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東京の音景観図

9月29日(水)

ずっと観たいと思っていたイザベル・コイシェ監督の新作映画。『死ぬまでにしたい10のこと』はけっこう日本でもヒットし、前作『エレジー』はペネロペ・クルス主演でそれなりに上映していた。今回は主演に菊池凛子を迎え、全編日本で撮影した作品なのに、気がついたら一日2回上映になっていた。しかも、午前中と夜。本当は前日に1人で前日に観るつもりだったけど、雨模様で妻もそのことを忘れていて、夕食の時間が遅くなってしまった。妻はそのことを悔いて、水曜日だったらレディースデイだし、一緒に行ってもいい、ということになり、この日になった。早めの夕食を家で済ませて、20時過ぎに夫婦で外出。たまにはこういうのもいいね。ちなみに、レイトショーのために出かけるときには前売り券を買えるかどうかという不安があるのだが、武蔵野館はなんとレイトショーは一律1300円。当然女性は1000円です。

新宿武蔵野館 『ナイト・トーキョー・デイ
ちょっと意味不明なタイトルだが、原題は「map of the sounds of Tokyo」で映画の内容と関わりがある。冒頭は女体盛りのシーン。お店は日本のようだが、刺身を盛られている裸の女性は白人。日本の企業が取引のために来日した外国企業のお偉いさんたちを接待している。まあ、全然似たところはないのだが、ソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』を思い出す。まあ、外国人監督から観た東京の姿を描いているという意味では同類だ。ネタバレなのでご注意を。
そこからシーンは変わり、その後一貫して登場人物でありながらナレーションでもある田中 泯の目線になる。田中 泯とは『メゾン・ド・ヒミコ』にも出演しているが、『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』で独自の踊りを見せてくれた舞踏家でもある。彼の役どころは、やはり外国人監督ホウ・シャオシェンが東京を描いた『珈琲時光』の浅野忠信演じる男を髣髴とさせる。彼は東京でいろんな音を録音し、映画やテレビ、ラジオなどの効果音として提供している音響技師である。菊池凛子演じる「リュウ」とはラーメン屋で出会い、彼女の啜る音に惹かれて声をかけたという関係で、親しくなるという設定。しかし、必要以上には親しくなることができず、彼はそのかすかなつながりでもそれを失うのを恐れるように彼女に寄り添う。『珈琲時光』もその浅野の役どころが好きだったが、本作も冒頭で原題を知り、田中 泯の存在で一気に興味を惹かれる。登場人物や、かれらがいる街の雑踏の音に敏感な映画なために、BGMはとても控えめ。そういう意味ではレイトショーで観るのに相応しい映画。
築地魚河岸で働くリュウ。自宅と築地の移動は一般の人たちと昼夜逆転なのだが、彼女は常にヘッドフォンをしてクラシック音楽を聴いている。彼女の自宅の最寄駅ではいつも怪しげな集会がなされていて、そのなかを全く何も見えず、何も聴こえないように歩いていくリュウ。そんな演出も素敵。魚河岸で働く女性は仕事終わりにシャワーを浴びるのだが、魚臭さを取り除くために石鹸の代わりにレモンで体を洗い流す。そんなシーンもあったり。とにかく、周囲の人間と交友関係を持とうとしないリュウには別の顔がある。それは暗殺者。彼女に依頼をする男を演じるのは榊 英雄。いいですね、こういうところに好きな俳優(監督としても)がでてくるのは。彼の会社の上司が冒頭のシーンの会社の社長なのだが、その娘の恋人を殺害するように依頼するのだ。その恋人を演じるのが『パンズ・ラビリンス』にも出演していたスペイン人俳優セルジ・ロペス。しかし、リュウはワインセラーで働くこの男と接触し、恋に落ちてしまう。いつ殺すのか、という興味で観客はスクリーンを見守るのだが、結局殺すことはできない。
この2人の情事のシチュエーションと大胆な濡れ場は見所の一つではあるが、私的には菊池凛子演じる女性の心理的描写はなんかイマイチだった。脚本の詰めが甘いのか、演技に深みがないのかは分からないが、正直なところやはり『死ぬまでにしたい10のこと』と『あなたになら言える秘密のこと』主演のサラ・ポーリーにはかなわないと思ってしまう(彼女は監督もしているし)。でも、忘れた頃に出てくる田中 泯の存在がなんともいえず、やはり素晴らしい作品には違いないといえる。ちなみに、『あなたになら言える秘密のこと』のシーンで英国の美術批評家ジョン・バージャーの『ways of seeing』が登場して驚いたものだが、本作でも菊池凛子が暗殺の準備として銃をセットしている時にテーブルに同じくバージャーの『見るということ』の日本語訳が置いてあったのはまたまた驚いた。本作の美術担当は日本人。ひょっとすると、この小道具は監督の意図ではなく、美術担当の仕業かもしれない。というのも、『あなたになら言える秘密のこと』の日本語パンフレットには実はバージャーの件についても記述があって、本当は『ways of seeing』の翻訳本は『イメージ』というタイトルで出版されているのに、それを『見るということ』と勘違いしていたからだ。まあ、ともかく本作はバージャーがテーマにしていた視覚の問題よりも聴覚の方を意識しているので、ちょっとこの小道具は的外れないような気もします。それだったらサウンドスケープという概念を唱えたシェーファーの『世界の調律』の方が良かったと思う。ともかく、田中 泯演じる老人が、リュウに会えない時に自宅で彼女の音を聴くシーンなど、たまらなく素敵です。その音とは、魚河岸で長靴で歩く音なのだが、そのリズムが非常に音楽的。
意外にも本作の映像は妻も気に入ってくれて、一緒にこれてよかったし、やはりこの監督の作品は今後も見逃さずにチェックしたいものだ。

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