいてしまった。この本は若きマルクスの著作を検討したものだが,半ばで読むのを諦めてしまった。私にしてはとても珍しいことだ。なので,この『資本論を読む』もマルクス『資本論』を読まずして読むことはないだろうと思っていたが,なんと初版の本書が古書店で600円で売っていたために,購入はしていたのだ。
まあ,なかなか『資本論』を読破する勇気もなく,ついにこちらに先に手を出したという次第。本書のフランス語初版は,アルチュセールとバリバール以外にも数名の論文から成り立っていたらしいが,新しい版ではそれらが削除されたらしく,日本語訳でもアルチュセールによる第1部「『資本論』からマルクスの哲学へ」と第2部「『資本論』の対象」,およびバリバールによる第3部「史的唯物論の基本概念について」から構成されている。1日数ページずつ読み進み,2ヶ月くらいかかって読んだので,正直いって読後に記憶に残ったものはそう多くはない。しかし,読んでいる時点では非常に刺激的で面白かった。特にアルチュセールによる部分のはじめの方は。アルチュセールの議論をよく,「ポストマルクス主義」とか「構造主義的マルクス主義」などと呼ぶが,なぜ「構造主義」なのかは,本書を読むとよく分かる。そもそも1980年代の地理学における主体と構造,あるいは主意主義と決定論という二元論論争において,両者は19世紀の思想家を代表して,前者をフロイトが,そして後者をマルクスが代表していた。あるいは,1970年代のアンチ計量地理学としての2つの潮流としては,前者が人間主義地理学,後者がラディカル地理学に結び付けられた。それらは現象学とマルクス主義というよってたつ学説にも対応している。つまり,マルクス主義的な社会の捉え方では,社会構造が主体の意思や行動を決定するという,非常に単純化した説明だ。
しかし,それとは距離をおいたにしても,本書においてアルチュセールは「社会構成体」という言葉や,「構造」という言葉をよく使っている。しかも,それは地理学の概説書が説明しているような単純な決定論的議論ではなく,とても説得的だ。この点についてはどちらかというと,バリバールによる再生産論で詳しく解説されているのだが,経済理論としての『資本論』だが,よく説明されるように,より専門化していく近代経済学に対して,前近代的な「政治経済学」を強調し,資本主義という経済現象を社会構造との関連で捉えるというマルクスの姿勢は,土台上部構造という経済決定論という説明とはちょっと矛盾するような気もするが,まあ,私の理解の浅はかさなのかもしれません。前半のアルチュセールの議論で面白かったのは,マルクス経済学がスミスやリカードの古典派経済学に対して何が新しいのかということを証明する部分だ。アルチュセールがいうには,「剰余価値」にしても,マルクスが新規に発見した概念は何一つないという。マルクスの発明物だと思われているもののほとんどは,違う形で前人の発明物であった。しかし,「歴史」や「労働」といういくつかの概念の組み合わせ方と,そこからもたらされる同じ概念の違った解釈の仕方,そこにマルクスの重要な独自性と真なる資本主義の理解ということが論証される。といっても,ジジェクがラカンを絶対視しているように,アルチュセールはあくまでもマルクスの正しさを証明しようとしている印象は否めない。
さて,一方バリバールはなんと23歳にしてこの文章を書いたらしい。そう,彼の娘ジャンヌ・バリバールはフランスで女優・歌手として活躍するくらい,エチエンヌ・バリバールは若い。近年でもけっこう彼の単著が翻訳されている。実は本書を読もうと思ったきっかけは,アルチュセールの文章よりも,史的唯物論について説明しているこのバリバールの文章であった。これまでも唯物論について書かれているものをいくつか読んだものの,なかなか納得するようなものには出会えていない。唯物論は先ほどの二元論的な捉え方では,観念論と対立させられる認識論的立場だといえる。私は基本的に観念論的な立場に立っていると思うのだが,言葉通りに理解する限りにおいて観念論というのは比較的分かりやすい。しかし,一方の唯物論は字義通りに理解してもなんのことやらという感じでイマイチしっくりこないのだ。英語で表現するところのmaterialismは直訳するなら物質主義だが,どうなのか?そもそも経済は物質的な現象か?特に,観念論的立場に立って発展してきた1990年代の文化地理学は最近,物質性をしつこく強調している。それはかつてレイモンド・ウィリアムズがマルクス主義の立場から提唱した「文化唯物論」の立場から文化を捉えることなのか。でも,それは決して物質文化を強調するわけでもない。まあ,その辺を知りたいと思ったのだが,残念ながらこのバリバールの文章も史的唯物論について解説してくれるものではなかった。要は,アルチュセールの目的に従って,マルクスが『資本論』で展開した内容を,生産様式や所有,再生産や本源的蓄積という概念を中心に解説しているものにすぎない。「すぎない」と書いたが,もちろんその記述内容は私の理解をはるかに越える刺激的な内容で,それを私はそれなりに楽しんで読んだわけだが,タイトルから期待するものの理解を深めることはできなかった。でも,この説明とその前のアルチュセールの文章のなかには,マルクスにおける歴史の捉え方についても解説も含んでいたので(それこそが古典派経済学とマルクスを分け隔てるものだ),得るものは大きかった。ちなみに,この歴史に関しては,それが社会ダーウィニズムの影響であるという文脈のなかで,マルクスの議論を同時代的にやはりダーウィニズムの影響下にあった思想としてフロイトに関する議論をアルチュセールが展開しているのもけっこう面白かった。

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私は12年我慢していることがある。

法政大学からも応募していた専任教員の不採用通知が届いた。4年間かかった大学院博士課程を修了してから10年。大学教員の公募には博士課程2年の時くらいから応募している。今回の不採用通知は何通目だろうか。30通近くはあると思う。私の経験上、不採用通知は普通郵便だ。でも今回は簡易書留か配達通知で届けられ、不在通知が届き、再配達でお願いした。否が応にも期待が高まる。しかし、以前にもそういう不在用通知はあったので油断は禁物。最近の個人情報保護とか何とかで、履歴書を送り返すのに、普通郵便は不適切なのだろうか。まあ、結局採用された経験がないわけだから、採用の場合にどのような手段で連絡が来るのか分からない。本当は郵便なんかでは来ないのではないか。そう、結局今回も不採用通知だった。
法政大学は今年で7年目になるが、非常勤講師をしている。きちんと地理学教室の人々に挨拶しに行ったことはないが、これからどんな想いで講義を続ければいいのか。私は1989年に東京都立大学理学部地理学教室に入学し、学部は4年、修士課程は2年、博士課程は上に書いたように1年余分にかかったが、10年間東京都立大学(現首都大学東京)にお世話になった。
http://geopoliticalcritique.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_cfd3.html
↑こちらにも業績一覧を示しているが、修士課程1年の時の1993年に卒業論文をもとにした初めての論文が掲載され、それからも大学院在学中は着実に論文を増やし、1997年には英文を含め4本の論文が掲載された。唯一の地理商業誌『地理』にも掲載させてもらったし、1999年には商業誌である『現代思想』に翻訳もさせてもらったし、2002年には『10+1』にもオリジナル論文を掲載させてもらった。近年、同世代の研究者が次々と著書を発表しているのに対し、まだ私は1冊も本を書いていないのは難点だし、ここ数年の論文の少なさは言い訳のしようもないが、それなりの業績だといえる。
論文の数だけでなく、内容はどうだろうか。実のところ、論文の本数は多いものの、雑誌における種別としての最上位である「論説」は意外にも少ない。ページ数も少なめだったりする。まあ、そのことは置いておいて、内容的には自信がある。内田順文や山田晴通という先駆者の意思を受け継ぎつつ、日本の地理学においては新たな方向性を示したといえる。理論的な抽象論に偏ったり、実証研究だけをしていたりすることなく、バランスよく文章は書いているつもり。
そんな私が大学に採用されない状態が10年以上も続くのはなぜか。確かにその理由はいくつも挙げることができる。大学の常勤職は研究の前に教育だ。地理学科で要求される教育は、難しい理論は二の次で、現地調査の方法であり、GIS(地理情報システム)のようなコンピュータを使った技術だ。その2本柱を私は欠いている。しかし、それはあくまでも得手不得手の問題ももちろんあるが、内省的で批判的な私の研究スタンスそのものだ。現在、勤めている会社ではエクセルのマクロでプログラムも組むし、CADも使っている。研究スタンスと教育で要求されるものとの問題は別だ。教育で必要とされれば自分なりに技術を身につける用意はできている。さて、もう一つの理由。私はこれまで採用されるのに有利だといわれることを何一つしてこなかった。それは要するにゴマすりだ。学会にはマメに参加し、懇親会に出席してお偉い先生に名刺を配る。そうでなくとも、多くの研究者と懇親を深め、共同研究に参加する。こういうことをしてこなかったのは、私の個人的性質もあるが、私が所属していた大学の先生方のありかたも影響していると思う。学閥やコネで就職するのではなく、実力でつかめというような雰囲気があった。私自身も、批判的に社会を見ることのできる研究者からなる大学という社会は人の顔色をうかがうような人間関係とは無縁だと信じていたのだ。しかし、それは間違っている。最近、大学内でもセクハラだのアカハラだのが頻出し、一般企業と変わらない人間関係やイデオロギーが大学という組織を動かしている。そんな組織のために、私の正規雇用をとっておいてあるというのもバカらしいかもしれないが、私はともかくそろそろ邪念のない状態で研究に没頭したいのだ。まあ、現状でもできないことはないのだが、やはり週4日で通う会社勤務は大きな邪念に他ならない。
さて、最後にもう一つ書いておかなくてはならないこと。私の研究スタイルは意外に思う人もいるかもしれないが、外に向けられている。その現われが、書評などの執筆活動だ。書評だけでなく、積極的に論争をふっかける。ともすると、論文を大量生産する研究者のなかには、非常に内にこもった世界を作り出す人もいるが、私は常に他人に語りかけ、問いかけようとしている。研究テーマを次々と換え、研究対象もその辺にころがっているものだ。先ほどの、学会に行かないといったような行動からすると、この主張は矛盾していると思うかもしれないが、あくまでも私の研究はどこか1点に収束していくものではなく、どんどん発散していくものなのだ。まあ、その辺が人間としても研究スタイルとしても受け入れられないのかもしれない。

まあ、こんなことを嘆いたからって何も変わらないし、私が訴えたいと考えている人たちがこんなblogを読むはずもない。でも、とにかく私はこの怒りというかわだかまりを発散させたいのだ。本当はこの10年以上溜め込んだものを採用されたことの喜びとして爆発させたいのだが、その日は本当に来るのだろうか。

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結婚しても恋人同士でありたい

なので,相変わらず「恋人」で登場する私の配偶者。

10月18日(日)

昼から出勤の恋人と一緒に家を出て、私は新宿で大江戸線に乗り換え、国立競技場前で下車、写真を撮りながら散策。途中のNATURAL LOWSONでパンとコーヒーのランチを取り、外苑前に向かう。予定より早く、12:30に着いてしまったが、TOPSさんは既に来ていました。

外苑前時計台下 BOSSA青山
前日から「BOSSA青山2009」といって、青山通りの数箇所を使って、国内外のアーティストによるフリーライヴが楽しめるイヴェントがボサノバ誕生50周年の昨年に引き続き行われました。もともとは数年前まで恵比寿ガーデンプレイスで行われていたイヴェントで、その時はsaigenjiが所属するハピネスレコード主催でしたが、昨年からはnaomi & goroを中心に、333discsが関って行われている様子。今年は同時期に開催される「青山祭り」に便乗したような感じでしょうか。出演者も恵比寿の時とは変わって、昨年同様犬塚彩子さんや、行川さをりさんなどが出演していますが、恵比寿の時に一度出演したことのあるcasaが今回出演ということで聴きに行った。
casa:まあ、こういう時は2人です。けっこう演奏時間は長く、50分ほどで12,3曲はあったのではないでしょうか。まあ、casaを初めて聴く人を想定して、オリジナル曲はおなじみの選曲。しかし、その他にやはりイヴェントにあわせてボサノバ曲もけっこう多めに演奏。演奏中は非常に日差しが強く、汗ばむ陽気でした。そして、ステージの背後には大通りで車も多い。あまりいい環境ではありませんでしたが、まあこういうのもたまにはいいのではないでしょうか。
Bossa
本当は犬塚彩子さんと行川さをりさんを聴いて16時くらいまで青山で過ごすつもりだったけど、1週間前とはスケジュールが違っていて、2人とも15時からの演奏ということで、1時間待ちで片方しか聴けないということで、映画を観ることにした。渋谷に移動。

渋谷ヒューマントラストシネマ文化村通り 『四月物語』
最近、名前が変わった、旧シネ・アミューズ。2つのスクリーンは室内照明が赤と青とで分かれていて、イーストとウエストと名づけられていた。14年前にオープンした時、当時大学院生だったわけですが、ちょっと遊んでいた女の子と富田靖子が出演していた中国映画『南京の基督』を観に来た記憶がある。それ以来、けっこう年に10回は通っていたこの映画館が今月で閉館ということで行ってきたのだ。といっても、名前が変わってからはちょっと足が遠のき、今年は4回目。
過去に人気のあった作品のアンコール上映ということで、私は観ていなかった岩井俊二監督作品『四月物語』を観る。松たか子が入学したばかりの大学生役ということで、冒頭は本当に彼女の両親と兄弟が出演して、見送るシーンから始まる。北海道は旭川から、東京の武蔵野大学に入学するという設定。一人暮らしを始め、押しの強い同級生に誘われるままに津田寛治が部長の釣りサークルに入部。一方で、ちょっとした目的を持って、近所の書店に通う。そこでは田辺誠一演じる高校時代の憧れの先輩がアルバイトをしているのだ。ようやく、その先輩と話をすることができた日の帰り道。土砂降りの雨に降られ、雨宿りしていた建物から出てきたのが、先日自殺してしまった加藤和彦。
まあ、70分ほどの短い映画で、初々しい松たか子を観られる以外にあまり面白みのない作品ではありますが、岩井俊二らしいといえばそうなるかも。加藤和彦出演以外に驚いたことは、新入生歓迎ムードのキャンパス内でバンド演奏をしていて、そのヴォーカルとして歌っていたのがなんと、マルカートことタテヤマユキさん。どこかで見たことのある顔と聴いたことのある声だと思ったら、マルカートさんでした。ちゃんとエンドクレジットでも「館山由紀」を発見。ちゃんと出演者扱いでした。

副都心線で西早稲田まで。早稲田大学文学部の戸山キャンパスの近くのホールでコンサート。思ったより映画が早く終わったので、夕食を先に済ませる。早稲田の本キャンパスに近い蕎麦屋で天丼。なにやらこの日は大学で何かあったらしく、早稲田のOBたちがうようよしていて、私の入ったお店にもうるさい声で議論をするおじさんたち。愛校心が強いのもけっこうだが、我が物顔はやめて欲しい。

早稲田スコットホール レテのコンサート
昨年は三鷹の公共施設で開催されたレテのコンサート。今回は出演者も一新して2週に分けて2回あります。どちらも魅力的ではありますが、とりあえず湯川潮音ちゃんが出演する方に参加。会場は現在はセミナーハウスなどとして利用されている施設のなかにある教会のような古い建築物。開場時間前に到着すると、なんとそこにはさきほどライヴを聴いたばかりのcasaの古賀夕紀子さんがいらっしゃいます。本当は美宏君も一緒だったらしいのですが、昼間の疲れを訴えて先に帰ったそう。せっかくなので、ご一緒させてもらう。今年の誕生日イヴェントに出演してもらったcasaですが、こうして夕紀子さんと何の目的もなく2人きりでゆっくりお話しするのは初めて。夕紀子さんも疲れているのに、あれやこれや話をさせてもらった。建物のなかもやはり教会っぽく、ステージ奥にはパイプオルガン。手前にはピアノもありますが、この日は使用せず。下北沢のleteの店内にある装飾物や椅子などをステージ上に持ち込んでいます。
ふちがみとふなと:leteに通っていると以前から名前を聞いていた2人。コントラバスの男性と、歌を歌いながらいろいろやる女性の2人組。leteと関わりが深いというと、さかなのお2人もそうだが、独特な雰囲気を持っている。私の拙い表現力では2人の音楽をどう表現したらよいのか分からないが、いろんなしがらみから解放された自由さと不自然な力の入らないいい意味での脱力感、といったところでしょうか。
青山陽一:朝日美穂さんとも仲が良く、何度か短い演奏は聴いたことがあるが、こうしてきちんと聴くのは初めてか2回目。正直いってやはりこの人の歌声は苦手だ。でも、曲はけっこういいのもあるんだよね。他の人が歌ったらよさそうなのに。
湯川潮音 with tico moon:潮音ちゃんが久し振りにtico moonをバックに演奏するのは知っていたけど、別々ではなく一緒に45分の枠というのが少し残念だった。はじめに潮音ちゃんが1人で2曲。最後に潮音ちゃんが下がって、tico moonで2曲という流れだった。先日まで英国でレコーディングしていたという潮音ちゃん。今回はロック音楽ばかりを集めたというカヴァーアルバムだそうです。tico moonと一緒に演奏するのは4,5年ぶりだといっていたけど、それはstar pine's cafeでの年越しライヴのことだろうか。私も聴いたよ~と一人嬉しく思いながら、3人の音に身を委ねます。なんだかんだで、tico moonも今年のはじめにleteで聴いた以来。アイリッシュハープの吉野友加さんはアン・サリーさんのコンサートで聴いていたり、『空気人形』のサウンドトラックで聴いたりしていたが、やはりこうした天井の高い室内で聴くハープは格別だ。しかも、なんと友加さんが歌う曲までできていました。当然潮音ちゃんがコーラス。いやはや、贅沢です。
アンコールの拍手を静めるかのように照明をつけ、BGMを掛け始めたので、出口へと向かいましたが、既に建物の外へ出た人が戻ってくるので、私も戻ってみると、既に私服に着替えた潮音ちゃんと影山さん、そして衣装のままの友加さんが登場し、再び「turn turn turn」を演奏。今回はleteのマスター、町野さんはステージ上に上げられずに1日目は終わりました。

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義理の家族?

10月16日(金)

最近たまに金曜日休みになった恋人。ということで、私の講義が終わってから新宿で待ち合わせ。ここピカデリーは平日の最前列が1000円になるということで、受付を済ませ、地下のMUJI CAFEでランチ。けっこうお客さんは入っていましたが、私以外は全員女性客。

新宿ピカデリー 『あなたは私の婿になる
サンドラ・ブロック主演映画。彼女の作品は最後にいつ何を観たかなあ、と思いつつ、歳取ったなあと思いつつ観はじめる。おっと、その前に、私たちは指定席どおり最前列に座りましたが、恋人が「こりゃきつい」というのでこっそり3列目に移動。すると、知らぬ間に係員がやってきて、「座席券を確認させてください」ときた。そういえば、私たちは最前列限定で当日が1000円だったのだ。いくら空いていてもダメですね。そういえば、前回一人で最前列1000円をやったことのことを思い出す。私は最前列の中央2席が埋まっていたので、一つ空けてその隣に座ったのだが、その2人は来なかった。そうか、かれらはあらかじめ後ろの席に座るつもりで1000円の席を買ったのか、と納得。でも、コンピュータで座席情報が管理されているから、暇な時は係員がチェックしに来ることもあるんですね。まあ、ともかく最前列で鑑賞。
今回のサンドラ・ブロックは出版社のやり手編集長。彼女が出勤すると皆ビクビクする。そんな彼女のアシスタントをするのが、ライアン・レイノルズという俳優演じる若手男性社員。ある日、サンドラは会社幹部に呼び出される。仕事で行った出張がヴィザの規定に触れて国外追放を命じられたというのだ。彼女はカナダ国籍だが、外国人は外国人。もちろん、会社からも解雇を言い渡されようとするその時に、ライアン演じる部下がひょこっと顔を出す。そこでピンときた彼女はその部下と偽装結婚することによって、その窮地を逃れようというのが、物語の発端。急遽、彼の実家に一緒に行くことになるが、そこは合衆国ではあるものの、カナダより遠いアラスカ州。しかも、飛行機と船を乗り継いでいく田舎町で、しかも彼の実家はその町で一財産を築いた名家。まあ、そんなロマンティックコメディらしいシチュエーション。全体的に、『男と女の不都合な関係』よりもよくできていてそれなりに楽しめた。それにしても、サンドラ・ブロックが両手で大事な部分だけを隠したヌードシーンにはちょっと驚かされたが。そして、働いているシーンのサンドラはかなり加齢を感じさせますが、普段着の彼女はやはり女優ですね。好みではありませんがキレイです。まあ、他にはこれといって書いておくことはないか。

さて、この日は恋人の母親に会うことになっていた。ちょっとばたばたしていたが、新宿で待ち合わせ、一度われわれの自宅に招き、また新宿の韓国料理屋で夕食を一緒に食べ、そこで別れる、そんな感じでした。

10月17日(土)

朝、講義を終えたものの、やはり90分しゃべりっぱなしは傷めた喉には辛い。木曜日に耳鼻咽喉科でいただいた薬はとても効いていたが、この日は無理をせず一旦帰宅。午後から仕事の恋人とランチをご一緒して、見送ってから少し寝る。起きてからも家でできることを済ませながら夕方まで。

渋谷7th floor air platns
橋本 歩さん率いるインストゥルメンタルユニットair plantsが歩さん帰国後初めての東京でのライヴということで行ってきました。7階に上がるエレベータでは10月4日のトークイヴェントに来てくれたお客さんと乗り合わせ、7階で並んでいると前方にTOPSさんを発見し、フロア内にもトークイヴェントにも来てくれたお客さんをちらほら発見。みな、私に挨拶をしてくれます。嬉しいですね。そのなかでも、なかなかきちんとお話ができていなかったbrittさんの隣に座って、ちょっと話をさせてもらいながら開演を待ちます。
久し振りなので、ちょっと解説を。air plantsはチェロの橋本 歩さん、ヴァイオリンの阿部美緒さん、そしてギターの嘉多山 信さんの3人組み。8年前くらいから活動していたようですが、私が知ったのは2年前かな。その頃から活動が活発化し、ついにCDを発売。軌道に乗ってきたところで、歩さんが渡米。しかし、なんと他の2人も4月末に渡米し、ボストン&ニューヨークで10日ほどair plants合宿をしていたという結束の強さ。しかも、歩さん帰国後のリハーサルもかなり綿密だったようです。その成果もあって、1部の5曲は全て新曲という気の入り方。歩さんは美容室に行ってきたということで、さらにキュートになっています。しかし、音の方は特に低音に締りが効いて、とてもカッコいい。改めて嘉多山さんのギターテクニックに感心しながら、3人の奏でる音に酔いしれます。かれらが呼ぶゲストもいつも豪華で贅沢なんだけど、やはり3人がシンプルで一番かな。CDに収録されている曲は既に聴き慣れた感があるので、新曲はとても新鮮。MCは本人たちがいう「ぐだぐだ」はまさにその通りだが、それまたair plantsらしいところ。1部と2部の休憩中にはボストン合宿中の映像が上映され、これまた楽し。という感じの素敵ライヴでした。早めに出口に向かいましたが、ちょうど私の姿に気づいたのか、歩さんが出てきてくれて、ちょっとお話。いやあ、本当にこんな人と親しくさせてもらって幸せです。

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愛と偶然の修辞学

加藤幹郎 1990. 『愛と偶然の修辞学』勁草書房,244p.,2060円.

映画研究者,加藤幹郎氏の2冊目の著作。青土社の雑誌『ユリイカ』に書かれた文章を中心に集めたものだが,不思議な統一感がある。しかも,映画論のみならず,本書は3部構成となっていて,1部が映画論,2部は小説論,3部は漫画論とされている。まあ,映画というものが,いかにも近代的な表象形態(ベンヤミンの言葉を使えば複製技術時代の芸術)である写真に動きと物語を追加し,台詞がつき,音楽がつく,といった具合に,初期のマルチメディアといってもいいものだから,それを論じることができれば大抵のメディアは論じられるし,逆にいえば芸術的・文学的素養がないと表面的な映画論になってしまう。だから,本書でアガサ・クリスティやジェイムズ・ジョイス,サミュエル・ベケットについて,短い文章で見事に論じていたとしても驚くべきことではないのだが,やはりこの文章が30歳台はじめに書かれたというのはすごいとしかいいようがない。そして,1部の映画論が相変わらず見事なこと以上に驚くのが,3部の漫画論だ。本人はそれほど漫画について詳しくないとはいいながらも,その本質を見抜くその洞察力は非常に刺激的である。「漫画は時間芸術にほかならない」と断言し,その根拠集めに論を費やしている。ある種演繹的な論証のようにもみえるが,まあ多少のこじつけはあるものの説得的だから仕方がない。
そして,その文体は全体的に威圧的な印象を与えるのも否定できない。まあ,研究者である限り自分が正しいと思っていることしか書かないし,ましてや加藤氏ほど優れた研究者であればその自負は当然の権利でもある。しかし,やはりどこかマスキュリニティを感じざるを得ないのは,自分自身にも返ってくる批判だろうか。私も人間的には自分のことをフェミニンな人間だと思っているのに,書いた文章からマスキュリニティを感じたと聞かされた時はショックだったものだ。でも,断片的な記述が続き,それぞれの文章を関係付けようというクロスリファレンスの手法を試みた本書はその軽さとゆるさで,とても魅力的なものであることは間違いない。でも,一つだけ加藤氏に不満をいうのなら,タイトルのつけ方だ。本書はまだいい方だが,もう少し洒落を効かせた書名にしてくれたらいいかな。でも,毎回本の内容が多岐に及ぶので難しいのかもしれない。

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今年も早速喉を痛めてしまった。

結構ひどいので,今日は会社を早退して耳鼻咽喉科に行った。

10月11日(日)

この日は恋人が午後出勤なので、久し振りに一緒に映画を観る。

新宿バルト9 『空気人形
是枝裕和監督の最新作。今回は漫画の原作がありますが、やはり原作は読んでいません。でも、漫画が原作というのもあるし、当然是枝監督というのもあるので、原作があろうがなかろうが、非常に映画的な表現なので、それはどうでもよいと思える。主演はぺ・ドゥナ。『リンダリンダリンダ』にも出演して、日本でも馴染みの韓国女優となったが、私は『吠える犬は噛まない』の頃から注目していた女優。この映画はまさに彼女のために作られたようなものだ。結末以外は予告編どおりの展開なので、若干のストーリー解説を。板尾創路演じる中年男は何をやってもダメ。当然まともな恋愛を諦め、空気人形=ダッチワイフを生活のパートナーとしている。しかし、ある日この「のぞみ」と名づけられた人形は心を持ち、自分の力で街を徘徊する。男手一つで女の子を育てている近所の父娘や、酸素吸入器を引きずりながら公園で佇む老人。すっかり年増で行き遅れてしまった受付嬢、テレビで事件を調べては、それを自分がやったと近所の派出所に自首しに行く老婆、上京したものの引き篭もって暴飲暴食をしている星野真理演じる女性。などに出会いながら、彼女はとあるレンタルビデオ屋に辿り着く。そこで、ARATA扮する男性に一目惚れをし、岩松 了演じる店主のこの店でアルバイトを始める。そこには常連客として柄本 祐がきたり。そして、板尾の家から徐々に抜け出すことを考えながらARATAとの恋が始まる。しかし、それは切なく、行き詰った時に彼女は自分が製作された会社を訪ね、そこでオダギリジョー演じる人形職人と出会う。そんな内容。
ある意味で、この「のぞみ」は神から使わされた天使のように、この人間が生活する現代社会を俯瞰する役割を持っているように思われる。老若男女を含む複数の登場人物たちの日常的な行動を素朴なまなざしで不思議がり、少しずつ理解していく。でも、不可解な部分も残しつつ。そう、この作品は決して人造人間が高度な知性を獲得するようなSFではない。確かに綾瀬はるか演じたサイボーグのように、無機質な肌の質などが強調されるが、むしろ日本社会を舞台としたところに、人間臭くない、しかも異文化としての韓国から来た女優がそれを演じる。人形が魂を持つ、あるいは逆に肉体を手にしたピュアな魂が社会のことを学んでいく、という設定にすると、明らかに矛盾は多い。しかし、そういう現代日本という社会や人間、あるいはもっと限定して男性の性欲というものを超越した存在として、彼女はこの僅かな(映画にしては出演者は多い)人間たちを励ましにやってくるのだ。全員がハッピーになるわけではないが、最後は個々人に少しの希望の光をもたらすような、そんな結末。
さて、この映画の音楽は、world's end girlfriendが担当した。これがどんなユニットなのか、ホームページを観てもよく分からないが、Wikipediaに載っていた。まあ、ともかくピアノ他で良原リエさん、チェロに徳澤青弦さん、ヴァイオリンに岡村美央さん、そしてハープに吉野友加さんという豪華なミュージシャンが参加。サントラCDのジャケットは森本千恵さんだというからけっこう素敵だ。まあ、是枝ワールド健在というところか。

私はその後、新宿東口の献血ルームに行った。受付では成分献血は1時間待ちだといわれたが、35分くらいで採血できた。午後の遅い時間なので、血漿献血。この献血ルームはDVD鑑賞はできないのか。やはり献血は渋谷だな。献血を終えて調布へ。ちょっとした調べもので、調布市立図書館に1時間ほどこもる。やはりこういうわざわざ調べるという行為は研究に対するモチベーションを高めることになるようだ。

10月12日(月,祝)

この日は前日にした調べものを整理したり、ジョギングしたり、恋人が出勤するまでゴロゴロしたり、一緒に昼食を食べたりで夕方まで家にいる。

渋谷シネクイント 『クヒオ大佐
堺 雅人主演映画。本当に忙しい人です。今回は実在した結婚詐欺師をモデルにした物語ということで、外見がいかにもインチキ臭い彼にはぴったりだ。ちなみに、彼の顔を見て太川陽介を思い出すのは私だけだろうか。複数の女性に同時にちょっかいを出すという役どころで、絡んでくるのは3人の女優。一人目はまさに結婚の約束まで交わした弁当屋の女主人を演じる松雪泰子。そういえば、『容疑者Xの献身』でも弁当屋で働いてたな。普段は眼鏡をかけ、エプロンに三角巾だが、クヒオとの逢引の時は綺麗な服に身をまとうあたりがいい感じです。一昔前は高飛車な役ばかりだった松雪さんでしたが、こういう役も素敵です。2人目は自分の店を持とうと目論んでいる銀座のホステスを演じる中村優子。なかなか彼女の魅力を引き出す役を観たことありませんが、本作ではいい感じです。騙し騙されの男女関係、実在したクヒオ大佐がどういう人物かは分かりませんが(実在の彼は1億円ほどを稼いだとかいてあるけど、映画のなかでははした金ばかり)、本作の彼は情けなさをどんどんと暴露されていくという展開。3人目は満島ひかり。なぜか彼女の出演作には安藤サクラがつきもののようで、今回も同じ職場の同僚として出演。1990年代初頭の湾岸戦争の頃が時代設定ですが、なぜひかりちゃんが着ている衣装はダサいのでしょうか。まあ、お金も特にない、可愛いけどイマイチいけてない少女をクヒオの相手に選んでいるところが、この作品中での彼の人となりを知らしめてくれるのでしょうか。それから本作で一番面白いのが、松雪の弟役で登場する新井浩文。堺君とのやりとりがなんともいえません。といいつつ、映画としての総評はイマイチかな。

下北沢に移動して一人の夕食。久し振りにマジックスパイスを目指したものの,長蛇の列で断念。『クヒオ大佐』の最後の方で,堺と松雪が2人でお弁当を食べるシーンがあるが,そのお弁当にハンバーグが入っていたので,「くいしんぼ」でハンバーグを食べる。

下北沢lete 笹倉慎介
久し振りのlete。翌週は早稲田で「レテのコンサート」が開催されるが,チケットの受け渡しがこんなに直前になってしまった(本当は9月末日)。それはともかく聴きに来たのは笹倉慎介。数年前にB.Y.Gでのリクオさんライヴに確か,ゲストで数曲歌った。その時もはっぴいえんど時代の大瀧詠一のようなきれいな歌声で歌う男の子だと思ったが,先日トーベンさん主催の吉祥寺ビール祭りのイヴェントにも出演していて,一度きちんと聴いてみようかと思った次第。たまたま,入間のso-soという米軍ハウスを利用したライヴハウスが,ひとまず終了ということで,リクオさんが三宅伸治さんとライヴをやったときに,橋本 歩さんが呼ばれて行ったらしく,その時に飛び入りで笹倉君が歌ったということも歩さんのblogで書いてあったし。ちなみに,笹倉君も米軍ハウスを借りて,自宅兼スタジオとして使っているとのこと。この日もギター2本を車に積んで下北沢まで来たらしい。歌い始めはカントリー曲のカヴァー。やはりルーツはこの辺の音楽なんですね。ちなみに,leteでのライヴでは毎回新しいカヴァー曲を1曲披露することになっているらしく,この日はセカンドセットでのキャロル・キング「you've got a friend」でした。彼のファンは年代が若干上になるようですが,熱心なファンが多いようで,皆さん仲良しでした。そして,演奏やMCに対する反応もとてもよく,いいお客さんだと思った。音響を使わずに,生ギターと生歌で演奏し,その反響を楽しんでいるというMCを含めて,けっこういい気持ちで聴いていたのですが,アンコールで,音楽をしながらお金を稼いで生きることとは,みたいな話になってしまって,ちょっとクールダウン。彼のファーストアルバムは鈴木惣一郎さんプロデュースで出ているんですね。そんな頃はいろいろあったようだ。まあ,いわんとすることは分かるけど,なんとなく言い方が嫌な感じだったな。帰り際にちょっとお話したけど,その印象は変わらず。

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封建社会

マルク・ブロック著,新村 猛・森岡敬一郎・大高順雄・神沢栄三訳 1973, 1977. 『封建社会 1, 2』みすず書房,260+184p.,2266+2884円.

大学院に入学した頃からのにわか歴史ファンの私。しかし,一方では高校まで世界史もそんなに好きじゃないし,日本史にかけては嫌いな部類。まあ,とにかく基礎知識が少ないわけです。大学院を通じて好きで詠み続けていた歴史的な話題を,大胆にも非常勤先の大学で教えることにして早9年目。基本的に私の歴史的な関心はヨーロッパのルネッサンス以降にあったわけだが,大学で教えるようになって,旧約聖書やプラトン,アリストテレスも読むようになったものの,古代と近代の中間,すなわち「中世」という長い歴史に関する知識があまりにも欠けていたので,どうにかしたかった。そんな時に知ったのが本書。古書店には結構上下巻揃って置いてあったのだ。でも,上下巻揃えて買うと結構な値段になるし,重たい荷物にもなる,という適当な理由をつけて,本当のところは読むのが面倒だっただけだ。しかし,覚悟を決めて読むことにした。
しかし,やはりそう甘いものではなかった。マルク・ブロックのことは当然知っていた。フランスでリュシアン・フェーヴルとともに,アナール学派の創始者といわれる人物であり,また『フランス農村史の基本性格』(1931)は当時のフランス地理学にも多大な影響を与えたという。この本も翻訳が出ていて,それを幸運にも入手したのだが,彼の遺作といわれる『歴史のための弁明』も読んだが,どうにもブロックの文章は難解なわけではないのに,頭に入ってこない。
さて,中世=封建社会,という私の短絡的な理解ももちろん問題だ。そして,浅はかな私は,未だに講義で,中世という時代はヨーロッパの歴史のなかでも比較的安定していた長い時代で,みたいなことをいって,キリスト教と封建制度で特徴付けられます,などと恥ずかしながら説明している。まさに,そんな私をあざ笑うかのように,その単純な理解をより複雑化しようというようなのが本書なのかもしれない。1940年に出版され,その後まもなく戦争中に殺害されてしまうブロック。本書は日本語版も2冊になっているように,1巻と2巻は内容的にも大きく分かれる。第一巻は「従属の紐帯の形成」と題される。「紐帯」とは聞き慣れない言葉だが,私は社会学者が使っているのでその意味合いを知った。人々の結びつきのことで,英語でいうところのbondだ。また,第一巻で本文中に目に付いた言葉は「オマージュ」。私たちはけっこうこのフランス語を用いる。特に芸術的な表現において。私もポール・オースターの『ガラスの街』がある意味において,ポーの『群集の人』へのオマージュである,と書いたように「賛辞」のような意味合いで感嘆に使っているが,そもそもフランス語のhommageのhommeは人間=男のことだ。
第二巻は「階級と統治」と題される。より政治的・制度的な側面に議論は移行する。ここでも,私の貴族に関する理解は根底から覆される。そして,聖職者や裁判の話。最後の方に国家の話があり,最後の「社会形態としての封建制とその影響」ではかなり分かりやすく封建社会についてまとめてくれている。でも,その一つの結論は,封建制といっても広いヨーロッパの諸地方でも異なるし,長い中世という時代のなかでも異なる。もちろん,それは同じような順番で推移するものでもない。と,理解は難しいものなのだ,と開き直ってしまったら,それはそれでなんのために読んだんだってことになってしまう。ああ,歴史は奥が深い...

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夫婦別姓です

10月8日(金)

この日は恋人の仕事が早めに終わるので、新宿まで迎えに行って一緒にインストアライヴを観、そのまま外食というコース。

タワーレコード新宿店 コトリンゴ
この日のタワーレコードはコトリンゴ。以前に池上本門寺でのmona recordsイヴェントに出演していたのを聴いて、もう一度聴いてみたいと思っていたが、こういう時インストアはありがたい。立ち見は辛いけど無料だし、長さもちょうどよい。この日もピアノ一人弾き語り。ピアノの腕前はかなりです。でも、この日一つ気がついたこと。弾き語りシンガーのピアノ演奏には一つ制約がある。つまり、頭の位置を常にマイクの前に置かなくてはならないのだ。もちろん、ピアノソロなどの時はその制約から解放されるが、歌っている時はどうしようもない。彼女を見ていて、時折その姿勢が辛そうだな、と思った。ほぼ時間通り始まったのに、終わったのは19:40。最近、特に終演後にサイン会がある場合は4曲程度で早く終わることが多かったのでちょっとビックリ。平日の夜はこんなもんかもしれない。そして、今回聴いてみて、ピアノは上手いし、歌詞も面白い、歌声も嫌いではないが、その場でCDを買おうとまでは思わず。

そのまま新大久保に移動。今年の恋人の誕生会をこじんまりとやった台湾料理屋の「紅鶴」で2人ディナー。駅前に客寄せのために、お店のお兄さんが立っていたので、ワンドリンクサービスの団扇をもらってお店へ。お酒も解禁したので、1杯だけ呑んで、シジミのしょうゆ漬け(なんと生!)やら空芯菜の炒め物やら、牡蠣の唐揚など、どれも美味しいだけでなく、お通しもけっこうあります。お酒をお代わりするかわりに、デザートの愛玉子をいただく。しめて、4200円なり。いいお店です。

10月9日(金)

この日は恋人がお休み。私は講義を終えて渋谷で恋人と待ち合わせる。そこから新横浜まで。菊名で横浜線に乗り換えるつもりが、人身事故で止まっていたため、横浜から市営地下鉄で新横浜まで。駅まで迎えに来てくれたみわちゃんと合流して彼女の家にお邪魔してお昼をごちそうしてもらう。昼からビールをいただきます。みわちゃんは新婚さんで、新居です。単に遊びに行ったのではなく、一つお願いごとをしにいきました。
実は、先日さくさんちに行った時にも同じお願いをしにいったのですが、婚姻届の証人として2人にサインをいただきました。そう、私は結婚しました。みわちゃんとさくさんはわれわれが知り合う前から2人のことを知っていたってこともあって、2人にお願いしたのです。そして、みわちゃんちでひとしきりご馳走になった後、そのまま調布市役所まで行き、婚姻届を提出。16:30に到着したものの、国際結婚ということもあって、いろいろ書類の確認で待たされる。初めて17時過ぎの役所にいましたが、やはりけっこう残業するんですね。結局、待ちきれなくなった私は夕食用のパンを買いにちょっと外出しましたが、帰った頃に手続き完了。結局1時間20分ほどかかりましたが、晴れて仏滅のこの日に夫婦となりました。けど、今度は彼女の国への手続きがあるんです。

10月10日(土)

講義を終えて一度帰宅。この日は午後から出勤の恋人と家でランチをしてから一緒に出かけます。

新宿ピカデリー 『私の中のあなた
私はそのまま新宿で映画を一本。『君に読む物語』のニック・カサヴェテス監督の最新作。『リトル・ミス・サンシャイン』の子役アビゲイル・ブレスリン主演で、その母親役にキャメロン・ディアス。なかなか味わい深い原作です。アビゲイルちゃん演じる少女の姉は白血病患者。もちろん、眉毛も頭髪も剃って臨む難しい役どころですが、やはりアビゲイルちゃんの美しさと演技が光りますね。そして、キャメロン・ディアスは娘に対する愛深きゆえに、嫌な母親役を見事に演じきっています。これまで,キャメロン・ディアスを演技のうまさという側面から観たことがなかった。でも,本作は演技がうまいかどうかは別として,彼女は単なるタレント女優なのではなく,職業人女優であるということを確認。「美貌」というものからは少しずつ遠のいている彼女ですから,こうでもしないと女優人生も先が短い,というものです。『君に読む物語』のような,お涙頂戴な展開は意外と少なく,覚悟した割には泣けませんでしたが,いい作品でした。

この映画鑑賞は,実は先日さくさんに借りたプロジェクタを持ってのものでした。なんと,出掛ける前に体重計で量ったら,4.8kg。それを持って,映画の後彼の家まで。この日はたこ焼きパーティでした。

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メタファー思考

瀬戸賢一 1995. 『メタファー思考――意味と認識のしくみ』講談社,210p.,650円.

一応,メタファー=隠喩も研究テーマの一つにしている私。まあ,メタファーに限らず言語表現について,地理学のできる範囲では考えていきたいと思っているが,日本人によるこの手の本は今まで読んでいなかった。本書の著者の瀬戸賢一さんは『空間のレトリック』(海鳴社,1995)という本も出版されていて,『レトリック感覚』や『レトリック認識』を書いている佐藤信夫さんと並んで,言語学を専門としない地理学者には読むべき存在だと思う。
しかし,私はポール・リクールの『生きた隠喩』とかデリダの論文とか,難しいところに手を出して,これらの恐らく分かりやすく書かれているだろう著書には触手が伸びない。これはあくまでも好みの問題と,食わず嫌いな問題だ。でも,先日祐天寺margoのイヴェントの前に立ち寄った,隣の古書店で,この講談社現代新書に入っている本書が100円で売っていた。この日は荷物を軽くするために,本を持参していなかったし,この位軽い本だったら買ってもいいかなと思ったり,3章構成の1章が「空間のメタファー」にあてられていたので,買ってみることにした。しかし,この食わず嫌いはそれなりに正しかったようだ。普通だったらこの厚さだったら1日ちょっとあれば読めるのに,この本は3,4日かかってしまった。確かに,日本語と英語を使って,豊富な事例を語源とともに提示する,非常に説得的な本だし,かといって論理的な誤りも犯していない。字義通りの意味を無批判に仮定して,その上でメタファーを二次的な意味と主張するわけではなく,でもだからといってリクールやデリダほど懐疑主義者にはならないような,前提を自らに課しているだけだ。私にとって本書が読みにくい一つの原因は,新書というスタイルにあるのは確かだ。本書ではしつこく本文中に文献を示すのは避け,参考文献を巻末にまとめている。だから,議論をしているというよりも,解説しているという雰囲気で,読者と一緒に考えるのではなく,読者を説き伏せるような書きっぷりがやはり私には苦手である。
一緒にしてしまうのは失礼だが,やはり佐藤信夫さんの本も読まないんだろうな。

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幸せな日

10月4日(日)

秋の長雨が続いておりますが、土日はちょっと汗ばむいい天気。7時前に出勤の恋人を見送って、二度寝。というのも束の間で、8時半に電話が鳴るが切れる。ちょうど寝入ろうとしたところで起こされたので、再び布団にもぐりこむが眠れず。いい天気で涼しいのでジョギング日和。ここのところ3週間連続で日曜日は走っています。この日はいつもの3kmコースから外れて1km弱ほど距離を伸ばす。それからは洗濯・掃除と家事をこなして午前中を過ごし、たまっていた日記と、読み終わった本の感想文を書き、blogを更新。お昼は前日に焼いたパンとコーヒーだけのランチ。13:40の電車に乗って祐天寺まで。

祐天寺margo 橋本 歩ボストンより帰国記念『土産話とライブとワイン。~橋本 歩 帰って来ましたが!』
チェロ奏者橋本 歩さんには昨年7月の私の誕生日イヴェントに出演してもらった。すると、「私、9月から1年間ボストンに留学するんです」と旅立っていった。歩さんの場合はライヴ本数がジャズの人ほど多くはないと思うが、自身のair plantsもようやくCDを発売し、活動も活発になっていたし、もちろんその他、ジャンルを問わずさまざまなひとから声を掛けられ演奏していた。そんな多忙な日々のなか、着々と(?)準備を重ね、2008年9月以降の予定を断って旅立って1年間。ボストンでインターネットが接続された頃に一度だけメールの交換をしたが、その後はメールを出しても返信がなかったのでそれきりだった。そろそろ帰国するかなあ、と思った7月にメールを送ると、1ヶ月くらい経って返信があった。私のメールの内容は、帰国直後はあまり予定が入らないだろうから、何か企画しましょうか、的なもの。歩さんの返信には「ボストンの記憶が失われないうちに、たくさん撮った写真を見ながらお土産話をする、みたいな報告会をしたい」とのこと。
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結局、その企画の主体は歩さんだったが、「一緒に方向性を考える」という形でお手伝いすることになった。会場のmargoはオーナー夫妻と親しいということで、歩さんが手配したもの。9月の中旬にそこでワインを呑みながら写真を見せてもらって、ああでもない、こうでもない、とブレインストーミング。お店側としてはやはり演奏もしてほしいということで、私がちょっと前から打診していた、ヤマカミヒトミ(通称hitme)さんに決定。事前に3人で会う機会はなかったが、2人は2人でまずは会って呑んで、前日にリハーサルをして、という感じで準備が進む。私がやったことといえば、当日会場でPCから白い壁に映写するためのプロジェクタを借りてきたことと、告知文を作成し、予約者メールの対応をしたこと。結局、告知は歩さんのblogとhitmeさんのblog、そして私のblogとお店のホームページ。それだけで、15人限定のうち、13人の予約者を受け付けることができた。
当日は14:30にお店で集合ということで、私はちょっと早めに着いたらお店の掃除とかをしていたので、隣の古書店をのぞいたりしていたら、お店の前にタクシーが止まり、歩さん登場。さすがにチェロとマックブックを持つと重いですよね。2日前に会った時とは違って、髪の毛も綺麗にセットされていて、化粧もバッチリ。さすがです。いろいろうだうだ会場セッティング。結局、進行はその場の雰囲気に任せます!というのは歩さんらしい。しばらくするとhitmeさんも登場。ミュージシャンを陽の光の下で見るとけっこう印象が違います。お客としていくライヴでは味わえない、ミュージシャンと一緒にすごすこのゆるやかな雰囲気。以前は終演後に居残って、出演者とうだうだとお酒を呑む機会もたまにはありましたが、それでも終電が気になりますからね。なかなか演奏モードにならない歩さんにちょっとhitmeさん苛立ちを感じたようで、私が声をかけて楽器のセッティングと音出し開始。トークも特にしゃべることをきちんと決めていないが、演奏の方もそう。歩さんがアメリカで撮影してきた車窓風景の動画を見ながら、即興であわせるというリハーサルをやってくれました。これがもう素晴らしくて鳥肌立ちます。特にお客さんがいない店内は音の響きが良く、お腹に響きます。至福の時間。でも、お客さんが入ったら入ったで、音の響きは柔らかくなり、それもまた素敵なんですけどね。
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開場予定時刻の16時前になるとポツポツとお客さんが来たりしたので、こちらもゆるやかになんとなく開場。私はmargoのマリコさんからお金を預かって、受付開始。やはりお店の外は蚊が多く、いきなり刺されます。一人ひとり顔と名前を確認しながらの受付はとても嬉しいんです。この日も私のイヴェント常連のTOPSさん、ライヴ自体久し振りというサカウエ君、そしてこのblogにたまにコメントをくれるbritt君。他にも歩さんライヴの常連さんや、なかにはmargoの常連さんと思われる人の姿もあります。そして、hitmeさんが声をかけたベーシストの磯和太郎さん、歩さんが声をかけたアコーディオン奏者の森 英治さん、そしてなんとも感激なのが歩さんと仲の良いヴァイオリニストの岡村美央さんがいらしたのだ。前にも書いたかもしれないが、岡村さんは竹仲絵里さんをはじめ、矢野まきやSHUUBIなどの女性シンガーのバックで登場することも多く、またブルーハッツのメンバーでもあり、昨年のハシケンバンドでは、歩さんとhitmeさんともご一緒している。しかし、自身のホームページを持たずいつどこで出演するかも分からないし、ファンとして彼女に対面できる機会は滅多にない。とううことで、歩さんから美央さんが来るかもしれない、と聞いてからはドキドキで受付をしていたのだが、まさか本当にやってくるとは。この日一番の緊張。ステージ上の美央さんは、どちらかというと男的要素を含む衣装が多く、大体帽子をかぶってクール。そして、演奏は「カッコいい」。しかし、普段着の美央さんはやはり破れたジーパンははいていましたし、帽子もかぶっていましたが、全体的にはかなり女性らしい服装。そして、なんといっても小さくて細い。歩さんも小柄ですが、美央さんはそれにまして細いのです。改めて、この体からあのダイナミックな演奏が出てくるというのは驚きです。結局、来なかったのは阿部美緒さんだけでした。会場は中央に机を置き、その上に椅子を置き、その上にプロジェクタだったので、お客さんは肩を寄せ合って座る。森さんにいたっては、margoのまきじさんが拾ってきたという古い幼稚園の椅子にちょこんと座っている。そんな穏やかムードで始まります。ちなみに、margoのまりこさんはオレゴンで暮らしていたこともあるらしく、オレゴン産を含む米国産ワイン、そして歩さんがボストンで飲んでいたボストンビール「サミュエル・アダムス」、そしてボストンといえばクラムチャウダーということで、まりこさんお手製のクラムチャウダーとワンドリンク込みという会でした。
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お客さんはほぼ開演時間には集まったので、10分遅れほどでスタート。まずは私と歩みさんが前に座り、挨拶。気の利いた挨拶も多少考えてはいたのですが、ほとんどのお客さんは歩さんのことをよく知っているようなので、早速歩さんを紹介してまずは写真&動画を観ながらのトークショー。私は補足説明を促すような質問や合いの手を入れながら進行。スライドショーができるところまで準備はしていませんでしたが、写真はテーマごとに整理されていて、まずはボストンの紹介と、ニューヨーク旅行も含むアメリカ生活のお話。まだ17時前なので陽の光がプロジェクタ上映の妨げにならないか心配でしたが、さくさんから借りたやつは重いだけあって強力な光で問題なし。ひとしきりおしゃべりした後でhitmeと私が入れ替わる。楽器をセッティングしている間にクラムチャウダー登場。もちろん、天然酵母のmargo自慢のパンもついています。ただし、私も出演者の一人なので、おあずけ。お客さんの空き瓶などの片付けに回ります。そして、歩さんのチェロとこの日はアルトサックスだけでしたがhitmeさんのデュオ。PCの映像と、キーボードの上に置いた簡単な譜面を見ながらのほぼ即興的な演奏。もう一曲は既存の曲でしたが、もうなんというか、本当にこの雰囲気だけでしか味わえないような音を聴かせてくれました。やはりお客さんが入って音はまろやかになり、久し振りに聴く歩さんの音色は自然と体のなかに入ってくる不思議な感覚。とがったところや違和感が全くないんですね。そして、2人のコンビネーションが抜群。サックスのみのhitmeさんも久し振りで、時には豪快で時には繊細で。サックスという楽器を感じさせずに、音そのものが体に吸収されます。楽器の組み合わせとしては難しい2つのようですが、本当に全く違和感はなかったと思います。こういう自由さがたまらないんですよね。こういう時ばかりは本当にライヴ通いの蓄積が結実して、今この場を共有しているんだな、ってしみじみと感じます。客席のなかには私と同様に、頻繁にライヴに足を運んでいるような人も少なからずいて、同じような思いをしてくれていたら嬉しいな、と思う次第。
そうそう、歩さんの話のなかでは、なかなか日本ではお目にかかれない、米国を中心に活躍しているミュージシャンとの出会いが登場しましたが、私以上に洋楽ポップスやジャズに詳しいお客さんからの反応や、補足説明などもあったりして、そんなところもこういう会ならでは。そして、今回は告知文のなかに「司会と受付」として私の名前も載せてもらい、このblogのURLも掲載していたのですが、お客さんのなかではblogを読んでくれていた人もいて、私にも声を掛けてくれる人が多かったのも嬉しいことでした。途中に休憩を挟んだものの、歩さんの予定通り、トーク7に演奏3くらいの割合で、19時には終了する会となりましたが、中身の濃いイヴェントになったのでは、と自負できます。演奏も曲数からすると、4,5曲で決して多くはありませんが、決して気軽く聞き流せない貴重な演奏でした。
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私がプロジェクタの撤去などをしている間に帰られてしまったお客さんもいましたが、皆さん本当に満足そうな顔で、しかもトークと演奏だけでなく、クラムチャウダーとパンへの絶賛の声も多数。告知文にも書いたとおり「五感全てを満足させる」会になったのではないでしょうか。
終演後は出演者に森さんと、若干1名のお客さんを加えて軽い打ち上げ。というか、私たちのクラムチャウダータイムです。ちょっと余ってしまったようで、私たちはお代わりをいただき、パンも2切れ。そして、ランチタイムに余ったパンケーキもいただき、私は栗のパウンドケーキもお土産用に購入。TOPSさんからはまたまたコーヒー豆と漬物をいただき、歩さんからのボストン土産は「OBEY」という名前で活動しているイラストレーターShepard Faireyのステッカー。歩さんやhitmeさん、森さんの音楽に対する姿勢などについても話を聴けて、21:30位まで赤ワインもボトルで呑んだりしてのんびりと。とても贅沢な時間でした。お店を出て、なぜか皆で歩いて中目黒まで。歩さんとhitmeさんは「じゃあ、私たちは」といって、夜の街に消えていきました...


10月5日(月)

翌日は雨に戻ります。この日は4月以降ライヴ活動をしばらくお休みしていたariさんの復帰ライヴということで、出演者多数のイヴェントでしたが、出演順が最後ということもあって聴きに行った。退社後、一時帰宅して食料を買いだしに行ったりして、のんびりと吉祥寺へ。LONLONの地下のうどん・そばやで軽い夕食を食べてstar pine's cafeへ。

吉祥寺star pine's cafe ari
お酒を解禁したので、ギネスビールを呑みながら席を探す。どうやら入った時に演奏していたのは3組目でまだ1曲目だった様子。なんと、その前の2組は高校生バンドだったらしい。この3組目の3人組も冴えない感じでしたが、けっこう曲数やっても時間通り、トリのariさんへ。
グランドピアノに座るariさんはすっかりショートヘアに。「私は髪が伸びるのが早いので、バッサリ切ることにもなんの抵抗もないんです」といいつつ、「お休みしている間、新しい作詞家さんと出会い、新曲を作ってきました」と2曲。これが今までの曲たちとは随分雰囲気の違う、それでいて名曲。いやあ、やはりariさんの歌声には癒されます。これはすっかり陳腐になってしまったこの言葉による分かりやすい褒め言葉ではなく、本当に眠気とか、疲れとか、そういう頭のなかに蓄積しがちな何物かが、すっきりと晴れていく、そんな感じなのです。この日も渡邊勇人さんとのデュオ。前日も来てくれたサカウエ君とariさんの演奏の前に合流していたので、そのまま一緒に帰る。彼がトイレに行っているうちにariさんと挨拶。「作詞家が違うと曲の雰囲気も違うでしょ?」と他人事のようにいうのがariさんらしい。すっかり元気なようで一安心。今月は九州にツアーに行って、12月にもstar pine's cafeで演奏するということです。

前日、サカウエ君は知らない間に帰ってしまっていたので、帰りの電車で久し振りにゆっくりお話しする。まあ、人それぞれいろいろあります。

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10月です(タイトルに困る)

10月2日(金)

この日は講義を終えてさくさんちへ。日曜日のイヴェントで使うプロジェクタを借りに行く。御礼として、彼の家の最寄り駅でお昼のお弁当を買っていって、一緒に食べる。現在フリーランスで活動している彼は締め切りを抱えた業務がいくつかあるということで、30分ほどでお暇し、私は新宿へ。このプロジェクタが思ったよりも重い。

新宿武蔵野館 『白夜
吉瀬美智子という女優は以前に、ウェブのインタビュー番組『Talking Japan』に出演していて気になっていた。急速にテレビ界では人気になったようだが、ようやくスクリーンで彼女の姿が観られるというので、観に行った。出演はEXILEの眞木大輔と2人のみ。フランスのリヨンで出会う2人。そのまま半日を過ごすというだけの物語。明らかに、リチャード・リンクレイター監督の『恋人までの距離』と類似している。そのほとんど対話だけで押し切る2人劇であるこの実験的な作品に、こんな素人俳優を使った日本映画が敵うはずはない。いきなりの始まりが、とある橋で佇む吉瀬演じる女性に対し、眞木演じる男性が、「日本人?」と語りかけるというシーンだ。もう、あまりにも陳腐であまりにもバカ男。しかも、このクールそうに見えた女性も望みのない不倫相手を追いかけて勝手に追いかけてきたというバカ女。しかも、こんな2人劇では他に進展もみえない。終わり方もそれ以上何もなし。よくこんな映画作るよな。
さくさんに借りたプリンタを、桜上水でリハーサル中の橋本 歩さんに手渡して私は帰宅。夜に会場の祐天寺margoで試写を行い、苦労の末に投影できたとのこと。

10月3日(土)

講義後、吉祥寺へ。

吉祥寺バウスシアター 『リミッツ・オブ・コントロール
ジャン・ジャームッシュ監督作品。彼の作品はあまり得意ではないが、今回は工藤夕貴が出演するというし、ストーリーらしきものが予告編からも期待したので観ることにした。イザック・ド・バンコレという黒人が主演。暗殺者と思われる彼はスペイン語をしゃべる男にある仕事を依頼されてスペインに行く。いく先々で出会う人とマッチ箱を交換しながら情報を集め、次の指示に従って行動していく、というストーリー。ティルダ・スウィントンやガエル・ガルシア・ベルナルなどと同じように、主人公への連絡役として工藤夕貴も登場する。台詞は少なく、音楽も控えめだが、その分映像のスタイリッシュさが際立つ作品。結末にあまり捻りはないが、それなりに楽しめます。でも、淡々としすぎて、何度か数秒意識が遠のいた。

新宿に移動。ここでは15時からインストアライヴだが、この日は12月6日の横浜Thumbs upでの竹仲絵里ライヴのチケット発売日。イープラスの先行予約で外れ、講義後にファミリーマートに駆け込んだが、ぴあ分も売り切れ。最後の望みをかけたいのだが、インストアライヴの開始時間と同じ15時が電話予約開始。まあ、幸いHMVの近くに公衆電話があったし(私は携帯電話を持っていない)、ライヴの方もそれほどお客は多くなかったので、15時キッカリに電話をかける。当然のように話中。1曲終わるごとに電話をかける。3回目でようやくつながり、電話予約分最後の1枚をゲット。よかった。

HMV新宿タイムズスクエア店 ハセガワミヤコ
ということで,新しいアルバム『夜』を発売したハセガワミヤコ。実は妊娠していて12月のライヴでひとまずの産休に入るが,ミヤコちゃんとも仲の良い戸田和雅子さんの場合とは違って,今までもライヴをし続けていたし,12月もけっこうあるようです。まあ,人によって体調は違うということですね。やはり見た目も胸の辺りから下腹部にかけてかなりふっくらとしているミヤコさん。この日も旦那である入倉リョウ氏とのステージ。歌も今までどおり力強い。そして,今回のアルバムの曲たちはけっこう私好みだ。本人も「これまでで一番等身大の自分を」といっていたのはよく分かるような気もする。彼女の場合は,結婚や出産が作品制作にも間違いなくプラスになることでしょう。最終的にはけっこうな人だかりでしたが,さすがに集まった人の多くはCDをいち早く購入していたため,サイン会に並ぶ人はそう多くなく,私も5番目くらいに並べました。まあ,彼女のライヴに足を運ぶことは他の熱心なファンに比べてかなり少ないが,意外にお客さんとして他の人のライヴにきている彼女には会ったりして,顔を合わせる機会は多いので,顔は覚えられている。しかし,名前を言うのはサインの時ぐらいなので,やはり今回も覚えてはいない。しかし,「ナルセです」というと,「そうそう!ナルセアツシさんだ。」といって,「あつしさんに」と名前を入れてくれた。無事に元気な赤ちゃんを産んでほしい。

私は早く帰宅したが、パンを焼くので時間を費やしてしまった。

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秋の長雨と中秋の名月(注:内容とは無関係)

9月27日(日)

この日は予定は夜のライヴだけで真昼間まで家で過ごす。でも,ライヴは17時開場なので明るいうちに家を出る。

代官山LOOP 一十三十一
今回のライヴはカヴァーアルバム『Letters』発売記念。正直,カヴァーアルバムは好きではないし,一十三十一と曽我部恵一という組み合わせがイマイチな気がして,買う気がしなかったが,シュガー・ベイブと大貫妙子,山下達郎ってところは彼女の得意とするところだし,初めて一十三十一を観た時に若かりし聖子ちゃんを思い起こしたように,松田聖子も入っているし,荒井由美もある。それに今話題の酒井法子に尾崎亜美が楽曲提供した曲や,なんと浜田省吾まで。選曲がいいし,このライヴ終了後にサイン&握手会もあるというので,前日に購入したら,これがかなり素晴らしい。ということで,テンションも上る。ちょうどこの時は,ポール・オースターの『ムーン・パレス』という小説が面白かったし,開場から開演までの1時間もスタンディングということは辛いが退屈はしないだろう。
さて,今回のアルバムは曽我部プロデュースということで,久し振りにいつもどおりではないバンドメンバー。レコーディングに参加した伊賀 航さんはライヴには参加できなかったけど,ギターの長久保さん,キーボードの横山さん(一十三十一さん曰く「ヨコチン」),そしてドラムスのオータコージさん,という編成。曽我部さんもゲスト出演ということで出てきたが,2曲コーラスで参加しただけ。前にナオリュウさんのレコ発のオープニングゲストとして出演した時には50分ほどの独壇場などもやった人なので心配しましたが,ちょっと安心。長久保さんはカリフラワーズで知っていたが,器用なギタリスト。そして,オータさんは激しい演奏という印象でしたが,この日はドラムセットにジャンベを加えたアコースティックセットで,体の動きは激しいながらも,ソフトなタッチでとてもよかった。今回の『Letters』からはほとんど演奏し,その他のオリジナル曲はいつもとあまり変わらない選曲でしたが,やはりバンドが変わると新鮮です。とてもいい感じのステージでした。ライヴでは初披露の曲ばかりということで,緊張感のあった一十三十一さんでしたが,さすがに宇多田ヒカルの曲は覚え切れなかったようですね。あれは難しいです。でも「リベンジします!」といっていたので,またやってくれるでしょう。ちなみに,このアルバムのなかで一番好きです。本編はいったん修了。アンコールで出てきて,「そういえば,『Letters』からまだやってない曲がありますよね」と開場中を見渡し,私のところに彼女の視線が来たところで「浜田省吾」とつぶやくと,「そう,浜省です!」といって歌いだすシーンもあり,感激。
終演後もけっこうすみやかにサイン会に移行し,サインをいただく。久し振りに少しですがお話もできて,疲れてはいたけど満足して帰路につきます。

9月30日(水)

雨模様でしたが,ライヴのため高田馬場まで。土曜日にフリーライヴがあったが,アン・サリーさんのコンサートで行けなかった竹仲絵里ちゃんと,自身のイヴェントには行ったものの,本人の曲があまり聴けなかった広沢タダシが比較的小さなライヴハウスに出演するというので行ってみた。

高田馬場club phase
ほぼ時間どおりの開場。私のチケットの整理番号は悪くなかったが,お店売りのチケットが優先ということで,時間どおりに集まった客のなかでは最後の方の入場。それでも,意外に椅子が出ていて,3列目をゲット。周りの会話を聞いていると,結構他の出演者目当てのお客さんで,ここphaseによく来る人も多かったようです。そんな人たちも,椅子が出ていたのにはビックリ。予想ほど前売りが売れなかったのでしょうか。で,結論からいうと,竹仲絵里と広沢タダシは人寄せパンダ的な扱いのようで,オープニングアクトも含め6組でしたが,1組6曲なのに,この2人は5曲。こういうイヴェントもあるんですね。しかも,2人は最後から2番目と3番目。オープニングから,3組のステージを我慢して聴かなくてはなりません(目当てに来た人ごめんなさい)。ここでは出演者の名前とその評価を書くのは遠慮しておきましょう。ともかく,6曲が長く感じます。
竹仲絵里:メジャーデビュー以前はよくここに出演してたとのことで,コロムビアからのデビューが決まって,初めてディレクターがライヴを聴きに来たのがここだったといってました。この日は1曲一人で弾き語り。2曲目からは小林健樹さんを迎える。そして,なんとこの日は健樹さんのピアノだけで「ガーベラ」を歌う。それだけで来た甲斐がありました。たまにしか歌わないところがこの曲のよさだったりもする。まあ,本人はそうとう消耗するんでしょう。この日の衣装はとてもシンプルなカットソーでしたが,とても素敵で,5曲だけだったけどとても満足なステージ。
広沢タダシ:一方,広沢君は一人弾き語り。母親を亡くして1週間ということで,その直前には結婚もしたらしい。こういう時に歌う「悲しみのぬけがら」を聴きたかったけど,デビュー曲「手のなるほうへ」からスタート。いつもほど親しみを感じさせない凛とした姿が印象的なステージでした。こちらも5曲でしたが満足。
後一組残っていましたが,気持ちよいこの時点で会場を後にする。

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「東京生音生活」番外編

今回は私の企画というよりは,昨年の誕生日イヴェントに参加してくれたチェロ奏者,橋本 歩さんの帰国報告イヴェントをお手伝いさせていただきます。
歩さん好きな人は是非いらしてください。予約は私の方で承ります。

橋本 歩 ボストンより帰国記念
『土産話とライブとワイン。
~橋本 歩 帰って来ましたが!』

日にち:2009年10月4日(日)
時間:開場16:00,開演16:30
会場:祐天寺margo
料金:3,000円(軽食と1ドリンクがつきます)
http://www.margo3020.com/

出演:
お話とチェロ:橋本 歩
http://www.ayumi-daga.com/
演奏(sax and flute):ヤマカミヒトミ
http://hitomimi.exblog.jp/
司会と受付:成瀬 厚
http://geopoliticalcritique.cocolog-nifty.com/

昨年9月から1年間のボストン留学を終えたチェロ奏者,橋本 歩さんが帰国しました。その様子は自身のblog「歩blogだが!http://ayumi-daga.sblo.jp/」や,MIDI Recordsサイトの連載「旅するチェロ・ステップhttp://midiinc.com/cgi/contents/magazine_top.php?id=9」にて,逐次報告されていました。それらの文章を愛読していただいたファンの方も多いと思いますが,帰国した本人の生声によって,この1年間の渡米生活をスライド上映とともに総括してもらう企画イヴェントです。
料理とお酒の美味しい会場のmargoが,その雰囲気をさらに盛り上げるべく,ボストン名物のクラムチャウダーと,アメリカ産の自然派ワインを用意します。そして,朋友ヤマカミヒトミ氏をお迎えしての演奏会。目と耳と舌と,五感を満足させてくれること間違いない,初秋の夕べ。お一人様でもお気軽にお越しください。ちいさなお店ですので,事前にご予約くださいませ。予約はatsu_naru@nifty.comまで,お名前と人数をお知らせください。予約が15人に達したところで受付終了とさせていただきます。

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ムーン・パレス

ポール・オースター著,柴田元幸訳 1994. 『ムーン・パレス』新潮社,443p.,705円.

何度か書いているように,私はポール・オースターにこだわっている。といいながら,ニューヨーク三部作以降の作品にイマイチ手が出せないでいた。しかし,外出先で持参した本が読み終わりそうで,書店で急遽購入したのがオースターの1989年の作品『ムーン・パレス』。手持ちのお金がなかったし,持っていたバッグの容量からしても大きな本は買えなかったというのが正直なところで,文庫版のオースター作品が未読のものはこれしかなかったという非常に消極的な理由。しかし,ニューヨーク三部作のほかに,『最後の物たちの国で』は読んでいたので,一応,長編小説はほぼ年代順に読むことになる。
『ムーン・パレス』はすでにそれに関する論文も読んでいたりしたし,前にも紹介したオースター読本のような本のなかで,本書の概要も読んでいた。全般的に,オースターに限らず,初期には哲学的・抽象的な作品を描く人でも段々ストーリー重視の具象的な作品になりがちだ。オースターもそうだということを知っていたから,とりあえず私のオースター研究書が一段落するまでは,読まないようにとは思っていたのだが,普通に面白かった。
主人公はマーコという名前だが,作品中でもマルコ・ポーロと関連付けられる。そして,彼が通うのはコロンビア大学で,作者のオースターと同じ。マルコ・ポーロ『東方見聞録』における「黄金の国ジパング」を目指したコロンブスがカリブ海に浮かぶ島を発見したわけだが,そのコロンブスにちなんだ名前の大学。まあ,そんな言葉遊びが作品中に多用されるのはオースターらしい。そして,主人公が落ちるところまで落ちるという設定も大好きだな。そして,オースターお気に入りの社会的事実は「偶然」だが,本作における偶然はちょっと度が過ぎているようにも思う。とはいいつつも,そして本書がかなり自伝的な内容を含むといえども,これだけの発想で,それを作品として結実させていくのはさすがだ。
オースターはこの後,映画製作に関わっていく。本作もストーリー展開的には映画化されてもおかしくない内容ではあるが,やはりされないんでしょう。やはり小説には小説の面白さというのがあるというのを実感する作品。

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イマイチ映画2本と,なぜかグッとこなかったライヴ2本

9月25日(金)

有楽町有楽座 『男と女の不都合な真実
キャサリン・ハイグルという女優さんが主演のラヴコメディー。ジェラルド・バトラーは最近なんだかラヴコメディー専門になりつつありますが,今回はどうなのでしょうか。平日の昼間だというのにけっこうお客さんは入っています。ところが,大分期待はずれ。ジェラルド・バトラー演じる男は彼自身のマッチョな肉体を活かした役どころで,シモネタ全開の人気コメンテイター。主人公の女性は番組プロデューサー。この男を軽蔑していた堅物女は,隣に引っ越してきた魅力的な男性をものにするために,このスケベ男に頼ることになる。そこから無意識のうちに2人は惹かれあうようになり,最終的に結ばれるというハッピーエンド。まあ,ちょっと日本では受けない感じ。

有楽町日劇 『サブウェイ123
ジョン・トラボルタ演じる男が仲間と一緒にニューヨークの地下鉄で人質を取って,ニューヨーク市長に身代金を要求する。ちょうどデンゼル・ワシントン演じる男が地下鉄の車両管理をしていて,その交渉役となる。まあ,そんないわゆるクライムサスペンスってやつでしょうか。それなりには面白いです。でももうちょっと展開に工夫がほしかったかな。

外苑前Z・imagine 鈴木亜紀
久し振りの鈴木亜紀さん。この日はベースの熊坂義人さんとヴァイオリンの向島ゆりこさんを招いてのステージ。ゲストを2人招くのも珍しいが,意外にもお客はそれほど多くなかった。久し振りライヴの亜紀さんはスペイン旅行に行ってきたらしい。いつもカツカツの生活だといいながら旅行には定期的に行っているのが彼女らしい。といっても,大抵貧乏一人旅のようだが,そうはいっても,最低限の航空券とホテル代はかかるはずだ。ともかく,今回はスペインの田舎村で開催された民謡コンテストのようなお祭りに参加してきたそうな。行政主催であるにもかかわらず,夜を徹して行なわれるとのこと。話は面白かったけど,久し振りの割には演奏にはそれほどグッとくるものはなかった。ウッドベースとヴァイオリンという編成も珍しいのに,私の状態もあまりよくなかったのかも。亜紀さんとも挨拶程度で帰宅。

9月26日(土)

この日は昼間のコンサートということで,途中乗換駅の渋谷で短めの映画を1本。

渋谷ライズX 『ライアン・ラーキン 路上に咲いたアニメーション
若くしてアカデミー賞アニメ短編部門にノミネートされたライアン。ラーキンというアニメータがいた。4本の短編アニメーションを作った後はドラッグにおぼれたりし,最終的には路上生活者となり,2007年に亡くなったという。今回はその彼の若かりし頃の作品と,2005年にホームレスとなった彼を取材し,その様子を短編アニメーションとして制作しアカデミー賞を受賞したクリス・ランドレスの『ライアン』という作品,そして彼自身を取材したドキュメンタリーフィルム。そして,死ぬ直前に復帰作品として手がけ,没後若きアニメータが作品化したアニメーションを上映。合計でも1時間に満たない。今回,ライアン・ラーキンという人物を初めて知ったと思っていたが,実はクリス・ランドレスの作品は観たことがあったのだ。というのも,下北沢にある「トリウッド」というアニメ及び短編専門の映画館があり,そこはよくカナダのアニメーション映画祭の特集を組んでいて,そのなかで数年前に観たのだ。その時はそこに登場するライアンが実在する人物とは知らず観ていたが,そういうことだったんですね。その作品も面白いんだけど,やっぱりライアン自身が20歳台で作成したアニメーションは素晴らしい。特にストーリーもなく,映像だけで勝負するものだが,一枚一枚手描きしたイラストをコマ撮りするだけの非常にオーソドックスなアニメーションだが,その自在に変わりゆく絵というのが本当に奇想天外で楽しいのだ。そして,美しい。そういわれると,近年のアニメーション作品の一部は確実に彼の影響下にあるという説明も納得できる。まあ,ともかく短命で終わった天才というのはけっこういるもんだ。

都立大学パーシモン大ホール アン・サリー
久し振りのアン・サリーさんのコンサート。今回はこのパーシモンホールが継続的にやっているコンサートがアン・サリーさんを呼んで,ということらしい。そもそも,アンさんを単独で聴くのは初めて。そして,パーシモンホールの大ホールも初めて。2階席でしたが,かなり大きいですね。ステージを見下ろす感じですが,遠いです。そして,この日は15時開演というところがこのコンサートの特徴らしく,「ゆったり」なんてタイトルがついている。そして,アンさんが2児の母ということで,でしょうか。座席を占有しない(つまり親の膝の上に乗るくらいの)子どもは無料とのこと。確かに,幼い子どもに良質な音楽を生で聴かせることの大切さ,そして幼い子どもを持つ親がなかなかそうしたコンサートに行くことができないということも理解できます。その辺はこの出演者ならではの配慮だと思いますが,その2つの要望を叶えるにはこのホールは大きすぎたのでしょう。ともかく,特に2階席は大騒ぎ。このことを書き出すと愚痴ばかりになってしまうので書きませんし,そのせいでやはり演奏それ自体に集中できなかったという私の不甲斐なさもあって,これまでのアンさんのライヴで最良のものだったにもかかわらず,私の受け取るものは最低でした。ピアノ,ベース,ドラムス,トランペット,ギター,そしてアイリッシュハープという豪華な編成で,しかし演奏家とホールの音響のおかげでうるさいなんてことは全くなく,アンさんの歌声を引き立てています。残念ながらこのミュージシャンのなかで私が知っているのはハープの吉野友加さんだけでしたが,目立つ場面も多く,ここに関しては大満足。tico moonの場合には基本的に爪弾く奏法が中心で,ハープ特有の下から上までの音階を一気に弾く奏法は滅多にない。でも,この日はそれを多用してとても贅沢な感じだった。そして,このトランペッター飯田玄彦さんはなんとアンさんのご主人。アンさんは「うちのお父ちゃんです」と紹介する辺りが愛らしく,そして夫婦仲がよく分かります。客席にはまたNUUちゃん。そして,ヤマカミヒトミさんもいらしていたようですね。私は足早に会場を後にしましたが,なんと会場の外にはベビーカーと一緒の渡辺満里奈さんが。そんなに近くでじっくり見たわけではないですが,私と同い年,今年で39歳ですからやはり年齢を感じますね。

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市川 準監督,一周忌

9月21日(月,祝)

渋谷シネマ・アンジェリカ 市川 準一周忌特集
先日も書いた理由で、25日までに市川 準特集をあと3回観なくてはならない。ということで、連休中唯一予定の入っていなかったこの日に3本立て。以前、オールナイトで宮﨑あおいちゃん主演映画を3本立てしたことはあったけど、同じ監督の作品を3本続けて観るというのは初めて。

『ざわざわ下北沢』(2000)
市川 準の名前を知る前から、この映画のタイトルだけは知っていた。主演は北川智子さんという観たことない女優さん。かなり可愛い。『大阪物語』に先に出演していて、こちらで主演になったようだ。で、最近は見ない女優さんなのでネットで調べてみたら、サッカー選手と結婚して芸能界引退。既に2児の母だそうだ。このころ21歳だったようで、相手役の小澤征悦とはちょっとつりあわない感じか。小澤君はNHK朝の連続テレビ小説『さくら』(2002)で知っていたが、映画では本作と『東京マリーゴールド』で立て続けに主演していてビックリ。以前、実家に帰ったとき、母親が彼の演技をこき下ろして以来、そういう目でしか見れなくなってしまったが、確かにイマイチだな。でも、市川作品2つに関しては、そのイマイチさが、インチキ臭い役どころにぴったりしていていいかもしれない。本作で、彼が演じる男は主人公とつきあっていながら、鈴木京香演じるスナックのママとずるずる関係している。主人公の前の恋人を痛めつけたりしているのに。
まあ、そんな2人の物語はあくまでも物語の一部分。スズナリで活躍する役者を原田芳雄が演じ、彼が入り浸るお店のママにリリィ、その他にもタウンホールの警備員で渡辺 兼、道端で出店を出している女性を広末涼子、小澤君の友だち役で中村靖日君が出いていたのは面白かった。前にも書いたけど、彼はおおはた雄一さんの友だちで、下北沢440でのおおはたさんライヴで近くに座り、ちょっと話しかけたのだ。なので、下北沢にいる彼をスクリーン上で観ると変な感じ。まあ、ともかくいろんな人がちょこっとずつ登場します。当然、スズナリの隣にある映画館、今はなくなってしまったシネマ下北沢(本作もそこで上映されていた)も登場する。なくなる前に映画館の奥のカフェでお茶をしたかった。まあ、ともかくちょうど10年位前の下北沢の様子がよく分かるようになっている映画。まったく下北沢を知らない人が観たらどんな感じかは分からないが、ざわざわして、ごちゃごちゃした街を表現する映画だからこそ、街のあちこちが断片的に、そして多くの登場人物の日常が断片的に描き出される。もちろん、前にも説明したような、単なる街のスナップショット映像も多数挿入されている。
そんな下北沢も現在揺れている。SAVE THE 下北沢という運動も形を変えて継続中のようだ。小田急線がこの区間を地下化することによって駅前開発が可能になり、それとともに数十年前に計画されたことのある道路計画が復活したとのこと。大きな道路が下北沢の中心を縦断し、駅前(駅上?)にはロータリーができるという。まあ、こんな時期だからこそこの映画をもっと活用したらいいんだろうな、と思う。シネマ下北沢改め、シネマアートンも閉館しちゃったし、そういう場がないか。やっぱりタウンホールだな。でも、単に私が知らなかっただけで、そういう上映回は既にあったかもしれない。とにかくいい作品です。

『東京マリーゴールド』(2001)
続いては、田中麗奈主演作。私も知っていた「味の素 ほんだし」のCM。田中麗奈とその母親役で樹木希林が出演しているが、なんとこの映画はほんだし発売何十数年記念企画とかで、この親子関係がそのままスクリーンに登場する。樹木希林は彫刻家役。そして、またまた登場する小澤征悦は麗奈ちゃんの相手役だ。合コンで知り合い、デートを重ねる。しかし、彼には海外に1年間行っている恋人がいる。しかし、主人公は1年限定でいいから付き合って欲しいといって、2人の交際が始まる。実は主人公はこれまでの恋愛関係の最長記録が半年だったのだ。原作は林 真理子の「一年ののち」。マリーゴールドとは一年草。劇中でこの花が登場するが、一年キッカリと約束された自分の恋愛に主人公が照らし合わせる。また、舞台が東京だというのはもちろんだが、21世紀に入ってからの映画にしては、1980年代っぽい若者の東京的生活が描かれるといっても良い。合コンの二次会でカラオケ、清潔なレストランやバー、フローリングのワンルームマンション。もちろん、『なんとなくクリスタル』的な時代錯誤感はないし、東京からそういうものがなくなったわけではないが、全体的に清潔感溢れる画面というのは、後の『トニー滝谷』に近い雰囲気があるのかもしれない。そう考えると、1999年の『大阪物語』から2001年の『東京マリーゴールド』までの3本はとても似た雰囲気を持っていながらも、大きな転換期にあるようにも思えてくる。
ともかく、私はこの映画がとても好きになった。田中麗奈の演技は本当に好きだ。ほとんど映画を中心に活動していることもあるけど、演技がとても映画的だと思う。テレビに出てしまうと、役そのものではなく、あくまでもタレント的な存在としてみてしまうし、演劇中心だとどうしてもくどくなってしまう。彼女の演技がうまいかどうかは私には分からないんだけど、ともかく、田中麗奈本人がどういう人間かはイマイチ分からない。常に彼女が演じる女性を、作中人物として観ることができるのだ。本作でも肌の露出はほとんどないが、それによって恋愛関係のリアリティが損なわれることはない。小澤君がソファーで座っている膝に彼女が馬乗りになるシーンがあるのだが、それはまさに恋人同士がするような親しさがあって、下手なベッドシーンよりもよっぽどエロティックだったりするし。小澤君の演技は前述したとおりだが、それは本作の作中人物としての不甲斐ない男性をうまく表現していると思う。本作は『ざわざわ下北沢』よりも清潔感が増しているだけでなく、抽象性が増していると思う。それこそが、市川監督の抱く東京像なのだろうか。もちろん、映画だから個々のシーンは具体性を持つロケーションなのだが、そこがどこだかはあまり特定できない。でも、やはりそこが東京のどこかであるという印象は鑑賞者に与える。その抽象性と清潔感というのは「東京」の性質として結びつくのだ。樹木希林の存在感も素晴らしいし、ちょこっとだけその旦那役で登場する寺尾 聡もいい。私の好きな日本映画として5本指に入るかもしれない。

『大阪物語』(1999)
こちらは確か、関西テレビの開局何十周年記念か何かで制作されたもの。池脇千鶴が14歳で出演する。私の両親は大阪だが、大阪の土地勘はほとんどない。主人公の両親を、かつて夫婦だった田中裕子と沢田研二が演じ、しかも夫婦漫才をしている芸人として。芸人の娘として、学校でも人気だったりからかわれたり、周りには人が多くいるが、なんとなく孤独感を抱いている少女を演じる。その両親は仲睦まじく見えるが、父親の浮気癖でいつでも離婚の危機にさらされている。映画の後半では本当に離婚してしまい、ついには失踪してしまう。その父親を娘が探しに行くロードムービーっぽい展開に。この作品では、スナップショット映像はさほど多用されないが、東京生まれの市川監督にとっては、撮影そのものが大阪観察みたいなものだから、必要ないのかもしれない。そして、本作は『東京マリーゴールド』とは対照的に、生活と都市の負の部分を多く含む作品だといえる。主人公の住む家は長屋のようで、貧乏暮らし。父親を探す主人公はその旅先で(といっても大阪内だが)、野宿をしたり。たくましくも繊細な少女を演じる池脇千鶴はさすがだ。
とにかく,スクリーンで市川 準監督作品を全部観たい。こういう特集,どんどんやってください!

9月22日(火,祝)

この日は休日にもかかわらず,恋人が休みを取って,埼玉の母親の家へ。8月にも2人でいったばかりだが,9月の母親の誕生日プレゼントを渡すために再び行く。プレゼントはデジタルカメラ。パソコンのない母親のために,写真専用プリンタもつけて。われわれは1泊して翌日まで。翌日には,お盆に帰省できなかった兄夫婦もやってくる。緊張のご対面。その前に,先日観るつもりで前売り券を買って観られなかった映画をさいたまで観る。

さいたま新都心MOVIXさいたま 『ホッタラケの島 遙と魔法の鏡
綾瀬はるかが声優挑戦ということで話題になったフルCGアニメーション。実際の人間の動きをかなり取り入れたスムーズな動きにはなっているけど,やはりその人物描写はあまり観ていて気持ちの良いものではない。でも,長時間みていると段々慣れてくるから,そのできばえは数年前とは比べものにならないのだろう。でも,綾瀬はるかとか,CGアニメとかに惹かれて観ることにしたわけではない。人間がほったらけにしたものを,地球上の異世界に住む生物たちが自分の世界に持ち込んで生活をしている,というその御伽噺的発想が気に入ったのだ。こういう発想は既に『まんが日本昔ばなし』でもあったと思うが,基本的に好きなんですよね。恋人はあまり乗り気ではなかったようですが,それなりに楽しんでくれたようす。私的にもまずまずでした。まあ,もう少し工夫の余地ありですが。

この日は母親の家のテレビで,なんと初めてスピルバーグの『E.T.』を観てしまいました。

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10月のライヴ予定

なんとなく,これぞというのが少なく,決めきれない感じ。まあ,今月は少なめにしましょうか。

10月3日(土)
HMV新宿店 ハセガワミヤコ(フリー)
10月4日(日)
祐天寺margo 橋本 歩(共同主催)
10月5日(月)
吉祥寺star pine's cafe ari/他
10月8日(木)
タワーレコード新宿店 コトリンゴ(フリー)
10月12日(月,祝)
下北沢lete 笹倉慎介
10月17日(土)
渋谷7th floor air plants(予約済み)
10月18日(日)
外苑前BMW前 casa(フリー)
早稲田スコットホール 湯川潮音/tico moon/他(予約済み)
10月21日(水)
渋谷duo music exchange おおはた雄一/中納良恵(チケット購入済み)
10月24日(土)
青山月見ル君想フ リクオ
10月25日(日)
青山プラッサオンゼ casa
10月31日(土)
吉祥寺strings maiko+伊藤志宏

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