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2010年5月

踵を痛めてジョギングはお休み中

5月22日(土)

講義を終えて新宿に移動。新宿駅構内で妻と待ち合わせて湘南新宿ラインで横浜まで。この日は午後に友人が設立した「カメラ部」の活動を関内にて。時間的余裕がなかったので、妻が買ってくれたパンをホームでかじる。電車は意外にも座れて、横浜までのんびり。先日も葉山に行くのに使いましたが、座れれば非常に快適ですね。いつのまにか、武蔵小杉にも停車するようになって、南武線にも乗り替えられるし。
関内に到着。そういえば、関内駅は馬車道側の北口と横浜スタジアム側の南口はホームの両端だ。なのに、主催者から詳細な待ち合わせ場所の指示はなし。とりあえず、妻が携帯電話を持っているからいいものの、明らかに携帯電話に依存したいい加減な待ち合わせには困る。とりあえず、ホーム上からメール、そして電話で合流。私たちは昼食を食べる時間も惜しんで集合時間に間に合わせたというのに、他のメンバーは1人が数分遅れ、もう一人は後で合流するという。
まあ、とにかく「カメラ部」といいながら、かなりゆるい集まり。主催者が初めて降り立つという駅から適当に散歩しながら、山下公園を目指す。結局、最後の1人は1時間ほど遅れて合流。まあ、それなりに楽しくはありましたが、2時間弱の散歩でけっこう疲れる。ちなみに、私はフィルムカメラで行って、フィルムを撮りきらなかったので、写真を載せるのはまたの機会に。

わたしたちは私の次の予定のために、途中でかれらと別れ、元町中華街駅から渋谷まで移動。久し振りにハチ公前で待ち合わせ、例の論文会。妻はここから一人で帰ります。渋谷駅近くで4人が入れる喫茶店なんてあるかなあ、と歩いていたらいきなりあった地下の喫茶店。以前から名前だけは見たことのあったTOP。こういう渋い喫茶店は煙草の煙が気になるところですが、出口付近の席をゲット。いい感じで議論ができました。ちなみに、店外にあるトイレはトイレだけの使用者を排除するため、お店から渡されるコインがないと入れない。いろいろ工夫していますね。
夜の議論の場は杉山君チョイスの怪しげな呑み屋。その名も「海底都市」。いかにもキッチュな、渋谷駅徒歩1分という立地で怪しくないお店なんて望めませんが、インチキすぎます。熱帯魚を飼っている水槽があり、全席個室。といっても、カラオケBOXより狭い4人席、コースと飲み放題のみで、発泡酒の味のするモルツ生。5月に入ってキムチ鍋。7品といいながら6品で、しかも1品は鍋の残りにご飯を入れた雑炊。全体的にそれこそカラオケルームが出すような料理のレベル。にもかかわらず、若者が次々と入ってきて、騒いでいます。まあ、週末料金を追加されて1人3500円は怒るほどのぼったくりではありませんが、高くついた社会見学でしたね。

5月23日(日)

日曜日は雨。妻が今年の誕生日プレゼントにスニーカーを買ってくれるというので、最近はいろいろ探していたが、結局ラコステのスニーカーに決定。でも、店舗には私のサイズがなかったので、ネットで探すと、丸井のネットショッピングで予約可能。誕生日は7月26日なんですけど、毎年早くもらいます。今年も2ヵ月前ですが、取りに行くついでに映画を1本。その前に食事。夜はパンにして、昼はお米。映画館バルト9近くの「東京純豆腐」で久し振りに食べる。やはりバルト9は激混みです。

新宿バルト9 『春との旅
妻が選んだ作品はこちら。『バッシング』や『ワカラナイ』などで知ってはいたが、作品を観るのは初めての小林政広監督作品。バルト9でも一番宣伝している感じでした。しかし、満席に近いその客層はやはり他のスクリーンとはまったく違い、年配の人が中心です。やはりまだまだ主演の仲代達矢の人気が高いということだろうか。仲代氏の相手役は、孫娘という設定ですが、徳永えり。『ノーボーイズ、ノークライ』でなかなかの演技を見せてくれた彼女ですが、さてどうか。本作は、母親を亡くしてから自分の面倒をみてくれていた孫娘を解放すべく、疎遠になっていたきょうだいを訪ね、これからの余生を世話してもらおうと訪ね歩くというロードムーヴィ。仲代氏演じる老人は片足を悪くしていて、徳永演じる19歳の少女はなぜか大股で歩く。ひたすら2人で不自然に歩く姿が印象的。いや、その印象を深く残すための演出なのだろう。その姿はポスターでも予告編でも使用されているから。
この監督は若い人だと想像していたが、50歳台だった。そのせいか、チョイ役で登場する人たちが豪華。まあ、仲代さん主演だからいい加減な配役もできないか。まずはじめに2人が訪れる、兄夫婦に扮するのは大滝秀治と菅井きん。なんといっても、仲代氏と大滝氏の喧嘩腰のやりとりはこの作品の1つめの見せ場。本当に、素晴らしい演技です。そして、次に訪れる弟は不在で、年賀状の送り先のアパートに行くと、弟の名前はなし。小林 薫演じる近所の人に聞くと、それらしい年代の子どもが清水さんの家にいるという。清水さんが不在なので、近くの食堂で食事をしていると、そのおかみさんのことをお客さんが「清水さん」と呼んでいて、彼女が内縁の妻だと判明。その女性を演じるのが田中裕子。続いて、旅館の女将をやっている姉を訪ねるが、その女性を演じるのは淡島千草さんで、初めて見る人でしたが、宝塚出身ということで、このやり取りも見事。そして、最後に訪れる弟に扮するのは柄本 明。こちらの兄弟喧嘩も見物。その喧嘩を見守る、奥さん役の美保 純は『誘拐ラプソディー』、『ソラニン』、『ユリ子のアロマ』に続いて出演ですが、彼女の発する「この年になって兄弟喧嘩ができるなんて羨ましい」という言葉にほろりと来る。そして、最後にたどり着くのが徳永演じる「春」の父親。幼い頃に母親と離婚して、最近再婚したという。父親を演じるのは香川照之で、その妻を演じるのが戸田菜穂。
あまりにも出演者が豪華な作品というのは一人一人の見どころが少なくなってしまい難しいが、本作はある意味でオムニバス作品のように、それぞれの出演者が短い出演時間で持ち味を遺憾なく発揮していて、見どころたっぷりの作品に仕上がっています。ともかく、演技を見るだけで満足できる作品。

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講義・映画・献血・ライヴ

5月21日(金)

講義後、渋谷に移動。久しぶりにBunkamuraのル・シネマで映画を観ようと、1時間以上前に受付したのに既に40番台。平日にみなさん、いい御身分ですねえ。さて、いつものように、ここでもランチはカフェ・ヴェローチェ。安いし、コーヒーの量も多いので、思わず行ってしまう。この日は時間つぶしも兼ねていたので、コーヒーはLサイズ。Lサイズは以前も飲んだことがあると思うのだけど、紙コップで出てきて一気にテンションが下がる。やはりコーヒー屋に入ったらマグカップでしょ。最近はチェーンのコーヒー屋でも、繁華街の忙しい店舗などではマグカップをおかず、全ての注文を紙コップで済ませている店が少なくない。どっちがエコかという問題以前に、洗っている時間的余裕がないのだと思う。でも、私は店内で紙コップで飲むということほど嫌な気分になることはない。それだけで、この店にはもう2度と来るか、と思ったりするほど。まあ、今回はLサイズのマグカップがなかったようなので、許せるにしても、通常のサイズで後ろにマグカップを並べておきながら、紙コップで出す店舗(あるいは店員)は許せません。
まあ、とにかく今年度の法政大学では、教科書に頼らずに久しぶりに自分で講義内容を考えているので、毎週大変だ。前期は「景観」をテーマに、いくつかの基本的文献を中心に話を組み立てるということで、ノルベルク=シュルツの『実存・空間・建築』を読み直す。他人に説明することを前提に読み直すと改めて学ぶことは多い。相当以前に読んだ本だが、2回目ともなるとある程度斜め読みもできて、こういう作業は面白い。でも、新しい本の読書が一向に進まないのも困ります。

渋谷ル・シネマ 『オーケストラ!
さて、映画館に戻るとかなりの混雑。私が座った最前列もほぼ埋まる。公開1ヵ月経ってこの盛況ぶりですから、期待も高まります。ボリショイのオーケストラで指揮をしていた若くて有望な指揮者が主人公。しかし、政治的な理由からオーケストラを解散させられ、音楽を離れて30年。それでも、諦められない主人公はそのコンサートホールの清掃係として働いている。ある日、支配人の部屋を掃除していると1枚のファックスが。それはパリのコンサートホールからの出演依頼であった。彼はそれを盗み、昔の仲間を集めてボリショイ・オーケストラとしてパリで公演を行おうというもの。
彼がそのコンサートで指名したソリスト(ヴァイオリン・ソロ)の女性を演じるのが、『イングロリアス・バスターズ』で魅力的だったメラニー・ロラン。フランス女優だったんですね。彼女が出演していたのも私が観ようと思った大きな原因。しかも、映画自体はフランス映画のようですが、ロシアの出演者が多く、場面もロシアが多いので、その辺の素朴さも面白いと思った。しかし、面白いのは前半まで。後半はお涙頂戴的物語を用意しているものの、その他はそこでの感動を高めるためだけの茶番の連続。いちいち欠点を列挙する気も起きない駄作です。まあ、『のだめカンタービレ』と同様に、演奏の場面は感動を引き出す卑怯な手段であるので、まあ泣く人がいても仕方がないとは思いますが、なぜこれほどの集客があるのかは疑問。ちなみに、最近フランス女優ミュウミュウも頑張っていますね。

急いで献血ルームへ。SHIBU2ではなく、ハチ公前献血ルームでしたが、さすがに平日の夕方ということで待ち人数は0人。若い女性がけっこう来ていましたよ。終了は予定より遅れてしまい、急いで妻に電話。渋谷駅前まで来てもらって待ち合わせて、三軒茶屋に移動。この日はイタリアン・レストランでB.G.M.演奏をしているというachordionを聴きに行く予定だが、まだ時間が早かったのと、そのレストランの料金がどの程度なのか不明だったので、2人のよく行く「東京餃子楼」で軽くお腹を満たしていく。

三軒茶屋il piatto achordion
少し迷って、お店に到着すると、そこには見覚えがあった。以前、2人で世田谷ものつくり学校でのライヴを終えて散歩がてら三軒茶屋まで歩いた時にそのお店の前を通ったことがあった。しかも、それは扇谷一穂さんのライヴの後で、最近扇谷さんのサポートもしているachordionの木村君とここで会うというのも何かの縁。レストランはとてもこじんまりとしていて、それほど高くはなく、しかも食材などかなりこだわっている感じの素敵なお店。achordionの2人はお店の一番手前の席に座って既に演奏中。われわれはお腹いっぱいだったので、ドリンクとピクルスを注文すると、自家製のパンもつけてくれました。演奏はかなり気まぐれで1時間に30分くらい演奏してを2,3回繰り返す。基本的にカヴァー曲が中心。この日はマイケル・ジャクソンを2曲やりましたね。お店の片隅でそっと歌っているのは2人に相応しい演奏スタイル。演奏を聴きに来たお客は私たちだけだったようですが、音の響きも良く、よくしゃべっている他のお客さんの話声もいい感じのサウンドスケープ。私たちは最後にデザートの盛り合わせをいただいて、演奏は2セットほど聴いて、achordionのお2人ともなにかとゆっくりお話して帰路につきました。今度はゆっくりと食事をしにきたいお店です。

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体重:質量保存の法則

最近は平日に映画とライヴの予定がまったくないこともある。
でも、会社勤めの月~木曜日までは決まって1時間の昼休みがある。この時間を日記を書くのに充てているわけだが、最近は日記ネタの需給バランスが以前とは逆になり、書くネタがなく時間をもてあましたりする。なので、くだらないことでも書きましょうか。

妻と一緒に暮らし始めてわが家には体重計がある。そうなるととりあえず、風呂上りの日課として体重と体脂肪率を測ることにしている。妊娠中の妻の体重管理もあり、今週からは毎日の記録をエクセルで管理するようになった。昼食以外はほぼ同じものを(同量というわけではないが)食べている2人。体重の増減傾向も似ているのかどうか、気になるところではある。
しかし、体重は食べる量=増加要素によってのみ決まるわけではない。すなわち、減少要素としての排泄物も大きな要因だ。しかし、毎日体重を測っていて、食べた量と出した量の記憶と、目の前の数値とは一致しないことが多い。「あれだけ出したのに!」と思っていても減っていなかったり、「今日は食べてばかりで何も出していないなあ...」なんて時でも減っていたりすることもある。まあ、固形物だけでなく、液体も私たちの身体を構成する重要な要素だから、何気なく摂っていたり出している水分によっても体重は変化するのであろう。それに、摂取した物質としての食物が体内で分解され、エネルギーとして消費される分もある。私たちの知っている簡単な物理学法則では計り知れない複雑な組織であるというのが私たちの身体なのであろうか。

もう一つ、くだらない話。食事中には読まないでください。
私の通っている会社の男性トイレには個室が2つあり、ウォシュレットが完備されている。私たちの世代の子どもの頃はまだ存在しなかったウォシュレットの使い方をきちんと学んだ人はいるだろうか。そんな観点から、隣の個室での使用法を耳で観察するのは結構面白い。私は基本的に用をたした後にとりあえず、紙で拭く。毎回、ブツの硬さや水分量は異なるからだ。出口付近にブツがへばりついている場合、へたにいきなり水をかけると、それらを拡散させることにもなりかねない。なので、私の場合、水量も少なくし、水はあくまでもブツに水分を含ませ、拭き取りやすくするために利用する。
しかし、人々はそうでもない。ウォシュレットというくらいだから、シャワーで全てを洗い流そうと、かなりの水量で長時間あてている人は結構多い。しかも、なかにはシャワーで肛門に刺激を与え、さらなる排泄を促すために使用している人さえいるのだ。まあ、この辺のことはあまり突っ込みすぎでもどうかと思うので、この辺にしておこう。
でも、そんな私の使用法を正当化するような記事が先日ネット上で公開されていた。それによると、人間の器官というのはよくできているもので、肛門付近には外界と接している場所であるため、外界からのさまざまな雑菌に対処するために、善玉菌が多いという。しかし、あまりにも清潔感を保つためにウォシュレットを多用すると、その善玉菌を洗い流してしまい、肛門から入ってくる菌によって腸内で感染症を患ってしまうことがあるというのだ。もちろん、それは女性のビデについても同様。

とにかく、みなさんご注意ください。

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五月晴れ,週末

5月15日(土)

講義後、国分寺のキィニョンでパンを買って帰宅。この日は妻の台湾の友人が遊びに来るということで、一緒にランチ、その後一緒にお菓子作り。ベイクドチーズケーキは簡単で満足なでき。早めの夕食を済ませて、私は一人でレイトショーを観に渋谷まで。

渋谷ユーロスペース 『ユリ子のアロマ
江口のりこ主演で、いかにもレイトショーという感じのちょっとエッチな映画。でも、私は江口さんを観るためにいったんですよ。ついでに、お相手役が『パンドラのの匣』に続いて出演の染谷将太。彼の存在は子役の頃から知っていました。可愛さをキープして育って、彼も18歳になりましたね。江口のりこ演じるのは、アロママッサージのお店で働く女性。そこの店主を演じるのは美保 純。『誘拐ラプソディー』に続いての出演ですね。この世代の女優さんにも頑張ってほしい。で、彼女の甥っ子が染谷君という設定。高校の剣道部で汗臭い毎日を送る彼だが、とある日、叔母さんに呼び出されてアロマのお店に行ったところで、江口のりこと出会う。そこで彼女はその少年の汗の匂いにやられてしまうのだ。その匂いが忘れられずに、放課後、彼の後を尾行してしまう。彼は一人で放課後をくつろぐ秘密基地を持っていたのだが、そこで寝てしまった彼の頭を主人公はペロペロと舐め始めるのだ。まあ、そんな感じで2人の怪しい仲は始まってしまう。それからというもの、彼は部活が手につかず、彼女も仕事そっちのけ。2人の怪しい行動に周囲も気づき始め...
という感じの自堕落(?)物語。でも、ラストがいいですね。江口のりこさんは『世界で一番美しい夜』でその美しい裸体を披露しているが、本作では大事なところは披露せず。でも、染谷君の体を舐め回すシーンは見ものです。やはり彼女は素敵な女優ですね。ちなみに、一つの見せ所として、AV女優の原紗央莉が出演している。一応レズビアン役ということで、いいのでしょうか。マッサージ中にパンティ一枚になって江口のりこに襲い掛かりそうなシーンがありますが、江口のりこは寝ていて、その先の展開は見られない。もう一つちなみに、本作はデジタルビデオによる撮影ですが、かなり画質が粗く、最後にその映像がEOSの動画で撮影されたことが記されている。ほー、これだけのキャストを使っても、そういう時代が来ましたか。

5月16日(日)

日曜日は妻の提案で、世田谷美術館へ。「フェリックス・ティオリエ写真展」がお目当てだったけど、なんと22日からの開催でした。まあ、天気もいいし、世田谷美術館は砧公園にあるので、駅前でパンを買って、ピクニック気分でお散歩がてら行くことにする。子ども連れがとても多いですね。「こんなところに住めたらいいなあ」といいながらも、この辺りは高級住宅地。まあ、まずもって無理でしょう。その後は予定通り、渋谷に戻って映画。

渋谷シネマライズ 『プレシャス
本作出演のモニークアカデミー賞助演女優賞を獲得した作品。ほとんど演技の経験のない、黒人肥満女性、ガボレイ・シディベが主演ということも話題の一つ。それもそのはず、16歳にて父親の2人目の子どもを妊娠中の中学生。1番目の子どもはダウン症で祖母が育てていて、家では生活保護を受けるために働きもせず、娘に家事をやらせ、その上暴力を振るうような環境で生きるのが主人公なのである。舞台はニューヨークの黒人地区。
辛いことがあると、ハンサムな恋人を連れたアイドルになった自分を妄想しながら、どうにか辛い日常から抜け出そうともがく主人公。
もちろん、一人でもがいてもどうにもならない。でも、マライヤ・キャリー演じる役所の相談役、2人目を出産する病院の看護師をレニー・クラヴィッツが演じ、そして最大の彼女の理解者が代替学校の教師でポーラ・パットンという女優が演じる。このポーラの存在感が素晴らしいのだ。美形で、誰かに似ていて、どこかで見たことがあると思いきや、そうでもないらしい。35歳で最近活躍しだした女優さんとのことだが、今後おそらく見る機会も多くなるだろう。なかなか厳しい現実を突きつける映画ではありますが、おそらく周囲のサポートがあって、一人で生きる勇気を持った彼女のような例は極めて稀なのだろう。ちなみに、代替学校とは「Each One Teach One」と名づけられた施設でいかにもアメリカ的だ。

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価格にひかれて一人ライヴ

5月11日(火)

中目黒楽屋
楽屋からは時折、ライヴへのお誘いメールが来る。今回も500円割引、しかも元の予約料金が2000円ということで、松千と諌山実生という組み合わせだったので、行くことにした。今回は小町剛廣という写真家の写真展と併せたイヴェントとのこと。会場にはなぜか小さな子どもが多いなあ、と思っていたら、なにやら「じゃあ、子どもたちのリハーサルをやります」と、始まる。松千と諌山実生はともに、NHK『みんなのうた』に採用された楽曲を持っている。ということで、それぞれのステージで1曲ずつ、子どもたちがコーラス隊として参加するという企画らしい。しかし、その他のお客さんの入りはイマイチ。やはり困りかねて500円オフのメールを流したのだろうか。どちらの出演者も私が聴くのは久しぶりで回数も多くはないが、どちらも魅力的で、かなり頑張っていると思うけど、固定ファンが少ないというのは残念だ。まあ、それはともかく中央の席に案内され、ビールと太麺焼きそば(もちろんアジア風で辛い)を注文して食べ、その後は講義の準備をして待つ。
松千:ほぼ予定時間通りにスタート。松千は以前どこで聴いたか忘れたが、数年ぶりの2回目。その時はもちろん初めてで意識するまでもなかったけど、ギターの松本健太はかなりいい感じだ。右手の爪をかなり伸ばしていて、ピックなしでかなり強い音も弾けるし、一方本人は繊細な方だし。コーラスもなかなか素敵な歌声。もちろん、ヴォーカルの花田千草さんの歌声も迫力あります。1stステージの最後に子どもたちが出てきて、子どもたちにマイクを向けて、自分はマイクなしだったけど、マイクが必要ないくらいの声量を軽く出しています。
子どもたちをステージに残したまま引き続き諌山実生のステージに移行。
諌山実生:こちらはギターとドラムスのサポートつき。彼女のライヴは3,4回目だと思うけど、こういう編成は初めて。さすがに彼女の歌は子どもたちには難しいな。春ということで、そしてバンドセットということで、アップテンポな曲を前半に持ってきたようですが、彼女の歌声もさすがの迫力。このサポート2人もなかなかでしたが、歌声も負けていません。もうちょっと聴きたい、というくらいで1stセットが終了。ここでまででまだ1時間半。
後半もそれぞれステージがあったようですが、合間を挟んでトークショー。楽屋の店長が出てきて、その写真家、小町氏も壇上へ。そして、松千の2人と諌山実生という5人でトーク。始めの方はちゃんと聞いていたんだけど、だんだん話があまりにも一般的すぎる展開で退屈し、しかもいつ終わるか分からないので、21時前に退出。さすがに、21時から2組が演奏をするとしたら22時をすぎるのは必至。ということで、トークの途中で抜けてしまいました。ちなみに、この写真展は沖縄のガジュマルの木を撮影したもので、来場者にはその苗木がもらえるはずでしたが、私はもらえず。駅までの道で気づきましたが、さすがにきちんと育てる自信もないので、まあいいか。

5月14日(金)

講義後、大学図書館でいくつか文献をコピーしてから渋谷に移動。この日は映画を1本だけ観て帰る。

渋谷ユーロスペース 『川の底からこんにちは
ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを取った人は、スカラシップという奨学金(?)をもらって1本作品を撮ることができる。これは新人監督の登竜門的な意味があるが、私も第13回スカラシップ作品『バーバー吉野』からかなり意識して、毎作を楽しみにしている。ちなみに、『バーバー吉野』はその後『かもめ食道』でブレイクする荻野直美監督作品。で、今回の第19回は石井裕也という監督。既に何作か劇場公開作品を撮っているらしい。
予告編を観ただけで、期待大なのだが、なんといっても主演は今を輝く満島ひかり。東京で退屈なOL生活をしていた主人公が、父親が倒れて実家に戻る。父親はしじみのパック詰め工場の社長で、主人公はおばさん工員たちに囲まれて、その会社を立て直すという予告編。しかし、ちょっと私の期待が大きすぎたのだろうか。ちょっと粗さが目立つ作品だったように思う。確かに、監督オリジナルの脚本は面白いし、面白い台詞もいくつかあった。もちろん、主演のひかりちゃんの存在は素晴らしかったのだが、逆にいうとひかりちゃんの頑張りがなければ、ちょっとどうなのかな、って気がしないでもない。といいながらも、思い起こすと笑いのツボがいくつもあったし、私的には特に岩松 了の存在感がよかったと思う。総じていえば、PFFスカラシップ作品として相応しい出来だったのかもしれない。ともかく、次回作にも期待したい監督ではある。

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カニバリズム論

中野美千代 1987. 『カニバリズム論』福武書店,288p.,600円.

本書は1972年に『迷宮としての人間』というタイトルで潮出版社から発売されたものの内容を変更して福武文庫のなかに入ったもの。収録されている文章は1963年から1982年までに発表されたものが含まれている。先日紹介した,本橋哲也『ポストコロニアリズム』のコロンブスの話のなかで本書への言及があり,Amazonで調べたらなんと中古で68円だったので買ってみた。それにしても,Amazonの中古本は1円からあるけど,どうなのだろう。買う方は350円余計にかかるが,売る方は発送量も340円支払われるなかから実費で払わなくてはならないし,Amazonへの手数料もある。赤字でも処分したいということだろうか。
中野美千代氏は中国研究者であるが,これまで『奇景の図像学』(角川春樹事務所,1996年)しか読んだことがなかった。ちなみに,本書は「最初の文学的エッセイ」と書かれている。そして,序文を澁澤龍彦氏が書いていて,本文中への言及も含め,この辺の人たちとも交流が深かったようだ。すなわち,その対象は文学であり,その言説のなかに人間の腑の部分を読み取ろうとするところが共通するのだろう。ちなみに,本書には以下のようなタイトルの文章が収められている。

カニバリズム論――その文学的系譜
迷宮としての人間――革命・悪・エロス
食の逆説――開高健氏『最後の晩餐』をめぐって
中国人における血の観念
魔術における中国――仏陀とユートピア
中国残酷物語――マゾヒズムの文化史
虚構と遊戯――中国人の性格について
王国維とその死について――一つの三島由紀夫論のために
恐怖の本質――アンドレーエフ「血笑記」と魯迅「狂人日記」

カニバリズムとは食人のことである。雪山や海上で遭難にあった場合に,先に亡くなった同士の肉体を生き残ったものが延命のために食した,という事実をめぐって賛否両論について論じたり,そこで論じられていないところを突いて,そういう場面にこそ人間の本質が現れる,と論じてみたり。前半はヨーロッパの事例も多く読みやすい。ところが,中国の話になると,ちょっと難しい。平易な文体では書かれているのだが,とにかく私の基礎知識が足りなすぎる。本書には魯迅の話がけっこう出てきて,それだけでも勉強になります。

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マタニティ・フェスタと超B級映画

5月8日(土)

講義後、新宿で妻と待ち合わせて、東京ビッグサイトまで。駅近くにはろくなレストランがなく、久し振りにサイゼリアでランチ。安いので2人で5品も頼んでしまったが、チープな味に疲れる。さて、この日はマタニティ・フェスタを開催していたので行ってみた。でも、こういうところやはり苦手です。とにかく、騒がしい。まあ、ためになったのはApricaのブースで、生まれたての赤ちゃんの人形を抱っこしたこと。さすがに首の座っていない赤ちゃんを抱っこしたことは2人ともなく、その精巧に作られた人形でおっかなびっくり。ともかく、少子化といえども、多くの親たちはわが子には惜しまず投資をするようで、この種の産業も活気があります。でも、逆をいうと、同じ子育てのはずなのに、昔はなしに済ませていたはずのものが溢れるようにあり、何が必要で何が不要なのかをきちんと見極める目が必要だと思った。
結局、大して見て回ったわけでもないのに、2人ともぐったりしてしまって、そのまま帰宅。

5月9日(日)

この日は2人で葉山まで。このblogでも何度か登場している私の友人でアクセサリー作家の三留 司さんが「nowhere but hayama」というウィークリー別荘で個展をやっているというので、妊娠報告も兼ねて遊びに行った。古い民家を改装して、1週間単位で貸し出しているという別荘。古いのは外観だけで、中はモデルハウスのような清潔空間に改装されています。料金は4名利用で一週間30~50万円程度。ゲストを4人まで追加で、その追加料金は安いので、8名で利用すればそれなりにいけるか?でもやはり高いな。
三留さんに神奈川県立近代美術館葉山館の招待券チケットをまたもやいただいてしまって、ロシアのアニメーション作家、ユーリー・ノルシュテインの「話の話」という展示を観に行く。当然本来の作品はアニメーションなのだが、それが生まれるまでの膨大なスケッチや、コラージュなどの付随的な作品の多くが展示されている。実際にアニメ作品の上映もあったのだが、時間の関係上、断念する。ノルシュテイン作品にはその妻であるヤールブソワという女性が深く係わっていて、本展覧会はその役割にも焦点を当てている。マルクスとエンゲルスみたいで面白関係だ。ロシア民話にもとづく、動物が出てくる物語やゴーゴリの『外套』のアニメ化、そして松尾芭蕉が登場する短編なども手がけていて、画風も多様で、アニメ手法も凝っているし、凄く刺激的だった。この日もすっかり疲れてしまった2人ですが、私だけ渋谷で途中下車して映画を観る。

渋谷TOEI 『ゼブラーマン2 ゼブラシティの逆襲
前作は観ていないのに、仲 里依紗ちゃん目当て。なんと、ボンテージファッションに身を包み、ゼブラーマンの宿敵ゼブラクイーンを演じるというのだ。しかも、「ゼブラクイーンのテーマ」なるものを自ら踊って歌うときたら、観ないわけにはいきません。この手の無駄遣い映画を撮らせたら右に出るものはいない三池崇史監督で、脚本は宮藤官九郎、主演は哀川 翔。で、くだらないことですが、ゼブラーマンは「ー」がつくのに、その他はつかないのはなぜ?まあ、そんなことはともかく、本作は前作の続編。前作で地球外生物の襲来から地球を守ったゼブラーマンはすっかりヒーローになったわけだが、職も家族も失い、さらにはゼブラーマンへの変身もできなくなったということで、すっかり廃人のようにされてしまい、時は25年が経過する。その頃、現在の東京とはゼブラシティと名前を替え、ガダルカナル・タカ演じる独裁的な知事の下、恐怖政治が横行している。そんな知事の娘がゼブラクイーンこと仲 里依紗。と思いきや、意外な展開でさすがの脚本、映像も含めて楽しませてくれます。

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急遽のライヴで感激

5月7日(金)

この日は朝から京王線が大幅な遅れだったので、予定より10分早く家を出て、10分遅く着いた。わが家はホームが見えるほど駅に近いが、こういう時は助かります。ホームに電車が止まったままで、踏み切りも下がったままなので、ちょっと遠回りだが横断トンネルから駅に向かう。
今年度は法政大学の方がいい感じ。同じく京王線で遅れた学生が多かったのかは分からないが、終わる頃にはけっこう受講生が多かった。講義後は急いで有楽町に向かう。さすがに食事をする余裕はなかったが、この日はゴールデンウィーク最終日に作ったベーグルにジャムを挟んで持ってきていたので、映画館近くのコンビニエンスストアでもう一つのパンと缶コーヒーを買って映画館へ。

日比谷シャンテ 『17歳の肖像
なんだかありがちなタイトルですが、1961年の英国が舞台。タイトルどおり、キャリー・マリガンという25歳の女優が演じる17歳の高校生が主人公。ラテン語以外は成績優秀で、チェロが得意のフランス好き少女。オックスフォード大学への進学を希望する父親のいる厳しい家庭で育つが、なにか満たされない。そんな時にとある年上男性と出会う。男性との交際など認めない父親だが、口のうまいこの男性にうまく丸め込まれてしまい、自由奔放に遊び歩く。初めて触れる華やかな世界から刺激を受け、さまざまなものを吸収し、一気に大人びていく主人公。急にいままでの優等生という退屈な日常がばかばかしくなり、この男性に求婚されたのを機に、これまでお世話になった教師を侮辱して退学してしまう。
一方の父親だが、あれほどこだわっていたオックスフォード大学入学も娘がお金持ちの男性に嫁にいくのだったらとあっさり諦めてしまう。そもそも、そういう男だったのだ。しかし、両親と共に婚約祝いのディナーに行く途中。彼女は彼の車のダッシュボードにあった手紙を発見してしまう。それは彼が既婚者であることを示すものであった。本作が、この手の他の物語と違うのは、この後の展開。といっても、さして劇的な展開があるわけではないのだが、私はこのラストシーンがとても好き。主演のキャリー・マリガンがとてもよい。一度化粧姿を見せると、ちょっと17歳にはみえませんが、冒頭の学校でのノーメイクのシーンから、徐々に大人の女性になっていく変わりぶり、そして退屈な顔、得意げな顔、愛くるしい顔などさまざまな表情は見ていて飽きません。やはり英国を舞台にしているその映像はとても落ち着いていて、安心します。さまざまな面でとても美しい映画。

映画を観終わって、急いで献血ルームへ。この日も血小板献血です。献血後、夜のライヴまでの間にどこかで映画が観られないかと模索したが無理。献血ルームでゆっくり休んで、新宿へ。新宿三丁目で下車し、降り始めた雨の中、sact!というライヴハウスへ。私は3年前から自分の誕生日に自主企画ライヴイヴェントをやっていますが、今年はここ新宿sact!さんにお世話になることになりました。出演者も決まったので、正式に依頼。詳細は後日発表しますが、みなさん今年もよろしくお願いします。
近くでちょっとお茶して時間をつぶし、祖師ヶ谷大蔵に移動。駅前で妻と待ち合わせて食事。祖師ヶ谷大蔵へはほとんどがムリウイのライヴに行くだけの用事で、食事を済ませるにもムリウイでハンバーガーというのが定番。しかし、ライヴには行かない妻と一緒だったので、その手前の、以前から気になっていたハンバーガー屋で食べる。なかなかいい感じで、美味しかった。

祖師ヶ谷大蔵ムリウイ port of notes
さて、一人になってムリウイに行ったわけですが、実はこの日のライヴ、私は予約していなかったのです。port of notesがムリウイでやる時は大抵即日予約完売ですが、私のライヴ友だちTOPSさんがキャンセル待ちをしていたんです。そして、見事にキャンセルが出たものの、彼は用事ができてしまったということで、私に譲ってくれたという次第。19時開場、20時開演で、私が到着したのは19時半でしたが、まだまだ席には余裕があって、私はステージ横の席に座る。前回ここでのports of notesも同じような席でしたが、前回は予約人数が多くて混雑していましたが、今回は少し減らしてくれたようですね。それでも、最終的には席に座りきれず、テラスに立って傘を差して聴いていた人もいました。前回一緒にステージに立った「かっきん」さんは2人のお子さんを連れてこの日はお客さん。
15分ほど遅れてのスタート。美由紀さんは黒いスパッツに黒いゆとりのあるワンピース。「久し振りの2人きりのライヴツアーなので、2人ならではの選曲です」といって、歌いだす。前半は初期の曲が多かった。私が美由紀さんを知った頃、彼女はソロ活動をしていて、port of notesは活動休止中だった。それが急遽ムリウイでライヴをすることになり、その後ベストアルバムを発売したと思ったらオリジナルアルバムも発売し、むしろ今度はソロ活動を休止中な感じ。ということで、随分期間を空けて発表された新しい曲たちは、やはり随分印象が違っていた。大貫妙子さんや、曽我部恵一氏が詩を提供した曲もあるが、やはり個人的には初期の曲の方が好きですね。「物音もたててはまずい、ような雰囲気になってすみません」といいながらも、こうして「歌っている後ろで雨音が聞こえるってのはいいですよね」と終始穏やかな調子でライヴは進みます。中盤には新譜からの曲もありましたが、「この2曲は祖母を想って書いた曲なんです」などのエピソードを交えながらやはり古い曲中心で。かれらのライヴの魅力でもあるバカトークはほとんどなく、大介さんの暴走もなく、本編はやはり「ほんの少し」。いやあ、やはりこの曲は泣きそうになりますね。素早くアンコールを始めて、2曲で終了。
なんだかんだで22時近くになっていたので、早めに帰宅。と思いきや傘を忘れて店に戻ると、なんとすでに美由紀さんが客席に出てきています。前回の時はTOPSさんと2人でさんざん出待ちをして、CDにサインをもらいましたが、今回は惜しいことしたな。お客さんとお話していたので、そのまま帰宅。私の子どもの頃の音の原風景というと『ザ・ベストテン』から流れてきたポピュラーソングでしたが、テレビのないわが家で育てるわが子には美由紀さんのような歌声をしっかりと心に刻み込んであげたい。

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ドイツ・イデオロギー

マルクス/エンゲルス著,廣松 渉編訳・小林昌人補訳 2002. 『新編輯版 ドイツ・イデオロギー』岩波書店,315p.,800円.

私は自らの研究の最も重要なテーマの一つにイデオロギーを据えながらも,イデオロギー研究の出発点ともいえる『ドイツ・イデオロギー』を読んでいなかった。そもそも,マルクスの著自体,『共産主義者宣言』(太田出版),『哲学の貧困』(岩波文庫)に続いて,3冊目にすぎない。だから,そもそもマルクスの人生において,本書がどの辺に位置づくかも知らなかったし,そもそも,本書がエンゲルスとの共著ということすら知らなかったのだ。
そんな浅はかな私だから,ともかく新しい版の方がよいと思って,この岩波文庫版を古書店で見つけて購入したわけだが,内容以前にもいろいろ考えさせられる本であった。まず,『ドイツ・イデオロギー』はマルクスの生前には出版されなかったということ。だから故に,未完のままであり,その構成および構想も決定しないまま残されたようだ。なので,さまざまに出版されている『ドイツ・イデオロギー』は少なからず編集者の解釈を含んだものであるらしい。そんなことから日本のマルクス研究者である廣松 渉氏が1974年に河出書房からドイツ語の原語と併記して出版したということだ。それは『ドイツ・イデオロギー』を初めて読む人のためのものというよりは,マルクス研究者のための文献学的な成果ともいえるものだったようだ。それがその後,他の訳者による版も有している岩波文庫として出版される計画があったが,その後廣松氏が亡くなってしまい,その後の作業を小林氏が引き継いだとのこと。
ということで,本書にはドイツ語は併記されていないが,マルクスとエンゲルスの手書き原稿と丁寧につき合わせて日本語化したのが本書。エンゲルスの原稿は明朝体で,マルクスの原稿はゴシック体で,それぞれの草稿に対して各々が書き入れた補足文や削除箇所,訂正なども何種類かのボールド体を使って区別され,さらにさまざまな注から成り立っている。正直いって,私のような読者にはとても読みにくいが,この2人の努力を思うとありがたく,丁寧に読むしかない。そして,本書には数枚の手書き原稿の写真が印刷されているが,これがとても面白い。といっても,文字が読めるはずはないのだが,面白いのは文字ではなくイラスト。
さて,本書から学ぶことは大きかった。といっても,いわゆるドイツ観念論批判は前半に集中していて,後半はイデオロギーとはほとんど関係ない,歴史的記述に移行する。そういえば,『共産主義者宣言』を読んだときもそうだったなと思い出す。さて,私は10年以上前から「唯物論」とは何か,ということを時折考えている。地理的表象を研究している私の立場は大雑把にいえば観念論的である。しかし,よって立つ立場からいえば「文化唯物論」を参照すべきなのだ。しかし,いまだにウィリアムズをきちんと読んでいないし,唯物論について書かれた本からもどうも納得したものはない。ちなみに,本書でよく出てくるフォイエルバッハの『唯心論と唯物論』も実は読んだことがあったのだ。しかし,マルクスとエンゲルのフォイエルバッハに対する評価も一筋縄ではなく難しい。
ちなみに,現在の地理学では20年前に流行った表象研究の行き過ぎに対して,「物質」なるものの復権が叫ばれている。しかし,そこでいうところの「物質」とは何を示しているのか判然とせず,どうにもこの種の議論には違和感を抱いていたのだが,それについては本書を読んですっきりとした。本書において「物質」という言葉はよく出てくるが,それは自然科学が対象とするような物質ではない。物質的交通と精神的交通(ここでいう交通とは関係性やコミュニケーションのこと),物質的労働と精神的労働などといった対比で用いられ,経済活動こそが社会編成の基礎だという。ここに,有名な土台-上部構造の理論も垣間見れるし,精神というものが社会的な生産物であるという今日的議論も登場する。そして,極めつけが「われわれはただ一つの学,歴史の学しか知らない」(p.24)というエンゲルスの言葉こそ,まさしくマルクス主義的な立場であり,だからこそ本書の前半で歴史と乖離した観念学を批判し,後半で自ら歴史記述を実践した,といえるのだろうか。

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黄金週間②

5月2日(日)

この日は夫婦で埼玉の母親の家に行く。『らき☆すた』で有名なその鷲宮町はお隣の久喜市に合併してしまった。まあ、それはさておき、その前に谷中に寄る。私たちは千代田線の根津駅で降りたが、この付近はこの日、「一箱古本市」などいくつかの行事が重なっているようで、谷中に行くといつも谷中ボッサでランチなので、この日はちょっと浮気して、良さそうなうどん屋でランチ。うどんにしては1000円を越すちょっと高級な稲庭うどんだったけど、とても美味しかったので満足。ちょっと散策したけど、一箱古本市というのはその名のごとく、道すがら時折、一箱分の古本があるだけなので、私のように特定のジャンルの古書を探すというのには向いていない。結局、2,3箇所でみかけただけで、私が欲しいような本はなかった。そのまま歩いて谷中ボッサへ。
途中にある銭湯ギャラリー「SCI THE BATHOUSE」は日曜休業。谷中ボッサの2軒隣にあるおかきやさんで、母親へのお土産を買う。谷中ボッサに到着すると、満席だったけどちょうどお客さんの入れ替わりがあり、ソファ席に座れる。この日のお目当てはスイーツ。ここのご主人が作るスイーツは絶品ですよ。もちろん、南米中心のコーヒーも格別。この日の私はメキシコブレンド。オーナー夫婦に妊娠の報告をすると、なんとオーナー夫婦も!しかも予定日が近いということで、喜びを分かち合います。

再び千代田線まで戻って、そこから北千住経由で東武線に乗る。鷲宮駅で下車して歩いて帰ります。母への妊娠報告は済んでいますが、話題があるので母お手製のちらし寿司を囲んで賑やかな夜でした。翌日は父のお墓参りをして、夕食までゆっくり過ごしたものの、東京に戻る。

5月4日(火,祝)

戻ってきたのは妻が仕事のため。私は午前中をジョギングなどのんびりすごして、午後は新宿に出て映画を1本。

新宿テアトル 『武士道シックスティーン
成海璃子と北乃きいのダブル主演。スポ根もの・学園ものの多い北乃きいですが、なかなか面白い組み合わせかもしれません。剣道ものです。父親が剣道道場を営む家で育った成海演じる磯山は、中学校まで負けなし。唯一負けてしまった女子高生を探して、彼女が所属していた学園の高等部に入学。もちろん、エスカレータ式に中等部から上がってきた北乃演じる西荻と再会する。しかし、西荻は才能があるものの、その才能に気づくものは自分も含めていなく、勝負にこだわらない楽しみとしての剣道でしかない。しかし、磯山は自身が負けたということのこだわりから、西荻の才能を信じ、それを伸ばそうとする。一方で西荻は単純にいつも仏頂面で誰とも仲良くなろうとしない磯山と純粋に仲良くしたいということで、2人は共に日々を過ごすようになる。まあ、もちろんその後は磯山にも挫折があったりという展開で、飽きさせないストーリーです。この2人の一本気な演技もこの種の映画には合っていて、純粋に楽しめる作品ですね。
北乃きいの両親として、板尾創路と久し振りに見た古村比呂という配役も面白いし、同級生で山下リオちゃんが出演していたのも嬉しい。成海と山下は『書道ガールズ』でも共演しているらしい。これまた似たようなジャンルではありますが、楽しみ。

5月5日(水,祝)

翌日も妻は仕事。私は渋谷で朝から映画を観ることにして、妻と一緒に通勤。妊娠4月目で仕事を週4日にしてもらい、それほど苦痛ではないようですが、通勤が大変みたい。まあ、連休中ということで比較的空いてはいましたが、一緒だと少しは気も晴れるでしょう。

渋谷ライズX 『フローズン・リバー
ということで、私が観たのはこの作品。サンダンス映画祭でグランプリを受賞したというのが予告編でも流れていて、観たいと思っていたが、シネマライズでの上映もいつの間にか終わり、ライズXに移動してこちらもぼちぼち公開が終了してしまうということで、急いで観に行った。10:40からの回でしたが、お客さんはけっこう入っています。コトニー・ハントという監督も、長編初ということですが、役者も知っているような顔はなし。内容はけっこうシリアスなので、こういう方が楽しめます。
舞台はカナダと国境を接するアメリカ北部の街。そして、近くには先住民のモホーク族の集落がある。かれらの生活空間はニューヨーク州の管轄を免れている。そんな政治的な特質を利用して、カナダ経由でこの地域に潜入したアジアからの不法移民が、冬は凍結する川ということで曖昧になっている国境を越えて移入してくる。その付近に住む主人公。高校生の長男と幼い次男を抱えてのトレーラーハウス暮らし。ようやく、新しい家を購入する資金をためたものの、それを持って夫が蒸発。困り果てたところに、モホーク族の女性と出会う。彼女は不法移民の輸送を行っているのだ。危険な身に遭いながらも短期間でそれなりのお金が稼げるということで、主人公の女性もこの仕事に加わることになる。寂れた寒い国境の町で、さまざまな社会問題を背景に必死に生きようとする人間たちを描く。かなりシリアスな内容だが、ギスギスした雰囲気はなく、何度かある危うい場面も最善とはいえないまでも問題解決へと向かうその脚本は救いがあってよい。観るものに危機感を与えるだけの映画でないところが、評価される所以だろう。とりあえず、観てよかった映画。

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黄金週間①

4月30日(金)

渋谷ユーロスペース 『カケラ
満島ひかり主演作品『川の底からこんにちは』と入れ替わりに終わってしまう、やはり彼女主演の作品。レイトショーでなかったのはいいけど、やっぱり公開期間は短いよな。監督は安藤モモ子。父親が奥田瑛二で母親が安藤和津。妹の安藤サクラは女優として活躍している芸能一家。初監督作品の主演に迎えたのが、妹とも何度か共演している満島ひかり。最近の『キネマ旬報』で表紙を飾っていた。もともとは歌手でデビューした彼女だが、可愛い顔して飾り気のない自然体、そして役にのめり込む演技は映画ファンの絶大なる評価を得ているように思う。本作でも下着姿は当たり前。けっこう驚いたのは、恋人役の男に体をまさぐられるシーンで、なんと腋毛が...といっても、もさもさではなく、1,2日手入れを怠った程度の。あのペネロペ・クルスもスペイン映画に出演する時は、腋毛が生えていることもあるし、アン・ハサウェイも浴室で腋毛を剃るシーンもあった。『パレード』では貫地谷しほりちゃんが眉毛を抜くシーンがあったが、あれはもちろんふりだけ。以前、『お父さんのバックドロップ』で南 果歩の腋毛が映るシーンもあったが、実際には「脱毛処理しているので生えない。あれは監督が剃った髭を貼り付けた」という演出だった。日本はこういう所のリアリティの追求が欠けているんだよな。という意味で、この女優は凄い、と思ってしまうのだ。
まあ、そんなことはこの作品の魅力の些細なところに過ぎない。恋人とのセックスだけの関係にうんざりしてきた主人公は、中村映里子演じる女性に喫茶店で声をかけられ、少しずつ恋人同士へと進展していく、という同性愛の物語でもある。しかし、この女性は自分は同性愛者ではないという。恋愛は相手が男性だとか女性だとかを前提としてするものではなく、唯一無二の個人に対してするものであり、その個人がたまたま女性だったというだけのこと。こういう感覚もまったくもって同意します。そして,初めて見るこの中村映里子という女優の存在感も,この役どころとともになかなか魅力的。役のなかでは,人間の体のパーツのレプリカを作る仕事をしている。その社長を津川雅彦が演じているのもにくいですな。そして,この会社のお客として,失った片方の乳房を依頼しに来るのがかたせ梨乃。さりげなくおっぱい出しています。ともかく,こういう映画,好きです。小ざかしい技術を使わなくても,脚本と俳優の演技で十分に刺激的で,楽しめる作品が作れるのが映画のよいところ。一応,本作は桜沢エリカの漫画を原作ということにしていますが,恐らくかなり脚色されていると思う。

渋谷宇田川カフェスイーツ
さて,この日は久しぶりのミュージシャンに会うために一人でライヴに出かけた。けっきょく,Quinka出演ライヴで2度来ただけだったのですが,渋谷の片隅で一軒家を利用したここ宇田川カフェスイーツは一旦閉店ということで,Quinkaと仲の良いミュージシャンが集まって閉店パーティをやるとのこと。1000円でワンドリンク+フリーフードというお得なイヴェント。入ると早速1階では出演者たちがそのパーティフードの周りで食べています。久しぶりにきちんと会うQuinkaことミッコさんとお話。2階に上がって,赤ワインを呑みながら読書。テーブルのある椅子に座っていたが,隣の男がプカプカとタバコを吸い始めて,しかも1本終わったらすぐに2本目に火をつける始末だったので,一番階段に近い席に移動。ライヴは18時に始まり,1時間のうちに一組登場,20分強の短いステージという,予想通りのゆるい進行だったので,結局聴いたのは2組だけ。
Stephanie:小貫早智子さん率いるバンド。いつもは豪華なバンドメンバーを率いてのスタイルですが,さすがにこの日はギターのフタキダイスケ君とサックスと3人のステージ。でも,個人的にはこっちの方が好きかな。もともと意外に声量のある早智子さんですが,歌が映えます。かわいらしい声で無機質に英語詩を歌うというスタイルは面白くはあるが,固定客はついているのだろうか。
Quinka, with a Yawn:最後の出番かと思いきや,2番手。しかも,サポートは同じくフタキダイスケ。だいぶ前に会った時からはやし始めていた髭がすごいことになってきました。アコースティックギターの腕前もたいしたものです。この日はミッコさんもギターを弾き,コーラスとピアニカで早智子さんも加えての3人のステージ。こちらもなかなかいい感じですな。
久しぶりにフルカワモモコさんも聴きたかったところですが,こういう場での忍耐力がなくなってきている私。せっかく,お得なイヴェントなので,他の人が飲んでいて無性に呑みたくなったコロナを注文して,もうちょっとフリーフードをいただいて,その場を後にする。表参道で妻が友だちと食事をしているというので,合流して帰宅。

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贅沢なお産

桜沢エリカ 2006. 『贅沢なお産』新潮社,151+αp.,362円.

妻が妊娠してからというもの,わが家にはそれ関係の書籍・雑誌が徐々に増えている。『たまごクラブ』はすでに3冊。その他,書籍2冊に,妊婦用レシピ本,そして本書。私が研究している写真家,田沼武能氏が書いた子育て日記『父の目1000日 赤ちゃん新発見』(ごま書房,1988)なんてものもAmazonで購入。
さて,本書の著者は有名な漫画家。きちんと読んだことはないが,その画風から1963年生まれのバブリーな匂いのする漫画家というのが私の印象。本書を読んでみるとまさにそんな感じなのだが,タイトルどおり,お産に関する本であり,自らの体験談でもある。ちなみに,本書はもともと2001年に飛鳥新社という出版社から単行本で出版されたものが2003年に新潮文庫に入り,その後,手元にある10刷では,その後長女が生まれたときのことの漫画が「贅沢なお産2002」として追加されている。そう,著者は漫画家であるが,本書は全て漫画なわけではない。漫画は5分の1程度で,基本はエッセイである。
DJの恋人と結婚はせずに長い間同棲をしていたエリカさん。その男はある日から急に子どもを欲しがったとのこと。が彼女自身はその気にはならなかったものの,ある日妊娠する。それ以前は妊娠を恐れていたということだが,その時はその事実を素直に受け止め,妊娠・出産モードへと意識も生活も方向転換する。この気持ちはなぜか彼女とは性の違う私もよく分かる。恋人との関係は大事だが,妊娠・出産となると生活が一変し,これまでの延長線上でやろうと思っていたことが難しくなってしまうからだ。しかし,私も今の妻とは,自然に同棲するようになり,彼女が求めていた通り,結婚し,間もなく新しい命を授かった。そして,私自身それを驚くことなく自然な事実として受け止め,それに向かって生活が一変することをむしろ楽しんでいる。
エリカさんはそれ以上のようだ。散々遊び尽くした彼女は,それ以上の刺激を何かに求めていたのだ。そしてたどり着いたのが,妊娠・結婚・出産・育児。そう,それほど劇的に生活が変わるものもないし,やりたくてすぐにできるものでもない。そして,本書が単なる出産体験記ではなく,なんと日本では数%しかいないという自宅出産の記録なのだ。1960年くらいまでは日本で一般的だった出産法が今ではもっともマイナーな方法となっているとのこと。当然,かつては産婆といわれていた助産師の数も限られているらしい。その点,さまざまな方面に顔のきく彼女だから,回りまわって,日本一忙しいという助産師さんに出会い,長男と長女を自宅で産んだというから,その点でも本書は貴重な出産体験記である。私も妊娠したら当然のように病院に通い,そのまま入院して出産するというのには抵抗がなくはない。確かに,お産は胎児と母体の生命に関わるものだから病院にかかるというのは理解できるが,それこそかつては何もなしに当然のように誰もが家族のなかで出産していたはずだ。もちろん,そういう家族の形態は変わったし,死産の確率の低下とともに,社会における出産観も大きく変化したはずだ。しかし,その病院への依存が,ともすると何かあったときの責任を病院に肩代わりさせようということになっていないだろうか。ともかく,軽い本にしてはいろいろ考えさせられる。

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近所で過ごす日曜日

4月25日(日)

この日は特に予定なし。ゆっくり起きて、私は2週間ぶりのジョギング。その間に妻が朝食の準備。最近はつわりもすっかりなくなってきて、匂いや嫌なものとか、食べたくないと感じる味なども減ってきて、以前の同様のメニューに戻ってきた。しかし、調理をすることが多くなってきた妻の腕前が上がってきて、嬉しいようなちょっと悔しいような。とりあえず、昼まではゆっくりして、お昼は外食にしようということで、歩いて調布駅前まで。PARCO上階のレストランでゆっくり食事をして、妻の頭痛もだいぶ和らいだということで、やはりPARCOの映画館で観て行くことにした。

調布PARCOキネマ 『のだめカンタービレ最終楽章後編
テレビ版はアニメも含め全く観ていない私ですが、映画版は「最終楽章前編」から観ている。それでも、大体ストーリーは分かるようになっているのが親切だ。でも所詮はキャラクター重視のドラマ的作りといえようか。原作は読んでいないのでなんともいえないが、この実写版は上野樹里演じるのだめと玉木 宏演じる千秋(もちろん,その他の登場人物も)のキャラクター化が激しすぎて,テレビドラマとしてはそれで楽しいが,映画としてはかなり厳しい気がする。主人公であるはずののだめの心情がきちんと描かれないし,そういった意味ではむしろ千秋が主人公となっている。まあ,ともかくドラマ&映画をここでおしまいにしたのは賢明か。

4月29日(木,祝)

ゴールデンウィーク突入。会社の仕事がけっこうたまっているので,合間の平日は出勤したいくらいだが(アルバイト契約になって,勤務時間が少ないと給料が少なくなった),今回はたまたま金曜日にあたってしまい,しかも大学はきちんと営業しているので,会社は7連休なり。先週も書いたように,公開終了になってしまう映画が多いので,久しぶりに映画3本立てを強行。

新宿ピカデリー 『時をかける少女
まずは,すでに1日1回上映だけになってしまったこちら。仲 里依紗ちゃんはもちろんアニメ版『時をかける少女』から,『純喫茶磯辺』,『ちーちゃんは悠久の向こう』,『パンドラの匣』なども観ているし,B級映画『非女子図鑑』やチョイ役の『渋谷区円山町』や『ハルフウェイ』なども観ています。今回は見逃しちゃうかなあと思ったけど,『ゼブラーマン』の予告編を観て,どうしても観たくなった。結論からいうと,やっぱり観てよかったと思える作品。もちろん原田知世のオリジナル映画版もテレビで何度か観ているのだが,アニメ版と経由して,もともとのストーリーがどんなだったか思い出せないのだが,本作はオリジナルの主人公を安田成美が演じ,その娘が里依紗ちゃん演じる主人公という設定。その脚本もけっこう楽しめるし,相手役の中尾明慶君はどうかなあと思ったが,1970年代の大学生役というのはかなりはまり役だったかもしれない。そしてなによりも里依紗ちゃんの魅力が存分に楽しめたのが本作の最大の魅力。そして,安田成美の若かりし頃を演じたのが石橋杏奈ちゃんだったのもいいし,ちらっとキタキマユが出演していたのも嬉しかった。
ただし,設定に無理があるのも確か。主人公がタイムリープで行くのは1974年。その時主人公のお母さんは高校1年生。16歳だとしましょう。ということは,1958年生まれ。現時点は2010年だから,安田成美が演じるのは52歳。で,主人公は高校3年生で18歳だから,1992年生まれの設定。母親は高校生の時点ですでに主人公の父親となる人物と出会っている。その人物は米国に留学するという設定になっているから,結婚するまでに10年くらいを要するとしても1984年。子どもが生まれるまでに8年経過している。なのに,子どもが生まれるとすぐに離婚か別居で,主人公は父親の記憶をほとんど持たない。ともかく,好き合ってから子どもが生まれるまで20年弱の年月愛をはぐくんできたのに,すんなり別れるだろうか。まあ,この辺が不自然だからこそ詳細を描かなかったのかもしれないが,ともかく突っ込みたくなります。

新宿角川シネマ 『育子からの手紙
ここからは同じ映画館で2本。こちらが終わって5分で次の作品が始まります。ちなみに,この日観た3本はどれも公開終了が迫っている作品ですが,この作品以外は前売り券を確保できましたが,こちらはどこでも取り扱いなし。さて,1800円の価値はある作品か?主演はなんと原 日出子さんです。相手役は若い宮﨑香蓮さんだったので,こちらが主演かと思いきや,原 日出子さんが主演です。この作品は実際に主人公の女性が書いたノンフィクションが元になっています。小学生の頃に発症した下半身の病気が30年以上を経過して再発し,入院生活を余儀なくされた主人公。数日して同じ病室にやってきた少女の名前が「育子」。ちょっと話をしてみると,主人公が小学生時代に経験した病状とよく似ているということで,すぐに打ち解けて仲良くなる。しかし,主人公は手術の後,別の病室に移されてしまい,それからは時折お互いの病室を訪れたりするが,文通を頻繁にするようになる。しかし,育子の病状は若かりし頃の主人公とは違って,かなり悪いとのこと。その後,主人公は夫の転勤によって名古屋から仙台に引っ越すことに。その後も文通は続くが,結局育子は長く生きられなかった。
まあ,そんな内容ですが,お涙頂戴の作り話というよりは,教育的雰囲気の漂う作り。でも,個人的にはそんなに嫌いではありません。主人公の夫役が佐藤B作であったり,育子の両親が天宮 良と有森成美だったり,なんだか懐かしいキャスティングです。

新宿角川シネマ 『誘拐ラプソディー
最後に観たのは,榊 英雄監督最新作。この作品はちょっと前に話題になりましたね。この作品には押尾 学が出演していたが,彼が逮捕され,もう撮影は終わっていた本作は公開できなくなり,彼の出演場面を監督自身が代役して取り直したという作品。でも,もうすっかり,ニュースでも押尾ネタがなくなったように,満を持して公開されたこの作品も意外に話題にはならなかったのでしょうか。思ったよりも公開期間が短かったように思います。ところで,榊氏は俳優でもありますから,代役は余裕。全く違和感はありませんでした。
本作は原作もあるが,簡単なストーリーはこんな感じ。高橋克典演じる主人公は借金と前科しかない人生に嫌気がさして,とある町の高台で自殺を試みる。桜の木で首を吊ろうとするが,枝は折れ,盗んできた会社の車の中でカッターを手首に当てるものの切る勇気はなく。どうしたもんか,考えあぐねていると,なんとその車から6歳の男の子が突如出てくる。はじめは邪魔だからといって追い払うが,家出をしてきたというこの少年の家は,その高台から見ることのできる豪邸で,父親は会社をいくつも持っているという。とっさに,刑務所で出会った誘拐マニアのじいさんの言葉を思い出す。子どもには家出を手伝うという名目で,誘拐を企てる。もう予告編で知らされていることだが,その父親を演じるのは哀川 翔ということで,職業はヤクザ。ちなみに,その妻を演じるのはYOU。今回は見所は少ないが,やはり存在感ありますね。そして,その子分の筆頭のヤクザを演じるのは菅田 俊。木下ほうかの顔もあります。そんなヤクザの中に当初押尾が演じていた人物もいます。そんなことで,警察ばりの設備を整えて,息子を探し,犯人を懲らしめようとする父親。そうとは知らず,計画を立てる主人公。またまたそんなことも知らず,楽しいおじさんと一緒に家出を楽しむ息子。まあ,そんなドタバタ劇ですが,けっこう見所満載で面白いコメディであると同時に,いくつかの家族の物語でもあります。高橋克典の役どころも彼にしてはいい感じだし,特にこの子どもを演じる林 遼威君が素晴らしい。そういえば,榊監督の前作『ぼくのおばあちゃん』の子役も中学生だったけどとてもよかった。監督の妻である榊いずみ(旧姓:橘)さんとその子どもも出演していたらしい。はやり仲の良い家族を持っているからこその演出なのだろうか。まあ,そんな斬新な感じはしませんが,いい映画です。もっと多くの人に観て欲しい作品ですね。

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