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2010年8月

境界

こんなことを書くとまた怒られてしまうかもしれないが、実は最近、密かにこのblog日記の内容を2件ほど修正した。2件とも、日記中に実名で登場した本人が読んで、修正を依頼してきたのだ。1件はプライベートなことは書かないで欲しいというもので、もう1件はそれはあくまでもあなたの私見であるから、公の場でかくのは誤解を生じかねない、というもの。
修正したからといって、その人たちとの関係を修復することはできないが、ともかくいわれるままに修正してある。まあ、その2人は別に私のblogの常連読者というわけではなく、たまたま読んだのだと思う(また私見)。だからだと思うが、修正を要求する相手が明らかに間違っている。ほとんどの記事を読んでくれている人でそんなことまで理解してくれている人はいないかもしれないが、私は公と私の境界線があいまいなのである。それは私が常識知らずということもあるが、研究者としてこの「公私の境界」というものを一つのテーマとしているからだ。だから、私はこの日記を書き手として実名でやっているし、公の場に名前を出している研究者やミュージシャン、俳優や映画監督はもちろんのこと、書かれる側も実名で平気で批判をする。日記の内容もかなりプライベートなことにまで及んでいる。そもそも、公=パブリックと私=プライベートの境界など明白ではないし、明白にしようという努力は何かしらの権力や暴力を伴うものだと思っている。確かに、場合によってはプライバシーを守ることが人を暴力から守ることにもなるのではあるが。

公私の境界の問題に関する学問的議論はここで簡単に分かりやすく説明することは難しいが,私の生活における実践については簡単にいえる。はっきりいって,私には他人に隠すべきプライバシーはあまりない。もちろん,ある事柄を公にすることで,ある人が被害をこうむるということが全く分からないほど私に分別がないわけではない。それは自分自身にとってもしかりだが,基本的には私にはさほど大切に守らなくてはならないような私的領域は少ない。かといって,私的な部分まで公にしたことで,自分が被害をこうむったという経験もほとんどないのだ。だから,私の持論は,何かを守ろうと必死になって隠そうとするが故に,そこに付け込まれて被害に遭うのではないだろうか。

さて,私が日ごろ考えている境界は,公と私の関係だけでない。例えば,男と女という性の問題。学問的には一般的にこの問題は,生物学的な「性別」と社会的な「性差」の2つに分かれる。厳密にはこの生物学的と社会学的の境界すら明白ではないのだが,ここでは便宜的に分けておこう。社会学的な性差はもう少し分かりやすくいうと,男らしさと女らしさのことをいう。私たちはこれらの境界が生物学的性別に由来するもので,明白なものだとしがちである。しかし,近年は草食男子や肉食女子などといって(この表現にも実は一般的な常識が根底にあるのだが),男らしさや女らしさというものは時代と共に変化するし、社会によっても異なることは誰でも知っている。でも、日常的な場面だと意外と自分の常識が絶対的だとしてしまうのだ。
ところで、私は子どもの頃からいわゆる「男らしい」ものにはあまり興味はなかった。もちろん、男2人兄弟のわが家では特に違和感もなく、男の子向けのテレビを観ていたし、男の子向けのおもちゃが転がっていた。私は小学校3年生で少年野球を始め、自宅で腕立て伏せなどをやるような習慣ができたのも中学生の頃で、マッチョになりたいとは思わなかったが、筋肉美にはそれなりの憧れを抱いていた。しかし、なぜか中学生の頃、ジャージ姿の股間のふくらみに恥じらいを感じ、その頃女子生徒が皆やっていたように、ジャージの上のサイズを2サイズくらい大きめのを買ってもらって、お尻まですっぽり隠していた。でも、頭は坊主。

その後も特に女の子らしいものへの憧れというのはなかったが、高校生の頃からおしゃれ心に目覚め始める時、私の小さめの体には、メンズサイズの洋服は似合わず、しかもデザイン豊かな女性服に憧れたりした。高校卒業する頃から髪の毛を伸ばし、カットは理容室ではなく、美容室に行くようになったが、なかなか自分にしっくりくる髪型に出会えず、大学院の頃は背中まで髪を伸ばしたこともあったし、その頃はユニセックスなデザインの女性者の洋服も古着などで買うこともあった。
そんな私は性同一性障害だとは決して思わないが、少なくとも他の男の人とは違うと感じていた。その後、学術本の読書の面白さを知り、大学院に入学し、そしてジェンダー論やフェミニズムというものを知るにいたって、私の感覚はいたっておかしなものでなかったことを知る。むしろ、男性として生まれた人たちの多くが男らしいものをなんの疑問もなく受け入れ、場合によってはそれを誇らしげにする人もいるということの方が不自然であることを知ることになる。つまり、電車の中で大またを拡げて座席の2人分を占有している男たちは、戦時中にお国のためといって死んでいった兵士たちと似ているのではないかと思うのである。

ともかく、私の言動、行動には常識的でないものがあるかもしれない。しかし、それはあえてそうしているのだ。

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本当はこわいシェイクスピア

本橋哲也 2004. 『本当はこわいシェイクスピア――〈性〉と〈植民地〉の渦中へ』講談社,237p,1500円.

私はシェイクスピア作品を,白水社の「uブックス」で揃えている。全37巻のなか,集まったのはまだ7冊。

夏の夜の夢
お気に召すまま
十二夜
終わりよければすべてよし
マクベス
冬物語
テンペスト

シェイクスピアの研究書もずいぶん読んでいます。

フランセス・イエイツ『シェイクスピア最後の夢』
フランク・カーモード『シェイクスピアと大英帝国の幕開け』
スティーヴン・グリーンブラット『シェイクスピアの驚異の成功物語』
ノースラップ・フライ『シェイクスピア喜劇とロマンスの発展』
テリー・イーグルトン『シェイクスピア――言語・欲望・貨幣』

そうそうたる著者たちですね。しかし,本書はそれらにも負けていない面白さがあります。本書は「講談社選書メチエ」の一冊なので,厳密な学問性は必要ない。しかし,本書は決して読者にこびるような分かりやすさがあるわけではない。ここでも何度か本橋氏の著書を紹介しているように,彼は入門書でも決して読者をバカにしたような一般的な分かりやすさを優先することはない。しかし,本書では煩雑な引用関係の記述を省いている。といっても,読者のために各章で便利な参考文献を巻末に示している。しかし,その文献が本当の意味での参考書なのか,あるいは各章の解釈で著者が用いたものなのか,分からない。
さて,本書で取り上げられるシェイクスピア作品は4つ。『テンペスト』に『ヴェニスの商人』,『オセロ』と『アントニーとクレオパトラ』で,私が実際に読んだのは『テンペスト』のみ,『ヴェニスの商人』は大体の筋は知っていて,『オセロ』はジョシュ・ハートネット主演映画『O』を観た。そんなことで,始めから終わりにかけて,理解力は段々低下していく。4つの作品に限定した密な分析をしているので,できればその4つの作品を読んでおいた方が理解が高まります。
本書のタイトルは,以前あった『本当はこわいグリム童話』のパクリだが,かなり意味合いは違う。1600年前後に書かれ,上演されたといわれるシェイクスピア劇だが,400年の時を経て愛されるがゆえに正典とみなされ,そのことはどの時代にも通用する人間の本質を描いたものだからだとみなされている。恋愛関係や親子関係,政治的な問題などの普遍的なテーマを扱ったものだと。しかし,そんなシェイクスピアをあえて,その時代背景の中において読もうというのが本書。なにが「こわい」のかは是非読んでもらいたいと思うが,例えば『テンペスト』では植民地の問題,『ヴェニスの商人』はユダヤ人問題,『オセロ』では人種差別問題,などなど。普遍的作品と思われているシェイクスピアにも時代特有の社会問題が組み込まれており,しかもその扱いはシェイクスピア流のものであるがゆえに,その作品解読はそれらの問題が時代特有でありながらも現代にまで引き続くものであり,それについて考える礎を与えてくれる,ということだ。

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危うく火事

8月18日(水)

ここのところ、いろんな用事が重なって、週末でもろくに映画が観られない私を気遣って、妻が「今日はレディースデイだから映画でも観よう」といって、お互いの仕事の後、府中で待ち合わせて映画と夕食のプチデートとなった。夕食を外食にするというのも彼女の提案。最近は妻が食事を作ることが多くなったので、この提案は「たまには私にも楽をさせてよ」というメッセージも込められていて、いつもなら「平日に映画なんて慌しいし疲れる」、や「外食は栄養面でも家計面でもマイナス」という負の側面を払拭させる、心のこもった提案だ。さすがわが妻。
映画のスタートがちょっと遅い時間ではあったが、その分ゆっくり食事をしよう、と思ったものの、急に雨が降ってきてしまったので、TOHOシネマズが入っているビルのレストランを利用することになった。せっかく外食なので、栄養面での贅沢、ステーキを選択。以前は「ふらんす亭」だった場所に別のステーキ屋が入っていて、初めての利用。食事にはサラダバー、スープとご飯、さらにはカレーも食べ放題という珍しいサービスだが、サラダバーも何杯もお代わりしたくなるほど美味しいものはなく、カレーも不味くはないがレトルトチック。まあ、食べ過ぎないにはちょうどよい。でも、やはり久し振りの塊り肉で十分に満腹になる。

府中TOHOシネマズ 『ソルト
選んだ映画はアンジェリーナ・ジョリー主演のスパイもの。アンジェリーナ・ジョリー主演で気に入っている映画はほとんどないが、古臭い印象のスパイ映画が、彼女に費やされる巨額の制作費によってスタイリッシュに生まれ変わると期待して観に行った。しかし、まあ、最低限のエンタテイメントはあったと思うが、期待には応えるものではなかった。むしろ、スパイ映画の古きよき時代を髣髴させようとするようなわざと古い作りをしているのだとしか思えない。いまさら米ソ関係を描くなんて、もう時代錯誤もいいところだ。そして、超人的能力を持っているはずのアンジー演じる女性スパイだが、なんだか、走るシーンが軽快でなく、息苦しそうなのがなんとも。さまざまな設定にしても、古い観念を覆すようなものは何もなく、ほとんどは古い考えを踏襲し、強化するようなものばかり。まあ、ストーリー展開で一つ救いだったのは、彼女の結婚相手の存在だろうか。かといって、このラヴストーリーを前面に出してしまうとそれはそれでわざとらしいので、この控えめな愛の物語だけがいい感じ。

8月20日(金)

この日は妊娠30週目直前ということで、助産院に2人で健診に出かけた。この頃はいろんな症状が出てきてもおかしくないが、わが妻はまあ、細かいことはいくつかあるものの、胎児も含めていたって健康。目標の妊娠前より体重-5kgというのは達成していないが、安産に向けていい状態へとしようという努力の一つ一つは報われているといっていいのではないだろうか。この日は夫である私ができる簡単な妊婦マッサージを教えてもらう。でも、もっと早く教えてもらってもよかったと思う。これは妊婦にありがちな足のむくみを改善させるもの。妊婦は大きくなったお腹のせいで、足の内側の血液などの循環が悪くなり、足がむくみやすいとのこと。

この日はちょうど調布で「キンダーフィルムフェスティバル」が開催中だったので、よさそうな上映があれば観てから帰ろうと思ったが、なんと凄い行列。こんなに大盛況なイヴェントとは知りませんでした。会場となっている「たづくり」という市の施設の前の広場に出ていた屋台で昼食を買って、食べてなんとなくお祭り気分を味わうことにする。妻はここで帰宅し、私は1本映画を観に渋谷まで出る。

渋谷イメージフォーラム 『シルビアのいる街で
観た映画はフランス映画。予告編はこんな内容。ある若い男性が主人公。とあるカフェのテラスに座って、カフェのお客や待ちゆく人をひたすら観察している。その対象は女性で、時折スケッチなどをしている。男は旅行者で、6年前にこの街で会った女性が忘れられずに、再び訪れ、なんの手立てもないままひたすら探し続ける。すると、その女性によく似た女性を見つけ、ひたすら追いかける。そして、最後に少し遠くから声を掛け、その呼び声にも気がつかないので、ついに背後まで迫るところで予告編は終わる。
さて、ここからはネタバレです。この尾行のシーンは思ったよりも早くやってくる。そう、なんと主人公のように前売り券やポスターにも登場するこの女性は、なんとシルビアではない。しかも、主人公の尾行に気づき、それからなんとか逃れようと街中を歩き回っていたのだという。男性はついに路面電車で追いつき、声を掛けるのだが、一つの結末はそういうことで、単なる人違い。でも、それだけでは済まされない展開もあることにはある。さて、この映画はエドガー・アラン・ポーの「群集の人」を髣髴とさせる。また、まさにこの街の地誌学的作品だ。あるいはベンヤミン的にいうならば「都市の生理学」ともいえようか。多くのシーンで、カメラは主人公を追わない。固定したアングルで、そこを主人公が通り過ぎるのだ。しかも、主人公が出てくる前の時間も長いし、フレームから消えた後も長い。そして、そのようなシーンではやたらと音にこだわるのだ。街の雑踏、雑音を記録している映画だともいえる。ほとんどのシーンでエキストラを使う日本映画ではありえない作品だともいえるが、でもこの映画に登場する街行く人がエキストラではないという保証はない。むしろ、エキストラ以上の演技が要求されているのかもしれない。
そして、カフェのシーンでは主人公が女性客を嘗め回すように観察しているのと同様に、カメラは性別問わずにほとんど表情を変えない人々の顔を長回しで撮影する。まったくもって、奇妙な作品だといえるが、それが普通のドラマティックな映画とは違って、いかにも映画的表現で興味深い。さすがフランス映画。そして、なぜかこの作品は紀伊国屋書店の配給だが、それを上映するイメージフォーラムもさすがだし、平日にもかかわらず、けっこう観に来ている客もさすが。

8月21日(土)

この日は妻が朝から針灸マッサージなので、私も午前中に出かけて久し振りの献血。前回全血で400mlを採り、しかもその間に台湾旅行に行ったので、2ヶ月ぶりというところか。新宿の献血ルームは好きではないので、渋谷に行った。以前はハチ公前献血ルームが空いていて、SHIBU2は混んでいたが、事前にネットで予約状況を調べたらなにやらその混雑具合は反転していたので、迷わずSHIBU2へ。確かに空いていました。その代わりというのか、空いている原因というのか、新しいボランティアスタッフが何人もいました。ボランティアでこういう場所で働くってのは偉いと思うけど、慣れない人が突っ立っているのも落ち着かないんだよね。まあ、ともかくいつもどおりに成分献血ができて嬉しい。

さて、この日は大変なことがあった。渋谷で一人ランチをした後、新宿で妻と待ち合わせて新宿御苑と四谷三丁目の間にある「トーテム・ポール・フォト・ギャラリー」へ、妻の専門学校時代の同級生の個展を観に行ったのだ。たまたまその女性は私と同じ鷲宮町の出身だったということで、妻も私に会わせたかったのかも知れない。作品をゆっくり観て、しばしお話をして、ギャラリーを出る。
その後2人で新宿御苑駅近くのカフェでくつろいでいた。妻が今晩の晩御飯はどうしましょう、といったところで大変なことに気づく。出かける前に夕飯のために出汁を取っておこうと、昆布とだしパック、煮干を入れた鍋を火にかけたのだが、それを消した記憶がない。慌てて帰る。妻はもう動揺してしまって手が震える始末。私は咄嗟に以前、東京ガスの見学をしたのを思い出して、東京ガスに電話をしてとにかくガスの元栓を締めてもらうことにした。東京ガスの担当者は、すぐにお宅に向かわせますといったものの、一向に電話がない。結局、私が先に帰宅すると、ガスの火はまだつきっぱなし。雪平鍋の中身は黒焦げでした。あの後、気づかずに映画でも観てから帰ったとしたらどうなったことか。またまた、妻を心配させてしまいました。こんなこと、さすがの私でも世帯主になってから20年間で初めてですね。
皆さんも気をつけましょう。

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台湾旅行

この週末は実家に帰省していた。母が交通事故にあってって話は書いたが、13日の金曜日に退院して、夫婦でお世話の2泊3日。ということで、特にこのblogで詳述することでもないので、平日も特に予定のない今週は、もう2ヶ月前になってしまった、台湾旅行について書きたいと思います。

6月26日(土)

台湾への出発日。妻は台湾で育った。父親が日本人で母親が台湾人だが、なかなか複雑な家庭事情でこれまた詳述はしないが、ともかく私と付き合うようになってから、帰郷していなかったのだ。そのうち私を連れて行きたいといいながらも、パスポートすら持っていない私は海外旅行を拒否していた。しかし、妻は妊娠し、子どもが生まれるとそう安々と帰れない、ということで、妊娠中でも飛行機に乗っても大丈夫な時期を見計らって、航空券を購入。随分前にこの旅行の計画が決定しました。
多分、航空券の予約は3ヶ月前くらいだったと思うけど、やはり土日を挟みたいということで日程を組むと、格安チケットの枠はすでにかなり埋まっていて、仕方がなく15時台出発の便になった。航空会社は香港のキャセイ・パシフィック。しかし、この日は土曜日。私の大学講義は休めない。基本的に本人の病気や、学会などの学問に関わるものしか休講は認められていないのだ。それでも、講義を終えて成田空港に急げば出発の1時間前には到着するので余裕だと思っていたのだが、航空券を手配してくれた旅行会社によれば、2時間前には確実に到着しなくてはいけないという。なにせ、私は初海外旅行なのでその辺の状況はよく分からないのだが、直接キャセイ・パシフィックに連絡したところ、どうやら2時間前というのは航空会社的には厳格なリミットではないらしい。全てインターネットで予約したチケットだったので、前日にネットで搭乗手続きはできたので、後はなるべく早く到着するように、妻は荷物を持って2時間前に着くように先に出掛け、私は新宿から成田エクスプレスで1時間半に到着することとなった。しかし、実際に到着してみると全くの拍子抜け。混雑していれば各種検査を待つ時間が必要だが、特に混雑もしていないし、むしろ空港で時間をもてあますことになった。台湾への渡航については、日本人は4日間くらいだったらビザは必要ない。

フライトは那覇よりちょっと遠く、3時間程度。沖縄旅行はしたことない私だが、実は仕事で那覇には何度も行っていた時期がある。しかし、一応同じくらいの飛行時間でも国際線なので、機内食と映画の上映がある。空港関係の仕事をしながら、自分の乗った飛行機の機種は分からなかったが(そういえば、エアバスの340だったような気もする)、ほぼ満席。私たちは翼の少し後ろ側、窓際の席でしたが、その後方には日本人、前方には現地の人、そんな感じでした。キャビン・アテンダントはアジア人がほとんどでしたが(なかには日本人もいたみたい)、基本的に通じるのは中国語か英語。日本語はあまり使ってませんでした。英語もかなり聞き取りにくいので、基本的には妻に頼る。機内食はお世辞にも美味しいとはいえませんでしたが、完食。映画は思わず『シャッター・アイランド』を観てしまう。日本語吹き替えでした。でも、やはり機内は騒音がうるさく、聞き取りにくく、イマイチ詳細は分からずじまいでした。こういう時は字幕の方がいいな。
ほとんど、揺れたりすることもなく無事到着。Google Mapのリンクを貼っておくので位置を確認してください。台湾島は九州くらいの大きさで、日本との時差は1時間。飛行機が到着する時はまだ明るく、空港周辺のゴルフ場がよく見えましたが、到着してお迎えを待っている間にすっかり暗くなってしまう時間。台湾の国際空港は台北から30kmほど西にあり、桃園県という場所にある。私たちがお世話になったのは空港から車で20分ほどの所に住んでいる妻の友人のお宅。彼女が来日した際に私も何度かお会いしているし、日本語もそれなりに話せるので安心。とりあえず、空港で私たちを車で拾ってもらい、そのまま夕食へと出かける。位置関係はよく分かりませんが、車でしばし走ると、小高い丘があり、その上にあるレストランに到着。日本でいうとかなり若者が集まりそうな、こじゃれた雰囲気があるお店で、テラス席があり、店内ではピアノの弾き語り演奏があり、夜景がよく見えるお店。でも、そういうお店に普通の家族が食事をしにきています。メニュー的には居酒屋風ですが、妻は妊娠中、妻の友人は車の運転があるので、私もノンアルコール。日本の居酒屋でいわゆる日本料理がないように、このお店もいわゆる台湾料理ではなく、いろんな要素がミックスした居酒屋風料理。それはそれで美味しくいただきました。

桃園にある高級マンションに3泊させていただきました。家主は一人暮らしですが、わが家より広いかもですね。そして、薄型テレビも2台あり、日本番組専用チャンネルもあったりして。いちいち字幕が出るのは煩わしいですが、思わず観てしまいます。この時期の気温はやはり日本よりは高かったけど(といいつつ、今8月現在は多分台湾と変わらないんでしょうね)、高層だし、この辺は随分田舎なので、夜は比較的涼しく、エアコンなしでも眠れました。

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6月27日(日)

マンションからちょっと歩くと、こんな感じの街の風景になります。

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台湾の朝食はこんな感じ。多くの人が外食産業に頼っているようです。普通のサンドイッチから私が食べたピタパンのようなもの、ベーグルなどのパンメニューの他、野菜炒めまでメニューが豊富です。写真に写っているドリンクは豆乳ティーかな?タピオカ入りミルクティーは台湾発で日本でもよく見かけますが、ホットドリンクでも同じように大きめの紙カップにその場でビニールの蓋をぴったりと貼り、ストローを挿して飲むスタイル。

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朝食を食べたお店から歩くとすぐに朝一の市場があります。まず驚くのはこんな感じの豚肉。当然、鶏も丸ごと売っています。とにかく、活気があって何でも揃う感じ。肉、魚介、野菜、果物、加工食品だけではなく、ブラジャーなどの下着も並べて売っています。試着をして買う人はいないのだろう。ちょっと暗いけど、市場はこんな風景↓。日本でライチというと、冷凍ものしかないが、こちらでは枝つきで生です。そして、台湾マンゴーは日本でも高価で出回ってはいますが、種類がいくつかあるそうです。日本で出回っているのは宮崎産や沖縄産と同様の小ぶりのやつ。妻が私に食べさせたいと、この朝一で購入したのが大ぶりの台湾マンゴー。皮の色は小ぶりのもののようなキレイな赤やオレンジにはならず、黄緑っぽい。とても3人では食べきれない大きさで、値段は小ぶりのを日本で買うより格段安い。ということで、数日後、家主の実家を訪れた時にみんなでいただきましたが、味は大味ということもなく、普通のマンゴーの美味しさでした。満腹。

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この日は桃園からバスに乗って、3人で台北市内に出かけます。途中高速道路に乗りますが、かなり長い農村風景が続いた後は、ずーっと都市的風景が続きます。246沿いのバスに乗っているようなそんな感じ。1時間程度で台北には着きますが、その幹線道路はずーっと商店街のような感じで、両側には10階以下の中層のちょっと古びた建築物が続き、見通しが悪い。むしろ、台北の中心市街地に入ると道路も広くなり、見通しがきくようになります。
ちなみに、私たちが乗ったのはこんなバス。ドラえもんはこちらでも人気です。

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ここでまず行ったのが、妻が半年間ほどアルバイトで働いていたという書店。誠品書店といって、台北で初めて24時間営業を始めたお店。書店といっても、24時間営業にするくらいだから、他にもいろんなものが組み合わさった面白い空間です。ちょっと六本木ヒルズのTSUTAYAと雰囲気が似ているかな。しかし、24時間営業といっても、書籍のチョイスは素晴らしい。基本は中国語の書籍なんだけど、日本語や英語の書籍も普通に混じっています。日本の書店だと、外国語の書籍はそれ専用の棚にまとめられているけど、ここは分野ごとになっています。地理学って棚はなかったけど、きちんと地理学書がまとめられているところは発見。そして、まだ日本語にもなっていない、英語の地理学研究書が中国語に翻訳されていてビックリ。
ここで、台湾に住む日本人と合流。もちろん妻の友人ですが、大学時代に留学してきてそのまま住み着いているという女性。妻はユニクロの商品を日本で購入し、彼女のためにわざわざもってきたのだ。とりあえず、4人で昼食。イタリアン・レストランでした。この辺りは地名でいうとどの辺りなのか、イマイチ分かりませんが、こぎれいな繁華街という感じ。もちろん、古い建物もあれば、新しい建築物もあります。

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別々の予定のある台湾在住2人と別れて、私たち夫婦は次の予定までしばしの間自由行動。一昔前の横浜みなとみらい地区のような雰囲気のある場所へ地下鉄で行きます。目的は最近立ったドバイの「ブルジュ・ドバイ」が立つ前まで世界一だったという「101」に行く。この界隈には古い建築物は少なく、新しい大きな建築物が多く建っていて、いまだに建設中である。建築デザインは東京よりもポストモダンかも。そのビル群のなかに、三越が何棟もあり、商業の中心的存在になっている。
三越沿いに駅からしばし歩くと、101が見えてきます。箱をいくつも積み上げたようなこんな建物。中途半端な時間だったので、とりあえず展望台まで上ることにした。エレベータはさほど混雑していませんが、中国人の団体客が目立つほか、白人や日本人観光客もチラホラ。なによりも驚いたのは、エレベータの速さ。エレベータなんて、せいぜい新宿のバルト9に行く時に乗る程度で、10階以上を上がることはないが、89階の展望台まで、ほんの10階程度上がったかと思う時間で到着してしまう。ちなみに、この速度はギネスブックにも認定されたもので、東芝製とのこと。もちろん、エレベータガールは中国語や韓国語、日本語や英語でアナウンスをします。

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エレベータから降りてそのまま地下へ。やはりデパートの地下といえば食料品街。思わず、ここで台湾スウィーツをいただいちゃいます。といっても、大豆の素朴な甘さ。
外に出ると突然の雨。モンスーン気候特有のスコール的なものですね。この時期の台湾はこういう雨はよくあるようで、皆さんも慌てず平気に濡れて歩いている人もいます。私たちは時間もあまりないのでタクシーを捕まえて移動します。詳しくは忘れましたが、こちらはタクシー料金が安い。日本では本当に困った時しか使いませんが、こちらでは随分お世話になってしまいました。

昼下がりのティータイムという時間ですが、火鍋のお店で一つ目の会合がありました。妻がお世話になったキリスト教教会の人たちが10人以上集まってくれたのです。なかには一時期妻と同じ部屋で生活を共にした女性もいたり、随分久し振りに会う人もいたり、単に妻に会いに来たというだけでなく、同窓会みたいな感じで、大いに盛り上がります。しかし、もちろん交わされる言語は私には全く意味不明なので、こういう場は困るのですが、私には言葉を必要としない遊び相手がいました。妻が随分お世話になったという女性の子どもたち。4歳のお姉ちゃんと、2歳のその弟。数日前にも、スカイプに登場し、私もその子たちの顔を知っていたし、かれらも私の顔を知っていたのか、お姉ちゃんの方は会った途端、私に興味を持ったのです。モノを渡したり渡されたり、テーブルに隠れたり、そんなことだけでキャッキャ楽しむところがいいですね。単純な行為の繰り返しですが、そこで大人が飽きてはいけません。ひたすらかれらが楽しむことを繰り返すのです。そんなこんなで、他の大人たちとはほとんどコミュニケーションがとれませんでしたが、子どもたちとは随分仲良くさせてもらいました。
そして、この会合で大きな収穫。お子さんのいる人たちが多かったので、そのお下がりの衣類をいただけないかとこちらに来る前にお願いしたのだが、それが予想以上に集まったのと、もちろん新品で各種ベビーグッズを買ってきてくれた人。結局、数袋になってしまい、私たちは次の予定があるので、このお店で預かってもらうことにした。

また移動します。今度は飲茶のお店で、先ほども書いた、妻のかつての勤務先、「誠品書店」の頃の知人たちが集まってくれました。こちらも8人くらいになったでしょうか。実際に働いていたのは半年程度だというのに、それから数年たっても関係が続くなんて素敵な人たち。といっても、最近妻がやっているfacebookによって、その関係が復活したというのも大きいようですが。
このお店はいわゆる回るテーブル式の飲茶。もちろん、普通の皿料理もありますが、大抵の人はやはりお茶を飲みにくるみたいで、お酒を呑んでいる人は周りのテーブルを見ても少ないです。そして、家族で来ているお客も多い。こちらでは、私の相手をしてくれる人はいなかったので、ひたすら意味が分からず相槌をしたり(?)、周りのテーブルも含めて人間観察をしたり、お腹がそう空いてはいないけど、とりあえずいろんな料理を味見したりして、意外と退屈せずに過ごせました。こちらでも、いろいろお祝いの品をいただいてしまう。まあ、数年ぶりに会う彼女たち(なんと全員女性)にとっては、妻の妊娠祝いだけでなく、結婚祝いでもあるわけですから。
皆さんと別れて、前の火鍋のお店に諸々のもらいものを取りに行きます。かなり量が多いので、バスでの移動は諦め、桃園までタクシーで移動。それでも、それほど法外な値段はかからなかったようです。

6月28日(月)

この日は家主が寝坊で(ワールドカップ観戦をしていたらしい),わたしたちは2人で朝食を求めて外出したが,やはり朝食を食べさせてくれるお店は同じようなお店しかないらしい。同じような別のお店で,ちょっと違ったメニューを注文。
この日の午前中はタクシーを使って別の街でラーメン屋を営業している妻の母親に会いにいく。母親は栃木に住む日本人と再婚して一時期住んでいた。その時にも一時期ラーメン屋を開業していたらしいが,↓こんな風に台湾でも最近ラーメン屋をオープンしました。開店前の店内で少し涼むが,さすがに開店準備で忙しく,私たちはこの街を散策。新しいマンションも建っていたりしますが,古い建築物も健在している小さな街。

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↓台湾の街は集合住宅が多いのですが,こんな風にしっかりした門があります。妻の話ではけっこう窃盗が多いらしく,いろんな手段で防犯対策をとっているとのこと。でも,味がある風景です。

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結局,かなり早めの昼飯をそのお店のラーメンをいただく。母親の住んでいた佐野は佐野ラーメンで有名だが,このお店のラーメンはなぜかトンコツ。こちらの台湾人たちはなぜかトンコツラーメンを食べさせろと要求するらしく,自己流のトンコツラーメンが出来上がったとのこと。九州のトンコツラーメンの味を覚えている私にとってはトンコツとは思えないが,まあ不味くはありません。サービスでトンカツもいただきました(結局みなサービスでしたが)。
そこに顔を出した親戚の女性に車で台北市内まで送ってもらう。午後は鉄道に乗って妻の思い出の場所へ。台北市街を流れ,台湾島の最北部で海に流れ出る淡水川の河口付近の淡水地方がその鉄道の終点。すっかり観光地になっていて,江ノ島のようにお土産屋さんが立ち並ぶ,キッチュな空間。ようやく子どもたちが集まる竹下通りのような雑踏を抜けたところにある河畔のカフェで一休み。そこからの風景を撮影しました。

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さらに歩くと,妻の通っていた学校に到着。夏休み中ではありますが,生徒たちがいます。にもかかわらず,古い建築物の多いこの学校は一般の観光客もよく見物に来るらしく,校内にどんどん入っていきます。時には生徒に今何をやっているのか聞いたり。あちらが覚えているかどうかは分からないが,見覚えのある先生に声を掛けたり。体育館のようなところに入ったところを後ろから撮影。しばし思い出に浸ります。

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夜も思い出の場所へ。また鉄道で台北市内に戻ります。日本でいうところの東京大学のような台湾大学が市内にあり,その近くの夜市で夕食を食べるというが,電車から降りるとかなり雨が降っています。この辺で妻も疲れ気味で体調がイマイチだったので,夜市の散策は中止して,かつて妻が浪人時代によく行ったというお店で屋台料理のような夕食でした。これもファストフードのようなものですが,なかなかいわゆる観光旅行では味わえない,ローカルな雰囲気と味でした。
この付近の繁華街でまとめてお土産を買う。そして,ここからが大変。まず,桃園行きのバス停がどこだか分からず,お土産を買ったお茶屋さんの店員さんに聞く。どうやら歩きだと遠いとのことでタクシーを捕まえる。大学の近くまでは行ったものの,今度はバス停が多く,桃園行きのバス停が見つからない。ようやく見つかると,今度はなかなかバスが来ない。台湾は原付バイクの利用が多く,特にこの大学通りの前はバイクだらけです。そのバイクの運転手の多くは布製のマスクをしていますが,その理由がここで分かる。とにかく排ガス臭いのだ。その臭さに耐えながら,一向にこないバスを待ちながら,すっかり暗くなってしまう。
見知らぬ街で,そのバスが来るとはとても思えないほど,排ガスの臭さだけでなく,エンジン音の騒音で会話もろくにできないし,この旅行で一番不安になった時間でしたが,なんとかバスはきたし,無事に乗れ,帰ることができました。

6月29日(火)

台湾最終日。この日は特に予定がなく,早めに空港に到着するつもりでしたが,なんと家主が私たちのために,お手製のスパゲティを朝食に作ってくれました。それから,2日目に大量にいただいたベビーグッズを仕分けします。お土産もそれなりに買ったので,とてもスーツケースには入らず,後ほど宅急便で送ってもらうことにした。といっても,航空便だと高くついてしまうので,1ヶ月近くかかる船便で。よって,それに耐えられる荷物だけを選り分けてダンボールに梱包。結局,ダンボール2箱になりました。
準備ができると家主が空港まで車で送ってくれる。さんざんお世話になりました。この台北国際空港は現在改装中で,2つあるターミナルビルのうち,こちらは新しい方。いかにも国際空港ですね。しかし,キャセイパシフィック航空は改装中の古いビル。とても写真には取れません。時間が少しあったので,3人で地下のバーガーキングへ。帰りの便では映画を観る元気はありませんでした。

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これにて,私の初海外旅行は終わりました。

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第三空間

エドワード・W・ソジャ著,加藤政洋訳 2005. 『第三空間――ポストモダンの空間論的転回』青土社,413p.,4200円.

ソジャは米国の地理学者。原著が1989年の『ポストモダン地理学』の翻訳に続いて,原著が1996年の本書が同じ青土社から出版された。同じく地理学者のデイヴィッド・ハーヴェイの著書は地理学者以外の訳者によって,さまざまな出版社から出ているが,『ポストモダン地理学』は地理学者による翻訳。しかも,当初は地人書房という地理学専門出版社から出る予定だった。しかし,直前でその家族経営の零細出版社の社長が亡くなり,青土社が引き受けてくれたという経緯がある。その翻訳は大阪市立大学地理学教室の関係者が5人で翻訳したものだったが,本書『第三空間』はその筆頭訳者だった加藤氏による単独訳。しかし,その翻訳の経緯は前著と似ていて,同じようなメンバーで下訳作業をしていたらしい。でも,最終的には一人で見直すのだから,単独訳で出版されたことに間違いはない。
確かに,世界の地理学会においてハーヴェイやソジャの影響力は無視できない大きなものであるが,まあ私がビートルズやマイケル・ジャクソンの音楽を好んで聴かないように,これだけ有名な地理学者の本をわざわざ読む必要はないと考えていた。まあ,せっかく日本語訳が出ているのだから,そのうち読もうとは思っていたが,最近気にしている三元弁証法(これはソジャの用語であり,私は三角弁証法と表現しようと思っていた)をソジャが本書で唱え,第三空間の3という数字はまさにそれと関わりあうのだから無視できなくなって,またまたAmazonのマーケットプレイス(古書)で購入して読んだ次第。
そして,これがまたまた面白かったのだ。ちょっと悔しいのだが,加藤氏の訳がよかったのは間違いない。そして,これだけの労力を費やして本書を翻訳したことに敬服しなくてはならないだろう。といっても,読んでいて面白かったのは前半。本書は第一部の「第三空間を発見する」と,第二部の「ロサンゼルスの内側と外側」に分かれているが,いわば後半はソジャ流のロサンゼルスの地誌的記述の実践であって,ロサンゼルスについてほとんど知識のない私にとってはどうにも理解しがたい代物であったということだ。
ところで,私はソジャにある種の誤解があった。ポストモダンについてモダン的視点から語るハーヴェイに対し,ソジャはもっと斬新なポストモダン的視点に立っていると思っていたのだ。しかし,本書の前半である理論編で私の理解を越えるようなものは少なかったといっていい。そこで詳細に紹介・議論されている,ルフェーブルの『空間の生産』やフーコーの空間論など,そのものを日本語で読んでも理解できない部分はかなりあったが,ソジャの解説はかなり詳しいにもかかわらず咀嚼されていて分かりやすい。ということで,理論編の前半はルフェーブルの解説から始まる。しかも,単なる彼の都市論・空間論の解説ではなく,より広い個人誌との関連付けが非常に興味深い。要するに,ソジャの第三空間は,ルフェーブルによる空間の三区分,空間的実践,空間の表象,表象の空間に当てはまるように,第一空間,第二空間,第三空間がある。私は勝手に第一世界,第二世界,第三世界とも関係性があるのではないかと思っていたが,それはまったくないらしい。原著の副題は「ロサンゼルスへの旅,および他の現実で想像上の場所たち」というように,第一空間は現実の場所,第二空間は想像上の場所,第三空間はそのどちらでもなくどちらでもあるという認識論上の空間ということになる。そして,第三空間はルフェーブルにおける「表象の空間」であるばかりでなく,フーコーのヘテロトピアでもある。まあ,その辺のことは以前から加藤氏が論じているので理解しやすかったが,本書の特徴はルフェーブルとフーコーという男性の論点だけでなく,女性によるフェミニストの論点を大々的に組み込んでいることだ。特に「べる・ふっくす」の議論が重要だ。ブラック・フェミニストと称する彼女の議論は,男性と女性,白人と黒人,異性愛と同性愛といういくつもの二元論の交差点でアイデンティティを問い直すことだから,単純な二元論からの脱出のヒントがいっぱいあるということ。結局,ソジャ自身の主張はけっこう謙虚で,「第三空間」という(もともとはホミ・バーバの用語だが)大きな用語を掲げながらもソジャ自身の明確な定義をすることはなく,ごく緩やかに論じられているといえる。
そして,この三元弁証法,特に現実でも想像上でもない認識論に立った場所や空間がそのように記述されるのかというのが,第二部で試されることになると思うのだが,これまたある意味で素朴な地理記述であるように私には思えた。といっても,古き頃の地理学者がやっていたような客観的であろうとする平坦で退屈な記述ではないのだが,あくまでもその記述からは「現実の」都市の姿しか想像できず,そこに何かしらの創造性は見出しにくい。ここではエーコの「ハイパーリアル」やボードリヤールの「シミュラークラ」が登場するところがなんとも古臭く感じる。でも,途中でロサンゼルスやアムステルダムで展開する芸術についても論じているところは,もっと理解できれば面白いのかもしれない。
前半は加藤氏の見事な訳にうなりながらも,このくらいだったら私でも翻訳できるかもと思いながら,やはり第二部で私だったら挫折するなと思い,改めて翻訳作業の大変さを思い知った次第である。さて,私も一冊くらい一人で全訳をしてみないと。

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バリウムその後

先日、バリウムによる胃のレントゲン撮影のことを書いた。これは市の40歳特別健診ということで行われた「胃がん健診」だ。その結果が1週間とせずに送られてきたのだが、なんと精密検査を薦める通知だった。所見には「粘膜ひだ集中像」に丸がついている。私の父親は胃がんをきっかけに方々に転移し、53歳で亡くなっている。まあ、この結果は妻に隠すわけにもいかないので、そのまま見せたが、私以上の落胆ぶり。これから子どもも生まれ、日常生活における手助けと収入が必要となるというのに。早期発見だとしても、もし癌が発見されたとなれば、それなりの手術によって欠勤と医療費がかさむのは避けられない。
研究上、いろいろ遣り残したことを考えると、もし癌が発見され、入院生活があったとする。その場合には洋書の翻訳でもやろう。手術が終わって自宅で過ごせるのなら、会社は辞めて、残りの人生をひたすら研究にあてたいと思った。しかし、もちろん家族を持った今はそんなことはできず、できるだけ労働をしてお金を稼がなくてはならないだろう。何せ、保険という保険にはなにも入っていないのだから。
まあ、そんなことを考えながら先週金曜日にひとまず、妻が妊婦健診で通っている調布病院に診察に行き、内視鏡検査の予約をしてきたのだ。バリウム検査、健康診断と続いて、ここ1ヶ月ほどの間に3度目の朝食抜きだ。これがけっこう辛いんですよね。なるべく早く結果が知りたいという妻も会社を休み、病院に同行する。10時からの予約で、9:30には到着したが、10時前に呼ばれ、診察室へ。私は勝手に食道が細いと思い込んでいて、炭酸を飲み込むことや、嘔吐をする時などとても辛いので、胃カメラと考えただけで食道が萎縮してしまう。看護師さんは私が胃カメラ初心者ということで、全身の筋肉の緊張を取る注射を薦めてくれたので、それに従う。
まずは、胃の活動を抑える薬を飲み込む。次は喉の麻酔をする飲み薬。これは注射器によって口に注入されるが、ドロドロの液体で、しばし飲み込まずに我慢する。これが2回。そのドロドロ加減とボチボチ喉の感覚が弱くなってくるので、飲み込むのが大変。そのころ、注射が効いてきてよく分からずに口に穴の開いたマウスピースのようなものを挿入され、間髪入れずに管が入ってくる。当然、喉を過ぎれば異物感は否めない。厳しい嘔吐感を2,3度覚えるが、先端が胃の方に入る頃には少し慣れてくる。その管の違和感以外は体全体がぼんやりしていて分からない。事前の説明では胃カメラの映像を見ながら説明を受けるということだったが、私がこんなのなので、素早く写真を撮って、意外に短時間で終了。胃カメラとマウスピースを取り除くと口に溜まった唾液が垂れる。看護師さんが拭き取ってくれます。
撮影された結果はあっという間にプリントアウトされていて、意識がまだはっきりしないまま、画像を見せてくれる。胃の壁面に白い斑点がある箇所があり、「多少ただれているようですが、他にこれといって異常は認められません」とのこと。まあ、あくまでもバリウムでのレントゲン画像は影が大げさに出てしまったり、あるいは腫瘍を見落としてしまうこともあるようだが、ともかくこういうことでもないと精密検査など受ける機会はないので、良かったと思う。市の特別検査はまた45歳の時にあると思うが、その前に一度人間ドックでもやってみるか、という気になった。結局、検査にかかった費用は15000円ほどで、保険の3割負担で、5000円弱。思ったよりも安くて安心。検査後も喉の薬は厳しかったが、まあ、体験しておいて悪いことはない。
さて、通常に日記。

8月8日(日)

なんか、不幸続きのような日記だが、1週間前、普段はほとんどくることのない兄からのメールが届いた。母親が交通事故に遭って、鎖骨を骨折し、入院中とのこと。とりあえず、7日に退院予定で、兄が家まで送り届け、土日とわたしたち夫婦が面倒をみる予定だった。しかし、また7日にメールが入り、今退院しても片手が思うように使えず、一人暮らしでは厳しかろうということで、入院は1週間延び、わたしたちが退院の13日に迎えに行くということになったが、そもそもこの日は予定を入れていなかったので、妻の提案で入院先の古河病院までお見舞いに行くことにした。
新宿から湘南新宿ライン快速に乗ると新宿から1時間弱。古河まではかなり快適に到着しました。かなりの炎天下ではあったが、最近運動不足の妻のために、徒歩で病院まで行くことに。なんとか熱中症にならずに1時間弱で到着。母は個室でベッドに横になってテレビで高校野球を観ていた。老人の入院患者が多く、夜が騒がしく熟睡できないという悩みはあるようだが、肩の痛みも徐々に和らいできているとのこと。一つ考えが甘かったのは、日曜日の病院は閑散としていること。ちょうど昼時だったので、病院の食堂ででも昼食をとろうと思っていたのに、この病院は職員食堂のみ。そして売店はお休み。母のために駅前のスーパーで買ってきたヨーグルトや私がちょっと食べたいと買ったアンパンだけで空腹をしのぐ。しかし、本人と会って話をして、ようやく事故の詳細が確認できて安心。事故に遭ったのは自宅の近くだったが、救急車を受け入れる病院がなく、古河まで来てしまったとのこと。でも、この病院はとてもきれいで大きく、結果的にはよかったのかもしれない。でも、交通の便も悪いのがちょっとイマイチ。
まあ、ともかく突然の訪問でしたが、話し相手がいるというだけでも母は随分喜んでくれたようす。ただでさえ、体中にがたがくる年齢なのに、こういう事故は本当に心配させられます。といっても、私も妻もいろいろありますから、人生なかなか楽ではありませんな。帰りはきちんとバスの時間を調べて、古河駅前で遅めの昼食を食べ帰宅。帰りも湘南新宿ラインの快速に乗れたので、快適に帰りました。

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友人宅訪問2軒

8月6日(金)

この日は、わたしたち夫婦の共通の友人で、婚姻届の保証人(?)にも書名をいただいた女性の新居にお邪魔する。京王相模原線で橋本まで行き、JR横浜線で鴨居まで。ここにはららぽーと横浜があり、待ち合わせの時間まで店内をブラブラ。約束の時間に電話をすると、ほどなくして身軽な格好で現れます。そう、彼女の家はららぽーとのすぐ近く。10階建てで3棟ある巨大なマンション群のなかの中古で購入したという一室。中古といっても、内装は全く新しくなっていて、とても素敵な清潔空間。なにかとゴチャゴチャしているわが家とは違いますな。
サラダとキッシュとパスタをご馳走になった上に、ココアパウンドケーキ。すっかり満腹になってしまいました。ひとしきりおしゃべりした後で、彼女もららぽーとで夕食の買い物をするというので、また3人で戻ります。ここのららぽーとは場所柄か、金曜日ということか、とにかく小さな子ども連れの奥さんたちが多い。そして、そういうお客をターゲットにしたお店も多い。H & Mに入ると、意外にも子ども服が多く、しかも新生児用のものも豊富。しかし、残念なことにほとんどの商品が首の後ろのところにタグがついているのだ。大人でも気になってしょうがないタグ。私が愛用している無印用品のパンツはタグを外に出す工夫をし、最近ではタグをなくし、布に直接プリントしてある。そんな工夫をしてある新生児用肌着が1着だけあったので、思わず購入。しかし、帰り道で拡げて見ていると、なんと腰の部分の内側にやはりタグがあった。デザインよりもそういうところに気配りが欲しい。結局、この商品は返品予定。

8月7日(土)

翌日は妻が午前中に針灸に千歳船橋まで。お昼に新宿で待ち合わせて日比谷まで。地下の韓国料理屋でランチを食べてTOHOシネマズシャンテへ。

日比谷シャンテ 『小さな命が呼ぶとき
先日の映画の日に観ようと思っていたのに,なぜか前売り券を買ってしまい,日程を変更。実話を基にした作品。ブレンダン・フレイザーのことは知っていたが出演映画をきちんと観るのは初めてかもしれない。製薬会社に勤めながらも,ポンペ病を発症した2児の父親でもある。母親役は『ウェイトレス』や『奇跡のシンフォニー』などの出演が続いているケリー・ラッセル。治療薬が開発されていない子どもが発症するポンペ病は平均寿命が9歳といわれており,彼の娘は8歳の誕生日を迎える。いてもたってもいられなくなった主人公は,仕事をほっぽりだして,その病気の研究家,ハリソン・フォード演じる医師の下を訪れる。主人公は口からでまかせで研究開発費を出資しますから,その理論を新薬開発へと具体化しましょう,と話を持ちかける。そこからのてんやわんやの物語。ハリソン・フォードの出番は思ったよりなくていい感じ。最終的にハッピーエンドで観て損はない映画ですね。

さて,映画の後は久し振りにさくさん宅のホームパーティにお邪魔する。小田急相模原駅の近くにはスナックや風俗店が林立するディープゾーンがあったが,それが一掃されている。まあ,近くに清潔な高級っぽいマンションも建ったし,駅の反対側には新しい駅ビルも建って,小田急電鉄や行政が,この駅周辺のイメージを一新したい気持ちが伝わってくる。
妻がさくさんちを訪ねるのはかなり久し振り。われわれの到着は一番でした。今回は納涼パーティということで,エアコンはなし。暑い中でカキ氷とそうめんを食べようという企画だ。しかし,人が集まってくるとかなりきつい。そして,やはりカキ氷はいくらシロップの種類を集めても,小豆とか白玉とか変り種を用意しないと飽きますよ。でも,久し振りにオーソドックスに食べるそうめんは美味しかった。

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また歯医者通い

先日の日記で、市の歯周病健診で近所の歯科医を訪れたことを書いた。その時は、「よく磨けていて、問題ないです」と褒められたのだが、翌日、今年3月に治療した詰め物が取れ、治療してもらった歯科医を訪れる。もちろん、その箇所は再治療してもらったのだが、その後も通うことになった。以前から私は歯の磨きすぎで、歯根を削ってしまう傾向にある。ここ数年は歯ブラシを当てる圧力に気を遣うようになったが、それでも削れてしまうらしい。数年前からその削れた箇所を埋める治療をしてもらっているが、今回も毎回1箇所ずつ、そんな治療を続けています。

8月1日(日)

さて、この日は映画の日。午前中に何をしていたかは忘れてしまったが、とにかく銀座方面に映画を観に行った。

有楽町ヒューマントラストシネマ 『ちょんまげぷりん
多部未華子主演の『ルート225』で初めて観て、最近は井坂幸太郎原作の映画化で馴染みの中村義洋による最新作。江戸の侍が現代にタイムスリップしてパティシエになる、という面白い設定ではあるが、それを2時間の映画にどうやって引き伸ばすのか、監督の技量が試される作品。侍役には錦戸 亮というジャニーズの人。江戸に住む木島安兵衛は自宅の麻布から巣鴨を訪れた際、タイムスリップして現代の巣鴨にやってきた。そこで出会うのが巣鴨在住のシングルマザー。ともさかりえが演じます。同じ中村監督作品『ゴールデンスランバー』にも出演していたという子役の鈴木 福がその子どもを演じる。まあ,この子役が可愛いのは予告編で確認済みだったけど,このネタで白けさせずに観させる作品に仕上がっているかどうか,先日紹介した韓国映画と同様に,そこが勝負である。結論からいうと,やはりそこは中村監督の力量が勝ったといえよう。まあ,確かにそれはちょっと無理があるだろうという設定も少なくないけど,時折微細な演出が光っていて,その辺りの設定の無理さをコメディ的要素で乗り切っているといえるし,なんといっても,久し振りにまじまじと見るともさかりえがとても魅力的だ。それにしても,この映画の設定と同じ歳の息子がいるシングルマザーであるともさかりえを起用するあたりはこの監督すごいなと思ったり。
映画の日に1000円で観るには最適な作品だったと思います。

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7月も終わり

7月31日(土)

この日は成績を提出しに東京経済大学まで。散歩がてら妻も一緒に行く。ついでに、学食でランチ。そこから六本木に移動します。六本木のシネマートで、妻の台湾の友人が来日してイヴェントをするというので遊びに行く。彼はフィガロ・ツェン(曾 少宗)。まだ日本ではあまり知られていないようですが、けっこう女性ファンも来ていて賑わっています。私はせっかく六本木に来たというので、同じ映画館の地下のスクリーンでやっていた映画を1本。

六本木シネマート 『彼とわたしの漂流日記
韓国映画。なかなか面白い発想のストーリーです。主人公の男は借金で首が回らなくなり、自分がかなづちなことを利用して、橋から飛び降りて自殺をはかる。しかし、目覚めるとある島に漂着している。そう、彼が飛び降りたはずの川に浮かぶ中州の島だ。そこはすっかり野生化してしまって、半ば都会のなかの無人島。水没してしまった携帯電話も故障し、かなづちだから泳いで対岸にも行けないし、自殺したはずなのに漂流してしまったことに焦ってあたふたする。しかし、思い直し、一旦死んだ身であるからどうにでもなれ、と漂流生活を続ける。野生のキノコを、毒キノコに当たって死ぬのなら本望、とバクバク食べ、汚い川の水をゴクゴク飲む。しかし、一向に死には至らず、孤独な、そしてどこか楽しげな漂流生活が始まるのだ。
この作品にはもう一人の主人公がいる。引き篭もりの若い女性だ。昼間はネットの世界で過ごし、夜寝る前に望遠レンズのついたカメラで月の写真を撮っている。ある日、地上をカメラで観察していると、川の中州の砂浜に「HELP」の文字を発見する。すると、翌日には「HELLO」の文字に変わっている。そこから、中州とそこで生活する男が彼女の毎日の観察対象となる。そして、とある日、彼女はワイン瓶にメッセージを入れて、夜に外出し、橋の上から中州に向けて瓶を投げ込む。そうして、2人の非常にアナログなコミュニケーションが始まるのだ。
まあ、面白いんだけど、やはり2時間たっぷりやるネタじゃないかな。1時間くらいでコンパクトにまとめてくれたらかなり面白いのに。ちなみに、監督は以前試写会で観た『ヨコヅナマドンナ』の監督。そっちも同じような印象だったかな。映画ももうちょっとフレキシブルに短編と長編の間の中編くらいのが、1000円くらいで気楽に観られるようになればいいのに。

映画の後、再び妻と合流して、一緒に下北沢へ。あまり時間がないのだが、一緒にお好み焼きで夕食とし、私は一人でライヴへ。

下北沢440 岩崎 愛
岩崎 愛ちゃんは自分のイヴェントで、ちょこっとゲストを呼ぶだけでほとんど単独のようなライヴをちょこちょこやっているけど、440のようなしっかりとしたライヴハウスでゲストもなしに単独ライヴをすることは滅多にない。彼女の兄がセカイイチのメンバーであることもあって、あるいは高鈴の山本高稲さんは従姉にあたるとかで、とにかく音楽界で顔の広い彼女。毎回のゲストも豪華なので、そうしたイヴェントはけっこう早く予約売り切れになってしまうが、さすがに440単独では満席とまではいかない。開場18時、開演19時で、私は開演10分前くらいに到着したが、余裕で中央の席をゲット。黒ビールを呑みながら久し振りに「とまらん棒」を食べる。
5分遅れほどで始まります。もちろん、こういう時にはバンド編成です。若手の男性ミュージシャンで、ギター、ベース、ドラムスというシンプルな編成。もちろん、彼女もアコースティックギターを持って歌いますが、バンド編成にも負けない歌声を持っています。とにかく、いいライヴだった。もちろん、一人弾き語りコーナーもあったし、「今日はお話しながらゆっくりやりたいと思います」といった割にはMCは少なかったけど、それでもやはり大阪出身の彼女の話は面白く、場を和ませます。ちょっと、コール&レスポンス(?客席へのコーラスの要求か)が長かったけど、客席はなんの躊躇もなく美しい歌声を響かせていたし、全体的に彼女の音楽を愛する人たちの集団でとてもいい空気だった。よい気分で帰路につきます。

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初バリウム

7月30日(金)

この日は調布市の集団胃がん健診。朝9時に保健センターに集合すると、かなり多くの人が集まっています。調布市では35歳からこうした特別健診をやっているようです。私が35歳を迎えた時は多摩市民でしたが、そんなのはなかった気がする。建物の脇にレントゲン車が2台止まっていて、男女別れて胃のレントゲンを撮ります。受付を済ませて待っていると、「一台のレントゲン車が故障してしまったので、男性は多摩川病院にて行います」とのこと。外は軽く雨も降る中、われわれは病院の車1台と、市の車2台で輸送されます。ということで、かなりのロスタイムがありましたが、無事私の出番。初めてバリウムというものを口にします。ほんのり味がついていて、まずいわけではありませんが、200mlほどある濃厚な液体を一気に飲み干すというのはかなりきつい。
帰宅して、自宅で昼食。この日は妻の妊婦健診ということで、転院してから私は初めて調布病院についていく。前の飯野病院とは違い、産婦人科は女医3人のみで切り回す小さなところ。助産師さんの一押しの医師はかなりさばさばしているがいい感じ。エコーの機械も立派なもので、高い精度です。さすがに素人目では臓器は教えてもらわないと分からないが、手足の違いや背骨など、エコー画像では透明人間のように透けているので、よく見えます。「あー丸顔ですね」といわれ、妻はすかさず「私似か...」とつぶやく。性別はいまのところ聞いていません。その他、気になる症状についての薬を処方してもらったり。待ち時間も診察時間も長くはありませんでした。
この日は遠出をやめて、先日妻が会員になった近所のレンタル店で、DVDとコミックを借りてくる(なんとコミックもレンタル!)。DVDはBeeTVという携帯用のコンテンツですが、1週間限定でバルト9で上映もした『女は二度遊ぶ』というオムニバス映画。これはなんと行定 勲監督ですよ。ユースケ・サンタマリア演じる小説家が、毎日のように喫茶店にこもって執筆をしているが、いつもネタに困っている。そんな時に、近くの席に座ったお客の話しに聞き耳を立て、短編小説にしてしまうという内容。登場する女優は5人、相武紗季、水川あさみ、小雪、優香、長谷川京子。それに絡む男性人は、柏原 崇、高良健吾、小柳 友、塚本高史、そして最後の長谷川京子はユースケの妻役。まあ、DVD鑑賞なので、詳細を書くのはやめておきますが、さすが行定氏、なかなか面白いです。特に、相武紗季の演技は初めて観たようなものなので、ちょっと新鮮。そして、この役どころはちょっとエッチ。
こんな過ごし方もいいですね。

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40歳になりました

7月26日(月)

この日は私の40歳の誕生日。夫婦で会社に休みをもらって、一緒に過ごす。といっても、さほど特別なことはしない(夜はそうでもないか)。暑いのであまりウロウロもできず、私が提案したのは午前中は2人で散髪。妻は近所の、私は調布駅近くの美容院で。この日、私の行きつけの美容院はジャック・ニコルソン特集。前から書いているが、その美容室は鏡にモニターが埋め込んであって、DVDで映画を上映するのです。私がその日1番の客ということで、1本目は『恋愛小説家』。もちろん、きちんと映画館で観ていますが、やはりいい作品です。思わず、美容師さんとの会話もなく、引き込まれてしまいます。1997年の作品ですが、この作品で主演のヘレン・ハントはアカデミー主演女優賞を獲得しているんですね。その後ちょっと加齢が気になりますが、34歳のこの頃は若く見えます。
調布駅で妻と待ち合わせて新宿へ。新宿三丁目にある丸井の上階の「雛鮨」でランチ。以前からここの食べ放題が食べたかったので、誕生日にリクエスト。しかし、お互いに節食生活をしているわたしたちだから、ちょっと食べ放題は無理だと判断し、食べ放題1人の値段で2人分が食べられるランチに+α注文してお腹一杯。やはりたまに寿司はいいですね。比較的ヘルシーだし。予定通りの時間に食べ終わったので、その上の映画館に行きます。

新宿バルト9 『必死剣鳥刺し
珍しく、地理学者仲間の杉山君に薦められて観ることにした日本映画。たびたび映画かされている藤沢周平原作の時代劇。今回は豊川悦司が主役を演じます。村上 淳演じるバカ殿がなんとも板についていて笑ってしまう。そのバカ殿は関 めぐみ演じる妾に骨抜きにされているという設定。その妾はそれをいいことに政治にもいろいろ口を出し、方々からは不平不満が聞こえてくる。そんななか、愛する妻を亡くしてしまった豊悦演じる側近が、とある能の席でこの妾を刺殺する。当然本人は打ち首覚悟で事におよんだのだが、処分は軽く済む。それがどんな政治的陰謀なのか。
きちんと粗筋を書こうとしたが、時代劇は身分の名称が難しいし、けっこう筋が込み入っているので断念。まあ、ともかく一つの事件をめぐるいろんな人の関係の変化を丁寧に描いていて、若者も大人も楽しめる作品になっています。特に後半の吉川晃司との決闘のシーンはなかなか見もの。ただし、その後、タイトルにある必死剣鳥刺しが出てくるまでの引き伸ばしは明らかに現実離れしているし、また豊悦に仕えていた池脇千鶴との情事など、ちょっと残念なところもあった。まあ、でも観て損はない作品でした。

新宿sact! 東京生音生活vol.4
さて、私の誕生日といえば、企画ライヴイヴェントです。すでにお知らせしたように、今年は新宿sact!さんでやるということで、映画が終わって移動します。17時前に到着すると既にライヴスペースの方でセッティング中。出演者の3人も既に到着しています。一通りリハーサルを聞いて18時過ぎ。妻はあまり遅い夕食はよくないということで、ライヴ前に軽く食べたいといい、achordionの2人も外でお茶をしたいというので、東新宿方面に歩いていき、TULLY'S COFFEEで4人。佐奈枝ちゃんは演奏前はものを食べないようにしているとのこと。これまで、achordionとのやりとりはほとんど木村恵太郎君とで、実際に会うときも大抵は木村君としゃべっていたが、初めて満田智子さんも交えてゆっくりお話しする。なぜかちょっととっつきにくい印象があるのですが、ごく普通にお話できたので、なんだか嬉しい。私たちはお客の入りが気になるので、2人を残して会場に戻ります。
戻ったのはすでに開場時間を過ぎていて、開演時間10分前くらいだったが、お客さんは0。かなり不安になります。結果的に、お客さんは全部で10人。佐奈枝さんのお母さんとおばあさんも来てくれたし、今のところ私のイヴェント皆勤賞のTOPSさん、出演者のことは初めて聴く私の友人もまたその友人と2人で来てくれた。この日の出演者を全員知っているcasaの古賀夕紀子さんもいらしてくれた。残念ながら当日まで来ることを保留していた人たちは誰一人として来なかったし、私たちが把握していないお客さんも一人もいなかったけど、予約を入れてくれた人は全員きちんと来てくれたので、それだけでありがたい。一応、10分遅らせてのスタート。まずは佐奈枝さんからです。
佐奈枝:実はMCで判明したことでしたが、彼女が2年前にここsact!に出演したのは7月11日、彼女自身の誕生日だったらしい。そして、なんと一人も彼女目当てのお客さんがいなかったとのこと。そんないわくつきのライヴハウスでのイヴェントをよく引き受けたものだ。ということもあってか、この日は立って演奏の気合が入っています。今回は2組出演ということで、いつもより演奏時間が長く、持ち歌がそんなに多くない(と勝手に私が思っていただけですが)からカヴァーなんてどうですか、と五輪真弓のCD『少女』を事前に貸していたのだが、そのなかからアルバタイトル曲「少女」を披露。CDからの耳コピーではコードを拾ったりするのも大変だったみたいだし、やはりいくら歌が上手いといっても、五輪真弓の歌唱力はちょっと次元が違うようですね。かなり苦労したものの、その努力の甲斐はあったのではないでしょうか。その緊張のひと時から解放されて、後半のオリジナル曲は良かったですね。やはり彼女は自分の言葉で歌うのがあっているかもしれない。でも、だからこそカヴァーを人前で披露することからも学ぶことは多いかもね。

Sanae

achordion:セッティングにさほど時間はかからず、予定通りの時間進行で次なるachordion。いやあ、この日のかれらの演奏は良かったな。最近かれらの演奏を聴いた場はどれも、どちらかというと開かれた場、つまりお客さんは演奏を目当てに来た人ばかりでなく、かなり好き勝手な行動をとれる場だったが、今回はかれらの演奏を聴きに来たお客さんのみで、そして音響施設もしっかりしている。柔らかな、人当たりのいい曲ばかりでなく、しっかりと歌いこむ、そんな音楽で独特の世界へと誘ってくれました。独特の歌い方の智子さんは素晴らしいし、それをきっちり支える恵太郎君のギター、やはりいいコンビです。

Achordion

achordionの2人の演奏が終わり、佐奈枝さんを呼んでセッションタイム。ここでバースデイソングを歌われてしまいましたが、最後はカーペンターズの「close to you」で締め。ほぼ予定通りの21:30で終了します。

Photo_2

お客さん皆さんに挨拶をして、そのまま残った人たちで軽く打ち上げ。お客さんが少なかったので、せめてお店にお酒代を還元しようかと思いましたが、皆さん控えめでしたね。でも、佐奈枝さんとachordionはそれぞれがお互いを好きになったみたいだし、いい企画だったのではないでしょうか。今年も幸せな誕生日を過ごすことができました。

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