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母子の入院,そして3人の生活

10月29日(金)

出産が28日の午後10時2分。それからバタバタといろいろしている間に日付が変わろうとしている。まあ,このまま母子を置いて私だけ帰るのもなんなので,そのままそこに泊まることにした。この助産院では,産んだその部屋が母子の入院部屋となる。10畳以上ある部屋ではあるが,赤ちゃんの父親だけは同室で宿泊することができる。近くのコンビニで何か買って食べてもよかったのだが,結局,陣痛中の妻のために助産師さんが作ってくれたおにぎりを私がいただくことにして,そのまま就寝。

当然赤子は疲れ果てた私たちを眠らせてはくれない。といっても,まだ空腹で泣き喚くというわけではなく,おむつ交換だけ。生まれたばかりの赤ちゃんは,3日分は飲まず食わずで耐えられるほどの水分と栄養分を蓄えているとのこと。そして,この時期の排泄物は真っ黒。さっそく,私がおむつ交換をします。まあ,今のところさほど難しいことではない。便は黒いのり状で,臭さもないし,単なる排泄物なので,小便もまだない。結局,何度かおむつ交換をして朝を迎える。

私は6時過ぎに身支度をして始発のバスに乗って,一旦自宅へ。ゆっくりとしたい1日だが,大学の講義があるのだ。会社は何とか都合がつくが,大学講義はそうはいかない。講義の準備は終えているものの,自宅でシャワーを浴びて,手近にあるものを食べ,電車に乗ったが,これがきつい。当然平日朝の新宿方面など座れるはずがない。いつも遅れがちな電車で,この日の遅れ具合は大したことなかったが,市ヶ谷までの道のりが,とても長く感じた。当然,講義中もかなり朦朧。こういう時は喉にもくるんですね。喋っているだけでかなり辛い。

なんとか講義を終え,まだ11時だったら空腹なので,学食で昼食をとり,そのまま都営地下鉄に乗って座って帰る。爆睡。家に帰ったら帰ったでいろいろやることがある。洗濯したり,退院を迎える準備をしたり。あたふたしながらも,再び助産院に戻る。母子は授乳の練習。これがけっこう大変で今でも問題は解決していない。こんなところで書くのもなんだが,妻は乳頭が大きい。そして,わが子は口が小さい。指のように,細くて硬いものは見事に吸引するのだが,大きくて柔らかい妻の乳首はうまく吸引できない。助産師さんに励まされながら2人の特訓は続く。妻の母乳は,子どもが吸引することで出るようになるし,先ほど書いたように,子どもは3日くらいは飲めなくても死にはしない。ともかく,今はお互いにとって乳首を吸うことが次の段階へのステップとなるのだ。

私ができることはおむつ交換。そして,この日は助産師さんに沐浴を習う。市の「もうすぐパパママ教室」でも一通り学んだが,なにせ人形だから実物を使った実践に勝るものはない。幸い,わが子は入浴が好きなようで,全身をお湯につからせると気持ちよさそうにプカプカしている。そして,入浴後に鼻の穴,耳の穴,おへそ周りの手入れ,そしてベビーオイルを手に塗ってのマッサージも習う。こういうところがやはりじっくりとゆっくり学べるのが助産院のいいところだ。マッサージではうつ伏せにさせて背中もやるのだが,これが面白い。まだ首も座らない子どもが,必死に首を起こそうとし,さらには手足を使ってほふく前進をしようとするのだ。

この日も一旦帰宅し,翌朝また来ることに。

10月30日(土)

台風の襲来。そして,東京経済大学の講義は幸いなことに学園祭で休講。またまた,なんだかんだで家のことを済ませてから助産院へ。バスでしか行けないところに通うのはけっこう大変。妻が妊娠中は散歩がてらけっこう歩いて,バスに乗るのはたまにだったが,頻繁に乗ると,混雑や遅延などでちょっとうんざりする。

授乳の特訓は続いています。一つの方策として,授乳補助器をつけてのトライ。徐々に妻の母乳も本格的に出てきています。そちらは問題なさそうなのだが,補助器でもうまく吸う場合とそうでない場合がある。この日は私も助産院の昼食をいただくことにした。こちらでの食事は有機農家からの野菜を中心としたメニューで,魚が多く,鶏・豚・牛といった動物性タンパク質はほとんどない。卵がたまに出るくらいのようだ。その日のランチは魚介類を使ったスパゲティ。こちらも刻んだ野菜がたっぷり。父親の宿泊には別途料金がかかるということで,この日も私は帰宅。

10月31日(日)

この日は私の母と兄が助産院に来る予定。朝から私は助産院に向かい,昼過ぎにバスで調布駅まで迎えに行く。その前に,息子をキレイにするということで,私が沐浴を行うことに。どこかでいわれていた通り,人形よりも実物の方がやりやすい。助産師さんにも「お上手です」と褒められてニンマリ。そして,入浴後のマッサージ,および各所のお手入れは妻の出番。この,ベビーオイルを手に塗ってのマッサージがとても気持ちよさそうだ。息子本人は裸にされたまま撫で回されて泣いてばかりだが...

案の定,母は新宿駅で迷い,調布駅の待ち合わせの改札口も間違えていて,彼女が時間的余裕を持っていたから数分遅れで会えたものの,お互いに携帯電話を持っていない2人なので危ないこと。彼女にとっても初孫との対面。開口一番「あら,ずいぶん男前じゃないの」と。「産まれた時不細工の方が成長して男前になるってよ」とか「この眼で見つめられるとドキッとするわ」などと,意外と冷静。そして,彼女自身の育児は40年前なので,特に手出しはしない。母のいる前で妻も平気で授乳しています。さすが,母が事故で片手が使えないとき,お風呂などいろいろな世話をした妻ですから裸の付き合いですな。

母が滞在中に兄が車で来る予定だったが,非常にわかりにくいこの辺りの道路網にギブアップして,たどり着けずに帰宅したとのこと。まあ,それはそれでよかったかも。兄が来たら,車で母を深大寺にでも連れて行って欲しかったが,結局私が徒歩で深大寺まで連れて行くことに。この辺はけっこう歩いたつもりだったけど,母と歩いた道は散歩道としては最適だった。途中,植物公園の間を抜け,北側から深大寺境内に入る。境内を抜け,正門にたどり着いたところで調布駅北口行きのバスがちょうど出発するところだったので,母を乗せて別れる。

私は徒歩では若干遠いが近所にある西松屋に寄って,頼まれたものを買って帰る。帰りはバスを使う予定だったが,目の前で行かれてしまい,歩いていると,今度は抜かされ,信号待ちしているのを追いついたが,バス停は過ぎていたため乗車拒否された。いやあ,頭にくる京王バスめ。

この日はハロウィーンということで,助産師さんの家族も近くの集会に参加するということで,家は不在。本来,退院前の夕食はお祝い膳とのことだったが,不在なので,寿司の出前。私も一緒にいただきました。この日も私は帰宅。翌日が退院です。この助産院は産後4泊5日が標準。

帰宅した私は,同じマンションに住む隣の部屋と上のお部屋にご挨拶。これから多大なる迷惑をかけること必死なのに,穏やかに対応してくれて助かる。

11月1日(月)

助産院にお願いして退院を夕方にしてもらう。私はとりあえず,会社に向かい,15時まで業務をこなす。早退して一時帰宅し,着替えて必要な荷物を持ち,調布駅前でおむつ用ゴミ袋をもらい,助産院に向かう。わが家は布おむつで育てる予定だが,やはりまだまだ軌道に乗るまでは紙おむつのお世話になることにした。調布市は有料ゴミ袋を使用しているが,おむつは別途申請して無料で配布される。助かります。

助産院に到着し,もろもろの手続きをして,記念写真など撮ってもらい,タクシーを呼んで帰宅します。とりあえず,助産院の入院部屋を参考に,畳部屋にベビー用品以外の余計なものは全て移し,母子の部屋にします。今まで,妻が使っていた部屋がガラクタ置き場のような状況。明日から,妻の台湾の友だちがヘルプできてくれる。その友だちがいる2,3日は4人ですが,これから3人家族の生活が始まります。

とりあえず,私のデジタルカメラで撮影した息子の姿。

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