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映画の論理

加藤幹郎 2005. 『映画の論理――新しい映画史のために』みすず書房,229p.,2800円.

本書は,著者がさまざまな要望に応じて発表した原稿をまとめたもの。それは百科事典的な書物だったり,公開講座だったり,共同研究の成果として学術雑誌に掲載されたもの,新聞に連載された小文をあわせたもの,だったりする。他人から求められたテーマに対して何ができるか,これも研究者の力量をはかる大きな指標になると思う。そういった意味では,やはり加藤幹郎は加藤幹郎だということを思い知らされる著作である。私が先日続けて紹介した,神田孝治氏の『レジャーの空間』と『観光の空間』に寄稿した多くの研究者は,自らの既存の研究を発展させないままその縮小版でお茶を濁したり,新たな展開をしたものでもその文章の短さに屈していたりと,芳しい成果は上っていない。まあ,自分はどうかといわれると,論文を書き始めて15年以上経つわけだが,純粋な依頼原稿は2つしかない。一つは1996年の月刊『地理』に掲載した甲斐バンドもの。もう一つは,2002年にINAX出版の季刊誌『10+1』に掲載した泉 麻人論。もう少しゆるい感じの依頼も含めれば,指導教官の科学研究費報告書に掲載するものとして書かれ,後に2000年の『季刊地理学』に掲載された論文,2001年に所属していた教室が不定期で発行している雑誌『理論地理学ノート』に掲載された論文もある。どれも,求められている水準以上のものは書けたという自負がある。しかし,一向に依頼原稿は増えない。
まあ,そんな話はどうでもよいですね。本書の第2章では珍しく,「映画史の今日的変容」と題し,『マトリックス』,『タイタニック』,そして『千と千尋の神隠し』などが批評の対象となる。そう,加藤氏は基本的に同時代的な映画批評ではなく,映画史研究者である。本書でも,第3章で取り上げられるニコラス・レイや第4章で取り上げられるジョーゼフ・コーネルなど,古い映画に詳しい人でもほとんど知らないような映画作家を取り上げる(といっても,ニコラス・レイはジェームス・ディーン主演『理由なき反抗』の監督でもある)。まあ,彼の議論は決して,これまで映画史で無視されてきたということだけを理由にするような全体主義的な動機ではなく,かれらの作品がいかにビッグネームの映画監督の斬新さを先取りしていたか,ということにある。それにしても,本当に加藤氏はどんな生活をしているのか,その研究にかける情熱には驚く他ない。よく,職業的な映画評論家は,朝から晩まで試写会にこもって,新作を観続けることを強いられ,純粋に映画を楽しむことを忘れてしまい,評論文もろくなものが書けない,という話を聞くが,加藤氏の日常もそれに近いのだろうか。でも,彼の文章は少なくとも研究対象として観ている作品も絶対に楽しんでいると思わせる。しかも,第2章を読んでも,歴史的な作品を網羅的に観ようとしている加藤氏が,けっして現代の作品を蔑ろにしていないことも分かる。確かに,私が歴史書を読む時に,一つ一つの事実が関連しあって,読めば読むほど楽しめるように,映画のさまざまな技法や監督や俳優,もちろん撮影者や製作者など,次から次へと関連しあって,その知識の体系が出来上がる過程だけでも楽しいのかもしれない。私もできるだけ同時代の映画を観るようにしているが,監督や俳優,音楽などの関わりを知ることがその鑑賞の楽しみの多くの部分を占めているともいえるし。
とにかく,本書には私のような読者がDVDなどで探しても観ることができないような作品が多く取り上げられ,まさに彼の映画研究の一部が純粋な歴史研究であることも確認できる。ともかく,映画とは単なる芸術作品ではなく,時にはプロパガンダにも利用される政治的なミディア(加藤氏は英語の発音をカタカナに表記する時にかなりこだわりを持っていて,メディアとは書かない)であるし,その成立にはもちろん資本主義的な経済システムなしには考えられない。なので,彼は映画というものを通して,人文・社会科学全般に関する知見を深めようとしている。まさに,やりたいことが山ほどあって仕方がないのだろう。ともかく,幸い同時代的に活躍している研究者なので,なんとか彼の書くペースに私の読むペースが追いついてゆけるだろう。そして,私も映画については趣味を実益にできるようになれば良いと思う。

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