« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月

外食続きの週

11月23日(月、祝)

鷹の台小平市中央公園 鷹の台bossa
西武国分寺線の鷹の台駅に隣接して小平市立中央公園がある。その線路沿いの一角を使った野外音楽イヴェントがあると、TOPSさんに教えてもらっていくことにした。はじめはイヴェントの場所が分からず、なんとなく「森ガール」の後を着いて歩いていったらなんと公園の外に出てしまった。ただのこの辺の住民だったか。すでに本編開始時間になっているので、急いで駅の方向に戻る。自分で「兎橋」を見つけるのは困難だと判断し、別のイヴェントの受付の人に教えてもらう。チラシを持っていってよかった。到着した時にはすでにコーコーヤが演奏中。
コーコーヤ:どうやら1曲目だったらしい。江藤有希さんはかなり着込んでモコモコ状態。小高い山の斜面を客席に利用して川のそばにステージを作っている。お客さんも程よく入っていていい感じです。ステージ向かって右側にはすぐ線路があり、演奏中にも時折電車が通り過ぎる。こういう場所でのクラリネットやヴァイオリンはいいですね。もちろん、音響機材は入っていますが、多分静かだったら生音でもいいかもしれない。といっても、休日の公園は多くの人で賑わっています。ちょうどこの場所は公園の端に位置していて、数ある出入り口の一つになっているため、通りすがりの人も多いです。
コーコーヤのステージが終わってランチ。途中、府中の駅前のスターバックスで持参したタンブラーにドリップコーヒーを購入し、国分寺の「キィニョン」というパン屋で買ってきたパン、そしてこのイヴェントの主催者であるここ鷹の台のスープや「Hygge」で野菜のスープを買って食事。ちょうどイヴェント会場の線路を挟んだ向かい側にそのスープ屋がありました。続いては、宮田まことさん率いるコルコバードというバンドでしたが、夫婦でやっているんですね。まあ、素人っぽさを売りにしたようなバンドだった。食べながら聞き流す。もう一つの出演者の後にsaigenji登場。
saigenji:なんと今年はじめてのsaigenji。30分強の短いステージでしたが、久し振りに聴く彼の曲は本当に自然に体のリズムに反応します。野外なので、彼が要求してくるコーラスも恥じらいなしに大声を上げる。相変わらずアンコールに応え、時間オーバー。たまには聴きにいかなきゃな。ちなみに、コーコーヤの江藤有希さんやsaigenjiとも仲の良いハシケンさんがお客さんで遊びにきていました。イノトモさんも夫婦3人でちょろっと顔を出していました。初めて聴いたらしい男性が、連れの女性に対して「サイ・ゲンジさんいいね」といっていたように聞こえた。
ここで、少し会場を離れて公園と駅前の散策。トイレを済ませて再び会場へ。その客席となっている小高い丘の頂上に登るとこれまたいい景色と、意外にいい音響。そこへ、ハシケンさんと江藤有希さんが登場。ハシケンさんは最近あまりみかけないガーゼマスクをしていて笑えます。江藤さんもマスクをしていて怪しい二人。
ショーロ・クラブ:そのまま頂上でこの日最後のお目当て、ショーロクラブの演奏が始まります。さすがにMCの声は聞き取れませんが、遠くから聴く彼らの演奏もこれまたいい感じ。
この日の予定はこれだけにして、そそくさと帰宅。

11月26日(木)

渋谷duo music exchange 羊毛とおはな
なかなかちゃんとしたライヴにいけない恋人。最近は金曜日に休みが取れるようになってきて、急遽行けるようになった、彼女が好きな「羊毛とおはな」。当然、チケットはとっくに発売されていたんだけど、ライヴ会場のduoのメールで予約したら、整理番号が16番。しかも、入場もそちらが優先でした。ということで、2列目の真ん中をゲット。ステージ上には3頭の羊がいて、ミュージシャンたちも動物の被り物をして登場(はなちゃん以外)。この日はキーボードとドラムスとベースのサポートを率いてのステージ。ドラムスは神谷洵平君です。若手のドラマーの中では一番好きかな(なんて、最近あまりドラムスの入るライヴにいってないし、若手のドラマーなどあまり知らないけど)。そして、私からは羊毛君で見えなかったベーシストはaikoや大塚 愛などのサポートで引っ張りだこの人物らしい。確かに、背が高くて顔もよいのでステージ上で映えますね。演奏については音しか聴けなかったのでなんともいえません(音だけで分かるだろ!)。かれらのライヴは3回目ですが、ワンマンできちんと聴いたのは初めて。かれら自身もオリジナル曲ばかりのアルバムを出す前ということで、大分印象が違いましたね。ワンマンということもあり、トークも長い、そしてこのゆるいトークもかれらのライヴの特徴の一つだということが分かる。ともかく、恋人も満足ということで、よかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

満員御礼ライヴ続き

11月21日(土)

池袋HUMAXシネマ 『ゼロの焦点
松本清張生誕100周年記念ということで製作された作品。『おくりびと』の広末涼子、中谷美紀、『ぐるりのこと。』の木村多江という日米アカデミー賞関連の3女優を前面に出した宣伝でしたね。広末の相手役は西島秀俊。かつては映画通の好きな作品の常連俳優だったが、最近はメジャーどころの出演が続いている。『サヨナライツカ』では中山美穂の愛人役だし、本作でも広末涼子とのキスシーンに木村多江とのベッドシーン。あまり大作には向いてない俳優だと思うんだけどな。ところで、本作の主役は広末涼子。ほとんどの登場人物が死によってスクリーンを去るが、彼女は出ずっぱり。戦後混乱期を経た高度経済成長期の金沢を舞台にしたサスペンス。一昔前の町の風景もおそらくVFX技術によるんだろうけど、なかなか高度になってきました。でも、違和感がなければないでなんか不自然なんだよな。まあ、退屈しのぎにはなる作品。

ライヴの時間までちょっとあるので、池袋東口を散策。最後は新生ペッパーランチで夕食。焼き加減以外はあまり変わりませんが、大盛りにしたご飯がかなり多かった。

池袋鈴ん小屋
伊藤サチコ企画イヴェントにはやしいとさんとwafflesの大野恭子さんがゲストということで行くことにした。いとさんとwafflesはどちらもQuinka, with a Yawnと仲が良く、かなり以前に今は全く行かなくなってしまった新宿red clothで対バンしてたような気もします。ともかく、仲の良い2人がどんな風にサチコちゃんと接点があったのだろう。まあ、音楽業界はそんなところです。開場時間すぐに到着したが、かなりの混雑。出口の近くの前の方に座ったが、まもなく満員御礼ですごいことになっていました。
はやしいと:初めてのお客には強いいとさん。強烈なトークで沸かしておくとしっとりとした歌声が際立つんですよね。でも、よりピアノも丁寧になって安心して聴いていられる。「まだまだやりたいことが山ほどあって」というなかに、音楽のことがどれくらいの割合なのか、ともかく相変わらずな感じで素敵です。
大野恭子:wafflesのライヴはもう数年聴いていないし、ソロも天窓comfort以来で1年ぶり以上かな。なんか、歌い方の印象が変わりました。か細いわけではないんだけど、どこかほんわかとした歌声が特徴の彼女ですが、時折けっこう力強い歌を聴かせるようになったと思います。ほんわかといっても、彼女のラヴソングはいつも切ない。この日は大澤誉志幸の名曲「そして僕は途方に暮れる」をカヴァー。おおはた雄一の「おだやかな暮らし」も歌いました。wafflesのメンバー2人も遊びにきてたけど、やっぱりソロの方が好きかな。
伊藤サチコ:こちらもかなり久し振り。以前は彼女がやっているネットラジオもちゃんと聴いていたんですけど、まだやってるんですね。この日のゲスト2人を招いても録音しているらしいので、久し振りに聴いてみるか。さて、ゲスト2人に対して、やはりサチコちゃんの歌声は強い。時折もうちょっと押さえてもいいんじゃないかと思ったりもするけど、気持ちが入り込んじゃうからしょうがないんだろうな。というか、それが彼女の歌う意味だから。私の席からは若干ピアノで顔の下の方は隠れてしまうけど、歌っている顔が見られる。サチコさんは歌いながら目が潤んでくるんだよね。久し振りにその迫力に圧倒された夜でした。最後のアンコールでは3人でセッション。
お客さんでUMEZY君も来ていたけど、最後までいなかったみたいでちょっと挨拶しただけ。いとさんとはちょっとお話したかったけど、子連れのお客さんと長話中だったので、挨拶だけして帰宅。

11月22日(日)

先日アップした書評原稿を書くために半日費やす。最近は地理学の本や論文も多く読むようになり、なんとなく執筆意欲が増しています。といっても、オースター本は遅々として進まないのですが、未発表の研究計画など、まとめたい意欲が出てきました。

新宿K's cinema 『ドゥーニャとデイジー
でも、映画は欠かせない。本作はオランダ映画。トルコ人の両親を持つドゥーニャと幼くして父親に捨てられたせいか、男をひっかえとっかえする尻軽なデイジーとは親友同士。イスラム教徒のドゥーニャの両親はデイジーとの関係をよくおもっていない。そのことで板ばさみにあうドゥーニャを中心に物語りは進む。オランダ映画はめったに日本にやってきませんが、たまに来る作品はいつも面白い。そして、ヨーロッパ映画のなかでは一番グローバル化の要素を取り込んでいると思う。本作でもオランダで生まれ育ったドゥーニャだが、両親の希望でトルコに住む親戚の息子と結婚話が持ち出され、トルコに新しく建てた家に戻ることになる。そのころ、デイジーは行きずりの男との間に子どもができてしまって産むかどうかを悩んでいる。対照的な2人の若い女性を通していろんなことを考えさせる作品。トルコの風景が印象深いですね。

新宿pit inn
水谷浩章さんというベーシストがいる。彼がやっているphonoliteというオーケストラに橋本 歩さんが参加しているというので聴きに行った。このオーケストラにはフルート奏者の太田朱美さんも参加しているのだが、この日はphonoliteと、もう一つ水谷さんがやっているトリオ「こめ」とが共演するというのも魅力。
こめ:水谷さんと太田朱美さんとはそれなりに長い付き合いのようだが、朱美さんが水谷さんに紹介したというピアニストが片倉真由子さん。その演奏を聴いた水谷さんは衝撃を受け、この3人でトリオを組むことになったという。お客さんに向かってもうつむき加減で礼をするような、内気に見えるこのピアニストですが、演奏はたしかにすごい。指の動きが尋常じゃないのだ。しかも、伊藤志宏さんのような力強さや荒々しさとはちょっと違う。早いんだけど、確実なリズムを刻んでいるのだ。もちろん、この日は可愛い衣装で登場した朱美さんの演奏も相変わらずすごい。水谷さんも「普段練習ってものをしない私ですが、彼女たちとやる時は頑張ります」というように、さすがの演奏。ここに少しずつこの日の出演者が加わって行きます。まず登場したのはギターを持って登場の中牟礼貞則さん。なんと同い年の女性たちと干支が4回り違うとのこと。凄い!そして、ヴォーカルの山口有紀さん。あまりくせのない美声の美女だが、いかにもジャズヴォーカリストということで視覚にも聴覚にも花ですね。そして、パーカッションの大儀見 元さんはleyonaライヴでも登場しましたね。前半のステージはそんな感じ。とにかく、一人ひとりのミュージシャンが素晴らしくて、全体として聴くような贅沢をする余裕はない。一人ひとりに注意を集中しながらあちこちを見て聴く、そんな客席の私でした。しかし、この日はそれ以外のことが大変だった。タバコです。演奏中でもお構いなしにあちこちでプカプカ。勘弁してほしいです。特に前の列の若い女性。ストラップにチャラチャラなる鈴をつけた携帯電話で時折メールチェック。待ち受け画面はミッキーとミニーかよ!そんな趣味のやつがこんなところに来るな、という感じですが、まあ私は音楽が聴きたいのでその辺は我慢するしかありません。最近は禁煙のライヴハウスも増えたので、たまにこういうことになると辛いですね。
phonolite:そんな感じで、後半のステージでようやく歩さん登場。開場時にちょこっとお会いしたのですが、マスクをしてちょっと体調が悪そう。ステージ上でも一人だけ水分補給をしながらの演奏。さすがにお酒ではない様子。水谷さん自身が今年は新型インフルエンザにかかったり、この日の他のメンバーでも別の仕事で水谷さんと一緒で集団感染したとか、この日もフルートの一人が急遽インフルエンザでダウン。MIYAという以前このオーケストラのメンバーだったフルート奏者の女性が出演しています。そして、彼女のソロ曲も1曲披露したのだが、この人のフルートもなかなか凄い。いやあ、総勢13名のオーケストラでしたが、聴くこちらも疲れる圧倒的に素晴らしいステージでした。ヴィオラとチェロはなかなか音が目立つ場面はないのですが、時折チェロのフレーズが聴こえてくると嬉しくなります。一人ひとり挙げたらきりがないのですが、私的に気になったのが、ドラムスの外山 明さん。ともかく普通のドラマーとは違います。ほとんどの時間を立って演奏しているのです。その他、トロンボーン、サックス2本などなど。
終演は23時をすぎてしまったので、朱美さんとかにも挨拶したかったけど、phonoliteの3枚目のアルバム『Still Crazy』を購入して帰宅。他の2枚もジャケットデザインも素敵で、買い集めようと思った。今度コンサートがあるときには高くても行くことにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ミュージシャンやら俳優やら

11月16日(月)

渋谷tokyo main dining 山田タマル
一度帰宅してから渋谷に出かける。渋谷に大きなカラオケビルSIDAXがあり,その1階がレストランになっているのは知っていたけど,中に入ったことはなかった。なかにはきちんとしたステージがあり,かなりの頻度でライヴをしているらしい。そこで,山田タマルさんがノーチャージのライヴをするというので聴きに行った。お店に入るとなんと,ステージ側の席はすべて予約で満席だという。しょうがないので,案内されたテラス席に座り,パスタとビールを注文。時間どおりにステージは始まります。ピアノとギターとベースのバンド編成。皆若い男性メンバーです。30分のステージを3回。ノーチャージということで,基本的にはB.G.M的な感じで,といってもメインフロアの人たちはほとんどちゃんと聴いていたが,テラスの方はステージが見えない席も多いとあって,普通におしゃべり目的で食事している人たち。私は2ステージまで聴いて行ったが,「My Brand New Eden」を除いて全てカヴァー曲。英語詩が多かったですね。ちょっとヴォーカルの音量が小さかったけど(音響的な問題で),久し振りに聴くタマルさんの歌声は素敵。ステージ近くのテーブルに坂本美雨さんとその女友だち。美雨さんとタマルちゃんは仲が良いが,美雨さんのライヴでタマルちゃんを見たことはあるけど,その逆は初めて。しかも,美雨さんの隣にはなんと,女優の鈴木 杏ちゃん。そういえば,以前美雨さんのインストアライヴにタマルちゃんがいったら杏ちゃんに会った,ってことをblogで書いていた。美雨さんと杏ちゃんは相当仲が良いらしく,写真撮影をしている時も杏ちゃんが後ろから抱きついたりしていた。彼女たちは1ステージで退席。その代わりに入ってきたのは(違う席だけど),なんとJiLL-Decoy associationのchihiRoさん。けっこう席が近かったんです。当然プライベートだからナチュラルメイク。いやいや,それでも十分にオーラが出ている美女でしたよ。そしたらジルデコblogにこの日のことが書いてありましたね。なんと,連れはdorlisさんだった。確かにこちらも美しかったけど気づかんかった...そして,やはりタマルちゃんとは仲が良かったらしい。一人であまり長居するのもなんなので,2ステージ目で帰ります。帰り際にちょうどタマルちゃんと目が合って,挨拶してくれた。彼女とももっとフランクに話したいのだが,妙に丁寧に「今日はカヴァーでしたが,こんな感じでこれからも歌っていきますので」と,政治家みたいにいわれちゃったら,「これからも応援します,さよなら」ってなっちゃいますよね。まあ,とりあえず結婚報告だけして帰ってきました。

帰りの井の頭線では、最近ヴァイオリンとのデュオalutoで活動している藤田大吾君と乗り合わせる。

11月20日(金)

講義を終えて四谷三丁目で恋人と待ち合わせ。彼女は写真の専門学校を卒業しているが,その時の同級生が写真の個展をしているということで,観に行く。さすがに卒業制作でも評価の高かったという人の写真はプロっぽいですな。新宿をブラブラ,下北沢に移動してブラブラ。

下北沢トリウッド 『九回表,晴れ。』
2人でトリウッドで映画。実はこの経営者,恋人の出身専門学校の映像コースで講師をしているらしい。でも,今回は劇場レンタルによる3日間限定の上映作品だとのこと。けっこうお客さんが多いと思ったら,出演者と監督による舞台挨拶あり。まあ,三日間ですから,できるだけいるんでしょうね。まあ,タイトル通り映画がテーマの作品ですが,もともとは舞台だったらしい。登壇した役者たちもいかにも劇団員という感じ。さて、映画は高校野球の甲子園大会で決勝まで進んだ高校のエースが主人公。高校を卒業してプロ野球入りし、6年が経つが2軍に甘んじている主人公。かつて得意球だったシンカーを投げなくなったことが原因だと周囲は思っている。しかし、甲子園決勝で負けたのがシンカー、プロ野球での失投もシンカーで、彼自身はその球を封印してしまったのだ。高卒から6年といったら、まだ24歳だ。かなり白髪の混じった主役にはかなり無理がある。それどころか、野球経験もほぼない感じ。まあ、脚本はそれなりだとしても、勢いに任せて作ってしまったというところか。撮影は府中。府中市民球場ってのは行ったことはないけど、ちょっと出てくる河川敷はかつての私のジョギングコース。最近は日本のプロ野球にも地方のマイナーリーグのようなものがあるようだが、府中にもあったらこんな感じという意味では面白い映画だったのかも。映画の設定としては、チーム自体はメジャーリーグ(あくまでも日本の)2軍の活動拠点が府中ってことだけど。まあ、とにかく1時間くらいでコンパクトにまとめてくれたら面白かったかな。映画館の外に出ると、登壇しなかったキャストの人たちもいました。
その後は茄子おやじに彼女を初めて連れて行く。そのカレーには満足な様子。そこで別れて私はライヴへ。

下北沢cco 岩﨑 愛
前回、松岡モトキさんを聴きにこのお店に来たときには禁酒中だったが、ここはワインバーということで、この日は赤ワインをいただく。さすがに400円のハウスワインはそれほど美味しくなかったが、2杯目は600円のものを頼んだらけっこう美味しかった。岩﨑 愛ちゃんのライヴは1年ぶりくらいでしょうか。久し振りに見る愛ちゃんは髪の毛の色も明るくなっていて、前髪があって、アップにして、と見違えます。一瞬多部未華子ちゃんに似ていると思った。どちらも一重かな?帰り際にそのことを本人にいったら、「誰ですかそれ」だったけど。ともかく、私が知った頃の愛ちゃんは、若いのに女捨ててる感が面白かったのに、まあ今は今でよいと思います。そう、以前440かなにかのライヴの時に、私が駅から向かうところを、彼女はリハーサルが終わって本番前に飯でもみたいな感じで、一人とぼとぼ。その漂う雰囲気がたまらなく面白かったけど、まあ、変わりますね。以前はほぼ伸ばしっぱなしの髪がギターのストラップに絡みついて邪魔そうだったけど今はスマートだ。さて、この日は予約で満席。私が最後の予約者だったらしいけど、入場順は先着順。私はカウンターに座る。満席になるとこのカウンター席が微動だにできないほど狭い。左隣の男女が食べている料理が美味そうだ。右隣の女性2人は初対面なのに、ライヴ話で盛り上がっている。そんななか、私はレポートの採点。
容貌が変わっても愛ちゃんは愛ちゃんです。以前は毎回行くたびに新曲ばかりで、ものになる曲もならない曲もやっていたが、その後CDを発売。1枚はヴィクターのレーベルから出たりして東京に移り住むようになって、とトントン拍子のようにも見えたが、今はまた自主制作でCDを発売。なんだか、自分のペースで落ち着いて音楽を楽しんでいるようす。私の知っている昔の曲も、この日が発売日だった新しい5曲入りCDの曲も歌います。ギターもかなり上手くなってとても良い演奏でした。新しい曲たちも流石です。曲と歌詞のセンスが抜群なんですよね。背伸びをしない等身大の彼女。この日は前半のゲストで、最近一緒にも活動している高森ゆうきという男性のシンガーソングライターが登場。後半はお兄さんのバンド、セカイイチのメンバーをパーカッションに、そしてもう一人ベースを加えての演奏。これもなかなかいい感じです。終演はすっかり遅くなってしまったので、私が持っていなかったCDを2枚買って、ちょこっと本人とお話して帰宅。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

レジャーの空間

久し振りに書評を投稿する予定。皆さんにはいち早く。長いです。

神田孝治編:レジャーの空間――諸相とアプローチ
ナカニシヤ出版,2009,270p.,3,045円(本体)
ISBN978-4-7795-0363-4

近年,地理学の分野でナカニシヤ出版が頑張っている。そして,30歳台半ばの編者によって,本書がその姉妹編たる『観光の空間』(神田,2009)と同時出版されたことはまことに喜ばしいことである。こういう場合は2冊を同時に紹介するのが良いのかもしれないが,紙幅を十分に活用して,別々に検討することとしたい。本書『レジャーの空間』は24章からなっており,1章につきほぼ10ページが割り当てられている。著者は各章で全て異なっており,編者も含め24人。14ページを費やした丁寧な序章で明確な方向付けがなされ,各章は基本的には全て書き下ろしのオリジナルといえる。「はじめに」のなかで,編者は本書を「レジャーについて学ぼうとする学生や一般の方の道標となる入門書」(p.ii)と位置づけており,各章の文体や議論の深さにもある程度整合が図られ,図表も綺麗に印刷され,フォントや装丁にも工夫がなされている。まずは,編者と出版社,そして著者たちに賞賛を送りたい。その上で,本書の学術的価値を評価することにも意味があると思う。学生向け,一般向けという名目の下で学問的追及の矛先を緩めていいということにはならないのだから。
序章「レジャーの空間について考える」において,編者の神田孝治は,特に「余暇」と翻訳された日本において,「レジャーとは時間に関係がある概念である」(p.3)と確認した上で,英語圏を中心に地理学のみならず人文社会科学においてなされている「空間」に着目したアプローチによってレジャーという複雑な諸相を明らかにしようとする(p.ii)。序章は,評者のような読者にとってはどこかで聞いたような基礎的な概説が続くが,基礎的な文献が適切に参照されながら論が進められているのは,良質な入門書である証拠である。本書は,近年地理学の枠を越えて注目されているとはいえ難解な議論も少なくない「空間」をキーワードとしながらも,その最先端の議論に追随するのではなく,『レジャー白書』のレジャー分類にしたがって構成され,そこで示されたレジャーの種類をできるだけ網羅するべく,24の短めの章から成っている。4つの大分類にしたがって,4部からなり,それぞれの部はそれぞれ2章セットとなった3つの下位分類から構成される。この辺りの編集方針は帯に大きな文字書かれた宣伝文句,「遊びに学ぶ,楽しく学ぶ」とは対称的に,非常に手堅く堅実な印象を受ける。
1部「スポーツの空間」は,「スポーツ空間の形成」と題されたセットのうち,佐藤大祐による1章「ヨットの伝播と受容」から始まる。本書は空間スケールの問題にも配慮がなされ,1章では西洋から明治期に日本に持ち込まれたヨットを事例に,初期の受容過程を整理している。インターナショナルな伝播は局地的な地域における受容に始まる,という議論はレジャーやスポーツに限らず地理学者にとっては馴染みのもので,本章では特別な意味で空間の概念が用いられていないように,空間的拡散の名の下に計量地理学の時代の知見だ。テニスの日本による受容というと外国人や富裕層,避暑地などを思い浮かべてしまうが,2章の井口 梓「テニス民宿観光地の形成過程」ではテニス民宿観光地として形成され,テニスの民衆レベルでの受容を促進した地域を取り上げる。本章は文献に挙げられている筑波大学の共同研究の調査データが用いられているようだが,図表を有効に用いてコンパクトで分かりやすい。第一次産業,ないし第二次産業研究で従来なされてきたオーソドックスな地域研究の方法を用いている。
「スポーツ空間の立地」というセットは,3章の呉羽正昭「スキー場の立地とその変遷」と4章の坂井康広「野球場とその立地」からなる。どちらも日本全国規模での施設の立地を量的に示したのみで,文献の参照もきちんとなされていない。続くセットは「スポーツ空間の文化」と題され,まずはメディア研究的な5章の小長谷悠紀「サーフィン文化の形成と空間というメディア」がここまでのオーソドックスな地理学的研究から一線を画す。本書には地理学者のみならず,本章の小長谷氏のような観光学や社会学,民族学,都市史という分野の著者が含まれているのも特徴である。本章は雑誌記事を中心とした分析で興味深くはあるが,空間の概念が非常に曖昧であり,「空間メディアとしての作用結果」(p.66)といわれても説得力はない。6章の神田孝治・杉本育美「ランニングとジェンダー」の前半は文献研究によるオリンピックなどの競技種目における女性の扱いの歴史が辿られる。後半は本章のタイトルから期待されるような近年の一般市民とランニングと女性ランナーについて興味深い論点が提示される。しかし,近年の女性ランナー向けのランニングイベントを「空間創造」と呼ぶのみで,空間の視点はほとんど抜け落ちている。
2部は「趣味・創作の空間」と題され,7章の吉田道代「オタクのレジャー空間としての秋葉原」は本書のなかでも珍しく,著者自身のこれまでの研究とは関係なくオリジナルデータを用いて論じている。しかし,安易な現地観察とアンケートを整理したという印象は否めない。支配的な秋葉原のステレオタイプを強化しているだけではないか。8章の山口 晋「ストリート・アーティストによる空間創造とその管理」は自身のこれまでの研究成果を手際よくまとめたもの。ようやく権力などの議論が登場してくる。
続くセット「創作空間と近代社会」は日本の近代歴史研究による2章。9章の長尾洋子「文化実践としての芸能と空間の生成」は最近『人文地理』に掲載されたばかりで本文には文献として挙げられていないが,自身による調査を利用したもの。明治期から大正期にかけての富山県における「越中おわら節」をめぐるさまざまな主体間の政治性を描く。10章の田保 顕「戦場で漫才を観る」は日中戦争期に戦地に派遣されたお笑い芸人「わらわし隊」の実態を報告する。どちらも興味深い題材で,10ページという紙幅の限界を感じる。
「趣味・創作空間と地域」と題されたセットには女性著者2名が連ね,自身の近年の研究成果を手短に整理している。11章の宮本結佳「現代アートの空間形成と担い手の活動」として,安藤忠雄が設計に参加して有名な香川県直島におけるベネッセによる開発を取り上げている。しかし,本章では概説的な説明に終始しており,もう一つ突っ込んだ議論がほしい。12章の木村オリエ「男性退職者による地域サークル活動への参加プロセス」は貴重な調査結果をコンパクトにまとめている。
3部「娯楽の空間」は編者が著者の一人として含まれ,編者と親しい同年代の地理学者が名を連ねているせいか,異質な印象を与えていはしないか。例えば本書の読者が大学生や教養を身につけようという社会人だとする。かれらが思い抱く,あるいは実際に行なっている「娯楽」とはなんだろうか。本書で取り上げられるのは性風俗施設,競艇場,外国人女性のいるパブ,そしてテレクラだ。もちろん,評者自身同世代の同じ分野の研究者によって,自分が知らない事柄を知ることができた。それと同時にそうした社会における異質なものに対するまなざしに関する議論をも同時に学んできた。しかし,本書で後者に関する議論を詳しく学ぶことができるだろうか。その場合,こうした読者に馴染みのない空間に対して,読者は覗き見趣味的な興味を克服することができるのだろうか。
そういった意味において,13章の加藤政洋「貸座敷の成立と機能分化」は読者への配慮を忘れない。地理学においてはこの種の研究の第一人者だといえる著者は,まず近代期における性風俗関連施設であっても,それは現代に生きるわたしたちの生活と無縁ではないということを,「空間レンタル」という切り口から教えてくれる。コンパクトな文章も流石だ。一つだけ注文をつけるならば,4節のタイトルの「系譜学」は単なる「系譜」でよかったと思う。13章と同じセット「娯楽空間の形成」に含まれるのは14章の寄藤晶子「公営ギャンブル場を中心に生成する社会空間」であり,異質な3部においては重要な役割を占めていると思う。しかし,自身の既出論文の抜粋のような印象が否めないのは残念。
続くセット「娯楽空間のイメージ」には編者自身による15章「花街と遊郭の立地とイメージ」が含まれるが,こちらは自身の研究報告の要約であることが明示されている。しかし,この分量での圧縮は情報量が多すぎて一読では内容が整理できない。また細かいことではあるが,ハンチントンの環境決定論が当時の優生学的な思想に影響を与えたというような説明は簡潔すぎはしないか。続く16章の阿部亮吾「フィリピン・パブ空間の神話と構造」もやはり自身の既出論文を利用したもの。そのタイトルはボードリヤール(1979)の『消費社会の神話と構造』を想起するが,本章には引用されていない。神話についてはロラン・バルトを引いて説明されているが,空間構造についての考察はなく,「場所性」概念で置き換えられるが,この概念も節のタイトルにだけしかない。
「娯楽空間の管理」のセットにおいて,17章の青木隆浩「盛り場の多機能化と青少年の排除」は,特定の場所の事例研究が続くなかで,法律を中心とした一般論を展開する。18章の杉山和明「「出会い系メディア」が創出する空間と社会的規制」も前半は自身の既出論文の紹介。後半はサイバースペース化する近年の動向を追加しているが,それを単純に「リージョナルからナショナル(グローバル)への拡張」(p.198)としてしまっているところが残念。サイバースペース内部にも空間分化はないのだろうか。
さて,この3部で取り上げられた娯楽の分野は,女性の性の商品化を含んだものであったり,中年男性に特化したものであったりするのに,ジェンダーやセクシュアリティに関する議論がほとんど登場しないのは奇妙という他ない。あからさまな性差別的現象に対してはその種の議論をする必要はないのだろうか。
最後の4部は「観光・行楽の空間」と題され,編者による説明では「ゲストとホストの関係性」(p.201)の考察も含まれているとされる。まずは,「観光・行楽空間の形成」のセットにおいて,19章の砂本文彦「国際リゾート地の整備と国際観光ルートの形成」が日本における1930年代の国際観光政策を概観しているが,これも自身の著書の概要のようだ。20章の奥野一生「テーマパークの立地と展開」は議論としては本書において異質。編者による15章で環境決定論が時代精神的な思想として批判的に登場するのに,ケッペンの気候区分や太平洋ベルト地帯といった教科書にしか登場しない概念を用いて,テーマパークの立地を説明するのは強引ではないか。
続くセット「観光・行楽空間の変容」では,まず21章の須藤 廣「日本人のハワイイメージと観光パターンの受容」が日本人によるハワイ観光の歴史を概観する。ここまで,触れてこなかったが,本書には各章の最後に「1.考えてみよう,2.調べてみよう,3.まとめてみよう」という読者に対する演習問題がついている。多くの章では差し障りのないことが書かれているが,本章ではかなり高度な問いかけがなされている。この回答については著者自身による同じ出版社の著書に詳しいのかもしれないが,その部分に関する考察も本文に加えるべきだったように思う。22勝の内田忠賢「レジャーランドの近現代」は,近代期,高度経済成長期,現代と5箇所のレジャーランドを紹介しているが,本章には参考文献がひとつもなく,新聞雑誌記事からの長い引用をつなぎ合わせて構成した付け焼刃的な印象が否めない。
本書最後のセットは「観光・行楽空間におけるゲストとホスト」と題されているが,ゲストとホストの関係の考察は希薄である。23章の荒山正彦「植民地観光とその記録」は1931年,日本による統治下の朝鮮と満州を18日間の日程で日本人団体客が旅行した記録『鮮満の旅』の分析である。1999年に発表された論文の続編を期待したが,本章はそのおさらいでこれから面白くなろうというところで終わってしまっている。24章の上江洲 薫「沖縄における海水浴場の形成と観光開発」は最後の章になるが,冒頭の諸章と同様のオーソドックスな地域調査の報告となっている。編者が「レジャーの空間」というタイトルに込めた意図をくみ取るならば,フィスク(1998)が「ビーチの記号論」で展開したような大胆な分析がなされれば面白かった。また,姉妹編が『観光の空間』であるにもかかわらず,4部の各章はほとんどが観光論を展開していたように思う。『観光の空間』はこれから読む予定だが,4部ではむしろ観光と行楽との区別をつけ,観光概念では捉えられない行楽に焦点を当てるべきではなかったか。
丁寧な序章に対し,最後は索引と著者紹介文があるだけで,本書は終わってしまう。果たして,編者の目的はこの24章で達成されたのだろうか。レジャーとは一種の文化的活動である。地理学においても「文化論的転回」という言葉がみられるようになり,編者は同出版社から文化地理学のテキスト(中川・森・神田,1996)を記している一人であり,積極的にその新しい方向性を進めていると評者は認識している。しかし,本書の各章でカルチュラル・スタディーズなどを意識したものは僅かであり,またその主たるテーマである人種,階級,民族,性差などが全面的に登場する場面も僅かだった。また近年の文化地理学の大きなテーマの一つに「景観」があり,レジャーの空間にとっても景観は重要な要素だと思われるが,景観論はほとんど含まれていなかった。一方で地図は比較的多く使用され,2,8,12,13,14,16,24の各章では評者が期待するような「空間」のあり方を示す有効な表現手段として機能していたと思う。
学問的興味を離れても,本書を身近に感じる場面は多くはなかった。評者にもまがりなりにも余暇があり,都市内部に立地している映画館,ライヴハウス,カフェやレストラン,バー,ブティックや雑貨屋,書店やCDショップ,ギャラリーや公園などを利用している。私が身近に感じているこれらのレジャー,しかもどれも空間的な要素を有するものばかりだが,どれ一つとして本書には登場しない。時折自宅の近所をジョギングする身でもあるが,6章では論じられていないのような空間に関するテーマはいくつか思い浮かぶ。
ここまで指摘してきたように,すべての章は書き下ろしの文章ではあるが,その多くが著者自身による既存の研究の概要的なものであった。ここではそれを批判的な含意をこめて指摘してきたが,入門書である以上,批判すべきことではない。評者も実際過去に読んだそれらの論文を読み返したく思ったり,初めて読む著者に関しては,その元になっている論文や著書を読みたく思ったものもある。さらに学びたいと思った読者はさらに進めばよいのだ。
最後になるが,入門書には何を期待すればよいのだろうか。単に未知の事実を知ることだろうか。それとも,事実の解釈の仕方を学び,読者の身近な事実の判断に当てはめる術を学ぶのだろうか。あるいは,実際に卒業論文や学術研究を志そうとする読者が実際の調査・研究の手順を学ぶのだろうか。そして,本書は大学講義の教科書として使用可能であろうか。半期15回が基本なのに対して24章。序章で1回,1回の授業で2章1セットで12回,残りは演習などを利用した学生参加型の回を挟めば,『観光の空間』とセットで1年間行なえるのかもしれない。

文  献
神田孝治編(2009):『観光の空間――視点とアプローチ――』ナカニシヤ出版.
中川 正・森 正人・神田孝治(2006):『文化地理学ガイダンス』ナカニシヤ出版.
フィスク, J.著,山本雄二訳(1998):『抵抗の快楽――ポピュラーカルチャーの記号論――』世界思想社.
ボードリヤール, J.著,今村仁司・塚原 史訳(1979):『消費社会の神話と構造』紀伊国屋書店.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

USBメモリはみつかりました。

ということで,改めて日記更新。

11月13日(金)

前日から恋人の台湾の友人が泊まりにきていて、だからというわけじゃないけど、この日はわが家でアフタヌーンティーパーティ。恋人がよくやっているお菓子作りを他の人にも食べてもらおうということで、もう一人、やはり恋人の友達を呼んで、わが家でお茶をします。私も講義を終えてすぐ帰り、調布で待ち合わせて3人でランチ。そのまま歩いて帰宅し、もう一人のお客さんを待ちます。なかなか私の友人で平日の昼間に空いている人はいませんが、わたしたち夫婦を含め4,5人で昼下がりにお茶をするってのもいいですね。この日は洋ナシのタルトとカボチャプリンの2品。紅茶も3種類用意し、フレーバーティとハーバルティをストレートで、アッサムをミルクティでいただき、お腹一杯。
20091118_001
2人が帰った後、一寝入りして私たちは渋谷に出かける。軽く一杯のつもりが沖縄料理屋でけっこうお腹一杯に。結婚のお祝いいただいちゃいました。Afternoon Teaのミルクパン。早速これでミルクティを入れる。
20091118_002
渋谷ユーロスペース 『代行のススメ
公開初日で観たレイトショー『TOCHKA』と同じ日程で2週間限定上映の作品。主演は藤間美穂という女優だが、その父親役の山田辰夫氏も準主役級にスクリーンに映っている。そう、『おくりびと』にも出演していたちょっと強面の個性派俳優、山田氏は本作を最後に亡くなってしまった。そのせいもあって、製作者側にもかなり思い入れがあるようで、公開最終日にも出演者3名に監督の舞台挨拶があった。まずは作品の上映。主人公の女性は産休の先生の代わりに期間限定で小学校の担任教師に。その任期が終わる日に結婚したばかりの夫から離婚届を渡される。山中 崇演じるいい加減そうな男は過去の女とヨリを戻して離婚。主人公はことごとく自分の「代理」人生に嫌気が差し、実家の田舎町に戻る。その実家では両親が代行業者を営んでいる。タクシーとは違って、自分の車で呑み屋に行ったお客をその車と一緒に自宅まで届けるというシステム。私も10年以上前に岡山で初体験して衝撃を受けた。あれは1997年に掲載された論文の内容を発表した学会だから1995年か1996年だったと思うが、岡山大学で学会があるというので、学生時代に仲の良かった、岡山の実家に戻った女友達に連絡してみたのだ。すると、その子は単に会うだけでなく、学会にまでついてきて私の発表を聴いてくれた。学会の1日目が終わると車で岡山案内をしてくれて、そのまま飲み屋へ。車はどうするんだろうなと思ったら、代行を呼んで、そのまま帰宅。またまたついでに彼女の家に泊めてもらう。翌日も午前中のプログラムが終わると車で倉敷へ。なんとも奇妙に楽しんだ学会だった。
まあ、そんな話はおいておいて、映画だが、ともかくのんびりしたペースで淡々と物語りは進み、でもいろいろな出来事も起こる。山田氏は終始言葉少なで微妙な父親像を見事に演じる。これだけ彼の演技を集中して観るのも初めてかもしれない。いやあ、やっぱり他には代理の利かない貴重な俳優だったと思う。そして、その最期として相応しい作品だったと思う。上映終了後のトークショーで、奥さん役を務めた円城寺あやさんが指摘していたが、同じアングルのシーンが物語の進展にあわせて何度も登場するという構成で、それが非常に効果的だった。家族での食事のシーンや早朝のウォーキングのシーン。家族の変化、主人公の心情の変化がうまく画面で表現されていると思う。監督は1975年生まれの山口 智。長編は初めてのようだが、なかなか渋い映画を撮ります。今後にも期待。
終映後のトークショーだったので(しかも最終日)、外に出ると、壇上に上った人たちがお客さんと話しています。スクリーンのなかとは違ってばっちりメイクとよそ行き衣装。女優オーラを振りまいています。そして生で見られて嬉しかったのが、後半で主人公と良い仲になっていく男性を演じる佐藤貴広君。そう、『茶の味』で主人公の男子中学生(高校生?)を演じていた彼だ。彼ももう25歳なんですね。顔は若く見えますが、長身でナカナカ良い男です。特に本作では、一見ちゃらちゃらした感じだが、実はピュアだったりする(最後の台詞は衝撃的!)、そんな役どころがぴったり。

11月15日(日)

この日は埼玉県草加市にある獨協大学で観光関係のシンポジウム「ツーリズムの先へ」があるというので出かける。数年前に読んだ『the tourist』の著者、マッカネル氏が来日して基調講演をするというのだ。招待された外国人研究者も多く、そのなかには文化地理学者カレン・ティルも含まれていた。8:20発の電車に乗ったら、10時からの午前の部に余裕で間に合った。午前中は米国人1人と日本人3人の報告。日本人の一人は鎌倉の鶴岡八幡宮の歴史を通じ、歴史的な観光資源のあり方を問う。日本の古い宗教としての神道は明確な形を有せず、その後渡来した仏教の影響下で、いわば雑種的な形態として発展した。しかし、明治期のナショナリズム高揚下で神道から仏教的要素を取り除き、純化しようとする。その過程において、鶴岡八幡宮にあった仏教的施設は取り払われる。つまり、外国人観光客の多くも訪れる、この歴史的な場所は明治期に大きく変容したのだ。次の米国人はラスヴェガスの話。もともと荒涼とした砂漠にできたこの都市の景観は奇妙な人工物からなるが、そのほとんどが「nature」や物質性・身体性を観光資源として利用しているという報告。近くには核爆弾の実験場もあり、そのキノコ雲もが風景の一部となっているという点は面白かった。3番目の報告は日本の農村におけるグリーンツーリズムの展開についてだった。群馬県の6地域の調査が基礎になっているが、成功したものとしないもの。それをハーヴェイの場所論と関連付けて論じていたが、結局成功と失敗の分かれ目がどこにあるのか判然としなかった。勝ち組があれば必ず負け組みが出るということなのか、単なる担い手の努力の問題なのか、それとも偶有的な要素によるのか。発表の仕方は伏し目がちでちょっと自信のないような人だったが、質問に対する回答のなかで、かつては役人としてグリーンツーリズムを推進する立場だったが、その後研究者に転じて現場の大変さと上からの指導に踊らされる現場というさまざまな問題を見てきて、自分なりにどうにか改善に向けた方策を見出したいという姿勢に納得した。4番目はタイ北部の焼畑中心の農村における近年エコツーリズムの展開についての報告だった。日本人だったが、発表は英語。英語だったがかなり理解しやすい。ツーリストという外部が村落にやってくるのは好ましくないが、外貨を運んでくるということにおいては産業の一つとして効果的である、ということで外から付与された自らの地域イメージを戦略的に用いて、観光産業を成立させるという事例。質疑応答に対する姿勢も誠実で好感の持てる研究者でした。でも、質疑応答は日本語。
お昼は学内の食堂は休業ということで近くのスーパーに太郎君と一緒に買出し。会場の小会議室の外にテラスがあり、そこでランチをいただく。午後はオーガナイザーの獨協大学教授と、外国人女性研究者2名によるセッション。1人目はスライドで写真を見せながらのなかなか凝った構成。戦争遺物を観光資源としたような事例を精神分析的に捉える。2人目が文化地理学者のカレンさんによる発表だったが、けっこうダラダラと長く、だんだん英語を聞き取る集中力が枯れていき、訳が分からなくなる。カレン氏はイーフー・トゥアンの教え子らしく、私も持っている『the texture of place』という論文集の編者の1人になっていた。ドイツの博物館の研究を続けているらしく、今回も戦争や惨事の記憶をテーマにしたような芸術家の試みについての報告だった。このセクション最後の報告は、やはり戦争の記憶を有する沖縄が事例。日本の教育の一環としての修学旅行の旅行先として選ばれることになる沖縄。彼の発表も英語だったが、とても分かりやすく、ウィットに富んでいてさすがオーガナイザーと納得。でも、3つもこうした悲惨なテーマを聴くと気が滅入ると同時に、こんな極端なテーマが3つもそろって聴けるという奇妙さも感じたりして。
しかも、私が聴いた最後の基調講演である、マッカネル氏の報告も似たような内容だった。といっても、一番内容を把握できなかったのがこの報告。そもそも私が辞書なしで読んだ『the tourist』も大半はよく意味が取れなかった。研究論文は大抵スマートに書かれるものだが、著書となるとけっこう余計な部分が多く、ダラダラとしかねない。まあ、今回の報告内容もそんな感じ。配布された資料には、今回の発表は「観光の倫理」のようなテーマによる著書の一部をなすと書いてあったからそんな感じか。しかも、かなり高齢ですしね。会場では、以前研究会で一緒だった、高岡文章君に会う。彼は福岡女学院大学に就職したので、会うのはそれ以来だ。何も立場の変わらない近況報告は後ろめたい..
結局、太郎君と一緒に帰りの電車に乗ることにした。彼は北千住から日比谷線に、私はそのまま半蔵門線直通で渋谷まで。初めてこの電車に乗りましたが、北千住から渋谷まで50分。まあ、若干遠回り感はありますが、この日のように眠たい身にはちょうどよい。渋谷についてリンガーハットで値上げした長崎ちゃんぽんをいただく。以前は380円くらいだったと思うが、今は550円なり。なんでも、野菜を全て国産にしたらしい。たまに食うと美味しい。

渋谷cabotte
ちょっと早かったが、18時過ぎにcabotteに到着。当然のように1番のりでしたが、出演者3人がいて、マスターは不在。挨拶をしているとマスターがやってきてcasaの2人は食事のために外出する。この日の対バン佐奈枝さんは実は会うのが3回目。小伝馬町のカフェでのcasaライヴにお客さんできていたが、ちょうど帰るときに一緒になって、美宏君を媒介してちょっと言葉を交わした。その翌日、今度は中目黒でばったり会ったのだ。私はvice versaのライヴに行く途中。彼女は当日参加のつもりで楽屋に行ったら予約でいっぱいということで断られたとのこと。casaがいなくなった店内で2人でいろいろ世間話。すると、今度は梅原ヨシヒロさんがやってくる。ヨシヒロさんもシンガーで自主企画イヴェントにcasaを呼ぶような仲。私の企画イヴェントにもお客さんでやってきてくれた。高円寺のSTAX FREDというお店でよく演奏しているということで、佐奈枝さんとも親しい様子。ということで,しばし3人でまたまた雑談。ほどなくしてお客さんも集まりだし,15分遅れで佐奈枝さんが歌いだすころにはほぼ満席。
佐奈枝さんの方が一方的にcasaを好きになって聴きに来ただけではない。casaの方も佐奈枝さんの歌を気に入って,今回はここcabotteに呼んだのだ。まあ,そんな話を聞いていたから,期待せずにはいられません。彼女は一見若くて可愛らしい感じだが,実際はけっこうやさぐれているらしい。日記を読んでもちょっとひねくれているし,けっこう引き篭もっているらしい。歌もそんな感じでギターをポロンポロンしながらゆるーりと低音で歌う。数十年前にあったようであまりないスタイル。期待以上に良いです。もちろん,歌詞世界も独特。これで弾き語りを初めて1年程度というからすごいのかもしれない。ただ,技術的に向上すればより良くなるようなタイプの音楽でもないと思うし,実生活との関連の方が大きいのかもしれない。そんな彼女が素敵な恋人を見つけてハッピーな毎日を過ごすようになったらその音楽はどうなるのだろうか。
casaが歌い始めるころにはさらにお客さんが増え,本当に満席になった。夕紀子さんも上機嫌で,しかもこの日初披露の新曲が2曲もあり,気合が入っています。いつにも増してMCも調子が良いですね。もちろん,新しい楽曲たちもさらに多彩になって,というよりは2曲とも作詞作曲が美宏君というから頑張っています。ということで,特筆することなし。素晴らしい2組のライヴでした。
私も上機嫌で,21時過ぎには終わったので,フランス産のピーチリキュールなどをいただきながら出演者たちと楽しいおしゃべり。あっという間に22:30になってしまい,急いで帰ると既に恋人は帰宅。連絡もしなかったので心配させてしまいました。ごめんなさい。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

地図出版の四百年

京都大学大学院文学研究科地理学教室・京都大学総合博物館 2007. 『地図出版の四百年――京都・日本・世界』ナカニシヤ出版,133p.,2940円.

本書は京都大学総合博物館2007年春季企画展に合わせて制作されたものであり,京都大学の地理学教室(日本最古の地理学教室だ)と総合博物館,および付属図書館などに所蔵された地図を一堂に集めた展示会のカタログも兼ねていると思う。もちろん,その作業には多くの人の手がかかっていると思うが,それに文章を執筆したのは金田章裕氏と上杉和央氏。金田氏はまさに京都大学地理学教室の顔であり,最近退官されたらしい。一方で,上杉氏は私と同世代の若い研究者。彼が本書を送ってくれたのだ。
正直いって,地理学者が作る地図の本はあまり面白くないのが常だ。江戸時代の地図については,山下和正 1996. 『江戸時代の古地図をめぐる』NTT出版,が十分に楽しませてくれる。ちなみに,山下氏は建築家。しかし,本書は非常に面白かった。日本で出版された地図に限定していたので,テーマが絞れているし,副題にあるように,蒐集された地図も,京都図,日本図,世界図に限定している。3つもあるのは多すぎるかもしれないが,私のような地図の専門家でない読者にとってはこのくらいのヴァラエティはちょうど良いと思う。そんな3種類の地図を含むので本書は以下のように,4部構成となっている。

Ⅰ京都図の出版
Ⅱ日本図の出版
Ⅲ世界図の出版
Ⅳ近代地図とアカデミズム

序章とⅠ章は金田氏によるもの。正直いって,京都の地理に詳しくない私にとっては細かい地図の年代特定などはあまり興味がないがそれなりには楽しめた。私のような読者が楽しめたのは,やはりⅡ章以降を上杉氏が書いていることに起因しよう。やはり京都大学の地理学教室は歴史が強く,上杉氏や,やはり同年代の米家泰作氏などは私にはなかなか理解の難しい歴史研究をしているのだが,その先にある含意は私の研究と相通じるものがあるようで,お互いに好意を抱いている。
本書には,京都図,日本図,世界図が含まれているが,これはどれも結局は広義での「世界図」なのだ。長い間日本の中心であった京都。その時代においては,山で囲まれたその地域が京都人にとっての全世界だったに違いない。そして,鎖国の江戸時代。やはり海に囲まれたこの日本が世界の中心であり,全世界であった。そして,もちろんヨーロッパからやってきたマテオ=リッチの世界地図によって,日本でも狭義の世界地図が作成されるわけだが,その前に紹介される,仏教的世界図がとても面白い。曼荼羅という観念的な世界図を持っている,インドを発祥とする仏教だが,それを現実の空間に当てはめた,インドを中心とした世界図が存在するのだ。もちろん,日本で描かれているものにはインドの東の端に日本列島が存在する。もちろん,それは時代的にヨーロッパからやってきた近代的な地図と並存するのだ。
本書は文章だけでなく,地図の印刷や装丁もとてもキレイに仕上がっている。最近はナカニシヤ出版がとても頑張っている。たまには東京にも営業に来てくださいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

USBメモリ紛失

blog用の日記は大抵職場で昼休み中に書くが、そのデータはいつもUSBメモリに入れて持ち運んでいる。それが現在紛失中。13日のことは見つかってから更新します。

11月14日(土)

この日は朝から素敵なライヴがあって、情報が来るなり予約したのだが、なんと朝10時から。後日、そういえば土曜日の朝10時って、講義真っ最中じゃないか!ということで、泣く泣くキャンセル。どういうライヴかというと、根津の「りんごや」というギャラリーにて、辻 恵子さんの個展が開催中。その最終日前日にライヴイヴェントを行うということで、出演者が扇谷一穂さんとachordion。ライヴ演奏の2人のことを私が好きなのはこのblogの読者ならご存知ですが、辻 恵子さんも最近好きになった作家。恋人に連れられて、新宿のコニカミノルタプラザにて「エコとアート」的な展示を観に行く。その辺にある紙を素材にしたアート作品の展示で、気になったものはいくつかあったが、辻さんの作品は非常に素朴で、名前を覚えて帰った。
その後、今年の誕生日ライヴのために何度か谷中ボッサに通っていると、なんとその辻 恵子さんの作品集(といっても、安価な絵本の類だ)があり、購入する。なんでもその辺に住んでいて、お店の人と仲良くなったそう。まあ、そんな感じの私の好きな3組が一堂に会するということで、あまりにも惜しくなって、ライヴには間に合わないけど、とにかく展示を観に行くことにした。ライヴ後だったら扇谷さんとachordionの2人にも会えるかもしれない。
到着したのは11:30すぎだったが、ちょうどライヴが終わった様子。achordionの木村君とは目が合ったけど、ライヴ客でごった返しているので、私はひとまず谷中ボッサまで歩いていって、ランチをいただく。この日のキッシュはカボチャ。付け合せのサラダには柿の薄切りとドレッシングも柿。なんでも、知り合いが大量に送ってきたのだと。コーヒーは入荷したばかりというエチオピア(だったかな?)。ともかく、全てが季節を感じさせる素敵な味だった。私が1番に入ると、次々と一人客が3人。私が店を後にする前には2人の男女。そりゃ繁盛しますよ。基本的にごじゃれたカフェとはいえ、コーヒーにランチに500円以上、コーヒーに400円以上かけないけちな私ですが、こういう馴染みの店ができると値段は関係なくなりますね。ちょっとお手すきの合間を見計らって、お店のご夫妻ともお話をしてお店を後にします。
徒歩1分くらいで、scai the bathhouseという銭湯を利用したギャラリーへ。本当にこのギャラリーは好きだ。展示されているのはせいぜい10点くらいなのだが、いつも刺激を受ける。展示されている作家は年齢も国籍もこだわらない。この日はジュリアン・オピーという1958年生まれの英国の作家。非常にデジタルな雰囲気の作品で、展示されていた何点かは実際に縦方向に回転したモニターが展示されていて、作品のなかでカラスが飛んでいたり、花やアクセサリが風になびいたりと動きがある。まあ、ともかく彼のサイトで実際に作品を確かめてもらいたい。CDジャケットなども手がけているらしいので、おそらくどこかで見たことのある画風だ。
そのまま根津方向に下り、りんごやに到着。店内はお店の人以外誰もいない。「荷物を置いてゆっくりご覧ください」というので、お言葉に甘えてゆっくり観出す。店内にギターが置いてあったので、辻さんと出演者でお昼でも食べに行っているのだろう。辻さんの作品を説明するのも面倒なので、ホームページを参照してほしいが、ともかく切り絵です。なので、展示しているのはまさに切り取ったものと切り取られたものの現物が額縁に入って飾られている。いくつかのものは透明な板に挟まれているので、その影も一緒に楽しめる。油絵とは違って、基本的には現物と複製との違いはあまりないが、やはり実物を観るのは楽しい。辻さんはいくつかの本の表紙デザインも手がけているようで、それもまた素敵だ。田辺聖子さんの作品も2つほど手がけている。いくらゆっくり観ても戻ってこないので、お茶とケーキをいただくことにした。ゆっくりお茶をしていると辻さんだけ戻ってくる。持っていない作品集を購入し、サインをいただき、いろいろお話をさせてもらった。音楽も含めてかなり活動範囲が広く、人のつながりを大切にしている人であることが分かる。残念ながら、ミュージシャンたちは戻ってこなかった...

まあ、いつまでも待っていても仕方がないので渋谷に移動。ライヴの予定時刻まで2時間半。映画を観るか、献血をするか。結局、都合のよい時間で観たい作品がなかったので、献血ルームへ。新しくできたハチ公前のこの献血ルームも1周年を迎える。前回までは土日に来てもそんなに混雑していなかったが、この日は成分献血の待ち人数が8。まあ、時間はたっぷりあるので、待つのを覚悟で受付したが意外にスムーズに採血できた。献血ルームでもドーナツやハーゲンダッツのカップアイスなど食べてこの日は食べてばかりですが、軽くラーメンを食べてライヴ会場へ。

渋谷duo music exchange 流線形
またまたスタンディングで開場から開演まで1時間。整理番号が27番だったが、各プレイガイドで同じ番号を発行するのが最近の事情。今回は流線形ライヴで初めてヤマカミヒトミ氏が参加するということで、きちんと場所を考え、2列目を陣取った。1時間経つのも辛いのに、やはり20分おしでスタート。まあ、今回は覚悟をしていたので怒りはこみ上げませんでしたが、本当にどうにかして欲しい。今回は新しく発売されたアルバム『ナチュラル・ウーマン』でのヴォーカリスト比屋定篤子さん、前回の『TOKYO SNIPER』のヴォーカリスト江口ニカさん、そしてその前の作品の曲を歌うために呼ばれたやくしまるえつこさんの3人。流線形とはクニモンド瀧口氏のソロ・ユニットだが、この日のバンドは総勢10名。もういちいち名前は書かないが、クニモンド氏ともう一人がギター、キーボード、なんと松任谷由美のツアーに参加していたというドラマー、ベースは千ヶ崎 学さん、パーカッションはハピネスレコードの人、サックスがヤマカミヒトミさん、トランペットが島 裕介さん、コーラスが男女2人で、女性は古賀夕紀子さん。レコーディングメンバーとは若干違っていますが、それはそれで豪華なメンバー。私の後ろの男性2人客の1人は自らフルートを弾く人らしく、ジャズのライヴがどうのこうのとずーっと連れに一方的に話をしていた。クニモンド氏が、「私はサラリーマンですから滅多にライヴはできないのです。」といったから、バンドメンバーの多くも半分素人だと思ったらしい。「素人にしちゃ上手すぎる」なんてこといってたよ。まあ、ともかく豪華バンドでいいグルーヴですね。前回はmotion blue yokohamaで2部制入れ替えだったので、短いステージでしたが、今回は入れ替えなしの2部制。1部ではまず比屋定さんと江口ニカ。2部ではやくしまると比屋定さん、という構成。ダブルヴォーカルというのはありませんでした。コーラス隊は一番奥だったので、途中で引っ込んだりはしませんでしたが、ホーン隊は出ずっぱりではなく、特に島さんの出番は少なかった。なんだかんだで、終了は22時をすぎていましたが、曲数はそんなに多くないと思う。今回はクニモンドさんの話が長かった。ステージ上で島さんもうんざりな様子。
さて、今回のCDで初めて比屋定さんの歌声を聴く。確かに透明感のある声で、沖縄チックな雰囲気は感じず、シティポップを目指す流線形にもぴったりだと思う。しかし、逆にいうと癖がなさすぎてちょっと物足りなく感じた。しかし、素朴な衣装で登場した比屋定さんでしたが、歌いだすと非常に存在感を増します。豪華なバックバンドにも全く負けないヴォーカルで素晴らしかった。でも、やっぱり自身のオリジナル曲の方が歌声が映えるんだろうな、と思いながら、今度上京してプラッサオンゼなどでライヴがある時には行ってみようと思った次第。
江口ニカさんは相変わらずですが、『TOKYO SPIPER』発売当時は大学生という設定だったので、クニモンド氏のふりにちょっと困った様子。意外にアドリブに弱いんですね。そして、今回は歌詞をしっかり見て、間違いはなし。やはり他人の、しかもこんなに大勢のバンドでは迷惑はかけられませんよね。そして、初体験のやくしまるえつこ。彼女は相対性理論というバンドのヴォーカリストだが、誰からかちょっと裏話を聞いていたりしたので、かなり眉唾もので見守る。ステージ上では全く表情を変えず、音楽にも乗らず、カワイコちゃん口調でぼそぼそ歌う感じ。全ては彼女自身の演出なんですね。まあ、好きにしてくださいという感じ。終演後に発泡酒を飲みながら、知り合いの出演者が誰か出てこないかと待つが、誰も出てこない。なんだかんだで4時間近く立っていたが、なんとか終演までは腰が痛くならなくて良かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

近代世界システム1

イマニュエル・ウォーラーステイン著,川北 稔訳 1981. 『近代世界システム――農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立Ⅰ,Ⅱ』岩波書店,250+298p.,2170+1900円.

私は一時期,ウォーラーステインの著作にはまったことがあった。それは,1996年に卒論の一部であった女性雑誌『Hanako』に関する論文を『地理科学』に掲載する際に,社会学者のピーター・バーガーの議論を参考したことに発する。バーガーの議論はマルクス主義的な商品論を土台としていて,ルカーチ『歴史と階級意識』より分かりやすく,物象化に関する議論を展開していたのだ。当時,私は「場所の商品論」なる議論を展開していて,より理論的な根拠付けを必要としていたのだ。そんな時に,「万物の商品化」という章を含むウォーラーステイン『史的システムとしての資本主義』を読んだ。ウォーラーステインの名前は知っていたものの,どれも分量のある本ばかりでどこから手をつければという感じだったが,岩波現代選書に収められた『史的システムとしての資本主義』は非常に薄く,しかしながら十分に刺激と知識を得られるものだった。
その論文をとりあえず片付けた後に,なぜか私は修士論文でグローバル化の問題を扱うようになり,思い切って当時新刊として翻訳された『脱=社会科学』を読んでみたのだ。その本は本当に面白かった。ウォーラーステインが議論の基礎としているマルクス,およびブローデルの話が世界システム論との関連で詳しく説明され,しかも最先端のシステム論として,新たに自然科学の分野での複雑系の議論を組み込んだものだった。次いで,原題を「geopolitics and geoculture」という『ポスト・アメリカ』については,当時地政学研究もかじっていたこともあって,書評まで書いた。ちょうどその頃,やはりウォーラーステイン理論の発端である『近代世界システム』もそのうち読まなきゃと思い,原著の1巻が岩波現代選書として2巻本で出版されていたのだが,古書店でみつけた2巻目を購入して持っていた。しかし,2巻だけ1冊で購入したのがよくなかった。古書店では基本的に2冊セットでおいてあったし,バラで売っていたものを喜び勇んで購入したら同じ2巻だったってこともあった。ようやく,最近Amazonのマーケットプレイスを思い出して購入した次第。でも,今となっては自分の研究に直接役立てるというよりは,講義で話をしているヨーロッパの歴史への基礎的知識を得ることを求めて読み始めた。
ウォーラーステイン議論が,既存の歴史学的実証研究を土台としているのは知っていたが,ここまで引用が多く,ところによっては引用の組み合わせで成り立っているようなものだったことには少し驚いた。そして,訳者の解説にも書いてあったが,ブローデルからの引用の多さ。確かに,世界システム論自体はマクロな視点からしか成立しないようなものだが,本書の具体的な記述は非常に細かい。といっても,原著には引用ミスなどが非常に多く見られるらしいが。しかも,もちろん彼が参照している具体的研究は専門的な歴史研究が多いので,登場する史実は私のような歴史に疎い読者には馴染みのないものが多く,それらをうまく記憶し,頭のなかで構成するのが難しい。そして,思ったよりもその「近代世界システム」という枠組みが明確ではない。確かに,私が読んだ彼の著作の20年前に本書は書かれているので,彼のシステム論自体が進化しているのだろう。そういう意味では,本書の時点での彼のシステム論がどのようなものだったのか,そんなところに興味がないでもない。
本書を第1巻とする「近代世界システム」シリーズは当初4巻本として想定されていたものの,実際には予定していた構成とは異なってきて,現在まだ3巻までしか出ていないらしい。でも,名古屋大学出版会から2巻,3巻ともに翻訳が出ているので,また少しずつ読んでみたいと思う。そして,同時に本書にも何度も登場するブローデルの『地中海』も読める日が来るといいなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日帰り名古屋

11月7日(土)

新宿武蔵野館 『サイドウェイズ
数年前に日本でも公開された米国映画『サイドウェイ』は私も劇場で観て気に入っていたが、アカデミー賞で脚色賞を受賞した。ポール・ジアマッティという渋い俳優が主人公ってところが地味で素敵な作品でしたが20世紀FOX製作により、日本でリメイク。しかも、監督も米国人チェリン・グラック。でも、単独の監督作品は初めてのようですね。助監督や、日本映画の米国撮影箇所などで仕事をしてきた人らしい。そして、脚本は日本人の上杉隆之さん。私と同じ年で郵便局員を辞めて脚本家を目指し、テレビを中心に仕事をしながら長編映画は初とのこと。こういう人の存在は励みになります。
基本的なプロットは本家と同じだったようですが、リメイク版を観ても、オリジナル版は思い出さなかった。主人公は冴えない独身中年男性って役どころで、当然日本では小日向文世という適任者がいる。日本でのリメイク版ですが、舞台は米国ワイナリーめぐり。男2人旅のお相手は生瀬勝久。それに絡んでくる女性2人も日本人俳優。男2人と過去に関りのあった女性を鈴木京香が演じ、その親友役に菊池凛子を配する。申し分のないキャストですね。特に映画によって向き不向きのあると思っている菊池凛子ですが、今回は私好みどんぴしゃり。彼女はシリアスな役よりこういう軽めの役のほうがいいと思う。『恋するマドリ』もよかったな。そして、本作で特に彼女の演技的なところでよかったのは言葉。設定は米国に住む日本人。流暢な英語とたどたどしい日本語がまったく違和感ない。そして、鈴木京香もよかった。最近『ぼくとママの黄色い自転車』など、いまいち彼女の役どころが冴えなかったけど、こういう役どころこそ適任ですね。単なるキャリアウーマンじゃつまらないし、強くありたいんだけど、どこか弱さと寂しさを併せ持っている、そんなところが絶妙でした。もちろん、男性2人も素晴らしいです。生瀬さんは本当に好き勝手に暴れまくり、小日向さんは相変わらず一歩踏み出せない中年男。でも、こだわるところはこだわりがあって、最後には怒りを爆発させてしまう。おそらく、彼の役どころには脚本化自身が重ねあわされている。そして、研究者としてなかなか認められない私も彼に自分を重ね合わせます。私も映画のなかの彼のように、どこかで怒りを爆発させたい。一応、ロードムーヴィってことで舞台は広範囲に及びますが、登場人物が少なく、会話が中心の非常にミニマルな作品。なのに、無駄な部分がほとんどなく、上手くまとまっています。こういう作品大好き。

11月8日(日)

この日は人文地理学会の学術大会が名古屋大学で開催されていて、座長の依頼がきてしまったので、行くことにした。人文地理学会の大会は基本的に西日本で開催されることが多く、大阪や神戸だったら断っていたと思うが、名古屋だったので行くことにした。土曜日は講義があるし、1泊するのもいろいろ面倒くさいので、日帰り。往復新幹線が2万円なり。当然、今年の4月にあった研究会のように交通費は支給されません。私が座長を務めるのは最後の2組なので、16時前だったが、せっかくなので無理のない程度に早めに行く。いつも通りの6時起きで8時前に家を出る。当然新幹線はのぞみの自由席。ガラガラで快適。ちょっと寝て、ちょっと論文を読み、ちょっと自分の原稿の見直しなど。
10時半には名古屋駅に到着。以前に名古屋大学に来たのは何年前だったか覚えていないが、新しい地下鉄が開通し、名古屋大学前という駅がある。地下鉄を乗り継いで、11時前に大学に到着。午前中も2つほど発表を聞く。昼休みは大学内のファミリーマートでパンでも買って、と思ったら古今書院の太田君に声を掛けられる、「結婚おめでとう!」。あ、blog読んでくれてるのね。中庭で私が座長を務める発表の要旨を読みながらパンと缶コーヒーの昼食でしたが、知り合いには会わず。食べ終わって読み終わった頃にブラブラしていると島津さんや若松君、二村君、午前中に発表を聴いた稲田さんと会う。若松君に私が座長をする発表者である平川君を紹介される。書籍コーナーでは、荒又さんに会ったり、やはり座長をする発表者の平松君に声を掛けられる。発表会場では、水岡さんや熊谷さん、内田さんなどが相変わらず積極的に質問をしていてそういうのを懐かしく思い出す。
午後もいくつかの会場を移動しながら発表を聞く。前に聞いたときはひどかった森本 泉さんの発表がなかなかよかった。それにしても彼女は早口だ。そして、相変わらず調査内容を説明するだけで質疑応答の時間まで侵食しているような発表がいくつもあって、相変わらずだなと思う。一つ残念だったのは、藤田さんの発表。もう地理学者を志してから20年弱が経つのに、名前だけしか知らない著名な地理学者は何人もいるが、今回は初めて彼の発表を聴こうと思っていったのだ。まあ、彼自身これまでの研究とはちょっと違った仕事を共同研究としてやっているものの発表だったらしいが、かなり粗雑な内容だった。後でプログラムを見直したら同じ時間に水野さんの発表もあって、聞き逃してしまったのも残念。最後に自分が座長をする会場に移動する。私が座長を担当する2発表を含めた、この会場での最後の4発表はどれも若い研究者によるものだったが、なかなか面白いものばかりで来た甲斐があったと思った。さて,私の座長。座長なんていつぶりだろうか。なにやら新型マイクが座長席にはあったが,そういうものを使わないアナログ主義(ちなみに自分の発表でPower Pointも使ったことがない)。ノーマイクで大声を張り上げますが,やはり緊張していますね。口が渇きます。幸い,はじめの発表,平松晃一君の発表には私がコメントするまもなく,3人の質問者が出たので安心。私的には発表要旨を読んだだけでは眉唾物の内容でしたが,実際に聴いてみるとなかなかいい発表でした。発表の仕方も堂々としていて時間内に収まる。平松君は名古屋大学で修士課程まで出ていたが,その先の行き先がないそうだ。さて,続いては建築畑から大阪市立大学の水内門下に入って,釜ヶ崎研究および社会的実践をしている人物。その社会実践はとても意義があるものだったが,学術的意義および地理学的意義について物足りない感じだったので,質問をそんな内容に限定する形でフロアに問いかけたが,残念ながら質問者なし。私のコメントで終わってしまった。
全体的に発表数の少ないこじんまりとした会だったが,終わるとすぐに人々はひけてしまった。そこで初めて杉山君に会うが,彼に捕まる前に帰宅。名古屋駅のお土産屋で立岡さんをみかける。私もきしめんとお弁当,ビールを買って新幹線へ。行きよりは混んでいたが,自由席でも座れます。ビールに弁当でかなり寝てしまった。あっというまに品川に着く。ああ,健全な学会だった。
そのきしめんはこんな感じで翌日の夕食になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Hanako族と化す

11月6日(金)

またまた、金曜日に恋人がお休み。講義後、西荻窪で待ち合わせてパン屋めぐりの散策をする。というのも、最近の『Hanako』が東京のパン特集を組み、西荻窪のパン屋散策のページを掲載したのだ。店内で食べたり、1つだけ購入して歩きながら食べたりと面白い散策になりましたが、やはり同様に『Hanako』を見て来たような女性のグループが何組かいて、ちょっと恥ずかしかった。

新宿ピカデリー 『風が強く吹いている
新宿に移動して映画。脚本家の今井雅子さんや今井さんを通じて知り合いになった岡山に住む熱狂的な映画ファンのTOMさんが大絶賛していたので、期待をこめて2人で観に行った。でも、実は2人揃って主演の小出恵介があまり好きではない。本作は、箱根駅伝をテーマにした原作を映画化したもの。小出恵介演じる大学4年生,灰二(はいじ)が、なんとかメンバー10人を集めただけの陸上部。そんな弱小陸上部が箱根駅伝出場を目指して頑張るというストーリー。その10人目として林 遣人演じる新入生が入寮。入部ではなく、入寮といったのは、陸上部というのは彼らが共同生活を送っている寮を継続するための表向きの存在だったのだ。しかし、その入寮の条件として課されていた毎朝5kmのジョギングは伊達ではなかった。灰二ははじめから自分が在学中にメンバーを揃えて本格的に駅伝をするつもりだったのだ。生活態度のよくない寮生のために毎日料理を作り,寮内の掃除をし,彼らの世話をしていた。よって,箱根駅伝に出場すると灰二が宣言したときにも散々お世話になっている寮生たちは強く拒絶はできなかった。そこからわけありの林君を含めてトレーニングが始まる。確かに,この10人はそれぞれの役どころを持ち,それを理解しながらチームワークを作り上げるその展開は良くできていると思う。小出君の演技もいつもよりも控えめでよかったし,林君の走る姿は本当に美しい。この陸上部を少しだけ世話する女子大生を演じる水沢エレナちゃんもなかなか可愛い。でも,わたしたちにとっては大絶賛するほどではなかったし,涙を流したのは一箇所だけだった。10人全員が駅伝選手というほど走る姿に違和感がなかったわけではないし,あまりにもとんとん拍子だったような気もするし,ラストもちょっと無理があった。

下北沢に移動してcafe ZINCで夕食。以前からお店の前は何度も通っていたのに一度も入ったことがなかった。でも,友人のうさぎさんが一人で入ったらしく,けっこういい店だとblogに書いていたので,行くことにした次第。私は味噌カツライスプレート,恋人はほろ酔いセットだったが,おつまみがかなり少なかったので,焼うどんも注文。確かに,思っていたよりも親しみやすいお店でよかった。食事は意外に出てくるのが早いのにきちんと作ってある。ほろ酔いセットで恋人が飲んだ赤ワインも美味しかった。まあ,ちょっと値段が高めではあります。さて,私は一人でライヴに。

下北沢440 flex life
ギター大倉 健氏と,ヴォーカル青木里枝氏によるユニットflex life。何回か他の人のライヴ会場で2人で聴きに来ているところに会ったことがあるくらい仲が良い2人でしたが,今年8月に結婚し,今回のライヴを機に,一度ライヴ活動を休止するという2人。私がflex lifeを知ったのは2004年の9月,この440でした。orbit blenderのアコースティックイヴェントだった。その後も後に岩盤欲のお店になってしまった恵比寿のCRANGIというカフェ,star pine's cafeでのチョコパニック,こちらももう移動してしまった渋谷にあった頃のgabowlで深夜イヴェント,上北沢の喫茶店,日比谷野外音楽堂でデモ集会,こちらもなくなった渋谷のSPUMA,またまたなくなった下北沢の掘っ立て小屋「ピエロ」,葉山の海の家blue moon,月見ル君想フ,一十三十一を知るきっかけになった青山LOOP,渋谷PLUG,クワトロで開催されたorbit blenderでも観ています。恵比寿ガーデンホールや,銀座のレストランmy humble houseでのmoodstock,国立の市民芸術ホールってのもありました。川崎のクラブ・チッタや六本木のミッドタウンのフリーライヴなどなど。しかし,昨年は一度もなかったようで,今年も2回目。合計して30回は行ってないと思いますが,20回は越えているようです。最近行かなくなってしまったのは,『flower』というアルバムの前後からちょっとライヴがマンネリ化してきてしまって,昔の名曲をあまりやらなくなったことかな。
さて,この日は2人で食事をしてからきたので,随分席が埋まってしまっていました。でも,こういう時一人は便利。flex lifeのお客さんは大抵複数人で来ていて,飲んだり吸ったりで過ごしている人たち。前の方の席はパラパラ空いているもんです。幸い2列目の席が空いていたので,座らせてもらう。この日のライヴは2人で演奏したり,ドラムス,ベース,パーカッション,ハーモニカという4人のゲストを交互に入れ替えるような構成。まあ,当分ライヴが見られないということも手伝って,大いに楽しむことがライヴでした。ダブルアンコールを終えて,22時過ぎ。早速帰ろうと思い席を立つと,隣の男性に引き止められる。なんと,私のblogにたまにコメントをくれるライヴフリークのmikeさんでした。ネット上でしか面識がなかったので,全く私は分からなかったのですが,先日の一十三十一ライヴで私の姿を見たmikeさんがそうではないかと声を掛けてくれたのだ。突然だったのであまり会話が続きませんでしたが,とても嬉しかったです。ありがとうございました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

お祝いは無期限でお待ちしています

11月3日(火,祝)

文化の日で休日。午前中何をしていたのかはよく思い出せないが,午後から出勤の恋人と一緒に出かけ,昼食を食べて私は映画館へ。バルト9の受付は長蛇の列。『わたし出すわ』が満席で駄目だったら,それから40分後の韓国映画『母なる証明』にすればいいと思っていたら,そちらの方が先に満席。幸い,『わたし出すわ』は並んだ時には◎だったが,並んでいる間に上映時刻になってしまう。まあ,幸い希望の席は確保。こちらはかなり空いているようです。

新宿バルト9 『わたし出すわ
森田芳光監督最新作。かなり久し振りに自らのオリジナル脚本。小雪を主演に迎え、その主人公マヤが故郷の函館に帰ってきて、高校時代の友人に会っては大金を渡していくという奇妙な設定。路面電車の運転手を演じるのは井坂俊哉。『パッチギ!』第二弾の主演だったということを知ると、ああそうかと思うけど、結局観なかったんだよな。私的には『アリア』という映画で原田佳奈の相手役だった印象が強い。高校生の頃、マヤに世界の路面電車めぐりという夢を語っていたくらい路面電車好きで、その運転手になったという堅実な男。マヤはその世界の路面電車めぐりの費用を負担しようと言い出す。高校の頃から注目された長距離ランナーを演じるのは山中 崇。『松ヶ根乱射事件』という奇妙な映画の印象が強いが、それからもけっこうコンスタントにスクリーンで見かける俳優。味のある存在になりそう。高校卒業後も実業団の駅伝選手として活躍するが、足の故障によって挫折中。米国でのみ可能な手術の費用をマヤが出してくれるという。黒谷友香演じるのは地元有力企業の社長夫人。高校時代から高飛車な美女だったが、美女コンテスト優勝者の座をマヤに奪われたことからライバルという友情が始まる。結局、この会社社長は不祥事が発覚すると同時に急病で死去。一文無しになった彼女をマヤは金銭的に支援する。小澤征悦演じるのは地元の地味な研究所の研究員。細々と続けている研究にマヤは出資しようとする。最後は小池栄子。こちらは欲のない専業主婦なので、小型冷蔵庫とピエール瀧演じる男の些細な趣味にお金を出す。これら主たるマヤの友人の役どころは意外に難しい。むしろ、面白いのは山中の母親を演じる藤田弓子とか、井坂の奥さん役の小山田サオリとか、ちょこっと登場する北川景子とか。さすが、長年一線で活躍する監督のなせる業だ。正直、ここまでの設定は予告編で分かるので、そこからどう話が膨らんでいくのか、疑問があり、それほどの期待はしていなかった。といっても、観ないで批判するわけにはいかないし、やはりオリジナル脚本ということ自体で評価することもできる。しかし、そんな心配は無用だった。ほとんど飽きることのない展開だし、予告編では語られない要素は多く、しかもとても面白い。ちょっと不可解な部分も多少あるが、まあそのくらいの方が完璧すぎるより面白みがある。本作は地味に素晴らしいと思う。やはりバルト9のお客には高尚過ぎるような気もするけど、正直いうともっと映画を観る目を養って欲しいと思う。

11月5日(木)

飯田橋rag time 松下美千代
最近ライヴに行けていなかった松下美千代さん。わたしたちは夫婦で仲良くさせてもらっているので、結婚後はじめて2人揃って聴きに行くことができた。ここラグタイムは飯田橋駅からすぐ近くにある喫茶店。ちょっと早く着きすぎたが、空いていたので入ることにする。店内では誰もタバコを吸っていないのに、タバコの臭いが染み付いている。最初はちょっとここで長時間は辛いなあ、と思っていたが、臭いだけのタバコは慣れてしまうようだ。店内はいかにも古風な喫茶店ということで意外に居心地が良い。ドリンクとおつまみつきで2800円というライヴを毎週木曜日と金曜日に開催しているとのこと。店内が狭いので、出演者は2人。今回は土井徳浩さんというクラリネット奏者とのデュオ。私たちは開演の20時の1時間前からいたが、松下さん本人は30分前に入り。事前の音合わせはないようです。その日に美千代さんのblogに行く旨を書き込んでいたら、なんと結婚祝いのお花をいただいてしまった。ありがたい。
そして、アップライトピアノの真後ろの席で演奏を聴く。最近はトリオライヴが中心だったので、こうして間近でスタンダード曲を中心にきちんとピアノ演奏を聴くのはとても新鮮。改めて、このピアニストの素晴らしさを実感する。そして、クラリネットの土井さん。一音一音をハッキリとする黒川さんとは違って、かなり滑らかに音を滑らせていくという印象。ピアノとクラリネットもいいですね。結局、お客さんは5人程度でしたが、こじんまりとしてとてもいいライヴでした。でも、最後の最後にライヴだということをよく理解していないヨーロッパ人の団体がやってきて、うるさかった。まあ、席が離れていたし、かれらもミュージックチャージを払ってくれると思えば、そのくらいは我慢しましょう。
Rimg0178

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映画の日に切ないラヴストーリー2本

11月1日(日)

映画の日にハシゴ。

渋谷TOEI 『きみがぼくを見つけた日
原題は「time traveller's wife」。『きみに読む物語』主演のレイチェル・マクアダムスが出演のラヴストーリーということで、こういう邦題がついていますが、「時間旅行者の妻」ではどうにもインチキ臭いからけっこういいタイトルです。主役は『ブーリン家の姉妹』でまったくいいところがなかったエリック・バナ。脚本はなんと、『ゴースト』の脚本家だという。原題とおり、主人公はタイムトラベルをする。しかも、本人はそれをまったくコントロールできないのです。しかも、タイムトラベルをする時は何も身につけられないので、到着した時代ではまず衣類を確保することから始めないといけない。普通、こういう能力を手に入れたらそれで何かを成し遂げるとか、ある事件に巻き込まれるとかで物語りは展開していくものだが、本作では、レイチェル演じる女性との恋愛関係にのみ関るという、ある意味『ゴースト』と似ています。しかも、最新の映像技術のようなものに頼らず、脚本で勝負しようという潔さが気持ちよい作品。

渋谷イメージ・フォーラム 『アンナと過ごした4日間
続いて観たのは,予告編を初めて観た時から観たいと思っていたポーランド映画。やはり独特の雰囲気がスクリーンに滲み出ているんですよね。予告編によると,主人公の中年男はある雨の日,レイプの現場を目撃してしまう。そして,その女性の存在が心に焼き着いてしまい,ほとんどストーカーのように日々彼女を見守る毎日。しかし,ある日から大胆な行動に出る。彼女が寝静まってから彼女の部屋を訪れるのだ。部屋にかけてある白衣(そう,彼女は看護師である)の取れそうなボタンを付け直し,片足だけ塗ってあるマニキュアの,もう片足を完成させる。そして最後には指輪までプレゼントするのだ(寝ている彼女の指に直接)。そんな彼の片想いはなぜ4日間で終わってしまうのか,まあ,本編ではその辺が気になるところ。舞台や出演者は非常に素朴な感じで,演出や映像も素朴かと思いきや,時間が前後する展開や,ダイナミックなカメラワークで,演技はとても素朴なのだがなかなかスタイリッシュな作品。最終的には被害者と加害者という関係になってしまうのだが,言葉少なな2人には何か通ずるものがあるという,結果的には達成されない愛なのだが,干渉後の爽快感が味わえます。

11月2日(月)

吉祥寺strings 宮嶋みぎわ黒川紗恵子江藤有希橋本 歩
歩さんが帰ってくる前の下北沢ラカーニャでのハシケン×江藤有希のライヴで江藤さんから「今度歩さんともごいっしょさせてもらうんです」と聞いていたライヴはピアニストの宮嶋みぎわさんが企画したもの。最近vice versaつながりでコーコーヤgirlsとも親しくなったのだと思いますが(江藤さんとは既に何度か共演済みですが),私にとっても嬉しい4人の組み合わせ。みぎわさんには2年前の誕生日ライヴにhitme & miggyとして出演してもらい,昨年の誕生日ライヴには橋本 歩さんに,そして今年の誕生日には黒川紗恵子さんに出演してもらった。そんな思い入れのある組み合わせなのに,席はピアノ周りカウンターの一番奥。ここはいつもなんだか気持ちが上らないんですよね。最近は大抵ステージ寄りのカウンター席で,否が応にも顔見知りの出演者には声を掛けられるが,この席は一番難しい。座っている本人も隣と後ろに囲まれて全く身動きが取れないのだ。2つ隣にはTOPSさん,その隣にはbrittさんだったのに,お話をするテンションも上らない。なので,ひたすら読書。久し振りにワンプレートを注文してビールをジョッキで呑んだけど,気分はイマイチだ。ようやく江藤さんに声を掛けられたと思ったら,「ナルセさん,撮影お願い」とデジタルカメラを手渡される。前も同じ席でコーコーヤライヴを撮影したことがあったけど,江藤さんのカメラは新調していた。前のも決して古い機種ではなかったが江藤さんは意外にも新し物好きか。そして,そのカメラは恋人が持っているRICHOのCX1だった。ものもなかなかセンスがいい。ということで,私も多少は使い方を心得ているつもりなので,調子に乗って動画まで撮影。
さて,演奏ですが,やはり撮影しながらだと聴くのに集中できないというディメリットはある。そして,やはり4人だとちょっと音が多いような気もするが,まあ,その辺は贅沢な意見ということで隅に追いやりましょう。私の位置からは歩さんの姿が顔しか見えなかったので,自ずからヴァイオリンの江藤さんとクラリネットの黒川さんに視線が行ってしまうが,江藤さんの立ち位置の照明があまり良くないこともあって,黒川さんの写真が多くなってしまった。しかも,この日は黒川さんの誕生日。昨年はプラッサオンゼでのコーコーヤライヴで誕生日を祝い,今年の江藤さんの誕生日は先ほど書いた,ラカーニャで祝った。私の誕生日も祝ってもらったのに,ちゃんと覚えておらず,プレゼントはなし。あ,また余計なことばかりですね。みぎわさんのMCでは,4人それぞれのオリジナルを,といっていたが,実は歩さんのオリジナルはなかった。コーコーヤの曲を,ギターの代わりにピアノで演奏していたのに,airplantsの曲はギターをピアノに交換できないのだろうか。そう,私の誕生日ライヴの時も,結局ピアノの松下美千代さんの曲と,ギター&ヴォーカルの戸田和雅子さんの曲が中心になってしまい,歩さんの曲は聴けなかった。そう,こういう時はけっこう裏方に回るんですよね。この日も他の3人が笑顔でいるのに,歩さんだけは冴えない顔をしている。しかし,それは演奏が難しい時に集中している証拠なのだと思っていたら,2ndステージにMCが回ってきて衝撃の告白。なんと,この日の午後に自身のblogを丸ごと消去してしまったとのこと。まあ,気持ちは分からないでもないけど,「人生で初めて後悔というものを味わいました」とかなり深刻。それでも演奏にはもちこまないのが,流石プロ。いやあ,本当にどこに注意を傾ければよいのか困るほど,素晴らしい演奏でした。
終演後,ようやくトイレに立って,歩さんとお話をし,カメラを持って江藤さんのところへ。せっかくなので,4人で記念撮影ということで私が撮影しました。あ,ちなみに,歩さんのblogはいろいろあって,今年の分は復活したようです。
20091102

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日記ではようやく10月終わり

10月30日(金)

この日も恋人がお休みということで、講義後一旦帰宅して家でランチ。その後、かぼちゃプリントとクッキーを作る。最近わが家にフードプロセッサを導入し、少しずつ使い勝手を試している。今回もかぼちゃプリンで使用。この日は新橋で勉強会だが、その前に日比谷で映画。

日比谷みゆき座 『パイレーツ・ロック
戦後の英国に実在したという海賊ラジオ放送局がモデル。原題は「The boat that rocked」というようだが、海上に停泊した船をスタジオにしているというところから、この日本語タイトルはいい感じだ。一応宣伝上は、アカデミー主演男優賞を受賞しているフィリップ・シーモア・ホフマンが一番に挙げられているが、一応の主演はカールというこの船への新参者の若者を演じるトム・スターリッジ。ちなみに、私がこの作品を観ようと思ったのは、このラジオ局の曲調を演じるビル・ナイ。彼のことはケイト・ベッキンセール主演の『アンダーワールド』で知ったのだが、その時はもっと年寄りかと思っていた。しかし、最近はよくスクリーンで見かける俳優で、とてもいい存在感をしている。実年齢は60歳なり。予告編はとてもいい感じだったのだが、正直いってそれほど面白くはなかった。まあ、冷静に考えれば登場人物が船で生活をし、ラジオ局をやっているというミニマルなシチュエーションではこの程度の展開が限界か。まあ、ちょっと面白かったのは、伝説のDJということで登場するのがリス・エヴァンス演じる男。彼は『ノッティングヒルの恋人』でかなりおかしな隣人を演じていたので、どうにも本作での「かっこよさ」がフェイクに見えてしょうがないのが面白いところ。ちなみに、ケネス・ブラナーの役どころは彼を使うのにはもったいない感じだった。

新橋に移動して、地理学者3人と落ち合う。さすがに金曜日の新橋は非常に賑わっていて、勉強会の会場を見つけるのも一苦労ってことで、もう呑み屋と化している「pronto」へ。「バーコーヒー」ってのを初めて飲んだが、まあ要するに昼間の一番サイズの大きいコーヒーだ。2時間かけて飲むにはちょうどよい。時間が遅くなるにつれて周りが騒がしくなってきて困る。恋人は隣で読書。21時過ぎに終えて呑み会に移行。われわれ夫婦の禁酒も解いたことなので、嬉しい呑み会。杉山君のチョイスで、この界隈でかなり繁盛している「魚金(うおきん)」グループのビストロへ。これが料理もワインもなかなか美味しいお店だった。しかも、われわれの結婚祝いということで2人はご馳走になってしまいました。杉山君、太郎君、荒又さん、ありがとう。

10月31日(土)

大学祭期間中ということで、東京経済大学は休講。午後出勤の恋人と一緒に出かけて新宿で映画を2本。

新宿シネマート 『無防備
ぴあフィルムフェスティヴァルで受賞したという作品。出産シーンがモザイクなしで上映されるってことも話題になっていた。市井昌秀という監督の作品だが、舞台となっている工場は市井という名を含み、彼の家族が経営しているものと思われる。富山県が舞台のようだ。ちなみに、その出産シーンを演じるのは彼の奥さんとのこと。ある意味で低予算な作品だ。プラスティック製のさまざまな部品を生産する工場。主人公の女性はそこで働く。そこに、妊婦の女性が働きにくる。とある事情で、妊婦さんに優しくしたいという気持ちと、妊婦を憎らしく思う気持ちとが同居しながら2人は親しくなっていく。演技がうまいわけでも(あえてそういう演出かもしれないが)、俳優が美しいわけでも、映像がこれといって工夫されているわけでもないのだが、なんとなく評価されている意味はよく分かる作品。下手に難しくしていない素朴さもいいのかもしれません。ちなみに、出産シーンはとりたてて騒ぐようなものではない。ある意味では、これもへたに小細工をするよりも低予算でリアリティがある映像が得られる、ということだけかもしれない。

テアトル新宿 『パンドラの匣
続いては、最近生誕100周年とかで映画化が続いている太宰 治原作。まあ、暗くて深刻な作品が多い太宰のなかでも軽くてポップだという触れ込みどおり、戦後の貧しい日々を舞台にしているが、全体的に可愛い作品。まあ、そもそも主人公の染谷将太君は大人になりつつあるが、相変わらず可愛い。そして、仲 里依紗。前にも書いたが、おっさんキャラが多い彼女への配役だが、今回は必要以上にカワイコぶりっ子な女性を演じる。川上未映子ってのは芥川賞受賞作家として知っていたが、一番初めは歌手として登場したようですね。まあ、そんなマルチな人間ですから、俳優も度胸が座っていていい感じです。私はこういうマルチな人は嫌いですが(単なる僻みです)、まあ多少嫌われる役どころなので、そこがまたちょうどよい。全体的によくまとまっていて、いい作品だと思います。原作を読みたくなります。

吉祥寺に移動して、またまたリトルスパイスへ。汗だくになりながら、一人で食べていても笑みがこぼれてくる美味さ。特に、この日は私が入ってから急に混み合ってきて、最後には満席。そんな時はおかみさん、燃えるようですね。かなりの音楽通のようですが、ステレオから流れるお気に入りの曲に合わせて、いかに大量の注文を効率よく出せるか、楽しんでいるようです。基本的には無愛想なんですけどね。でも、飲食店でかける音楽ってけっこう難しいと思うんだけど、客のことを考えて中途半端なものをかけるよりも、一日中そこにいる店員さんが楽しめるようなものを思い切ってかけてもらったほうがいいんだな、って思った。

吉祥寺strings maiko伊藤志宏
久し振りのstrings。最近はいつもカウンター席ですが、この日もmaikoファンの皆様のなかに混じらせてもらう。この日はなんとも不思議な組み合わせのデュオ。maikoさんの演奏は自身のトリオでピアノの新藤さんと一度聴いたことがある他は全て太宰百合さんとの組み合わせだった。太宰さんは非常に素晴らしい女性的なピアノですが、その対極にあるような志宏さんの男性的なピアノとmaikoさんのある意味優等生的なヴァイオリンとがどう組み合わされるのか、とても興味があった。しかし、そんな素人的心配は無用の、とても素晴らしい演奏だったと思う。maikoさんも優等生的ではあるが、クラシックではなくあえてジャズヴァイオリンを選び、毎日のようにステージに立っているわけだから、こうしたセッションこそ大きな楽しみとしているということがよく分かる演奏だった。そして、志宏さんだが、もちろん、shima & shikou DUOやソロでは激しい情熱的な演奏を聴かせてくれますが、古賀夕紀子さんなどの伴奏に徹する時は激しさを内に秘めた穏やかな演奏ももちろんできる。そんな、2人の掛け合いが魅力的でした。休憩中には志宏さんが私の姿に気づき、肩を叩く。「えー、こんなジャズ臭い現場にもいるんだー」と驚いた様子。前に夕紀子さんとのライヴに行った時は志宏さん目当ての女性客も多かったので私の姿には気づかなかったのに、この日はmaikoさんファンが多いなか、知っているお客がいて嬉しかったんでしょうね。私も覚えていてもらって嬉しかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Place: a short introduction

Tim Cresswell 2004. Place: a short introduction. Blackwell, Oxford, 153p.

ティム・クレスウェルは地理学者。1996年の著書『In place / out of place』で有名だが,はじめから「place=場所」という概念にこだわっている。というのも,彼は1990年代に盛り上がってきた「新しい文化地理学」の流れにいながらにして,かれらが批判の対象としていたトゥアンの教えを直接に受けていた人物だからである。1970年代に『トポフィリア(場所愛)』および『空間と場所』によって「場所」という概念を地理学のなかで復活させたのがトゥアン。もう一人,場所の復権の立役者としてレルフという人物がいるが,1980年代には主にマルクス主義の立場からトゥアンやレルフのような人文主義地理学は批判にさらされた。そして,1990年の『the power of place』という論文集で,その批判的な立場からの論考が収録された「場所」を関した著書が数多く出版される。しかし,それらの多くは場所の概念について議論するものではない。私は1997年に「A note on the concept of place」という論文を所属していた教室が発行している紀要にかかせてもらったが,その時にplaceを関する著書にいくつか目を通したものの,実際に場所概念自体に関して議論しているものはほとんどなく愕然としたものだ。つまり,場所概念を使いたがる多くの地理学者は単に便利だから使っていたにすぎない。まあ,その後著名な地理学者であるハーヴェイとマッシーが場所の概念化を行い,事態は多少変わっていくが,ずーっと一貫して場所について議論してきたのはこのクレスウェルであるといってよい。そんな彼の論文も,1本だけ日本語に翻訳されている。

ティム・クレスウェル著,日比野 啓訳 2004. ナイト・ディスコース――ストリートにおける意味の生産と消費.10+1 34: 137-148.

なので,彼の論文はけっこう好んで読んできた。『In place / out of place』のもとになる論文をいくつも読んでしまったから,この本自体は買っていないくらいだ。しかし,1997年の論文を読んで以来,私が大学を出てしまったこともあるし,彼の研究をフォローすることはなくなってしまったのだが,最近発表された福田珠己さんの論文に本書が文献リストにあり,出版から既に5年が経過していたけどAmazonで早速購入し,ほどなくして読み始めた。「Short introduction to Geography」のシリーズということで,確かに読みやすく,辞書なしで読んだけどあまり困らなかったし,1週間弱で読み終えることができた。さて,内容は以下のような5部構成。

1. はじめに:場所を定義する
2. 場所の系譜学
3. 「グローバルな場所感覚」を読む
4. 場所とともに研究する
5. 場所に関する研究資源

序章は14ページととても短く,2章を先取りするような内容ではあるが,より一般的な議論として,関係する概念との関係について論じている。関係する概念とは,空間や景観である。2章はすでに書いてしまったが,地域地理学から始まり,1970年代のトゥアン流の現象学に基礎を置く場所論,マルクス主義地理学における場所の政治学,場所の社会的構築などの系譜が語られる。そういえば,「場所の系譜学」という表現は同世代の地理学者である加藤政洋君も使っているが,その意味合いはかなり違う。
さて,3章だが,「グローバルな場所感覚」とは1991年に初めて発表されたドリーン・マッシーの論文である。これと類似した論文として,1993年の論文があるが,これはその加藤政洋君によって翻訳されている。

ドリーン・マッシー著,加藤政洋訳 2002. 権力の幾何学と進歩的な場所感覚.思想 933: 32-44.

この論文は『Mapping the future』という論文集に掲載されたのだが,この論文集にはハーヴェイも『ポストモダニティの条件』(翻訳1999年,青木書店)以降の場所論が掲載されている。これも翻訳がある。

デイヴィッド・ハーヴェイ著,加藤茂生訳 1997. 空間から場所へ,そして場所から空間へ――ポストモダニティの条件についての考察.10+1 11: 85-104.

このハーヴェイの議論を読んだとき,確かに同様のことはジャクリン・バージェスという地理学者も論じていたが,巨視的な視点のなせる業だと妙に納得した。しかし,それに対して上のマッシーはハーヴェイ批判としての場所論を展開するのだ。それにも妙に納得したりして。まあ,そんな論証を詳細に紹介するのが3章。マッシーの文章は8ページにわたってほぼ前文掲載し,ハーヴェイのも12箇所にわたって引用している。まあ,クレスウェルの結論としては,マッシーのハーヴェイ批判の後のメイという地理学者の詳細な実証研究に基づく議論を紹介して,どれも正しく,場所というものを一義的に捉えることはできないということになりそうだ。そもそも,ハーヴェイもマッシーも自らが生活の場を事例に論を展開しているので,それぞれの場所の性質によって,そこから導かれる一般的含意も異なるのは当然という感じ。まあ,私的にも分からないでもないですが,ちょっと物足りない感じ。
続いての4章は,ビッグネームによるそんな論争以降にさまざまに展開している研究の紹介。しかし,正直いって4章の前半はイマイチ論点がつかめない。読みどころは後半だ。自らのかつての著書のタイトルを使った「In Place/Out-of-Place: Anachornism」という部分,Anachronismといえば,時代錯誤のことだが,時間を意味する「chro」を空間を意味する「chor」に換えているところが味噌で,つまりout of place=居心地の悪さを「空間錯誤」と表現するのだ。そこで,中心的な議論が「ホームレス」をめぐるもの。ホームレスをめぐる研究が地理学でなされていることは知っていたけど,それを場所概念と結びつけた議論がなかなか魅力的。homeという概念は場所の概念に安定性とか共同性とかというイデオロギーを付与するのに役立っているわけだが,まさにhomelessという言葉そのものに,人間は所属すべき家=場所が必要不可欠であるという前提が込められているということになる。多くの事例は英国から取られていますが,もちろんホームレスに関しては日本でも論じるべきことは多い。
5章は著書や文献,さらなる研究トピックの紹介。最近,私は新しく教科書として使える本を考えているが,やはりこの本も地理学専攻の学生ならともかく,非常勤先では使えそうもない。まあ,残念だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »