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昭,口唇期

私たちの息子は泣き虫である。育児といっても,寝ている時は何もする必要がないし,機嫌よく起きている時は放っておくか,適当に一緒に遊んでやればよい。面倒でいちばん時間が長い(長く感じられる)のが,泣いている彼をいかに泣きやませるかである。
まあ,誰でも知っているように,泣いている理由は三つ。お腹が空いておっぱいが欲しい時,おむつが濡れて不快な時,そして眠たいのだが何かが原因で寝れない時。一番目はおっぱいをあげればよい。二番目は息子の場合,それといって分かる時はない。しかし,それに近いものとして,胃腸が活動し,これから排泄するという時の違和を感じ,泣いている時がある。これについては後述しよう。
ということで,いちばん苦労するのが最後の点だ。といっても,これは勝手に想像しているだけで,本当にそうかどうかは分からない。ただ,何をやっても泣きやまない原因を考えるとしたらそんなことしか思いつかない。実際に,この状態になるのは起床時間が継続している時である。そんな時はどうやってあやしているのか。ここで列挙してみよう。まずは普通に抱きかかえてよしよしとなだめる。生まれたての頃はこれで泣き止むことが多かったけど,最近はほとんどない。二番目は「高い高い」などで,垂直の運動をする。これは前回書いたように,あまり激しい動きは脳に損傷を与えるので気をつけなくてはならないが,私たちが遊園地で垂直落下のマシーンを楽しむように,子どもにとっては泣いているのを忘れるような衝撃らしい(だから,やりすぎは禁物)。三番目は私自身が揺り篭のようになり,水平の移動を与える。これも極度な移動は加速度がかかった状態になって泣き止むが,やりすぎはよくない。ここ数日はもっと遅い速度でも落ち着いてくれることを発見。最近は自動でスイングする商品もあるが,やはり揺り篭は偉大だ。もちろん,抱っこしてあやしながら,リズミカルに背中などを軽く叩いたり,話し掛けたり唄ったりするのは効果的。

そして,もう一つ私がよくやるのが,指をしゃぶらせること。妻の知人にいただいたベビーグッズのなかに,シリコン製のおしゃぶりが入っていたが,これを加えたのはほんの一時期だけ。最近では,口に入れた瞬間にプイと外に出す。その仕草が可愛くて,最近ではしつこく何度も入れて出させてを繰り返したりする。
そんな感じでシリコンおしゃぶりは役に立たないが,私の指は吸ってくれる。特に右手の薬指。爪の側を舌で舐めるような形で入れてやると,はじめは「何だこのまずいものは」という感じの顔をすることもあるが,慣れてくるとチュパチュパと強い吸引力で吸う。この時,左腕一本で抱きながら指をしゃぶらせているのだが,左手の手のひらを彼の背中に当てていると,飲んだ母乳が胃腸で消化されているのがよく分かる。私の指をしゃぶっている時は,これから眠りにつくときと,胃腸で消化されたものが排泄される時とが多い。そのどちらもなかなか面白い体験だ。前者は,しゃぶっている間にまぶたが重たくなって目が細くなってくる。そしてチュウチュウと吸う回数と力が弱くなってくる。でも,すぐにはやめない。休み休みで何度も思い出したように吸い,最後に眠りに落ちる瞬間にプイとちゃんと指を吐き出すのだ。そして,後者だが,こちらは打って変わって大騒ぎ。無自覚のうちに排泄することも多いが,排泄するという自らの内臓の運動を自覚している場合ものある。その際が大騒ぎなのだが,指をくわえるという行為によってその訳が分からない自分の体の動きに向けられた神経を指を加えるという行為に向けてそらしているように思われる。ウギャウギャ騒ぎながらも必死で指にすがりつくという感じ。

Blog20101201

さて,フロイトの性的発達段階説の最初の2つの段階が,口唇期と肛門期である。といっても,私はきちんとその説をフロイトの原文で読んだことがない。ちょちょっとネットで調べてみると,乳首をチュパチュパ吸うことへの快楽と,肛門から排泄する時の快楽を感じるか感じないか,それに執着するかしないかでその子どもの成長後の性格が決まってくるというもの。しかし,私は勝手にこれは根本的な自己と他者の問題,あるいは内部と外部の問題ではないかと想像している。
よくいわれるように,新生児が自らの身体を自らの所有物だと認識すること,そして,自分自身の精神が他者とは独立した存在であると認識するまでには時間がかかる。そもそもが出産前は母親の身体の一部であった胎児が,産道を通って外界へと出,へその緒を切ることによって独立した物理的存在になる。しかし,もちろん何から何まで新生児の生命は母親(これはあくまでも理念的な存在としての母親です)に依存している。確かに新生児の身体能力は意外に高く,首をのけぞる力や,泣く時の腹筋,そしてわが子の場合は特に足をバタバタする時の力はかなりなものだ。しかし,足をバタバタさせたり,手をブルブル回してみたりというのは,私たち大人のように,歩いたり,手で何かを掴んだりという機能を果たすことができるような制御されたものではない。まあ,そうした将来の機能的運動に向けての訓練だということもできるが,いわば自覚的運動ではない。身体運動を自らのものとして意識はしていないということだ。機能的に意味があるのは泣くことと乳を吸うこと。この二つは明らかに自らの身体を維持するための機能を果たしているが,それはある意味で生まれもってプログラミングされた無自覚のものともいえる。

つまり,彼はどこまでが自分でどこからが自分外なのかという境界を持ち得ない。そもそも境界などという概念が存在しない。私たち大人の境界の概念によれば,子どもの身体の外部に母親の身体はあり,その外部から母乳が内部へとやってくる。そしてそれを自らの体内に導き,栄養に変換して自らの身体と成す。しかし,子どもは外部なる乳首はいつでも欲しい時に目の前にあると思い込んでいるために,それがない時にないことを自覚し,諦めることはできない。つまり,口唇は内部と外部の境界である。その境界を自己と他者の境界だと自覚していく時期が口唇期ではないだろうか。
一方,肛門はその逆である。肛門を通って,自らの内部にあった物質が外部へと排出される。もちろん,その前には胃腸の働きが少なからず子どもには感覚されるわけだが,その感覚は手足や顔,胴体などを外部たる私たちの手が触るのと同じように,子どもには外部から持たされる不快感に感じるのかもしれない。だから,避けられないその胃腸が運動する感覚を我慢できずに大泣きすることがある。そして,排出した便もそれが不快だとは考えないのかもしれない。といっても,肛門という内外の境界を意識するのは,まだまだ先なのかもしれない。トイレを覚えてきた子どもが,水洗トイレで流されるウンチに向かってバイバイするのはよく知られている。

まあ,ともかくそんな具合に,息子は境界という概念を学び,自らの内部と外部に境界線を引いていく時期がそのうちくるのだろう。

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コメント

通りすがりの者ですが、突然のコメントお許しください。

息子さんかわいいですね!新生児期は昼夜問わず、大変な時期だとお察しします。

余計なお世話かもしれませんが、新生児にミトンは不要ですよ♪
赤ちゃんは手足で体温調節をするので、汗をかかない子になっちゃいます。
顔を引っ掻くのが気になるのでしたら、爪をこまめに切ってあげてください。
そう簡単に目に指は行きませんから…。
顔の湿疹などが酷い場合など、医学的理由があるときにのみ使うそうですよ。
(湿疹などがあれば大変失礼しました)

ネットで色々検索されているようなので、ご検討いただければ…。

お互い育児頑張りましょうね♪

投稿: 2歳児の母 | 2010年12月 3日 (金) 03時10分

2歳児の母さま

書き込みありがとうございます。
そうですね。不要だとは思うのですが,どうしても手が顔に行きがちで,本当に産まれたての頃,よく自分で顔を掻いて赤くなっていたので,思わず習慣でつけています。
湿疹もありますが,それほど酷くはないので,参考にさせていただきます。

投稿: ナルセ | 2010年12月 3日 (金) 04時52分

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