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文体練習

レーモン・クノー著,朝比奈弘治訳 1996. 『文体練習』朝日出版社,195p.,3398円.

最近『さまざまな空間』で知って,すっかり好きになってしまったフランスの作家,ジョルジュ・ペレック。ペレックと一緒に「ウリポ」という名前で活動していたのがレイモン・クノー。実は映画を観たことがあるルイ・マルの有名な『地下鉄のザジ』の原作者でもあったということを後から知って驚いた。映画としてもかなり奇異な作品だが,それの原作があるとは。
まあ,フランスといえば,シュルレアリスムのお国柄だし,文学においてもアラン・ロブ=グリエなど前衛的,実験的作家が多いので驚くべきことではないが,本作の試みもなんともユーモアがきいていて思わず笑ってしまうのだ。本書はその名の通り,文体の練習をしているだけ。とても小説とはいいがたいもので,むしろメタ小説といえるのかもしれない。本書は99の断章から成っている。そして,その99の文章は全て同じ出来事を記述しているのだ。一応,語り手がいる。
その語り手が乗り合わせたバスのなかに,首が長く奇妙な帽子をがぶった若者がいる。とても混みあった車内で,彼はある乗客に文句を言う。何度も足を踏みつけていることに対して。しかし,文句をいったきり,彼は空席を見つけて逃げるように座ってしまう。ここまでが第一の場面。それから2時間後,第二の場面でやはり語り手はバスに乗っているのだが,バスの外にまたその若者を見つけるのだ。今度は似たような男と一緒にいて,その男に若者は着ているコートのボタンの位置がおかしいから付け直した方がいいと意見されている。という2つの場面だけ。
この出来事について99種類の文体で記述をするという試み。99の書き方にどんなものがあるかは説明するのが大変なのでやめておくが,本書を読み終えると,フランス語から日本語へと翻訳した訳者の苦労が身にしみる。でも,日本語そのものも面白く,日本語を読みながらフランス語ではどんな表現だったのかを想像するのも面白い。そして,訳者はそれらのことを言い訳も含むように,60ページ弱も費やして「訳者あとがき」を書いているのだ。例えば,原著では「ギリシア語法」と題した断章は,「古典的」と題して,枕草子風な文体で書いているのだ。これは翻訳というより解釈である。
小説というのは一般的に,物語そのものを楽しむものである。文体というのは,ビュフォンの「文は人なり」という言葉にあるように,また英語ではstyleという語を使うように,個人が身につけたものだとされる。小説における文体とはその作家の個性であり,ミュージシャンの歌声の質のように,読者が感覚的にその作家を好きかどうか判断するものであるともいえる。音楽は他人の作った歌を唄ったり,独自のアレンジをすることで別の表現を生むが,文学では同じストーリーを別の作家が別の文体で描くということはそう多くない。そういう意味でも,本書の試みはいろんな意味合いを含んでいる。
その意味合いは,もちろん文学批評としても極めて真面目に論じることができる。しかし,それをこうして創作の場で,パロディたっぷりでやっているところがいいのかもしれない。そして,それを日本語に翻訳した朝比奈氏に感謝を。

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