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レジャーの空間

久し振りに書評を投稿する予定。皆さんにはいち早く。長いです。

神田孝治編:レジャーの空間――諸相とアプローチ
ナカニシヤ出版,2009,270p.,3,045円(本体)
ISBN978-4-7795-0363-4

近年,地理学の分野でナカニシヤ出版が頑張っている。そして,30歳台半ばの編者によって,本書がその姉妹編たる『観光の空間』(神田,2009)と同時出版されたことはまことに喜ばしいことである。こういう場合は2冊を同時に紹介するのが良いのかもしれないが,紙幅を十分に活用して,別々に検討することとしたい。本書『レジャーの空間』は24章からなっており,1章につきほぼ10ページが割り当てられている。著者は各章で全て異なっており,編者も含め24人。14ページを費やした丁寧な序章で明確な方向付けがなされ,各章は基本的には全て書き下ろしのオリジナルといえる。「はじめに」のなかで,編者は本書を「レジャーについて学ぼうとする学生や一般の方の道標となる入門書」(p.ii)と位置づけており,各章の文体や議論の深さにもある程度整合が図られ,図表も綺麗に印刷され,フォントや装丁にも工夫がなされている。まずは,編者と出版社,そして著者たちに賞賛を送りたい。その上で,本書の学術的価値を評価することにも意味があると思う。学生向け,一般向けという名目の下で学問的追及の矛先を緩めていいということにはならないのだから。
序章「レジャーの空間について考える」において,編者の神田孝治は,特に「余暇」と翻訳された日本において,「レジャーとは時間に関係がある概念である」(p.3)と確認した上で,英語圏を中心に地理学のみならず人文社会科学においてなされている「空間」に着目したアプローチによってレジャーという複雑な諸相を明らかにしようとする(p.ii)。序章は,評者のような読者にとってはどこかで聞いたような基礎的な概説が続くが,基礎的な文献が適切に参照されながら論が進められているのは,良質な入門書である証拠である。本書は,近年地理学の枠を越えて注目されているとはいえ難解な議論も少なくない「空間」をキーワードとしながらも,その最先端の議論に追随するのではなく,『レジャー白書』のレジャー分類にしたがって構成され,そこで示されたレジャーの種類をできるだけ網羅するべく,24の短めの章から成っている。4つの大分類にしたがって,4部からなり,それぞれの部はそれぞれ2章セットとなった3つの下位分類から構成される。この辺りの編集方針は帯に大きな文字書かれた宣伝文句,「遊びに学ぶ,楽しく学ぶ」とは対称的に,非常に手堅く堅実な印象を受ける。
1部「スポーツの空間」は,「スポーツ空間の形成」と題されたセットのうち,佐藤大祐による1章「ヨットの伝播と受容」から始まる。本書は空間スケールの問題にも配慮がなされ,1章では西洋から明治期に日本に持ち込まれたヨットを事例に,初期の受容過程を整理している。インターナショナルな伝播は局地的な地域における受容に始まる,という議論はレジャーやスポーツに限らず地理学者にとっては馴染みのもので,本章では特別な意味で空間の概念が用いられていないように,空間的拡散の名の下に計量地理学の時代の知見だ。テニスの日本による受容というと外国人や富裕層,避暑地などを思い浮かべてしまうが,2章の井口 梓「テニス民宿観光地の形成過程」ではテニス民宿観光地として形成され,テニスの民衆レベルでの受容を促進した地域を取り上げる。本章は文献に挙げられている筑波大学の共同研究の調査データが用いられているようだが,図表を有効に用いてコンパクトで分かりやすい。第一次産業,ないし第二次産業研究で従来なされてきたオーソドックスな地域研究の方法を用いている。
「スポーツ空間の立地」というセットは,3章の呉羽正昭「スキー場の立地とその変遷」と4章の坂井康広「野球場とその立地」からなる。どちらも日本全国規模での施設の立地を量的に示したのみで,文献の参照もきちんとなされていない。続くセットは「スポーツ空間の文化」と題され,まずはメディア研究的な5章の小長谷悠紀「サーフィン文化の形成と空間というメディア」がここまでのオーソドックスな地理学的研究から一線を画す。本書には地理学者のみならず,本章の小長谷氏のような観光学や社会学,民族学,都市史という分野の著者が含まれているのも特徴である。本章は雑誌記事を中心とした分析で興味深くはあるが,空間の概念が非常に曖昧であり,「空間メディアとしての作用結果」(p.66)といわれても説得力はない。6章の神田孝治・杉本育美「ランニングとジェンダー」の前半は文献研究によるオリンピックなどの競技種目における女性の扱いの歴史が辿られる。後半は本章のタイトルから期待されるような近年の一般市民とランニングと女性ランナーについて興味深い論点が提示される。しかし,近年の女性ランナー向けのランニングイベントを「空間創造」と呼ぶのみで,空間の視点はほとんど抜け落ちている。
2部は「趣味・創作の空間」と題され,7章の吉田道代「オタクのレジャー空間としての秋葉原」は本書のなかでも珍しく,著者自身のこれまでの研究とは関係なくオリジナルデータを用いて論じている。しかし,安易な現地観察とアンケートを整理したという印象は否めない。支配的な秋葉原のステレオタイプを強化しているだけではないか。8章の山口 晋「ストリート・アーティストによる空間創造とその管理」は自身のこれまでの研究成果を手際よくまとめたもの。ようやく権力などの議論が登場してくる。
続くセット「創作空間と近代社会」は日本の近代歴史研究による2章。9章の長尾洋子「文化実践としての芸能と空間の生成」は最近『人文地理』に掲載されたばかりで本文には文献として挙げられていないが,自身による調査を利用したもの。明治期から大正期にかけての富山県における「越中おわら節」をめぐるさまざまな主体間の政治性を描く。10章の田保 顕「戦場で漫才を観る」は日中戦争期に戦地に派遣されたお笑い芸人「わらわし隊」の実態を報告する。どちらも興味深い題材で,10ページという紙幅の限界を感じる。
「趣味・創作空間と地域」と題されたセットには女性著者2名が連ね,自身の近年の研究成果を手短に整理している。11章の宮本結佳「現代アートの空間形成と担い手の活動」として,安藤忠雄が設計に参加して有名な香川県直島におけるベネッセによる開発を取り上げている。しかし,本章では概説的な説明に終始しており,もう一つ突っ込んだ議論がほしい。12章の木村オリエ「男性退職者による地域サークル活動への参加プロセス」は貴重な調査結果をコンパクトにまとめている。
3部「娯楽の空間」は編者が著者の一人として含まれ,編者と親しい同年代の地理学者が名を連ねているせいか,異質な印象を与えていはしないか。例えば本書の読者が大学生や教養を身につけようという社会人だとする。かれらが思い抱く,あるいは実際に行なっている「娯楽」とはなんだろうか。本書で取り上げられるのは性風俗施設,競艇場,外国人女性のいるパブ,そしてテレクラだ。もちろん,評者自身同世代の同じ分野の研究者によって,自分が知らない事柄を知ることができた。それと同時にそうした社会における異質なものに対するまなざしに関する議論をも同時に学んできた。しかし,本書で後者に関する議論を詳しく学ぶことができるだろうか。その場合,こうした読者に馴染みのない空間に対して,読者は覗き見趣味的な興味を克服することができるのだろうか。
そういった意味において,13章の加藤政洋「貸座敷の成立と機能分化」は読者への配慮を忘れない。地理学においてはこの種の研究の第一人者だといえる著者は,まず近代期における性風俗関連施設であっても,それは現代に生きるわたしたちの生活と無縁ではないということを,「空間レンタル」という切り口から教えてくれる。コンパクトな文章も流石だ。一つだけ注文をつけるならば,4節のタイトルの「系譜学」は単なる「系譜」でよかったと思う。13章と同じセット「娯楽空間の形成」に含まれるのは14章の寄藤晶子「公営ギャンブル場を中心に生成する社会空間」であり,異質な3部においては重要な役割を占めていると思う。しかし,自身の既出論文の抜粋のような印象が否めないのは残念。
続くセット「娯楽空間のイメージ」には編者自身による15章「花街と遊郭の立地とイメージ」が含まれるが,こちらは自身の研究報告の要約であることが明示されている。しかし,この分量での圧縮は情報量が多すぎて一読では内容が整理できない。また細かいことではあるが,ハンチントンの環境決定論が当時の優生学的な思想に影響を与えたというような説明は簡潔すぎはしないか。続く16章の阿部亮吾「フィリピン・パブ空間の神話と構造」もやはり自身の既出論文を利用したもの。そのタイトルはボードリヤール(1979)の『消費社会の神話と構造』を想起するが,本章には引用されていない。神話についてはロラン・バルトを引いて説明されているが,空間構造についての考察はなく,「場所性」概念で置き換えられるが,この概念も節のタイトルにだけしかない。
「娯楽空間の管理」のセットにおいて,17章の青木隆浩「盛り場の多機能化と青少年の排除」は,特定の場所の事例研究が続くなかで,法律を中心とした一般論を展開する。18章の杉山和明「「出会い系メディア」が創出する空間と社会的規制」も前半は自身の既出論文の紹介。後半はサイバースペース化する近年の動向を追加しているが,それを単純に「リージョナルからナショナル(グローバル)への拡張」(p.198)としてしまっているところが残念。サイバースペース内部にも空間分化はないのだろうか。
さて,この3部で取り上げられた娯楽の分野は,女性の性の商品化を含んだものであったり,中年男性に特化したものであったりするのに,ジェンダーやセクシュアリティに関する議論がほとんど登場しないのは奇妙という他ない。あからさまな性差別的現象に対してはその種の議論をする必要はないのだろうか。
最後の4部は「観光・行楽の空間」と題され,編者による説明では「ゲストとホストの関係性」(p.201)の考察も含まれているとされる。まずは,「観光・行楽空間の形成」のセットにおいて,19章の砂本文彦「国際リゾート地の整備と国際観光ルートの形成」が日本における1930年代の国際観光政策を概観しているが,これも自身の著書の概要のようだ。20章の奥野一生「テーマパークの立地と展開」は議論としては本書において異質。編者による15章で環境決定論が時代精神的な思想として批判的に登場するのに,ケッペンの気候区分や太平洋ベルト地帯といった教科書にしか登場しない概念を用いて,テーマパークの立地を説明するのは強引ではないか。
続くセット「観光・行楽空間の変容」では,まず21章の須藤 廣「日本人のハワイイメージと観光パターンの受容」が日本人によるハワイ観光の歴史を概観する。ここまで,触れてこなかったが,本書には各章の最後に「1.考えてみよう,2.調べてみよう,3.まとめてみよう」という読者に対する演習問題がついている。多くの章では差し障りのないことが書かれているが,本章ではかなり高度な問いかけがなされている。この回答については著者自身による同じ出版社の著書に詳しいのかもしれないが,その部分に関する考察も本文に加えるべきだったように思う。22勝の内田忠賢「レジャーランドの近現代」は,近代期,高度経済成長期,現代と5箇所のレジャーランドを紹介しているが,本章には参考文献がひとつもなく,新聞雑誌記事からの長い引用をつなぎ合わせて構成した付け焼刃的な印象が否めない。
本書最後のセットは「観光・行楽空間におけるゲストとホスト」と題されているが,ゲストとホストの関係の考察は希薄である。23章の荒山正彦「植民地観光とその記録」は1931年,日本による統治下の朝鮮と満州を18日間の日程で日本人団体客が旅行した記録『鮮満の旅』の分析である。1999年に発表された論文の続編を期待したが,本章はそのおさらいでこれから面白くなろうというところで終わってしまっている。24章の上江洲 薫「沖縄における海水浴場の形成と観光開発」は最後の章になるが,冒頭の諸章と同様のオーソドックスな地域調査の報告となっている。編者が「レジャーの空間」というタイトルに込めた意図をくみ取るならば,フィスク(1998)が「ビーチの記号論」で展開したような大胆な分析がなされれば面白かった。また,姉妹編が『観光の空間』であるにもかかわらず,4部の各章はほとんどが観光論を展開していたように思う。『観光の空間』はこれから読む予定だが,4部ではむしろ観光と行楽との区別をつけ,観光概念では捉えられない行楽に焦点を当てるべきではなかったか。
丁寧な序章に対し,最後は索引と著者紹介文があるだけで,本書は終わってしまう。果たして,編者の目的はこの24章で達成されたのだろうか。レジャーとは一種の文化的活動である。地理学においても「文化論的転回」という言葉がみられるようになり,編者は同出版社から文化地理学のテキスト(中川・森・神田,1996)を記している一人であり,積極的にその新しい方向性を進めていると評者は認識している。しかし,本書の各章でカルチュラル・スタディーズなどを意識したものは僅かであり,またその主たるテーマである人種,階級,民族,性差などが全面的に登場する場面も僅かだった。また近年の文化地理学の大きなテーマの一つに「景観」があり,レジャーの空間にとっても景観は重要な要素だと思われるが,景観論はほとんど含まれていなかった。一方で地図は比較的多く使用され,2,8,12,13,14,16,24の各章では評者が期待するような「空間」のあり方を示す有効な表現手段として機能していたと思う。
学問的興味を離れても,本書を身近に感じる場面は多くはなかった。評者にもまがりなりにも余暇があり,都市内部に立地している映画館,ライヴハウス,カフェやレストラン,バー,ブティックや雑貨屋,書店やCDショップ,ギャラリーや公園などを利用している。私が身近に感じているこれらのレジャー,しかもどれも空間的な要素を有するものばかりだが,どれ一つとして本書には登場しない。時折自宅の近所をジョギングする身でもあるが,6章では論じられていないのような空間に関するテーマはいくつか思い浮かぶ。
ここまで指摘してきたように,すべての章は書き下ろしの文章ではあるが,その多くが著者自身による既存の研究の概要的なものであった。ここではそれを批判的な含意をこめて指摘してきたが,入門書である以上,批判すべきことではない。評者も実際過去に読んだそれらの論文を読み返したく思ったり,初めて読む著者に関しては,その元になっている論文や著書を読みたく思ったものもある。さらに学びたいと思った読者はさらに進めばよいのだ。
最後になるが,入門書には何を期待すればよいのだろうか。単に未知の事実を知ることだろうか。それとも,事実の解釈の仕方を学び,読者の身近な事実の判断に当てはめる術を学ぶのだろうか。あるいは,実際に卒業論文や学術研究を志そうとする読者が実際の調査・研究の手順を学ぶのだろうか。そして,本書は大学講義の教科書として使用可能であろうか。半期15回が基本なのに対して24章。序章で1回,1回の授業で2章1セットで12回,残りは演習などを利用した学生参加型の回を挟めば,『観光の空間』とセットで1年間行なえるのかもしれない。

文  献
神田孝治編(2009):『観光の空間――視点とアプローチ――』ナカニシヤ出版.
中川 正・森 正人・神田孝治(2006):『文化地理学ガイダンス』ナカニシヤ出版.
フィスク, J.著,山本雄二訳(1998):『抵抗の快楽――ポピュラーカルチャーの記号論――』世界思想社.
ボードリヤール, J.著,今村仁司・塚原 史訳(1979):『消費社会の神話と構造』紀伊国屋書店.

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