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愛と偶然の修辞学

加藤幹郎 1990. 『愛と偶然の修辞学』勁草書房,244p.,2060円.

映画研究者,加藤幹郎氏の2冊目の著作。青土社の雑誌『ユリイカ』に書かれた文章を中心に集めたものだが,不思議な統一感がある。しかも,映画論のみならず,本書は3部構成となっていて,1部が映画論,2部は小説論,3部は漫画論とされている。まあ,映画というものが,いかにも近代的な表象形態(ベンヤミンの言葉を使えば複製技術時代の芸術)である写真に動きと物語を追加し,台詞がつき,音楽がつく,といった具合に,初期のマルチメディアといってもいいものだから,それを論じることができれば大抵のメディアは論じられるし,逆にいえば芸術的・文学的素養がないと表面的な映画論になってしまう。だから,本書でアガサ・クリスティやジェイムズ・ジョイス,サミュエル・ベケットについて,短い文章で見事に論じていたとしても驚くべきことではないのだが,やはりこの文章が30歳台はじめに書かれたというのはすごいとしかいいようがない。そして,1部の映画論が相変わらず見事なこと以上に驚くのが,3部の漫画論だ。本人はそれほど漫画について詳しくないとはいいながらも,その本質を見抜くその洞察力は非常に刺激的である。「漫画は時間芸術にほかならない」と断言し,その根拠集めに論を費やしている。ある種演繹的な論証のようにもみえるが,まあ多少のこじつけはあるものの説得的だから仕方がない。
そして,その文体は全体的に威圧的な印象を与えるのも否定できない。まあ,研究者である限り自分が正しいと思っていることしか書かないし,ましてや加藤氏ほど優れた研究者であればその自負は当然の権利でもある。しかし,やはりどこかマスキュリニティを感じざるを得ないのは,自分自身にも返ってくる批判だろうか。私も人間的には自分のことをフェミニンな人間だと思っているのに,書いた文章からマスキュリニティを感じたと聞かされた時はショックだったものだ。でも,断片的な記述が続き,それぞれの文章を関係付けようというクロスリファレンスの手法を試みた本書はその軽さとゆるさで,とても魅力的なものであることは間違いない。でも,一つだけ加藤氏に不満をいうのなら,タイトルのつけ方だ。本書はまだいい方だが,もう少し洒落を効かせた書名にしてくれたらいいかな。でも,毎回本の内容が多岐に及ぶので難しいのかもしれない。

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