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Geography & vision

Denis Cosgrove 2008. Geography & vision: seeing, imagining and
representing the world. I. B. Tauris: London, 256p.

コスグローヴは英国の文化地理学者だが、本書が出版された年に60歳で亡くなった。最期は米国のUCLAにいたらしい。しかし、本書は生前に編集は終えていたようで、彼の最後の著書となる。彼の教え子のヴェロニカ・デラ・ドラという女性地理学者が本書の編集にもかかわっていたようだが、2人の共著書『High places: cultural geographies of mountains, ice and science』という本も出版していたりする。ちなみに、コスグローヴがもっぱら歴史研究による景観表象を扱っていたのに対し、デラ・ドラは私も読んだ最近の論文で、景観の物質性を強調している。近年の文化地理学では、一昔の表象や言説への過度の強調の反省として、やたらと物質性を訴えがちだが、デラ・ドラは表象にだって物質性はあると、私がしたい主張を代弁していて嬉しかった。
さて、本書は本人が書いているように、基本的に晩年の講義録的な意味合いが強く、新しい学的探求は希薄だといってよい。しかし、それはそれでありがたい。1994年の論文を拡張させた2003年の著書『Appollo's eye』を当時読み始めたのだが、あまりのディープさに冒頭だけでやめてしまった。本書はその本のテーマであるコスモロジーから、若かりし頃の研究対象であったジョン・ラスキン、そしてその後のパラーディオの話など、まさにミクロ・スケールからマクロ・スケールまで、コスグローヴの研究歴を通じて知ることができる。

序文:景観、地図、視野
I 地理学的・宇宙論的視野
1 地理学と視野
2 地球圏外の地理学
II 景観視野:ヨーロッパ
3 ルネサンス世界を造園する
4 楽園の地図化
III 景観視野:アメリカ
5 アメリカの測量
6 野性、住むべき地球、国民
IV ジョン・ラスキン:視野、景観、地図
7 形態学的視点
8 ラスキンのヨーロッパ的視野
V 地図学的視野
9 移動する地図
10 地図-都市
VI メタ地理学的視野
11 太平洋を見る
12 赤道を見る

目次で分かるように、本書で主に扱われているのは景観と地図である。序文では、景観と地図という視覚的表現がいかに地理学のなかで重要で(あった)かを論じている。しかし、現代は素朴に地図や景観を地理学の表現手段として用いることは難しく,内省的な批判が付きまとう。著者であるコスグローヴは1988年の編著である『風景の図像学』の翻訳に私は参加したが,その本などによって,地理学における批判的な図像研究を牽引してきた人物である。そんな彼が最期に残した本書をじっくり読んでいきたいと思う。
本当は雑誌に書評原稿でも書こうと,1章ずつ丁寧に内容を記録するつもりだったが,かなわなかった。いくつか面白かったことと全体的な印象を書き残すことにしよう。コスグローヴの研究はジョン・ラスキン研究に始まる。そして,ルネッサンス期のイタリア研究,特にヴェネツィアについて。そして,1990年代からグローバルな文化地理学を目指し,歴史的なコスモス(宇宙)の表象というテーマに向かった。私がアメリカ地理学会誌に発表されて間もなく読んだのが,米国の宇宙船アポロが撮影した地球の写真に関する論考だった。そして,その後私もきちんと彼の研究動向を追っていなかったのだが,その後は『Mappings』という論集も発表するなど,その関心を地図に向けていたらしい。
そんな感じで,著者は死期が迫っていたのを知っていたのか,若かりし頃の研究テーマから最近のものまで,研究者的伝記のような著作になっている。かといって,それは自らの研究暦の順番に章構成を決めているわけではないし,かつての研究結果がそのまま記録されているのではなく,かつてのテーマの新たな展開をきちんと残している。そして,上にも書いたが,各章はそれぞれ講演のような形で完結しているので(各章の最後に「Conclusion」がついている)読みやすくもある。
第Ⅰ部のテーマはコスモロジーである。現代的に考えれば,グローバル化を越えた大きなテーマであるが,時代を遡るとそれは宇宙観の問題となる。歴史と現在,観念上の宇宙と現実の世界とを結びつけて考えようとするのがコスグローヴの魅力かもしれない。コスグローヴの最終的な肩書きはUCLAのアレクサンダー・フォン・フンボルト地理学教授ってことになっているが,本書では近代地理学創始者の一人であるフンボルトがよく登場する。フンボルトの晩年の著作といえば,そのタイトルは『コスモス』だから,第Ⅰ部にはフンボルト『コスモス』の考察も含まれている。19世紀初頭まで活躍したフンボルトはまだ,秩序だった宇宙としてのコスモスを信じていたが,近代という時代が進むにしたがって,宇宙観なるものが消滅していくという。
第Ⅱ部のテーマは彼お得意のルネッサンスのヨーロッパだが,本書ではそれを「Gardening」という言葉で捉えようとする。といっても,それは単なる造園とか庭園のデザインという特定の狭い分野に限定していない。この時代のヨーロッパにおける宇宙観ともいえる世界観の一つをガーデニングとして捉えようとする。もちろん,当時の絵画も登場するし,本書で何度か登場するのが,1570年にアントウェルペンで世界で初めての地図帳を作ったオルテリウスである。そして,図像表現だけでなく,古代の詩人ウェルギリウスも登場するし,4章ではアルカディアの話題になる。しかも,それを米国の自然公園から始めているというのも面白い。
そして,第Ⅲ部はアメリカの話になる。そういえば,1986年の著作『社会構成体と象徴的景観』でも「景観としてのアメリカ」と題した章がある。5章はヨーロッパからの移住者は広大なる台地であるアメリカをいかに幾何学的な原理で手を加えていったのかという歴史を,そして6章の「野性」をテーマにした議論は個人的にとても面白かった。特に後半には「野性としての子ども」といった議論もあって,一つまとめたいと思っている論文に大きなヒントを与えてくれた。
第Ⅳ部はジョン・ラスキンの話だが,実はコスグローヴのラスキンに関する1979年の論文を読んでもイマイチピンとこなかった。ラスキンは『近代画家論』の風景編である『風景の思想とモラル』も日本語で読んだし,『建築の七燈』も読んだのだが,どうにもなぜコスグローヴがそんなにもラスキンに夢中になるのかは理解できないでいる。しかし,今回のラスキン論では,彼がオックスフォード大学にいた同じ時代のオックスフォード大学の地理学の状況と関連付けていて,地理学者としては面白い。ちょうど,マッキンダーという有名な地理学者がいた時代で,その教育のあり方や,地理学独自の「巡検」の話など。細かくは読み取れなかったが,そうしたものはラスキンの地理学的想像力と関係してくるのだとか。
第Ⅴ部は地図の話だが,日本の地理教育でも使われているメルカトル図法の地図の意味とか,国によってどこを中心に置くとかといってありがちが話もあるし,オルテリウスの話もあり,また初等・中等教育の地理教育ではお馴染みの気候区分を提示したケッペンの話もある。10章では,単なる地図から,やはりオルテリウスの時代に流行った都市景観図という鳥瞰図(日本語にもなっているブラウンとホーヘンベルフの『世界都市図帳』も登場する),さらには現代のニューヨークの摩天楼を3Dで描いたものまで。そのタイトル「地図-都市」とは,私たちの想像力が,都市というものを地図的なもので描写されるべきものとして捉えているということが論じられる。これは,ルイ・マランが『ユートピア的なもの』で論じていたことととても近い(けど引用はされていない)。
最後の第Ⅵ部は今後のコスグローヴの研究の方向性をうかがわせるものでなかなか興味深い。私がかつて関心を持っていた「地政学」的な議論が展開されるのだ。といっても,1990年代半ばに流行った批判地政学に対する言及はないのだが,11章では太平洋戦争における「太平洋」の表象について論じられる。もちろん,古くはマッキンダーのハートランド理論の世界地図から,太平洋戦争時の米国による日本に向けた戦術において地図のもたらす意義を捉えている。著者が存命だったら,最期に文化の問題からより政治の問題へと考察を深めたのかもしれない。
そして,最終章は続いて「赤道」が取り上げられる。フンボルトが南米はアンデス山脈のチンボラソ山での調査についての考察あり,17世紀の赤道探検旅行の話あり,そしてそれらはフィクショナルな理想郷としてのトマス・モア『ユートピア』などとも関連付けられ,それは第Ⅴ部のテーマとも接続する。
まあ,今回も辞書なしで読んだので精確なところや,その議論の深みまでは理解できていないのだが,ともかく1冊読み続けるのが苦ではない,読み物としてすぐれた作品だったと思う。しかも,本書が興味深いだけでなく,参照されている文献の一つ一つが非常に魅力的に思われるものばかりで,本書は文末脚注という形での文献参照だったのだが,注があるたびにわくわくして巻末のページをめくるという,洋書にしては珍しい読書体験だった。最近はできもしないのに,1冊くらい翻訳出版をしなくてはと思ったりして,自分にできて,その価値のある洋書を探しているが,本書は読む前に直感的に思ったように,翻訳するにはいいかもしれない。でも,やっぱりコスグローヴにしては一般向けだといえる本書ではあるが,私の知識があまりに足りていないことを痛感する。とりあえず,本書で登場したルクレーティウスの『物の本質について』(岩波文庫)を購入したので,読んでみることにしよう。

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