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2009年12月

年が変わります

12月25日(金)

シネスイッチ銀座 『戦場でワルツを
イスラエル人監督アリ・フォルマンによる自伝的アニメーション・ドキュメンタリー。1962年生まれの監督は20歳そこそこで従軍する。それから30年近く経った今日,徴兵時代の友人の夢をきっかけに,忘れていた戦地での記憶を取り戻す旅に出る。後に世界中で有名になった逆説事件の現場近くに自分がいたはずなのに,その記憶がないことに気づいたからだ。生き残った戦友たちを数十年ぶりに訪ね,話を聞く。彼らの断片的な記憶をつなぎ合わせて当時の自分の行動を再現していく,そんな映画だ。そのアニメーションの手法は先駆的なライアン・ラーキンと,近年のリチャード・リンクレイターのものに似ていて,とてもスタイリッシュだ。しかも,本作の場合,実際に現代を生きる50歳間近の彼らと,20歳そこそこの兵役だった彼らとの描き方,そしてもちろん戦地の風景の再現も含めてこのアニメーションによる手法は最適だったと思う。しかし,場合によっては,戦争そのものを美的な表現でその悲惨さを覆い隠してしまいかねない。だからだろうか,最後には虐殺された死体と泣き喚く女たちを写した,現地で撮影された当時の映像を挿入している。『ブラッド・ダイヤモンド』や『ホテル・ルワンダ』で描かれたようなアフリカの内戦でもそうだが,若い兵士を用いるということにも戦争そのものを悪化させる原因がある,ということがこの作品からもよく分かる。本作の背景については,『リウスのパレスチナ問題入門』について書いた日記を参照のこと。

会社がお休みの恋人と早めに帰宅して,2人で手作りクリスマスディナー。私は先日帰省したときにもらってきた丸いケーキ型を使ってスポンジケーキを焼き,オーソドックスなイチゴのショートケーキを作る。彼女は2日間タレに漬け込んだ鶏もも肉をオーヴンで焼く。わが家のハウスワインも事前にネットで購入しておいたので,他にワインにあうメニューを彼女が作ってささやかなパーティ。
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12月26日(土)

新宿角川シネマ 『ぼんち
近年何度か開催されている市川雷蔵作品をまとめて上映する映画祭があるが,今回は100作品を上映するという大規模なもの。まあ,この手のものに心踊ったりはしませんが,なんとなく,この年末には観たい映画が少なく,時間の都合がよかったので,特に作品にこだわらずに観に行くことにした。すると,なんとこの1960年の作品は市川 崑監督で,原作は山崎豊子。もちろん主演は市川雷蔵だが,実は彼の映画を観るのは初めて。途中に太平洋戦争を挟むような時代設定の作品。大阪船場の足袋問屋の若旦那が数々の女とかかわりを持つというストーリーなだけあって,若尾文子から中村玉緒,京マチ子,草笛光子,山田五十鈴といった,私はおばさん,おばあさん女優としか知らない女優たちがピチピチ姿で出演しています。
それだけでなく,非常に見応えのある作品でした。まあ,原作や監督,主演俳優などからすれば,当時からして気合の入った作品だということは分かりますが,今日でも気合の入った作品がよい作品だとは限りませんしね。ともかく,演技や脚本,カメラワークや物語展開。すべてが無駄なく,飽きさせません。やはり私はかつての日本映画の良さってのをまだまだ知らないんだなと実感。大雷蔵際は2月26日まで続くので,機会があったらまた観に行くことにしよう。

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結婚指輪,できました。

12月20日(日)

日曜日は家でゆっくり過ごしてからライヴの前に映画1本でも、と思ったが、公開終了間際の作品の時間に合わせて早めに家を出ることになった。

渋谷ヒューマントラストシネマ 『曲がれ!スプーン
観に行った作品はこちら。『サマータイムマシーン・ブルース』の監督、本広克行の最新作。と思ったら、この人『踊る大捜査線』なんてのも監督してんのね。脚本家の今井雅子さんが試写で観てツボだったというので、観たいと思っていた。最近の長澤まさみちゃんの不評もあるしね。ちょっと応援したい感じ。まさみちゃん演じる女性はテレビ局のADという役どころで、素人エスパーが出演する番組を手がけている。幼い頃から夢見がちな少女がこんな職に就くなんて、という偶然と必然についてはここでは問わない。まあ、とにかくその「夢見がちな」というところと、まさみちゃんの衣装で今井さん好みってのは一目瞭然。しかも、実はこのお話、一応クリスマスのお話でもあるのだ。ちなみに、最近紀伊国屋書店に行ったら、このお話の舞台もやっているらしい。まあ、いかにも舞台的なお話です。
この映画の魅力は、長澤まさみちゃん以外、あまり有名な俳優を使っていないこと。もちろん、チョイ役ではユースケ・サンタマリアとか、志賀廣太郎、寺島 進、甲本雅裕、松重 豊などなどいっぱい出ています。でも、まさみちゃんも出ずっぱりじゃないし、見所は志賀さんが経営する「カフェde念力」に集う6人が繰り広げるシーンだ。。『サマータイムマシーン・ブルース』と同様のテンポのよさ、そしてそちらは若者だけだったけど、今回は私に近い年齢でうるさくなくちょうどよい。もちろん、長澤まさみの役どころもけっこういい。まあ、あまり頑張っていない感じですが、そういうのもいいじゃないですか。まあ、とにかく楽しめます。ところで、この週で上映終了ですが、ほとんど満席でした。私の隣は小学生の男の子を連れた家族3人だったのですが、この作品目当てだったのだろうか。あるいは『ワンピース』を観に来たけど満席で駄目だったのか。でも、子どももけっこう楽しんでいたようです。

渋谷イメージ・フォーラム 『倫敦から来た男
続いては一転してこちら。モノクロです。タル・ベーラというハンガリーの監督の作品。といっても、舞台はフランス。タイトルどおりイギリス人も登場するし、主人公の奥さんには英国俳優のティルダ・スウィントンを配する。とても奇妙な映画です。ティルダにはおそらくフランス語のアフレコを入れ、英国からやってきた老刑事の口と声とがあっていない。エンドクレジットにvoiceも入っていたので、アフレコを多用しているようです。まあ,わかりやすいリアリズムではないので,そんな違和感も含めて独特の雰囲気のある作品。でも,思ってたよりも奇異な感じはしません。若干,ストーリーに不明な箇所がなくはないですが,まあそれは鑑賞者に解釈の余地を残した程度のもので,全体的には分かりやすいストーリーでした。最近圧倒的に少なくなっているモノクロ映画ですが,映画表現の選択肢としてもっと使われてもいいような気もします。

青山プラッサオンゼ casa4姉弟
この日の移動は本当に無駄がなく,映画が終わった後,直接プラッサオンゼへ。場所的にも効率のよい施設配置です。他の場所で食事をする余裕はなかったので,久しぶりにプラッサオンゼでリングイッサご飯つきを食べる。やはり美味い。この日も客席内はcasaファンの見知った顔がそろいます。この日はcasaの2人に,犬塚彩子さん,そしてPAJANの4人。私が旧bobtailで見ていたのは,casaの古賀夕紀子さんと犬塚彩子さんのデュオ,casa姉妹で,同店のマスターことPAJANがそこに参入してcasa3姉妹となったりすることもあった。PAJANは男性なのだが,背が低く長髪で,かわいい顔をして歌声が高音なので,姉妹としてカウントされていたが,この日はcasaの古賀美宏君も入って,「casa4姉弟」となった。犬塚彩子さんがトップバッター,まずは1人で数曲,続いてPAJANが加わり,2人で数曲。彩子さんが抜けてPAJANが数曲,といった感じでこの4人がステージ上で出たり入ったり,いろんな組み合わせで色んな曲を歌います。オリジナルからカヴァー曲,外国語のカヴァーでも替え歌のような日本語詩をつけて歌ったり。客席には替え歌パフォーマンスのボサツノバ君もlきていたので,俄然盛り上がります。ボサツノバ君はその名のとおり,お寺の息子らしいが,北海道のお寺に就職したらしい。でも,時折上京して歌っているとのこと。まあ,そんな感じで,PAJANの計画性のないMCと進行でゆるゆるとして,でも多彩なステージはあっという間に終わりました。
でも,終わってみると22時前でけっこう長い時間やってましたね。一通りいろんな人と挨拶をして帰路につきます。

12月21日(月)
珍しく残業をした仕事の後,仕事がお休みの恋人と一緒に横浜まで。友人にお願いした結婚指輪を取りに行く。彼女は東京藝術大学の大学院まで出ている人で,金属製のアクセサリーなどを作っていると知っていたので,お願いしたのです。高価な金属でないほうがいいと思って思いついたのが,よくボールペンなどに使われる「真鍮」。でもアクセサリーに使われるかどうか分からなかったので,そのことはいわずに,相談したら,真鍮もやっているというので,真鍮になりました。でも,デザイン的に銀と組み合わせることでこんな風に出来上がりました。横浜の地下街で3人で鶏鍋を囲んでの夕食でした。
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12月23日(水,祝)

この日は六本木でライヴだったので,久しぶりに六本木で映画を観ることにした。六本木ヒルズにある映画館よりもシネマートの方が好きなので,そちらで探すと,現在「韓流フィルム・フェスティヴァル2009」開催中ということで,都合のよい時間で1本観る。

シネマート六本木 『情熱のステップ
デジタルビデオ撮影による,ひょっとしたらテレビドラマっぽいつくりの作品。韓国田舎町の少年が幼い頃母親に連れられていった劇場で見たダンスに心を奪われ,ダンス教本を買って,自室でひたすらダンサーになるのを夢見る。靴修理屋を経営する父親には当然その夢は打ち明けられず,親の薦めによる工場勤めをするが,密かに応募していたダンススクールの面接を機に家を飛び出し,シンガポールに行く。幸い,そこの女性教官に目をつけられ,社交ダンスを学び始める。バイトをし,宿を借り,それなりに上達していくが,今度はこの女性教官の旦那に目をつけられ,「俺の妻に手を出すな,今すぐ自分の国に帰れ」という試練が待ち受ける。まあ,そんな感じのストーリー。この女性教官を演じるシンガポールの中国系女優ファン・ウォンがなかなか魅力的。ちなみに,この作品は2人の監督の共作のようだが,その一人はなんと『レインフォール』のマックス・マニックス。まあ,それなりに楽しめる映画でした。

六本木soft wind tomoca×太宰百合
久しぶりにオーボエ奏者,tomocaさんの演奏が聴きたくて,予約メールを送ると,なんと満席だからキャンセル待ちか立ち見かと返信がくる。この日は他にも魅力的なライヴがあったので,どうしようか迷っていると,キャンセルが出たとの連絡がきたので行けることになった。六本木交差点近くの6階にあるお店で非常に狭い。私はtomocaさんの立ち位置の目の前の席に案内される。チャージ料もドリンク&フード料金もさほど高くもないが安くもない。とりあえず,他で夕食を食べる余裕もなかったので,こちらでパスタをいただく。ちょっと量は少なめ。この日はtomocaさん企画ということで,tomocaさんのお客さんを中心に満席。窓際の席はけっこう眺めがよさそうです。太宰さんもクリスマスライヴということでお化粧にも気合が入っていて素敵。
tomocaさんのライヴは今年最初で最後だったようですね。11月に自分名義のアルバム『Lotus』が発売されたということで,その中からの曲を中心に,スタンダード曲や以前のtomocaさんの曲,そして太宰さんのオリジナル曲も。2ステージたっぷりで,やはりこのライヴにこれてよかったと思える素晴らしいパフォーマンス。また,くだらないtomocaさんのおしゃべりも魅力なんですよね。前にも書いたかもしれませんが,本当にこの人は裏表がないというか,コンプレックスを長所に換えていくような心の強さがあると思う。もちろん,太宰さんとのコンビネーションも絶妙。当然,終演後にCDを購入し,ちょっとお話。私の隣にいた4人組のうち,1人がtomocaさんと中学生の同級生というので,自然に耳に入ってきた内容から,彼女が埼玉県の出身であることが分かり,さらに聞くと,私の出身鷲宮町の南に隣接する久喜市であることが分かる。すると,近年『らき☆すた』で盛り上がる鷲宮神社の話になった。やはり地元民には有名なんだな。

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スペイン巡礼の旅

矢野純一・田沼武能 1997. 『スペイン巡礼の旅――パリからサンティアゴ・デ・コンポステーラへ』NTT出版,237p.,1600円.

私は1995年に書いた修士論文で,写真家田沼武能(たぬまたけよし)を研究対象にした。その一部が,1997年に『人文地理』に,2001年に『地理学評論』に論文として掲載された。その他にも,実証以外の部分に関してはちょこちょこ論文の一部として発表してきたが,長大な修士論文にはまだ活字化されていない部分がけっこう残っている。というか,田沼武能氏のテーマがけっこう多岐にわたっているのです。
そんなことで性懲りもなく,最近その一部をまた論文化しようとたくらんでいる。世界中を飛び回っている田沼氏が,比較的腰を落ち着けて撮影している地域が2つある。一つは南米アンデスの山間に暮らす人々の地域だ。国でいうとペルーやホンデュラス。もう一つはスペインのカタルニア地方。それぞれ主要な大判の写真集が1冊ずつ岩波書店から出版されている。また同時にこれら2つの地域については,多数の写真を用いた旅行記の類も書いているのが特徴。本書はそんな,カタルニア地方と関係の深い巡礼の旅を記した旅行記である。といっても,行政地域でいうところのカタルニア地方はこのサンティアゴ巡礼の道筋にはほとんど含まれない。カタルニア地方には古いキリスト教の寺院や修道院が多く残されており,田沼氏はそれらに深い感銘を受けていたのだが,このサンティアゴ巡礼も非常に古い歴史を有した巡礼であり,それと同時にその経路にはカタルニアと同様のロマネスク的風景や人情を残している。よって,彼が求めるものは特定の地理的範域に限定されたものではない。
実は,この巡礼路を辿る旅は田沼氏と矢野純一というフリー・ライターによって1980年代に行なわれている。その成果は1988年に田沼氏の単著『ヨーロッパ巡礼物語』(グラフィック社)として出版されている。それが今回は矢野純一氏の文章に田沼氏の写真を添える形で出版された。田沼氏の1988年の文章はきちんと読んでいないが,同じ写真も多く掲載されており,明らかに10年前の旅行記を用いたものである。まあ,本書はNTT出版の「気球の本」という新書サイズのシリーズだからよしとするか。
そういえば,この巡礼路,どこかで見た記憶があると思ったら,2年前に日本でも公開されたフランス映画『サンジャックへの道』だった。サンティアゴはフランス語ではサンジャック。なんだ,もっと真面目に歩くシーンを観ておけばよかった。ともかく優等生的な旅行記。特に私のような読者にとっては面白みに欠ける。といっても,きちんと体験記あり,調べものによる地誌的・歴史的知識ありのコンパクトな旅行記です。

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大学も冬休み

12月18日(金)

法政大学の講義は年内最後。映画もラストスパートで、ライヴの前に2本観る。

新宿ピカデリー 『パブリック・エナミーズ
ジョニー・デップ主演の実在した銀行強盗をモデルにしたもの。まあ、この手の映画が画期的に面白くなる時代ではないが、相手役がマリオン・コティヤールということで観ることにした。観終わった後、ピカデリーの出口までの長いエスカレータで、夫婦と思われる中年の男女の男の方が「うーん、中途半端だ」といっていたのが適切な感想。まあ、必要以上にドラマティックにしないところが今風なのかもしれないが、主人公の銀行強盗の技も取り立てて素晴らしいわけではないし、クリスチャン・ベールの操作方法も同様。逮捕のされ方や、最後の死に様もあっけない。まあ、最後の方でリーリー・ソビエスキーがちらっと出演していたのは嬉しいかな。

新宿武蔵野館 『ジュリー&ジュリア
私の恋人が一人で観て絶賛していたので早めに観ることにした。こちらも実話を基にしている。戦後のパリでフランス料理を学び、米国に戻ってから、テレビの料理番組で一躍有名になったジュリア・チャイルド。そして現在。ぱっとしない毎日を送るジュリーはふと思い立って、ジュリアが書いたフランス料理の分厚い本に掲載されている500以上のレシピを1年間ですべて作り、その様子をblogに書くという、「ジュリー/ジュリア・プロジェクト」なるものを開始する。これが徐々に人気を博し、1年が終わるころに新聞にインタビュー記事が掲載されたことで有名になるまでの過程を、ジュリアの側と、ジュリーの側と、平行に進めていく。基本的に脚本が重要な映画で、ひたすらしゃべるジュリーとジュリアの台詞とその展開、あるいは人物の名前についていけないところがあり、疲れる作品。まあ、字幕を必要としない状態だったらかなり楽しめたかな。それでも、事実を詰め込みすぎた感は残ります。面白いのは、ジュリアの夫、ポールを演じるスタンリー・トゥッチは、『プラダを着た悪魔』でもジュリア役のメリル・ストリープと共演している。『プラダ』では編集長のメリルとその下のファッション・ディレクターという関係。しかも、ジュリー役のエイミー・アダムスは、『サンシャイン・クリーニング』で姉妹役を演じたエミリー・ブラントは『プラダ』で編集長の助手を演じる。なかなか面白い配役。主演のエイミー・アダムス、最近いいですね。全体的には笑いあり、涙ありのいい作品です。

祖師ヶ谷大蔵ムリウイ 木下ときわ
1週間経たずにまた来たムリウイ。この日は新美博充氏のサポートによる木下ときわ(まあ、かつてはこの2人をdois mapasと呼んだのですが)。CDを発売してから初めて聴くライヴ。まあ、でもいつもどおりですね。投げ銭制なので、この日も1ステージで失礼する。やはりライヴ終わって帰りが遅いとどっと疲れるようになってしまうようになりました。2人に結婚の報告をしたかったのですが、この日は演奏の前後に楽屋に引っ込んでしまっていて、会話はできず。ちなみに、ときわさんがこの1年を振り返る的なMCのなかで、「一応、人生の一大イヴェントはありましたが」といっていて、どうやら 2人は結婚したような雰囲気ですね。

12月19日(土)

この日は東京経済大学の講義が年内最後。前日の映画2本+ライヴでかなり疲れてしまったので、この日は映画を1本だけ観て大人しく早めに帰ることにする。調べた結果、映画は吉祥寺で。最近、古本のために神保町や早稲田までなかなか行けず、もっぱら吉祥寺がいい。また思わず3冊も買ってしまう。

吉祥寺東亜興行チェーン 『イングロリアス・バスターズ
クエンティン・タランティーノ監督最新作。ブラッド・ピットを使ったナチスもの。ブラッド・ピット率いる特殊部隊がフランスに潜入し、ナチスだけを始末するという任務。史実を無視したはちゃめちゃ映画かと思いきや、けっこう真面目な感じです。まあ、最後の方でヒットラーも殺されてしまうという展開はそれだけでけっこう斬新なのかもしれないけど、まあいまさらな気もする。それでも、物語の展開は飽きさせず面白い。ダイアン・クルーガーなどの美女も起用しているし、私的には特にメラニー・ロランという女優の魅力を知りました。ブラッド・ピットも年取ったな。

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平日夜の吉祥寺、大人なライヴ

12月15日(火)

吉祥寺star pine's cafe ハシケン
ハシケンは来年15周年を迎えるそうだ。そういえば、この日と同じstar pine's cafeで開催された10周年記念ライヴにもいったっけな。ハシケンを知ったのはNUUちゃんを通じてだった。10周年ライヴがもう4年前だから、もうけっこう経っているんだな。この日のライヴはプレ15周年記念ツアーと銘打っていたので、混雑を予想していたが、先日お店で買ったチケットも整理番号7番だったし、開場から開演まで1時間あるし、最近は外食も続いているので、一旦帰宅し、夕食を自炊して食べてから出かけ、開演25分ほど前に到着。すると、フロアはかなり余裕を持って椅子が配置されていて、座っている人もまばら。せっかくなので、最前列の空席をゲットして座る。この日は赤ワインをチビチビ飲みながら読書をして開演を待つ。今年はハシケンにとって、ある一人の人と一緒に仕事をするという年だった。はじめがSAKEROCKのトロンボーン奏者、浜野謙太。続いてはコーコーヤのヴァイオリニスト江藤有希。そして最後に奄美の歌姫、中村瑞希。中村瑞希さんとのライヴには行けなかったけど、どちらのライヴにも行って、ハシケンライヴは今年で3回目。で、この日のライヴはそのハシケンハマケンとハシケン×江藤有希の合同ライヴ的なもの。そこにもう一人パーカッショニストの朝倉真司さんが加わる。
開演時間5分遅れで始まります。さすが。はじめはハシケン×江藤有希から。もちろん朝倉さんも入りますが、なぜか3人とも衣装が赤い。客席も含め、もうちょっと賑やかな会を想像していたが、平日のstar pine's cafeに相応しく、しっとりとした雰囲気でステージは進行していきます。それにしても、「走る人」のヴァイオリンが個人的にはすごいよかった。途中休憩が入り、2部はハマケン登場。見事に青系のシャツで期待を裏切る。私の目の前です。いやあ、本当に彼のトロンボーンはよくなった。まあ、SAKEROCKのは聴いていないんだけど、ハシケンとやるのが味があって良い。MCではそんなハシケンとの馴れ初め(?)が話されたが、「ハシケンバンドに補欠で入って」みたいなことをいっていたけど、そういえばハシケンさんのサポートトロンボーンはあの村田陽一さんだった。確かに、実力で敵うはずはないが、多忙がゆえに出番はありうる。そして後半では江藤さんも出てきて4人で演奏。アンコールも2回あって(足元においてあるウクレレがアンコールまで1度も使われないんだから期待するよね)、最終的には2時間強のステージでした。本編が終わった時には「もう終わり?」という感じだったが、アンコールが長かったね。でも、これで満足。
ハシケンさんとも先日の鷹の台bossaで顔見知りになったので、名前も覚えてもらおうと久し振りにアンケートを書く。そして上階に上がると、ハシケンさんとお話しているのは橋本 歩さん。ハシケンさんのblogに下北沢で歩さんと会ったという日記があって、この日はくるんじゃないかな、と思っていたら本当に来ていた。そして近くにはvice versaの石塚明由子さん。「よく会いますねえ」とお互い。そんなこんなでいろんな人と挨拶、お話。帰り際にハマケンも上がってきて、歩さんとお話している。最後に歩さんに挨拶すると、ハマケンが反応する。そう、大抵、歩さんやhitmeさんなどと知り合いだということが分かるとただのお客ではなく、ミュージシャンだと勘違いするらしい。せっかくなので、先日西荻窪で見かけたと声を掛けてみる。そんな平日の夜でした。

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世界を見せた明治の写真帖

三木理史 2007. 『世界を見せた明治の写真帖』ナカニシヤ出版,189p.,1900円.

ナカニシヤ出版が出しているシリーズの10冊目。私が読むのは,村山朝子『『ニルス』に学ぶ地理教育』,関戸明子『近代ツーリズムと温泉』に続いて3冊目。第一印象はこれまで読んだ2冊と同様に,タイトルが適切でなく,ちょっと大袈裟だということ。著者の三木氏は1965年生まれの中堅地理学者。交通史という独自の路線を地道に突き進んでいる。これだけ継続的に研究を発表し続けている地理学者はそういない。しかし,研究テーマからして私はきちんと彼の文章を読んだことはない。しかし,そんな彼がこんなテーマを取り上げるのはかなり突飛な気がして,写真研究をしている身としては,読まずにはいられなくなった。そんな事情については「あとがき」に詳しい。当初,彼に依頼されたこの叢書のテーマは「世界鉄道としてのシベリア鉄道」であった。この叢書のタイトルが「地球発見」だから,これまでのような「日本の鉄道史」では駄目である。ということで,企画者が望んだのは日本以外の鉄道の話だったが,結果的には日本国内で世界に関する史料を扱うものだった。
確かに,本書が提示するものは貴重だ。まず,古地図に対して古写真の地理学研究の不足。石井 實のいう「地理写真」を歴史的な次元に拡張すること。そして,恐らく私のものも含めた地理学における近年の写真研究がその図像にのみ限定されていること。そうした,これまでの研究の批判の上に,彼の研究が位置づけられる。しかし,最後の点に関しては,そうした近年の研究を芸術写真の図像学的研究と単純化して批判しているのは,具体的な研究を挙げていないことからも明白。ローズの写真研究などは複雑な内容を持っているのに。なので,彼の研究の位置づけに関してはあまり評価はできないのだが,彼の集めた史料はとても豊富である。しかも,その史料収集から分かった事実も2つほどあり,それは本書の大きな成果である。その一つは,明治末期に世界一周旅行をした日本人観光客のなかから,世界写真帖を出版する人物が現れたのだが,その写真帖とはなんと,旅行中に各地で買い集めた絵葉書から作っていたと思われる,という事実は面白い発見である。また,著者が日本全国でその所在を確認している「府県写真帖」とは,やはりこれも作成の中心人物がいるのだが,皇族による日本各地への行幸の際に,彼らに謹呈するために作成されたものだという。この辺りに詳しい,フジタニ『天皇のページェント』にもこの事実は書かれていなかったと思うから,膨大に収集された写真帖とともに,大きな成果だと思う。
確かに,調べてきたことが緩やかに結びついて,それらをまるごと1冊の本で紹介したくなる気持ちも分からないでもない。しかし,明らかに本書には史実を詰め込みすぎだ。読者にはそれが消化できない。それどころか,恐らく著者にも消化できていないと思う。それを何とか消化しようと,私でも読んでいないような日本の写真史の文献を読み漁った努力は評価すべきである。個人的には,上に挙げた成果のどちらか一つに限定して論を展開した方がすっきりして,また議論も深められたと思う。せっかく36ページを費やして掲載している府県写真帖は,本文での扱いの少なさで,その史料価値を低めていると思う。まあ,ともかく本書は新しい方向性に導かれようとする著者の覚書だと思っていいのではないか。著者自身が膨大に集まってきた史料をひとまず整理しているもの。まあ,これが公的な場に発表されたことで,著者以外にもこの分野の研究が可能となるし,そういう価値はあると思う。

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ウとウ

12月13日(日)

新宿シネマート 『ウェーヴ
ドイツ映画。以前にも『es』という心理実験を取り上げた映画がドイツにあった。今回もなにやら高校の演習で擬似独裁的な状況を作り出すという設定。一応、実話が基になっているらしい。ということで、『es』ほどの緊張感はなく、前半もごく自然な高校生活の様子が、教員の側と、生徒の側とで描かれる。この高校では、民主主義の正しさを違った視点から学ぶために、独裁主義と無政府主義を勉強するコースがある。主人公の教師は父親が政治活動家だったこともあり、国家権力に対抗する無政府主義的な考えには精通していて、そちらのコースを担当したいと思っていたが、教員間の差別を受け(彼は短大卒の体育教師)、独裁主義のコースを任せられる。もちろん、ドイツではナチス第三帝国の苦い思い出があるから、生徒たちも独裁主義なんて現代ドイツにはありえないと全く関心がない。その関心を引こうと、この教師はこの教室だけで擬似的にゲームとして独裁状態を作り出す提案をする。今教室のこのメンバーだけで、その演習の時間だけという限定つき。親にも怒られず「自由」を笠に着て育った生徒たちは、徐々に規律に準じることに悦びを感じてくる。そして、それは同時に個人の自由が当たり前の彼らに、他人と団結することの新鮮さを味あわせる。なかには、表面的な友人関係ばかりで人との絆を感じられずにいた生徒が、この擬似独裁団体「ウェーヴ」に心酔していくことになる。かれらの団結力と行動力は徐々にその限定を越え、広がっていく。教師はその自らの指導力に悦びを感じるが、この教師の夫婦関係、同じコースを受講していたカップルの間に亀裂が入ってくる。その功罪がどういう形で結末を迎えるのか...
まあ、たまにはこういうガツンとくる映画も面白いですな。

祖師ヶ谷大蔵ムリウイ ウナドス
新宿から祖師ヶ谷大蔵に移動。久し振りのムリウイです。そして久し振りのハンバーガー。黒ビールとともにいただきます。先日Thumbs Upで食べたフライドキチンバーガーがあまり美味しくなかったので、こちらのは格別。料金も半額以下です。そして、単にアサヒの瓶ビールをグラスに注いでいるだけなのに、なぜかここの黒ビールは美味い。
ウナドスはヴァイオリンの江藤有希さんと、私の誕生日ライヴに黒川紗恵子と出演してもらったバンドネオン奏者の早川 純さん。そして、ギターの中西文彦さんによるユニット。見たところの年齢は30歳台、20歳台、40歳台と思われます。面白い組み合わせ。でも、基本的には南米音楽に刺激を受けた3人で、それぞれのオリジナル曲を持ち寄ります。バンドネオンというとアコーディオンの鍵盤をなくしたような楽器だが、アルゼンチンのものだとのこと。最近、世界中でけっこう流行っていて、アルゼンチンからバンドネオンの流出が激しく、それを規制する法律ができたとのこと。日本には何度かのアルゼンチンタンゴブームの折に輸入され、埋蔵量はアルゼンチンについで多いのではないか、と早川さん。アルゼンチンタンゴといえばピアソラだが、この日も早川さんと江藤さんで1曲。私はピアソラのことをなんと映画で知ったんですよね。今住んでいる調布にあるPARCOキネマのレイトショーはけっこう通な特集をやっていて、10年前くらいですかね、劇中音楽にピアソラを使っている作品を特集していて観に行ったのだ。確かに、そういう意識で聴くと、ピアソラの名前を知らなくてもこれまで観た映画のなかで使われている気がしたものだ。そして、2枚組みのCDも持っている。まあ、ヴァイオリンのmaikoさんもピアソラを弾くくらいだから、ヴァイオリンとタンゴも相性はいいんでしょうね。なので、そこにギターが入っても楽器に詳しくない私にはなんの違和感もありません。そして、3人それぞれのオリジナル曲も味わいがあって素敵。残念ながら、この日は家で私の帰りを待つ人がいるので、1stステージでおいとまする。早川さんも私のことを覚えていてくれた。今度は夫婦で聴きに行くことにしよう。

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ライヴ続き週末。映画も観ています。

12月11日(金)

雨の一日。講義後、休みの恋人に市ヶ谷まで来てもらって、大学近くのカレー屋でランチ。一緒に帰宅して、パンを焼くのを手伝う。小豆餡も手作りのあんぱん。夜は一緒にライヴに行く予定だが、私は一足先に渋谷に行って、この日で公開終了の映画を観る。

渋谷TOEI 『笑う警官
角川春樹監督映画。『ハゲタカ』に続いて、大森南朋主演。かつてはどちらかというと主役よりも脇役で、独特の雰囲気を醸し出す俳優で、移転する前のユーロスペースでディープな大森南朋特集などがあったくらいだ。私もそういう彼の存在感が好きだったが、NHKドラマの『ハゲタカ』出演から、社会が彼に求める役回りが定着しようとしている。一癖あるが、信念は貫き通す、的な新しい形のヒーローなのかもしれない。相手役は松雪泰子。最近頑張ってますね。結局、この「笑う警官」というタイトルに込められた意味はイマイチ分からんが、ともかく警察の腐りきった組織に関する作品である。この手のエンタテイメントはやはり面白いですね。でも、本作の宮迫博之は全くのミスキャストか。最近俳優業もそれなりにこなしている彼だが、やはり『蛇イチゴ』のようなのがはまり役だ。一方で、かなり頑張っているのが忍成修吾君。彼は『犬猫』の舞台挨拶で一度生で見たことがあるが、けっこうその美形にビックリした。しかし、この手の映画は実際の警察組織のあり方に対してどのくらいの意味があるのか、よく考えると疑問に思う。

渋谷で待ち合わせて軽く食事。代官山に移動し、開場予定の19時過ぎにお店に着くと、ちょうど開場したところ。

代官山eau cafe Shima & Shikou DUO
お店に入るなり、伊藤志宏さんがいる。実は12月6日に志宏さんと古賀夕紀子さんのデュオライヴがZ・imagineであったのだが、私は竹仲絵里ちゃんのライヴに行っていて行けなかったのだ。「この間こなかったよね。古賀ちゃんホント、すごかったのに」と突っ込まれてしまった。満席覚悟で、20時開演のところ、19時過ぎに到着したが、天気のせいもあるのか、予約制でないために意外に空席ちらほらの程よい感じ。私たちはピアノの隣の席に座る。ちなみに、ライヴの料金がかなり上がっていましたね。前は1500円でドリンク込みだったような記憶がありますが、ドリンク込み2500円になっていました。前はチャージが安い分、料理でも食べようという気になったが、これからはちょっと厳しいかも。でも、ライヴ用のフードメニューはちょっと変わって、安目のおつまみが増えた気がする。われわれの後ろのテーブルに座っていた男女は赤ワインをボトル1本空けても足りないらしく、さらにデキャンタを追加してた。料理も2人で4,5品頼んでいたな。そういう身分になってみたいもんだ。
さて、15分押しで始まったステージ。前半はスタンダード曲中心で、とてもいいステージだった。やはりこのお店で聴くshima & shikou DUOは格別だ。なんか初心に戻った感じ。といっても、勝手に私がかれらが遠い存在になりかけていると思っているだけで、かれらは相変わらずなのだ。今年出した3枚目のアルバムはヴィクターから出たが、実はそれにも紆余曲折あって、別にかれら自身がメジャーを目指して達成したわけではない、と聞いて、なんだか安心。セカンドステージはオリジナル中心でいつも通りでしたが、この日は島さんの高校の後輩という男一人客がいて、面白かった。アップテンポの曲になると、椅子の上で体をくねくね動かして、のっているのだ。さすがに、ステージ上の島さんも彼が他のお客さんから怪しい目で見られないように、「○○君、激しいねえ」と突っ込みを入れる。以前にもsaigenjiがゲストで来た時にはしゃぎすぎて椅子を壊してしまったお客がいたが、彼も同じ高校の後輩というから、かなりすごい高校だ。しかし、この日も志宏さんのピアノソロは激しく、長かった。
帰り際に島さんともお話。この日も島さんの奥さんが来ていたが、お腹が大きくなっていたのだ。そう、妊娠8ヶ月とのこと。ますます稼がなきゃいけないですな。

12月12日(土)

この日も夜にライヴの予定があり、そのライヴ会場が東の方にあるので、一時帰宅はせずに新宿で映画2本観て時間をつぶすことにした。武蔵野館で続いて2本。

新宿武蔵野館 『いのちの山河:日本の青空Ⅱ
岩手県の山間部、沢内村の実在した村長、深澤晟雄の半生を描いた作品。副題に「日本の青空Ⅱ」とあるように、本作は大澤 豊監督による同名作品の第二段ということだが、私は観ていない。物語が続編なのではなく、日本の平和と人々の健康をテーマにした作品だということらしい。前作では憲法9条の意義について、本作では憲法25条について。本作のエンドロールは非常に長いが、本作への協力団体が非常に多く、各都道府県の「憲法9条を守る会」のような団体がかなり協賛している。まあ、そういう政治的なことを抜きにしても、素直に感動できる作品です。主役で深澤を演じる長谷川初範は、私にとっては「ウルトラマン80」だ。初代ウルトラマンからウルトラマンセブンまでは、正直いってきちんと記憶になく、おそらく覚えているのは再放送によってだと思うが、同時代的に楽しんだのは、復活したウルトラマンシリーズとしての「ウルトラマン80」だった。長谷川さんはその後もドラマや映画などで見ることがあるが、やはりどうしてもウルトラマンを重ねてしまう。まあ、そんなことはどうでもよいが、深澤氏はいろんな興味を持って、奥さんを連れて満州に行ったり、九州の会社に勤めたりとしながら、実家の村に戻ってくる。その奥さん役はとよた真帆なのだが、ちょっと年齢差が気になりますな。特に地元での就職の当てもなかったのだが、かつて地元の若い衆を集めて行っていた「憲法を学ぶ会」の人間関係から、夜間高校の英語教師を依頼され、始める。それが生徒に人気が出て、小さい村ながら教育長に任命される。すると、彼は次々とその任務の枠を超えるような試みを村のなかですることによって村長から助役へと依頼を受け、着任する。豪雪で、貧しいこの村をなんとかよくしようと尽力するうちに政策の決定権を持つべく、村長に立候補し、当選する。傍目から見ると、かなりなんでも自分で決めてやってしまうようにみえる。そのカリスマ的政治はどうなのかと思ってしまうこともないではないが、この映画を見る限りではその方向性は正しく、納得させられる。こんな政治のあり方が現実にあったのならば、素晴らしいことである。

新宿武蔵野館 『母なる証明
続いても同じスクリーン。残念ながら同じ席は先に取られてしまったが、2作品続けて最前列で臨みます。オムニバス映画『TOKYO!』で蒼井 優ちゃんを起用した不思議な作品を撮ったポン・ジュノ監督による作品。公開当時はやたらと混んでいたのはウォンビンという若い男性俳優が人気だかららしい。ちょっと知恵遅れのこの男がとある少女殺害の容疑者として逮捕される。知恵遅れがゆえに、毎晩同じ布団で寝るなどの溺愛してきた母親がなんとか彼の無実を証明すべく事件を追う、という内容。予告編ではかなり深刻な雰囲気なのですが、韓国映画特有の小ネタ満載のある意味ギャグ映画です。そういっても、殺害された少女にまつわる問題が浮上してきて事件の真相に迫ってくる展開は緊張感があります。しかし、最後はまた半分ギャグのような展開で終わってしまう。まあ、そこがいいところか。

岩本町OnEdrop cafe
岩本町駅と小伝馬町駅の間にある、休日の夜なんてとても寂しい界隈に新しくできたカフェ。そこで初めてのライヴイヴェントを、BE THE VOICE企画で開催する。かれらの今年発売された新しいアルバム『groundscape』がとてもよく、発売以来ライヴを聴けていないので、かなり楽しみにしていた。開場から開演まで1時間あったが、混み合うこと必死なので、開場時間に合わせて到着。幸い一人の席は確保。なんと永山マキちゃんのサポートとして参加のヤマカミヒトミさんの目の前だ。新宿で天丼を食べてきたので、白ワインを呑んでいると、けっこう量が多くて眠気を誘う。結局20分くらいは寝て時間をつぶす。開演時には立ち見も多く、大盛況。
永山マキ:マキちゃんはこの日もギターのイシイタカユキ氏とのデュオ。それに後半ヤマカミヒトミ氏が加わる。BE THE VOICEの和田純子ちゃんと永山マキちゃん、そしてヤマカミヒトミさん(なぜ彼女だけ「さん」なのか?)はピアノの宮嶋みぎわさんを加えた4人でLynnというユニットをやっているが、この3人が集うのは昨年の葉山blue moon以来。その時hitmeさんはBE THE VOICEのサポートだったっけな。まあ、ともかくマキちゃんの曲にhitmeさんが参加するのもまた面白い。当然、ここにBE THE VOICEのメンバーも加わって数曲。
BE THE VOICE:この日はカホンのサポートが入り、3人のステージ。今年は南條レオ氏や、滝沢スミレちゃんも入ったバンド編成でライヴをしているらしい。のっけから、アルバム1曲目の「Ms. Beauty」で始まり、私のテンションも上がります。いやいや、本当に今回のアルバムいいんです。ノリノリなわけじゃないんだけど、私の内部リズムと共振するんですよね。当然、hitmeやマキちゃんなども加わって盛り上がります。お客さんたちもいい感じ。いやあ、いいステージでした。
帰り際になぜかマキちゃんに捕まってしまう。彼女は最近政治的な問題に興味があって、社会科学者としての私に意見を求めてくるのだ。実のところ、このblogにも「地政学」などの言葉を使っているが、私自身はreal politicsにはあまり関心がないし、基本的に無政府主義者である。まあ、それでもお勉強のレベルでは一般人よりはある種の論理を持っているので、それなりに討論。マキちゃんが他のお客さんの対応をしている間に純子さんにも挨拶。あちらから「結婚されたんですって。おめでとうございます。」と嬉しい言葉。外は夜も深まって風が強くなり、さらに寂しい岩本町界隈でした。

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雑学者の夢

多木浩二 2004. 『雑学者の夢』岩波書店,183p.,1800円.

多木浩二の作品はチェックしているはずだが,古書店で発見した本書が2004年の発行でちょっとショック。本書は岩波書店の「グーテンベルクの森」というシリーズもので,さまざまな分野の執筆者に,自らの読書歴を交えて書かれたエッセイである。といっても,他に私の興味をそそるような著者はいないので,このシリーズ自体知らなかったことは仕方がない。
多木浩二という人物は,彼の著書を10冊以上読んでいる私にとってもある意味捉えどころのない批評家である。しかし,そもそも私が「批評家」と呼ぶ人物は○○学者と呼べるような基礎をもっておらず,かといっていい加減な「評論家」ではなく,知識をひけらかす単なる博学者でもない。ある意味では,私自身が批評家でありたいと願う以上,この呼称で呼ぶ人物には尊敬の念を抱いている。
といっても,本書がそんな読書歴に関するエッセイとは知らず,一見したところでは初学者向けの雰囲気があって,あまり読もうとは思わなかった。第一部は「記号と構造」と題され,ロラン・バルトとソシュールが論じられるのだから,「多木浩二たるものが何を今更」という印象があったが,第一部の最後に,「初期ベンヤミンの言語論」と題された第四章があり,最近オースター『ガラスの街』関連で読んでいるベンヤミン「翻訳者の使命」が検討されているらしいので,800円という安価も手伝って,購入することになったのだ。そして,なんとなく購入した外出先で「序文」を読んでいると,これまでほとんど知ることのなかった,多木浩二の略歴が自身の筆によって書かれているではないか!ということで,やはり書物ってのはきちんと読んでみるまで中にどんな発見物があるのか分からないのだ。だから読書はやめられない。私の同業者のなかには,けっこう目次を読んで分かった気になる人や,書物を冒頭から読まず,自分の知りたいことだけを効率よく得ようとする人が意外に多くてビックリする。
しかし,多木浩二氏はそういう読書の愉しみを教えてくれる作品の著者でもあるから,彼自身の読書歴がそういうものであることを知って嬉しくなる。そう,多木浩二はそもそも始まりからして○○学者という経歴を有しないのだ。ほとんど独学に近い形で,興味の赴くままに,まさに「活字の海を航海する探検家」だといえる。ちなみに,多木は18世紀英国の探検家,ジェイムス・クックの研究に人生の一部を捧げている。
既に書いたように,本書はロラン・バルトから始まる。そして一つさかのぼってソシュール。その辺りから,かなり言語学にはまったようだ。そしてバンヴェニストにたどり着き,あまりにも言語学に傾倒するバランスを戻すために,ベンヤミンが登場する。多木浩二にとってこれまでの著作でもベンヤミンが非常に重要な思想家であることは分かったが,ベンヤミンの言語論から入っているとは少し意外。そして,ベンヤミンの幼少期の記憶と都市の関係を論じた「1900年頃のベルリンの幼年時代」から,『パサージュ論』へと,だんだん歴史記述の問題へと関心を移行していく。
晶文社のベンヤミン著作集はずいぶん集めてきましたが,5巻本の『パサージュ論』はまだ読んでいない。もちろん,この作品は誰かの概要で読まずに済ませるようなものではないが,やはり今私が関心を持っている事柄には必読書であることを思い知らされる。やはり,多木浩二氏の本からは必ず得るところがあるが,本書の魅力はやはり多木氏が飾らずに自分のことを書き記していることではないだろうか。概して,このレベルの著者は,私には非常難解だと思われるベンヤミンもフーコーも,全ての著書を読んでて当たり前,しかもその内容も理解していることが前提でその先を論じるような論調で書かれるが,多木氏はフーコーの著作に対しては未だに挑戦しているという。ベンヤミンの言語論についても,それ以前に言語学著作を多数読んだからこそ,少しずつ理解できるようになった,と素直に書いていること,これである。まさに「読書の愉しみ」を教えてくれる本。

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映画の論理

加藤幹郎 2005. 『映画の論理――新しい映画史のために』みすず書房,229p.,2800円.

本書は,著者がさまざまな要望に応じて発表した原稿をまとめたもの。それは百科事典的な書物だったり,公開講座だったり,共同研究の成果として学術雑誌に掲載されたもの,新聞に連載された小文をあわせたもの,だったりする。他人から求められたテーマに対して何ができるか,これも研究者の力量をはかる大きな指標になると思う。そういった意味では,やはり加藤幹郎は加藤幹郎だということを思い知らされる著作である。私が先日続けて紹介した,神田孝治氏の『レジャーの空間』と『観光の空間』に寄稿した多くの研究者は,自らの既存の研究を発展させないままその縮小版でお茶を濁したり,新たな展開をしたものでもその文章の短さに屈していたりと,芳しい成果は上っていない。まあ,自分はどうかといわれると,論文を書き始めて15年以上経つわけだが,純粋な依頼原稿は2つしかない。一つは1996年の月刊『地理』に掲載した甲斐バンドもの。もう一つは,2002年にINAX出版の季刊誌『10+1』に掲載した泉 麻人論。もう少しゆるい感じの依頼も含めれば,指導教官の科学研究費報告書に掲載するものとして書かれ,後に2000年の『季刊地理学』に掲載された論文,2001年に所属していた教室が不定期で発行している雑誌『理論地理学ノート』に掲載された論文もある。どれも,求められている水準以上のものは書けたという自負がある。しかし,一向に依頼原稿は増えない。
まあ,そんな話はどうでもよいですね。本書の第2章では珍しく,「映画史の今日的変容」と題し,『マトリックス』,『タイタニック』,そして『千と千尋の神隠し』などが批評の対象となる。そう,加藤氏は基本的に同時代的な映画批評ではなく,映画史研究者である。本書でも,第3章で取り上げられるニコラス・レイや第4章で取り上げられるジョーゼフ・コーネルなど,古い映画に詳しい人でもほとんど知らないような映画作家を取り上げる(といっても,ニコラス・レイはジェームス・ディーン主演『理由なき反抗』の監督でもある)。まあ,彼の議論は決して,これまで映画史で無視されてきたということだけを理由にするような全体主義的な動機ではなく,かれらの作品がいかにビッグネームの映画監督の斬新さを先取りしていたか,ということにある。それにしても,本当に加藤氏はどんな生活をしているのか,その研究にかける情熱には驚く他ない。よく,職業的な映画評論家は,朝から晩まで試写会にこもって,新作を観続けることを強いられ,純粋に映画を楽しむことを忘れてしまい,評論文もろくなものが書けない,という話を聞くが,加藤氏の日常もそれに近いのだろうか。でも,彼の文章は少なくとも研究対象として観ている作品も絶対に楽しんでいると思わせる。しかも,第2章を読んでも,歴史的な作品を網羅的に観ようとしている加藤氏が,けっして現代の作品を蔑ろにしていないことも分かる。確かに,私が歴史書を読む時に,一つ一つの事実が関連しあって,読めば読むほど楽しめるように,映画のさまざまな技法や監督や俳優,もちろん撮影者や製作者など,次から次へと関連しあって,その知識の体系が出来上がる過程だけでも楽しいのかもしれない。私もできるだけ同時代の映画を観るようにしているが,監督や俳優,音楽などの関わりを知ることがその鑑賞の楽しみの多くの部分を占めているともいえるし。
とにかく,本書には私のような読者がDVDなどで探しても観ることができないような作品が多く取り上げられ,まさに彼の映画研究の一部が純粋な歴史研究であることも確認できる。ともかく,映画とは単なる芸術作品ではなく,時にはプロパガンダにも利用される政治的なミディア(加藤氏は英語の発音をカタカナに表記する時にかなりこだわりを持っていて,メディアとは書かない)であるし,その成立にはもちろん資本主義的な経済システムなしには考えられない。なので,彼は映画というものを通して,人文・社会科学全般に関する知見を深めようとしている。まさに,やりたいことが山ほどあって仕方がないのだろう。ともかく,幸い同時代的に活躍している研究者なので,なんとか彼の書くペースに私の読むペースが追いついてゆけるだろう。そして,私も映画については趣味を実益にできるようになれば良いと思う。

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2日連続橋本 歩@吉祥寺

12月8日(火)

吉祥寺star pine's cafe A Tribute To THE BEATLES 2009
先日、瓜生明希葉さんのライヴでサポートヴァイオリンの岡村美央さんの演奏を久し振りに聴いて、思わず行くことにしてしまったライヴ。チェロの橋本 歩さんも以前から参加していた、毎年恒例のイヴェント。私は初参加です。12月8日のジョン・レノンの命日付近に行われていた「トリビュート・トゥ・ジョン・レノン」を10年やっていて、今年からビートルズに変わったらしい。歩さんもそうとうのジョン・レノン好き。このイヴェントは、主催者がベーシストの山田章典さんで、ギタリストの松田 肇さんと始めたらしい。松田さんの名前は歩さんのライヴスケジュールでたまに見かけます。札幌でUKロックのお店をやっているという川尻一明さんをヴォーカル&ギターで迎え、本園太郎さんという人とフロントを務める。もう一人女性ヴォーカルでSAMMYさんという人が加わり、バックはギター宍倉聖吾さん、ドラムス田中 徹さん、キーボード野崎洋一さんというメンバー。後で調べたら、宍倉さんが竹仲絵里ちゃんと同じレコード会社、野崎さんは松田聖子のバンドをやってたりして、意外に豪華ですが、私が普段行っている近辺で活躍している人は少ないようで、かなりのアウェイ度。
そもそも私はビートルズは特に好きではないんですよね。遠藤賢司が「ビートルズをぶっとばせ」って曲を歌っているけど、これはビートルズの「悲しみはぶっとばせ」のパロディだったんですね。ちなみに、三宅伸治は「ベートーベンをぶっとばせ」という曲を歌っているが、はじめ遠藤賢司はそのパクリかと思っていた。しかも、以前ここstar pine's cafeで遠藤賢司と三宅伸治が対バンしたことがあって、そこでも「ビートルズをぶっとばせ」を歌ってたんだよな。まあ、その歌詞どおり、まあビートルズの曲はもちろん素晴らしいけど、それを神聖化するのはどうかと思うし、私がわざわざCDを買ったりして聴くまでもないと思ったり。それだったら、もっと地道に頑張っているミュージシャンの売り上げに貢献したい。まあ、そんな感じですが、こういうお祭り騒ぎで白けているのもなんですし、前半から楽しみました。残念ながら前半はストリングス隊はお休みで、その代わりではないですが、私でも知っているようなシングルメドレーを中心の展開は素朴に楽しめますね。前半ですでにお腹いっぱいになってしまっていますが、後半に入ってもなかなかストリングス隊が出てこずにイラつく。
ようやくストリングス隊登場。ヴァイオリンの岡村美央さん、ヴィオラの梶谷裕子さん、そしてチェロの橋本 歩さん。山田さんはウッドベースことコントラバスに持ち替えて、ストリングスカルテットの出来上がりです。ストリングス隊登場とともにバンドメンバーが減り、ヴォーカル3人がそれぞれ1人1曲ずつ、ストリングス+αだけをバックに演奏するコーナーが一つの見もの。歩さんの姿はちょっと観づらかったですが、私の席からは岡村美央さんの姿はばっちり。ビートルズのメンバー、ポール・マッカートニーにかけて「PAUL」と胸に大きく書かれたベストを着ていてお茶目。もちろん、歩さんも赤字にきちんとデザインされたビートルズTシャツを着ています。なかでも、オリジナルでもストリングスが中心の「Eleanor Rigby」は格別でしたね。このくらいだとチェロの音もしっかりと目立っていい感じ。もちろん、後半はバンドメンバーも増えてきて、ストリングスの音がだんだんかき消されますが、楽しそうにノリノリで演奏する歩さんの姿を見るだけでも楽しい。アンコールも含め、終わったのは23時前。いやいや、長かった。歩さんにも挨拶したかったけど、出てくるまで待つのも厳しいのでそのまま帰宅。

12月9日(水)

この日のライヴはちょっと遅いし、外食が続くので、家で軽く食べてからと思い、パンを買って、ベーコンとキノコのミルクスープを作っていると、なんと恋人が帰宅。珍しく予定時刻よりも早く退社したとのこと。彼女の勤務先は基本的にシフト制だが、勤務予定時間にあらかじめ8時間以上の「残業」が含まれている。シフトは16日から翌月15日までなので、もう今月は残業時間の上限が迫ってきているのだ。まあ、夕食は一人分しか作っていないが、一人で家にいても寂しいということで一緒にライヴに行くことにした。一人分の夕食を2人で分け、足りない分は会場で食べるということにする。

吉祥寺strings AYURI
橋本 歩さんと仲の良い(同じ音楽大学出身です)ピアニスト太宰百合さんが、帰国後の歩さんを招いてのセッションがようやく成立。この日は歩と百合でAYURIと名づけたこのセッション、とりあえず1回目だそうです。この日はパーカッションの石川 智さんとベースの佐藤慎一さんを招いてのステージ。なにやら石川さんの小学校の同級生なるお客さんたちがいてビックリ。1人で予約していましたが、なんとか2人で入れてもらう。私たちが入った頃は空き空きでしたが、演奏開始予定時刻には満席。赤ワインを250mlのデカンタで頼み、ピザも注文。前日の派手めな演奏とは違って、控えめで大人な演奏のリズム隊。こうした4人くらいだとチェロの音も十分に響き渡ってなんとも心地よい。しかし、やはりピアノの先端のこの席はピアノの音が近すぎてちょっと。でも、今回は無理に用意してもらった席なので文句はいえません。この日は出演者全員のオリジナル曲を中心に演奏するということで、歩さんの曲をなんと3曲。それもairplantsの曲ではなく、ボストン滞在中に書いた曲や、最近自宅にコタツを導入したとのことで、そのコタツに包まりながら書いた曲など。すべて、人前で演奏するのは初めてとのこと。1曲は米国で焼き鳥が食べたくて妄想したというサンバの曲。もう一曲は「bird bird」というまた鳥の曲。この曲もよかったなあ。airplantsの曲って、ほとんど他の編成ではやらないので、歩さんの曲をきちんと聴けるのはなかなか貴重な機会。昨年の私の誕生日ライヴの時も結局、自身の曲はやらなかったし、控えめな歩さんだから、今回のことは太宰百合さんの力が大きいのでしょう。このセッションは引き続きやってほしいものです。
久し振りに対面する私の恋人と歩さん。久し振りにゆっくりお話したり、太宰さんにも結婚報告をしたり。この日はアンコールも含めて22:30にきっかり終わったのですが、2人ともちょっと呑みすぎたこともあるので、早めに帰宅。

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吉祥寺献血ルーム新装開店

12月5日(土)

講義の後、吉祥寺へ。新しくなった献血ルームで献血。確かに新しくなって広くなったんだけど、なにやら雑誌や本が少なくなっていて、広くなってもベッド数は変わらないようで、回転も悪い。そして、3人の男性スタッフもなんだかイマイチ。普通は検査をして待ち時間なんだけど、ひたすら待ってから検査。それだったらそういってくれれば外出できるのに。予想よりも時間がかかってしまい、献血ルームでドーナツとアイスクリームはしっかりいただきましたが、ランチ抜きで急いで新宿へ。武蔵野館で『母なる証明』を観ようかと思ったら時間を間違えたので、急いで前売り券を買ってシネマート新宿へ。

新宿シネマート 『銀色の雨
もう予告編も始まっている時間なのに、受付のお兄さんは随分のんびり。でも、座席数の多いスクリーンで、予告編も長かったのでそんなに急ぐ必要はなかったのかも。本作は浅田二郎が原作。賀来賢人という若い俳優演じる主人公は高校生。鳥取県の田舎町が舞台。いろんなもやもやを抱えつつ、住み込みの新聞配達をしながら陸上競技中距離層に励んでいる。そんなある日、むしゃくしゃして新聞配達の先輩を殴ってしまい、家出をする。訳もなく東京に行くつもりだったが夜も遅く、米子で足止めを食らう。そんな時に現れたのが前田亜季。そして、中村獅童。中村演じるのは引退間近のボクサー。米子出身だったが、不良高校生だった彼は17歳で中退し、上京する。当てもなく喧嘩の日々のなか、やはり鳥取県出身のボクサーに拾われ、ジムに入る。日本チャンピオンにまでなったが、その後は下り坂。実家の近所の人が母親の身を案じ、連絡をしてくる。それで、18年ぶりに帰省してきたところだった。そんな3人が奇妙な共同生活をしながら、お互いのわだかまりに向かい合っていくという展開。主人公と中村演じるボクサーが最後の方で大きな係わり合いがあることが発覚する。さすがに、原作がよくできているので、飽きさせません。しかし、この賀来賢人という若い俳優はまだまだだし、中村の演技もちょっと臭いな。そんななかで、輝きを放つのが前田亜季。私は彼女の演技をおそらく『最終兵器彼女』でしか観たことがないので、かなり驚いた。スナックで働いているという設定だから、男性に対して開放的だということはあるが、主人公とじゃれあうシーン(恋人というよりも姉弟という関係)や、喧嘩で傷ついた中村を手当するなかで、傷を舐めるシーン。なかなか保守的な女優ではああいう演技はできません。姉妹揃って(お姉さんは最近結婚した前田 愛)度胸の据わった演技はとても観ていて気持ちよい。他にもそこそこいい俳優が出演していて、なかなかいい作品です。

12月6日(日)

やりたいことがけっこうたまっていて、この日はライヴが横浜だし、17時開場と早いので、映画はやめにして、自宅でいろいろ。ジョギングしたり、年賀状を描いたり、バナナのパウンドケーキを焼いたり。

横浜Thumbs Up 竹仲絵里
このお店で竹仲絵里が単独ライヴをやるってので、楽しみにしていたが、先行予約ではずれ、一般発売はなんと4分で完売(土曜日の10時は講義中なり)、なんとかお店の電話予約で最後の1枚をゲットした。その整理番号はB-6だったので、もしかしてと思ったが、ファンクラブ先行→プレイガイド→お店予約、の順で、開場時間に集まったなかでは最後の10人のうちの一人だった。しかも、同じ電話予約で現れたのは、いつも一十三十一ライヴで最前列を確保する背の高い男性。私はThumbs Upにはよく来ているので、事前にチケットを引き換えたが、彼はそれすら知らず、しかも我が物顔で電話予約者の先頭に立つ。この人はライヴ中も楽しそうな顔をしないし、私のなかで印象良くないな。そもそもなぜ竹仲絵里なのか。代官山LOOPで一十三十一とジルデコが対バンし、その後ジルデコと竹仲絵里の共同イヴェントがあったからか。まあ、ともかく近くの席にならないように注意し、意外にも楽屋に近い、ステージの見下ろせる席を確保。英語論文を読んだり、巨大なフライドチキンバーガーと格闘したりしているうちに、開演時間までの1時間は難なくすぎた。
ステージ上のセットで残念ながら岡村美央さんの出番はないようで、ピアノの小林健樹さんとパーカッションの宮川 剛さんだということが分かる。開場予定時刻を5分と遅れずにスタート。途中休憩を挟んだかどうかは忘れたけど、ダブルアンコールまで含めて2時間半。素晴らしいステージでした。あまり書くことはありません。ただ、この日は話が長かった。ツアー中にマイケル・ジャクソンのドキュメンタリーフィルム『This is it』を観たという話と、「Heal the world」のカヴァー。なぜか、2012年の世界滅亡の話になったり、宮崎 駿好きの話も長く、『天空の城ラピュタ』の曲をカヴァー。健樹さんと宮川さんの仲良しぶりに「2人は付き合ってます?」といったり。宮川さんもかなり工夫を凝らして楽しみまくってます。そして、絵里ちゃんの楽しそうな顔。やはり彼女は単独ライヴの時が一番リラックスしていますね。まあ、イヴェントなどでの張り詰めた緊張感も好きですけど。

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夫婦でライヴ、映画

12月3日(木)

翌日もお休みの恋人と一緒にライヴ。CDで聴いていた鈴木亜紀さんをライヴでも聴いてみたいといっていたし、一緒に観た映画『パーク・アンド・ラブホテル』に中ムラサトコさんがでていたし。私も矢野絢子さんは一度聴いてみたいと思っていた。久し振りの晴れたら空に豆まいてだ。

代官山晴れたら空に豆まいて 鍵盤女
開場から開演まで1時間。こういう時、2人だと嬉しい。でも、張り切ってここで夕食を食べるつもりだったけど、以前よりメニューが減っていた。お腹にたまるようなのは、ハッシュドビーフご飯(いわゆるハヤシライスか)のみ。豆のつまみとともに、2人でそろってホットワイン。まもなくTOPSさんも来たので、一緒のテーブルを囲む。
鈴木亜紀:トップバッターは亜紀さん。いつも通りの印象。亜紀さんのホームともいえる外苑前Z・imagineよりも広い空間ではちょっと歌が弱く聴こえる。ぼちぼち新曲がほしいところか。あるいは最近唄っていない昔の歌を歌うようにするとか。でも、CD録音の曲をピアノのみで弾き語るのも難しいのもあるんだろうな。
中ムラサトコ:久し振りのサトコさんのパフォーマンスにはすっかり楽しませてもらった。恋人はひどく気に入った様子でCDまで買い求めた。ついでにサインまで。この日は彼女が自分の子どもたちも連れてきていた。まあ、初めて聴いた時の衝撃はよく分かります。それにしても、この人の変わらない笑顔はすごいと思う。これこそ女性のパワーだな。
矢野絢子:対照的に、あまり笑顔を見せない、基本的にネガティヴさをパワーにしているシンガーソングライター。こういう、ピアノに向かって精神統一をしてから唄い始めるシンガーに久し振りに出会う。小さな体に秘められたパワーはさすがに人を惹きつけるものを感じる。でも、今私が求めている音楽とは違うかな。
意外に1人1人のステージが短いのには理由があって、転換の時間もなかった。一気に3人が演奏して休憩。休憩中にわれわれの席の近くに亜紀さんが座ったので少しお話。結婚したことを報告し、けっこう近所に住んでいるということをネタにお話。
休憩を終えて、3人のステージ。アンコールとは違ってたっぷり。1人2曲を2周り。アンコールも含めて8曲くらいやったでしょうか。しかも、われわれとの話が影響したのか、亜紀さんはいきなりウェディングソングを弾きだしたり。グランドピアノと電子ピアノとオルガン。3人が入れ替わり立ち代りで演奏。矢野絢子さんは出身が高知ということで、よさこいの時に使う「鳴子」のようなものでリズムを取る。でも、よく見ると、小さなしゃもじのようだ。
さすがに、パワーある3人の演奏は聴く方もそれなりに疲れます。

12月4日(金)

この日も恋人はお休み。私もライヴの予定がないので、近所で上映時間が長い映画を観ることにする。一度帰宅して家で昼食を食べ、調布までお散歩。

調布PACROキネマ 『沈まぬ太陽
山崎豊子原作の大作を映画化したもの。昨年公開された『クライマーズ・ハイ』も1985年の日本航空の墜落事故を扱ったものだったが、本作もその前後の日本航空をモデルにしたもの。しかし、便名まで同じなのに、「国民航空」という仮名を使って、フィクションであることを強調している。本作では、墜落事故は後半の一つのエピソードに過ぎない。物語の始まりはそれから20年以上さかのぼる。1968年に大学紛争で噴出する左翼的なエネルギーはそれ以前からマルクス主義的な思想の影響力は強かったようだ。渡辺 謙演じる「恩地」は国民航空の労働組合の委員長。三浦友和演じる「行天」(この不自然な苗字はどうなのだろうか?)とともに一時代を築く。もちろん、組合で活躍した人物は上層部に良く思われるはずがない。行天はあっという間に立場を換えて、上層部に取り入り、出世街道をつきすすむ。一方で、恩地は海外勤務を言い渡される。2年のパキスタン勤務で組合時代のことは水に流そう、的な説得だったが、その後もイランやケニアに飛ばされる。そして起こった1985年の墜落事故。この作品では、その原因が利益追求の上層部による経営方針、すなわち現場の低賃金と苛酷な労働環境としている。顧客の安全が二の次にされたと。もちろん、表立っては社長の辞任などで、会社再建を図る。総理大臣直々に取締役会長に石坂浩二演じる国見という人物が指名され、国見はそれなりに新しい試みに乗り出す。その時に恩地が呼び出されるのだ。もちろん、社長が辞任しても残った上層部(しかも、新たな社長は官僚出身の天下り)は新たなブレインとして行天を使い、役人とも癒着しながら、会長と恩地をつぶしにかかる。まあ、そんな展開。それでも恩地は信念を曲げず、会社に残り続ける。上映時間3時間以上の大作で、途中10分間の休憩を挟む。チョイ役でも主役級の俳優を配し、とにかくお金がかかっています。でも、飛行機の映像は全てCGによるもので、安っぽい印象が否めない。それにしても、20年前に白血病を患った50歳とは思えない力のある演技と若さ。映画で彼の演技をきちんと観るのは初めてかもしれませんが、意外にもジュード・ロウっぽい語り口が印象的でした。まあ、ともかく見ごたえのある作品。先日『代行のススメ』で観た、故山田辰夫氏のいやらしい演技も、鈴木京香の娘役ってのもどうかなと思いながらもやはりスクリーンに釘付けになってしまう戸田恵梨香もいいな。

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シェイクスピア最後の夢

フランセス・イエイツ著,藤田 実訳 1980. 『シェイクスピア最後の夢』晶文社,256p.,2370円.

前回,イエイツの本を読んだのは,2008年8月で,『薔薇十字の覚醒』だった。イエイツの本でまだ入手していない本はあるが,手元にあって読んでないのはそれが最後だった。その後,新たに入手したのが本書。まだ読んでいないところでは,『16世紀フランスのアカデミー』は新刊でも比較的入手しやすいように思うが,『星の処女神とガリアのヘラクレス』と『エリザベス女王』の2冊は以前新刊で見かけていたのに,最近は古書でもすっかり見かけなくなってしまった。と,今Wikipediaで調べたら,彼女の著書は『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス学の伝統』以外は翻訳されているらしいし,この本も来年工作舎から翻訳出版予定とのこと。
ともかく,この『シェイクスピア最後の夢』はこれまで一度も現物を見たことがなかったのだ。なので,本書を古書店で見つけたときには本当に嬉しかった。しかも,かなり安価で驚いたものだ。こういう発見があるから古書店通いはやめられない。さて,本書のあとがきを読むと,イエイツの出発点には,シェイクスピアの『恋の骨折り損』研究があるらしい。しかし,英国人である彼女はシェイクスピアから距離をとりながら,ルネサンス研究を続けてきた,という。1899年生まれのイエイツだが,本書の出版は1975年。70歳台後半でこんな本が書けるってことが驚き。
さて,本書はイエイツが1974年に行なった4回の連続講義の原稿がもとになっている。そして,最終章として1章を加えたもの。原題は「シェイクスピアの最期の劇」といって,1600年代後半からの『ペクリーズ』,『冬物語』,『シンベリン』,『テンペスト』,そして『ヘンリー八世』の5作品のことを意味する。そして,本書はまさにこの5作品をこの時代に生まれたひとまとまりのものとして捉えようとするもので,副題に「一つの新しいアプローチ」とある。私も東京経済大学の「人文地理学」の講義で『テンペスト』をとりあげて,本橋哲也氏の論文を利用して,この作品が植民地支配という政治的状況と,近代科学とヘルメス的魔術との狭間という哲学的状況とで話をしているが,まさにこうしたシェイクスピア理解を提示したのが本書だったのだ。といっても,本橋氏はイエイツについて言及せず,グリーンブラットやピーター・ヒュームを引いている。まあ,ともかくイエイツはルネサンス期における魔術的哲学をイタリア,フランス,ドイツと研究してきて,ルネサンス後進国であったイギリスに戻ってきて,その大きな影響をシェイクスピア作品に読み取った。
序章はこれまで私も読んできた彼女自身の作品の総括がなされていて,簡潔だがとても面白い。そして,全てが関連してこの本への道筋を導いていることが分かる。しかし,1章はなかなかシェイクスピア作品の話にならず,当時の英国の王朝の歴史が辿られる。それはひとことでいえば「エリザベス朝復興運動」ということになるようだ。エリザベス一世とはもちろんケイト・ブランシェットがはまり役だった映画『エリザベス』であり,また『ブーリン家の姉妹』でナタリー・ポートマン演じるアン・ブーリンの娘でもある。エリザベスの死後,王座を継承したのはジェームズ一世であり,その娘がまたエリザベス。このエリザベスの1613年の婚礼とシェイクスピアとが大きく関係しているというのだ。1章はよって,その後の作品分析の前知識である。
2章は『シンベリン』の,3章が『ヘンリー八世』,4章が『テンペスト』の分析。やはり正直なところは,ちゃんと読んだことのある『テンペスト』の章は面白かったけど,他の章は私の知識不足で十分に楽しめなかった。やはりシェイクスピア作品くらいは読んでおくべきだ。しかも,一度読んだくらいじゃなかなかその研究の理解度は深まらない。

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やはり12月はライヴが増えそうです

11月29日(日)

シネカノン有楽町1丁目 『アンを探して
とんねるずの石橋貴明の娘、穂のか主演映画ということで話題になっていた作品。あんまり期待せずに観たんだけどすごくよかった。穂のかはともかく、周りが良い。まずは、断片的な映像としてしか出てこない吉行和子。彼女が穂のか演じる「あんり」の祖母役。若い頃に両親を亡くして(?)祖母と2人暮らしのあんり。祖母と一緒に行くはずだった、『赤毛のアン』の舞台、カナダはプリンス・エドワード島。なぜかあんりは一人で空港に降り立つ。そこで迎えてくれるのはイタリア生まれの日本育ちという設定のロザンナ。祖母が運営していたホームページで知り合った友人。到着してもはしゃぐことなく、沈んでいるあんり。実は直前に祖母が亡くなってしまって、その寂しさを癒すため、祖母の憧れだったこの島にやってきたということ。もちろん、やはり日本人建築家の夫を亡くしたロザンナと会わせるのも目的。祖母が亡くなった後に出てきた昔の日記から、彼女の初恋の相手がこの島にいるかもしれない、というのがあんなが密かに旅の目的としていたこと。島の人との触れ合い。そして目的を達成するまでの道筋。そうしたあんりの成長物語、と書いてしまうとありきたりなストーリーですが、なんか久し振りに映画で泣くことができました。そんなに大幅には成長しない主人公を穂のかが演じたこともちょうどよかったのかもしれません。監督はこの島在住の日本人女性だそうです。

映画が終わり、アップルストアへ。開演10分前のつもりだったが、お客は数えるほどで、しかも時間を気にせずリハーサルをやっている。私は席に座ってレポートの採点をしていたが、よく考えたら自分が立てたスケジュールに、映画とインストアライヴの間には余裕があったのだ。そう、開演時間を1時間間違えていた。ということで、そそくさと会場を離れ、近くのカフェでレポートの採点の続きをしながら時間をつぶす。再び、18時10分前に到着すると、かなり席が埋まっています。

アップルストア銀座店 small color
この日は1時間を使って、four colorという似た名前のソロユニットの男性と合同。先発のfour colorはエレキギターを使うが、基本的にはMacを使っての音響系。冒頭にはエレキギターのプラグを挿したり抜いたり、バチバチしながらのノイズ作り。こういうの感心しないなあ。結局、曲というものはなく、30分間無言で機材をいじりっぱなしの演奏。目を閉じて休憩させていただきました。
続いてはsmall color。この日はスライド上映の首藤幹夫さんもご一緒です。オオニシユウスケさんはすっかり髪の毛が伸びて、上で結んでいます。顎鬚もボリュームアップ。以前の戸田和雅子@leteの時のように、島 裕介さんとセッションしてほしい。髭対決。small colorの2枚目のアルバムは1枚目から数年経っていることもあって、かなり路線は違う。でも、ライヴだとあまり違和感はないですね。個人的には良原リエさんの歌声は嫌いじゃないんだけど、少し出し惜しみしてたまに歌うくらいがいいと思う。素晴らしい演奏だったけど、予定時間を大幅に超過するのは勘弁してほしい。

12月2日(水)

渋谷7th floor 君が唄う唄
以前は「ナナカイ☆レディースデー」という名前だった、お笑い芸人チョイチャックの川合鉄平氏によるイヴェント。直前までそれとは知らず、久しぶりに高橋ちかちゃんを聴くためにやってきた。出番は20時台ってのがわかっていたけど、久し振りにいろいろ聴いてみようかと、開場時間に合わせて入店。ビールにオムライスで、レポートを採点しながら待ちますが、19時を前にオープニングアクト登場。なんと、16歳の高校1年生だというmayu。他にも途中に3曲のみの飛び入りなどあり、最終的には全部で6組になりましたが、目当てと気になった3組のみレポート。
ヒグチアイ:なんとなく、見たことあるような名前ですが、聴くのは初めて。一人ピアノ弾き語りで、かなり低音が響き、声量はすごい。この日はものもらいができてすっぴんとのことだが、なんと20歳になったばかりという。ちょっと要チェックかも。
一人で予約していたこの日のライヴですが、意外に仕事が早く終わりそうという恋人を誘ったら、4組目の演奏中に登場。茹で落花生とチキンタコライスを食べながらお目当ての高橋ちかちゃんのセッティングを見守ります。
高橋ちか:この日はベースのサポートを入れての前半。最後何曲かという構成。やはり出演者が多いので、持ち時間は短かったようです。あまり好みでない演奏を聴くのは長く感じますが、ちかちゃんのステージはとても短く感じました。今年、彼女のステージは結局2回目でしたが、着実にギターも歌も上手くなっている。そして初めて(あるいは1,2回)聴く曲たちもいい感じです。来年早々のワンマンライヴも楽しみで、早速チケットを購入。私の顔は覚えていないようでしたが、チケット購入時にお話もさせてもらう。
瓜生明希葉:TOPSさんお薦めの女性シンガーソングライターでしたが、ようやく聴くことができます。セッティングにステージに現れたのはヴァイオリニストの岡村美央さん。期待はしていましたが、本当に出てきて嬉しい。他にギターの男性と3人のステージでしたが、ギターは前の人の頭で全く見えず。瓜生さんはピアノで歌います。ちょっとほんわかした感じの、甘い歌声。恋人が隣で「松田聖子みたい」とつぶやく。確かに、独特の世界観で曲も面白いけど、私もど真ん中ではないので、2曲目から登場の岡村美央さんに集中。ちょうど私の位置からはよく見えます。いやいや、本当にこの人は素晴らしいです。弾いている姿ももちろん音も。以前に瓜生さんと対バンした時にcasaの2人が美央さんに釘付けになってしまったというのは確かですよね。思わず帰宅して、8日のビートルズトリビュートライヴの予約をしてしまう。橋本 歩さんとともに、岡村美央さんも出演するのだ。
帰り際、楽屋の奥に美央さんの姿を発見したが、気軽に手を振ったりもできずに帰宅。夫婦で一緒に帰れるのは幸せ。

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今年のライヴは外れなし

11月27日(金)

講義後、渋谷で恋人と待ち合わせ。ユーロスペースで映画の受付をし、タリーズコーヒーでランチ。

渋谷ユーロスペース 『つむじ風食堂の夜
八嶋智人主演、篠原哲雄監督作品。『わたし出すわ』に続いて、函館を舞台にした作品。とある洋食屋の常連たちの物語。ミニマルセットということもあり、きわめて演劇的な作品。お相手役は月船さららだが、宝塚出身の彼女もそれらしく大げさな演技。洋食屋の常連のなかに、八百屋のお兄さんがいるのだが、彼の語りがなかなか面白い。ち私はょうどアリストテレスの『天体論』を読んでいるのだが、彼の話は「ここ」と「宇宙の果て」に関する哲学的論議。宇宙が無限だとすると、「ここ」という中心は存在しない、みたいなジョルダーノ・ブルーノ的論理で面白い。他にも下條アトムや田中要次、スネオヘアーなども出演。八嶋と田中は木村拓哉主演ドラマ『ヒーロー』で共演しているが、その時の田中の決まり文句「あるよ」がさりげなく使われていて笑わせる。

映画を終えて谷中に移動。先日も行ったばかりだが、ギャラリーSCAI THE BATHHOUSEに寄る。ちょうど展示の入れ替えがあり、韓国のチョン・ジュンホという人の展示だった。ミイラや仏像、紙幣という博物館的な素材を使った作品は政治的な意味合いも有している。
ライヴの会場時間まではまだ1時間半もあるので、お茶かご飯か迷っていたが谷中ボッサでご飯を食べて、さらにケーキまで。もちろん、ドリンクも2杯。それにしても、ここのものは何でも美味しい。お客さんが他にいなくなったところで、お店の人としばしお話。結局、1時間半をここでつぶす。

谷中カヤバ珈琲 永山マキ
カヤバ珈琲とは昭和初期からあるというお店。ここは谷中ボッサから歩いて30歩くらいのところだが、私が谷中に来るようになってからは閉店していた。それが今年になって内装工事を始め、9月にリニューアルオープンしたそうだ。しかも、それには谷中の町並みを保存したいという若い人たちや、スカイザバスハウスの人も関っているらしい。なので、古臭い店内を想像して入ったら、すっかりきれいになって、カウンターには3人の若いスタッフたち。なんか拍子抜け感もありますが、美味しそうなおでんの匂いを我慢しながら(もうお腹いっぱいなんです)、生姜ドリンクをホットでいただく。ステージから見て右側の席が空いていたので、2人でかぶりつき。この日はマキさんとギタリストのイシイタカユキしのよるデュオ。2ステージありましたが、けっこう短めでしたね。それでも、こういう小さな空間でマキさんと一緒に音楽を楽しめるというのはとても贅沢。終演後、マキさんに結婚報告をして帰宅する。


11月28日(土)

恵比寿ガーデンシネマ 『千年の祈り
予告編を初めて観た時に前売り券を買った。前売り特典が箸だったが、古ぼけた箸に換えて使い始めて、わが家ではすでに描かれた模様が剥げてきているが、当の映画はようやく公開になった。「千年の祈り」とは中国の諺からくるフレーズのようだが、米国に住む娘を訪ねる父親と娘の物語。娘は米国に移住し、中国人と結婚していたが離婚してしまう。独身で過ごしている娘を案じて、妻に先立たれた父親がやってくる。父親は娘の自宅に宿泊し、娘は毎日仕事に出かける。父娘仲はそれほどよくない様子。父親の待つ自宅にいたくなくて、夜には「友達に会ってくる」といいつつ一人でレイトショーの映画館へ。そんなギクシャクした言葉少なな親子関係を穏やかに描きます。父親は近所の公園で、イランから来たという老女とたどたどしい英語同士で友達になったり。知り合ったばかりの他人にはいいたいことがスラスラ出てきても、家族に対してはなかなかいいたいこといえない、そういうもどかしさがよく表現されている作品。私はこういうの、かなり好きです。

結局、おなかがすいたがご飯を食べられないまま、久し振りのリキッドルームへ。2階がかなり変わっていた。前はタワーレコードのショップとカフェだったのに、ギャラリーと別のレストランになっていた。

恵比寿LIQUIDROOM port of notes
またまたスタンディングで開場から開演まで1時間。120番台だった私は左寄り2列目を確保。はじめは右寄りに立ったのだが、照明が当たらず本が読めないので左側に。ステージ上のセットを見て、この日は小池龍平さんとBICさんのおなじみ4人だということが分かる。開演少し前に私の隣の男性が荷物もろとも立ち去る。私も一人で行った時にスタンディングの場所を自分の荷物で確保するなんてことはできない性質だから、彼が意を決して立ち去ったのが分かったけど、後ろの女性3人はまた戻ってくるかもしれないと前に詰めるのをためらっていた。まあ、3人いるからなかなか難しいけど。ということで、10分くらい経ってから私が徐々に詰めていく。さらには、その前の最前列にも隙間があったので、開演時には最前列確保。
さて、やはり10分以上遅れて、ようやく小島大介さんとサポートの2人が登場。大介さんが「まずは3人で何曲か」といって、先日発売されたばかりの自らのアルバムからインストゥルメンタル曲を披露。これがなかなかよかった。小池さんのギターも凄いな。そして、「今回のport of notesアルバムでは僕がヴォーカル1曲も歌ってないので、僕の歌を聴きたいという人のために」といって、1曲歌う。そして、畠山美由紀さん登場。この日はかわいらしい衣装で登場。でも、久し振りに至近距離で見るせいか、30歳台後半になって老けてきた感じは否めません。目鼻立ちがくっきりした美女はしかたがありませんね。といっても、もちろん歌声は完璧。大介さんのギターソロでは履いていた靴を脱ぎ捨て、ステージ上で踊り狂います。美由紀さんはもちろん女の色気を売りにしています(?)が、そのパフォーマンスはお若いです。実は、今回発売された新しいアルバム、やはり数年ぶりの作品ということで、かなり今までの雰囲気とは違います。なので、私的にはイマイチ。まあ、聴き込むほどに印象は変わるかもしれません。今回はニューヨークまで行って、ジェシー・ハリスのもとで録音。そのエピソードも面白かったです。そう、今回も大介さんのおしゃべりが長い長い。私的にはやはり昔の曲がぐっときますね。特に「ほんの少し」では泣きそうになります。アンコールも3曲あって、さすがに腰が痛くなりますが、まあとにかくステージ上の4人が楽しそうで、しかも仲良しな4人なので、そのコンビネーションは絶妙。いやいや、いいライヴでした。

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観光の空間

これも投稿予定の書評原稿です。字数の関係から、章タイトルが省略されているので、読みにくいかもしれません。

神田孝治編:観光の空間――視点とアプローチ.ナカニシヤ出版,2009年,284p.,2,900円.

執筆者紹介に記された25人の著者のうち,専攻を地理学としているのが18人。20歳台の著者も若干いるが,30歳台,40歳台を中心とした観光研究を専門としている研究者と観光に関心のある研究者が集結している。本書の姉妹編である『レジャーの空間』(神田編 2009)と同様に本書は「入門書」であることを銘打っているが,同列には捉えられない印象を受けた。多様なレジャーの種類を網羅的にカヴァーしようとした『レジャーの空間』にはオーソドックスな地理学研究や概観的な一般論も多かったのに対し,本書は近年の観光研究が課題としているテーマによって構成され,より学術的価値の高い論集となっている。
序章で編者の編集方針が明確にされ,章構成の論理的順序は独立して読み応えがあり,各章における議論に期待が高まる。『レジャーの空間』が大きく4部に分かれていたのに対し,本書は3部に分かれている。
1部は「観光空間の形成と変容」と題され,従来の地理学が得意としてきた地域研究を中心とした8章から構成される。各部はさらに4つに分割され,2章ずつのセットが小テーマを有している。1部はじめの小テーマは「観光地の形成と交通機関の発達」と題され,日本の近代期の事例が続く。『近代ツーリズムと温泉』(関戸 2007)の著者である関戸明子による1章は,当書執筆のために集めた資料の草津温泉に関するデータをコンパクトにまとめた印象。鉄道開通による影響と変化についてはもうちょっと突っ込んだ議論が欲しかった。齋藤枝里子による2章で紹介されている1920年代前後の瀬戸内海周遊は非常に興味深い事例だが,西田(1999)による風景論と接合できればより議論に深みが増したかもしれない。
続くセット「観光地の創造」では,飯塚隆藤・加藤めぐみによる3章が昭和初期の神戸市における花見名所としての須磨寺遊園地を紹介する。桜を愛でるという感性は日本のナショナリティにとって興味深いテーマであるが,一気に大きなテーマに飛躍せずにローカルな状況に徹したのは堅実だといえる。しかし,特定の場所が時代的契機によってその構成要素を変えるのは当たり前であり,それを殊更学術的に「場所の創出と変容」と呼ぶにはもう少し議論の深みが必要である。日本の代表的な宗教地理学者である松井圭介による4章は,著者が近年取り組んでいる長崎におけるキリスト教教会を事例とし,観光というテーマに接近しようとしている。しかし,紙幅の関係から後半の自治体による観光行政やパンフレットの分析は印象論的なものに留まっている。入門書である本書において,出典を示さない「時間―空間の圧縮」(p.45)概念の使用も不親切である。
続く「観光資源化と社会の変容」セットはちょっと変わった組み合わせの2章から成る。客員研究員として英国ダラムに滞在した森 正人による5章は,ダラムの産業遺跡化の事例を紹介している。日本でも公開された有名な映画の話題を冒頭に挿入するなど,内外で精力的に文章を発表している文化地理学者としてウィットに富んだ文章は読み応えがある。6章は「秘法館」という日本の一風変わったレジャー施設の研究に取り組んでいる社会学者,妙木 忍によるもの。その流行と衰退を論じる方法として,広い社会的背景との対比を行なっているのは分かりやすいが,この施設の特異性をうまく説明しているとはいいがたい。
「国際観光と地域の変容」と題されたセットはアジアの事例が2つ。ラオス農村地域をフィールドとする横山 智による7章では,「マスツーリスト」に対して「個人旅行者」と位置づけられるバックパッカーの動向を紹介している。森本 泉の8章は,10年前の著者の論文への評者の批判(成瀬 2000)への回答のようなネパール観光の歴史が前半を占める。それによって,後半の丹念な現地調査から明らかにされた現在の状況がより説得的なものになっているように思う。
2部「観光客の空間行動と情報・経験・イメージ」のはじめのセットは「観光客の空間行動」である。呉羽正昭・金 玉実による9章は,インターネットより収集された東アジア諸国の日本観光ツアーの訪問先分布の資料は興味深いが,その分析はあまりにも印象論的である。10章の佐藤大祐「観光地の集客圏」も長崎県雲仙の宿泊客台帳を用いた貴重な研究だが,かなり歴史的独自性を持った事例だと思われる。この2章については,あまりにも一般的な章タイトルが気にかかる。
第2のセット「観光空間の情報」では,金子直樹による11章が国内観光ガイドブックの変遷を概観している。岡本 健による12章はアニメ『らき☆すた』の舞台となったことで聖地化した埼玉県鷲宮町を取り上げたが,鷲宮町は何を隠そう評者の出身地である。本章ではホストとゲストの関係が友好に行なわれた事例とされているが,この種の研究自体がマスコミなどと同様に事態を強調しすぎるきらいがある。評者による帰省時の観察からも,とても観光地化とは呼べない状況であった。
「観光空間の経験」のでセットでは2章が旅行記を取り上げた。滝波章弘による13章は自身の研究の次なる展開ではあるが,資料の提示にとどまっている。橘 セツによる14章はそのタイトル通り,19世紀後半に日本を訪れた西欧人の旅行記を手際よくまとめている。取り上げられる旅行記が全て翻訳されたものであるのは読者のことを考慮してのことかもしれないが,それらが翻訳された意義についても考察が欲しい。
「観光空間のイメージ」と題されたセットではメディアが取り上げられる。遠藤英樹の15章はブーアスティンの「擬似イベント」やアーリの「観光のまなざし」,ホールの「Encoding/Decoding」などの議論を日本の事例を通じて分かりやすくまとめている。森 正人の16章も雑誌記事の分析による「アジア的なるもの」の消費について論じている。その内容はとても興味深いが,欲をいえば評者の拙稿(成瀬 2001)も取り上げてほしかった。
3部「観光空間におけるコンフリクトと融和」のはじめのセットは「遺産化と観光地化のコンフリクト」と題された。藤木庸介による17章は中国雲南省の麗江旧市街地を,才津祐美子による18章は日本の岐阜県白川郷を事例とし,世界遺産登録をめぐるさまざまな問題を丁寧に報告している。
「ゲストとホストのイメージの対立」というセットでは沖縄の事例が2つ。神田孝治の19章と大城直樹の20章はどちらも自身の以前の研究の概要である。他の章も含め,「イメージ」という語に対してはもっと慎重であってほしい。また,19章で分析された記事の多くが『海』という雑誌だが,その特徴を分析に加えることで,誰のイメージなのかを少しでも明確にすべき。また,近年の英語圏の著名な地理学者が観光論を展開する例をあまり知らないが,このテーマであればGoss(1993)などが参照されてもよかったかもしれない。20章は観光人類学の枠組みを利用して少しでも本書の意図に沿うように書き直されているが,入門書であることも考慮すべきだったか。
「自然をめぐるコンフリクトの諸相」というセットは個人的にも興味深いテーマを扱っている。カロリン・フンクによる21章はこのテーマに関する良質な概説である。荒山正彦による22章は沖縄のマングローブ林を事例に,生態系保全の実践の困難さを教えてくれる。ただし,括弧つきの「みどり」という表現に解説は不要なのだろうか。
「観光と地域の融和」と題された最後のセットでは,対照的な2つの場所のまちづくりの事例が紹介される。堀野正人による23章は奈良町を取り上げ,訪問者のblog記事検索などを取り入れてゲストの視点も考察している。松村嘉久による24章は本書でここまで登場した観光地とはかなり異なる地域として,大阪府のあいりん地区を取り上げている。近年変容しているこの場所において,外国人バックパッカーを宿泊させるゲストハウスが増えてきているという。確かに観光がまちづくりに利用されてはいるが,他の章とはかなり異なる事例で非常に興味深い。
本書に登場する事例は歴史的なものや外国のものが含まれ,空間スケールや,メディア表象の議論もあり,多岐にわたっている。観光を通じて,近年の人文地理学における重要なテーマが一通り出揃い,多彩な事例を通して読者は学ぶことができる。ただし,『レジャーの空間』と同様に,読者が実際にそうした研究に取り組む際の道筋は示されておらず,それは教科書として用いる教員の手腕にかかっているといえようか。また,近年実践学としても盛り上がりをみせる観光研究に対して,「空間」というアプローチから新たな方向性を示しえたかという点には疑問が残る。それは本書が入門書であるという限界だともいえるが,本書ではアーリ『観光のまなざし』が頻繁に取り上げられるものの,アーリのまなざし論はさほど深く議論されているとはいえないし,11月に来日したマッカネルの名は20章で出てくるだけでその著書『The touirst』(MacCanell 1974)すら登場しない。手近な観光関係の論文を読んでみても,魅力的な文献が多く参照されているが,そうした作業は評者を含めた本書の読者に課せられている。

文 献

神田孝治編 2009. 『レジャーの空間――諸相とアプローチ』ナカニシヤ出版.
関戸明子 2007. 『近代ツーリズムと温泉』ナカニシヤ出版.
津上英輔 2008.感性的営為としての旅――観光美学の構築に向けて.美学 59: 2-14.
成瀬 厚 2000. 学界展望「文化地理」.人文地理 52: 250-252.
成瀬 厚 2001. この部屋を見て!!――女性一人暮らしのカタログ.理論地理学ノート 12: 39-46.
西田正憲 1999. 『瀬戸内海の発見――意味の風景から視覚の風景へ』中央公論新社.
Goss, J. D. 1993. Placing the market and marketing place: tourist advertising of the Hawaiian Islands, 1972-92. Environment and Planning D: Society and Space 11: 663-688.
MacCanell,D. 1976. The tourist: a new theory of the leisure class. Berkeley: University of California Press.

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2009年12月のライヴ予定

12月だというのに,後半はまだほとんど決まっていません。

12月2日(水)
渋谷7th floor 高橋ちか/他(予約済み)
12月3日(木)
代官山晴れたら空に豆まいて 鈴木亜紀/他(予約済み)
12月6日(日)
横浜thumbs up 竹仲絵里(予約済み)
12月9日(水)
吉祥寺strings 太宰百合(予約済み)
12月10日(木)
渋谷PARCO劇場 ラヴレターズ(多部未華子出演舞台,チケット手配済み)
12月11日(金)
代官山eau cafe shima & shikou DUO
12月12日(土)
岩本町one drop cafe BE THE VOICE/永山マキ(予約済み)
12月13日(日)
祖師ヶ谷大蔵ムリウイ ウナドス(投げ銭)
12月15日(火)
吉祥寺star pine's cafe ハシケン
12月18日(金)
祖師ヶ谷大蔵ムリウイ 木下ときわ(投げ銭)
12月20日(日)
青山プラッサオンゼ casa4姉妹
12月27日(日)
タワーレコード新宿店 湯川潮音(フリーライヴ)
池ノ上ruina mue/行川さをり/他(予約済み)

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