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2010年11月

わが息子紹介

今度は息子のことなど。生年月日2010年10月28日。名前は成瀬 昭(しょう)。同じ字で「なるせあきら」というベーシストはいるらしい。
妻の授乳の困難については既に書いているが,それもあって,順調な成長とはいえない。といっても,他の子どもを生後きちんと観察したことがないので,順調というのがどういうものかわからないが。妻の授乳の困難の原因の一つは息子にもある。大き目の乳頭を小さな口できちんとくわえられるようになってからかなり経つのに,いまだにすぐにはチュウチュウしないのだ。決まって足をバタバタさせ,首をのけぞらせ乳首を拒否するのだ。辛抱強く妻がくわえさせることでようやく落ち着いて吸い始める。その抵抗の力と持続時間は夜間にひどくなる。時には妻が根負けしてしまう夜もある。おっぱいが欲しくて泣いているのに,あげようとするとまた泣き出す。その繰り返し。
しかし,その一方で前回書いた乳頭混乱もあまりなく,哺乳瓶は素直に飲む。かといって,乳首への抵抗は哺乳瓶に慣れていることが原因だとは思えない。そして,哺乳瓶では搾乳して冷凍した母乳も,粉ミルクも与えているが,味の選り好みもせずに飲んでくれるのはありがたい。ちなみに,初めて使った粉ミルクは明治乳業の「ほほえみ」キューブ式。これはどこかのマタニティフェスタでサンプルでいただいたものだが,わざわざ計量しないですむので楽かと思い,サンプルが終わってもう一箱買った。でも,小さな箱では量が少なくすぐになくなってしまう。
その頃から,母乳と粉ミルク混合でやっていくことに妻が決めたので,本格的に粉ミルクを買うことにした。どうせキューブ状のは付加価値がついて高くつくという判断から,缶入りの粉状のものを買おうと薬局に行ったのだが,標準タイプは850g入りで,缶の大きさは直径12.5cm,高さ18cmもある。ちょっと持って買えるのも思いし,購入した後に母乳が軌道に乗って,粉ミルクは不要になるかもしれないと判断し,一つ小さい320g入りの缶を選ぶ。しかし,明治乳業はこのサイズを出していなくて,森永乳業の製品しかなかった。しかも,ミルクアレルギー向けの商品などいくつかあって,どれにしたらよいのか迷う。結局,いちばん標準的なように思えた「はぐくみ」をチョイス。幸い,息子は味の違いに気づかないのか,問題なく飲んでくれた。しかし,その頃から圧倒的に飲む量が増えてきて,妻の母乳の出がよくなってきたにもかかわらず,320gは1週間程度で終了。紙おむつと同じペースか。ということで,次回は850g入り。再び「ほほえみ」に戻してみました。

新生児は1日14~15時間は寝ているといろんなところに書いてある。基本的にはおっぱいかおむつかで泣いて起きる。そしたら,おむつを交換するかおっぱいかをあげ,満足すれば寝る。その繰り返しだという。たまに30分ほど起きている時間があるので,その場合は遊んであげましょう,と書いてあるが,わが子の睡眠時間はどのくらいだろう。せいぜい8時間くらいのように思う。連続して2時間以上寝てくれるのは1日に2,3度しかなく,大抵は寝ても1時間。おむつが不快で起きるということはあまりないが,逆におむつを換えてすっきりしてまた寝るなんてことはありえない。おっぱいをあげた後は,酔っ払い状態のようにぐでんぐでんになってしまうのだが,すぐに起きてしまうこともよくあるし,哺乳瓶であげた後全く寝ない場合も多い。機嫌が良くて起きている時間も1時間はざらで,その後機嫌を損ねてあやしているうちに起きている継続時間が2,3時間に及ぶこともよくある。わが子は「寝る子は育つ」という表現とかなりかけ離れているわけだが,それも個性と信じるべきか。

でも,ちょっと気になることもないでもない。助産院での入院中から,私は息子をあやすときに,けっこうゆらしていたのだ。その時から,「ゆさぶられっこ 症候群」の存在は知ってはいたのだが,どういう状態にするとどう反応するのかという新生児の三半規管の能力やそれに対する反応をみて楽しんでいたのは否めない。楽しんでいたというよりは要するに,「高い高い」のような垂直運動や,抱いたまま私が体を回転させることなので,容易に泣き止んだから,つい何度かやってしまっていた。今でも,あまりに泣き止まない時は思わず揺らす幅が大きくなったりしてしまう。まぁ,Wikipediaなどで調べてみても,そこに書かれているようなことはしていないし,典型的な症状があるわけでもないが,初めての子だし,個性と異常を見極めるのは難しい。

さて,今週も金曜日は映画の日。妻から講義後に1本観てきていいという許可をもらって観に行く。

11月26日(金)

新宿バルト9 『行きずりの街
大分の湯布院映画祭でも上映された阪本順治監督作品。この映画祭に10回も参加している岡山のTOMさんの評判はイマイチだったのだが,私は仲村トオルが主演ということで観たかったのだ。金のかかった大作は観ようとは思わないが,『魂萌え!』など地味な作品も撮れる。ということでも,本作には期待するところがあった。TOMさんの評判がイマイチだったのも,ある意味では私の観たい気持ちを後押ししたかもしれない。ヒロインが小西真奈美であることは知っていたが,予告編は観ていなかった。私の予測では,なにやら過去に訳ありの2人が夜の都会を彷徨うよう,ということだけが淡々と進んでいくような雰囲気。
仲村トオルは決して演技派ではないと思う。けっこう,いつでも同じような役どころ(デビューの『ビーバップ・ハイスクール』の頃は別だが)だと思うし。でも,どこか惹きつけられる雰囲気を持っているところがいいし,主演なんて滅多にないだろうし,そもそも映画の出演はさほど多くもない。一方,小西真奈美は最近演技で頑張っていて,いろんなタイプの役どころを与えられていて,ともかく演技が楽しくってしょうがないという雰囲気が伝わってくる。本作においてもそんな2人だった。そして,初日舞台挨拶のニュースで窪塚洋介が出演していることを知ったが,現在の彼にとっては本作の役どころは適役だったと思う。偉そうに尖がっている感じが今の彼に求められていると思うが,本作では表向きがそういう人間でありながら,そんな自分を変えようと密かに願っている,そんな訳。残念ながら菅田 俊と石橋蓮司はありきたりの役だったが,ある意味では贅沢。そう,こんだけ豪華な俳優人を挙げてくれば分かるように,私の予想は全く外れてしまった。まあ,それもそのはず。原作が「このミステリーがすごい!」というランキングでNo.1を獲得したというのだから,そんなフィルム・ノアール的な雰囲気であるはずがない。次から次へと問題がおき,人から人がちょっと無理があるくらいつながっていく。テレビドラマ的展開でしたな。でも,そこはベテラン映画監督ですから,しっかりと映画的演出がなされていて,私自身は大いに楽しんだ作品でした。でもタイトルの「行きずりの街strangers in the city」というのはどっちがどっちなの?という謎ではあったが。

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ベンヤミンの迷宮都市

近森高明 2007. 『ベンヤミンの迷宮都市――都市のモダニティと陶酔経験』現代思想社,275p.,2800円.

私にしては珍しく新刊で購入した本。近森氏は最近『自動車と移動の社会学』の訳者として知ったくらいで,以前から着目していた研究者だというわけではなく,かといってベンヤミンものは読むようにしているというわけでもない。前から宣伝していて一向に書き上がらないオースター『ガラスの街』論に対して重要なヒントを与えてくれると期待して購入したのだ。
確かに私もベンヤミンには興味がある。といっても,晶文社の『ベンヤミン著作集』を12巻までと,『教育としての遊び』くらいしか持っていない。ベンヤミン本も,アドルノの『ヴァルター・ベンヤミン』と好村冨士彦『遊歩者の視線』くらいしか読んでいない。後は『ユリイカ』と『現代思想』のベンヤミン特集を持っているくらいか。地理学者にしては『パサージュ論』すら持っていない。『10+1』に書いた泉 麻人論では偉そうにベンヤミンを冒頭に使ってみたが,その理解は本書の著者の足元にも及ばないと思う。というのも,翻訳されたベンヤミンの文章は,部分的に面白いと思うことはあっても,その多くは苦痛にすぎないからである。難解といってもデリダのようなわけがわからなくても面白いとか,もうちょっと知識が増えれば理解できるといった感触があまりなく,単に活字を追っているだけということも少なくないのだ。でも,一つだけいえることは,ベンヤミンのいうところの「遊歩=フラヌール」という概念が重要だということがわかるのだが,それがどう重要なのかは,好村氏の著作を読んでもはっきりとはしなかった。そういう意味では,従来のベンヤミン研究における遊歩者論に違和感と不満を持っていたという著者の出発点の一部は共有していたといえようか。といっても,ベンヤミンを原語のドイツ語で読み,ベンヤミンの英文研究書も読みこなしている著者とはその問題関心は雲泥の差であるわけだが。また,「遊歩者」は近代特有の主体像の一つだというのが定説なのだが,ベンヤミンはその近代理解も複雑にした一人だと思うので,近代特有のといってもイマイチピンとしないのもベンヤミンを読みにくくしている原因の一つだと思う。一昔前のポストモダン論は,その批判対象としてのモダン=近代を仮想的として分かりやすく理解させようとしていたし,ギデンズが『近代とはいかなる時代か?』で前近代と対比させて説明する近代もとても分かりやすい。しかし,「古典主義時代」という時代区分を持ち出すフーコー『言葉と物』などとともに,ベンヤミンなどを読むと,近代とはいったいなんなのか,明確ではなくなっていく。
まあ,ともかくこれだけ徹底したベンヤミン研究はなかなかないと思う。とても理解し易く読み応えのある本だった。本書は彼が京都大学に提出した博士論文をもとにしたもので,初めての単著だという。徹底したベンヤミン研究と書いたが,それは網羅的なものではなく,都市研究に関連する論稿だけに限定して,深く解読したものである。以下のような構成で論は展開する。

序章 観察者から陶酔者へ――遊歩者と都市のモダニティ
I 都市・テクスト・迷宮――ベンヤミンの都市論テクスト
II 陶酔・夢・無意識――フロイトとベンヤミンをつなぐ継承線
III 街路名の理論のために――ベンヤミンにおける言語・記憶・都市
IV 〈ガス灯〉の神話学――過渡期の技術をめぐるアウラとノスタルジー
V 人形の街――商品フェティシズムとフロイト的読解
VI 〈迷宮〉の解読――痕跡・古代神話・致死的反復
付論

全体的な印象は,自らが本書を「理論的考察」と呼ぶように,非常に緻密で,気になったところは徹底的に突き詰めるという非常にストイックなもの。それが本書の最大の魅力であるが,ちょっとした難点であるともいえる。そもそも,私がベンヤミンにどっぷり浸かれないのは,彼の関心が多岐にわたるのと同時に,自身の思想・主張・文体にそれほど一貫性を追及していないからではないかと勝手に想像している。だからこそ,ベンヤミンへの関心は現時点でも長い間継続的に行われ,各研究者が独自のやりかたでベンヤミン論を展開しているのだと思う。そもそもにして,未完の『パサージュ論』は断片たる文章の寄せ集めだというし。本人が自らに一貫した人物像を与えられることには抵抗するのではないかと。でも,本書ではそのベンヤミンの文章を,フロイトの学説と関連付け,もちろんそのなかで無意識にも言及するわけだから,本書の著者が無意識によって人間主体は一貫性を保つと仮定してるのかもしれない。
まぁ,私がそんな指摘をしてみたところで,本書の魅力は一向に失われないし,むしろまだ本を一冊も出していない私の負け惜しみにすぎない。本書はベンヤミンの遊歩論がこれまで観察者としての側面ばかりが強調されるのに対し,章の表題にあるように「陶酔者」としての側面からアプローチしようという試みである。観察者というのはある意味典型的な近代的主体で,男性の有閑階級という特権的な立場を強調するものであった。それに対し,陶酔者というのは近代的な理性とは程遠い,歩くという行為に陶酔し,それは同時によく知った都市のなかで迷子になるような経験(迷宮としての都市)をも,遊歩者というベンヤミン的概念には含まれると著者はいう。まあ,ベンヤミンの日本語訳には『陶酔論』(晶文社)という論集もあるくらいだから,陶酔という概念でベンヤミンを捉えるのは決して突飛なことではない。しかし,再三書いてきたように,著者はそうした発想を単なる思い付きとして終わらすのではなく,そこにフロイトの議論を挟み込むことによってベンヤミンの記述の断片を一つの一貫した論理によって結びつける。しかも,フロイトの議論は単なる精神分析的なものでなく,フロイト自身が様々なものに関心を持っていたように,考古学的な古代への関心へと結びつけ,古代の迷宮神話へと議論は展開する。
こうした本書の全体的な論の展開の見事さに加え,私のオースター研究にも関係するヒントがいくつもあった。街路名の話や,デリダ的概念だと思っていた「痕跡」のフロイト的意味合いなど。ついでに,さきほど挙げた好村氏のベンヤミン本のなかにも使えそうな箇所を発見する。ということで,かなり収穫のある読書だった。
ちなみに,付論は本書で論じたベンヤミンの都市論を概観する前半と,都市研究で参照されることの多いド・セルトーとルフェーヴルの議論と関連付けようというものだが,本論に比べあまりにも著者のメモ的書き方だし,言い訳がましいところがあるので,いらなかったかもしれない。

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パレスチナ問題

サイード, E. W.著,杉田英明訳 2004. 『パレスチナ問題』みすず書房,377p.,4500円.

いわずと知れたサイードの主著の一つ。サイードも,『オリエンタリズム』に始まり,『世界・テキスト・批評家』,『イスラム報道』,『始まりの現象』,『知識人とは何か』,『パレスチナとは何か』,『音楽のエラボレーション』と続けて読んできたが,原著が1993年の『文化と帝国主義』の上巻を読んだところで,私のサイード熱は冷めてしまった。というか,それ以降の彼の著作はインタビューだったり,自伝だったり,エッセイだったりと,かなり学術的な意味合いが薄くなってきたせいもある(と,読みもせずにえらそうに書いているが)。しかし,なんとしても読みたかったのが本書。原著は1978年の『オリエンタリズム』に続いて,1979年に出ていたものの,翻訳は21世紀にまで待たなければならなかった。しかし,パレスチナ問題自体は私の研究とは直接関係してこないので,この厚さとこの値段はなかなかすぐ購入して読み始めるにはいたらず。
ようやく,新刊古書だが,少し安価で購入し,そして自宅でゆっくりと読み始める。基本的にサイードの学術的意味合いを持った著書は難解で,100%理解するには至らない。一応,本書は完全なる学術的なものというよりは彼の政治的宣言を含むものとして理解していたが,実際読んでみるとそのバランスが素晴らしい作品だった。私が読むのを躊躇していたのは,私自身パレスチナ問題に関する知識があまりにも欠けていたからだ。本書を読む前に,前にも紹介した,リウスの『パレスチナ問題入門』を読んではいたが,自信がなかった。実際,『イスラム報道』も基本的な事実を知らなかったが故に,理解度はかなり低かったからだ。
しかし,本書は基本的な事実はかなり丁寧に解説されており,これまで読んだサイード本にしてはかなり理解度は高かったといえる。また,『オリエンタリズム』の場合は学術的な精確さが優先され,政治的立場は二の次になっいるため,その主張の含意はわかりやすいものではない。それに対し,本書はパレスチナ擁護の立場が貫かれており,論旨が明確だといえる。そして,何よりも翻訳が素晴らしい。といって,原著と比較したわけではないが,冗長ではなく的確な訳注がつけられているのが嬉しく,日本語もとても読みやすい。
本書は必読書ともいえるので,私の拙い解説文をつけるのは気が引けるし,ちょっと丁寧すぎる訳者解説もあるのでやめておこう。私的には,『オリエンタリズム』と同様の表象分析,言説分析を交えながら論が展開していく前半が好きだ。ちなみに,訳者解説では,本書に対する様々な立場からの書評についても言及されており,これまた嬉しいところである。

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情報過多の現代育児

その後,妻は数日で授乳のコツをつかんだ。まずはこれまで使っていた哺乳瓶の先を乳頭にくっつけて,飲ませる。哺乳瓶と実際の乳首とを交互に飲ませていると,赤ちゃんが「乳頭混乱」なるものを起こすといわれているから,なかなか飲んでくれない乳首から直接の授乳はひとまず先送りにし,でも同じ哺乳瓶の先でも,ちょっと吸えばミルクが次々入ってくる哺乳瓶とは違って,自分の力で吸わないと母乳は出てこない。まずはそこから覚えさせるという戦略。これが2日くらい続き,子どもも随分慣れた様子。

そこで,妻は今度は哺乳瓶の先を使うのをやめ,直接乳首から吸わせることに挑戦。こちらも混乱が起きないように,乳首だけ。これも2日間くらいで軌道に乗る。しかし,これで全てが解決したわけではない。1日中乳首から吸わせるということはやはり乳首そのものへのダメージも大きい。きちんと乳首を吸い込んで飲むまでに毎回,試行錯誤があるのだが,そこで赤ちゃんが苛立って,歯のない口で乳首をガブっと噛んでしまうことがある。また,きちんと吸ったら吸ったで,けっこうな吸引力はやはり痛んだ乳首には厳しい。

そんな状況で,先週の助産師による2週間検診に続き,市の保健士による訪問が3週間目にあった。ここでも体重を量ったのだが,2週間検診までに順調に増えていた体重が,それから1週間でほとんど増えてなかったのだ。哺乳瓶で与える時は赤ちゃんがどれだけ飲んだかをきちんと把握できるのだが,直接乳首から吸わせた時は,それがよく分からない。その体重の結果を見て,妻はまた落ち込んでしまうのだった。よく考えれば,以前よりウンチの量も減っていたし,睡眠時間も減っていたので,常に空腹状態にあったのではないか,と思い起こすたび,また自分を責めてしまう。

母乳を勧める育児書のほとんどは,母親とその子どもは元来母乳を飲むという行為によって結ばれていて,よっぽど母親の母乳が出ない限りは,母乳だけで育てることが可能だという信念に基づいている。なので,あまり代替案を用意していない。母乳のための良いことを,運動やマッサージ,食事や授乳のスタイル,時間,などなどの情報が掲載されているだけ。一方で,粉ミルクのパッケージに記載されている1日の飲ませる基準量は驚くほど多い。母乳ってそんなに出ているのだろうか?ともかく,新生児育児に関する情報は溢れているが,それらに一貫性などないのだ。

ということで,またまた軌道修正。1週間前に搾乳して冷凍保存した母乳を活用したり,粉ミルクを追加したりして,赤ちゃんの飲む量を増やす。でも,子どもの方は1週間ほど乳首から直接飲むことを覚えたので,ミルクを十分飲んでもそれだけでは眠ってくれない。乳首を吸う行為がほどよい運動量となり,疲れで熟睡できる仕組みになっているようです。とうことで,飲む量に関係なく,乳首も吸わせたり。

そんな妻の授乳の苦労を気に留めていた保健士さんは,個人的に連絡を取ってくれ,また数日後に訪問してくれた。再度体重を測定すると,やっと3kgを突破。この方針も数日で軌道に乗り,ウンチの量も増え,睡眠量も増えた。それにしても,わが家は布おむつで育てるつもりだったが,まだそこまでの余裕がなく,紙おむつのお世話になっているのだが,それはそれで恐ろしい。90枚入りのものを買ってきても1週間はもたないし,いくら市から無料のゴミ袋が配布されているとはいえ,週2回の燃やせるゴミの日には必ず,そのMサイズのゴミ袋を出さないといけないほどの量を出している。そもそも,私たちの生活は生ゴミ処理機の活躍もあって,Mサイズの1/3の量にすぎないSサイズ袋で,週に1回弱しか出さないのだ。つまり,普段の10倍近い燃やせるゴミを出している計算。

そして,わが家は以前ほしい物リストに書いたが,デロンギ製のオイルラジエータヒーターを導入している。大人だけだったら,寒い冬でも湯冷めしないうちに布団に入って寝てしまえば,朝まで暖房を使用せずにすむ。しかし,赤ちゃんは夜中起きる。当然,妻も起きる。しかも,胸をはだけて授乳をしないといけないのだ。その状態では既に今の季節でも寒く,このヒーターが大活躍。このヒーターは熱量をコントロールできるのはもちろんのこと。1日24時間のタイマーつきなのだ。そもそもが,スイッチを入れてから15分くらいしないと本体が暖かくならないし,本体が熱しても,部屋が暖まるまでにはまた時間がかかる。でも,逆にいえば,スイッチが切れても暖かさは持続するのだ。なので,そのタイマーというのは,ONとOFFを15分単位で繰り返すことができる。夜中は1時間のうち,30分をONで,30分をOFFといった具合に。それによって,室温については随分快適に過ごせているのだが,なんと電気代は1ヶ月2000円増し。もう少し効率よい利用法を考えなければならない。

さて,妻のことばかり書いているが,私は実際何をしているのか。まあ,基本的には家事全般。妻には申し訳ないが,翌日会社がある日は,私は別の部屋に寝る。一応,泣きやまないほどの時には(というか,別の部屋まで聞こえて起こされる場合には)手伝いに行くが,夜間は妻担当。私はこれまでより2,30分ほど早く起きる。朝食の準備と妻の昼食の準備。子どもの服はそれ専用の洗剤で手洗いし,洗濯機で脱水をして干す。自分たちの服は,以前は2日に一度まとめて洗っていたが,妻の外出着がなくなって量も減っているので,毎日少ない量を倍速で洗う。ちなみに,わが家の洗濯はお風呂の残り湯を使うのだが,室内に洗濯機置き場がないので,浴槽からベランダの洗濯機まで6mほどの往復をするのだ。倍速が可能な水の量は28リットルで,水を運ぶために使っているものは14リットル。倍速の場合,すすぎを1度しかやらないので,合計4往復。
会社はもちろん定時勤務。9時から5時まで。直帰したり,食材を帰り際に買ったりして18時前には帰宅。夕食も私の担当。合間にはおむつも換えるし,妻が授乳中に足りない分の粉ミルクを作り,搾乳機や哺乳瓶を洗ったり。そして,私の重要な任務は寝る前の沐浴。妻がシャワーを浴び,浴室が程よく暖まったところで,子どもを入れる。トイレの上に広げた毛布とバスタオルでくるんで,和室へ移動。私がお風呂を片付けている間に妻はベビーオイルを塗ってのベビーマッサージ。おむつを履き,服を着させ,私は鼻や耳の掃除用の綿棒を用意し,掃除する。落ち着いたら,私は自分の入浴へ。まあ,そんなところか。

でも,この毎日では妻の体力的・精神的疲労はどんどん蓄積する。いくら添い寝といっても,私に似たのか鼻息の荒い息子の寝息のする横では熟睡できないらしい。もちろん,部屋の中に一日中いるのも窮屈だ。ということで,最近では私が1,2時間息子の面倒を見ることにして,いつも私が寝ている部屋で寝てもらったり,買い物くらいは行ってもらったり,夕食を作ってもらったりしている。
まあ,とにかく自転車操業的に毎日をやり過ごしているような日々です。

11月19日(金)

そんななか,妻が私に気を遣ってくれて,金曜日の朝の大学講義の後に,1本映画を観て帰ることが許された。それは妻も観たいといっていた映画で,第1弾上映の神保町シアターでは最終日になってしまった作品。市ヶ谷で講義を11時に終え,神保町まで歩いていく。靖国神社を抜け,靖国通りを東に進む。そういえば,20年前,私はかつて九段下にあった福武書店(現ベネッセ)に週1回通っていた。なんと,赤ペン先生をやっていたのだ。九段下は東武伊勢崎線から地下鉄を乗り継いで,東横線の都立大学駅までの途中にあった。当時私は大学生で,長距離通学の私は時間の都合のつくアルバイトを探していて,自身が中学から高校にかけてやっていた赤ペン先生の採点者のアルバイトを始めたのだ。
九段下を抜けて神保町へ。こちらでも修士課程2年の時にアルバイトをしていた。卒業論文を指導してくれた先生の紹介で,帝国書院で週に3日働いていたのだ。なんか,そんな思い出に耽りながら,私の人生,意外と都営新宿線に縁があるのだなあと思ったり。
神保町に着くと,以前よく行っていたチケット屋が宝くじ売り場に替わっていた。幸い,三省堂書店の1階にチケットぴあがあり,そこで前売り券を購入し,そこから徒歩一分の神保町シアターへ。実は,映画通の私ながら来るのは初めて。なかなかいい雰囲気でスクリーンは地下にある。受付をして一旦食事に外に出る。ここは指定席制ではなく整理番号制。30分弱の間にどこで食べようかと思いあぐねながら,やはりカレー屋「エチオピア」へ。最近は妻の母乳のことを考え,肉類は控えている。慣れない魚料理に奮闘しているのだ。なので,豆カレーが美味しいエチオピアだが,ビーフカレーを注文。カレーならちゃちゃっと食べてと思っていたが,そういえばと思い出す。平日の12時前にもかかわらず男性客でごった返す店内でも,丁寧に一皿一皿調理するのがここのモットー。結局,15分待たされて,10分以内で完食し(平日の昼間はアイスがサービスでつく),映画館に急いで戻る。

神保町シアター 『森崎書店の日々
原作は「ちよだ文学賞」受賞作。この文学賞は千代田区の実在する場所を作品中に織り込むという面白い条件付のものらしい。ということで,神保町の古書店を舞台にしたこの作品。上述したように,私は一時期神保町でアルバイトをしていたのだが,ちょうど修士論文に取り組んでいた時期でもあって,アルバイト代の一部は古書の購入代に消えていった。もちろん,神保町に限らず古書店は大好き。思いがけないところでいい古書店に出会うことほど嬉しいことはないというほどだ。
粗筋はホームページからでも予告編を見ていただければ説明不要。ある男にふられた(?)主人公が,母親の弟(すなわち叔父)が一人で切り盛りする神保町の古書店「森崎書店」の店舗の2階に仮住まいすることになる。この主人公を演じるのは映画初主演の菊池亜希子。以前から,献血ルームで女性誌を読んでいる時に登場して気になっていたモデルさん。現在28歳の彼女はエッセイなどでも活躍の場を広げているようだ。内藤剛志演じる叔父は,店舗とは別の場所に自宅を持っているが,一人での経営では自由が利かないが,アルバイトを雇うほどの余裕もないので,ちょうど物置になっていた2階に姪に住んでもらうことで,家賃を請求しない代わりにたまに店番をしてもらうという条件。とある日,叔父は近所の喫茶店に姪を連れて行く。きたろう演じる店主のこの店では田中麗奈演じる女性アルバイトがいたりして,主人公と仲良くなる。麗奈ちゃんの役どころは明治大学の国文学専攻の大学院生。森崎書店にもよく古書を物色しに来るという設定。
なかなかその男を吹っ切れずにいる主人公だが,全く関心がなかった古書の世界に徐々に惹かれていき,また少なからずこの街で出会う人々との交流を通じ,自分自身を見つめなおし,次のステップへと踏み出していく。まあ,ある意味では有体の物語ではありますが,なんといっても,雰囲気のいい作品。プロデューサーが市川 準監督との関わりがあるらしく,市川作品『東京マリーゴールド』に出演していた麗奈ちゃんもその頃のことを思い出したという。確かに,とつとつと下北沢を描く市川作品『ざわざわ下北沢』などの雰囲気にも通じるものがある。そして,なによりもその雰囲気の中心には古書があるのだ。私が古書店を訪ねるとき,そして1冊1冊を手にとって思いに耽る時,そんな雰囲気が見事に映像化されていて,またそのなかに菊池亜希子ちゃんが見事に溶け込んでいる。まさしく愛すべき作品。古書店はブックオフなどとは違って,年老いた店主が本に目をやりながら物静かに店番をしている。店内にはラジオやクラシック,ジャズが控えめな音量で流れ,2冊と同じ本が並ばない本の宇宙。

主人公が女性ながら,原作者は男性。しかも,監督は女性の日向朝子さんだという。だからか,どの登場人物もどこか中性的な雰囲気を持っています。穏やかな気分にさせてくれる作品。いい気分でパンフレットを購入し,外に出る。森崎書店の撮影で使われていた古書店には見覚えがないが,明らかにその立地している所は映画館の近くだと思い,そちらの方に足を運ぶと,ありました。現在は映画公開中ということで,映画のスナップ写真などが壁面に飾られている。

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バベルの図書館 文字/書物/メディア

篠田孝敏編 1998. 『「バベルの図書館」文字/書物/メディア』NTT出版,145p.,2000円.

本書は,1998年9月18日から10月25日を会期に,初台のオペラシティにあるNTTインターコミュニケーションセンター(ICC)で開催された展覧会のカタログである。この種の本は,編者の名前とかが記載されておらず,学術論文の文献に掲載する場合には困るものだが,本書は後付にきちんと記されていたので,その人の名前を書いておいた。
「バベルの図書館」とは,ここでも何度か紹介しているように,アルゼンチンの作家,ボルヘスによる短編のタイトルである。本展覧会はそのボルヘスの文章に触発されたアーティスト4人がそれぞれの作品を展示したものだが,本書にはその他の著者によるエッセイも収録しており,単なる展覧会のカタログというよりも読みもとのしての体裁を成している。構成は以下の通り。

テキスト
高山 宏「文字という世界,人という文字――ライプニッツ,ラファーター,ボルヘス」
武田雅哉「天書綺譚――バベルの塔の蒼頡たち」
中村敬治「バベルの図書館」
小松崎拓男「ひとつのアンソロジーとして――無限連鎖/文字遊戯」
畠中 実「バベルの図書館――メディア的解題」
カタログ(作者の言葉)
山口勝弘「ボルヘスとカサーレスの着想から」
幸村真佐男「ボルヘスの予言」
鈴木了二「「バベルの図書館」使用取扱書」
徐 冰「天地を嚇し鬼神を泣かす」

テキストとして寄稿されたのうち,著者を知っているのは高山 宏くらいで,彼が寄稿しているから,古書店で本書を見つけたとき,迷わず購入したようなものだが,どの文章も短いながら読み応えがあります。展示された作品も,その作品だけ見ても,その深いところを読み取るのは難しいと思うけど,こうして批評家の方達が文章を寄せ,作家本人も制作意図を明確に示してくれているので,ありがたいカタログです。
まあ,ともかくボルヘスという人物の偉大さを感じさせてくれるカタログでした。

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新しい小説のために

アラン・ロブ=グリエ著,平岡篤頼訳 1967. 『新しい小説のために――付スナップショット』新潮社,262p.,1400円.

こちらでも何作品かを紹介しているフランスの作家,ロブ=グリエ。彼の評論集があるということで,早速Amazonで古書を探してみると,なんと9000円。そんな貴重な本なんだ,と一応「ほしい物リスト」に入れておくと,後日1000円台のものが出ていて思わず購入。
かなり奇怪な小説作品を書くロブ=グリエがどんな文学理論を展開するのか。そういえば,大江健三郎の『小説の方法』はバフチンなどに言及するかなり本格的なものだったように記憶している。本書には以下のような評論文8編と,短編6編が収録されている。

新しい小説のために(評論集)
1 理論はなんの役に立つか
2 未来の小説への道
3 時代遅れの若干の概念について
4 自然・ヒューマニズム・悲劇
5 現代的アントロジーのための断章
6 新しい小説・新しい人間
7 今日の小説における時間と描写
8 写実主義から現実へ
スナップ・ショット(習作的短編)
1 3つの反射的映像
2 帰り道
3 舞台
4 浜辺
5 地下鉄の通路で
6 秘密の部屋

書かれたのがほとんど1950年代と古いために,書かれていることに新奇さを感じえない。むしろ,ロブ=グリエもけっこう普通の考えをするのだ,ということを知ることができる。しかし,それは彼が理論家としてよりも小説を制作するという意味での実践家であるということを意味するのだと思う。そもそも,この評論自体が自己擁護のために書かれたようなものであり,理論構築を目的とはしていない。タイトルからすると,何かテーマらしいものがあるような気もするが,読み終わってみると明確な印象は残っていない。となみに,「現代的アントロジーのための断章」では,彼が評価する作家4人のために文章が割かれている。その4人とは,レーモン・ルーセル,ゼーノ・コシーニ,ジョー・ブスケ,サミュエル・ベケット。
訳者がいうにも,この「スナップ・ショット(フランス語元タイトルはinstantanes)」は,彼の作品制作実践の習作ともいえるものかもしれない。いずれの短編も,何気ない日常風景を詳細に描写しているだけなのだが,もちろん同じ事実でも人によって,場合によっては同じ人物によっても描き方は多様である。その描写は私が読んでもさほど突飛な感じはしないが,訳者の解説を読むと,なるほどと納得してしまう。要は,ロブ=グリエたち「ヌーヴォー・ロマン」の作家たちが必要にこだわるのが,その何気ない事実の描き方の細部ということになるらしい。ということで,この短編こそがその特徴を十二分につかみとることができるもので,ロブ=グリエの作品に初めて触れる人にはもってこいだと訳者はいう。
ということで,全面的に訳者の解釈に依存してこの読書を終える。

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思い通りにいかない授乳

妻の友人が来てくれている間,いろんなことがあった。妻の母乳は思うように出るようになったものの,なかなか子どもは乳頭をうまくくわえられない。助産院での入院中は,乳頭にシリコン製の哺乳瓶の先のような,「乳頭保護器」を使って練習していたのだが,それは助産院の借り物なので,私がpigeonのものを購入したが,息子はお気に召さないようでうまくいかない。

前回,新生児は3日間は飲まず食わずで生きていけると書いたが,さすがに一週間経ってくるとそうはいかない。妻はちょっと焦り,友人が購入してくれた搾乳機で母乳を搾り,冷凍し,それを解凍して暖めて哺乳瓶で飲ませるようにした。すると,息子はゴクゴクと母乳を飲み始める。とりあえず,安心した妻はその方法で数日間を乗り切った。排便もよくするようになり,心なしかふっくらしてきたような気もする。搾乳した母乳が足りない時には,以前サンプルでいただいたキューブタイプの粉ミルクも飲ませてみたが,これも問題なく飲んでくれる。場合によっては,母乳の味に慣れると,粉ミルクを受け付けないという子どももいると聞いた。だから,一時的に誰かに預けたりすることを考えると,母乳オンリーではなく,粉ミルクの味も覚えさせた方がいいという考えだ。

しかし,その友人が帰り,数日すると,妻がネットからいろんな情報を入手し,落ち込んでいた。新生児で哺乳瓶から飲ませるのは危険だという。哺乳瓶は子どもの吸引力が弱くてもどんどん口に入ってくるので,どんどん飲んでしまう。それは母乳から強い力で吸引することを忘れてしまったり,また哺乳瓶の先に慣れてしまうと,母親の乳頭を吸わなくなってしまうという危険もある。もう一つは,乳頭から直接飲む場合と違って,どんどん母乳が体内に入ってしまうために,子どもが消化しきれないとか,空気と一緒に飲み込んでしまい,ゲップをする間がないとかという悪い点もあります。

ともかく,そんな情報を知ってしまった妻は,取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと泣きながら訴える。マタニティブルーという言葉がありますが,まさにそんな感じで精神不安定の妻。もともと,何か悪いことが気になると彼女の頭の中がそのことで占有されてしまう性向がある。他のことがうまくできていても,そのことだけでこの世の終わりを想像してしまうのだ。といっても,こればっかりは「じゃあ,私が代わって母乳を与える」というわけにもいかないので,代替策を2人で検討する。これもどこかに書いてあったことだが,母親の乳頭と哺乳瓶の先で混乱してしまうという症状は,3,4日どちらかに統一することで改善するという情報を信じ,今後は哺乳瓶を使わないという方針で決定。

けど,いきなり乳頭を直にくわえるのは難しいということで,ここ数日飲んでいた哺乳瓶の先を乳頭にあてることで授乳してみることにした。飲み心地は変わらないけど,母乳が口に入る量は自分の吸引力次第,ということだ。これでそれなりにうまくいくようになり,3日後くらいからは,乳頭から直の授乳がうまくいくようになる。

しかし,問題は解決したわけではない。もともと,乳頭をしっかりくわえて吸い始めるまでに時間がかかるのだ。お腹が空いているはずなのに,乳頭をくわえるのを拒否する。足を伸ばし,頭をのけぞらせ泣く。乳頭をくわえ,2,3回吸って母乳が出てこないとすぐに諦めてしまうようだ。まあ,ただこれも妻が辛抱強く,乳頭をくわえさせることで大抵は解決するのだが,問題は夜間。

私はこの方針が決まってから,翌日会社などで朝早いときは別の部屋で寝るようになった。妻が授乳に専念できるように,食事の用意や洗濯は私がしなくてはならないからだ。育児休暇中はそんなことで,哺乳瓶を使っていたので,私も一緒に寝て,子どもが欲しがった時には冷凍母乳を解凍して温めてみたいなことを手伝っていたのだが,直接授乳だと,私が一緒にいても手伝えることはないからだ。しかし,毎日別の部屋というのも寂しいので,翌朝遅くて大丈夫な日には一緒に寝るようにする。たまたま,子どもの夜泣きが収まらなかったときに私が抱きかかえてなだめようとしたのだが,明らかに昼間とは様子が違う。昼間は私が親であることを認識し,抱きかかえたり,話し掛けたりしてやると,私の眼を見て落ち着きを取り戻していくのだが,夜間は全く私の眼を見ようとしないし,声を聴こうとしない。触れられていることにすら安心をおぼえないという始末。まさに,「真夜中は別の顔」。ようやく,妻が泣いて訴えるほど夜中に苦労していることを知る。

ということで,まだまだ多難な育児の道は続く。

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役所での諸々手続き

11月2日(火)

この日の昼に妻の台湾の友人が泊りがけで手伝いに来てくれるということで,私は会社に出掛ける。翌日が祝日だが,そこから翌週の水曜日まで,有給休暇を使って育児休暇をいただくことにするので,仕事の区切りが難しいところだが,幸い残業せずに提示で帰宅することができた。

手伝いに来てくれたのは,私たちが6月に台湾に行った時にお世話になった女性なので,3人での生活は多少慣れている。2泊3日で手伝ってくれます。彼女自身には子どもはいないが,姉の子どもを随分世話した経験があるということで,息子の扱いも手馴れたもの。料理係は私だが,なかなか3人分の用意は難しい。しかも,なかなか3人揃っては食べられないし,やはりこの家に4人の人間は多いかも。

11月3日(水,祝)

お手伝いに来てもらっていて私だけ遊びに行くというのもなんだが,出産前に観られると思って前売り券を買っていた作品だったのでこっそりと観に行くことにした。といっても,4時間38分の超大作ということで(ちなみに,前売り券も2000円なり),ちょこっとは観に行けない。それはやはり他の人も同じようで,祝日のこの日にお客さんも集中し,ほぼ満席だった。

渋谷ユーロスペース 『ヘヴンズ・ストーリー
昨年,やはり同じユーロスペースで観た園 子温の『愛のむきだし』も4時間前後あった作品だが,瀬々敬久なる監督の本作は5時間弱。10分の予告編と10分の途中休憩でちょうど5時間。満島ひかりと西島隆弘が出ずっぱりだった『愛のむきだし』とは違って,こちらはオムニバス的な構成。全9章からなり,いくつかのストーリーが平行して進行しながら要所で交錯するという展開。主要な登場人物のうち,2人は子ども時代で時間が経過するので,当然役者は交代するのだが,1人の男の子は実の兄弟を使い,大きくなって寉岡萌希が演じる女の子も雰囲気が似ていて違和感がない。まず,このキャスティングがとても良い。そして,佐藤浩一や片岡礼子,渡辺真起子,などなど日本映画の重要な俳優を贅沢にちょこちょこ使ってたりして。とにかく見所満載なのだが,なにせ寝不足で来ているし,ハンディカメラが多用されているせいもあって,かなり気分が悪くなる。まあ,ともかく意欲作です。

11月4日(木)

この日の午前中まで妻の友人がいてくれるということで,市役所に出生届を出しに行く。出生届は市民課へ。名前は20年前に亡くなった私の父親(昭太郎)から一字いただいて「昭(しょう)」。昭和の字ということで古臭いところがいいし,日が召すという漢字はなんだかありがたくもある。私の兄弟は2人とも1文字ということで,それも踏襲して簡単に決まった。といっても,それはあくまでも私の家族の問題であり,私は男の子だったらそうしようかと安易に考えていたが,妻にいうタイミングを見計らっていた。妊娠中のいつ頃だったか,妻が子どもの名前について切り出した。そこで,私の意見をいう前に妻が同じ考えを私に提案してきたのだ。もちろん,妻は私に気を遣って考えた末の提案だったと思うが,とにかく夫婦の考えが一致していれば代案はいらない。女の子の場合も1文字ということはできないが,この漢字を使うということで考えていた。最後は,「昭」と書いた時の読み方だが,「あきら」とはせずに結局「しょう」に。
でも,出生届には読み仮名を記載する欄はないんですね。そういえば,私の名前は「厚(あつし)」だが,小さい頃「あっちゃん」と呼ばれていて(現在妻にもこう呼ばれるようになったが),それがどうにも女の子っぽくて嫌だった。そんな想いを母親に伝えた時に,「じゃあ,大人になったら「こう」にすればいいよ」と軽くいわれたのを覚えている。その時は名前を変えるなんて面倒くさいな,と思っていたが,読み方は本人の自由でいいようです。
市民化での手続きが終わると,今度は「子ども手当て」の申請のために,4階の子育て支援課に行く。申請が終わると2階の市民課に戻って出生届の受理を確認し,今度は息子の国民健康保険加入ということで,同じ階の国民健康保険課に移動。
そして,最後に隣の建物にある健康推進課に行く。どこの市でもあると思うが,母子手帳をもらうと,それと一緒に妊婦検診の費用補助券というのが14回分支給される。妻ははじめある病院に通い,その後助産院で産むことを決定した。そして,そこで提携している病院に転院したのだが,病院での検診は合計12回。後2回は助産院での検診に使うということになった。しかし,病院と違って助産院では補助券で自動的に割引するということはできないので,助産院での領収証を持って,健康推進課に行き,後で私の銀行口座に補助分の金額,1回4990円が振り込まれるという手はず。世の中面倒くさいです。
そして,この日残された手続きがもう一つある。それがいわゆる出産育児一時金。最近増えて42万円になった。これも病院出産であれば余計な手続くが必要ないのだが,助産院出産の私たちは,やはり助産院の領収証を持って,国民健康保険課へ行く。実際,出産および入院にかかった費用は42万円弱だったが,きちんと42万円支払われるとのこと。

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母子の入院,そして3人の生活

10月29日(金)

出産が28日の午後10時2分。それからバタバタといろいろしている間に日付が変わろうとしている。まあ,このまま母子を置いて私だけ帰るのもなんなので,そのままそこに泊まることにした。この助産院では,産んだその部屋が母子の入院部屋となる。10畳以上ある部屋ではあるが,赤ちゃんの父親だけは同室で宿泊することができる。近くのコンビニで何か買って食べてもよかったのだが,結局,陣痛中の妻のために助産師さんが作ってくれたおにぎりを私がいただくことにして,そのまま就寝。

当然赤子は疲れ果てた私たちを眠らせてはくれない。といっても,まだ空腹で泣き喚くというわけではなく,おむつ交換だけ。生まれたばかりの赤ちゃんは,3日分は飲まず食わずで耐えられるほどの水分と栄養分を蓄えているとのこと。そして,この時期の排泄物は真っ黒。さっそく,私がおむつ交換をします。まあ,今のところさほど難しいことではない。便は黒いのり状で,臭さもないし,単なる排泄物なので,小便もまだない。結局,何度かおむつ交換をして朝を迎える。

私は6時過ぎに身支度をして始発のバスに乗って,一旦自宅へ。ゆっくりとしたい1日だが,大学の講義があるのだ。会社は何とか都合がつくが,大学講義はそうはいかない。講義の準備は終えているものの,自宅でシャワーを浴びて,手近にあるものを食べ,電車に乗ったが,これがきつい。当然平日朝の新宿方面など座れるはずがない。いつも遅れがちな電車で,この日の遅れ具合は大したことなかったが,市ヶ谷までの道のりが,とても長く感じた。当然,講義中もかなり朦朧。こういう時は喉にもくるんですね。喋っているだけでかなり辛い。

なんとか講義を終え,まだ11時だったら空腹なので,学食で昼食をとり,そのまま都営地下鉄に乗って座って帰る。爆睡。家に帰ったら帰ったでいろいろやることがある。洗濯したり,退院を迎える準備をしたり。あたふたしながらも,再び助産院に戻る。母子は授乳の練習。これがけっこう大変で今でも問題は解決していない。こんなところで書くのもなんだが,妻は乳頭が大きい。そして,わが子は口が小さい。指のように,細くて硬いものは見事に吸引するのだが,大きくて柔らかい妻の乳首はうまく吸引できない。助産師さんに励まされながら2人の特訓は続く。妻の母乳は,子どもが吸引することで出るようになるし,先ほど書いたように,子どもは3日くらいは飲めなくても死にはしない。ともかく,今はお互いにとって乳首を吸うことが次の段階へのステップとなるのだ。

私ができることはおむつ交換。そして,この日は助産師さんに沐浴を習う。市の「もうすぐパパママ教室」でも一通り学んだが,なにせ人形だから実物を使った実践に勝るものはない。幸い,わが子は入浴が好きなようで,全身をお湯につからせると気持ちよさそうにプカプカしている。そして,入浴後に鼻の穴,耳の穴,おへそ周りの手入れ,そしてベビーオイルを手に塗ってのマッサージも習う。こういうところがやはりじっくりとゆっくり学べるのが助産院のいいところだ。マッサージではうつ伏せにさせて背中もやるのだが,これが面白い。まだ首も座らない子どもが,必死に首を起こそうとし,さらには手足を使ってほふく前進をしようとするのだ。

この日も一旦帰宅し,翌朝また来ることに。

10月30日(土)

台風の襲来。そして,東京経済大学の講義は幸いなことに学園祭で休講。またまた,なんだかんだで家のことを済ませてから助産院へ。バスでしか行けないところに通うのはけっこう大変。妻が妊娠中は散歩がてらけっこう歩いて,バスに乗るのはたまにだったが,頻繁に乗ると,混雑や遅延などでちょっとうんざりする。

授乳の特訓は続いています。一つの方策として,授乳補助器をつけてのトライ。徐々に妻の母乳も本格的に出てきています。そちらは問題なさそうなのだが,補助器でもうまく吸う場合とそうでない場合がある。この日は私も助産院の昼食をいただくことにした。こちらでの食事は有機農家からの野菜を中心としたメニューで,魚が多く,鶏・豚・牛といった動物性タンパク質はほとんどない。卵がたまに出るくらいのようだ。その日のランチは魚介類を使ったスパゲティ。こちらも刻んだ野菜がたっぷり。父親の宿泊には別途料金がかかるということで,この日も私は帰宅。

10月31日(日)

この日は私の母と兄が助産院に来る予定。朝から私は助産院に向かい,昼過ぎにバスで調布駅まで迎えに行く。その前に,息子をキレイにするということで,私が沐浴を行うことに。どこかでいわれていた通り,人形よりも実物の方がやりやすい。助産師さんにも「お上手です」と褒められてニンマリ。そして,入浴後のマッサージ,および各所のお手入れは妻の出番。この,ベビーオイルを手に塗ってのマッサージがとても気持ちよさそうだ。息子本人は裸にされたまま撫で回されて泣いてばかりだが...

案の定,母は新宿駅で迷い,調布駅の待ち合わせの改札口も間違えていて,彼女が時間的余裕を持っていたから数分遅れで会えたものの,お互いに携帯電話を持っていない2人なので危ないこと。彼女にとっても初孫との対面。開口一番「あら,ずいぶん男前じゃないの」と。「産まれた時不細工の方が成長して男前になるってよ」とか「この眼で見つめられるとドキッとするわ」などと,意外と冷静。そして,彼女自身の育児は40年前なので,特に手出しはしない。母のいる前で妻も平気で授乳しています。さすが,母が事故で片手が使えないとき,お風呂などいろいろな世話をした妻ですから裸の付き合いですな。

母が滞在中に兄が車で来る予定だったが,非常にわかりにくいこの辺りの道路網にギブアップして,たどり着けずに帰宅したとのこと。まあ,それはそれでよかったかも。兄が来たら,車で母を深大寺にでも連れて行って欲しかったが,結局私が徒歩で深大寺まで連れて行くことに。この辺はけっこう歩いたつもりだったけど,母と歩いた道は散歩道としては最適だった。途中,植物公園の間を抜け,北側から深大寺境内に入る。境内を抜け,正門にたどり着いたところで調布駅北口行きのバスがちょうど出発するところだったので,母を乗せて別れる。

私は徒歩では若干遠いが近所にある西松屋に寄って,頼まれたものを買って帰る。帰りはバスを使う予定だったが,目の前で行かれてしまい,歩いていると,今度は抜かされ,信号待ちしているのを追いついたが,バス停は過ぎていたため乗車拒否された。いやあ,頭にくる京王バスめ。

この日はハロウィーンということで,助産師さんの家族も近くの集会に参加するということで,家は不在。本来,退院前の夕食はお祝い膳とのことだったが,不在なので,寿司の出前。私も一緒にいただきました。この日も私は帰宅。翌日が退院です。この助産院は産後4泊5日が標準。

帰宅した私は,同じマンションに住む隣の部屋と上のお部屋にご挨拶。これから多大なる迷惑をかけること必死なのに,穏やかに対応してくれて助かる。

11月1日(月)

助産院にお願いして退院を夕方にしてもらう。私はとりあえず,会社に向かい,15時まで業務をこなす。早退して一時帰宅し,着替えて必要な荷物を持ち,調布駅前でおむつ用ゴミ袋をもらい,助産院に向かう。わが家は布おむつで育てる予定だが,やはりまだまだ軌道に乗るまでは紙おむつのお世話になることにした。調布市は有料ゴミ袋を使用しているが,おむつは別途申請して無料で配布される。助かります。

助産院に到着し,もろもろの手続きをして,記念写真など撮ってもらい,タクシーを呼んで帰宅します。とりあえず,助産院の入院部屋を参考に,畳部屋にベビー用品以外の余計なものは全て移し,母子の部屋にします。今まで,妻が使っていた部屋がガラクタ置き場のような状況。明日から,妻の台湾の友だちがヘルプできてくれる。その友だちがいる2,3日は4人ですが,これから3人家族の生活が始まります。

とりあえず,私のデジタルカメラで撮影した息子の姿。

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都市・空間・権力

竹内啓一編著 2001. 『都市・空間・権力』大明堂,332p.

本書は1993年に60歳で一橋大学を退職した竹内啓一氏の退官記念論文集のようなものである。竹内氏は2005年に亡くなってしまったが,その偉大な地理学者とは私も少なからず接したことがあり,その人柄も少しは知っている。そんな彼らしく,仰々しい退官論文集は拒み,その代わり,彼の下で学んだ第一線で活躍する地理学者たちが竹内氏にもちかけて作られた論文集である。この出版元である大明堂も地理学中心にやってきたところだが,既になくなってしまった。
そんな本書に寄稿したのは地理学という狭い枠にとらわれずに活躍している人ばかり。そもそも,一橋大学時代の竹内氏のゼミは地理学専攻というわけではなかった。そんな苦労も含めて序章にはタイトルどおりかなり個人的なことが書かれている。本書の執筆者の多くは名前しか知らなかったので,こうしてまとまった読むことができるのはいい機会。寄稿したのは以下の通り,全部で7人。

序章 社会地理学の探求――個人的・私的な学問史(竹内啓一)
第Ⅰ章 植民地主義と都市空間――台北における権力と都市形成(葉 倩瑋)
第Ⅱ章 「都市美化」か,都市の「農村化」か?――ポートモレスビーにおける都市空間の変容とセトゥルメンと住民の生活世界(熊谷圭知)
第Ⅲ章 ナイロビにおける住宅商品化の波と社会編成(上田 元)
第Ⅳ章 19世紀後半のバルセロナ市における近代的都市空間の創出(栗原尚子)
第Ⅴ章 経済の第3次化と都市空間――パリ西郊シュレーヌ市の変貌(磯部啓三)
第Ⅵ章 ドイツの問題都市における問題地区――空間をめぐる権力と非権力(山本健児)
第Ⅶ章 カナダにおける大企業の本社立地と都市の階層性(栗原武美子)

第Ⅰ章は個人的に,妻が台湾人ということで関心のある内容。かなり教科書的な記述だが,勉強になること多し。第Ⅱ章はなにかと学会で目立っている熊谷氏のフィールド調査の成果。彼は人の研究に茶々を入れたがる性格で,学会で発表者に質問をしている姿をよく見かける。また,フィールドにおける倫理的な問題についても一時期よく書いていたことがあったが,彼が長年通っているパプアニューギニアのポートモレスビーの話を読むのは初めて。
上田氏は1986年に「領域性概念と帰属意識」という刺激的な論文があったが,それ以降はなぜかアフリカ研究者になっていて,彼の文章を読む機会はなくなっていた。ということで,ケニアはナイロビの話。既存の研究に基づく,住宅地の状況をナイロビ全域で概観したもの。なかなかナイロビという都市を想像しにくい。栗原氏は,以前彼女が世話人を務めていた研究グループで呼ばれて発表したことがある。そういえば,その場にも竹内さんはいて,意見をもらった記憶がある。そんな栗原さんのフィールドはスペインはバルセロナ。一方で,次の磯部氏の章はフランスはパリ。やはり,どうしても私が世界の諸都市について知らなすぎるからだろうか,なかなか集中して読むことができない。
そんななかで,本書でいちばん面白かったのが山本氏のドイツの話。この人は本当に次々と論文を発表している,精力的な地理学者だ。やはり文章はとても魅力的で読ませる内容。彼は経済地理学者だが,新聞記事なども分析に加え,広い関心を持っているように思われる。竹内氏がこの寄稿者たちに要求した「都市・空間・権力」というテーマにもいちばん合致していると思う。
そして,最後のカナダの文章は非常にお粗末だ。ともかく,カナダ諸都市のデータが列挙されているだけ。ということで,山本氏による章は読み応えがあったものの,その他はなかなか読んでも頭に入ってこない内容が多く,私の知的方向性が地理学から乖離していることを改めて感じさせる読書だった。

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出産記録

10月28日(木)

出産予定日まであと2日。予定日が1日違いだった永山マキさんは2週間前に既に産んでしまったし、妻の通うマタニティビクスなどの妊婦仲間たちも次々と出産。病院からは、予定日1週間越えたらもう一度来るようにいわれたり、助産師さんからも「まあ、初産婦さんは大抵遅れますよ」といわれ、診察の予定を予定日の次の日に入れられたりして、ちょっと焦ったり、遅れるのを覚悟したり(でも、あまり遅れると病院出産になってしまう)。

私もそんなつもりで、いつもどおり出勤。すると、ホームで待つ私に窓を開けた妻が「お印がきたー」とガッツポーズ(わが家は駅のホームから小道を1本隔てただけの2階なので、会話ができます)。お印とは、お股から血が混じった液体がでてくる。羊水が出てくる破水とは違います。破水の場合も一気に出てきてしまう場合とちょろちょろ出てくる場合とあるようですが、こちらは即出産準備。もちろん、陣痛が先に来た場合も出産準備。それに対し、お印の場合はそれから数日から1週間経っても陣痛がこない人もいるということで、とりあえず私は電車に乗って会社へ。

すると、早速妻からメール。陣痛らしきものが始まったけど、まだ様子見。私も着いたばかりでまた帰るわけにも行かないので仕事。当初聞いていたところでは、陣痛は10分間かくくらいから始まって、陣痛のある1分間は辛いけど、間の9分間は普通に暮らせるので、食事をしたり、家事を済ませたりして過ごしてください、ということだった。しかし、妻の場合は陣痛の間隔が一定ではなく、5分をきっている場合もあるということで、とりあえず仕事の状況だけ担当者に伝え、今後の方針を立てた状態で早退する。

既に妻は立ち上がれない状態だということで、とりあえず助産師さんに電話する。「まだまだだよ」といわれるものの、辛そうな妻を見ているのも忍びなく、午後すぐにもう一度電話して、タクシーで助産師さんの自宅へ。陣痛とは、子宮が胎児を出口に押し出そうとする運動で、胎児の出口を子宮口というが、それが徐々に延びていく。助産院で内診をしてもらうと、まだ子宮口は直径1~2cm。全開が10cmにもなるというからまだまだだ。とりあえず、いろいろ検査をして、母親と子どもの状態を確かめる。胎児は元気そのものです。一度、助産師さんの車で自宅に戻してもらう。この時だけは何を食べてもいいということで、とりあえず、家にあるものを食べ、一応昼食らしきものを私が作って一緒に食べる。

でも、相変わらず妻は辛そう。あいにくの雨模様の天気で、しかも寒い。自宅にいても落ち着かないし、何もできないので、電話をして、準備をして、タクシーを呼んで、助産院に向かう。助産院の方が部屋も広いし温かいし、落ち着きます。それにしても、タクシーの受付はけっこう冷たい。こういう時に冷たくされると悲しくなります。さらに、このとき来てくれた運転手さんは同じ市内なのに、道が分からずナビ便り。ちゃんとしてよ~。

助産院では「アクティヴ・バース」といって、陣痛中も妊婦が体を動かすことで、促進させるやり方を教わったが、もうとにかく妻は辛そうなので、本人が産みたいと思っていた体位もできずに、ずーっとお尻を落として耐えるだけ。私たちがお世話になった助産院は、助産師さんの自宅だが、産後の入院のお部屋でそのまま産みます。「バース・プラン」として、さまざまな要望どおりに環境を作ってくれるが、わたしたちは妻が持参したiPodで、湯川潮音のCDをリピートでかける。一番新しいカヴァーアルバムはまだ取り込んでいなかったようだが、歴代のCDが鳴り響く部屋。これだけ潮音ちゃんの曲を一度に続けて聴いたことはない。そもそも、『逆上がりの国』はそうとう聴いたが、他のアルバムはそうでもなかったりして、ライヴでほとんどやっていない曲は覚えていないものもあり、かなり新鮮。なんだ、いい曲もっといっぱいあるじゃん、潮音ちゃんライヴでもやってよ、という感じですね。

Photo

出産の辛さは、よく「鼻の穴からスイカを出す」みたいにいうし、テレビや映画の出産シーンも大抵は最後の「いきみ」。だから、本当にお股から赤ちゃんの頭が出るときが一番痛いというように思い込んでいるけど、そうではないようだ。ともかく、子宮の収縮に伴う陣痛がいつ終わるともなく続くことが苦痛のようだ。実際、なかなか子宮口は開かず、何度も助産師さんに内診で確認してもらう。「まだ3,4cm」、「ようやく5,6cmってところかな」、というやりとりの度に妻は「もういやー」。助産師さんは座ったままじゃ赤ちゃんが下りてこない、とアドバイスし、すでに何時間も痛みに耐えてきしんでいる体にムチを打って立ち上がって足ふみ。とにかく、痛みに耐えるのに必死でほとんど周りを受け付けようとしない。特に、私に対してはやさしく手を差し伸べても「触らないで!」と拒絶。私はともかく見守ることしかできません。

なにか状況を変えたい妻は、いままで通っていた針灸妊婦ケアの出張をお願いする。千歳船橋にある「ヒーリングゆう」さんはそもそもこの助産師さんの紹介。なので、出産時の出張はたまにあるとのこと。結局、通常業務を終えて、店長さんともう一人のスタッフの人がたどり着いた頃には、もうどうしようもなく、でも日が暮れて赤ちゃんは下りてきて、まもなく子宮口は全開になります。私には触らせもしないが、プロフェッショナルには体を預けて、この2人の女性の介護の下で最後の段階に入る。子宮口が開いても、その先に会陰というまさに最後の出口がある。ここも直径10cmまで伸びないといけないのだが、これは赤ちゃんの頭で伸ばすのだ。つまり、赤ちゃんの頭を出すのが、「いきみ」だが、一気にいきんでしまっては会陰が破けてしまう。少しずつ、ゆっくりと、細かくいきんで頭を出す。

この作業がけっこう大変らしい。本人は会陰が伸びる痛みよりも既に蓄積している陣痛の痛みを終わらせたい気持ちの方が強いので、一気に赤ちゃんを出したいのだ。でも、妻が「いきみたいー」とか、「いきんでいいですかー」というのを助産師さんたちが制しながら、徐々に進行していく。しかし、この時の妻の身体コントロールは見事だったらしく、助産師さんたちも「初めてとは思えない」と絶賛。しかし、最終的には頭が出ると同時に体ごと出てしまい、会陰には3箇所軽い傷がついてしまったようだ。それは妻のせいではなく、赤ちゃんのせい。お腹にいるときからなかなかいい脚力をしていたのだが、最後にお腹を蹴ってしまったようですね。私が頭の出ている様子を見ようと思った瞬間には、全身が飛び出ていました。そして、私の目に飛び込んできた「男性器」。そう、産まれたのは男の子でした。

妻は先に性別を知りたがっていたようですが(そして男の子が欲しかったようです)、私の意志で、出産するまで性別は教えてもらわないようにしていました。妊娠中の妻の顔つきとか、お腹の出具合とかで、「これは女の子かなあ」といっていましたが、男の子でしたね。体重は2814g、身長は46cm。私はへその緒がつながった状態の彼を見て、ビックリ。まあ、小さいながら人間のパーツが出来上がっていることにはさして驚かなかったのですが、その顔つきです。私の知っている赤ちゃんの印象は、ギャーと泣き喚くことで、顔がくしゃくしゃになり、客観的にはとても可愛いとは思えないものだったが、いきなり美しいのだ。切れ長の大きな目で、とりあえず肺呼吸を始めるための産声は2,3上げたものの、その後は特に泣くこともなく、目を見開いて、初めて見る世界を冷静に観察しているのです。

Photo_2

結局、産まれた瞬間に到着したサポートの助産師さんに産後の赤ちゃんケアはお願いする。服を着せ、身長や体重、体温や血圧などを測る。あ、その前に赤ちゃんは疲れ果てた妻の胸に抱かれ、へその緒を切りました。へその緒って切った状態ででべそになったりすると誤解していましたが、どこで切っても、余分なところは役目を終えると自然に剥がれ落ちるのだと。そして、赤ちゃんのケアをしている間に、メインの助産師さんは切ったへその緒を手繰り寄せ、妻の胎内から胎盤を取り出します。いやいや、これも大きくて立派な臓器です。400mlほどの出血はありましたが、まあ標準の範囲ということで、かなり理想的な出産だったとのこと。

妻の要望どおり、妊娠が発覚してから禁酒していたこともあり、お祝いに買っておいたロゼのシャンパンで乾杯。いやいや、ご苦労様でした。今回のところはそこまで。夜に,暗めの照明だったので,いい写真は撮れていませんが,一応こんな感じで。

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