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お知らせ

今週末、3月27日の土曜日に私は学会発表します。2010年日本地理学会春季学術大会が土日に法政大学市ヶ谷キャンパスで開催されます。私の発表は朝一午前9時から第一会場で。よろしければ聴きにいらしてください。本当は学会参加費というのがあるのですが、基本的に大学はオープンですし、ちらっと受付付近で第一会場の位置を確認し、入ってきても大丈夫です。詳細はこちらまで↓。
http://www.ajg.or.jp/meetiing/2010spring.html

3月17日(水)

あまりおおっぴらにはできないが、この日は会社をお休みする。といっても、週4日の契約なのに、今月は出ずっぱりなので許してくれるでしょう。単に金曜日の休みを水曜日と好感してもらっただけだし。

新宿ピカデリー 『抱擁のかけら
『ボルベール〈帰郷〉』に続いて、ペドロ・アルモドバル監督がペネロペ・クルスを起用した作品。ペネロペ出演作が次々と上映されているので、本作もアルモドバル監督であることをすっかり忘れていて見逃すところだった。新宿ピカデリーは無料で作れるポイントカードで、6回観ると1回無料。すでにポイントはたまっていたが、平日は最前列で観ると1000円ということで、無料は休日のためにとっておくことにする。この映画、さほど人気はあるとは思えないが、なぜか一番大きなスクリーンで上映。私も初めて入ります。なかはスカスカなのに、なぜか最前列に私を含め4人が隙間なく並ぶ。まあ、最前列を嫌と思わない私のような映画ファンにとってはこの1000円サービスは願ってもないものだが、ここに並んだおじさん1人客と、年配の男女2人客もそうみえる。しかし、このおじさんは60歳以上に見えるし、夫婦は50歳以上に見える。どちらもどの席でも1000円で観えれるのでは?と疑問に思いながらも、このスクリーンは比較的座席がゆったりとられているし、映画ファンなのでマナーはよく、特に問題はなかった。
さて、映画は2008年と1994年の2つの場面が別々に始まる。2008年はとある映画監督が失明したことによって監督をやめ、ハリー・ケインというペンネームで脚本家として活躍する男性が主人公。とても親しげな女性が代理人として、そしてその息子が助手として執筆活動をしている。冒頭ではいきなり若い女性を部屋に連れ込んでのセックスシーン。彼の手をとって横断歩道を渡らせてくれた、というだけで部屋に誘ったというお盛んな中年男性。さて、一方1994年ではペネロペ・クルスが中心人物。ある実業家の秘書として働く彼女。その彼女の父親が病気で危ないというところを、この実業家は、彼女を愛人とすることで最高の病院を手配する。物語が別々に進行するなか、2008年にこの実業化が亡くなったというニュースが流れ、主人公はある過去を思い出す。そんななか、一人の映画監督が彼の下を訪れ、自分の作品に脚本を書いてほしいと依頼してくる。この男性は偽名を使っていたが、ハリーはそれがその実業家の息子だとすぐに気づく。そこから、1994年の場面が主人公によって徐々に回想されていく。実業家の愛人になって不自由ない生活を送るようになったペネロペ演じる女性はかつて志望していた女優への道に再度挑戦しようと、映画監督マテオのもとに直談判に来る。このマテオがハリー・ケインの本名だ。まあ、容易に想像できるように、徐々に三角関係へと移行し、マテオが失明する事件へと物語りは進んでいく。まあ、基本的なプロットはそれほど斬新なものではないが、その展開と個々の人物像がアルモドバル監督独自の雰囲気を醸し出している。まったく飽きさせることなく、そして、一人ひとりの人物が敵味方や善人悪人のように分けられない、複雑な個性を有している。ペネロペの役どころは際立ったものではないが、それがまたいいと思う。
ところで、私が観た上映では、冒頭のハリー・ケインのシーンで何度か画面が真っ黒になるシーンがあった。冒頭なので、演出効果だと思い込む。主人公は盲目であるのだから、観客にもそれを断片的に味わってもらおうとするような。しかし、上映が終わり席を立つと、劇場の係員が出てきて「申し訳ありません」と、それは映写上のミスであることが分かった。ということで、無料招待券を1枚もらう。いやいや、得しました。

この日の朝はシリアルだったので、ランチはカレー。池袋駅構内にあるSpiceというJRが経営しているお店で。接客をするスタッフは全て女性で、今回気づいたのはご飯は機械で分量を測っている。お皿を下に置いて、スイッチを押すとご飯がボトボトと。最後に人間がしゃもじで型を整えるくらいだったら最初からやれよ。この日食べたのはキーマカレーだったが味はなかなか。時間に少し余裕があったので、口と食道のカレーをすっきりさせるために、コンビニでアイスもなか。東京芸術劇場に到着すると、地下のアトリウムでフリーライヴをやっていた。スパニッシュギターのソロ演奏。といっても、曲はスパニッシュではなかったが。平日の昼間ですが、定期的にやっているようです。

池袋東京芸術劇場小ホール 『農業少女
さて、私のお目当ては演劇。東京芸術劇場の舞台監督に野田秀樹氏が就任した記念ということで、彼の作品「農業少女」を新たに松尾スズキ氏が演出をしたもの。といっても、私は前の「農業少女」を観たわけではないのですが、その時は松尾氏が出演していたようですね。今回の新たなキャストには多部未華子ちゃんが含まれるということで、観ることになった次第。他のキャストは山崎 一、江本純子、吹越 満という面々。劇場もなかなか小さな空間で嬉しい。と多部ちゃんを観に来たはずが、一人の客に目を奪われる。なんと、私の前の列の右2つ隣に座ったのは、女優の谷村美月ちゃん。斜め後ろから顔が見えただけで分かりますね。帽子をかぶっただけで自然体。舞台が始まっても、ちらっと顔を見ましたが、普通の顔も笑った顔もスクリーンなどで観るのと一緒。素敵です。
さて、それはよしとして、舞台の内容ですね。まだ公演中ですが、多少ネタバレなので注意してください。「農業少女」とは多部未華子ちゃん演じる女性のことで、14歳の時に実家が農家を営む九州の田舎から上京する。山崎 一演じるおじさんはその少女の若さに惹かれ、少女はいたずらのつもりで東京行きの列車に乗っただけだったのに、切符の代金を払ってしまうことから、少女の東京生活が始まる。そこに関る大人の男と女。それが吹越 満と江本純子演じる2人。4人芝居だし、元来演劇なので、映画やドラマのような個々の登場人物が詳細に描写されるようなものでもないし、分かりやすいストーリーが展開されるようなリアリティでもない。もちろん下ネタも少なくないし、体を張った演技で、多部ちゃんが男優たちに抱きついたり、舞台上で転んでパンツが見えたり、と舞台ならではの演出。吹越氏演じる男性が主導する団体は「都市農業研究会」。不登校の女子高生を使って、「便から臭いをなくすお米」作りをするということで注目を集め、政界へ乗り出そうという魂胆。しかも、政党への鞍替えとともに、名前を「都市党」にするという。それについて多部ちゃん演じる少女は「農業は切り捨てるのか」というが、やはりこの作品には、地方=田舎=農業と、都会=東京=都市との二分法が根底にあって、ストーリー自体にそれほど斬新さはない。多部ちゃんの頑張りはよかったけど、全体的に印象の薄い舞台だったかな。休憩なしで1時間40分ほどでした。

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