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第三空間

エドワード・W・ソジャ著,加藤政洋訳 2005. 『第三空間――ポストモダンの空間論的転回』青土社,413p.,4200円.

ソジャは米国の地理学者。原著が1989年の『ポストモダン地理学』の翻訳に続いて,原著が1996年の本書が同じ青土社から出版された。同じく地理学者のデイヴィッド・ハーヴェイの著書は地理学者以外の訳者によって,さまざまな出版社から出ているが,『ポストモダン地理学』は地理学者による翻訳。しかも,当初は地人書房という地理学専門出版社から出る予定だった。しかし,直前でその家族経営の零細出版社の社長が亡くなり,青土社が引き受けてくれたという経緯がある。その翻訳は大阪市立大学地理学教室の関係者が5人で翻訳したものだったが,本書『第三空間』はその筆頭訳者だった加藤氏による単独訳。しかし,その翻訳の経緯は前著と似ていて,同じようなメンバーで下訳作業をしていたらしい。でも,最終的には一人で見直すのだから,単独訳で出版されたことに間違いはない。
確かに,世界の地理学会においてハーヴェイやソジャの影響力は無視できない大きなものであるが,まあ私がビートルズやマイケル・ジャクソンの音楽を好んで聴かないように,これだけ有名な地理学者の本をわざわざ読む必要はないと考えていた。まあ,せっかく日本語訳が出ているのだから,そのうち読もうとは思っていたが,最近気にしている三元弁証法(これはソジャの用語であり,私は三角弁証法と表現しようと思っていた)をソジャが本書で唱え,第三空間の3という数字はまさにそれと関わりあうのだから無視できなくなって,またまたAmazonのマーケットプレイス(古書)で購入して読んだ次第。
そして,これがまたまた面白かったのだ。ちょっと悔しいのだが,加藤氏の訳がよかったのは間違いない。そして,これだけの労力を費やして本書を翻訳したことに敬服しなくてはならないだろう。といっても,読んでいて面白かったのは前半。本書は第一部の「第三空間を発見する」と,第二部の「ロサンゼルスの内側と外側」に分かれているが,いわば後半はソジャ流のロサンゼルスの地誌的記述の実践であって,ロサンゼルスについてほとんど知識のない私にとってはどうにも理解しがたい代物であったということだ。
ところで,私はソジャにある種の誤解があった。ポストモダンについてモダン的視点から語るハーヴェイに対し,ソジャはもっと斬新なポストモダン的視点に立っていると思っていたのだ。しかし,本書の前半である理論編で私の理解を越えるようなものは少なかったといっていい。そこで詳細に紹介・議論されている,ルフェーブルの『空間の生産』やフーコーの空間論など,そのものを日本語で読んでも理解できない部分はかなりあったが,ソジャの解説はかなり詳しいにもかかわらず咀嚼されていて分かりやすい。ということで,理論編の前半はルフェーブルの解説から始まる。しかも,単なる彼の都市論・空間論の解説ではなく,より広い個人誌との関連付けが非常に興味深い。要するに,ソジャの第三空間は,ルフェーブルによる空間の三区分,空間的実践,空間の表象,表象の空間に当てはまるように,第一空間,第二空間,第三空間がある。私は勝手に第一世界,第二世界,第三世界とも関係性があるのではないかと思っていたが,それはまったくないらしい。原著の副題は「ロサンゼルスへの旅,および他の現実で想像上の場所たち」というように,第一空間は現実の場所,第二空間は想像上の場所,第三空間はそのどちらでもなくどちらでもあるという認識論上の空間ということになる。そして,第三空間はルフェーブルにおける「表象の空間」であるばかりでなく,フーコーのヘテロトピアでもある。まあ,その辺のことは以前から加藤氏が論じているので理解しやすかったが,本書の特徴はルフェーブルとフーコーという男性の論点だけでなく,女性によるフェミニストの論点を大々的に組み込んでいることだ。特に「べる・ふっくす」の議論が重要だ。ブラック・フェミニストと称する彼女の議論は,男性と女性,白人と黒人,異性愛と同性愛といういくつもの二元論の交差点でアイデンティティを問い直すことだから,単純な二元論からの脱出のヒントがいっぱいあるということ。結局,ソジャ自身の主張はけっこう謙虚で,「第三空間」という(もともとはホミ・バーバの用語だが)大きな用語を掲げながらもソジャ自身の明確な定義をすることはなく,ごく緩やかに論じられているといえる。
そして,この三元弁証法,特に現実でも想像上でもない認識論に立った場所や空間がそのように記述されるのかというのが,第二部で試されることになると思うのだが,これまたある意味で素朴な地理記述であるように私には思えた。といっても,古き頃の地理学者がやっていたような客観的であろうとする平坦で退屈な記述ではないのだが,あくまでもその記述からは「現実の」都市の姿しか想像できず,そこに何かしらの創造性は見出しにくい。ここではエーコの「ハイパーリアル」やボードリヤールの「シミュラークラ」が登場するところがなんとも古臭く感じる。でも,途中でロサンゼルスやアムステルダムで展開する芸術についても論じているところは,もっと理解できれば面白いのかもしれない。
前半は加藤氏の見事な訳にうなりながらも,このくらいだったら私でも翻訳できるかもと思いながら,やはり第二部で私だったら挫折するなと思い,改めて翻訳作業の大変さを思い知った次第である。さて,私も一冊くらい一人で全訳をしてみないと。

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