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さまよえる近代

アルジュン・アパデュライ著,門田健一訳 2004. 『さまよえる近代――グローバル化の文化研究』平凡社,425p.,3800円.

原著が1996年に発表された人類学者による本書は,地理学者もよく言及していたし,2001年には2章が『思想』に翻訳されたこともあって,読まなくてはとは思っていた。でも,地理学者がそろって言及する,そして2章にも登場するランドスケープをもじった,5つのキーワード――エスノスケープ,メディアスケープ,テクノスケープ,ファイナンスケープ,イデオスケープ――がいかにも胡散臭くて,2004年に全訳が出た時にとても新刊で買う気がしなかった。
でも,冷静に考えると,グローバル化について論じているのに,あえてポストモダンとするのではなく,タイトルに「近代」とつけるあたりの思想についてはもう少し思い巡らせるべきだったか。原著のタイトルは「Modernity at large」というが,「at large」の多義性を理解していなかったのも一つの原因かもしれない。
その読みにくい名前で予想がつくように,著者アパデュライはインド出身で,現在は米国の大学で教鞭をとる。そして,本書もそのインドでの経験,そして非ヨーロッパ世界へのこだわりが根底にあるのだ。そういった意味で,本書はナショナリズムという極めてヨーロッパ的なテーマを扱いながらも常にインドネシアでの経験を中心においていた,ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』によく似ているといえる。前半の「文化」についての内省的な考察は非常にためになる。思ったよりも堅実な文章を書く人だと,読み始めて読まず嫌いを決め込んでいた自分を恥じた。
そして,吉見俊哉という社会学者ではあるがこの分野の日本における第一人者が解説を沿えた本書を翻訳した訳者の丁寧な仕事も読み始めてすぐに分かった。しかし,読み進めるにつれ,私の人類学との肌の合わなさが徐々に首をもたげてくる。なぜかは分からないのだが,読書ということだけに限っても人類学という分野にはなかなか突き進めないのだ。なかほどには,イングランドの紳士のスポーツ「クリケット」が,英国の植民地であったインドにわたって変容する様を事例に,脱植民地化について議論している。私が講義の教科書として使っていた英国オープンユニバーシティの地理学の教科書にステュワート・ホールが寄稿した文章にもジャマイカのクリケットについての説明があり,比較しながら読む。
結局,アパデュライはポストモダン思想家ではない。そして,近代という時代もヨーロッパを中心として確たる「大きな物語」を作り上げたとは考えていないようだ。もちろん,植民地獲得争いをしていたヨーロッパ列強の存在は大きいものの,世界はそれだけではないし,またヨーロッパの作り上げたものに限ってさえ,それは矛盾のない強力なものではなく,支離滅裂な部分も有するもの。だから,強力な「近代」がくずれつつあるのがポスト近代としての現代なのではなく,現代とは一見強そうに見えた「近代的なもの」の弱さが露呈し,行き場を失ってさまよえる状態になっているに過ぎない,そんなことなのだろうか。

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