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こども風土記・母の手毬歌

柳田国男 1976. 『こども風土記・母の手毬歌』岩波書店,328p.,760円。

岩波文庫版。私が次なる論文で取り上げようと思っているのは,田沼武能の写真集『子どもたちの歳時記』(筑摩書房,1985)。この写真集は彼の作品のなかでもかなり好きなもの。私は修士論文で田沼武能のほとんどの作品を扱ったが,実はこの作品については掲載写真情報をまとめた表は作ったものの,作品そのものについての考察はほとんど本文にない。もし,この作品についての論文を書くのであればほとんど一からのスタートだ。久し振りに写真集を開いて,田沼氏による「あとがき」を読んでみると,冒頭に柳田国男の「こども風土記」からの引用がある。そう,この写真集は田沼氏が,「こども組」と呼ばれる,主に祭りのための子どもたちによる自治組織を探して日本全国を駆け巡った記録になっている。なので,それについて考察するということは,もっぱら民俗学の議論を参照することになりそうなのだ。
ということで,とりあえずはその柳田国男の文章を読むしかない,ということで柳田の文章を初めて読むことになった。社会学や哲学,批評,言語学など様々な分野の本を読みながらも,なぜか苦手意識があるのが人類学と民俗学。基本的に入門書の類は好きでない私だが,苦手な分野についてはそれらに頼りたくなる。ということで,柳田自身の文章を読む前に,福田アジオ『柳田国男の民俗学』(吉川弘文館,1992)を読んだことはあった。いや,きちんと読んだかどうかの記憶すら曖昧です。ともかく手元にはある。
「こども風土記」は1941年に『朝日新聞』に連載されたものであり,単行本としても朝日新聞社から1942年に刊行されている。一方,「母の手毬歌」は当初『村と学童』というタイトルで1945年9月,つまり敗戦すぐに刊行され,ほぼ同じ内容で『母の手毬歌』として刊行されたのが1949年。最終的に同時期に同じ目的で書かれた文章が10編あると本文にも書かれているが,そのうち8編を収録している。
「こども風土記」は「子どもとそのお母さんたちとに,ともどもに読めるものを」ということで依頼された新聞連載。「かごめ・かごめ」など,日本全国にある子どもの遊びについて,徒然する文章。1回の文章は短く限られているので,1つの話が一度で終わる場合もあれば,何度かにわたって続けられるものもある。柳田本人も書いているように,とても子どもが読んで面白いようなものではなく,かつて子どもだった人が,田舎での子ども時代を懐かしく思い出す,そんな記事になったようだ。やはり著者の興味は民俗学的なものにいっていて,全国各地にある似たような遊びの伝播や関連性,その起源などを素朴に追求するような文章です。そのなかに,「こども組」についての記述もある。言葉の起源に関する彼の関心はやはり興味深い。
「母の手毬歌」は「こども風土記」と比較して,1つの文章はながくまとまりがある。この岩波文庫版のタイトルにもなっている「母の手毬歌」は柳田自身の母親の思い出からはじまる。『村の学童』は結局,戦後の出版となったが,そもそもはそのタイトルにも現れているように,疎開先の学童に向けて教科書代わりになるものを与えたいという想いから書かれたものである。これもはやり「こども風土記」と同様に,子どもの遊びに限定しないが,日本のいろんな地方に伝わる民話や風習の類を集めてきて,その時間・空間的な推移を辿るというもの。
やはり全般的に,子どもに向けて書かれたということもあり,記録されている事実は非常に興味深いのだが,私自身はとても読みにくい。こういう文章は集中力が続かないのだ。でも,もちろん柳田氏の文章だからそのクオリティは高く,イラストも多数掲載されていて,非常に興味深い作品であることは間違いない。

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