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廃棄の文化誌

ケヴィン・リンチ著,有岡 孝・駒川義隆訳 1994. 『廃棄の文化誌――ゴミと資源のあいだ』工作舎,317p.,3200円.

『都市のイメージ』(1960年)で有名な都市計画研究者,ケヴィン・リンチ。彼の遺稿が本書。1984年に彼が亡くなり,残された原稿をマイケル・サウスワースという同僚が編集して1990年に出版された『Wasting Away』という著作が『廃棄の文化誌』として翻訳された。地理学にとっても,認知や知覚の問題がテーマとして浮上してきた1970年代に,『都市のイメージ』は多く引用され,日本でもかの有名建築家,丹下健三の手によって1968年に翻訳されており,一時期は翻訳本が手に入りにくかったが,2007年に復刊されたくらい,今でも影響力のある著作である。が,私は読んでいない。ちなみに,本書の翻訳タイトル「廃棄の文化誌」はいかにも工作舎らしいタイトルだ。この出版社で唯一翻訳の出ている地理学者はイーフー・トゥアンだが,「landscape of fear」が『恐怖の博物誌』として,「dominance and affection」が『愛と支配の博物誌』として翻訳されている。これらは数あるトゥアンの著作のなかでも,彼の博学が十二分に活かされた素晴らしい作品だと思うが,リンチの著作も多くが建築に関わる出版社から翻訳が出ているのに対し,本書がこのタイトルで工作舎から出版された意味は大きい。
そんなことで,『都市のイメージ』が読まなくてはいけないけど,なかなか読もうとは思わないと思う存在である一方で,本書のことはいつも頭のなかにあった。なので,たまたま古書店で発見して購入し,早速読むことになったのだ。本書のことは私が在籍していた東京都立大学地理学科の人文地理学教授であった(今でもそうですが)杉浦芳夫氏を通して知っていたのだ。多分,当時月刊『地理』の書評担当をしていて,本書を取り上げたのだと記憶している。私とは違って,ほとんどの人は趣味で読んでいる本,ましてや翻訳本を,学術雑誌などでは紹介しないものだが,月刊『地理』ということで,このときばかりはあの杉浦氏もけっこう楽しんでいたように思う。他にもジャズの歴史に関する翻訳本や『サバービアの憂鬱』なんて本も紹介していたな。
さて,前置きが長くなりましたが,本書について書きましょう。本書はさすがに,遺稿ということもあって,きちんと構造化されている印象は薄い。どうしても廃棄にまつわる記述の断片の寄せ集めという印象を免れない。しかし,このテーマで1980年代にまとまった本を書くのは難しいということを踏まえると,書かれている個々の記述は今読んでもまったく色褪せることなく,われわれへの教訓として大きな意義を持っていると思う。リンチの本を読むのは初めてだが,彼がいかにプラグマティストかということを実感する。恐らく,本書を読んだ後に『都市のイメージ』を読めば,読み取る内容も随分異なることだろう。生物体が生命を維持すれば,必ず廃棄物は生じる。しかし,人間の場合はその廃棄の量が時代を追うごとにうなぎのぼりに増えてきて,しかも有害なまま悠久の時を耐え続けるようなものも多く生産してきてしまった。そういうものをこれからどうすべきか,悲観的なのはもちろんだが,その功罪を声高に訴えることよりも,現実的に何が出来るかの案をいくつも提示する。もちろん,廃棄にまつわる問題ばかりを指摘するのではない。廃棄する行為に対する人間の快楽。廃墟に代表されるような,廃棄物を美しいと思う人間の感情。そうした,廃棄物がもつ両面性というか,複雑性の認識も忘れていない。本書を読んで,以前同じ研究会でよく顔を合わせていた社会学者の下村恭広君のことを思い出した。彼はなぜか地理学の研究論文をよく読んでいて,親しみを感じていたのだが,なぜかある時期から日本の廃棄物処理業者の歴史的研究を始めて,イマイチその意図がつかみかねていたのだが,本書を読むとその研究テーマの重要性を理解できる。

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コメント

こんにちは.お久しぶりです.

たしかに『都市のイメージ』は影響力・大ですね.認知・知覚の話題で何か書こうとするとやはり引用したくなるし….私がいま書いている論文にも引用してしまいました.

某編集委員会からタイトルを再考せよとの連絡があり,一部原稿修正をしなくちゃなりません.あまり時間的な余裕がないらしく急かされていますが,今月は高校・中学校・家庭教師の仕事が詰まっているうえに,教員免許更新講習まで受講しなくちゃならず,ついつい愚痴りたくなってしまいます.

投稿: あおき | 2010年6月 6日 (日) 17時25分

あおき君

おっ、さっそく次の論文を書いているんですね。
しかも、教員免許更新講習ですか。
私も一応高校理科を持っているんですけどね...
でも、あの表彰状みたいな免許状ってのはどうするんでしょう?
紛失したら終わりですかね?

ちなみに、私も先日の学会で発表した内容は5月の編集委員会に間に合うように、『人文地理』に投稿しました。帰ってくるのはいつになることやら。

投稿: ナルセ | 2010年6月 7日 (月) 09時38分

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