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2010年4月

わが子の動くのを見る

4月23日(金)

大学の講義を終え、この日も映画のハシゴ。観たい映画が次々と公開終了となるので焦る。

渋谷シネセゾン 『半分の月がのぼる空
まずは、こちらも公開終了の作品。『60歳のラブレター』や『真木栗ノ穴』の深川栄洋監督作品だとは特に意識していなかったが、池袋映画館のフリーペーパー『buku』最新号の表紙を飾った忽那汐里ちゃん主演作ということで観ることにした。お相手役は『ダイブ!』の池松壮亮君。肝炎を患って短期入院している池松君が、入院先の病院で出会う少女が忽那汐里ちゃん。こちらは9歳の時から転院を繰り返す入院生活。既に他界した父親と同じ心臓の病気。まあ、最近でいうと『ヘブンズ・ドア』のように、病気の若者が自由を求めてあがくというストーリーはよくありますね。でも、俳優としても初々しい2人の演技を観ているだけで満足な作品。残念ながら忽那汐里ちゃんは撮影時、にきびが多いのが残念でしたが、池松君はとてもキュートでした。ちなみに、大泉 洋が出演しているのだが、この2人とはなかなか絡むシーンがない。その理由は終盤で明かされます。意外な展開で面白かったので、あえてここではネタバレしませんが、ちょっと映像として無理があるのも事実。まあ、ともかくこの若い俳優2人には今後も期待。

渋谷シネマライズ 『息もできない
続いてい観たのは、韓国映画。こちらもシネマライズではこの日が公開終了。引き続きライズXでの上映とのことだが、私の購入した前売り券がシネマライズのものだったので、念のためここで観ることにする。この作品は予告編で気に入ってしまったのだが、なんと主人公のヤクザを演じるヤン・イクチュンが監督・脚本を務めているという。観終わってそれを知ってさらに驚く。ストーリーを書くのは面倒なのでやめておくが、とにかくこの作品に出てくる人物は全て家庭内暴力とともに生きている。主人公は2人いて、1人はヤクザ男。もう一人は女子高生。たまたま、このヤクザ男が路上でつばを吐いたら、これが女子高生にかかってしまい、女子高生が怖いもの知らずでヤクザに因縁をつけたことから2人の関係は始まる。ヤクザ男は幼い頃、父親が母親に暴力を振るう家で育つ。妹が「ママが殺されちゃう」といって、かばおうとしたところ、父親に刺されて死ぬ。母親は主人公が妹を担いで病院に行くのを追いかける途中で車にはねられて死ぬ。当然、父親は刑務所行きだが、15年の服役を終えて、出所した頃が物語の舞台。一方、女子高生は幼い頃、屋台をやっていた母親をヤクザたちに殺されてしまう。そのショックか、父親は働かずに家で飲んだ暮れ、母親が死んだことも認識できずに毎日言葉の暴力を娘に投げつける。一方で、その兄も無職で妹に金をせびる始末。どうしようもない家族に囲まれて日々いらだつ2人が出会い、そのことをお互い伝え合うこともなく、心を惹かれていく。どの家族でも家庭内暴力が一般的のような印象を与えるところがどうかなあ、という気もしますが、韓国ではいまだに兵役の義務があるというところが、この問題と不可分ではないという気もしないでもない。それから、映画によくありがちな社会関係の狭さも気になるところだ。たとえ、小さな町に暮らしているからといって、それぞれの活動範囲はより広く、重なり合いも少ないはずだ。それなのに、重要な関係性は全て登場人物の間で完結するというのは、映画というフィクショナルな社会の表現によくありがち。演劇の場合はその点においてはリアリティを追求しないが、映画の場合はエキストラという多くの人間を登場させるため、映像的にはリアルな雰囲気を表現できるが、あくまでも出演俳優とエキストラは実質的に異なる。

4月24日(土)

講義が終わって、国分寺のカフェスローで妻と待ち合わせ。以前カフェスローはちょうど国分寺駅と府中駅の中間くらいに位置していたが、移転して国分寺駅にかなりちかくなった。前のお店は2度ほど行ったことがあった。一度はNUUちゃんのライヴ。今度、HARQUAのライヴもあるらしい。まあ、店名どおり、スローフードを提唱するお店で、もちろんオーガニックなどにもこだわりがある。移転したお店はかなり広く、子連れで来ているお客さんも多いし、土曜日とはいえけっこう賑わっています。しかし、私たちが注文したランチはどちらも1000円前後と安くないのに、量もそこそこ、味もイマイチだった。無添加などにこだわっているのだったらもうちょっと薄味であってもいいような気もするが、そうでもない。期待したよりは微妙だったな。しかも、以前は店員さんに家族経営のようなアットホームさがあったが、今はけっこう若い男女がやっていて、雰囲気的には無印良品のカフェのような感じ。
近くのブックセンターいとうでゆっくりしていたら、妻の健診に遅れそうになる。今回は採血をするような検査もあり、待ち時間も含めて結構かかってしまった。13週目に入りました。私も初めてエコーの画像を見せてもらう。6cmを越えたところですが、もうちゃんと顔の部位も出来上がっていて、足も時折動くのを確認できます。まだまだ安心はできませんが、今のところ順調。予定日は10月末です。
前日の夜から妻の頭痛がひどく、しかも病院を出たのが16時を過ぎてしまったので、2人で楽しみにしていた、ヤマカミヒトミ×橋本 歩@祖師ヶ谷大蔵ムリウイは断念。家でおとなしく過ごしました。でも、一人でそういう楽しみを味わうよりも、ひっそりと夫婦で家で過ごすことに落ち着きを感じる今日この頃。

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ポストコロニアリズム

本橋哲也 2005. 『ポストコロニアリズム』岩波書店、232p.,円.

たまたま古書店で見つけて購入。最近、私は写真家田沼武能のアンデスとカタルニアに関する写真集の分析をした論文を書いている。この2つを結びつける何かを考えていたところ、コロンブスの大西洋横断を発端とする、その後のスペインによる南米支配だというところに行き着いた。田沼が撮影のためにおもむいたアンデスの遺跡たちはスペインの入植者たちによって滅ぼされた帝国の残骸である。一方で、カタルニアはスペインの一地方。しかし、実はこの同じ時期にスペインでは国家統一がなされようとしていて、コロンブスがカリブ海の島に辿り着いた1492年に、カスティリア語の文法書が発行され、これによって、スペインはカスティリア語を標準語とする。そのことによって、一地方だったカタルニアでは、カタルニア語やその民衆文化を抑圧される。つまり、田沼が追い求めるのは、グローバル化の波によって破壊された土着の文化であり、風景であるといえる。私もコロンブスまでは気がついたのだが、この1492年の重要性については、ちょうど先日読んでいた、本橋氏の『映画で入門カルチュラル・スタディーズ』で知ったのだった。本書はこの議論をもっと推し進めたものだといえる。もちろん、岩波新書の一冊だから学術研究者に向けられたものではないが、それでも基本的な歴史的知識に疎い私のような者にとっては十分刺激的な本である。目次はこんな感じ。

第1章 1492年、コロニアルな夜明け
第2章 「食人種」とは誰のことか――カニバリズムの系譜
第3章 植民地主義からの脱却――フランツ・ファノンとアルジェリア
第4章 「西洋」と「東洋」――エドワード・サイードとパレスチナ
第5章 階級・女性・サバルタン――ガヤトリ・スピヴァクとベンガル
第6章 「日本」にとってポストコロニアリズムとは何か

第1章はそんな感じで、ヨーロッパでも当時の先進国、スペインにおいて同時期にさまざまな分野で近代への移行がなされるという事実は本当に興味深い。そして、第2章についてはトドロフ『他者の記号論』、ヒューム『制服の修辞学』、グリーンブラット『驚異と占有』などで学んだはずだったが、「カニバル」という語自体、コロンブスの発明品だったとか読み落としていたこともあるし、中南米植民地化の話だけではなく、その後の帝国主義の時代に「食人」というのがさまざまな言説で利用されたという点なども勉強になった。やはりモンテーニュの文章は読まなくてはならない。
そして、第3章以降は、1章に1人ずつ、ポストコロニアルの重要な論者が紹介されていく。まずはファノンだが、私も『地に呪われたる者』は一応読んだのだが、はっきりいってほとんど理解することができなかった。本書を読んで,それもそのはずというところがあった。やはりファノンの場合には彼がどんな人物で,なぜあのような書物を書かなければならなかったのかということを知らなければならないようだ。機会があれば,もう一度,今度は『黒い皮膚・白い仮面』から読んでみたいと思う。
続いてはサイード。サイードの本は研究書を中心に日本語で随分読んだ。残っているのは,『文化と帝国主義』下巻(上巻が出版されてから下巻まではかなり間隔があいている)と『パレスチナ問題』だけ。しかし,ここではあくまでも思想家のアクチュアリティについて問題とするために,この3人の思想家を選んでいるので,やはり『パレスチナ問題』を読まなくてはいけないと痛感させられる。
一番読んでいて勉強だったのがスピヴァクに関する第5章。スピヴァクは『文化としての他者』をかなり以前に読み始めたものの,あまりにも難しくて途中で挫折したきりなのだ。まずは,「戦略的本質主義」という立場について,著者の簡単な説明で妙に納得してしまった。常日頃から自分自身も含めて,社会構築主義的な,相対主義的な立場に立つと,自分の思想家としてのアイデンティティや立ち位置をどう置けばいいのかという矛盾に直面する。それはサイードのパレスチナ関係の文章を読んでいてよく感じたことだった。学問的には自分が日本人であるとか男性であるとかということは克服できる問題であるのに,グローバル化する学問世界のなかで,日本という社会で生活するという自分の立場を活かした発言をしようと思うと,その辺がひっかかってしまう。でも,そういう本質主義的な立場を戦略的に用いることは十分に可能だと思うし,多くの思想家がそうしているということを簡単に納得できたのだ。これは大きな収穫。そして,スピヴァクがいくつかの社会的活動もしているということを知って,しかもその内容に妙に納得したり。やはりすぐれた思想家はやることもすごい。
そして,なんといっても本書の読みどころは最終章。本橋氏も元は英文学者として研究者アイデンティティをもちながらも,戦略的に自らの日本人という立場を活かして,英国の文学研究やカルチュラル・スタディーズを吸収しようとしている。かつて,植民地支配も経験した日本でこの21世紀に暮らす私たちが考えるべきことは,このポストコロニアリズムという思想の延長線上にいくらでもあるということを考えさせられる。
ともかく,多くの大学生にも読んでもらいたい本。

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久し振り平日ライヴは疲れる

4月20日(火)

この日は久し振りに夫婦揃ってライヴ。妻のお友だちのセレンさんと、わたしたちが付き合い始めから行っている山田タマルちゃん、そして2度ほど渋谷の弾き語りで見かけた森 恵さんが一堂に会すということで平日だけど行くことにした。前回、2人で同じライヴハウスに来た時、思ったよりも食事メニューがなく、残念だったので、今回はライヴハウスに入る前に食事。代官山の駅のホームから前々から見ていたハンバーガー店「SASA」に入る。本格的なハンバーガーで、ポテトとピクルスがついて1000円以上するものだが、一度食べてみたかった。ハンバーグは100%国産らしく、調味料も少なめ、素朴な味付けでまずまずな美味しさです。ソフトドリンクは高めですが、グラスビールは470円。誰もいない店内で、ささっと食べて、移動します。

代官山晴れたら空に豆まいて キャンドルナイト
このライヴハウスでは毎月キャンドルナイトの日を設けて、音響設備を使わず、演奏中の店内の明かりもキャンドルだけというイヴェントをやっているとのこと。今回は4人の出演者が登場します。いつものステージにはピアノが置いてあり、3組の出演者が使用しましたが、歌を歌う人は客席フロアの一角に用意された高い椅子に座って、その前にテーブルを集め、キャンドルを集めたという即席ステージ。その一角を囲むように椅子が並べられ、すでに多くのお客さんが集まっています。私たちはステージ脇の固定椅子に陣取ります。
セレン:まずはセレンこと村瀬拓也さんの登場。素足です。ピアノのサポートとともに演奏を始めますが、トップバッターは音の響きでちょっと不利だったかもしれません。ピアノの音が大きく、ギターの音はほとんど聞こえず。歌声もどちらかというと通りのよい声ではないので、こういうスタイルは難しいかも。でも、私が3回目に聴いたなかでは、懸命さが伝わっていいライヴだったかも。
山田タマル:続いてがタマルちゃん。登場したところで、なぜか妻が手を振る。タマルちゃんは妻のことを覚えていたかどうか分からないが、私の顔を見て納得したようです(前々回のライヴで結婚報告済み)。ちょっとふくよかになった気がするのは、下から照らされるキャンドルのせいかもしれませんが、この日はピアノとパーカッションのサポート。後ろの方の女性客は「カホンはやめてー」といっていたが、それなりに控えめに叩いていました。それでも、しっとりした曲より元気な曲を選んだのは彼女らしいというべきか。CDには収録されていない曲も2曲ほどあり、ビートルズの「All You Need Is Love」などのカヴァーも含んだ短めのステージは彼女らしさがよく出ていました。
次の男性シンガーは関西出身で長いこと民謡を歌っていたらしいが、今歌っているのは若い女性に受けそうなポップス。まあ、民謡で食っていくのは難しいけど、なんかもったいないような気もします。さすがに、クッションなしの椅子でかなり疲れてきました。
森 恵:渋谷駅の宮益坂方面の所でギター一本で歌っていた女性。私は特に気に留めませんでしたが、妻は「この人はうまい」というので、今回この機会にきちんと聴くことにした。MCによれば、彼女が人前で歌い始めてから9年。広島出身で上京してから1年足らずのようだが、CDを出してからもストリートにこだわる彼女の声量とギターの技術は大したものです。タマルちゃんもいい発声をしているが、この女性の歌声はとにかく通りがよい。そして、ギターもよく響く。広島では路上でほとんどアンプを使わずに済んでいたそうな。でも、場の盛り上げ方とか、やはり私好みではないかな。
そんなこんなでアンコールもあって、22時過ぎになってしまい、タマルちゃんのステージで帰るべきだったかと思ったが、帰り際にセレンさんともゆっくりお話をし、タマルちゃんにも妊娠報告をすることができたので、よしとしましょう。

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ハニーは外国人

4月17日(土)

東京経済大学「人文地理学」2回目。なぜかちょっと受講生が増え、ちょっとモチベーション上がる。この日は近場、府中で妻とデート。駅前で軽く昼食をとって映画館へ。この日が初日の作品が多く、かなり混雑している。そして、私たちが観る作品もけっこう混んでいました。

府中TOHOシネマズ 『ダーリンは外国人
きちんと読んだことはないけど、存在は知っていた原作の漫画。予告編がけっこう面白く、観ることにしました。そもそも、テレビを中心に活躍する井上真央の演技をきちんと観るのは初めて。漫画家を目指しながらイラストレータとして食いつないでいる主人公がアメリカ出身の日本語オタクの男性と出会う。3回目のデートから物語りは始まるが、交際するきっかけは映画のなかでは詳細に説明されない。原作がどういうストーリーなのかは分からないが、この映画では、もちろん作者が主人公で、この漫画ができるまでのいきさつを描くという感じ。付き合い始めて、風景からして葉山辺りと思われる田舎の一軒家で2人暮らしを始める。かなりうまくいっていたが、主人公の姉の結婚式で外国人の恋人トニーが主人公の家族と対面し、主人公が父親から「交際は認めない」と告げられてから2人の歯車がすこしずつずれていく。この映画のなかでは結局、父親は亡くなってしまうのだが、なんと原作ではそんな話はないらしい。まあ、そんなことはつゆ知らず、まあ実話であろうがなかろうが別に関係はないのだが、私は随分泣かされてしまった。それはこの映画の評価とは別物で、ともかくこういう展開には泣かされてしまうのだ。でもとにかく、個人的にはこのトニーを演じていたジョナサン・シェアがとても好青年で感情移入することができた。井上真央ちゃんも分かりやすい可愛さでいいね。まあ、テレビ向きだけど。

4月18日(日)

この日は、恋人が秋葉原にある台湾料理のファストフード店「秋葉鶏排」に行きたいというので、そこを中心に予定を組む。せっかく秋葉原に行くので、最近話題の献血ルームにも行きたいと思って予約しようと思ったら日曜日の午前中は空きがない。しょうがないので、渋谷で献血。さすがにオープンの10時の予約はスムーズでいい。でも、後で考えたら、別にこの日は献血にこだわる必要はなかった。ちなみに、この日は『男と女のいる舗道』というゴダール映画をDVDで借りて鑑賞。主人公の女性が夫と別れて娼婦になるという展開にちょっと驚く。もちろん、妊婦の妻は献血できないが、漫画喫茶代わりにくつろいでいた様子。
そこから秋葉原に移動して、その「秋葉鶏排」でランチ。ちょっとしたカウンター席があって、店内でも食べられます。汁ビーフンとミニ魯肉飯(ルーロー飯、豚の角煮を刻んだものがご飯の上に乗っている)のセットと、目玉商品の「鶏排(チーパイ、スパイスたっぷりの鶏の唐揚)」をいただく。2人で800円なり。もっと食べたくなって、これも台湾名産の大根餅とタピオカミルクティーをいただく。
帰って家に近い映画館で『のだめカンタビーレ』でも観ようかと、新宿方面のホームに立っていると、妻が「ここから錦糸町は近い?」と聞いてくる。どうやら、錦糸町に赤ちゃんグッズを売っているお店があるという情報を持っていたようで、急遽予定変更。ついでに、自宅が錦糸町に近い友人マッキーさんを呼んで、お茶の予定も入れる。まずは駅前のビルに入っている「アカチャンホンポ」にて、出産・育児に必要なものを一通りチェック。値段もさることながら、わが家がより手狭になることが容易に予想される。一通り見終ったところでタイミングよくマッキーさん登場。散歩がてらちょっと歩いて、「北斎茶房」というお茶屋さんに入る。けっこう混雑していて待ち時間もあったけど、久し振りの対面で積もり話をしつつ、ちょうど奥の座敷が空いたので、ぜんざいやら、あんみつやら、和風パフェやらでまったり。帰りもガラス市を覗いたり、建設中のスカイツリーが間近に見えたり、アジア食料品店で台湾食材を購入したりと、すがすがしい春の陽気に気持ちよい休日を過ごす。

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久し振り映画のハシゴ

4月16日(金)

法政大学も2010年度開始。まあ、初日ということもあるが、思いの他人数も多く、活気があるように思う。今年度は教科書に頼らずにいく方針なので、ちょっと大変だけど、その分楽しみ。この日は久し振りに一人で行動。渋谷に移動して、1階が改装中のTSUTAYAで映画の前売り券をまとめて5枚買う。1本目の映画まで時間があるので、本屋の2階にあるカフェで、先ほどの講義で受講生に書いてもらった出席票を読む。非常勤講師じゃ、なかなか学生と生で話し合う機会はないが、出席票に一言書いてもらったりするのが僅かなコミュニケーションで、それがまた楽しい。

渋谷TOEI 『誰かが私にキスをした
あとで調べてビックリしたが、本作の監督、ハンス・カノーザは『カンバセーション』の監督だという。そんな合衆国の監督が、日本のアメリカンスクールを舞台に日本の俳優を使って撮った映画。mixiでのみ交流のある宮崎在住の「ぱふ」さんの評価がかなり悪かったが、ともかく堀北真希ちゃんが観たいということで、観ることにした。ちょっとした事故で最近4年間の記憶を失ってしまった主人公をめぐる3人の男たちとの物語。まあ、ストーリー自体は大したことないので、ネタバレでいきましょう。3人のうち、一人は松山ケンイチ演じる男「ユウジ」。別の高校にも通っていたとかで、数年他の人より年上の、謎めいた存在。たまたま事故現場に居合わせたということで、主人公「ナオミ」に近づく。もう一人は「エース」という男で、アントン・イェルチンという俳優が演じるが、見覚えがある。といっても、成長した姿ではなく、幼い頃の顔。巻き毛が同じだし、間違いなく覚えている。と思って、後で調べると、アンソニー・ホプキンス主演の『アトランティスのこころ』に出演していた子役だ。映画化が2001年だから、当時12歳で、今21歳だということだ。彼は現在進行形でのナオミのボーイフレンドだとのこと。テニスがきっかけで結ばれたという。そして、もう一人の「ミライを」演じる手越祐也という人物で知らなかったけど、錦戸 亮や山下智久などとNEWSというグループで活動していたジャニーズのアイドルらしい。こちらは、「year book」の編集でナオミと一緒だったという。ちなみに、year bookとは卒業アルバムのようなものらしい。ともかく、この3人の顔も忘れてしまったナオミにとっては、交際していた「エース」にはさして魅力を感じないし、テニスへの愛情も思い出せない。とりあえずyear bookの制作作業を続けながら、親切にしてくれるミライにいろいろ頼りながらも、謎めいたユウジに惹かれていく。結局、セックスを迫られたエースとは別れることになり、日常生活に慣れてきた結果、ミライとのyear book制作もやめてしまい、ユウジとの恋愛を始める。しかし、結果的に彼女を一番思いやっていた男は誰なのか...まあ、そんな物語です。
冒頭のシーンは長髪で、堀北真希ちゃんはカツラをかぶっている。まあ、そのせいもあって前半の彼女は魅力的には見えませんな。やはり首のしわもけっこう目立つし。しかし、物語の展開上、昔の自分をふっきるために髪の毛を自分で切る。そのシーン以降、地毛に戻るのだが、だんだん彼女の魅力が全開になり、魅力的になってきます。映画のなかでは恋する女はなんとやらということなのでしょうが、松山ケンイチとのキスシーンがなかなか魅力的だ。真希ちゃん素敵なキスしますよ。そして、映像的に面白いのが、写真を撮るシーン。写真を撮ると、その撮影された映像がスクリーンの中に、パシャパシャと瞬間的に映し出されるのだ。そして、彼女がとある授業の課題で作った写真作品がまた面白い。といっても、それはユウジの入れ知恵なのだが、古い中古のフィルムカメラを集めてきて、セルフタイマーをかけて、カメラを空中に投げるのだ。空中で運動しながらシャッターが切られる。そんな予測不能な画像の寄せ集め。まあ、この監督の前作『カンバセーション』も期待ほどではなかったように、本作もちょっと長すぎるのがマイナス。特に、ユウジと過ごすロサンゼルスのシーンはどうなのだろうか。もうちょっとスリムアップしたらよかったと思う。でも、個人的には嫌いじゃないかな。まあ、それは私がこうした青春群像に弱いということもあるかもしれない。特に、ミライ的な役どころには感情移入しちゃうんだよね。

さて、急いで2本目の映画に移動。久し振り、今年初めてのル・シネマ。

渋谷ル・シネマ 『ニューヨーク,アイラブユー
数年前に『パリ、ジュテーム』というオムニバス映画があった。日本からもフランスで活動する諏訪敦彦が参加し、国籍を問わない18人の監督(なかには俳優のジェラール・ドパルデューも含まれていた)によるもの。俳優もフランス人には限らず、今回の『ニューヨーク、アイラブユー』にも参加しているナタリー・ポートマンも出演していた。まあ、タイトルも構成もパクリで、とにかくニューヨーク讃歌という形で作られた作品。日本からは岩井俊二が参加しています。岩井作品はオーランド・ブルームの一人劇のようなもので、電話相手がクリスティーナ・リッチ。最後ちょこっと姿を見せるだけ。ナタリー・ポートマンは俳優としても監督としても参加。セントラル・パークを舞台にした作品は愛らしくて素敵。さすが才女ですな。俳優として出演している短編の相手役は『その名にちなんで』以降、ちょくちょく顔を見るようになったインド人俳優、イルファン・カーン。そして、面白かったのが、先ほど観た『誰かが私にキスをした』に出演していたアントン・イェルチン君。こちらにも出演しています。他にもスー・チーが出ていたり、多人種・多文化の共生を強調しようとする意図は明白。まあ、その試みが成功しているかどうかは分かりませんが、こういう映画は大好きです。ちなみに、エンドクレジットの最後で、今度は『上海、アイラブユー』だとか、書いてありました。

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近代日本の視覚的経験

中西僚太郎・関戸明子編 2008. 『近代日本の視覚的経験――絵地図と古写真の世界』ナカニシヤ出版,195p.,2600円.

またまたナカニシヤ出版。この出版社は地理学専門ではないが,さすがに古書店で見つける類の本ではないので,滅多に新刊で買わない私だが,ネット注文で買ったりしている。
本書は地理学者による研究グループの成果である。近代日本を研究している歴史地理学者たちが集まったもので,私が大学院にいた頃は,同じ大学で助手をしていた著者の一人である山根 拓氏が積極的に研究会を開催していて,同大学で開催される研究発表会には私も何度か参加したことがあった。それが,学会の研究グループとして継続していったり,個々人が国の科学研究費に応募して補助金を受けたり,民間の研究助成をもらったりで,もう10年以上活動をつけていて,しかもこうして成果が出版物として世に出るのは素晴らしい。しかも,この研究会の成果は既に私も紹介したが,ナカニシヤ出版から,「地球発見叢書」として,関戸氏と三木氏の短著が発表されている。今回は全章について詳しく詳細はしないが,目次だけは示しておこう。

第1章 描かれた植民都市――近代札幌の「風景」 山田志乃布
コラム1 地域情報の記録と風景画 山田志乃布
第2章 近代地方都市図の展開――富山・金沢の民間地図 山根 拓
コラム2 奈良絵図屋にみる地図出版の近世・近代 三木理史
第3章 熱海温泉の鳥瞰図の特徴と表現内容 関戸明子
第4章 明治・大正期の松島を描いた鳥瞰図 中西僚太郎
コラム3 瀬戸内海遊覧地図 齋藤枝里子
第5章 明治43年の群馬県主催連合共進会と前橋市真景図 関戸明子
第6章 昭和初期の千葉市街を描いた鳥瞰図 中西僚太郎
コラム4 吉田初三郎の鳥瞰図 関戸明子
第7章 大正・昭和前期の職業別明細図――「東京交通社」による全国市街図作成プロジェクト 河野敬一
コラム5 ゼンリンの住宅地図 河野敬一
第8章 地誌と写真帖 三木理史
コラム6 旅の視覚的経験と絵葉書 中西僚太郎
第9章 リーフレットからみる満州ツーリズム 荒山正彦
コラム7 日本旅行地図 荒山正彦

ちなみに,本書の副題に「古写真」とあるが,大々的に写真を扱ったのは,三木氏の第8章のみ。ただ,今回は民間で作られた地図や鳥瞰図,あるいは観光リーフレットを扱っているため,その裏面などに建物や観光名所の写真が掲載されている場合が多かった,ということが副題に「古写真」を含めることになった所以であろうか。
前半は鳥瞰図の話が多い。私は鳥瞰図の歴史には興味があるのだが,近代日本のものとなるとどうしても,歴史的な経緯や貴重な史料の解説に終始してしまい,どうにも思い切った図像解釈まで踏み込めていないところが不満である。本書で初めて「真景図」というものを知ったのはよかったが,それ以外はさほど刺激的ではない。しかし,第6章が実はかなり面白い。分析の手法は素朴なのだが,これはテクスト分析だといえる。それから,第5章は吉見俊哉の名著『博覧会の政治学』(中公新書)を補足するような詳細な研究で,素晴らしいと思う。第8章は上でもちょっと書いた,彼の単著『世界を見せた明治の写真帖』を補足するような形で,文献研究の成果が盛り込まれているが,ちょっと消化不足が否めない。第7章は続くコラム5でわたしたちには身近な住宅地図の前史が示されていて,面白い。そして,第9章。荒山氏は満州ツーリズム研究を1999年に発表した論文で始めたが,なかなか続編がなく,『レジャーの空間』の書評ではひどく批判してしまったが,本書のなかで,まさに私が期待していたような,詳細なテクスト分析が行われていた。さすがに,同時期に同じ出版社からでる違う本に同じテーマで質の高い文章を両方書くのは難しいよな。そういった意味では,コラム3の齋藤氏にもひどいことをしてしまった。こちらも,『観光の空間』の書評で,読むべき文献を指摘したのだが,それは本書できちんと言及されていた。
まあ,ともかく大判でカラーの図版も巻頭につけられた本書は,読んでいてとても楽しいものに仕上がっていると思う。私もそのうちこんな素敵な本を編集できたらと思う。

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崇高の美学

桑島秀樹 2008. 『崇高の美学』講談社,254p.,1600円.

講談社メチエの一冊。前にも紹介したが,今回学会で発表した田沼武能の内容をどう面白くしようかと考えているときに,論文集『つくられた自然』で読んだ崇高論がヒントになると思い,調べていくうちに,議論の中心となる概念となることが分かった。一応,メチエの新刊は書店でチェックしているので,この本の存在も知っていたが,日本人によるこの手の本にはあまり期待をしないのだが,この概念について調べるほど,奥深いことが分かって,日本語で読める範囲でも今回の論文で全てカヴァーすることは不可能だと思い,手っ取り早くこの概念の全容を知るために,読むことにした。幸い,本書を読む前に,彼の所属する広島大学のレポジトリで,2本ほど本書にも含まれているような論文を2本読むことができた。すると,美学という日本ではあまりメジャーではない分野(美術批評や美術史はまだ名の知れた人はいるが)の研究者としてかなり優秀であろうことは,1本の論文を読めば分かる。そして,この著者は私と同い年。そして,単著としては本書が初めてというのも親近感を覚えます。
さて,予想したとおり,非常に読み応えのある1冊でした。こういうのがこういう叢書で出されるというのはいいことです。個人的には「ですます」調になっているのは気に入らなかったりしますが,私が読んだ論文も,単に語尾だけを変えて収録されているのではなく,きちんと筋書きを考えて組みかえられているのはすごいと思う。私はいったん世に出た論文を書き換えて本にするのはなかなかできないことだ。
さて,「崇高」概念は近年,フランスの哲学者リオタールによって復活し,流行しつつあるようだ。まあ,近年の動向は後半で詳しいとして,前半は古典的な歴史が押さえられる。私も今回学会で発表した内容を文章化する上でとりあげた,古典中の古典,エドモント・バークの『崇高と美の観念の起原』はバークの生い立ちや,政治的著作との関連も含めて詳細に議論されているし,私は今回読むのを断念したもう一つの古典,エマニュエル・カントの『判断力批判』についても丁寧に検討されている。そして,私は自分の論文のなかで,多少異なった文脈でとりあげた,ゲオルク・ジンメルがまさに崇高論の脈略として登場するのには驚いた。
さて,その辺は私も大まかには知っていたところだが,本書はそこへ導く冒頭の道筋が面白い。著者は幼い頃,無類の石好きだったという。それを個人的な昔話としてだけではなく,歴史的な石ころ好きたちの言説を取り上げながら,それがいかに「崇高」というものと関係するのか,しないのか,という問いかけとして序章が書かれているのだ。
そして,ジンメルが取り上げられたのは山岳美学の代表格としてだが,その議論の延長線上に,近代日本の話に移行するところも地理学者としてはたまらない。あ,その前にジョン・ラスキンに関しても多くのページが割かれているのは,英国の地理学者コスグローヴの『社会構成対と象徴的景観』とのつながりを感じさせる。日本の話が必然的に20世紀へと入っていくので,終章は現代の話となる。
最終章によると,現代アメリカでは,テクノロジーと結びついた「アメリカ的崇高」という概念がよく使われるらしい。その事例は次から次へと紹介され,それらのどこがかつての「崇高」概念とどうやって結びつくのか,思考が追いつかない。ちょっとこの辺りは著者も動向を追いかけるのに精一杯で,それをきちんと紹介するいはいたっていないようにも思うが,そこまではこの本では要求しないし,素材だけでも魅力的なものが十分に提供されていると思う。
そして,最後の最後は私が読んだ論文でも論じられていた内容だが,被爆都市としての「ヒロシマ」について。著者は大阪大学の卒業論文の時から崇高概念にこだわり続けているらしいが,現在は広島大学に勤める。ヒロシマに住むようになって「ヒロシマ」の問題を自らの研究の中心におくようになったのか,かつてから「ヒロシマ」について考えていて,広島大学に就職したのか,それは分からないが,こういうの,私も理想だ。地理学者の場合は自分が勤め,住むことになった場所について片手間に文章を書くようなことがあるが,本書の著者の場合はそうではない。しかも,過去にヒロシマで起こった悲劇を現代において芸術という形でどう伝えていくか,というところが主眼で,非常にアクチュアリティがある研究だと思う。中心に論じられるのは,先日亡くなった井上ひさし氏の演劇『父と暮せば』である。
ともかく,私はたまたま自らの研究として「崇高」に興味を持って本書を読むことになったが,本書にはかなり大きなテーマが潜んでいて,人文・社会科学に携わるものならば読んで損はない作品です。

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恐るべし,ロタウィルス

4月12日(月)

妻は昨日の頭痛が続き、アルバイトを欠勤。彼女は時折頭痛に襲われるが、薬で対処している。しかし、今は妊娠初期という大事な時期なので、薬は厳禁。午前中に近くの内科に行くが、薬は処方されずに寝続ける。私はこの日ライヴだったが、目当ての出演者の出演時間が遅いということで、一旦帰宅して、一緒に夕食を食べる。とりあえず、頭痛は治まったが、今度は下痢が続くという。ともかく、安静にする他ないので、私はライヴに出かける。

吉祥寺star pine's cafe
最近、吉祥寺に行く機会がめっきり減ってしまったので、本当は古書店をはしごしたり、「リトルスパイス」でカレーを食べたりと考えていたが、妻のこともあるし、天気も悪いので、直接ライヴ会場へ。この日のお目当てはariさんだが、最近は出演者多数のイヴェントにお目当てが1組だけだとまず行かない。この日は出演者のなかに、秋山羊子さんがいたので、行くことにしたのだ。4組中、ariさんは3番手で、秋山羊子さんは最後。店内に入ると、2番手の男性シンガーが歌っているが、妙に店内は暗い。そしてTOPSさんと、その前にサカウエ君がいたので、その近くに座る。全体的に客の入りは悪い。ギネスの瓶ビールを呑みながら、ステージ転換中にサカウエ君とおしゃべり。2番手の出演者の演出上暗いのかと思ったら、ずーっと暗かった。
ari:今年初めて聴くariさん。髪の毛もさらに短くなって、外は寒いが春らしい衣装で、この日はピアノ弾き語り。この日はよく演奏する曲が多かったかな。弾き語りといっても前半と後半にバックトラックを使う。お客が少なかったせいか、MCは少なめでしたが、その分彼女の歌声を楽しめました。この日はほとんど予定通りに進行。
秋山羊子:彼女もピアノ弾き語りシンガーだが、なぜかピアノは後ろに下げられ、マイクスタンドが2本。真っ暗なステージに登場した彼女は静かに歌いだす。伴奏はなし。数曲歌って、今度は客席フロアに下りてくる。私の斜め前に椅子を置き、その上に立ってさらに歌う。今度は椅子から降りて、最前列のお客さんにささやくように歌う。なかなか面白いですな。これも客が少ないからできる技か。まあ、私は彼女に近かったので、歌声はきれいに聞こえたが、おそらく、会場中にきちんと響いていたのだろう。その後ステージに戻り、2本目のリバーブのかかったマイクで2曲ほど。結局、ピアノを全く弾かずに彼女のステージは終了。彼女は少し長めでしたが、アンコールもなくイヴェント終了。今回は1stアルバムの曲が多かったかな。
終演後、そそくさと上階に上がるTOPSさん。私とサカウエ君も上がると、ariさんとお話中。わたしたち2人をariさんが見つけ、「これは仲良し3人組お揃いで」と嬉しそう。ariさんにも結婚&妊娠報告をして、3人揃って井の頭線へ。

帰宅して、寝る準備をしていると、寝ていた妻が急に寒気がひどくなったようで、熱も上がります。お腹の子どもも心配だったので、東京都の救急相談に電話をかける。看護師さんが24時間待機していて、症状を聞いて応急処置や診療できる病院を教えてくれる。いくつか病院を教えてもらって、今度は病院に電話。何度も説明しているうちに私もよく分からなくなってきましたが、そうこうしているうちに妻も少し落ち着き、病院の方も、とりあえず様子をみて、翌朝かかりつけの産婦人科に行った方がよいというので、この日は寝ることにした。
翌朝、今度は足腰が痛いという。朝一番で通院している病院にいくと、つい先日きたばかりということで、看護師さんが診察開始の9時になってすぐに様子を聞きにくる。そのまま同じ病院の内科に案内され、急患扱いで診てもらうと、なんと「ロタウィルス」だという。医師の説明は非常に的確で、時間を追っての病状の変化が見事に説明されている。とにかく、このウィルスは胎児に影響はないということで安心して、私も会社に出かける。年末年始にノロウィルスらしきものにやられたわたしたち夫婦だけに、そういうことだったかと胸をなでおろす。でも、安心はできなく、このウィルスに効く薬はないとのこと。そして、今後他人への感染もあるので、自宅でおとなしくしていること、という。私自身も感染の可能性が...

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2010年度開始

4月10日(土)

この日は東京経済大学での講義が2010年度初日。ここで教え始めて10年目に入りました。確か、初年度から土曜日の1時限を担当してきたと思いますが、今年度は2時限に変更。まあ、私にとっては9時から始まる1時限に間に合うように国分寺に行くことは、普段会社に行くのと起きる時間はそれほど変わらないので苦ではないが、どうやら学生にとってはそうでもないらしい。具体的に聞いたことがあるわけではないが、金曜日にサークルなどの呑み会があったりするかもしれない。それに他の時間で講義をしていないので、比較の対象にはならないが、大抵は4月から時がすぎるごとに受講者が減り、遅刻したり、講義中に寝る学生が増えていく。なので、2時限に移動することで、受講者は増えるのではないかと期待した。しかし、その期待は見事に裏切られ、初日なのに20人。これはこれまでより少ないかも。まあ、しょうがない。相変わらず覇気のない学生を前に、とつとつと講義内容や成績評価の方法などを説明する。
講義後は新宿に移動。朝食はパンだったので、すでに空腹。新宿では妻が一緒に観る予定の映画の受付を済ませてくれており、映画館と同じビルの地下に入っている無印良品のカフェで待ち合わせ。2人ともお腹が空いていたので、そこで昼食もとることにした。

新宿ピカデリー 『ソラニン
この日観た映画はこちら。漫画が原作で、宮﨑あおい主演。恋人役が高良健吾で、予告編では好きな音楽を続けながらバイト生活をしている恋人がバイク事故で亡くなり、主人公が彼のギターで彼の作った曲を歌うという物語。大学のサークルの時からの付き合いで、そのバンドのベーシストも主人公の友だちと付き合っている。ベーシストはサンボマスターという実在するバンドの近藤洋一という男が演じ、その恋人には伊藤 歩。やはり伊藤 歩がいい味出している。主人公が就職して2年という設定で、留年を続けて大学に居残っているこのベーシストが在学6年目ということで、20歳台なかばの登場人物たち。大学の時に思い描いていた夢と、現実の自分を重ね合わせるのか。何も考えずに楽しく過ごしていた大学生活が終わって、新しい生活にも慣れて、先の人生について考えてしまうのか。付き合い始めて3年目の恋人たちが、その先のことを考えるのか。ともかく、そんな青年期の悩みがいっぱい詰まった作品だとは思うが、私にはそこに描かれるリアリティを自分自身と重ね合わせることはあまりない。その時期を私は大学院で過ごしていたからだ。私が大学院修士課程に入学したのは1993年度。就職が難しい時代には入っていたが、大学院進学者はまだまだ少なく、研究者を目指すと決めた私は、それなりの成果を残せば大学に就職することはさほど難しくないと楽観視していた。だから、自由放任主義の研究室で、自分の研究に没頭していたのだ。
まあ、そんな私事はどうでもよいが、登場人物たちの世代が世代だからか、あまりのめりこめない。私的に楽しかったのは、あおいちゃんの母親役で美保 純が登場したところと、高良君の父親役で財津和夫が登場したところか。そして、もちろん最後のシーンでまさに猛練習したギターとヴォーカルを披露するあおいちゃんの俳優としての力量と、先ほども書いたが、伊藤 歩ちゃんの存在感、これは見応えがあります。あとは、ロケ地の風景で自分の知っている土地を探したりすることくらいか。

4月11日(日)

この日はいい天気だったので、前々から行きたかった府中市美術館へ。前回の企画展は「ターナーから印象派へ 光の中の自然」というものだったのに、行けなかったのが残念だったので、今回は映画を犠牲にしてお散歩がてら。といいつつ、府中駅前で100円ぽっきりの循環バス「ちゅうバス」が美術館へも行くというので、乗ることにした。小さいバスだが、利用者は多く、車内は混雑して少し息苦しい。TOPSさんにもらったコーヒーを自宅で入れて、妻が以前アルバイトをしていたスターバックスのタンブラーに注ぎ、伊勢丹の地下でパンを買って向かいます。

府中市美術館 歌川国芳展
歌川国芳は江戸時代後期の浮世絵師。基本は色使い豊かな木版画ですが、今回の展示では手描きの一点ものも含まれます。歌川広重などとも同時代人で、同じような風景画も描いているし、東海道五十三次の連作もある。しかし、彼の特徴はそのユーモアだ。とにかく、言葉で説明しても面白くないので、ネットで見れるだけでも見てほしいと思うが、ともかくその発想が奇抜で素晴らしい。なかには漫画家の吉田戦車や、榎本俊二の作品を髣髴とさせるものもある。その、時に細密で、時にトリッキーな作品に多くの人が長い時間足を止めていたので、それほど混雑していたわけではないが、さっと飛ばしちゃったものもあります。でも、全ての作品を満足するまで観ていたら、相当疲れるでしょう。しかも、今回の展示は会期中に作品の入れ替えもあるという。この日は講堂で、展示している作品をスライドで写しながらの20分ほどのレクチャーがあるというので聴いてみた。しかし、この展示を企画した学芸員ではなく、原稿を渡されたお姉さんによる解説なので、気持ちがこもっていなくてイマイチ。
美術館から出てもまだ15時前ということで、公園でのんびり過ごす。気温も野外で過ごすには適していて、気持ちよい。ただし、妻は頭痛がするといって、それが後で大騒ぎになります。とりあえず、この日は帰って家でゆっくり夜を過ごします。

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平日にしかできないこと

妻の味覚が変化したことと、胎児への影響を考えてわが家の食卓は極めて薄味になっている。でも、よく考えたら、妊婦が「つわり」と称して嘔吐するという身体反応は、実は胎児を守るためなのではないかとも思える。といっても、つわりのひどい人になると、氷しか食べれないとか、フライドポテトやカレーライスばかり食べてしまうという話も聞くから、必ずしもそうでもないのかもしれないが。ともかく、妊娠のことは別にして、私は以前からわが家の和風出汁は、顆粒だしではなく、きちんと取りたいと思っていた。といっても、だしパックという便利なものがあるので、それを基本にするが、昆布や煮干など、ヴァリエーションを持たせるのも重要。ということで、その私の計画は思いのほか前倒しになって日々実践されているのだが、これは意外に大変。まあ、朝食の味噌汁(あるいはお吸い物)と夕食の汁物(煮物にも使える)のために、前の晩か朝かにまとめて出汁を取るのはそれほど大変ではない。大変なのは出汁を取った後だ。昆布や煮干をそのまま捨ててしまうのは忍びない。今のところ、出がらしがたまった頃に、昆布は細かく刻んで佃煮や塩昆布に。煮干は乾煎りしてフードプロセッサーにかけ、塩や鰹節、胡麻などを入れてふりかけにする。しかし、圧倒的にこうして作られたものは、毎日消費する分よりも多くなってしまう。つまり、自給バランスが取れないのだ。実は昆布の過剰摂取は妊婦にはよくないともいわれているし、まあ、煮干はカルシウム摂取にいいと思うけど、昆布出汁がなににも合うのに対して、煮干の出しはそれほど万能ではない。ということで、いいアイディアがあれば教えてください。
そういえば、このblogで結婚報告をした時にはけっこうお祝いのコメントが入りましたが、妊娠報告はそうでもないですね。まあ、こんなに立て続けにあってしまってはお祝いもしにくいものだけど。さて、そんな妊娠報告にも嬉しいことはありました。それは私の母に報告した時。まあ、素直に考えて母親が孫の誕生を喜ばないはずはないのだが、それがゆえに、報告は安定期に入ってからと思っていたところに、母親から電話があった。今年の初めに、調子の悪い冷蔵庫をわれわれ夫婦が買い換えたついでに、そこで発生したエコポイントもついでに商品券にして母親宛にしたのだが、それが届いたというお礼の電話だった。私には兄がいて、12,3年前に結婚したのだが、夫婦揃って会社に貢献している重要な働き手ということもあって、子作りはすぐにはしないという方針だったようだが、結局犬を飼い始め、一向にその気配はない。一般的な家族計画のようなものに関心のない母親だから、私が結婚しなかったことや、兄が子どもを作らないことも、表向きは本人任せにする人だった。さすがに、私が大学院に進む時や、いまだに正規雇用になっていないことに関しては、少し口を出したりするが。そもそも、少し捻くれている母親が「おばあちゃんですよ~」などとベロベロバーをしている姿は想像できない。しかし、母からそうして電話があったついでに妊娠報告をすると、真っ先に喜びの言葉を発したのだ。日頃から長生きにも興味がなく、楽しく過ごせた人生だからいつ死んでもいいみたいなことをいっているが、電話では「まさか孫の顔が見れるとは」といっていたのは、私にとっても意外というか、とても嬉しい言葉だった。妻にも「ちゃんと産んでよ」といっていたし、その2人の対面は非常に楽しみである。

4月9日(金)

この日は2週間ぶりの妻の検診。今回も私は動くエコー画像を見れなかったけど,頭と胴体がはっきり分かれてきて,体長3.5cmほど。次回までに母子手帳をもらってきてください,ということで,そのまま市役所に行く。前に,出産に際して市からずいぶん援助が出るという話をしたが,今行っている病院で分娩をするという前提で一通りの話を聞いたが,それでもまだ随分出費があることを知る。母子手帳をもらい,今度は妻の再入国の申請をするために,品川へ移動。6月に台湾に行く予定だが,私が海外旅行であるのとは対照的に,彼女は一時帰国である。だから,日本に帰ってくるときは,再入国となり,事前の申請が必要なのだ。品川駅の東口からバスに乗るが,この時点で異様な雰囲気。バスに乗るのはほとんどが外国人。そして,東京入国管理局前のバス停で降りると,さまざまな国の人がなにやらチラシを配っている。この時はどんなチラシだが分からなかったが,帰りに再びバスで品川駅に着いた時,チラシを配っている人は首から「タイ人の正社員を募集しています」と下げていた。つまり,特定の国の人を雇用する目的だったらしい。東京入国管理局のなかに入ると,私が外国人のよう。やはり白人や黒人は比較的少なく,アジアの人たちが多い。待合室に座る人の多さで,相当の待ち時間を覚悟するが,病院のトータル待ち時間より短かったかな。30分くらいで用事は済み,再び品川へ。そのまま渋谷に移動する。

渋谷シネマライズ 『スイートリトルライズ
妻が『ストロベリーショートケイクス』を結構好きっていっていたので,同じ監督矢崎仁司の最新作を観に行く。前々から観ようといっていたのだが,結局公開最終日になってしまった。今回は江國香織の原作。私は江國作品は読まず嫌いだが,周りの女性でけっこう好きな人は多い。でも,多分それはストーリーとかではなく,その軽い文体に魅力を感じているようだ。この作品では,中谷美紀と大森南朋が夫婦役を演じる。冒頭のベッドルームのシーンからして,結婚3年目のこの夫婦が濃密な愛の関係ではないことが示唆される。朝のシーンだが,目覚まし時計が鳴るのをまたずに,2人は目を覚ましている。疲労感がないのは昨晩に性交渉がなかったしるし。妻が起きるべき時間に起き上がり,コーヒーを淹れ,ベランダで一服。おもむろに窓の拭き掃除をはじめ,窓越しにコンコンと叩き,その音と日差しで夫が目覚めるという,毎日2人が繰り返している演技をとらえるオープニング。夫はワイシャツにネクタイをして新聞を読みながら食卓につく。私はこのシーンが嫌い。なぜ,映画やドラマにおける朝食のシーンはこうなのか。少なくとも私は部屋着で朝食を食べる。その後歯を磨き,着替えてから外出する。しかし,映画やテレビの中では,主婦以外,朝食を食べ終わった直後に「いってきます」だ。歯磨きは必ず寝巻きのまま起き抜けにする。そういう人はいるかもしれないが,それは映画やドラマの影響ではないか。多くの人は歯磨きを寝る前にする。確かに,寝ている間に磨ききれなかった菌が繁殖するが,それを起き抜けにすぐ磨くのと,朝食後に歯に付着したものをそのままにしておくのとどっちがいいのか?着替えてから朝食を食べたとき,食べこぼしてしまったらどうするのか。まあ,ともかく不自然極まりない。しかし,この映画の演出はその不自然さが全体を貫いているところに,他の監督にはない,独自な味が生まれているのだと思う。妻はテディベア作家。自宅が仕事場。セックスレスのこの夫婦は友人たちには仲の良い理想の夫婦と思われている。もちろん,彼ら自身は仲が悪いわけではない。お互いの自由を尊重し,本数に制限をかけているものの,妻はベランダで喫煙する。そして,夫は自室に鍵をかけて爆音でビデオゲームに没頭する。用事がある時は同じ家の中で携帯電話で呼び出す。そんな仲。まあ,予告編で分かっていたことではあったが,決まったように,この夫婦は別の相手と出会い,不倫関係となる。妻の方は,自分の個展にやってきて,非売品のクマを譲ってくれときた男性。小林十市という男が演じる。私はどこかでこの男の顔と名前を見た記憶があるのだが,どこを調べても,私が観た映画への出演履歴は出ていない。気のせいなのだろうか。そして,彼はバレエダンサーで舞台俳優であり,私より1つ年上というのを意外に感じる。その私の記憶のなかでの彼はもっと若々しく,本作で肌の汚さを見て,ちょっとびっくりしたのだ。役どころでは夫よりも若い男性というような位置づけだが,実際には確か大森君が私より少し年下なので,夫のほうが若い。そして,その夫の不倫相手というのが,大学のダイビングサークルの後輩で,久しぶりのOB会で再会するという設定。その女性を池脇千鶴が演じる。大森と池脇は10つほど歳が離れているので,これまたちょっとおかしな設定。先ほども書いたように,私は江國作品を読んだことがないので,彼女がどんな文体でどんな雰囲気を醸し出しているのかを知らないのだが,なんとなく,この映画はその雰囲気を画像の色彩で表現しているのだと思う。人物自体の顔つきや肌の色はともかく,かれらが身につける衣装やインテリア,食事,風景,どれもが計算されていて,淡い,穏やかな空気を醸し出している。それに,それらしい演出を加えれば,かなりスタイリッシュな作品になったと思うが,演出には妙な間がある。そして,台詞と台詞,場面と場面を無理な論理的結びつきをさせていないということも,妙な間と呼ぶことができるだろう。きっと,そんなところにもどかしさを感じる観客もいるだろう。そして配役。私の妻はこの役の女性は中谷美紀ではなかったほうがよいといっていたが,私は逆に中谷美紀が演じている女性としか見ることができなかった。そういう女優としての彼女の存在が作品にとっていいのか悪いのかは分からないが,ともかくそういう女優だなって改めて思った。でも,ベッドシーンも多かったので,もう一皮向けたらいいかなとも思う。それに対して,『ジョゼと虎と魚たち』で裸体を披露した池脇千鶴。本作ではそういう露出はなかったが,ラヴホテルのシーンで,シャワーから上がってきた彼女が,きちんとノーブラでガウンを羽織ってきたのはさすがだと思った。そして,大森南朋。冒頭のシーンでは,「うん」「へえ」「いや,別に」などの台詞しかない。そして,妻からの困った質問に,目を泳がせるシーン。どれも大森君の得意分野で,思わず笑ってしまう。この演技も上手いのかどうなのか,よく分からないが,これほど似合う俳優は他にいないのではと思う。そういった意味でも,けっこう面白い映画です。

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子育ての先輩を訪ねる

4月4日(日)

この日は急遽思い立って、研究者仲間の杉山君宅訪問。というのも、私は夜1人で横浜でのライヴに行く予定だった。4歳の息子を持つ(そして第二子も妊娠中)の杉山夫妻に先輩親としていろいろ話を聞きたいと思っていたのだが、彼の家が鶴見だということで、横浜に行く前に寄れたらと思いついたのだ。午後に鶴見駅で待ち合わせると、父息子でお出迎え。杉山ジュニアは何やら私のことを(友だちとして)気に入ってくれているようで、妻が杉山婦人からいろいろ体験談を聞いている一方で、任天堂DSのマリオブラザーズで遊んだり、和室に連れて行かれて体を張って遊んだり。今回の大きな教訓は1つ。生まれてからの苦労は生まれる前と比べものにならない、ということ。まあ、まだ安定期にも入っていないわたしたちにとっては、とりあえず無事生まれてくれることを願うだけなのだが、その先の覚悟もしておかないとね。杉山家もついでに新しく駅ビルができたという桜木町まで買い物に行くということで、一緒に今度は京急線に乗って横浜方面へ。私は横浜駅で降りてライヴ会場へ。妻は杉山家と一緒に乗り換えて桜木町へ。

横浜THUMBS UP 広沢タダシ
1月にもここで単独ライヴをやった広沢タダシ君だが、その日はちょうどわたしたち夫婦の新婚旅行と被ってしまい、久し振りにゲットした整理番号一桁のチケットを泣く泣く他人に譲ったのだった。今回は先行予約などに気づかず、一般発売でB4番をゲット。といっても、一般発売初日に妻とおしゃべりをしていたら、10時をすぎてしまい、急いでネットで予約。意外にもすんなり取れて、余裕。と思っていたら、この一般発売は非常に激戦だったらしい。実際、Bチケットで並んでいたのは10人ほど。それ以外は皆先行発売のAチケットでした。ということで、開場時間に集まったなかではほとんど最後の入場となり、ともかく空いている席に座らせてもらった。座ってから、そこがなぜ空いていたのかを理解。THUMBS UPは基本的に前の人が邪魔になって見えないという席はないのだが、その非常に稀な席の一つだったのだ。まあ、でも仕方がない。ここでは初めて注文するバス・ペール・エールの生とカルビライスを注文。食事を取る人も多く、結局カルビライスは開演してから運ばれてきた。
ほぼ定刻どおりに始まる。お客さんの集まりもいいし、この日は店内禁煙だし、理想的なライヴだ。決して若いとはいえない30歳台の女性中心のお客さんだが、マナーも盛り上がりもとてもよい。この日はバンド編成。ギターにベースにドラムスにキーボード。キーボードはいつもの杉浦タクオ氏である他は、私の知らない人ばかり。全員男性です。ギターの人はスライドギター(?)やマンドリンも弾くし、ベースの人はジャンベも叩く。ドラムスはシンバル音が少し大きかったけど、けっこう好きな感じですね。タダシ君の一人弾き語りコーナーもけっこうあったし、休憩もなく、アンコールも含め2時間強で全体的にいい感じのライヴでした。このメンバーでレコーディングしたというニューアルバムは7月発売予定だということで、そこに収録される曲たちも演奏したが、やはり昔のように名曲ばかりというわけには行きませんね。この日も歌った「もしもうたえなくなっても」なんてのは本当に名曲だ。そして、個人的に嬉しかったのは、「むかしの話」をやってくれたこと。今までライヴで聴いたのは2回だけ。しかも、この日は大阪からゲストでunlimited toneというアカペラ男性3人組もこの曲に参加して、コーラス入りだったから本当によかった。他にも、マンドリンなどの小細工が有効に効いて、新鮮に聞こえる曲も多かったな。
チケット争奪戦に敗れてしまった人のために、8月にはここで3日間単独ライヴをやるらしい。広沢君、相変わらず痩せこけているけど頑張っているね。

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花見2010

4月3日(土)

この日は夫婦でお花見。京王線で新宿や渋谷に出るときに必ず通過する野川。野川は小金井市、三鷹市、調布市と流れている小さな河川ですが、川床を贅沢にとっていて、草が生えたところを人が歩けるようになっています。そして、川沿いには桜の木。今回は調布駅からバスに乗って、初めて野川公園という都立公園に行ってきました。サンドイッチを作ってピクニック気分。ただ、バスには調布にある電気通信大学の新入生歓迎のイヴェントがあるらしく、男ばっかり10人ほどが同じバスで野川公園まで一緒になってうるさい。野川公園は都立公園で、思ったよりも大きい。家族連れや、方々から電車とバスを乗り継いで集まった集団、ペットを連れた人、などなど多くの人で賑わっているけど、桜の木の下に座る余裕がないほど混雑はしていない。ちょっと寒かったけど、まさに満開。いい気分。そしてサンドイッチは3種類を1セットずつ作っていって、それぞれ半分に切って2人で食べたのだが、思ったよりも物足りなかった。素早く食べて、公園内の野川沿いを上流へと歩く。
20100403_004 満開です
20100403_006 いかにも野川らしい風景
そのまま、西武多摩川線に沿って歩き、新小金井駅まで。一駅電車に乗って、武蔵境駅前のスターバックスで休憩。池袋へ移動します。池袋西武にある本屋LIBROや無印良品をブラブラ。妻は疲れてしまい、前日私がランチを食べたジュノエスクベーグルで一休みしている間に私はその上階のHMVへ。まずはとっくに発売しているのを知らなかった竹仲絵里の新しいアルバム『GARDEN』を買う。私はあまり好きではない曲なのだが、彼女の代表作ともいえる、前回のアルバムに収録されている「サヨナラサヨナラ」を今回松任谷正隆がアレンジしたものがけっこう話題になっているようで、近所のショップ99でもよくかかっています。

池袋HMV emi meyer
さて、本当のお目当てはemi meyer。ライヴは聴いたばかりなのだが、今回はアルバム『PASSPORT』発売記念で、サイン会もあるというのでやってきた。10分前でも集まりは悪かったけど、始まる頃にはけっこう集まっていた。私は少し遠慮気味にステージ向かって右寄りの最前列に立っていたが、スピーカーの前で失敗。emiちゃんはさらに痩せた印象。まあ、顔はいたって健康そうなので心配はないと思うが、ちょっと細すぎますね。それでも、鍵盤を弾く力強さは変わりません。そして、ぼそっとしゃべるMCがけっこう面白かったりする。この日も、彼女が初めて日本語で書いた曲「君に伝えたい」は実は六本木のミッドタウンの庭で書いたという。初めてもらうサインでしたが、名前をいうと「珍しい名字ですね」。後はCDの裏ジャケットの裏面(?)に描かれた絵の話など。彼女が6歳の時に父親と一緒に描いたものだとのこと。「サイケデリックですよね」と楽しそうだった。

サインが一番手だったので、終わってすぐに妻の下へ。スープを頼んで時間つぶしをしているはずが、小腹が空いてベーグルサンドも食べてしまったとのこと。家へのお土産でベーグルラスクも購入。シュガーがまぶしてあるものや、ガーリックものなどあるが、今回はなにもついていないナチュラルを選択。これがなかなか美味しかった。

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ついに入手,写真入身分証明証

4月2日(金)

久し振りの献血。妻の出勤時間に合わせて、これまた久し振りの献血ルームSHIBU2で10時から予約。さすがに平日の朝一は空いています。やはり空いている時間の成分献血はかなりのんびりできて落ち着きます。採血中はテレビを観、採血後はミスタードーナツのドーナツを食べ、ハーゲンダッツのアイスクリームをいただく。いやあ、やめられませんな。本当は映画を渋谷で観る予定が、台湾行きの航空券を予約するためにパスポート番号が必要だということで、急遽池袋行きに変更。幸い、観る予定だった公開最終日の映画が池袋でもやっていたので助かる(翌日も池袋に行く予定だったが、パスポートセンターは土曜日休み)。でも、西口のシネ・リーブルと東口のパスポートセンターが遠くてやはり慌しい。急いでメトロポリタンプラザ1階のジュノエスクベーグルでスープランチ。780円と高めだが、ここのベーグルはやはり美味しい。日本のお店だったんですね。
Passport 左は妻のパスポート

池袋シネ・リーブル 『パレード
上映時間ギリギリに行ったが、やはり平日は空いていますね。まだ春休み期間ということで、若者たちは若干いましたが。さて、本作は行定 勲監督作品。最近精力的に撮ってますね。この予告編は1室のアパートに住む男女4人にもう1人加わるという設定で、極めて舞台っぽい設定。それまで人間関係を壊さないように、ある程度うわべの付き合いを続けてきた4人が、そこにいわくつきの1人が加わることで、徐々に個々人の本性が暴かれていく、そんな展開を期待して、基本的に動きのない、台詞中心の内容を期待したが、意外にも普通っぽい映画だった。同居する4人を演じるのは、藤原竜也、香里奈、貫地谷しほり、小出恵介。そして、新たにやってくる若者が林 遣都。冒頭が小出恵介だったので、ちょっと不安だったのですが、最終的に彼の出番は意外に少なく、ちょうどよい感じ。何度か書いていますが、基本的に彼の演技は好きではない。でも、本作くらいの出番だったらけっこういい感じ。藤原竜也はいつもどおりシリアスな役どころだが、この出演者のなかで一番年長という設定だったので、なかなか新鮮。しほりちゃんはちょっとぱっとしないかな。ほとんどのシーンが部屋のなかでスウェット姿なのがちょっと可哀相。本作で目立っているのは、香里奈と林 遣都。どちらも神を明るく染め、煙草を吸うという、ちょっとやさぐれた設定。最近、女優としての香里奈の存在はなかなかいいと思う。本作で黒縁眼鏡をかけているが、普通映画のなかでの眼鏡というのは伊達眼鏡である。本当に目が悪い俳優でもコンタクトをした上で眼鏡をかける。でないと、目がちいさくなってしまうからだ。本作で、香里奈がかけていた眼鏡は度つきだろうか。確証はないが私にはそう見えた。そして、これまで優等生役ばかりだった林君、スポ根もので鍛えた体がこんなところで使われるとは、さすが行定監督。家のない彼の稼ぎどころは公園。そこでおじさん相手に体を売っている少年を演じている。まあ、負の側面を持つ人間というのは意外に演じやすいという話も聞かないでもないが、この2人の演技は本作にけっこうリアリティをもたらしていると思う。
さて、原作にあるのか、脚本なのか、いくつか面白い台詞がある。小出君が冒頭に発する独り言。「僕たちみたいに何の予定もなくダラダラしている人間には、時間が直線ではなく、ループを描いて繰りかえりしているように感じる」。藤原と香里奈のやりとり。「君の知っている(林君演じる)サトルは君の中にしかいないし、僕の知っているサトルは僕しか知らない。本当のサトルなんていないんだよ」。ちょっとポストモダン小説っぽい雰囲気は醸し出していますね。でも、不思議なのが、日本では演劇の世界ではポストモダン思想とは関係ないところで、訳の分からん芝居が多いのに、映画となると常識の範囲を逸脱するような大胆な発想ってのはなかなかない。やはり演劇はある程度の集客で可能だが、映画はそうはいかないってのが実情なのだろうか...

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『10+1』web公開

私も2001年に寄稿させてもらった、INAX出版の季刊誌『10+1(ten plus one)』は数年前に廃刊してしまいましたが、web版として、過去のデータが公開されるようになりました。

私のところにも数週間前に、公開の許可に関する問い合わせがあり、もちろん承諾し、早速公開されたようですね。検索機能などもついていますので、便利です。

早速、アクセスしたい方はこちら

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桜も凍える日曜日

3月28日(日)

今回は妻の感覚の変化など。妊娠が確定してまもなく、妻はつわりというものに入った。これまで私はドラマや映画で観るようなつわりの症状、吐き気がする、酸っぱいものが食べたくなるというステレオタイプしか知らなかった。なので、それを嘘くさいと思っていたのだが、妻もけっこう典型的な症状を示してビックリ。といっても、その体調の変化は日々変わっていきます。まずは吐き気。特に数日、朝ご飯を食べてはもどしの繰り返し。そして、甘いものを美味しく感じないということ。なので、けっこう体重が減ったようです。続いては温かいものよりも冷たいものの方が食べやすい。炊きたてのお米よりもうどんやそうめん。私も付き合うので、これまで夕食はお米が基本でしたが、ちょっと違ったメニューが毎晩の食卓に並びました。そして酸っぱいもの。冬場の朝食はほうれん草の胡麻和えなのですが、擂りゴマの風味がだめということで、きゅうりとわかめの酢の物になる。糖分も塩分も控えめということで、全体的に薄味になり、毎朝の定番味噌汁はお吸い物になった。味噌汁は顆粒の出汁でも味噌の味が勝つが、やはりお吸い物はきちんと昆布と出汁パックで出汁を取る。出汁を取った後の昆布は細かく切って昆布の佃煮に、煮干は乾煎りして塩と胡麻、鰹節を入れてフードプロセッサーに。ふりかけにします。以前彼女は梅干を食べられなかったのですが(台湾では梅は甘く漬ける)、食べられるようになる。他にも妊婦は食べてはいけないものなどがいろんなところに書いてあって、毎日のメニューも大変。最近は吐き気はおさまってきたものの、便秘に苦しんでいます。
さて、そんな妻と天気が悪く寒いなか、先日見逃してしまった映画を観る。

新宿武蔵野館 『マイレージ,マイライフ
『サンキュー・スモーキング』と『ジュノ』のジェイソン・ライトマン監督最新作。主演にジョージ・クルーニーを迎えます。この2作品は大好きなので期待が高まります。従業員削減を進める企業から、本人への解雇通告を請け負って、その後の就職なども世話する会社に勤める主人公。取引先は合衆国全国に及ぶために、彼は年の300日以上を出張に費やす。そこに優秀な女性の新入社員がやってきて、これまでの出張&対面方式を見直して、ネットによるテレビ電話方式とし、大幅な経費節減を目指すという彼女の提案に社長は乗り気。もちろん、対面方式で長い間実績を上げてきた主人公は反対する。すると、社長はその新入社員を主人公の出張に同行させる。新入社員に扮するのはアナ・ケンドリックという初めて見る女優だったが、その表情の柔軟性のなさはこの役にぴったり。自信に満ちた挫折を知らない堅物女が実は恋人を追ってこの会社のあるオマハというネブラスカの州都にやってくる。上司との旅で徐々に弱い部分を露呈していくという展開。一方、独身を貫き、家族や自宅にも執着しない主人公は仕事もいつも一人。そんな彼が、やはり同じような出張族の女性と出会い、程よい関係を結ぶ。その女性を演じるのはヴェラ・ファーミガという女優さんで、34歳という設定だが、なかなか魅力的。さて、そんな女性2人に囲まれ、そして疎遠だった妹の結婚を機に家族との関係も生じていくなかで、主人公はどう変わっていくのか。原題は「up in the air」というそうだが、私はこのカタカナ邦題はけっこう気に入っている。主人公の唯一の生きがいはマイレージを貯めることにあったが、少しずつ生じてきた周囲の変化のなかで、自分の生活=人生を見直すという物語だから。ジョージ・クルーニーはさすがにあくが強すぎるが、配役もいいですね。あえて難癖をつければ、ちょっとうまくまとまりすぎってことかな。でも、前作もそうだったか。まあ、とにかくこの監督の作品はこれからも楽しみにできそうです。

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