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死と歴史

フィリップ・アリエス著,伊藤 晃・成瀬駒男訳 1983. 『死と歴史――西欧中世から現代へ』みすず書房,285p.,2000円.

アリエスの本は『〈子供〉の誕生』に続いて2冊目。『日曜歴史家』という著書を持つ著者は,大学の勤める歴史学者ではないところが共感を覚えるが,もちろん共感を覚えるのも失礼なくらいで,日曜歴史家でありながら,歴史に名を残す歴史学者である。そんな彼の大著の一つ,『死を前にした人間』(1977年)は15年来,著者が取り組んできたテーマの集大成。同じテーマで1975年に発表されたのが本書。でも,前半の英語版は前年に刊行されていたようだ。そもそもが,その内容は米国のジョンズ・ホプキンス大学での連続講演であり,フランス語版の本書では,その講演に加え,このテーマに関するそれまでに発表された論文や書評原稿などを収録したもの。
テーマはいたって分かりやすい。アリエスは精確にはアナール学派に属していたとはいえないが,その後流行ることになる心性の歴史と位置づけられるようなもので,西欧世界における死に対する観念の歴史をたどったもの。しかし,もちろん『〈子供〉の誕生』もそうであったように,現代の私たちが自明視している意識がかつてはそうでなかったという史実を示すことによって,現代の私たちの意識を改善しようという意図を持っている。本書が書かれた1970年代からはもちろん,死に対する人間の意識は変わってきていてはいるが,本書の意義はまだ色褪せてはいないと思う。
先日,ネットで面白い記事を読んだ。最近の日本人は癌に対する不安の第一位は「死」ではなく,「治療にかかる費用」だという。癌=死という意識から,早期の発見と治療によって克服すべき病であるとの認識が広まる一方で,治療のために仕事ができなくなり,その上に高額の治療費がかかるということによる家計の逼迫が大きな不安だというのだ。ちなみに,私の父は20年前に癌で亡くなった。結局は本人には告知せずに亡くなってしまった。まさに,この風潮がアリエスが現代社会における死に対する意識として出発点としたものだ。死は恐れられ,なるべく覆い隠される。もちろん,医学は進歩し,医者は死期を知り,親族にはそれを伝えるのだが,一昔前はそれを本人に伝えるのは「酷すぎる」といって,見送られてきた。その点に関しては21世紀の今日では事情は異なり,本人に告知することで積極的に治療に立ち向かわせるということになっているが,瀕死者が病室のベッドで,管に繋がれながら,一日一日と延命されるという状態は変わっていない。
アリエスによれば,こういう状態というのはほんのここ数百年で現れたものだという。アリエスが挙げている事例の多くで,西欧の人々は自らの死期を誰よりも早く察知し,それを迎える準備をするのだという。つまり,多くの事象は近代以降に自然な状態から飼い慣らされるのだが(子どももその典型),死に関しては歴史を遡った方が,人間によって飼い慣らされていたというのだ。むしろ,現代の方が予測不能な自然として死は恐れられるようになったという。飼い慣らされていた時代の死は恐れられるものではなく,喜んで向かい入れるものだったという。ただし,本書は70ページ程度の講演録に,さまざまな形でこの説が発表される短文からなるので,この辺の歴史の推移が分かりにくい。やはりきちんとこのテーマを学ぶには『死を前にした人間』を読むべきだというのだろう。

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