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風景という虚構

暮沢剛巳 2005. 『「風景」という虚構――美術/建築/戦争から考える』ブリュッケ,237p.,2600円.

先日,この著者の最新刊『アートピック・サイト』を読んだのだが,その著者が風景をタイトルに冠した本も書いているということで,読むことにした。風景,景観,ランドスケープは地理学の中心概念でもあるので,それなりに風景論を読んでいるつもりだが,本書の目次をざっとみてみても,いまいち論旨を想像することができない。まあ,ともかく読んでみよう。こんな構成である。

第1章 「風景」とは何か
第2章 美術のなかの「風景」
第3章 都市と建築のなかの「風景」
第4章 戦争のなかの「風景」
第5章 音と光の「風景」

読み終わって,再びこうして目次を打ち込んでいると,やはり『アートピック・サイト』と同じ著者の本だな,と納得。『アートピック・サイト』と同様,本書も著者が8年間のあいだにいろんなところに発表した批評文を集めた評論集である。美術批評家らしく,『BT/美術手帖』に掲載されたものは本書にもいくつかあるが,その他やはりテーマ的に『10+1』や『建築文化』に掲載された文章が多い。
私は地理学者だから,作品集や展覧会を観る時は「風景」というものを意識する。一方で芸術家たちも風景を意識する人は意外に多い。最近気になっているドイツの画家,ゲルハルト・リヒターにも『Landscapes』という画集があるし(彼の作品集は高価なので手が出ないが,これは思わず買ってしまった),昨年国立新美術館に展覧会を観に行ってすっかり気に入ってしまった画家,松本陽子の作品タイトルにもよく「風景」が用いられる。もちろん,今日では風景画や風景写真はジャンルとしてあまりにもありふれたものなので,画家や写真家で特にテーマもなく,何気ない素描やスナップの作品タイトルに「風景」を使う場合は多い。しかし,リヒターや松本の場合,かなり具体的に風景概念に対する何かしらの想いがこめられていると思っていて,かれらの作品を風景論として論じてみたいと密かに思っていたのだ。なので,本書がそんな私の導きになればという密かな期待があった。
第1章では,最近ようやく私も読んだ志賀重昂の『日本風景論』が論じられる。しかも,冒頭ではやたらと日本に造詣の深いフランス人地理学者オギュスタン・ベルクが登場する。しかし,『日本風景論』をナショナリズムと結びつける従来の議論をなぞっていてあまり面白くはない。しいていえば,『日本風景論』の挿絵画家に焦点を当てた議論はとても面白く,さすが美術評論家的視点だといえる。
第1章は書き下ろしの割合が多く,議論に一貫性があるが,第2章以降はやはり短い文章のつなぎ合わせという感じは否めない。著者もあとがきで弁明しているが,個々の文章は大抵が依頼であって,特に美術関連の第2章と建築関連の第3章は,特定の展覧会や作品に関する紹介文であるといえる。紹介文である限りにおいて,それは特定の作品を詳細に分析するものではありえず,短い文章のなかでその作品に関わる以下に多くの情報とリンクさせるのか,という文体に必然的になってしまっているような気がする。それらの情報はさまざまな方向を向いたベクトルなのだが,その種の知識のない私にとっては消化不良に陥ってしまう他ない。しかし,意外にも(失礼)著者は思想家に造詣が深く,私はまだ足を踏み込んでいないし,読んでいたとしてもとても理解にいたっていないような著者まで,アーティストの名前と同列に登場するのにはちょっと驚いた。私は『速度と政治』以上に足を踏み込めないポール・ヴィリリオにあっては,彼自身がちょっとした文章を翻訳しているくらいだし,それに関連してドゥルーズ・ガタリも登場する。デリダやソンタグも登場し,日本語訳も利用しているが,日本語訳のないものは原著でも読んで紹介している。そういえば,私も日本語で読んだポール・ドゥ・ゲイの『実践カルチュラル・スタディーズ』を翻訳したのは本書の著者であった。ということで,本書を読んで著者の関心の広さには驚かされたというのが一番のところだろうか。そして,本書の副題にあるように,その関心が風景,建築ときて,最後に戦争へと向かうところ,すなわち戦争と風景を結び付けようとするところは,多少なりとも美術や建築にも関心がある私は全く踏み込めない領域なので,ある意味で読み応えがあったといってよい。
そして最終章には柳田國男まで登場する。まあ,ともかくさまざまな雑誌からの依頼原稿を自分の関心に任せていろんな方向にアンテナを伸ばしていく著者の精力的な批評活動には敬服するが,やはりあとがきで自己弁明しているように,じゃあ独自の風景論が深化しているのかということについては評価はできない。まあ,そもそも評論集である以上,そこを求めるべきではないかもしれないが,本書のタイトルが潜在的読者に期待させるものは大きいので,それに応えるべき続編は著者自身が書くべきなのかもしれない。でも,本書で提起されたさまざまな問いかけを,読者が各々の考えに基づいて論じていくきっかけにはなる本だと思う。

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