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2010年3月

久しぶり学会発表

3月27日(土)

法政大学市ヶ谷キャンパス 日本地理学会2010年度春季学術大会
朝早い用事とは学会です。ここ最近は、杉山和明氏と香川雄一氏との連名での発表だったので、単独での口頭発表はかなり久し振りです。最近はネットでエントリー、発表要旨もPDFでアップロードという簡単手続きでありがたい。今回の会場は私が非常勤講師で通っている法政大学市ヶ谷キャンパスだったので、スタッフとして狩り出されるのかと思いきや、こちらから申し出ても断られた。ありがたいのか、迷惑がられているのか。ともかく、野放し状態です。
まあ、会場校とプログラムを組む集会専門委員会とは関係ないとは思いますが、私の発表は初日、第一会場の一番目。発表番号は101という名誉なのか、追いやられているのか、ともかく発表会場となる教室も私が教えている外濠校舎なので、勝手知った人が初っ端なのはいいのかもしれない。せっかく近場での発表ということもあって、妻にも来てもらう。第一会場となった教室は外濠校舎のなかでも一番大きな教室。しかも、9時から開始する教室は他に1つしかないというのに、人が集まるのか。という不安もあったが、人が少ない方がやりやすいと思ったり。そして、今回は初めてパワーポイントを使う。以前、学会発表は特に人文地理学分野では配布資料を配って発表をしたものだが、配布資料は配るのに余計な時間がかかったりするので、ほとんどのひとがパワーポイントを利用するようになった。しかし、私はその発表の仕方は頑なに拒んでいる。今回も、写真集の分析だから写真を見せるために用いるだけだ。
9時を前にけっこう人は集まってくる。朝早いのは難点だが、他に発表がないというのは集客にはよかったようだ。しかも、第一会場の外は書籍販売のブースがあり、そちらも準備中。必然的に9時前にやってきた人の多くが第一会場に来てくれた。勉強会で頻繁に会う荒又美陽さんは妻の後ろに座ってくれて、事前にメール連絡をしていた今里悟之君、阿部亮吾君も挨拶しにきてくれた。ちょっと前まで緊張していましたが、そんな馴染みの顔を見て、緊張はほぐれる。今回の発表は小難しい論理をたてるのではなく、要点のみを強調するように心がけたので、15分以内とまではいかなかったが、そして話す予定のことを全て話せたわけではなかったけど、質問の時間を残して終えることができた。質問者はいつもどおりというか、誰にでも質問を浴びせかける、鳴門教育大学の立岡裕士さん。こちらはそれなりのコメントだったが、次のおじいさん(名前聞き取れず)の質問がひどかった。「あなたの発表は文化地理学になると思いますが、マイクセルによると文化地理学というのは云々...君のはそのどこに入ると考えたらいいんだね」ときた。大学院時代は教室全体での発表会などでその手の質問はあったが、40を前にして、2010年になって、そんな質問が来るとは思わなかった。ある意味で、凄く興味深い。なんといっても、マイクセルは半世紀前に活躍した地理学者だからだ。もう呆れてしまって、適当な応対をしてしまったが、もっとそのコミュニケーションを楽しめばよかったと反省。
20100327 妻が撮影してくれました。
席に帰ると、妻が「分かりやすくて面白かったよ」といってくれた。とりあえず、同じ会場で発表を2つ聴く。山本啓典という東大の学部生の発表は「両毛地域におけるご当地グルメ発信活動の成立と展開」という発表は学生の卒業論文らしく、素朴で意欲溢れる発表は面白い。その次の筑波大学大学院生の金 玉実さんの「日本における中国人の観光行動空間の構造」はひどかった。彼女の文章は『観光の空間』でも読んでいて、インターネットから取った、中国の日本パッケージツアーのデータは貴重だと思うんだけど、今頃クラスター分析とかして、結局当たり前の傾向しか得られないというのは、あまりにも安直だ。一つ一つのデータを丁寧に見ていけば、もっと面白いことは分かると思うのに、統計分析に頼るのはいけません。会場を出て、書籍販売コーナーを物色。大学院時代にいろいろ一緒に活動した金沢大学の青木賢人君や、古今書院の太田君と話したり、杉山和明君と一緒にいるところで、ナカニシヤ出版の吉田千恵さんがきたりして、育児話で盛り上がる。同世代の濱田琢司君はわざわざ名古屋から私の発表に間に合うように来てくれたので、発表内容について議論する。筑波大学の大学院生、吉田国光君もやはり筑波から朝一で来てくれて、いろいろ話す。なかなか実りある議論でした。
昼は大阪教育大学に勤める同い年の地理学者、今里悟之君と、最近結婚した彼の奥さん、やはり地理学者の大浦瑞代さん、そしてこのblogにもよく書き込みをしてくれる青木茂治君と待ち合わせて、私の妻と荒又さんと6人で食事に行く。私が何度か行って気に入っている近くのカレー屋さんがやっているということで、行ってみる。ぎりぎり6人席を確保できて、皆で食事。けっこう初対面な人も多かった(私と青木君とも初対面)ので、多少心配したが、けっこう盛り上がったし、カレーを気に入ってくれた人も多く安心。私たちが席を立つと、なんと九州大学の高木彰彦さんが一人で食事にやってきてビックリ。挨拶をすると、「何かの会合?」と聞かれてしまう。午後は15時まで聴くべき発表はなし。私と妻と荒又さんで会員控え室でまったり。同じ部屋には山田晴通氏がいる。彼の周りには人が取り巻いていたが、とりあえず妊娠報告をする。私の大学院時代の指導教官である若林芳樹さんもいたので、つかまえて妻を紹介。いろいろと私の就職のことを心配してくれる。
午後に聴いたのは,お茶の水女子大学大学院の高槻幸枝さんの「明治期東京の案内書の変遷」。名前は忘れていましたが,彼女にはどこかでお会いしました。案内書の詳細な分析というよりは,数を集めてきて大まかな傾向をみるというもの。続いて,三上絢子さんという年配の女性が法政大学の沖縄文化研究所の人だったので,聴くことにする。「米軍統治下の口之島における密貿易組織」という内容で,それなりに面白かったが,学術研究というよりルポルタージュ的。教室を移動して,梶原宏之という人の「草山をめぐる言説―日本・台湾・韓国の比較からさぐる実践の地理学」という発表を聴く。私が関心を持つ自然の表象研究かと思いきや,彼は翌日のシンポジウム「博物館の地理学」でも発表する人物で,阿蘇たにびと博物館という所に属する人だった。熊本県阿蘇地方のように,野焼きをして草原を保っている文化は台湾や韓国にもあって,大切にしましょうよというお話。次に,勉強会でご一緒している二村太郎君の発表会場へと向かう。すると,荒又さんと私の妻がまたまた隣に座っているので,その隣に座る。太郎君の題目は「東京都心部にける都市型ファーマーズマーケットの出現」というもので,先日代々木公園に行ったときに彼が調査していた内容も含んでいる。さすがのパフォーマンスで分かりやすくて面白い。最後にもう一つ会場を移す。やっていたのは,遠藤幸子さんという人の「ハンブルク港の再開発」という内容だった。なんと発表していたのはさっきまでわたしたちと同じ会員控え室で,山田晴通さんのパートナーとしゃべっていた人。ドイツに住んでいたようで,こちらも面白いは面白いが,なんかアカデミックな要素に欠ける。私が目当てにしていたのは私より若い北川眞也君の「ローカル化される移民の地政学」というタイトルでの,イタリアはランペドゥーザ島の事例だった。地中海に浮かぶ島で,アフリカからの不法移民がたどり着く格好の場所であったという。彼は実際にその地に行って調査をしている。しかし,一方では分析は新聞記事を中心とする言説分析。あくまでもその島をめぐって人々が何を語っているかということを問題にしている。その現実と表象の問題を折衷的に扱いかねないという問題はあるものの,全般的には今回聴いた発表のなかで一番刺激的であった。
ということで,最後までいたが,その後に会った人は少なかった。ポスターセッションのところで見かけたのが武田祐子さんと宮澤 仁君,最後にお話をしたのは寄藤晶子さん。まあ,そんな感じでやはり帰るという荒又さんと一緒に都営新宿線に乗り込む。

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慌しい平日

3月26日(金)

この日は妻の2週間ぶりの検診。妻が妊娠したことは前の日記で報告したが、検診は3回目。もともと生理不順な体質だが、辛かった仕事も辞めたし、遅れる要素もなくなったのに、随分遅れているので、妊娠検査薬を試す。くっきりとした陽性反応。数日後近くのレディースクリニックに行って、超音波検査で妊娠確定。私は受精したところから妊娠の日にちを数えるのかと思いきや、そうではない。最後にあった生理の初日から数えるのだそうだ。要は、排卵や受精する前から卵子は成長している、ということだろうか。ともかく、前の生理がいつだったか、精確に記録していなかったために、まだ何週かは分からない。成長の具合からみて5週間だというが、大体の前の生理初日からすると8週間。ともかく、その小さな胎芽(8週未満は胎児ではなく、こう呼ぶらしい)にはまだ心拍が確認できないので、順調に成長しているのか、あるいはすでに成長をやめてしまっているのか(15%の割合で早期流産がある)分からないという。ともかく、翌週もう一度確認する必要があるとのこと。そして、3月の第2週、私も同伴するが、そのレディースクリニックは待合室にさえ男性が入れないということで、私は駅前で時間をつぶし、お昼前に待ち合わせる。妻は私の顔を見るなり泣き出す。どうやら、その早期流産という結果だった。とりあえず、昼食を一緒にとり、手術をしてくれそうな病院に電話すると、そこは土曜日でもやっているということで、とりあえず診察をお願いする。その病院は一見総合病院のようでしたが、実は産科と婦人科が中心のようで、お腹の大きい女性や、乳児を連れた夫婦などが数多く集まっていました。2時間ほど待たされて、今度は私も一緒に診察室へ。検診の現場には立ち会えませんでしたが、超音波検査の映像を見て、説明を受けている妻の口から歓喜の声が漏れる。それで大体分かりましたが、私の前を通り過ぎた看護師さんが、「赤ちゃんは大丈夫ですよ」と声を掛けてくれる。心拍も確認。次回は2週間後ということで、再びやってきたわけです。まあ、まだ早期流産の危険から逃れたわけではありませんが、妊娠生活続行中の成瀬家です。まあ、そんなこともあるので、もし妊娠初期段階で、医者から残念な報告を受けても、別の病院にいって診てもらうようにしましょう。
そして、今回はきちんと予約して臨んだわけですが、待たされるのは当たり前。この日はいろいろ予定を詰めていて、私はパスポート申請用の写真を撮らなくてはならなかったので、待ち時間を利用して近くの写真館に行ったが、帰ってきたらなんと検診終了。少しだけ大きくなった胎芽のエコー写真を手に微笑む妻を迎える。そう、先日の日記で台湾に行くといいましたが、台湾は妻の故郷。私と付き合い始めてから、彼女は帰省していない。子どもが生まれてもなかなか簡単には帰れないということで、妊娠中でも比較的安全に旅行ができるといわれている期間に帰ることにした。当然、海外旅行をしたことのない私はパスポートを持っていないため、急遽申請することになったのだ。この平日を利用して、役所で戸籍謄本を発行し、写真を撮り、夜のライヴの便を考えて池袋で映画を観ることにして、ついでに池袋にある東京都のパスポートセンターに寄る。完璧な時空間利用。さすが地理学者だ。しかし、この日は卒業式シーズンということで、午後は写真館が卒業生の記念写真で埋まっているということで、急遽診察待ち時間に行くことになってしまったという次第。本当はついでに母子手帳ももらう予定だったが、8週目ではまだ早いとのこと。ちなみに、母子手帳とともに、市からは妊婦健康診査受診票14回分というのが支給される。また、わが家は夫婦ともに国民健康保険なので、出産育児一時金というのが42万円支給され、入院・分娩に係わる病院への支払がこれでまかなえる。日本って意外に福祉国家なんだなって改めて思ったりする。
池袋に移動。ちょっと疲れ気味の妻を映画館に残して、私は上映時間までの時間を利用してパスポートセンターへ。さすがに人が多く、私の前に20人ほど待っている人がいたが、なかには途中でいなくなったりして、なんとか間に合う時間に受け付けてもらう。しかし、写真入身分証明書が職場の「アルバイト証」しかないので、係りの人が会社に電話して私の存在の有無を確認したり、現住所を調べるのに住基ネットで検索したりと余計な時間がかかる。歩くと10分ほど映画館までかかるのに、受付が終了したのは上映開始3分前。しかも、外は雨が降ってきて、走って急ぐ。なんとか予告編中に間に合うが、雨に濡れて汗をかく。

池袋シネマサンシャイン 『ナイン
『シカゴ』の監督ロブ・マーシャルによる新作。イタリアの映画監督役をダニエル・デイ=ルイスが演じ、彼にまつわる数々の女性、という設定をやはりミュージカル仕立てで描く。彼の妻役をマリオン・コティヤール、愛人役をペネロペ・クルス、主演女優役をニコール・キッドマン、母親役にソフィア・ローレン、雑誌編集者役でケイト・ハドソン、長年一緒に仕事をしている衣装担当にジュディ・デンチが扮するというあまりにも豪華な配役。しかも、その全員が彼に思いを寄せているのだから大変だ。劇中にもショーが実在していた『シカゴ』とは違って、劇中の出来事進行上は歌や踊りはない。あくまでも演出上のみである。劇中で製作されようとしている『イタリア』という映画は、監督自身が脚本を書くものだが、いったい映画監督とは何をする人なのか?そんなことがよく分かるような分からないような、そんなストーリー。主演女優と結婚し、女優は引退する。しかし、一方では愛人を作り、雑誌編集者からもホテルのキーを渡されてしまう。主演女優との過去の私的関係は明らかにされないが、撮影中に2人でスタジオを抜け出すくらいだから、怪しい関係。男性的欲望に満ちた作品なのかなんなのか。主人公自身のことは幼少の頃も含めてよく描かれていたように思うが、視点が彼を中心としすぎていて、歌やダンスの演出以外には目新しいところがなかったように思う。でも、個人的にはそれなりに好きな作品です。
小雨降る池袋を東から西口へ。東武東上線に乗って朝霞台まで。

朝霞台停車場 松下美千代
20:30には少し遅れてしまったが、なんとか開演に間に合う。金曜日の夜らしく、お店はかなり混雑。このお店は以前にも来たことがあって、その時にも様子を書いたと思うが、基本的に居酒屋的雰囲気です。全ての料理が800円。テーブルチャージ400円でポップコーンがついてきて、ミュージックチャージは投げ銭。ステージに近いところやカウンターにはライヴを聴きに来たお客さんが座るが、入り口に近いところには単に呑みにきたお客さんたち。しかも、23:30まで3ステージ。B.G.M.というのとはちょっと違う、なにか特殊な盛り上がりがこのお店にはあります。通された席の隣には灰皿にたっぷり吸殻があり、ステージ目の前の席に代えてもらう。それでも、後ろの若い男女団体にも喫煙者がいた。こういうお店は仕方がありません。まあ、翌日は朝早いので1ステージのみで失礼する。この日の松下美千代トリオのメンバーは、ベースの吉田 豊さんとドラムスの紺野智之さん。ベースは外見も含めかなり控えめな人で、ドラムスは以前から名前はよく見ていましたが聴くのは初めてだと思う。私はこの人のドラムスはけっこう好み。1stセットはスタンダードのみでしたが、久し振りの美千代さんのピアノも堪能。
ステージが終わり、美千代さんにも妊娠報告。帰りは武蔵野線から南武線、分倍河原で京王線に乗り換え。乗換えがとてもスムーズで早く帰れました。

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2010年4月のライヴ予定

4月3日(土)
池袋HMV emi meyer
4月4日(日)
横浜THUMBS UP 広沢タダシ(チケット購入済み)
4月20日(火)
代官山晴れたら空に豆まいて 山田タマル/セレン/他

こんな感じで,ほとんどライヴの予定を入れてないので,書くのもなんですが,その理由も含めて,わがblog読者の皆様に報告することがあります。最近お会いした人たちには既に報告済みですが,私たち夫婦は新しい命を授かりました。まだ2ヶ月で,手放しで喜べる状態ではありませんが,少しずつ人間の形をとりつつあります。
妻は妊娠発覚前の2月に転職し,土日と休みが一緒になり,妊娠が分かってから仕事の終わりの時間を早くしてもらったので,私もいままで以上に家事に時間がかかりますし,体調がころころ変わる妻のそばに居たいということ,そして今後の出費を考えて,ここ数年のライヴ生活を一新しようと決心しました。それが,最近のこのblogのライヴ評にも匂わせていたことでもあります。

そこで,皆さまにお願いがあります。
まだ出産が約束されたわけではないのですが,ここ数年で出産された方が私の知り合いにもけっこう多いですが,もし不要になったベビーグッズがまだ保管してある,ということがあれば譲っていただけないでしょうか。もし,近日中に処分する予定のものがあればわたしたちのためにちょっと保管期間を延ばしていただけませんでしょうか。
また,近いうちに皆さまのお宅にお邪魔して,先輩母親・父親として,お話を伺いたいと思っています。もちろん,こちらについては個別に連絡させていただきますが,その節はよろしくお願いいたします。

これからも,わたしたち夫婦を暖かく見守っていてください。

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これが今季最後の寒さであってほしい

3月21日(日)

地理学者仲間の二村太郎君が調査をしているというので、代々木公園に遊びに行った。アースデーのイヴェントはライヴを目当てに行ったことがあったが、「東京朝市アースデーマーケット」と題してこんなイヴェントもやっているとは知らなかった。二村君と一緒に勉強会もしている杉山君も息子を連れてくるというので、予定よりも早めに出て落ち合う。でも、昼食はたっぷり食べてしまったので、魅力的な食べ物たちも、自然食中心ということで若干高めだし、結局食べたのは野菜中華まんだけ。太郎君が買ってきてくれた有機ビールを飲みながら、太郎君の奥さんと杉山君父息子とわれわれ夫婦と6人で団欒。またまた、杉山Jrと遊ぶ羽目になってしまったが、やはり彼の息子は可愛い。
その後、かれらには別れを告げ、ヒューマントラストシネマに移動するが、『マイレージ・マイライフ』はほぼ満席で断念する。妻もライヴに同行するというので一緒に下北沢へ。ポカポカ陽気の昼間とは打って変わって冷たい風が吹き付けてきて寒い。2軒の古書店で3冊の本をゲット。カフェでシフォンケーキを食べたり、それなりに有意義に過ごす。

下北沢ラ・カーニャ ノラオンナ
最終的に辿り着いたのは久し振りのラ・カーニャ。開店する前の一番乗りで、一番前のテーブル席に陣取り、まずは鶏もも焼き。うまい。そして、ピラフ入り春巻き。こちらは揚げたのではなくオーブンで焼いたもの。こちらも絶品。お客さんの入りは遅かったですが、最終的には程よい入りで、小池アミイゴさんやシンガーソングライターの佐奈枝さん、そして最近ノラオンナバンドでドラムスを叩いている柿澤龍介氏などもいらしています。1stステージは一人ウクレレ弾き語り。非常に短いステージで、2ndはサポートギターにMitaTakeの見田 諭君を招く。2ndセットはカヴァーとオリジナルの組み合わせ。彼女が昔から好んで聴いていた曲と、その曲に関連しそうな自分のオリジナルとを組み合わせる。カヴァーは主に見田君の伴奏で歌い、エンディングのギター演奏の途中でウクレレを手にし、そのままオリジナル曲に移行するという流れ。そして、一息つくと、そんな曲たちに関連する話を見田君を交えながらのんびりと。ああ、いかにもノラオンナさんのステージだ。何気なくやっているようで、構成をきちんと考えているところは元舞台人という感じもしないでもありません。後半はオリジナル中心に盛り上がっていきます。ノラオンナさん初体験でどっぷりその世界に浸ってしまった妻はかなり疲れている様子。それには近くのお客が演奏中でも時折煙草に火をつけていたこともありますが、やはりちょっと長いですよね。体調も優れない妻に申し訳なく思いながらも途中では抜けづらい雰囲気だし。出し惜しみなく、歌いたいだけ歌うというのがノラさんらしいところですが、聴く側も体力を要します。
すっかり寒くなった夜風に吹かれ、体を寄せ合って帰る2人。

3月22日(月,祝)

前日は映画を見損なってしまったし、妻の勤める会社は祝日というものがないので、私は映画2本。せっかくなので、有楽町・日比谷・銀座界隈まで。朝一番の回でしたが、シネカノン改めヒューマントラストシネマは混雑している。どうやら、『アイガー北壁』が人気のようです。かなり平均年齢高し。

ヒューマントラストシネマ有楽町 『渇き
『オールド・ボーイ』や『親切なクムジャさん』の監督、パク・チャヌク作品だというので、期待。主演は韓国映画界をしょって立つソン・ガンホということなので、吸血鬼ものですが、面白いことになるだろうと思ったが、結論的にいうと駄作。まあ、キム・ギドク作品にも駄作があるので、仕方がないか。相手役のキム・オクビンという女優は本作で大抜擢という感じだが、裸体を惜しげもなく披露し、なかなか魅力的。ソン・ガンホ演じる主人公は神父。人助けをしたい一身で人体実験を受け、吸血鬼になる。そして、キム・オクビン演じる女性は主人公が幼い頃お世話になった家庭の嫁という設定だが、吸血鬼ゆえに血を欲し、この女性からの誘惑で性欲をかき立てられ、神父という立場上、この2つの誘惑にどう立ち向かうのかが見もの、というのが予告編で分かることだが、結局まったく立ち向かいません。したいだけセックスをし、血を求めて人を殺める。まったく、ナンセンス映画。

シネスイッチ銀座 『台北に舞う雪
気を取り直して台湾映画。『暗いところで待ち合わせ』など日本作品にも出演しているチェン・ボーリン主演ということで、予告編から想像できるストーリーは少し陳腐な感じでしたが、私は楽しみにしていたものの妻はなぜか関心なし。ということで、公開最終週に一人で観に行きました。台北でも電車が単線で走っているような田舎町にチェン・ボーリン演じる主人公が住んでいる。幼い頃父親を亡くし、母親も彼を置いてこの町を出て行ってしまう。彼は自分がこの町の人たちに育てられたんだ、といい、何でも屋として毎日自転車で町を縦横無尽に走っている。そんな時やってきたのがトン・ヤオ演じる謎めいた女性。彼女は賞もとった新人シンガーで、レコーディング中に声がでなくなり、誰にも告げずこの田舎町に逃げてくる。そこで出会い、徐々に惹かれていく2人。彼女を探してやってくる雑誌記者。最後には見つかり、プロデューサーとマネージャーと一緒に都会へと戻って行く彼女。まあ、そんな陳腐なストーリーで、トン・ヤオはそれほど魅力的な女優ではありませんでしたが、脇役や町の雰囲気がけっこういい感じです。ちなみに、雑誌記者役のモー・ズーイーは2008年の「台湾シネマ・コレクション」で観た『長い道のり』に出ていたし、その町のカフェの店員を演じるテレサ・チーは『9月に降る風』にも出演していた。彼女はなかなかキュート。
今度公開される芥川龍之介原作の日本映画『トロッコ』も台湾が舞台だし、今年中には妻に連れられて台湾に行くつもり。

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春の連休中日

3月20日(土)

夫婦揃ってお出かけ。ライヴの前に映画を1本。妻が選んだ作品はこちら。

新宿ピカデリー 『フィリップ,きみを愛してる!
ジム・キャリー作品は『トゥルーマンショー』以来観ているが、今度はゲイの役で、その相手はユアン・マクレガー。彼の名前がタイトルのフィリップ。しかも、名字はモリスだ。ユアンはどんな役でもござれな私の好きな俳優。組み合わせ的には予想もつかない感じではありますが、基本的には実在した人物がモデルとのこと。予告編で分かっていたのは、2人は刑務所で出会う。2人とも出所して仲睦まじい生活を送るが、フィリップに不自由な生活をさせられないと、さまざまな詐欺をはたらいて、一財産を稼ぎ出す。しかし、その詐欺行為も明るみに出て、逮捕。そしてフィリップの信用も失う。実在の人物をモデルにしたこの手のハチャメチャ人生はラストで白けさせてしまうことが多いが、この作品は違う。素晴らしい結末です。そして、それに加えてその詐欺人生を地でいっているようにしか思えないジム・キャリーの存在がものすごい。一方で、ユアンの役どころは彼の持ち味をイマイチ活かせなかったようにも思うほど。途中、中だるみする箇所もなくはないですが、そしてかなり「老い」を感じさせるジム・キャリーの外見ではありますが、まだまだエンターテイナー健在という感じで嬉しい作品。

神楽坂フラスコ
大江戸線で神楽坂に移動して、ギャラリーでライヴ。コトコさんという人の展示に合わせたライヴ。そして、以前茗荷谷でアスカフェをやっていた姉妹が「テトラコーヒー」としてドリンクを提供。他にもベーグルのフードサービスもあり、というイヴェント。私はビール、妻はグレープフルーツジュースにベーグルサンドで開演を待ちます。コトコさんとは着物を作っている人で、今回の展示は浴衣の新作。彼女のライヴペインティングもあるといいます。
永山マキ×イシイタカユキ
このギャラリーは面白い空間で、今回ステージとして利用しているのは一段高くなっている畳の間で、今回のイヴェントにはちょうどよいが、そもそもどういう目的で作られたのか謎。ともかく、畳の上で靴を脱いでの演奏者は心地良さそう。もちろん、それは演奏にも影響していて、素晴らしく暖かなステージ。マキさんも意識して春らしい選曲で、なんと1曲目は矢野顕子の「春咲小紅」。1stセットの後半でコトコさんが登場し、歌っている後ろで描くのかと思ったら、マキさんは描いている姿を自分が見たいからか、唄うのをやめてしまう。イシイさんのB.G.M.にのせて、白いワンピースに黒で牡丹の花を、そこに黄色の斑点をつけるというデザインでした。2ndではマキさんがそれを着て登場。なんだか、やたらと客席からステージ上の2人に絡んでくる客がいましたが、全体的に和やかなステージで終了。早めの時間だったし、思ったよりも軽いフードしかなかったので、2人でお寿司屋さんに入って軽くいただいていく。確かに、握り寿司はファストフードですな。

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お知らせ

今週末、3月27日の土曜日に私は学会発表します。2010年日本地理学会春季学術大会が土日に法政大学市ヶ谷キャンパスで開催されます。私の発表は朝一午前9時から第一会場で。よろしければ聴きにいらしてください。本当は学会参加費というのがあるのですが、基本的に大学はオープンですし、ちらっと受付付近で第一会場の位置を確認し、入ってきても大丈夫です。詳細はこちらまで↓。
http://www.ajg.or.jp/meetiing/2010spring.html

3月17日(水)

あまりおおっぴらにはできないが、この日は会社をお休みする。といっても、週4日の契約なのに、今月は出ずっぱりなので許してくれるでしょう。単に金曜日の休みを水曜日と好感してもらっただけだし。

新宿ピカデリー 『抱擁のかけら
『ボルベール〈帰郷〉』に続いて、ペドロ・アルモドバル監督がペネロペ・クルスを起用した作品。ペネロペ出演作が次々と上映されているので、本作もアルモドバル監督であることをすっかり忘れていて見逃すところだった。新宿ピカデリーは無料で作れるポイントカードで、6回観ると1回無料。すでにポイントはたまっていたが、平日は最前列で観ると1000円ということで、無料は休日のためにとっておくことにする。この映画、さほど人気はあるとは思えないが、なぜか一番大きなスクリーンで上映。私も初めて入ります。なかはスカスカなのに、なぜか最前列に私を含め4人が隙間なく並ぶ。まあ、最前列を嫌と思わない私のような映画ファンにとってはこの1000円サービスは願ってもないものだが、ここに並んだおじさん1人客と、年配の男女2人客もそうみえる。しかし、このおじさんは60歳以上に見えるし、夫婦は50歳以上に見える。どちらもどの席でも1000円で観えれるのでは?と疑問に思いながらも、このスクリーンは比較的座席がゆったりとられているし、映画ファンなのでマナーはよく、特に問題はなかった。
さて、映画は2008年と1994年の2つの場面が別々に始まる。2008年はとある映画監督が失明したことによって監督をやめ、ハリー・ケインというペンネームで脚本家として活躍する男性が主人公。とても親しげな女性が代理人として、そしてその息子が助手として執筆活動をしている。冒頭ではいきなり若い女性を部屋に連れ込んでのセックスシーン。彼の手をとって横断歩道を渡らせてくれた、というだけで部屋に誘ったというお盛んな中年男性。さて、一方1994年ではペネロペ・クルスが中心人物。ある実業家の秘書として働く彼女。その彼女の父親が病気で危ないというところを、この実業家は、彼女を愛人とすることで最高の病院を手配する。物語が別々に進行するなか、2008年にこの実業化が亡くなったというニュースが流れ、主人公はある過去を思い出す。そんななか、一人の映画監督が彼の下を訪れ、自分の作品に脚本を書いてほしいと依頼してくる。この男性は偽名を使っていたが、ハリーはそれがその実業家の息子だとすぐに気づく。そこから、1994年の場面が主人公によって徐々に回想されていく。実業家の愛人になって不自由ない生活を送るようになったペネロペ演じる女性はかつて志望していた女優への道に再度挑戦しようと、映画監督マテオのもとに直談判に来る。このマテオがハリー・ケインの本名だ。まあ、容易に想像できるように、徐々に三角関係へと移行し、マテオが失明する事件へと物語りは進んでいく。まあ、基本的なプロットはそれほど斬新なものではないが、その展開と個々の人物像がアルモドバル監督独自の雰囲気を醸し出している。まったく飽きさせることなく、そして、一人ひとりの人物が敵味方や善人悪人のように分けられない、複雑な個性を有している。ペネロペの役どころは際立ったものではないが、それがまたいいと思う。
ところで、私が観た上映では、冒頭のハリー・ケインのシーンで何度か画面が真っ黒になるシーンがあった。冒頭なので、演出効果だと思い込む。主人公は盲目であるのだから、観客にもそれを断片的に味わってもらおうとするような。しかし、上映が終わり席を立つと、劇場の係員が出てきて「申し訳ありません」と、それは映写上のミスであることが分かった。ということで、無料招待券を1枚もらう。いやいや、得しました。

この日の朝はシリアルだったので、ランチはカレー。池袋駅構内にあるSpiceというJRが経営しているお店で。接客をするスタッフは全て女性で、今回気づいたのはご飯は機械で分量を測っている。お皿を下に置いて、スイッチを押すとご飯がボトボトと。最後に人間がしゃもじで型を整えるくらいだったら最初からやれよ。この日食べたのはキーマカレーだったが味はなかなか。時間に少し余裕があったので、口と食道のカレーをすっきりさせるために、コンビニでアイスもなか。東京芸術劇場に到着すると、地下のアトリウムでフリーライヴをやっていた。スパニッシュギターのソロ演奏。といっても、曲はスパニッシュではなかったが。平日の昼間ですが、定期的にやっているようです。

池袋東京芸術劇場小ホール 『農業少女
さて、私のお目当ては演劇。東京芸術劇場の舞台監督に野田秀樹氏が就任した記念ということで、彼の作品「農業少女」を新たに松尾スズキ氏が演出をしたもの。といっても、私は前の「農業少女」を観たわけではないのですが、その時は松尾氏が出演していたようですね。今回の新たなキャストには多部未華子ちゃんが含まれるということで、観ることになった次第。他のキャストは山崎 一、江本純子、吹越 満という面々。劇場もなかなか小さな空間で嬉しい。と多部ちゃんを観に来たはずが、一人の客に目を奪われる。なんと、私の前の列の右2つ隣に座ったのは、女優の谷村美月ちゃん。斜め後ろから顔が見えただけで分かりますね。帽子をかぶっただけで自然体。舞台が始まっても、ちらっと顔を見ましたが、普通の顔も笑った顔もスクリーンなどで観るのと一緒。素敵です。
さて、それはよしとして、舞台の内容ですね。まだ公演中ですが、多少ネタバレなので注意してください。「農業少女」とは多部未華子ちゃん演じる女性のことで、14歳の時に実家が農家を営む九州の田舎から上京する。山崎 一演じるおじさんはその少女の若さに惹かれ、少女はいたずらのつもりで東京行きの列車に乗っただけだったのに、切符の代金を払ってしまうことから、少女の東京生活が始まる。そこに関る大人の男と女。それが吹越 満と江本純子演じる2人。4人芝居だし、元来演劇なので、映画やドラマのような個々の登場人物が詳細に描写されるようなものでもないし、分かりやすいストーリーが展開されるようなリアリティでもない。もちろん下ネタも少なくないし、体を張った演技で、多部ちゃんが男優たちに抱きついたり、舞台上で転んでパンツが見えたり、と舞台ならではの演出。吹越氏演じる男性が主導する団体は「都市農業研究会」。不登校の女子高生を使って、「便から臭いをなくすお米」作りをするということで注目を集め、政界へ乗り出そうという魂胆。しかも、政党への鞍替えとともに、名前を「都市党」にするという。それについて多部ちゃん演じる少女は「農業は切り捨てるのか」というが、やはりこの作品には、地方=田舎=農業と、都会=東京=都市との二分法が根底にあって、ストーリー自体にそれほど斬新さはない。多部ちゃんの頑張りはよかったけど、全体的に印象の薄い舞台だったかな。休憩なしで1時間40分ほどでした。

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新しい書評2編

昨年,神田孝治君が編集した姉妹本『レジャーの空間』と『観光の空間』を同時に投稿した私の書評が,ほぼ同時に掲載されました。

成瀬 厚 2010. 書評:神田孝治編:レジャーの空間――諸相とアプローチ.地理科学 65: 51-54.

成瀬 厚 2010. 書評:神田孝治編:観光の空間――視点とアプローチ.地理学評論 83: 208-210.

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ホワイトデイを忘れていた

3月14日(日)

前日は妻の通院につきあったり、美容院に行ったりで地元で過ごしたので、この日は家に妻をおいて、一人で映画を観に行く。

渋谷東急 『しあわせの隠れ場所
なぜか予告編を一度も観ることがなかったまま、気にはなっていた作品。でも、実際に観る前に飛び込んできた米国アカデミー賞のニュース。主演のサンドラ・ブロックが主演女優賞を獲得したとのこと。でも、実は彼女が主演だということも知らなかった。まあ、ともかく最近観た主演作『あなたは私のムコになる』がコメディだったので、シリアス系の彼女も観ておきたかった。本作は実話に基づいた物語。白人ばかりが通うキリスト教系の高校に、体がでかいのに俊敏な黒人の男の子が入学を希望してくる。学校側は身寄りのなく、成績も悪いこの子を入学するわけにはいかないと判断したが、彼のバスケプレーを見てしまった体育教師がキリスト教精神を理由になんとか入学させた。しかし、彼は居候していた家も追い出され、コインランドリーや体育館のそばで夜を過ごすような毎日。そんなときに、サンドラ・ブロック演じる女性の家族が雨の夜をとぼとぼ歩く彼を見つけ、一晩の宿を提供する。同じ高校に通う娘と、幼い息子のいる父親はファストフードチェーン店を経営する裕福な家庭。信心深くてミシシッピ大の後援者でアメリカンフットボール大好き家族。家族同様に接することによって少しずつ類い稀な能力を発揮していく主人公。入部したアメリカンフットボール部で徐々に活躍するようになり、ついには全米の大学から推薦の誘いがくるような選手になる。サンドラ演じる女性は、彼の後見人になり、身分証代わりに運転免許状を取らせ、大学入学に必要な学力に上げるために家庭教師をつける。
そんな感じで、不幸な少年が徐々に幸せになっていくという物語だが、一度だけ緊張の場面がある。本人は身分証代わりに取った運転免許状だが、夫婦は彼のために新車を購入するのだ。早速、幼い息子を助手席に乗せてドライヴに出るのだが、事故を起こしてしまうのだ。ここで、ひょっとすると悲劇へと急展開することを予想してしまう。そう、フィクションである映画においては、あまりもの幸せは、ある意味でサスペンスのように鑑賞者を奈落の底に落とす準備だとも解釈できるのだ。逆もしかり。しかし、惨事にはいたらず、逆に主人公の潜在能力の大きさが見出される。大切なものを守るという防衛本能。まあ、そんなこんなでその先にもいくつか彼の前に立ちはだかる障害があるのだが、それを乗り越えて幸せをつかんでいくという物語。エンドロールでは本作のモデルとなった黒人少年とその家族の写真がいくつも映し出される。ちなみに、本作の原題は『the blind side』といって、死角、しかもここではフットボール用語として登場するが、この日本語タイトルは映画を観た後、この原題に映画の内容を加味したものだと理解できる。サンドラ・ブロックの演技もよかったし、アカデミー賞に関ってくる作品だけのことはありました。

急いで中目黒に移動。開演時間の19時にはギリギリ間に合いました。席にはすでに妻が座っていて、目の前にはサラダ。続いてフォーが運ばれてくる。私も生ビールとチャーハンを注文。

中目黒楽屋
なんと今年はじめてのcasa。それに加えて高橋ちかちゃんも一緒ということで楽しみにしていたライヴ。でも、この日も運が悪かった。夫婦で行くライヴの半分以上は居合わせた客に運がないわたしたち。この日も相席になったのは年配の男性とそれよりは若い女性の2人組。男の方はズボンをサスペンダーで吊った小太り。首に中尾 彬のようなものを縦巻きにしている。この時点で引いてしまうが。casaのステージが始まる頃に登場したので、多少は注文したり、それらを飲み食いしたりで騒がしいのはしょうがないが、この男、全くステージ上には関心がなく落ち着かない。なにかとフードやドリンクについて語ったり、連れの女性にちょっかいだしたりで、集中して演奏が聴けません。久し振りのcasaだったのに。
IRIS:続いてのバンドは、女性ヴォーカルを男性たちが盛り上げる感じ。ピアノにギター、パーカッションにサポートのベースという編成。casaとは以前bobtailで一緒になったのをきっかけに今回のイヴェントに呼んだという(そう、今回はこのIRIS主催のイヴェントです)。その時は私も会場にいて、かれらのことも名前は覚えていたのだが、演奏までは覚えていなかった。しかし、彼女が歌い始めるなり段々と思い出していく。そう、楽曲とバンドの演奏はそこそこなのだが、ヴォーカルがひどい。妻も呆れ顔で、居心地が悪い。その最中も目の前のおじさんは汚い声でしゃべるのをやめない。
高橋ちか:幸いなことに、かれらはちかちゃんのファンで、最後のステージは静かになりました。それはそれでいいのだが、よく考えると、自分たちのお目当てだけ静かに聴くという態度にむかつく。この日はいつものベースの我妻さんと、パーカッションの男性。バンド編成は先日のライヴで聴いたので、この日はソロで聴きたかったが、パーカッションもそれなりに控えめ。でも、全体的にこのお店にしては音量が大きかったかな。それでも、ちかちゃんの歌声は最近グッとこないと嘆いている私の耳によく響く。我慢して最後まで残ってよかった。
すでに22時をすぎていたが、casaの美宏君とちょっとお話。夕紀子さんはCDを買う人の対応でお話できなかったけど、CDが売れることは喜ばしいことだ。

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フェミニズムはみんなのもの

ベル・フックス著,堀田 碧訳 2003. 『フェミニズムはみんなのもの――情熱の政治学』新水社,213p.,1600円.

bell hooks。英語圏の地理学文献にも時折登場するフェミニスト。普通,英語圏の名前はイニシャルを大文字で記すが,彼女はその慣習そのものが男性中心主義的な考えたかに基づくと(本書にこの考えは書いていないので,あくまでも私の想像かどこかで聞いた話だが)いうことで,自らのペンネームから大文字を除いている,ということで有名。なので,場合によっては著者名を日本語表記する場合「べる・ふっくす」とひらがな表記する場合もある。しかし,英語圏地理学の動向に敏感な日本の地理学者が,ダナ・ハラウェイやジュディス・バトラーなどを好んで引用するのに対し,ベル・フックスを引用する人は今のところ皆無(まあ,ジュリア・クリステヴァやリュス・イリガライを引用しているのも私くらいか)。なので,彼女の著作のどれだけが日本語訳として出版されているかも知らなかった。ある日,思い立ってAmazonで調べてみると3冊の翻訳書が出ていたので,まずは手始めにと一番安くて軽そうな本書を買い求めた。
本書は著者本人が,誰にでも読めるフェミニズムの入門書が必要だということで,自ら筆を執ったもの。ちなみに彼女の専門書としての主著も『ブラック・フェミニストの主張――周縁から中心へ』として翻訳されている。このタイトルは原著タイトルの直訳ではないが、そこからも分かるように、ベル・フックスは黒人女性。私がこれまで読んできたフェミニストの著作は哲学的なものが多かったので、人種を性差と同等に考える主張はある意味で新鮮。でも、地理学ではむしろそういう視点の方が普通。本書は入門書でありながら、その扱っている範囲はとても広い。小冊子ながら以下のように19章からなっている。

はじめに フェミニズムを知ってほしい
1 フェミニズム:わたしたちはどこにいるのか
2 コンシャスネス・レイジング:たえまない意識の変革を
3 女の絆は今でも強い
4 批判的な意識のためのフェミニズム教育
5 私たちのからだ,私たち自身:リプロダクティブ・ライツ
6 内面の美,外見の美
7 フェミニズムの階級闘争
8 グローバル・フェミニズム
9 働く女性たち
10 人種とジェンダー
11 暴力をなくす
12 フェミニズムの考える男らしさ
13 フェミニズムの育児
14 結婚とパートナー関係の解放
15 フェミニズムの性の政治学:互いの自由を尊重する
16 完全なる至福:レズビアンとフェミニズム
17 愛ふたたび:フェミニズムの心
18 フェミニズムとスピリチュアリティ
19 未来を開くフェミニズム

読み始めでちょっと違和感があったのは、誰にでも読みやすいと謳っていながら、訳者による注が頻繁に挿入されていること。そして訳文も多少硬い。まあ、こういう文句は原著を読んでからにしろって感じですが、恐らく原著の文体が訳文にも反映しているのだと思う。入門書とはいえ、分かりやすさで何かを犠牲にするような書き方はしていないので、これが原著のレベルなのだろう。内容も含め、決して誰でも気軽に読めるようなものではない。しかし、本書の主張はまさにタイトル通り、「フェミニズムはみんなのもの」であることが説得的に語られる。とはいえ、本書は著者が人生を過ごしてきたアメリカ合衆国での経験がベースになっている。そもそもの女性解放運動などは合衆国を中心に広がっていったわけだから、そういう意味でも、クリステヴァやイリガライのようなものとは違って、名称としてのフェミニズムをきちんと学び、考えることができる。
しかも、基本的に私は人間存在について根本的に考える思考が好きではあるが、本書は一般論ではなく、私が人生の実践として考えてきた身近な問題で性の問題を考えさせてくれる。それが、目次にもあるように、女性の美しさについて、暴力について(DVのような身近なもの)、男らしさについて、結婚や育児について、という問題である。階級や人種、政治的な権利という問題となると、自らの生活経験的なものよりも書物で学んだ一般的な問題となるが、男性であろうが女性であろうが、知識階級であろうが労働者階級であろうが、あらゆる人に考えてもらいたい問題がいくつも提示されているのが本書の魅力。
特に、結婚という制度に否定的な立場をとってきた私が結婚をし、いまだに性的な役割分担に大きな変化がみられない育児ということを自分のこととして真面目に夫婦で考えるようになった私にとって、ここで提示されている問題は他人事ではなくなっている。そんな著者によるフェミニズムの定義は一貫させているようだ。『ブラック・フェミニストの主張』で使った16年の前の定義を著者は気に入って引用している。つまり,「フェミニズムとは,性にもとづく差別や搾取や抑圧をなくす運動のことだ」(p.8)という。難しいことだが,いたって分かりやすい。本書は私の印象として,初学者には難しい。しかし,本書が目指すよりよき未来を築く努力をしようとするものならば,本書を理解するだけの理解力は要求されるだろう。そのためにも,多くの人に読まれるべき本である。

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天体論・生成消滅論

アリストテレス著,村治能就・戸塚七郎訳 1968. 『アリストテレス全集4 天体論 生成消滅論』岩波書店,424p.,2600円.

アリストテレス全集は3巻の『自然学』に続いて2冊目。この手の大きくて厚い本は外出先には持っていかず,もっぱら家のなかで読む。といっても,自宅にいる時に読書の時間をわざわざ設けないから,せいぜい歯を磨いている時と,長時間トイレにこもる時くらい。そんな時間でも1日5ページほどすすめば数ヶ月で読み終わるものです。
意外にもまだ2冊目でしたが,アリストテレスは面白い。西洋の人文・社会学者にとって,聖書やプラトン,アリストテレスは必読書だと思うけど,日本ではどうなのだろうか。少なくとも人文地理学者できちんと読んでいる人は多くないと思う。私は場所研究の一環として,プラトンの『ティマイオス』とアリストテレスの『自然学』を読んだわけだが,その魅力に惹かれ,生涯のうちでせめて日本語の全集は読破したいと思うようになった。しかも,それは読破が目的なのではなく,面白いのだ。焦って全部読むよりも,人生の楽しみとして大事に少しずつ読んでいきたいと思う。
そんな感じで長きにわたって読んでいたし,天体論を読み終わって,別の本を1冊挟んだこともあって,天体論はあまり覚えていない。でも,いわゆるルネッサンス期以降の天文学,ガリレオやケプラー,ニュートンらのものを想像するとずいぶん違う。アリストテレスの学問にキリスト教の影響,具体的には聖書の記述に縛られるようなことは意外にも少ないが,星というのは神が創造した万物の一種であるという認識が前提になっている。『自然学』では物体の運動を,前後左右上下に加え,円環運動という7種を提示している。そして,天体という存在は自ら自発的に運動するという意味で,動物の一種と考えられているのだ。そして,地球上の物体の多くが前後左右上下の6種の運動を行うのに対し,天体こそが7つめの円環運動を行う典型的な存在だといえる。なので,具体的な惑星の記述などはほとんどなく,運動の話や,そして宇宙空間を充填している物質,すなわちエーテルについての議論,そして宇宙がどんな物質から成っているのか,そして宇宙は有限なのか,無限なのか,という『自然学』でも論じられていた問題をより掘り下げている印象。宇宙がどんな物質からなっているのかということについては次の「生成消滅論」の主要なテーマでもあるが,基本的に長らく四大要素説というのが有力であった。宇宙は,火・土・空気・水から成っているのだという。そして,第五の要素(フィフス・エレメント!)としてプラトンが提示したのがエーテルというもの。論証の仕方は相変わらず,先人の諸説を一つ一つ検討しながら,正しいもの誤っているものを選別し,自らの主張を固めていく。そこで結論付けられるのは,無限は存在しないということ,天界=宇宙は一つであること,第五の要素が存在すること,天界は生成も消滅もしないということ,天界が球形であること,諸星も球形であること,大地(地球)が球形であると同時に天界の中心にあること,などなど。すっかり忘れていましたが,後半には「月下の物体について」というタイトルで随分ページを割いていました。
さて,最近読んだのが「生成消滅論」。個人的に関心があったのはこちら。16世紀末のブルーノによる『原因・原理・一者について』のように,物体を一つと数えるのか,という形而上学的な問題を考えさせることは現代ではあまり多くない。といっても,私がこの問題に関心を持ったのはジジェクの『為すところを知らざればなり』だが。ともかく,万物は神が創造した,という教義のもとでも物質は変化するし,動植物の個体は命を失い,そしてまた誕生する。このことをどう理解するか,ということは自然学の大きなテーマであり,本書を読んで,このテーマは『自然学』だけでなく,『形而上学』でも論じられているものだと知る。ところで,四大要素とは私たちが化学で習うような原子とは異なる。水は火を与えられて空気になるように,それぞれの要素間には相互に入れ代わりがある。アリストテレスの場合,それをうまく説明するのが,乾-湿,と温-冷の2つの軸だ。水は冷たくて湿っている,火は温かくて湿っている,空気は温かくて乾いている,土は冷たくて湿っている。この議論は『自然学』にもあったが,要素間の移行についてここではさらに詳しく説明されている。神が創造した万物は増えたり減ったりしないというのが基本的な彼の考えだが,ある意味では質量保存則にもつながるのだろうか。
ともかく,すでに購入済みの『気象論・宇宙論』といった自然学関連だけではなく,『形而上学』の他もさらに読みたくなった次第である。

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雨続きはようやく終了?

3月8日(月)

仕事の後に渋谷で妻と待ち合わせて恵比寿へ。emi meyerが新しいアルバム『パスポート』を発売し、自身の誕生日に急遽リリースパーティをすることになり、夫婦で行くことにした。emiは母親が日本人、父親が米国人でシアトルに住む大学を卒業したばかりの女性シンガーだが、2年ほど前に岩﨑 愛ちゃんを聴きに行った渋谷duo music excangeで、ピアノ弾き語りで英語詞を歌う姿にやられ、その場で『curious creature』というCDを購入した。そもそも、Shing02やジャズ系バンドのピアニストやヴォーカリストとしても活動しているので、日本での活動も多くなり、『curious creature』が日本盤で発売されたり、日本語詞で曲を書くようになったりで、ついに全日本語詞によるアルバムが完成したという次第。以前は家でCDをかけてもあまり反応しなかった妻がいつの間にか好きになっていたらしく、今回のライヴの件も、知った直後にメールで確認したら即決で「行く」と返事をもらったので予約した。開演時間を30分間違えていて、早めにいったら、「オープンは19時です」といわれてしまい、近くの紅茶エスプレッソの店で時間をつぶす。

恵比寿NOS emi meyer
19時過ぎに店内へ。案内されたのはステージの真横。楽屋がすぐ近くなので、出演者たちは私たちの横を通ります。すでにShing02がそのへんをウロチョロしています。もうちょっと上品なお店かと思いきや、どちらかというとパーティピープルの集うようなお店。今回のライヴはステージに近いテーブル席は、ミュージックチャージ2000円に加え、1人3000円以上の飲食が要求される。禁酒中で少し食も細くなっている妻なので、2人で6000円は結構つらい。と思いきや、食事はけっこう上品な感じで一皿の量が控えめなので、お腹いっぱいにはなりましたがそれほど無理なく6000円達成。まあ、飲食しつつ20:30の開演を待ちます。ちなみに、テーブル席の向こうにはスタンディング席があり、こちらはミュージックチャージ+1ドリンクという形。そのさらに向こうにはカウンターもあり。emiちゃんのチケットはハンバートハンバートなどと同じ「プランクトン」という会社が仕切っているが、この日のライヴはそれとは無縁のよう。まあ、陰の仕掛け人はShing02なのでしょう。この日分かったことは、最近emiちゃんのバックで演奏しているベーシストとドラマーはShing02のバンド「歪曲」のメンバーだということ。emiちゃんもメンバーの1人であり、この日さらにサポートとして参加したヴァイオン奏者とヴィオラ奏者、2ndセットで登場したトランペット奏者も同様。意外に時間通りに、emiちゃんは一人で登場し、まずは弾き語り。周囲の様子を気にすることなく、いきなり歌いだすのが彼女らしい。初めて聴いたときには、さらに突然終わってしまう曲も多かったけど、最近は同じ曲でもエンディングは普通になっているような気がする。
今回は一応『パスポート』のリリースパーティということだけど、その辺の気負いもないのがemiちゃんらしいところ。新旧織り交ぜて(当然今回のアルバムには収録されなかった未発表英語詞の曲もけっこうある)自分が歌いたい曲を歌うという感じ。1stセットではストリングス隊は結局1曲。しかも、かなり控えめな音量だったのは少し残念。あ、一つ書き忘れたけど、この日はドラムスの他に、女性のパーカッショニストも参加。カホンやジャンベなど。こちらも結構控えめ。1stではShing02は1曲だけマニピュレータとして参加しただけだったが、2ndではすごいことになる。ちなみに、なぜかこの日はカメラマンが結構入っていて、妻いわく「へたくそ」な男もいてちょっと邪魔。
1stはあっさり終了し、けっこう早めの時間。しかし、なぜかセットチェンジが始まり、ステージ前にスペースが作られます。なんと、登場したのは男女のダンサー。社交ダンス的な衣装とダンスを基礎として、メイクと臭いと体の動きはラテン系。こちらもShing02が呼んできたらしい。そして、途中からは「歪曲バンド」のステージになってしまい、Shing02君歌います。まあ、予想していたことではありますが、この時間が終演時間をどんどん遅らせていくことに。しかも、われわれの背後に関係者らしき人たちが立っていて圧迫感。まあ、ともかくそんな感じで、才能のある美しい女性シンガーにはそれを取り囲む人たちが大勢集まってきて、それによって行く末が左右されたりしますね。emiちゃんはどうなることやら。まだ明確に活動拠点を日本におくかどうかは表明していませんが、とりあえず、今回のアルバムはプロモーションでかなりの期間を日本で過ごすようですね。個人的には彼女の英語詞の曲たちをバンド編成で録音されたCDで聴くのは好きだが、ライヴは弾き語りがいいかな。しかも、騒がしい会場ではなくひっそりとした空間で。

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アーバン・ツーリズム

クリストファー・ロー著,内藤嘉昭訳 1997. 『アーバン・ツーリズム』近代文芸社,328p.,3800円.

訳者の内藤氏は,長い間けっこう謎の存在だった。私が地理学学会誌に書評を書き出した頃,やはり彼も書評を書き出した。彼が書くのは決まって観光関係の英語の本。なので,日本語は受け付けていないが故に,年に1,2本出ればいい『人文地理』の「文献改題」にも書いていた記憶がある。しかし,彼は自身のオリジナル論文は決して掲載しない。会ったことがなくても,出身大学や指導教官が分からなくても,オリジナルの論文が1本でもあれば,どんな研究関心があって,どんな本を読んでいるのかというのが分かるが,書評だけではどうも。私も関心を持っている観光を取り上げているとはいえ,最近では書評でもあまり登場しなくなったので,彼に対する関心も薄れてしまった。
そんななかで,ここでも紹介した神田孝治編『観光の空間』でも,やはり彼の業績はそれほど多く取り上げられるわけでもなかったが,いくつか彼の翻訳書を取り上げた人もいて,再び関心を持った。早速,Amazonで検索すると,結構出てきました。翻訳書だけではなく,オリジナルの研究書も数冊発表していました。しかも,地理学学会誌に書評を書き出した頃の1990年代からです。本書をマーケットプレイス(中古品です)で購入するついでに,新刊で彼の『富士北麓観光開発史研究』(学文社,2002)という比較的最近の本を購入してみた。そちらについては今後読んでまた紹介するとして,とりあえず『アーバン・ツーリズム』から。ちなみに,内藤氏は1958年の生まれで,一度山梨県庁や外務省にも勤めた後に,桜美林大学の大学院に入りなおしたという人物。でも,専攻は地理学ではなく国際学研究科とのこと。
本書は原著が1993年に出版されたもので,著者は英国マンチェスターのサルフォード大学の地理学講師とのこと。日本の地理学会では,けっこう外国の地理学研究は名前で評価する傾向にあるので,こうした日本ではほとんど無名の地理学者の本の日本語訳が,しかも地理学とは関わりの薄い出版社から出版されるというのは,この謎の人物,内藤氏の素晴らしい業績だろう。さて,さっそく目次を示しておこう。

第1章 はじめに
第2章 都市の現況
第3章 都市観光戦略
第4章 コンファレンスと展示会
第5章 都市アトラクション
第6章 文化,スポーツ,特別イベント
第7章 二次的要素:ホテル,ショッピング,イブニング・アクティビティ
第8章 環境と計画
第9章 組織と資金
第10章 都市における観光の影響評価
第11章 総括,問題点並びに今後の展望

この目次からも分かるかもしれないが,いかにも地理学者らしい面白みに欠ける本だ。非常に網羅的で羅列的。私が代官山の論文を初めて掲載してもらったのも1993年だが,観光という方向性に非常に関心があったものの,自分の研究が都市観光(アーバン・ツーリズム)研究になりえるということは全く考えていなかった。1996年に発表した『Hanako』論文では観光研究論文を何本か引用しながら,枠組みを借りたが,やはり大々的に観光研究を表に出すのははばかれた。当時,確かに日本の地理学でも滝波章弘氏という魅力的な都市観光研究者が出てきていたのではあるが,都市を観光の側面から論じるという視点は弱かったように思う。
著者によれば,1993年の時点で英語圏においてもどうようだったらしい。一過性の訪問先として都市に引き寄せられるアトラクションは本書の各章に挙げられるような,文化・芸術であり,ショッピングであり,ナイトライフである。そしてそうした余暇だけでなく,ビジネスでの集客も都市にとっては重要で,そのアトラクションがコンファレンスと展示会だという,著者の主張はいたって正しい。よって,都市観光研究を始める上で,本書は非常に良い入門書となるわけだが,あくまでも前提条件としての知識と認識を与えてくれるだけで,読書としての刺激は極めで低いものであった。斜め読みってのはほとんどしない私だが,後半は耐えかねてしてしまった。訳者の努力を思うとそれほど失礼なことはないのだが,斜め読みでもほとんで重要なところを逃さずに読めるので仕方がありません。
内藤氏のオリジナル研究がどんなものか,楽しみにすることとしましょう。

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最近の土日の過ごし方

3月6日(土)

相変わらず天気が悪いので、夫婦で引き籠り。とりあえず映画を1本だけ観に行く。新宿で探したが、なかなかいい時間に観たい作品はなかったりして、新宿からも近いポレポレ東中野で「新韓国映画祭」というのをやっているので、観に行くことにした。

ポレポレ東中野 『ビバ!ラブ
これは先日この映画館に来た時に予告編で知ったものだが、作品の選択はいかにもポレポレ東中野らしい。要は、韓国映画というのは決まったスター俳優たちが配する、日本でいう数十年前のトレンディードラマのような恋愛ものや、アクションたっぷりの時代ものや刑事ものという派手な映画ばかりではなく、もっと地味で心にしみる映画も多くあるのだ、ということを日本の映画ファンに知ってもらおうという企画。そんななかでも、時間的なこともあるけど、ネットで予告編を見て、私の妻が気に入った作品を観ることにした。
冒頭からおばさんがとぼとぼと近所でビラを貼って歩く。自宅で下宿を営んでいるのだ。現在3名の単身男性が下宿しているが、一人は大学から遠いという理由で引き払おうとしているし、どうにもぱっとしない。オダギリジョー出演の韓国映画『悲夢』でもそうだったが、韓国も田舎町に行くとけっこう古くて広い家が多いようだ。下宿屋といってもアパートではなく、平屋で部屋数の多い普通の民家。朝食の時から夫に文句をいわれ、起こしても起きないだらしない娘という家族に囲まれ、どうにも生活に張りのない主人公。そんなある日、その娘と下宿をしている洗濯屋を営む30男の恋愛が発覚。娘は「この人と結婚する!」と即決するが、その翌日密かに履歴書を送っていた会社から採用の連絡が来て、家出をする。洗濯屋の男は打ちひしがれて、一人で呑んだくれ、汚物にまみれて道端にへたり込んでいる。そんなところに主人公である、娘の母親が通りかかり、家に連れて帰り介抱する。汚物まみれの衣服を脱がせているうちにおばさんはムラムラして、襲ってしまう。すると後日妊娠が発覚して...
まあ、こんなほのぼのとした、それでいてちょっと日常離れした物語が面白いです。しかし、私が期待していた以上に素朴で、低予算的映画。でも、調べると出演俳優はけっこう私が観たことのある作品に出演していたりして、ポレポレ東中野の思惑通り、韓国映画の奥深さを知る。でも、ラストの展開は日本映画『世界で一番美しい夜』に似ているし、クリーニング屋をめぐる年上女と年下男という設定はフランス映画『ドライ・クリーニング』に似てなくもない(フランス版は女がクリーニング屋だが)。でも、夫がカラオケ屋を経営していたり、小さな田舎町の人間関係など、韓国らしい雰囲気で、楽しめます。ちょっとタイトルがどうかなとは思いますが、2008年の作品です。

3月7日(日)

『恋するベーカリー』を観るつもりでいたのに、時間を間違えていて、予定変更。

テアトル新宿 『ボーイズ・オン・ザ・ラン
銀杏BOYSの峯田和伸主演映画。原作は漫画のようですね。『グミ・チョコレート・パイン』に引き続き、情けない男の青春映画のヒロイン「ちはる」を黒川芽以ちゃんが演じます。主人公「田西」が所属する会社はガチャガチャの中身を作るメーカー。社長がリリー・フランキーで勤務中にビールを飲むだめ中年社員を小林 薫。同僚に渋川清彦や尾上寛之らがしっかりと周りを固めます。中小企業である彼の会社に対し、ガチャガチャメーカー最大手の社員「青山」に松田龍平が扮する。田西と青山は営業先で知り合う。田西は数日前の会社の飲み会で、前から気に入っていたちはると少し近づき、青山の前でメール交換をしていると、青山が、「もうデータに誘いましょう。なんだったら、僕も気になっている女性がいるから、ダブルデートなんてどうですか」と、誘いに乗って屋上ビアガーデンに行ったのが運のつき。もうこの映画も公開終了なのでネタばれでいきましょう。もともと、女性と付き合ったことのない主人公でしたが、結局ちはるちゃんとの付き合いもうまくいかない。田西と青山が営業途中の公園で会うシーンが何度かある。田西がカップ焼きそばを食べていると、青山が近づいてきて、「うまそおっすね、それくださいよ」という。田西は「あ、お昼まだだった?」と親切ごころで渡すが、青山は「いや、食べたばっかりです。他人の食べ物っておいしそうに見えるんですよね」といって、一口食べる。「でも、美味いのはこの一口だけなんですよね」といって返すシーン。これはその後の2人の関係を象徴していて、案の定、田西とうまくいかなくなったちはるちゃんを青山はものにしてしまう。そして、さんざん遊んで妊娠した揚句に振ってしまう。それに怒った田西が、決闘を申し込むというストーリー。仕事上では何の活躍もしない小林 薫が田西にボクシングを教えるという役どころで登場。結局、映画鑑賞者の期待もむなしく、喧嘩は負けてしまうのだが。それだけではなく、田西が思っているちはるちゃんと、実際の彼女の像はかなり異なっているところが面白い。芽以ちゃんもやりますね。エロバカ女ぶりを見事に演じています。私はけっこう好きですね、こういう映画。漫画で読もうとは思わないけど。

その後、久しぶりに会う友人とダブルデート。相手の旦那さんとはライヴ会場で何度か顔を合わせているものの、きちんとお話しするのは初めて。そして、私の妻を会わせるのも初めて。17日に行く多部未華子主演の舞台「農業少女」のチケットを譲っていただくためにお会いしましたが、カフェで楽しい時間を過ごす。ここで妻とも別れて、私は代官山へ。ちょっと早かったので、「晴れたら空に豆まいて」というライヴハウスが入っているビルのカフェでカレードリンクセットを食べる。

代官山LOOP
整理番号は80番台だったので、10分ほど遅れていくと、外は雨なのに開場は遅れている。人の集まりも悪く、私は2列目をゲット。でも、いつも一十三十一ライヴ`LOOPの時最前列中央にいる背の高い男性が友達を連れているらしく、後から到着した男女が最前列を占める。ほんと、こういうのはやめてほしい。そして、ここが自分の定位置だとか、昨年のジルデコライヴは全ていったとか、遅れてきたうちの一人は北海道から来たという女性でしたが、自慢話をしています。まあ、とにかくせめて大荷物をコインロッカーに入れるくらいの常識は持ってほしい。床に置いているスペースに一人立てるよ。私は肩掛けバッグに上着をかけ、ワイングラス片手に読書。こういうの辛いんですよね。プラカップなら呑み終わって床に置けるけど、グラスはそうもいかない。ともかく、もうこのライヴハウスは辛い。5月に一十三十一ちゃんのワンマンライヴがあり、この日の終演後に先行発売をしますが、買う気もなくなってしまう。というか、そもそも最近ライヴに行っても、あまりグッとくることが少なくなってしまった。この日は、JiLL-Decoy association一十三十一の2組だから、かなり楽しみな感じでチケットは取ったものの、なんだか惰性で聴いている感じもなくはない。いろいろ家庭の事情もあって、もうそろそろライヴ通いも潮どきか...この日もっとも良かったのは、一十三十一ちゃんのサポートが丈青さんだったということだろうか。彼のピアノは久しぶりでグッときた。さすがだ。一十三十一バンドメンバーのキーボーディスト滝沢スミレちゃんももちろんいいのだが、シンプルにピアノとドラムスという編成で聴く彼女の曲はけっこうよかった。
鍵を忘れて近所で時間を潰している妻のために急いで帰路につくのでした。

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クロノス・エロス・タナトス

マリー・ボナパルト著,佐々木孝次訳 1968. 『クロノス・エロス・タナトス――時間・愛・死』せりか書房,231p.,750円.

マリー・ボナパルトはフロイトと直接親交もあった精神分析研究者である。本書には「サド・マゾヒズムの精神理学的考察」(1951),「エロスの本質的アンビバランスについて」(1948),「無意識と時間」(1939)という3本の論文が収録されている。なぜか発表された年次とは逆の順序になっているが,私的には前の論文ほど興味があるものだった。本のタイトルは副題と一致している。どれもギリシャ神話に出てくる神の名前だが,クロノスは時間を,エロスは愛を,タナトスは死を象徴している。そして,3本の論文はそれぞれが,この3つの概念のうち,2つと関わりがある。
フロイトの精神分析は人間心理をほとんど性の問題として論じるところにその特徴があるので,本書も特に一番目の論文を中心に性の問題が論じられる。つまり,エロスとは愛である以上に,現代のわたしたちが意味するエロスである。サディズムとマゾヒズムについては,前にもどこかで書いたような気がするが,それぞれはマルキ・ド・サドとレーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホという作家の作品に起因している。まあ,サドはそれなりに有名だが,私も含めどれだけの日本人がサドを読んでいるのだろうか。読んだこともないのに,軽々しく人間をSとMに分けるやり方はどうにも気に入らない(まあ,血液型で性格を分けるのと同じ原理なのだろう)。しかし,その発想の根源はフロイトにあるらしい。第一論文は,そんなフロイトによるサディズムとマゾヒズムの軽々しい使用法を見直そうというものだ。そもそもフロイトはクラフト=エビングという人の説をそのまま使っていたらしい。といっても,基本的に著者はフロイト信仰者だから,サディズムとマゾヒズムによって性的倒錯を説明することを根本的に批判しようというのではなく,補足しようとしているのだ。しかも,その議論を深めるのは当のサドの作品からの引用で事足りるのだ。サドの作中人物が単なるサディストなのではなく,作品そのものが人間の本質としての性的倒錯的傾向についての哲学的考察なのだという。もちろん,著者独自の論理によっても考察が進められる。つまり,サディズムにしてもマゾヒズムにしても,暴力的な性的倒錯を性的快楽へと変換する心理というのはタナトス,すなわち死への志向である。
そして,それに関連して第二論文。愛や性的快楽というのは一般的にいえば生への志向を持つはずだ。しかし,場合によってはサディズムのように,性的対象を死へと近づける行為によって快楽を得るという逆説的な感情を私たちは有している。この論文の中盤から段々私は興味を失っていく。そして,最後の論文。訳者がなぜこの論文を発表順とは逆にして最後に掲載したのかについては理由が書かれている。つまり,それは完成された論文というよりはレジュメに近いものだからだという。確かに,ページ数は多いのだが,かなり断片的にいろんなことが書かれているように思う。最初のほうはフロイトの無意識概念を解説することも含めて,「無意識は時間と無関係である」というテーゼを説明する。例えば,理性を手にする前の幼児にとっての時間は,無意識と時間の関係と類似している。そして,人間にとっての時間は,人間が他の動物とは異なり,自らが死すべき存在だということを意識しながら生を営んでいるということだ。しかし,論が進んでいくといつのまにか無意識の問題は登場しなくなり,一般的な哲学的時間論者として,カントやベルグソンが登場する。それはそれで面白いのだが。
まあ,とにかくサディズムとマゾヒズムに対するモヤモヤした感覚が本書ですっきりしたかな。

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貴重な洗濯日和

2月27日(土)

土曜日は夫婦で過ごす。調布まで散歩して図書館、PARCOで昼食、などなど過ごして渋谷に移動。明大前の井の頭線ホームで私の大学院の後輩矢部君とばったり。一緒に渋谷まで。

渋谷ユーロスペース 『コトバのない冬
選んだ映画は渡部篤郎初監督作品。高岡早紀を主演に迎える。雪深い北海道を舞台に、馬農場で働く彼女。薬局を営む父の使いで夕張まで電車とバスを乗り継いでいくが、本数が少ないバスに待ちぼうけを食う。雪が降り続く中、渡部篤郎演じる男が現れる。同じ用事で後日夕張を訪れた際にも彼を見かけ、親しくなっていく。彼は声が出ずに、言葉のないコミュニケーションがこの2人を近づけていく。一方で、高岡早紀演じる女性には札幌に住み、移動を好むミュージシャンの恋人がいる。東京でモデルをやっている妹が帰省し(すでに母親は亡くなっている)、家族ぐるみの付き合いのあるレストランのおかみさんを渡辺えり(渡辺えり子から改名したんですね)が演じる。渡部篤郎のところには時折広田レオナ演じる女性が現れる。そんな感じの登場人物で、緩やかに物語は進行していく。かといって、芸術派気取りのわけのわからないストーリーではない。
私がまだテレビを見ていた時代、ブラウン管に登場する渡部氏の演技は結構好きだった。それから数十年俳優として活躍していて、最近でもスクリーンでちょこちょこみかける彼だが、配役の関係もあって、イマイチぱっとしない印象もある。そんななかで監督業に足を踏み入れた選択はなかなかだったと思う。もちろん、配役を監督がすべて決定するわけではないが、本作の配役もいいし(一つだけ難点を挙げれば、鈴木一真だろうか)、自らの役どころもなかなかいい。本作は少し実験的なところがあるが、次回作も期待できる。

渋谷HMV JiLL-Decoy association
映画を観終わって、HMVの2階に急ぐ。エスカレータの上下が逆になりましたね。ここで、ニューアルバム発売を記念してJiLL-Decoy associationのインストアライヴがある。20分ほど前に到着したが、客の集まりはいまいち。おかげで私はけっこう見やすい位置をゲットした。周囲ではけっこうファン同士の交流が見られます。そんなジルデコですが、私が初めて聴いたのは何年前でしょうか。flex lifeが出演するイヴェントを渋谷PLUGに観に行った。当時ジルデコはメジャーデビューが決まったばかりで、トップバッターのかれらが終わると、花束を渡したり、そのまま席を立ったりする客が目立った。その事情が分からない私はかれらにあまりいい印象を受けなかった。確かにヴォーカルはきれいでセクシーだが、歌声は単調のように思えた。しかし、その後TOPSさんがかれらを好きだということを知って、もう一度聴いてみようと、丸ビルでのフリーライヴを聴きに行った。その時はミニアルバム(マキシシングル?)『no name collection』の発売直後だったが、なかなかいいステージで、シングルだったらいいかなと購入してサインをもらう。そこで、ヴォーカルchihiRoさんの腰の低さや、他の男性2人のメンバーもサイン会に参加するなど、ファン想いのかれらのことを知る(ちなみに、この時PLUGのイヴェントに行ったといったらけっこう喜んでいた)。それから対バンがよかったりするとたまにライヴに行くようになった。CDはあまり繰り返しは聴かないけれど、ライヴパフォーマンスは素晴らしい。
ということで、今回のインストアは新譜からの曲を中心に、古い曲も交えて5曲かな。chihiRoさんは左側の髪の毛を編みこんで、バラの花に見えるようなかなり凝ったヘアスタイル。なぜか、ギターのkubota氏も凝ったヘアスタイルにさせられていて(本人の意思かもしれませんが)、眼鏡はなし。towada氏はいつもどおりで、この日も常連ベースサポーターが入った4人編成。やはりkubota氏はギンギンエレキギターの方が似合っていると思いますが、chihiRoさんのバラードは素敵。でも、今回のアルバムを聴いていて少し思ったことは、彼女が英語詞を唄うと普通のよくあるジャズヴォーカリストのようで、個性が薄れてしまうということ。やはり肉食系女子的な日本語詞が彼女には似合っていると思う。そんなことで、サイン会の列に並ぶ。ここでも、一人ひとりじっくりと時間を取ってファン思いぶりが分かります。chihiRoさんには先日の山田タマルさんのライヴ会場でみかけたこと(オーラのない私によく気付きましたねと彼女)、kubota氏には今回レコーディングに参加したトランペットの島さんの話などをしたり。

サイン会後、会場に来ていたTOPSさんと合流して渋谷のスペイン料理casa del buenoへ食事をしに行く。このお店お勧めのマッシュルームの生ハム入り鉄板焼きを初めて食べたが、かなり絶品。しかも、安いです。3人で赤ワインをボトルで頼んで、スペイン料理を堪能しました。インストアライヴだと、終わってからでもゆっくり飲めるからいいですな。

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金曜日は主夫

2月25日(木)

青山プラッサオンゼ 小畑和彦
木下ときわさんの日暮里bar portoライヴのサポートでしか聴いたことのない小畑さんですが、ブラジル系シンガーのサポートとして非常に活躍しているおじさんギタリスト。自身も自慢の落語とセットでよくソロライヴをしているのは有名だが、ようやく初めて彼がリーダーのライヴに行くことになった。というのも、この日はオーボエ奏者のtomocaさんを迎えての演奏だからだ。私が開演予定時間の20時を少し過ぎた頃にお店に着くと、お客は男性2人客だけ。しかも、その2人客の一人がtomocaさんを呼んで、「こいつ俺の友達」といって、ずいぶん話し込んでしまう。まあ、客が3人じゃ始められないか、と私は豆の煮込みがけご飯を食べていると、後からお客が1人。20分ほど過ぎて小畑さんがステージに現れ、始めようとすると、なんとその2人客のうちの1人がキーボードの前に座る。そう、なんと白いワイシャツに角刈り、眼鏡の男性が小畑さんのパートナーのキーボード奏者だった。名前は宮前幸弘(さちひろ)さんという。ちょっとビックリ。ということで、出演者とお客が同じ3人という形でライヴはスタート。小畑さんはブラジルシンガーのサポートをよくしている割にはガットギターではなくエレキギター。といっても、アコースティックテイストのもので、弾き方もピックを使った(?)奏法で、もともとはジャズギタリストなんですかね。なんて、ろくに知らない私が書いても説得力はありませんが、まずはtomocaさん抜きで始まった演奏はほとんどブラジル色はなし。1曲長い曲をやって、さっそくtomocaさん登場。発売されたばかりの新譜からtomocaさんのオリジナルを演奏。そこからは、全曲参加します。「小畑さんは九州人でしたっけ?」「そうそう、だから何でも吸収する...」みたいなお得意の駄洒落を交えながら、でもかなり控えめでどちらがリーダーかわからない感じでライヴは進みます。これまで、一度bar portoで鴛淵さんというギタリストとtomocaさんのデュオである、Aquiでの演奏を聴いたことがあるが、その他のtomocaさんライヴは必ずピアノの太宰百合さんと一緒だったので、この3人の組み合わせはとても新鮮で面白い。
休憩時間はなぜか電話が鳴りっぱなし。タクシーで向かっているというお客さんは、電話で聞いた内容を運転手に伝えて、みたいなやりかなたので、なかなかたどりつかない。私はもう何度も来ているので、当然迷わないが、初めて来たときはどうだったか、誰のライヴを聴きに来たのが最初か、よく思い出せない。もう一方では、小畑さん目当てではなく、このお店の常連のような人からこれから行くみたいな電話が入るが、程なくしてキャンセルの電話が入ったり。意外と寒く、風の強い日だったからか、なかなか客足が伸びませんでしたが、休憩中に2人やってきて(一人はそのタクシーのお客)、なんとか出演者よりも多くなる。そして、全員男性客。その多くがmotocaさん目当てだったようですが、彼女も自身のライヴを2日後に控えていたので、tomocaファンの客足も遠のいたのかもしれません。でも、演奏は素晴らしい。小畑さんのオリジナル曲も数曲ありましたが、なかなかいいですねえ。お客さん5人なので、アンコールの拍手はありませんでしたが、出演者自ら「あと1曲いいですか」といって、結局23時前まで。妻を家で待たせている私は、tomocaさんへの挨拶もそこそこに帰路につきました。

2月26日(金)

この日もすぐれない天気で、私は引き籠り。昼間に映画1本だけ観に新宿へ。

新宿武蔵野館 『過速スキャンダル
予告編を初めて観たときはなんだか面白そうだと思ったが、何度も観るうちにあまり興味がなくなってしまったが、公開終了を前になんとなく観たくなった。もう公開終了なので、ネタばれで。『猟奇的な彼女』のチャ・テヒョンが演じる人気DJの男性がパーソナリティを務めるラジオ番組に、常連リスナーのシングルマザーがいる。彼女が会ったことのない父親に会うに行くべきかとの質問に、主人公は当然会いに行くべきだと勧める。すると、会いに来たのは自分自身にだった、という設定。ここまでは予告編でも分かっていて、そこから本当に父娘なのかどうなのかをめぐって物語は展開していくと思いきや、中盤で知人の獣医にDNA鑑定をしてもらい、実の父娘だと判明する。だから、予告編で予想する物語展開はすでにここで裏切られてしまうのだが、意外にも物語は予想しない方向に進展し、といっても法外な展開で鑑賞者をあきれさせてしまうようなものではなく、涙ほろりな結末へと導いていくのだ。なんといっても、女優陣がいいです。やはり韓国人女優はきれいですね。その娘役を演じるパク・ボヨンという子も、喜怒哀楽が分かりやすく、この役にピッタリ。そして、その子どもを演じる少年も抜群の存在感。期待以上に楽しく、ぐっとくる映画でしたよ。

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