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2011年3月

ホームパーティ

3月21日(月,祝)

春分の日だというのに,まだ寒い日は多い。この日も雨がぱらつく一日。前日,映画館まで行って『SP革命編』を観損ねた妻が朝からリベンジ。計画停電の関係で,同じ映画館でも毎日スケジュールが違っていて,この日は前日よりも早い時間。午後にはわが家にお客さんが来ることになっているが,彼女は観に行った。
おかげで,この日の料理担当は私。彼女がこれを作りたいといっていた「ケークサレ」というフランス料理を,クックパッドのレシピを見ながら作ります。いわば,おかずになるパウンドケーキというのか,小麦粉を入れたスペイン風オムレツというのか,ともかくレシピに加え,3色のカラーピーマンだのしめじだのを入れます。卵,牛乳,オリーブオイルなどを混ぜた後に少し炒めた具をまぜ,最後に小麦粉とベーキングパウダーを振るったものをざっくりと混ぜてオーブンへ。もう一品はラザニア。まあ,これは事前に用意していたものではなく,ひき肉とホールトマトが余っていたので,ミートソースとホワイトソースを作っておく。もし,料理が足りなくなったら,ラザニアを茹でて,耐熱皿に重ねて材料をいれ,オーブンで焼けばよい。もし,この日食べる機会がなくても,翌日の私たちの夕食にできる。まあ,お客さんが何を持ってくるかも分からないし。

てなことで,妻が帰宅する。私はすっかりお腹が空いてしまったので,外出先で昼食を買ってきてもらう。なんと,わが家ではなかなか食することの少ないお弁当でした。こんなにしっかり食べたらせっかく作ったものが食べれないよう,と思っていたが,お酒を呑む前にしっかり食べていたのはよかったのかも。

さて,この日は私のこのblogでもかつてはさんざんお世話になっていたTOPS氏を囲む会。彼は某有名企業に勤めるが,なんでもこの4月から仙台に転勤になったとのこと。彼も忙しい身なので,3月上旬にこの日に壮行会パーティを行う予定を立てたが,あの地震。彼も地震の翌日に仙台に家を探しに行く予定だったという。当然,当分仙台には行けないし,転勤も延期とのこと。まあ、このことと今回の地震はまったくもって無関係ではあるが、少し運命的なものを感じなくもない。
ともかく、TOPSさんが転勤前に行く予定だった多くのライヴも中止になったりするなかで、この会は中止にはしたくなかった。参加予定者の一人が計画停電に伴う職場の待機命令で欠席になってしまったが、急遽TOPSさんとは面識もないが地理学者仲間の荒又さんを呼び、そして一番のゲストがTOPSさんと私とがファンである女性シンガー鈴木亜紀さん。もちろん面識はあったものの、実は同じ町にお住まいということが発覚し、誘ってみることにした次第。他にも幾人かのミュージシャンに声を掛けたものの、皆さんお忙しいようで。でも、今から思うと直前にでももう一度連絡すればライヴの中止などで予定が空いていたかもしれない。
荒又さんは和菓子を持ってきてくれたが、妻お手製のリンゴケーキだけで皆さん満腹になってしまい、おはぎなどは私たちの胃袋へ。そして、鈴木亜紀さんが持ってきてくれたのが「黒はんぺんサンド」。静岡県焼津出身の亜紀さんですが、そこの名物「黒はんぺん」。そして、彼女が歌う「ハムカツサンド」という曲のなかに出てくる架空の食べ物が「黒はんぺんサンド」である。私なぞはこの曲を聞いてすっかり彼女の作品世界に魅せられてしまったわけだが、そのフレーズとは「カツなんて、パン粉で揚げたものをまたパンで挟むなんて」という。
さて、黒はんぺんとは私たちが知っている白いはんぺんとはかなり違う。使う魚も違うし、漂白もしていないし、膨れてもいない。ペチャンコで地元ではめちゃくちゃ安い食材なのだと。そんなこんなで、ご当地B級グルメとして発売してもなかなかいけるのではないかというお味で、5人の胃袋にすっかり納まってしまいました。
わが家のおもてなしは、妻が授乳がひと段落したら呑みたいといっていた赤ワインと、台湾の友人が買ってきてくれた「カラスミ」。あとはワインということでフランスパンにチーズ、そして私が午前中に作った「ケークサレ」。デザートがリンゴケーキということで満腹な会でした。

3月27日(日)

午前中は私が映画。前日妻も観た作品を同じ時間に同じ映画館で。

府中TOHOシネマズ 『英国王のスピーチ
選んだのは今年の米国アカデミー賞作品賞など主要部門をかなり受賞したこちらの作品。主演のコリン・ファースってあまり好きな役者ではないけど,今回は第二次世界大戦時に英国王になる男を演じる。20世紀に入って英国王は既に政治的権限など持たない単にプライドの高い男で彼にとってもあっていると思った。その一方で,『アリス・イン・ワンダーランド』で意地悪ばあさんを演じていた(といっても,台湾行きの飛行機でチラッと観ただけだが)ヘレナ・ボナム=カーターが夫に仕える献身な妻というからある意味で面白い。そして,加齢に応じてさらにグロテスクになっていくジェフリー・ラッシュ。まあ,ともかくこの役者たちを観ているだけで面白い映画です。そして,個人的にはこの国王のどもりを治す役どころのジェフリー演じる男の家族と彼自身の人となりがこの作品に深みを与えています。妻は,これがアカデミー作品賞か,と厳しい評価でしたが,私は受賞どうのこうのはおいておいて,十分楽しめる作品でした。

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歓待について

ジャック・デリダ著,アンヌ・デュフールマンテル序論,廣瀬浩司訳 1999. 『歓待について――パリのゼミナールの記録』産業図書,178p.,2000円.

最近は諸事情で開催できていないが,昨年まではけっこうな頻度で続いていた地理学者仲間での論文会。これは『Progress in Human Geography』という特定の分野やテーマの研究動向を検討するような論文ばかりで編集されているという雑誌から論文を選んで,一人が発表者となり,でも基本的には他の参加者も目を通すという形での会。そのなかで取り上げられた,David Bellという人が2007年に書いた論文「The hospitable city」が「歓待hospitability」という概念を扱っていて,そのなかに本書もあったことを覚えていて,機会があれば読んでみたいと思っていた。もともと薄くて安い本ではあるが,ちょっとAmazonで検索したら中古で1100円で思わず注文。
最近,下北沢のミュージシャンとライヴ施設のことを調べていることもあって,Bellの議論とも近いのかなあと思い,本書を読むことにした。Bellが論じていたのは詳細は忘れてしまったが,まあ要するに人を惹き付けやすい都市とはどういうものかを探求したもの。エンタテインメントなどのことはイマイチ出てこなかったと思うが,レストランや飲み屋,バーなど。もちろん,グルメな人たちが一人でそういうサーヴィスを求めて行ってもいいのだが,やはりそこには仲間が集う場所という意味合いがある。そういう意味においては,単に魅力的な店があるというだけではなく,その界隈がいかがわしいとか危険とかというマイナスの要素もあるということだ。
ということで,そんなことを期待しながら,でもなぜデリダがそんなテーマを扱っているのかという疑問も抱きながらページをめくっていく。デュフールマンテルによる序論だけで42ページあるのだが,デリダの本論を読み始めてその期待が間違っていたことに気づく。翻訳の副題にもなっているように,本書は2回分のゼミナールの内容である。1回目が1996年1月10日に行われたもので,「異邦人の問い:異邦人から来た問い」と題され,2回目が1996年1月17日の「歓待の歩み=歓待はない」と題されたもの。解説にはデリダがこのテーマを論じるようになった背景として,歴史的に異邦人に寛容であったフランスが,近年の移民や外国人労働者の入国に対して厳しく制限をしているということがあるという。確かに,私が読んだ教科書でも,EUができ,その内部での人々の移動に制限をかけなくなった結果,EUの内外での制限を加盟国が同じように厳しくせざるをえないという状況にあるという。
そう,まず歓待というのは今日的で大きな政治的問題でもあるというのだ。しかし,これはあくまでも訳者がつけた解釈であって,本書だけを読む私にはそんなことはあまり読み取れない。唯一本文中にあったアルジェリアに関する記述はデリダにしてはかなり実際的だった。しかし,訳者解説にはアルジェリア出身のユダヤ人であるデリダ自身が市民権を奪われた過去があるということまで書かれている。歓待というのはそもそもは,無条件で異邦人を受け入れるということ。ところで,そもそも異邦人とは他者である。異邦人を異邦人として見做すこと。やはりこれは簡単な問いではない自己と他者の哲学的問題で,ある意味ではいかにもデリダが扱いそうな主題。そう,実際に本文を読んでみると,これはいかにもデリダらしい議論であり,全く違和感はない。ただ,珍しく電子メールやインターネットなどという現代のコミュニケーション技術に言及するところはらしくないといえば,らしくない。でも,それ以外ではプラトンも登場するし,ソポクレスの『コロノスのオイディプス』に関する議論はまさに歓待の中心にある。私もそろそろオイディプスに関しては真面目にいろいろと読まなくてはならないな。

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放射能

なんだかんだでこんなネタですみません。

某氏が今回の震災を「天罰」といったとかいわないとか。私はその発言の文脈を知らないのでそれ自体に対してコメントはしませんが、似たようなことを考えなくもない。それは今回の地震や津波に対してではなく、原子力発電所に関してだ。なにやら、放射能の影響が、地震そのものでは影響のなかった東京にまで及んでいるという。計画停電という形では私たちはその影響を分かりやすく理解できるが、放射能はそうではない。いわば「見えない恐怖」だ。見えないからこそ必要以上に恐怖を感じるのか、あるいは見えないから実感として恐怖は感じないのか。人それぞれだと思うが、私は後者である。また、このことに関しては、それ以上の感情もある。福島原発がこんな事態になってしまったのは政府の対応の遅れが原因だとか、いやいややっぱり東京電力の問題だとかいろいろいう人はいるだろう。自分以外の人や物に原因を求めたがるのは人間の基本かもしれない。
しかし、そもそも原子力発電所を国内にいくつも作る必要が生じたのは、私たち日本という国に住む人間たちが電気というものに依存した生活をしているからだ。日本で原子力発電所がいつからできはじめ、現在何箇所存在するのかも知らないが、そもそもこの国は原子力発電所を作るということを、あるいは国内で供給する電力を原子力でまかなうという決定について国民への承認はあったのだろうか。私が研究している田沼武能という写真家の戦後の東京の写真のなかに、「手作り自動車で走るカップル」みたいな一枚がある。ナンバープレートまでいかにも手作りだ。自動車が普及する前、手作りというのはどういうことなのか分からないが、独自のルートで外国から輸入して、交通法が整備される前に、運転していた人はいたと思う。話がそれているようにも思うが、例えば、石炭から石油へのエネルギー転換、これは恐らく国の政策云々よりも成行きに任せて、長い期間を通じてのものだったと思う。その取引が民間によるものである以上、国の政策や法制度の確立は後付けになるのは当然だ。
しかし、原子力発電所となると、空港などの大規模施設と同様に、一電力会社の力だけで作れるものではないし、原子爆弾の投下を経験しているこの国において、その危険性は明らかで、原子力発電というものが自発的にこの国に導入したとは考え難い。まあ、なにも私は原子力発電を導入した国の責任をどうこういっているわけではなく、それはうなぎ上りに上昇していく電力需要に対応するためのやむを得ない決断だったにすぎないといいたいのだ。関東地方に住む私たちは、計画停電によって電気のありがたさを身にしみて感じたはずだ。しかし、それ以前は不必要に電力を消費する、そんな浪費生活を誰もが送っていたに違いない。その恩恵の一部は原子力発電所にある。しかも、その施設は日本国中の地理を十分検討したうえで決定されたに違いない。少なくとも、多くの人間が生活する大都市部からは遠く離れた場所に。最大の恩恵を受けている人たちの危険性が最小になるように。

つまり、今回の放射能騒動は、この先どうなるかわからないが、そんな電気に恩恵を受けてきた私たちがその代償として浴びなければならない恐怖であり、被害である。

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カルチュラル・アイデンティティの諸問題

ホール, S.・ドゥ・ゲイ, P.編,宇波 彰監訳 2001. 『カルチュラル・アイデンティティの諸問題――誰がアイデンティティを必要とするのか?』大村書店,342p.,2600円.

出版されて少したって,けっこう古書店でも見かけていたので,いつでも買えると高を括っていたものの,Amazonでは中古で高価で取引されるようになってしまった本の一冊。最近は古書店ではすっかり見かけなくなり,Amazonでは1万円近い値段で中古品が出回っているので,とりあえず「ほしい物リスト」に入れておいたら,ある日4000円台の中古品が出ていたので,すかさず購入したもの。ステュアート・ホールもポール・ドゥ・ゲイもあまり日本語では読めない重要な研究者である。その他にもけっこう著名な文化研究者が名を連ねる本書に翻訳があるというのはけっこう貴重。ちなみに,目次はこんな感じ。

ステュアート・ホール「誰がアイデンティティを必要とするのか?」
ジグムント・バウマン「巡礼者から旅行者へ,あるいはアイデンティティ小史」
マリリン・ストラザーン「アイデンティティの権限付与?――生物学,選択,新しい生殖テクノロジー」
ホミ・K・バーバ「文化の中間者」
ケヴィン・ロビンス「トルコ/ヨーロッパ,干渉するアイデンティティ」
ローレンス・グロスバーグ「アイデンティティとカルチュラル・スタディーズ――それがすべてか?」
サイモン・フリス「音楽とアイデンティティ」
ニコラス・ローズ「アイデンティティ,系譜学,歴史」
ポール・ドゥ・ゲイ「組織するアイデンティティ,企業管理と公的経営」
ジェイムズ・ドナルド「市民と都市民」

監訳者の宇波氏は,かなり以前から翻訳だの著書だの精力的に活動している人だが,確か長い間大学には職を持たず(高校教師か何か),フリーで活動していた人だったと思う。その仕事量には敬服すべきだが,彼の翻訳に疑問を抱く人もいなくはないらしい。まあ,全章を彼が翻訳しているわけではないのだが,近年非常に多くの著書が翻訳されているバウマンの名前は「ボーマン」と記されているし,『サイバー・メディア・スタディーズ』という書名で翻訳の出たロビンスも「ロビンズ」と表記されている。間違いではないのだが,他の人には追随しない妙なこだわりがあるというところだろうか。私も多少は馴染みのあるカルチュラル・スタディーズ論者の論文集であるはずなのに,ちょっと読みづらかったのは訳のせいではないと思うが。
雑誌『現代思想』の「ステュアート・ホール」特集号(1998年)にも「文化的アイデンティティとディアスポラ」というホールの論文が掲載されていたがホールのアイデンティティ論はなかなか難しい。もちろん,思想系の人々は皆難しい議論をするのだが,大抵はフーコー的とか,デリダ的などと表現されるような強い主張を持っているのだが,ホールの議論の多くはいろんなことに配慮して書かれていて,隙がないというか,言い換えるとどっちつかずのところがあるというか,読後感がすっきりしないような印象がある。だからこそ,彼には単著が少ないし,翻訳もしにくいのかもしれない。でも,本書に収録された論文では,彼の議論もフーコーやらラカンやらバトラーを丁寧に解説している箇所があったりしてちょっと驚く。
さて,カルチュラル・スタディーズとアイデンティティ論というのが深く結びついていることはよく知っているつもりだったが,本書に収められた論文からはこれまであまり触れてこなかったような議論がいくつもあって新鮮だった。しかし,逆にいうときちんと咀嚼できなかったという読後感も残った。ロビンスのトルコ論はそのなかでも分かり易かったし,彼が地理学出身だということを納得できる文章だったとも思う。『サウンドの力』が翻訳されているフリスの音楽論も比較的分かり易かった。勉強になったのはストラザーンの生物学的な議論とローズのタイトルとはちょっと違った精神分析的な議論。そして,最終章で何度か言及されているビアトリス・コロミーナ編『マスメディアとしての近代建築』という本は,この章の訳者が翻訳しているようで,読んでおきたいと思った。
とにかく,本書を通じて,カルチュラル・スタディーズに関わるアイデンティティ論にもいろいろあることが分かった。それぞれの章で画期的な結論にまで達するようなものはあまりなかったが,いろんな角度から物事を考えるヒントはいっぱい詰まった本だと思う。

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息子,歯が生える

来週で生後5ヶ月を迎える息子。少し前から下の歯が一本生えてきました。もちろん気づいたのは,その口で毎日乳首をくわえられている妻。息子は体重は立派なものの,髪の毛とか寝返りとか,ちょっと成長はのんびり気味なので,妻が「歯が生えている」といったときには半信半疑だった。でも,その頃から盛んにモノを口に入れるようになったのだが,当然私の指も以前のような乳首の代替物としてではなく,口に入れて噛み始める。そこで,明らかな突起物があり,それは間違いなく歯だと確信した次第。それから間もなく,口を開ければ,白いものが見えるようになった。自分でも,口の中のその異物は気になるようで,口の動きも以前とは変わってきた。自分自身でもその異物に慣れようとしているようだ。

3月19日(土)

さて,3連休。まあ,もともと休日出勤などできるだけしない私だが,この3連休は出勤不可の命令が下っているので,安心して休むことができる。かなり緊急を要している作業があったが,停電の影響で思うように仕事が進まないことを発注者も理解してくれて,締め切りが延びたようだ。
この日は深大寺方面までピクニック。そっちまでいったついでに,助産院に顔を出す。助産院も地震の影響を受け,出産予定の妊婦さんがこぞって里帰り出産に変更してしまったし,4月頭に予定していたOG会の花見会も中止とのこと。さんざん私たちの育児をサポートしてくれた助産師さんに対して,息子の生長した姿を見せて喜んでもらいたいと思う。急な訪問だったけど,喜んでくれたようで何より。息子に対しても,「いい赤ちゃんです」と太鼓判を押してくれた。

3月20日(日)

この日は夫婦順番で映画を観ることに。この日から上映を再会した近くのTOHOシネマズ府中で,妻は午前中に『SP革命編』を観に行ったが,なんと混雑で予定の回が満席になってしまい断念。しかし,彼女は府中のトイザラスで大量の紙おむつとお尻拭きを買ってきた。なんでも,東京都で被災地への支援物資として,育児関係では紙おむつと粉ミルクとお尻拭きを受け付けているのだと。新品のみ。ということで,午後は私が新宿に映画を観に行く予定だったので,息子を連れて一緒に新宿へ。彼女は都庁へ,私は映画の受付をして待ち合わせてランチ。久し振りのロッテリアでした。

新宿武蔵野館 『台北の朝,僕は恋をする
私が選んだのは台湾映画。なんでも,ヴィム・ベンダースがプロデュースしたとのこと。『恋人までの距離(ディスタンス)』的な感じで,知り合ったばかりの男女が過ごす明け方までの一夜の物語。といっても,本作にはその前の数日も描かれています。恋人がパリに旅立ってしまい,少しでも彼女に近づくために毎日本屋に通ってフランス語の本を座り読みする男が主人公。その本屋は妻が一時期働いていた誠品書店。もちろん,昨年私も台湾に行ったときは行きました。24時間の本屋さんです。そして,そこに勤める女の子が,毎日座り込んで同じ場所にいる主人公が気になって声を掛けるという始まり方。何度,パリに電話をかけても通じない彼女だが,ある日電話がかかってくる。恐らく,「私はこちらで楽しくやっているから,あなたもそちらで新しい恋でも見つけなさい」的な内容だったのだろう。主人公はなんとか借金をしてまでしてパリ行きを決心する。彼の家は飲食店を経営しているのだが,そこの常連さんの不動産業を営む怪しげなおじさんが金を貸してくれるというのだ。パリ行きの前日,ファミリー・マートに勤める親友を呼び出して,最後の夜を楽しもうと夜市に出かけると,なんとその書店に勤める女の子が一人で食事をしている。てなことで、3人での行動になるのだが、なにやら事件に巻き込まれる。お金を貸してくれたおじさんに「パリまで運んで欲しい」と渡された荷物がなにやら怪しいものらしく、警官にも追われる逃走劇。まあ、そんなドタバタ劇と一方で、緊張感なく漂う空気感は台湾映画らしい。ちょこっと見知った俳優も2人ほど出ていたし、それなりに楽しめる作品。それにしても、やはり台湾人は箸の使い方が上手くはない。

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学会も中止

わが家にテレビはないが,先日献血の際にちょっと観ただけでも,テレビの世界はすごいことになっているようだ。CMも流さずにどこの局も今回の地震にまつわるニュースばかり。同じようなニュースばかりが報道されているのに,地震の被害の全容が明らかにならないというのはどういうことなのか。
一方で,仕事をしながらもそれなりにネットのニュースは気にかけているが,スポーツやエンタメまで,誰がいくら義捐金を出したかなどの記事ばかり。帰宅してmixiなどで知人の日記やつぶやきをチェックしたりはしているが,これまた地震と関東地方における生活の混乱に関する話ばかり。そういいつつ,私もこんな日記を書いている。まさに災害とは暴力的に人々の意識を支配してしまうものなのか。人々は知人の安否をここぞとばかりに心配するが,何もなければ一年に一度も連絡を取らなかったりの間柄だったりする。地震がなくたって,人は職を失い,病気になり,事故に遭い,恋人と別れたりするというのに。人間なんて所詮自分勝手な生き物なのだ。

さて,まずは私のここ1週間のこと。東京電力による輪番停電が始まった。はじめの2日間は実際にはわが家のある地区を含む第2グループは停電にならなかったが,その時間に停電になることを想定し,わが家では私が帰宅してすぐに食事とお風呂を済ませ,18:30には布団に入れる準備をした。さすがに4ヶ月の子どものお風呂を22時まで待つわけにはいかない。しかし,なんとわが家の町丁目は第2グループには入っていなかった。つまり,よっぽどのことがない限り,わが家は停電しないのだ。
まあ,それは一つの安心ごとなのだが,その頃の京王線はその輪番停電の区間の運行を停止していたのだ。結局停電は行われなかった日でも電車は止まったので,会社は早めに帰宅した。そして,実際に停電が実施され始めると今度は会社の業務に支障をきたした。最近の業務がいかにパソコンに依存しているかを自覚することになる。全く何もやることがなくなるのだ。年度末の忙しい時期だというのに,まあ,残業しなくてすむというのは嬉しいが,作業を思うように進められないというのはけっこう困る。

最後に,表題について。余震が続くこの1週間,できるだけ家族一緒にすごすということで,場合によってはそれなりに時間ができるのだが,私はコツコツと学会発表の準備をしていた。日本地理学会の春季学術大会が3月29日から明治大学で開催される予定で,私は口頭発表にエントリーしていたのだ。私の発表日は2日目の30日の水曜日。会社を休んで参加する予定。しかも,今回の題目は私がここ数年足しげく通っていたライヴを取り上げて,下北沢の話をしようと思っていた。ハシケン,HARCO,朝日美穂という3人のミュージシャンを取り上げることもあって,それぞれの楽曲を発表の際に流すことを考えていたので,著作権のことを学会に問い合わせたり,いろいろな準備もあったりして。
しかし,17日の会議で最終的に学術大会の中止が決定される。まあ,かといってこのネタは論文にするつもりなので,その執筆作業は進めているのだが,この準備作業が私が地震のことを考えなくて済む非常に重要な存在だったのに,ちょっとその目標を失った感じです。学会側のその決定に不服はないのだが,一方的なイヴェントの中止などとは違うので,中止にいたった議論の経緯をしっかりと示すべきだと思う。正直,そこは非常に残念だった。地理学には自然地理学と人文地理学とがあるが,自然地理学は地震に関連し,人文地理学は環境知覚や町づくりなどとも関連するのだから。実際,阪神淡路大震災の後には学会をあげてシンポジウムを行ったくらいだから。まあ,だからこそ今回の学会は速戦的に貢献できない地理学会の無力さを顕著にするだけだという判断なのかもしれないが,それならそれで会員に対してはそれをきちんと説明すべきだと思う。

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地震

3月11日(金)

普段は大学の講義があるので,朝一で市ヶ谷に出かける。15時前といえば,帰る前に映画でも一本観ているか,観終わって帰路についている頃かと思う。しかし,大学は春休み中だし,私の行っている会社は役所仕事が多いので,年度末は忙しく,この日も出勤していた。数日前にも少し大きめの地震があったので,誰もが落ち着いてその揺れに身を任せながら仕事をしていたが,今回の揺れはそれではすまなくなった。遅すぎる感はあるが,部長が「皆さん多摩川河川敷に非難してください」とのアナウンス。でも,その切迫さは数ヶ月に一度ある避難訓練よりも小さいので,皆「本当に非難するの?」という感じだった。しかし,フロアの隣の部署では,非常階段を空けて出て行っているので,ようやく皆重い腰を上げて非難を開始した。私はすぐに戻れると思ったので,上着は着たが財布だけを持って出ることにした。
外は多少寒くはあったが風のない穏やかな天気。なかには携帯電話でテレビを見たり情報を集めるものもあったが,この時点で,多くの人に危機感は薄く,雑談している人が大半だった。しかし,なかなか会社には戻れず,外にいたのであまり感じなかったが,その後も余震は続いていた様子。私のいたフロアは6階だったが,8階では天井が落ちたとの情報も。間もなく風が吹き始めて寒くなってきて,河川敷で1時間弱過ごした後,荷物を取りにオフィスへ戻り,会社自体は業務終了,そのまま解散となった。しかし,河川敷から川を渡る線路を見てすぐに分かったように,京王線は止まっている。駅前の道は渋滞しているので,恐らくタクシーは捕まらないし,バスは走ってはいるがどうなることやら。
荷物を取りに戻った時点でメールを確認し,妻が子どもと何とか過ごしていることを確認。私も徒歩で帰ることを伝えて会社を出る。私はかつてその辺りに住んでいて,河川敷はジョギングコースだった。ジョギングでも南武線が川を渡るところまでは行ったことがあったので,歩いて行けない距離ではない。ということで,16時過ぎに歩き出す。このとき困ったのは花粉だった。鼻のムズムズは続き,一度くしゃみをしてしまうと癖になったように止まらなくなるし,かといって我慢するのも辛い。もちろん,鼻だけでなく目にもきます。とにかく,ひたすら歩くしかないので,河川敷のふきっさらしのなか,黙々と歩く。他にもけっこう歩いている人たちとすれ違ったり追い抜いたり。たまには走ってみたりとしながら1時間でどうやら明るいうちに帰宅できそうだと確信。私が歩いたことのない区間には発見もありました。水の流れを人工的に作り出した河川敷の公園や,府中市のプール。そして,河川敷にブルーシートの仮設住宅を建設して生活している人たちの多さ。
かなり疲労困憊して自宅に着くと,自宅から息子を抱えて出てこようとする妻がいた。「もう,怖くて家にはいられない」という。彼女は台湾出身だが,11年前の台湾の大きな地震の時にも台北でそれを経験している。さすがに幼い子どもと2人きりでは心細かったことだろう。怖くてガスも使えないからお弁当を買ってきて夕食にしましょうという。私はかなり疲れていたので,暖かい手作りのご飯が食べたかったが,妻の怖がりは尋常ではなく,一旦は彼女の意見に従ったが,私はこういうときこそ何か家事労働をしているほうが落ち着くと思い,私が作るからと説得。私が帰宅して妻もようやく少しずつ落ち着いてきて,結局は妻が作った夕食を食べることになる。私は河川敷を歩いてよく分からなかったが,その間にも余震は多かった様子。もちろん,帰宅してからも夜中中余震は続き,ほとんど眠れない。皆が口をそろえて「人生で一番揺れた」というが,私は意外に危機感がない。わが家にはテレビもないので,阪神大震災のときのようにイマイチ実感がないが,今回は東京でもかなり揺れたし,インターネットに接続したパソコンが自宅にはあるので,かなりの情報は入ってくる。それでも,どこか遠くで起きている出来事のように思えてしょうがない。幸いにして私の自宅付近ではガスも水道も電気も通じていて,私の大量の本棚の本もCDも無事だった。埼玉の母親にも妻が電話して安否を確認してくれたが,水周りのトラブル以外は大丈夫とのこと。

3月12日(土)

この日は午前中妻が映画に行き,その後青山のこどもの城に出かけ,地理学者仲間達と久し振りに合流する予定だったが全てキャンセル。映画館はやっていないし,妻は電車が止まって帰宅できなくなることを恐れ,かといって私だけ出かけるようなことは許されない。ともかく,家族3人で一緒にいたいという希望。結局,電車には乗らず,歩いていける範囲で散歩がてら調布駅前まで。調布市図書館はやっている。でも,PARCOもどこも休業しています。スーパーでは皆が商品を買い漁り,まさにパニック状態。
こういう状態を見ると,人間の浅ましさに嫌気がさす。私たちはなにも被災者でもないのに,何に備えようというのか。被災者のことを想って,余暇的なことを自粛してなんになるのか。例えば,自分が結婚してまもなく,余命いくばくかを告げられるとする。ドラマや映画ではないが,ほとんどの人が,自分が死んでもいつまでも悲しんでないで次の人生を生きてほしいと思うはずだ。だから,私は被災者のために私たちの日常生活を犠牲にすべきではないと思う。もちろん、自分の日常生活を犠牲にして被災者のために尽力できる人は素晴らしい。募金をするとか、募金活動をするとか、残業や臨時的なアルバイトをしてその収入を募金に回すとか。でも、考えられるのはその程度だ。多くの人は自分が被害に遭わないように注意するということだろう。

3月13日(日)

ずっと家にいるのもなんなので、妻が提案した外出計画。それは私の献血。けが人も多く出ていることを考えると、献血というのは一つの社会貢献だし、献血ルームであれば妻と子どもがいてもとがめられず、一緒に行動することが可能だからだ。都内の献血ルームの多くは都心の方に集中しているが、そちらへの移動を妻は躊躇し、場所は立川になった。行きは高幡不動からモノレール、帰りは南武線経由で移動することにする。午前中に到着したが、なんとかなり混み合っている。私は献血100回越えの常連だが、余暇的活動を制限され、自分にできることを考えて献血に来た人も少なくないらしい。その証拠に成分献血よりも全血献血の方が混み合っているとのこと。確かに、けが人への輸血は全血が必要だが、病院などの被災によって失われた血漿や血小板なども必要だと思われる。全血と成分とどちらにするか聞かれたが、私はどちらでも必要とする方を、と答えた。やはりかなり時間がかかりそうだし、献血ルーム内に席の余裕はないので、妻は子どもを連れていったん外へ。
結局、私の血液の濃度が大きいということで、全血になった。もちろん400mlですが、成分献血に比べるとあっという間に終了。妻と電話連絡を取り、献血ルームが地下に入っているビルの1階にあるカフェでランチ。その後、子ども服などを探して回ったり、お茶をしたり。帰宅する前に近所のスーパーで食材を購入しに行くが、すっかり混雑していて、かなりの品薄状態。卵や牛乳、お米といった基本的な食材がすっかりなくなっています。まさにパニック状態。冷凍食品なども品薄ですが、停電に備えるにはどうなの?と思いますよね。本当に困ったものです。

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ライブハウス文化論

宮入恭平 2008. 『ライブハウス文化論』青弓社,222p.,1600円.

下北沢の研究を始めて,ライヴハウスの一般論についてもフォローしなくてはならなくなって急遽購入,読んでいる本を中断して読み始めた本。青弓社ライブラリーの一冊だが,このシリーズを読むのは初めて。このシリーズには第1回から何度か私が聴きにいっていた,多摩市が主催,パルテノン多摩を会場とした連続講演の記録がかなり含まれているがそれらも購入したことはなかった。
著者は1968年生まれで大学在学中から活動するミュージシャン。2003年からハワイ大学に留学して社会学修士を取ったという略歴。研究でももっぱら音楽を対象としている。といっても,本書ではほとんど理論や抽象的な議論はない。ミュージシャンとしての彼が長年お世話になってきた活動の場であるライブハウスを,客観的なデータや書かれ語られたさまざまな言説を集め(文献調査と聞き取り調査),そして日本のライブハウスを相対化するために米国に渡り,そしてカラオケといったジャンルも比較対象として扱っている。その比較研究と称した記述は時に冗長だったりするが,ライブハウスというテーマで1冊の本を書くという以上はやむをえないのかもしれない。
まあ,ともかくいろんなことを調べ,いろんな本を読み,勉強になることは多かった。そういう非常にオーソドックスな社会学モノグラフといった感じか。しかし,インタビューによる意見にかなり力を与えていることや,結論としてはミュージシャンとしての彼が日ごろ不満に思っている,日本のライブハウス独特の「ミュージシャンに課すノルマ」に議論が集中していて,それが故に日本の音楽はよくならないし,ライブハウスという存在の今後にとってノルマは障害である,的な論調はどうなのだろうか。まあ,だからこそ私の研究で論じることは多いのだが,本書ではライブハウスで行われるさまざまなイヴェントには全く言及されていないし,彼自身が恐らくロックというジャンルのミュージシャンなのだろうが,フォークやジャズに関する記述はあるものの,他のジャンルにはほとんど触れていないのも,ライブハウスの一面しか論じていないのではないかと思う。まあ,あくまでも彼はパフォーマー側にいて,私はオーディエンス側にいるということかもしれない。

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息子,4ヶ月

息子は先月末に4ヶ月を迎えた。母乳で育っている子は免疫力が高く生後半年くらいは病気にならないというが,何かと病院のお世話になっている。一番多いのが耳鼻科。はじめは奥の方の鼻水が取れないなあ,とどうせ無料だしという気軽な気持ちで行ったのだが,その後何度も鼻づまり状態があり,「鼻風邪」と診断される。私もこの時期は花粉が多く,鼻アレルギーで大変だが(花粉症ではないと自分で言い聞かせる),息子も鼻の粘膜が弱いのか(乳幼児に鼻アレルギーはまだないとのこと)?そして,眼科。よく目をこするので,心配になって妻が眼科に連れて行く。すると,眼球に傷が付いているだの。目薬をもらって帰ってくる。
最近は妻も近所の児童館などの施設に息子を連れて行っているが,息子が元気でないとそうした場所にも出掛けにくく,なかなか困ったものだ。一方で,肉体は成長を続け,7000gを突破。顔は丸く,首はない。特に太ももが太く,布おむつカバーは窮屈そう。首が座るというのは徐々にそうなるので,はっきりとした喜びはなし。手の指は今だ思い通りには動かないが,よくしゃぶる。でも,定番の親指ではなく,人差し指と中指を一緒に口に放り込む。たまに自分の指でむせる。咳はよくします。授乳中も大抵ははじめに勢いよく吸いすぎて,むせてゴホゴホ。鼻づまりで苦しい時にも。くしゃみも立派なのをしますね。声を上げて笑うようになり,うめき声のヴァリエーションも増えました。時に,言葉に聞こえて空耳アワーを楽しみます。
日中の授乳は3時間おきになっているのに,夜中はいまだに2時間おきに泣きます。まあ,この時点で本人は起きてないのだけど,泣き声は一人前。おっぱいをあげればそのまま寝てしまうことも多いけど,そうでない場合もあるし,たびたび授乳するのも妻にはきつい。ということで,それなりに慣れてはきましたが,夜はまだまだ苦労が多いです。

Photo
最近の息子との遊び。私の膝下に息子を乗せ,足を伸ばしたり曲げたり。キャッキャいって喜びます。そして,ご覧のとおりいまだ髪の毛はほとんど伸びていません。

3月5日(土)

いつもは土曜日に妻が映画に行ったとしたら,私が日曜日に行くのだが,この週は日曜日に妻の友人宅に遊びに行く予定なので,午前中は妻が下高井戸に,午後に私が渋谷に映画を観に行くことにする。当初は下高井戸で待ち合わせてランチをして,交替で妻が息子を連れて帰る,という予定だったが,息子の鼻づまりがひどく,私が耳鼻科に連れて行くことにする。妻がネットでママたちの評判を読んだ国領のさいとうクリニック耳鼻咽喉科。ここはインターネットで予約が取れ,しかもリアルタイムで何人待ちかもインターネットで確認できる。妻は何度か行っているが,私は初めてだし,国領は電車で行かなくてはならないので,結局早めに行き過ぎて,国領で1時間待ち。結局,診療が始まる前に映画を観終わった妻が到着。一緒に急いで駅前のココスクエアの1階のパン屋でパンを買い,2階にある市の育児施設「すこやか」で急いで食べて私は渋谷へ。

渋谷シネクイント 『洋菓子店コアンドル
『百夜行』に続いていの深川栄洋監督作品。『真木栗ノ穴』から出演している粟田 麗が監督のお気に入りであることは『百夜行』の日記の時に書いたが、なんと本作にも出演しています。江口洋介演じる男の妻役で。出演場面は2回しかないが、その声で分かった。『百夜行』では男運のない年増女役だったが、本作では「美人な奥さん」だった。この辺りが、彼女より年下の監督にとっては魅力なのかもしれない。そして、粟田以外にも、戸田恵子も両方の作品に出演している。『百夜行』では夫を殺されても悲しみ一つ見せない女の役をノーメイクで見事に憎ったらしく演じたが、本作では人気の洋菓子店のオーナーシェフ。まあ、作品自体が明暗対照的だが、同じ役者への演出もかなり対照的。そういう意味では、なかなかの監督なのかもしれない。まあ、結論からいうと、素直に楽しめる映画でした。
主演の蒼井 優ちゃんも今度は鹿児島県から上京してきて中目黒のオシャレ洋菓子店で働くという役どころ。スクリーンの中で思い切り泣いて、笑って、怒るというここ最近の彼女の典型的な役どころですね。戸田恵子も江口洋介もそういった意味では典型的。江口のりこも無愛想な役どころは得意です。この店で働く、オーナーの夫でありパティシエであり、ミュージシャンでもあるという白人が公演でバンド演奏をするシーンがあるが、なんとバンドのメンバーにJiLL-Decoy associationのギターkubotaとドラムスtowadaが出演している。その他も、本作は音楽が非常に私好みだった。エンディングテーマを歌うももちひろこという女性シンガーの歌声もなかなか。エンドロールには劇中曲の演奏者一覧もあったが、残念ながら知ったミュージシャンの名前はない。でも、音楽担当の平井真美子という人はピアニストでもあるらしいから、ちょっとチェックしてみたい。なんでも、『真木栗ノ穴』も『60歳のラブレター』も『百夜行』も深川監督作品の音楽はみな彼女が手掛けているらしい。
標準的によくできた映画ではあるが、映画ファンとしてはやはりもうひとひねりほしいところ。

3月6日(日)

結局、息子の鼻詰まりが治らず、友人宅訪問は見合わせる。そのお宅は男の子が2人いて、妻の妊娠中に遊びに行った時、長男とはずいぶん遊んだので、彼に会えずに残念。でも、その友人から妻宛てのメールには、彼の方も私と遊べることを楽しみにしていたと書いていて、とても嬉しくなる。しかも、それから一戸建てを買って引越したというので、次の訪問を楽しみにしたい。ということで、この日も私は映画に行っていいことになったので、有楽町まで出掛ける。アカデミー賞ではそれほど多く受賞しなかったが、評価は高かった作品を今さらながら観ることにする。

有楽町ヒューマントラストシネマ 『ソーシャル・ネットワーク
まあ、デヴィッド・フィンチャー監督ですからそれなりには面白いはず。妻は公開して間もなく観ているが、本人がFacebookの利用者。台湾の友人とのコミュニケーションはほとんどそれで取っているくらい。私はむしろ、『イカとクジラ』や『ハンティング・パーティ』でその独特な顔を気に入っている主演のジェシー・アイゼンバーグがお目当て。主人公の友人でFacebook共同創始者を演じるアンドリュー・ガーフィールドも『BOY A』で観ている。本作はやはり冒頭のインパクトがいいですね。いきなり主人公がパブでガールフレンドとけたたましく会話するシーン。この手の演出は三谷幸喜氏が好きだが、なかなか日本映画では難しいように思える。『曲がれ!スプーン』の演出はちょっと違うけど、面白かった。
確かにこの映画は面白いけど、ちょっと展開がいかにもという気もしなくはない。まあ、実在する人物がいるので、脚色にも限度があるとは思うけど。私の関心はもっぱらジェシー君の細部。GAPのパーカーとか、雪が降っているのにサンダルとか、七分丈のズボンとか。もちろんそれらは演出の一部だけれども,今後も注目すべき俳優だとは思います。

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ネオリベラリズムの精神分析

樫村愛子 2007. 『ネオリベラリズムの精神分析――なぜ伝統や文化が求められるのか』光文社,328p.,890円.

最近読んだ2つの文章で高く評価されていた本。新宿の紀伊国屋書店(高島屋の隣)で探しても見つからないので,店内の検索機で探すとなんと光文社新書の一冊。これだったら近所の本屋でも見つかったかも。この手のタイトルはきちんと手にとって内容を確認しないと買わないが,新書くらいならと新刊で購入。他に読んでいた本もあったが,とりあえず読み始める。
最近,地理学者のハーヴェイもネオリベラリズムに関する本を書いているが,正直なところ私にはそれがなんだかよく分からない。まあ,大枠は分かるのだが細かいところが。先に読んだ毛利嘉孝『ストリートの思想』がなにやらこの時代をなんでも「ネオリベラリズム」という大きな力で説明してしまうのが気に入らなかったのだ。本書は,それをもう少し丁寧に解きほぐしてくれるのではないかと期待した。
確かに目次を見るだけでも,ボードリヤール,ヴィリリオ,ドゥルーズ,ブルデューといったフランス系を中心に,ネグリとハートの〈帝国〉論,ギデンズ,リッツァの「マクドナルド化」,バウマン,などなど日本語になっている現代思想系の名前が出てくる一方で,どうやら著者はフランス思想に精通しているらしく,日本語になっていないフランス人研究者の名前もよく出てくる。本書の特徴は,著者が精神分析理論に通じていて,こうした現代社会批評的な議論を精神分析の観点から読み解くというところにあるようだ。
しかし,やはり購入する前にもう少し目次を吟味するべきだった。後半に入ると,いかにも現代社会を問題的に捉えたがるワードが次々と出てきます。自己啓発セミナー,スピリチュアリズム,オタク,ひきこもり,若者のコミュニケーションなど。結論からいうと,私の苦手なタイプの本。辛うじて,読み終える前に我慢がならないほどではなく,一応は読み終えました。
前半はけっこうよかったんです。私が読まず嫌いな最近の論考を手際よく紹介し、単なる紹介というより関連付けながら議論を進めるという感じ。しかし、それがだんだん気に障るようになる。だれだれがこういう概念を使って説明していることは、他のだれだれが違う概念を使って説明していることと一致する。みたいなことが次々と出てきて、じゃあみんな同じこと言っているんかよ!と突っ込みたくなってくる。また、一応著者は精神分析を基軸にしている社会学者ということで、中ほどにはフロイトからラカン、そしてじじぇくに至る議論のエッセンスを分かりやすく説明している箇所もあり、少し面白い。しかし、そこを過ぎると今度はオタクだの、ニューエイジ宗教だのが登場し、それらをこれまでの枠組みで解釈していく。しまいには「若者のコミュニケーション」という言葉で議論が展開したりする。「若者」っていったい誰なんだ。若者は全て携帯メールによる画一的なコミュニケーションしか行わないのか。という素朴な疑問でイライラしてくる。結局、重厚な社会理論たちで武装しても、そうしたメディアが報じるような社会の表層のみを勝手に解釈して、それを批判すれば社会が良くなるみたいな幻想を読者は抱くのだろうか。本書のなかには、最近の新書の類の売れ行きについてもネオリベラリズムの帰結としての知の形骸化みたいな論があるが、自分自身の本はどうなんだよ、と突っ込みたくなる。で、結局本書では「ネオリベラリズム」なるものが、最近のさまざまな社会問題を生み出す大きな力としてとらえられているだけで、なぜ、ネオリベラリズムからそうしたさまざまな現象が生じるのかについては、自明とされている。そもそも、じゃあかつてのリベラリズムに対して何が「ネオ」なのか、私の素朴な問いには何一つ回答をくれない。
まあ、書きたい不満はまだたくさんあるが、ともかく久し振りに怒りの読書でした。

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映画 あるいは想像上の人間

エドガール・モラン著,渡辺 淳訳 1983. 『映画 あるいは想像上の人間――人類学的試論』法政大学出版局,285p.

モランの著作の多くは法政大学出版局から邦訳が出ているが,実は読むのは初めてのようだ。原著は1956年に出たもので,本書に登場する映画作品のほとんどは,名前こそ知っているものはあるが,ほとんど全てが観たことない。だから映画論として本書に期待して購入したわけではなく,たまたま古書店で安かったし,モランの本は読んでみたいと思っていたからだ。しかも,購入してかから長い間は私の法政大学出版局コレクションのなかに納まったままであった。
時代が時代だし,フランスの思想家だし,思いもよらぬ素朴で奇抜な映画論を期待してページを開いた。しかし,いい意味かどうかは分からないが,その期待は裏切られた。本書の冒頭は写真論である。しかも,かなり古臭いもの。まぁ,それはそれで逆に新鮮ではあったが。そして,モランの論の進め方は奇抜どころか,映画に関する言説分析といってもいいほど,多くの文献資料への参照から成り立っている。逆の意味で,当たり前といえばそうなのだが,映画というものは誕生してから,数多くの人が映画についての数多くの言葉を残しているということを本書で確認できる。しかし,本書は決して読みにくいものではない。登場するのが私が知らない作品ばかりだからといっても,本書は作品論が中心ではなく,写真からシネマトグラフを通じて映画へと議論を進めているように,ある点では技術史的な観点から,そして表現形態の変容という観点から。映画の時代においても,サイレントからトーキーへ,モノクロからカラーへと,ある意味分かりやすい変容過程のなかで,映画なるものの本質を捉えようとするものだ。
しかし一方で,本書のタイトルには「想像上の人間」という言葉が「映画」と対置され,副題には「人類学的試論」とあるように,本書はあくまでも映画を通じた人間の考察であり,社会の考察であるという。その辺りが1978年につけられた新版への序文によく書かれている。モランは本書の後,『スター』という本も書くが,このとき映画の研究に取り組んだのはほんの偶然であったという。先に,映画を通して人間を考察すると書いたが,モランは同時に人間あるいは社会を通じて映画を理解する,ともいっている。この辺の感覚がなかなかいいですな。

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